| リビングのTVは毒にも薬にもならないような正月番組を流している。華やかな着物に身を包んだタレント達が日本各地をレポートしたりクイズをしたり…つまりはお気楽なバラエティ番組だ。 元旦から生放送で御苦労なことだな。 月は今一つ見分けのつかない女性タレントの作り笑顔を眺めながらそんなことを思った。 二年前の元旦はどのチャンネルを回してもキラ事件一色だった。番組の内容やコメンテーターの発言に気を良くしたり憤ったりしながら、それでも月はそれなりに満足していた。確かに自分は世界に影響を与えて注目を浴びた、世界が変わるきっかけを作ったと思っていたのに。 世界はたった二年足らずの間にキラを忘れ、世界を変えようと足掻いた少年のことなど覚えていないかのように動いている。二年前と何も変わらずに。 キラに一番振り回され、変えられてしまったのは、他ならぬ自分自身なのかもしれない…。 ぼんやりとそんなことを考えていると、ふとミサが口を開いた。 「あのね、ライト」 「ん?」 「ライトの好みの女性って、タレントで言うと誰みたいな感じ?」 「…え?」 予想外の言葉に月はぽかんと口を開けてミサを見返した。 ミサは月を愛していて、そして月から愛されていると心の底から信じていると、彼は思っていた。そのミサの口から『好きな女性のタイプは?』などという言葉が出るとは思ってもいなかったのだ。 「誰、と言われても…」 「少なくとも、ミサは違うよね」 「…………………」 月は完全に言葉に詰まってしまった。イエスと答えたも同然だった。 何と言ってフォローしようかと必死に考える月に、ミサは少し寂しそうな笑顔を見せた。 「いいの。何となく分かってたし、気にしないで」 「…ミサ」 「あ、でも、ミサがライトのタイプじゃないって分かっても、本当に好きになってもらえることは諦めないよ?ライトがミサを本当に愛してくれるようになるまでは、ミサはライトのいい友達でいたいってだけ」 「……………」 いい友達。 ミサのその言葉は月の心で固く強張っていた何かを溶かし、そして彼の心を軽くしてくれた。 終業のチャイムが鳴って、彼女はノートや教科書を手早く鞄に放り込んだ。 昇降口に向かって廊下を歩いていると。 「おーい、さなえー!た、な、か、さ、な、えーーー!!」 廊下に響く友達の大声に、彼女は顔を赤くして足を止めた。 周囲にいた教師やクラスメイトもクスクス笑いながら彼女を見ている。 腹がたつやら恥ずかしいやら、顔を赤くして彼女が振り返ると、友達が手を振りながら小走りに近付いてきた。 「あ、立ち止まった」 「呼ばれたのが自分だって分かったみたいね」 「あったりまえでしょ!恥ずかしいからフルネームを大声で呼ばないでよね」 一応、すごく怒ってる顔で言ったのに、友達は悪びれた様子もなく笑っている。 「ごめーん、だって早苗ってさ、転校してきたばっかりの時は名前呼んでも振り向かなかったじゃない」 「そうそう、『私の名前は田中早苗じゃありません』て顔してねー」 「……」 『田中早苗』はちょっと唇を尖らせた。 だって、その頃は『タナカサナエ』が自分の名前だって実感がなかったんだもの。 十年以上付き合ってきた『夜神粧裕』の名前と、これ以上ないほど悲しい理由で別れたんだもの。 もちろんそんなこと、親友の彼女達にも言えないけど。 「…で、何の用?」 「駅前に新しいお店が出来たでしょ?一緒に行かない?」 「パフェがすっごくおいしんだって!」 「うーん、せっかくのお誘いだけど」 「無理なの?」 「ごめん。今日は帰ったらすぐ、お兄ちゃんに会いに行くから」 「そっかぁ…じゃあ仕方ないね」 「じゃあまた別の日に誘うよ、ブラコン早苗!」 もう反論する気にもなれず、『早苗』は苦笑いして手を振った。 親友の二人にだけは、自分には兄がいること、『病気で外国の病院にいる』こと、そして年に数回だけ面会ができることを話してある。 本当のことは絶対に話せないけど、それでも彼女は満足だった。ほんの少しだけ秘密をはなせる相手がいることで満足だと思えるようになった。 半年振りくらいに会うけど、お兄ちゃんは元気かな。 家路につく彼女の足取りは軽かった。 駅から警視庁に向かう、通い慣れた道。 東京には珍しい雪がちらつき、歩道は無数の足跡がついている。 松田は白い息を吐いてぼんやりとその雪道を見ていた。 あの女性もきっと、この道を通って行ったのだろう。彼女はどんな気持ちでこの道を歩き、そしてキラに出会い、どんな気持ちで与えられた死に向かって歩いて行ったんだろうか…。 直接会ったことも、話したこともない女性。彼女は優秀なFBI捜査官で、そしてLを心から信頼していたという。Lの力不足という形で最愛の婚約者を失った後でも、彼女のLに対する信頼は揺らぐことはなかったと聞いた。 そしてLは、彼女の事を最後まで気に懸けて、すれ違いキラに殺されるきっかけを作ってしまったことを悔やんでいた。 きゅうっと松田の喉の奥が熱くなった。 もしもの話を何度しても現実は変わらないけれど。 でも、もしも、捜査本部の皆が彼女のようにLを信頼して捜査を続けていたら。無駄な犠牲は増えずに事件は解決して、Lとの別れもあんな気まずい形にはならなかったのでは。Lがキラを追い詰めたあの日以来、何の連絡もないままにはならなかったのでは……。 松田はそっと眼を伏せた。 L。竜崎。 彼の姿を見たのは夜神月に手錠をかけた日、声を聞いたのは二年前の大晦日の公式発表が最後になっている。恐らくもう二度と、彼と接する日は来ないだろう。 松田の名前はそう遠くない日に彼の中から消える、しかし南空ナオミはずっとLの心に残り続けるだろう 吐き出した息は白く曇って寂しく消えていった。 …次の非番の日は、皆と一緒に南空ナオミの墓参りに行こう。 そう心に決めて、松田はゆっくりと歩き出した。彼の足跡はくっきりと雪道に残り、消えることはなかった。 |
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