| 2006年12月31日。 キラ事件解決が解決してから初めて、Lは月とミサを拘束している屋敷を訪ねた。 パソコンを通してや監視カメラの画像では二人の姿を時々見ていたものの、直接顔を見るのはキラを追い詰めた二年前のあの日が最後になっていた。 彼の到着を待ち焦がれていたらしい夜神月は、二年前からは想像も出来ない穏やかな顔でLを出迎えた。お茶請けはクッキーかケーキかそれとも和菓子か、飲み物はコーヒーか紅茶か、砂糖はいくつかと、彼は嬉しそうに竜崎に気を配りもてなした。 精一杯丁寧に入れた紅茶が台なしになるのでは、と思うほど砂糖を入れる竜崎の姿に、月は柔らかく目元を和ませた。 「変わらないな、竜崎」 「夜神君は…少し痩せましたね」 「やつれた、の間違いだろ」 自嘲的な月の言葉には答えず、竜崎はクッキーを摘んで口に入れた。 キラ事件が解決してから二年。 まだ、たったの二年しかたっていないと言うのに、Lの目の前に座る二十歳の男は人生を諦めた大人のような空気を纏っていた。 竜崎は言おうとしていたのとは違う言葉を唇に乗せた。 「…ところでミサさんは?姿が見えませんが」 「モデルの仕事があるから別の部屋に行ってるんだ。もうすぐ帰ってくると思うけど…ああ、噂をすればだ」 メインルームのドアがバタンという音を立てて勢い良く開いた。 飛び込んできたミサはLとリュークの姿を見つけてパッと顔を輝かせた。 「きゃーっ、竜崎さん、リューク!久しぶり!どうして二年も顔を見せてくれなかったのよ!」 叫びながら駆け寄ったミサは竜崎とリュークに抱き着き、手を握って振り回した。その様子に男性達はただ苦笑する。 「相変わらずですね、ミサさん」 「そういう竜崎さんも全然変わってないじゃなーい。昔から、『この人は10年前も10年後も同じ姿なんだろうな』って思ってたけど」 「…一応、私にも子供時代と言うものはあったんですが」 「本当?あんまり想像できないなー。ちょっとライト、なんでそんなに辛気くさい顔してるのよ?竜崎さんに会えること、楽しみにしてたんでしょ?もっと嬉しそうにしなさいよー」 ただ苦笑する月にミサはあれこれと言葉をかけてはしゃいでいる。 竜崎はただ無言でそんなミサをじっと観察していた。 ミサの目は透明なガラス玉だ。かつて死神の力を宿したあの目に現実はただ映り込むだけで、彼女に見えているのは心地よい夢だけなのだ。 しかし醒めない夢はない。夢が醒めた後、現実と向き合う時間が彼女に与えられる罰になる。 ミサが落ち着くのを待って竜崎はじわりと本題を切り出した。 「ところで夜神君、私の後継者達はどうですか。良くやっていますか?」 「ああ、二人ともとても優秀だよ。…竜崎、自分の後継者なのに全然様子を見てないのか?」 「一緒に暮らしてはいますが、ドヌーヴとしての話には一切触れないことにしているので。自分達でどうしてもどうにもならないことがあれば泣きついて来るでしょうし」 「ものすごい放任主義だな」 月は呆れた顔になり、どこか寂しそうな笑みを浮かべた。 「本当に優秀だよ、もう僕なんていらないんじゃないかな。二年前は事件のたびに一日に何度も僕の意見を求めるメールが届いたけど、最近は一日一回あるかないかだ。そのメールにしても、意見を求めると言うより状況報告と言った方が正しいかもね」 「…メロとニアには、もう夜神君の助けは必要ないようですね」 「そうだね。あの二人はもう立派にドヌーヴの仕事をこなしているよ」 「そうですか。では夜神君、あの二人への手助けは今日で終えて、今後は私に協力して頂けますか」 「え?」 「形ばかりのアドバイザーでは夜神君もやりがいがないでしょう?」 それは月にとって予想外の言葉だった。 今の自分にとって何よりも苦痛なのは退屈な日々を持て余すこと、Lがキラを憎んでいるならその苦痛を与えるだろうと思っていたのに。 Lは相変わらず何を考えているか分からない顔つきで続けた。 「Lは面白そうな事件だけ調べていればいいのですが、コイルは金で動く探偵ですからね…金に糸目は付けないと言われたら断るわけにはいかないので、不自由 を感じていたのです。コイルに依頼される事件で、人探しに関するもの以外は夜神君が引き受けてくれたら助かるのですが…どうです?」 「喜んでやらせてもらうよ」 「では、しばらくの間どうぞよろしく」 「こちらこそ」 月は立ち上がって手を差し出した。 Lは少し迷い、控えめに手を伸ばしてその手を握り返した。 …それから、二人はたわいもない話をしながら一日中TVを見ていた。午前のワイドショー、昼のニュース、午後のワイドショー、夕方のニュース、夜のニュース、深夜のニュース。 連日特別番組が放送された二年前が嘘のようにキラ事件の扱いは小さかった。時間帯によっては取り上げない番組もあった。 唯一さくらTVだけが特別番組を放送していたが、キラを支持するような内容ではなく、事実だけをただ淡々と追う毒にも薬にもならないようなものだった。印象の薄い顔のアナウンサーが、犯罪発生率がこの二年でキラ事件の前と同じ数値に戻ったと紹介している。 やるせない思いが月の心を締め付けた。 二年前の事件終結直後は数え切れないほどあったキラを支持するホームページも今はほとんどが閉鎖され、あるいは打ち捨てられたように時が止まっていた。 あれほど必死になって自分がやろうとしたことは何だったのか。多くの罪なき人間の屍を積んでまで実現させようとした新世界は何だったのか。こんなに簡単に、たったの二年で忘れられてしまうようなちっぽけなものだったのか。 世界中の皆があれほど恐れ、時に憧れの目で見ていたキラとはこの程度の存在だったのか。 「なぁ竜崎、教えてくれないか」 月は今にも泣き出しそうな子供のような目でLを見た。 Lは月のその言葉を予想していたように、ゆっくりと視線を合わせてきた。 「僕はどうすればよかったんだろう。僕はどこで進むべき道を間違えたんだろう」 「………。その質問に私なりの答えを出すならば…どの時でもいい、夜神君は『キラのやり方で世界は平和になるかどうか』をお父さんと真剣に話し合うべきだったと思います。一人で抱え込まずに信頼できる回りの大人の意見を聞いていれば、この結末は避けられたはずです」 「無茶を言うな竜崎!そんなこと話せるはずないじゃないか、『犯罪者や心の腐ってる人間を殺して、真面目で心優しい人間だけの世界を作ろうと思ってる』なんてこと!」 「どうして言えないんです。例え現代社会では表向きには認められない思想・行為であっても、正義だと信じていたのなら、正義の警察官であるお父さんに打ち明けるのに何の不都合があるのですか」 鋭いLの言葉に月は言葉に詰まった。 Lはじっと月を見つめ、低い声で聞いた。 「以前、夜神君が自ら拘束された時、あなたは言いましたね。『ある程度の犯罪者は死んだ方がいいと思う。こんな人間は死んだ方がいいと思う奴もたくさんい るんだ』と。世界警察のトップである私の前でさえ、夜神君はキラの思想に一部は賛同できると言った。なのに何故、尊敬するお父さんの前でその言葉を言えな かったんです?」 「……………」 月は虚を突かれた顔になった。 厳しく月を問いつめたLはふっと短く息を吐き、どこか悲しそうな顔になった。 「私がキラに戦線布告した直後は一番のチャンスだったはずです。あの時、『僕はキラの考えてることに少しだけ賛成できるけど、ああやって犯罪者を殺してい くことで世界はいい方に変わるのかな』とお父さんに尋ねていれば、お父さんは的確な答えをくれたでしょう。夜神さんは月くんより大人で、経験豊富で、視野 も広く様々な犯罪や犯罪者の背景も知っている。きっと月君を正しい道へと導いてくれたはずです」 「…………」 「…この二年間、ドヌーヴの一人として世間の裏側から事件を見ることで、夜神君は今まで知らなかった色々なものを知ったはずです。その上で『自分は道を間違えた』と気付いたのなら上出来です。…できることならもっと早くに気付いてほしかったですが」 「………っ」 月は唇を噛み締めて俯いた。 食いしばった歯の間から嗚咽が漏れた。爪が白くなるほど強く握った拳の上にこらえ切れない涙が落ちた。 この二年間で思い知った、自分がいかに無知だったか。 警察と癒着している犯罪組織。生きるか死ぬかの瀬戸際で犯罪に走る人間。軽犯罪にすら死刑を課す国で多発する犯罪、その背景。 優秀な人間だけを残そうとして歪んだ歴史を刻んだいくつもの国。 罪に対して重い罰を課せば犯罪が無くなるのなら、皆とっくにそうしていたはずなのだ。 気付けばとても簡単なこと、どうして最悪の結末を迎えるまで分からなかったのか。 月が声を殺して泣いている間、Lもリュークも何も言わなかった。 ミサだけがそっと月の袖を引いて囁く。 「でもね、ライト。あなたが犯罪者のいない、心の優しい人間だけの世界を作ろうと思ってくれたから、ミサの両親を殺した強盗に裁きは下ったんだよ。ミサは ライトと会えたんだよ。ミサは、幸せになれたんだよ?ライトは間違ってなんかいないよ。泣くこと、ないよ。ねぇライト、どうして泣くの?」 月は答えない。 じっと返事を待っていたミサは、望む答えが得られないと察したのかそっと手を引っ込めた。 ………月の涙が止まって随分と時間が立ってから、竜崎はポツリと呟いた。 「そろそろ、おいとましなければ」 「……!」 Lがゆらりと立ち上がった。リュークも無言で後に続く。 月の返事も待たずに外に続くドアに向かうLの背中に、月は追い縋り声をかけた。 「竜崎、また、来てくれるか?」 「…分かりません」 「来てくれよ。今なら、本当に…何の計算も抜きで、僕は竜崎と友達になれる気がするんだ。竜崎だって、僕を友達だと言ってくれたろ?」 Lは足を止めた。 ドアを開けかけて振り返らずに呟く。 「夜神君は、私と夜神君が友達になるために必要なものを、たくさん持っていってしまいました。もうそれらは戻ってはきません」 「でも…僕は、竜崎の初めての友達だろう!?」 「そう思っていた時期もありました。でも、今の私には心から信頼できる友達がいます。夜神君の他に」 だから、あなたと友達にならなくてもいい。 ドアの向こうに消える背中に月は追い縋った。 「竜崎…竜崎、お前は、僕を忘れないでいてくれるだろう?」 答えは得られないままドアは閉じた。 開けようと思えば開けられるそのドアを、月は力なく叩いただけだった。 その背中をミサが複雑な顔で見ている。 流れるニュースはもうキラ事件とは違うものになっていた。 屋敷の外へ向かう廊下で、リュークが声をかけてきた。 「なぁ、答えはどうなんだ?」 「答え?」 「お前はこれからも、月のことを忘れないのか?」 「…答えは二年前と同じですよ」 Lは短く答えた。 私は忘れない。 例え、世界の全てがキラを忘れても。 キラ事件は多くのものを私から奪い、同時に多くのものを与えてくれた。 キラ事件を忘れると言うことは、キラに奪われたものを忘れ、与えられたことを忘れると言うことだ。 だから忘れない。 大切な人、大切な出会い、大切な別れ、それら全てを。 …この命、果てるまで。 |
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