| 光の花が胸を貫く。失くした心がおさまっていたその場所を。 体を拘束する輝く花に身を委ねる。不思議と後悔も恐怖も感じなかった。眼下に広がるのは一面の花畑。その花畑の真ん中で、ちっぽけな少女がどこか悲しげな目で自分を見ている。 ――それが、敵に向ける目か。 知らず、唇が微笑みの形を作った。 最後の言葉を告げて目を閉じる。意識が、自我が、記憶が、聖なる光の中に溶けていく。 さぁ、還ろう。一度は逃げ出した、自身が在るべき場所へ。 ………… ……………… 目を開ける。体を起こす。 「…………」 …何で俺はこないなところにいるんじゃ。 濃い靄がかかったような頭で熊本は思った。 状況を把握しようと周囲を見回すと、青白く長い髪と青い目の、随分と綺麗な顔立ちの優男と目が合った。 「――、コ………」 「…………」 「こ…こ、んにちわ…」 「え、あ、こ、こんにちわ…」 「…………」 「…………」 何となく挨拶を交わした後に間の抜けた沈黙が流れた。 熊本と青白い優男はしばらく互いの顔をしげしげと眺め、微妙な面持ちで同時に口を開いた。 「あー…」「えっ、と…」 「…………」 「…………」 「そのぉ…妙なことを聞くようじゃが、ここはどこぜよ?」 「…見たところ、病院のようだけど」 「そうか、病院か。言われてみればそんな感じぜよ」 得心がいった熊本は頷いて部屋を見回した。殺風景な部屋、シンプルすぎる寝具、見知らぬ他人と並んだベッド…。…………。…他人?この優男は他人だったか?どこかで会ったような気がしなくもないのだが…。 腕を組んで天井を見上げ、視線を落とし、髪をかき回し、熊本は呻いた。 「…いかん。何がどうなって病院なんぞにおるのか、全く思い出せんぜよ」 「僕もだ…」 「何ぞ、奇天烈な夢を見ちょったような気がするんじゃが…」 目を閉じて夢の記憶を追おうとしたが、思い出そうとすればするほど遠ざかり、指の間をすり抜けるように夢の残滓は逃げていった。 ダメだ、何も思い出せない。 うー…と唸り声を漏らす熊本の隣で考え込んでいた青い男が、何かを諦めたように頭を振った。 「とにかく、看護師さんを呼びましょうか」 「ああ、そうじゃな」 「ナースコールは…これかな」 …………。 ナースコールを押して待つことしばし、バタバタと人が走ってくる足音がして。 ガラッ!! ノックも無しに病室の引き戸が勢い良く開き、長い赤毛をポニーテールにした若い女性が顔をのぞかせた。ちなみに彼女の服装は白いシャツにダークカラーのパンツで、白衣もナース服も着ていない。 予想外の展開に驚いている男性二人を見て、女性は目に涙を浮かべてへなへなとその場にへたり込んだ。 「起きてる…起きてるわぁん…良かった…良かったぁ…」 「は?へ?ん??」 「……?」 熊本と男は顔を見合わせ、そろそろとベッドから降りてへたり込んでる女性に近づいた。 「僕が言うのもなんですけど、大丈夫ですか?」 「つか、お前は何者じゃ?見たところ看護師でも医者でもないようじゃが」 「ちょっと君。初対面の女性に『お前』なんて失敬だろ。…………。…初対面、ですよね?」 どこか自信無さげに優男が尋ねると、女性は浅く顎を引いた。 「えぇ…多分…」 「で?お前は何者ぜよ?」 「えっと…この場合、『元入院患者の通院患者』って答えればいいのかしらぁん?」 「患者?え、じゃあ、何故、患者の君がこの部屋に来たんだい?」 「ナースコールが鳴ってるのが聞こえたから…」 「いやいやいや、そうじゃないぜよ。医者でも看護師でもないお前が、ナースコールを聞いてここに来た理由は何じゃと質問してるんじゃき。そもそも医者や看護師はどうしたんじゃ?」 「えっとぉ…」 赤毛の女は指を唇に当てて考え込み、短くない沈黙の後、眉間に皺を寄せて立ち上がった。 「何から話せばいいのか分からないから、まず外を見て頂戴」 「「??」」 彼女は病室の窓に歩み寄ると、シャッとカーテンを開けて窓を開けて外を指差した。 熊本と青白い髪の男は頭上にクエスチョンマークをつけたまま、彼女に言われた通り窓から外を見た。 「……………」 …世界は、砂に覆われていた。 雪の変わりに砂が降り積もったと言われれば納得しそうな光景だった。病院の玄関が埋もれるほど砂が積もっていて、世界の何もかもが砂に埋没していて、木や建物ら しい物が砂の表面に僅かばかり見えていて、そして八岐大蛇が二足歩行をしているような奇妙な生き物が砂漠を闊歩していた。 無言のまま砂の世界を見つめている二人の姿に、赤毛の女が怪訝そうな顔になった。 「二人とも、冷静ねぇん?何だか、世界が砂漠になったことなんて知ってましたーって感じだわぁん」 「むう…現実味が無さ過ぎて逆に驚けんぜよ」 「そうだね。何だか夢の続きを見ているみたいな気分だ」 「で?医者と看護師はどうしてるんぜよ?」 「ひょっとして、デザートデビルにやられた人の治療に追われているのかい?」 「だったら良かったんだけど…そっちも大変なことになってるのよぉん。言葉で説明するより見た方が早いと思うから、ついてきて」 青白い髪の男が何気なく口にした『デザートデビル』という言葉が砂漠を闊歩する化け物の名前だと言うことを熊本も赤毛の女も当たり前のように理解してい た。初めて目にするはずの化け物の名を知っていることに誰も何も疑問を感じないまま、三人は病室を出て階下の診察室に向かった。 診察室のドアを開けた女が診察台の上に転がった水晶を指差した。 「お医者さんと看護師さんは、あそこよぉん」 「…は?」 「え?」 …恐る恐る水晶を手に取った二人は、中に人が閉じ込められているのを見て目を丸くした。 時折、苦しそうに顔をしかめているのを見る限り、生きてはいるようだが…。 物言いたげな男性二人の視線を受けた赤毛の女は悲しそうな顔で首を振った。 「他の部屋も確認したけど、病院にいた人はみんな水晶に閉じ込められてるわぁん。無事なのは私達三人だけ」 「一体、何があったんぜよ?」 「それはこっちが聞きたいわ。昨日、いきなりテレビに緑の髪の男の子が映って、『地球は我々砂漠の使徒が支配した。全て砂に埋もれるがいい!』とか言った途端に地響きが起きて砂が押し寄せてきて、気がついたらこうなってたのよぉん」 「なるほど」 「砂漠の使徒が地球を支配した…それでか」 「…………」 熊本と優男の言葉に赤毛の女は目をまん丸にして、一瞬遅れて眉を吊り上げ二人に指を突きつけた。 「ちょ、ちょ、ちょっとアンタ達!『なるほど、それでか』じゃないでしょぉん!?私の話聞いてた!?変な子供が『地球は砂漠の使徒が支配した』って言って、それと同時に世界が砂漠になっちゃったのよぉん!?分かってるの、この現状を!?!?」 「むしろ俺は、何でお前が納得できんのかが分からんが」 「『砂漠の使徒』が地球を支配したんだから世界が砂漠になるのは当たり前だろう?海になったら変じゃないか」 「…………。あー…何だか私、眩暈がしてきたわぁん…私の他に生存者がいる!と思って喜んでたのに、まさか、二人揃って超弩級のバカだったなんて…」 「失敬だねぇ。僕も彼も、君の話はきちんと理解しているよ。確かに現実離れした話だしいまいちピンと来ないけど、外のアレを見れば納得せざるを得ないしね」 「パニくって泣き喚いたところで何がどうなるわけでもないきに、さっさと現実を受け入れて今の自分に何が出来るか考えた方がいいぜよ」 「…………。そっか。…そうね、その通りだわぁん。…あー、何だか緊張の糸が切れちゃった」 フッと表情を和らげた女性に柔らかな笑みを見せて、青白い髪の男が熊本を見遣った。 「世界が砂漠になっている理由は分かったけど、僕と君がここに入院していた理由は分からないね。何とかそれだけでも調べられないかな」 「あ、それなら私が知ってるわぁん」 「え?どうして君が?」 「えっとぉ…話すとちょっと長いんだけど…」 女が小首を傾げて口を開きかけた時。 ぐううぅぅ… 場の空気を全く読まない熊本の腹が空腹を訴えた。 「……………」 「……………」 二人に微妙な視線を向けられた熊本は至って真顔で腕を組んだ。 「む。まず俺達がやるべきは腹ごしらえぜよ。腹が減っては戦は出来ぬと言うからな!」 「そう言えば私も昨日から何も食べてなかったわぁん。…あー、気が抜けたら急にお腹がすいてきちゃった」 「水や食べ物はあるのかな?いや、病院だから備蓄してないってことは無いだろうけど、砂に埋もれてたりしてないかな」 「水道と電気は生きてたわ。食べ物は確認してないけど、食堂が砂に埋もれてなければ何かあるんじゃないかしら。ちょっと見に行ってくるわぁん」 「じゃ、僕達は着替えてから追いかけるよ」 「りょーかぁい」 赤毛の女が部屋を出て行くのを見送って熊本は優男を見遣った。 「ここは病院じゃし、別にこのままでもええと思うが」 「いくら病院でも、女性と食事をするのにパジャマ姿って言うのはまずいんじゃないかな」 「フッ…この非常事態に何をカッコつけとるんじゃ」 「非常事態を言い訳にだらしない格好でいたら、気持ちまでだらしなくなってしまうよ。非常事態だからこそカッコつけて、服装も気持ちもきちんとしなくてはね」 「ふむ…一理あるぜよ」 二人は一度病室に戻り、ベッド脇の箪笥に入っていた服に着替え、顔を洗って歯を磨き、髪を梳かし、きちんと身だしなみを整えて食堂に向かった。 食堂の場所が分からずに散々迷った二人が漸く目的地に到着すると、赤毛の女が食パンやハムや卵サラダやチーズや野菜をテーブルに並べていた。 「お米はあったけど炊くのに時間がかかるから、パンにしたわよぉん。食べ物の好き嫌いまでは分からないから、セルフでサンドイッチにして頂戴」 「悪いな、全部やらせてしもうて」 「いいわよぉん、気にしないで。何かやってた方が気が紛れるから」 「じゃあ僕は飲み物を探してくるよ。インスタントコーヒーか紅茶のティーバッグくらいはあるだろう」 「コーヒーを淹れる湯は、と…。ん、電気ポットがあるな」 サンドイッチと飲み物を用意した三人はテーブルについて、『いただきます』と手を合わせた。 …さほど食欲は感じなかったが、いざ食べ物を口に入れると途端に空腹感が襲ってきた。ほとんど無言で食事は進み、三人がほっと一息ついたのは用意された食べ物が全部無くなってからだった。 熊本はパン!と顔の前で両手を合わせた。 「うむ、ごっそさん!」 「ご馳走様、美味しかったよ」 「うふっ、空腹は最高のソースとはよく言ったものねぇん」 「さて、と。腹も膨れたところで聞かせてもらおうか。お前、俺とコイツが入院しとった理由を知ってると言っちょったな」 「君さぁ…さっきも思ったけど女性に対して『お前』とか失礼すぎじゃないかな?」 「ったく、イチイチうるさい奴じゃな。じゃあ何て呼べばいいんじゃ?」 「普通に、名前に『さん』を付けて…。って、あ」 青白い髪の男は自分の言葉に自分でハッとした。 「今気付いたけど、僕達、自己紹介もしてなかったね」 「あらぁん?そうだったかしら?」 「言われてみればそのチャラ男の言うとおりじゃき。何やら予想外の展開過ぎて綺麗に忘れとったが、良く考えたら互いの名前も知らんぜよ」 「チャラ男って…」 「はいはーい、じゃ、私から自己紹介するわねぇん。私は斉藤リナって言いまーす。以前は仕事命!の会社員だったんだけど、仕事に行き詰って大事な商談で大 失敗ちゃったところで記憶が途切れてるの。詳しいことは後で話すけど、先生は『仕事のストレスと過労で倒れたんじゃないか』って言ってたわぁん」 「…僕は小早川ジャクリーン。苗字で呼んでくれたまえ。入院することになった経緯は、『仕事命』って部分以外は斉藤さんと似たり寄ったりだと思うよ」 「私のことは『リナ』で良いわよぉん」 「俺は熊本ぜよ。プロの挌闘家目指して上京したんじゃが、修行に行き詰って思うように強くなれんでな。どうしたもんかと悩んでいたことは覚えちょる。…さ、自己紹介は済んだきに、リナが知っちょる話とやらを聞かせてもらおうか」 「その前に聞きたいことがあるんだけど」 リナは複雑な目を小早川に向けた。 「小早川さん、双子のお兄さんとか弟さんとか、いないかしらぁん?」 「??…いや、僕は一人っ子だけど。え、どうして?」 「ん…実はねぇ、私が倒れる少し前に、あなたにすごーく良く似た人に会ったのよ。でも、先生が言うには、あなたが倒れたのは私が『小早川さんのそっくりさ ん』に会う前らしいから、双子の兄弟だったのかなって思ったんだけど…。他人の空似だったのかしら…でも、本当にそっくりだったのよねぇ…」 「じゃあ、本当にどこかで会った事があるのかもしれないですね。実は僕も、リナさんとは初対面って気が全然しなくて」 「何じゃ、この状況でナンパか。お前、なかなかやりおるのう…ガッ!!」 ゲシッ!! テーブルの下で足を蹴られて思わず熊本が声を上げると、小早川は涼しい顔で青い目を熊本に向けた。 「ねぇ熊本さん。特に必要を感じなかったから言わなかったけど、僕は君にも会った事がある気がするんだよねぇ」 「それは俺も思ったぜよ。お前にもリナにも見覚えがある気がするのう、ってな。じゃが、同じ病院に入院しちょったんなら顔くらい合わせたこともあるじゃろと思ったきに、改めて言いはしなかっただけじゃき」 「それは私も思ったわぁん。でもね、先生が言うには…さっきから『先生が言うには』ばっかりなんだけど…あなた達と私がここに入院して三年くらい経つんだけど、その三年間、私達三人はずっと昏睡状態で、目を覚ましたことは一度も無いんですって」 「…………」 「とにかく、最初から話すわね」 コーヒーを一口飲んで唇を湿らせると、リナは考え考え話し始めた。 リナが花の大手商社『レッドフローリアン』で営業の社員として働いていたのは三年前。リナの前に『小早川のそっくりさん』が現れたのは、彼女が仕事に行 き詰まって営業成績が悪化し、進退問題までちらつかされ始めた頃だった。日本人離れした端正な容姿の彼に奇妙な切り口でお茶に誘われたリナは思わずその誘 いに応じてしまい、うっかり重要な商談の日程まで喋ってしまったという。『商談がうまくいくおまじないをかけてあげるから、商談に行く前に会おうじゃない か』という、今にして思えば胡散臭いことこの上ない提案に乗ってしまったあたり、当時の自分はよほど精神的に参っていたのだと思う。 …リナの記憶は、その男との待ち合わせ場所に向かったところで曖昧にぼやけて途切れている。 そして目が覚めたら、この山ノ中診療所のベッドにいたというわけだ。 長い悪夢を見ていたような感覚を覚えながら窓から入ってきた小鳥を撫でていると、部屋に入ってきた看護師がリナが起き上がっているのを見るなり大騒ぎで医師を呼びに行った。そしてリナは、自分が三年間も昏睡状態だったことを院長から聞かされたのである。 院長の話はこうである。 商談の失敗を理由に自宅待機を命じられた直後にリナは行方不明になり、どこぞの山中で倒れているところを発見されて近くの病院で保護された。彼女を受け 入れた病院の医師は『仕事の失敗のショックで発作的に自殺を考えて診療所近くの山に入ったが、自殺する前に過労と心労が原因で倒れたのだろう。しばらく静 養すれば目を覚ますはず』と判断した。が、数日経っても意識が戻る気配が全くないことがひどく気にかかり、その道の権威である月影博士なる人物に彼女のこ とを相談した。話を聞いた月影博士はリナの身柄を引き取り、山ノ中診療所の院長に『彼女を受け入れて経過を診て欲しい』と依頼してきたのだと言う。長年、 月影博士と懇意にしていた院長はその依頼を了承してリナの経過 を診続けてきたのだ… 「…そこまで説明した院長先生は、『本当はこういうことを教えるのはダメなんですがね』って前置きして、私と良く似た事情の患者が入院していることを教え てくれたの。仕事や生活で悩みを抱えていて、過労と心労が原因で倒れたらしいけど、逆を言えばそれだけの理由しかないのに昏睡状態で目を覚ます気配がなく て、月影博士の依頼で経過を診ている患者がいる、って。彼らを目覚めさせる方法のヒントだけでも欲しいから何か心当たりや気が付いたことはありません か、って」 「何ぞ、訳の分からん話じゃのう。昏睡状態だった患者の一人が目を覚ましたんなら、まず俺達をここに放り込んだ月影博士とやらに報告すべきじゃろ」 「私もそう言ったのよ。そしたらね、院長先生が『月影博士は三年前から行方不明になっているんです』って言ったのよぉん」 「え?」 「私をここに送った直後から博士と連絡が取れなくなって、仕方なく自宅に連絡を入れたら奥様が出て、『夫は、こころの大樹と言う木の研究をするといってフランスに渡ったきり連絡が取れなくなっているんです。夫の行方を聞きたいのは私の方です』って言われたそうよぉん」 リナが深刻な顔で語った話に、熊本と小早川も眉根を寄せた。 「ますますけったいな話になってきたな」 「こころの大樹…?どこかで聞いた事があるような名前だな」 「私もその名前には覚えがあるような気がするんだけど、思い出せないのよねぇん」 「何じゃ、色々と気持ち悪いのう。この、喉元まで出掛かってるのに思い出せんような、初めて見たり聞いたりしたはずなのに覚えがあるような気がするような、妙なむず痒さ…あぁー、じれったくてたまらんぜよ!」 「その、月影博士って人なら何かを知っているんだろうけど、行方不明とはね。八方塞がりとはこのことかぁ」 「それ以前に私達、無事にここから帰れるのかしら…ずっと世界が砂漠のままで、皆が水晶に閉じ込められたままだったら…」 思いつめた顔でリナがポツリと呟いた言葉に男性二人が表情を緊張させた時。 ズズ…ン…… 腹の底に響くような不快な揺れが襲ってきた。 驚いて窓際に駆け寄った三人が見たものは、診療所に向かって歩いてくるデザートデビルの姿だった。 「え、ちょ、何?何であの化け物がここに向かって来てるの?今までスルーしてたのに!!」 「この建物が無事だと気付いたのか、あるいは水晶化していない人間がいると気付いたのか、それとも単なる偶然なのか…」 「理由なんぞどうでもええ。化け物がここに向かってきている、それだけ分かれば十分じゃき」 迷うことなく踵を返し、食堂を出て行く熊本の背中に小早川が声を掛けた。 「何をする気だい?」 「決まっとる。奴がここを襲ってくるなら受けて立つだけじゃ」 「ちょちょちょ!何を馬鹿なことを言ってるのよぉん!?」 「座して死を待つなど俺の性に合わん。出来ることはやるだけじゃき」 「馬鹿を言うな!あんな化け物相手にただの人間が何が出来るんだ!」 「臆病風に吹かれたか。まぁええ。チャラチャラした軟弱者はおなごと一緒に隠れて震えているのがお似合いぜよ」 「熊本、…」 バタン! 小早川が何か言いかけたのもお構いなしで、熊本は食堂のドアを閉めて行ってしまった。 乱暴に閉められたドアを睨んで小早川がギリッと歯軋りした。 「相変わらず馬鹿だな、あいつは!デザートデビルに丸腰で挑もうなんて愚の骨頂じゃないか。少しは頭を使ったらどうなんだ!」 「『相変わらず』?」 「リナ。君は水と食料を持ってどこかに隠れていたまえ。この建物も砂にされてしまうかもしれないが、馬鹿正直にデザートデビルの前に出て行くよりは安全だろう」 「え?あなたはどうするの?」 「熊本の援護に行く」 「はぁ!?何をあなたまで馬鹿なこと…」 「大丈夫」 小早川は不意に真顔になってリナを見た。 真正面から見つめてくる彼は本当に綺麗な顔をしていて、リナが思わず抗議の言葉を忘れて見惚れていると、彼は真剣な顔で静かに言った。 「僕達は君を見殺しになんてしない。もう二度と、そんなことはしないから。だから、安心したまえ」 「え?…」 言葉の意味を尋ねる間もなく小早川も食堂を出て行った。 小早川の言葉がリナの頭の中をぐるぐる回っている。 ――僕達は君を見殺しになんてしない。もう二度と、そんなことはしないから。 (何、変なこと言ってるのよぉん?その言い方はまるで、熊本と小早川が私を見殺しにしたことがあるみたいじゃない) (私達は今日、初めて会ったんだから、そんなことあるはず無いのに) (…でも) …でも、何度か夢に見たような気がする。 苦しみながら戦う自分がいて、そんな自分を離れたところから見ている赤い男と青い男がいて、自分が力尽きると二人がやって来て、優しく抱き起こして労いの言葉をかけるのだ。 (お前にしてはようやったぜよ、――――) そして、夢の中で意識が遠のくと同時に目が覚めるのだ。 診療所を退院してからはほとんど見なくなったあの夢。夢の中の赤い男と青い男が熊本と小早川に重なるのは何故だろう。 ひとり残されたリナは、奇妙にざわめき暖かな気持ちに満たされる胸にそっと手を当てて思いをめぐらせた。 |
| ハトプリ部屋 | 総合目次 |
| 本編46話の後、元の体に戻ったクモコブコンビとサソリーナの「その後」の話です。クモコブコンビの心の花が戻るなり目を覚ましたんだとしたら、二人が目
を覚ましたときはまだプリキュアと砂漠の使徒の最終決戦真っ最中で、世界は砂漠のままだったんじゃないかなぁと考えをまとめてこの話になりました。 三幹部は砂漠の使徒だった頃の記憶がないので、熊本・小早川・リナと当サイト独自設定の「人間時の名前」で話を進めています。 浄化直後のクモコブコンビは三幹部だった頃の感覚や意識や記憶が無意識下に強く残っていて、浄化されて数ヶ月経ってるサソリーナは多少薄れています。 ざっくりと解説など。 ・冒頭の「逃げ出した」という一文 熊本も小早川も、悩んでいた時に心の花を強奪されたので「逃げた」とはちょっと違うのですが、悩みを拗らせるあまり「現実から逃げたい」と言う考えも頭を掠めてたという意味合いです。特に小早川。 ・自分のことは苗字で呼ぶように頼み、倒れた経緯や仕事については言葉を濁す小早川 ジャクリーンと言う名前が女の子みたい、というのを気にしているため。子供の頃、容姿と名前のせいで散々女の子に間違えられたトラウマも多少ある。倒れ る前の小早川はモデルをしていたが、それを言って自慢と受け取られるのが嫌だった。他にも多少理由はあるのですがそれはまた別のSSで改めて。 ・コブラージャの素体なのに割と常識人の小早川 熊本(クモジャキー)は良くも悪くもどんな時も態度が変わらず、リナ(サソリーナ)は不測の事態にパニックになりかけているので、緊急事態に応じた対応 が出来るのが彼しかいないと言うのがひとつ。コブラージャもシリアスな場面ではきちんとシリアスできるキャラだったので。また、コブラージャのシリアス部 分は小早川の人格、アホナルシーは小早川の願望が生み出したコブラージャの人格だったので、現時点では小早川は(比較的)常識人キャラ。 ・リナ(サソリーナ)を「『今度は』君を見殺しになんてしない」発言 本編でサソリーナが浄化されるのを甘んじて受け入れたことへの後悔が残っていたために出てきた台詞。 |