| 広大な砂漠の中に聳え立つ三日月形の城――砂漠の使徒のアジト。 三幹部が揃った部屋に足を踏み入れたダークプリキュアは常と変わらぬ抑揚の無い声で誰に言うとでもなく言った。 「わざわざ私を呼び出して何の用だ」 「それはこっちが聞きたいわぁん」 「え?博士のお使いで来たのではないのですか?」 サソリーナとコブラージャが怪訝そうな顔を見合わせると、奥のソファに座っていたクモジャキーが真剣な顔で立ち上がった。 「ダークプリキュアを呼び出したのは俺ぜよ。博士の前では少々しにくい大事な話があったのでな」 「ほう…?」 「サソリーナ、コブラージャ。お前達にも関係のある話じゃき、真面目に聞くぜよ」 皆の視線を集めたクモジャキーは壁にかかったカレンダーに歩み寄り、14日の日付部分をバーンと叩いた。 「バレンタインデーまであと一週間を切った!!」 「…………。はぁ?」 「へ?」 「何だ、それは」 「何じゃ何じゃお前ら!そのうっすい反応は!特にコブラージャ、それが男の反応か!バレンタインデーは男子の決戦の日じゃろうが!!」 「いや、まぁ、そこは否定しないけど」 クモジャキーに指を突きつけられたコブラージャは緩く首を傾げた。波打つ青白い髪がさらりと肩から零れ落ちて、そのひと房を弄びながら彼は怪訝そうに尋ねた。 「ちょっと意外だなぁ。君がバレンタインデーを意識する男だったなんて」 「私も同感よぉん。クモジャキーは『バレンタインなんて軟弱軟弱ぅ!』ってタイプかと思ってたわぁん」 「…まぁええ。そういうわけでサソリーナ、ダークプリキュア。バレンタインデーには俺にチョコを渡すぜよ!一個といわず、二個でも三個でもええぞ!」 「そこまで正直に要求されたらいっそ清々しいわねぇん。いいわよ、チョコの一つや二つくらいあげるわよ」 「だから、バレンタインデーとは何だ」 無表情のダークプリキュアが僅かに苛立ちの混じった口調で尋ねると、コブラージャがふわりと髪を背に払って口を開いた。 「バレンタインとは、主に女性が身近な男性にチョコをプレゼントする日です。この日に女性から幾つチョコを貰えたかが男にとっては一つのステータスになったり するのですが…まぁ、人間関係を円滑にして仲間内で盛り上がるイベントだと思えば結構ですよ。イベントにかこつけて意中の男性に愛を告白する女性も多いようですけどね」 「…では私は、クモジャキーとお前とスナッキーどもにチョコをくれてやればいいのだな」 「そういうことぜよ!今から楽しみにしてるきに、俺の期待に応えるぜよダークプリキュア!」 「バリバリの義理チョコでここまで喜ぶ男も珍しいわねぇん」 「ああそうだ。せっかくだからサバーク博士にもチョコをプレゼントしては如何です?」 コブラージャの提案にダークプリキュアの表情が動いた。 「…博士に?」 「ああ、いわゆる『パパチョコ』ね?いいんじゃないかしらぁん」 「パパチョコ?お前達に渡すものと何が違うのだ?」 「チョコを渡す相手に対応した名前があるのですよ。意中の男性に渡すのは本命チョコ、ビジネス絡みの男性は義理チョコ、友人は友チョコ、自分用はマイチョコ、そしてお父様にはパパチョコ、という具合にね」 「博士はこないなイベントには無縁そうじゃし、チョコを渡せばきっと喜んでくれるぜよ」 「そ、そうだろうか…。博士は、喜んでくれるだろうか」 「そういうことなら、予定が合う日にチョコの買い出しに行きましょうかねぇん?ダークプリキュア」 「…いいだろう」 「話はまとまったようじゃな。ではミーティングはこれにて終了じゃ!」 「なら僕はエステの再開といこう」 「私はプリキュアにちょっかいを出してこようかしらねぇん」 腕組みしたクモジャキーが満足気に宣言すると、三人はさっさと部屋を出て行った。 一方その頃。 つぼみ、えりか、いつきの三人は花咲薫子の植物園を訪れていた。一応の名目は『ファッション部の学外活動』だったが実のところはお茶 をしながらの雑談で、この時期の中高生の話題は概ね決まっている。それは砂漠の使徒と戦いを繰り広げるプリキュア達も例外ではない。ないのだが…。 コッペのふかふかの腹に体を預けて、えりかは努めて何でもないことのようにつぼみといつきに尋ねた。 「あのさぁ。もうすぐバレンタインデーだったり、するじゃん?」 「しますねぇ」 「するねぇ」 「つぼみといつきは、誰かにチョコとかあげるワケ?」 「私は毎年、お父さんにパパチョコをプレゼントしてます。今年は友チョコをファッション部の皆に配ろうかなって思ってますよ。あ、あとコッペ様とコフレにもあげようかな」 「僕もつぼみと同じかな。どちらかと言うとあげるより貰う方が多いんだけどね…僕は女の子なのに」 「なーんだ!二人とも本命チョコを渡す相手はいないんだぁ〜!」 「何でそこで嬉しそうなのかなぁ、えりかは」 「そういうえりかはどうなんですか?本命チョコを渡す相手、いるんですか〜?」 つぼみがわざとらしく横目でえりかを睨んで見せると、えりかはテヘヘと笑って頭を掻いた。 「いやぁ…いないんだぁ、それが」 「うふふっ、やっぱり」 「あはは、そうだと思った」 「いやいやいやいや!そこは笑うところじゃないでしょお二人さん!」 つぼみといつきが笑った途端、えりかは真顔になってテーブルを拳で叩きつつ力説した。 「うら若き美少女がだよ、バレンタインにチョコを渡すのが家族と女友達だけなんて、それ、大問題だよ!義理でもいいから男子に渡さなきゃ女がすたる!いやさ、プリキュアがすたるっ!!」 「そ、そうかな」 「そうだよ!」 「あの、私、番君にもあげるつもりでしたけど」 「番君は女友達みたいなものだから男子の数には入りませんっ!」 「うわ、何気にひどっ!」 「よーし、決めた!今年のバレンタインは『家族以外の大人イケメン男子にチョコをあげて幸せゲットだよ!』をテーマで行くよっ!!」 「ええーっ?」 「それはいいけど、具体的に誰にあげるんですか?番君とか学校の男子は『家族以外の大人イケメン男子』の条件には当てはまらないんでしょう?」 「う、うーん…」 つぼみの疑問にえりかが真剣な顔で考え込むと、コッペが腹をごそごそやって何かを取り出した。 なになに?と差し出されたそれを覗き込んだ三人は凄まじく微妙な顔になった。 …コッペが差し出したのは、コブラージャのサイン入りブロマイドだった。 「いや、あの、まぁ、確かに、『家族以外の大人イケメン男子』って条件は満たしてるかもしれないけど、さぁ…。えぇ…でも、コブラージャぁ?」 「そもそもどうしてコッペ様がコブラージャのブロマイドなんて持っているんだい?」 「そう言えば私、初めてコブラージャに会った時に渡されたブロマイドを持って帰って来ちゃったかも知れません。町の中でゴミを捨てるのはダメだから家に帰ってから捨てようと思って、多分そのまま…」 「ああ、それでかぁ」 「コッペ様がコブラージャのブロマイドを持ってる理由は分かったけど。このタイミングで出したってことは、コッペ様は『コブラージャにチョコをプレゼントしたら?』って言いたいのかな?」 「はぁ?コブラージャは敵だよ?何でアイツにチョコあげなきゃいけないのよ!?」 「でも、敵だって部分以外はえりかのあげた条件は満たしてますねぇ」 「コブラージャは大人かなぁ?」 「そ、それは難しい問題です…」 「それ以前の問題っしょ!例え義理だろうと、敵にチョコなんてあげる必要なんてないない!」 「でも、コッペ様が『コブラージャにチョコをプレゼントしたら?』って言いたいのなら、敵にチョコをあげることに何か意味があるのかも」 「どんな意味があるって言うのよ」 「そ、それは…」 「…騒がしいわね。どうしたの?」 不意に声をかけられて三人が驚いて顔を上げると、植物園を訪れたゆりが不思議そうな顔をして三人を見ていた。 …かくかくしかじか、と皆が事情を説明すると、ゆりは真面目な顔で口を開いた。 「私は、アリだと思うわ。コブラージャだけでなくクモジャキーにも、何ならサソリーナやスナッキーにもチョコをあげていいと思う」 「ええっ?」 「どうして?あいつらは敵だよ!?」 「敵だからこそ、やってみる価値があるのよ」 「??」 「極端な話だけど、チョコをきっかけに三幹部を懐柔することができたら、一気に私達が有利になるでしょ?」 「カイジュウ??」 「上手く扱って自分の思い通りに動かすこと、だよ。つまり手懐けるってこと」 「え…それってつまり、砂漠の使徒をチョコで餌付けしようって作戦?」 えりかの身も蓋もない言葉にさすがのゆりも淡く苦笑した。 「話はそう簡単じゃないでしょうけど。でも、力で捻じ伏せて押さえつけるだけが戦いじゃないでしょう?砂漠の使徒が暴力で襲ってくるからこちらも武 力で対抗しているけど、チョコをきっかけに奴らを話し合いのテーブルに引っ張り出すことが出来れば、力による戦い以外 の解決策が見つかるかもしれないわ。…かなりの希望的観測だけどね」 「そういえば僕達は、砂漠の使徒のことを何も知らないよね。地球を砂漠化したがってるのは知ってるけど、何故そうしたいのかまでは気にしたこともなかった」 「なるほど…チョコをきっかけに彼らと仲良くなって、砂漠の使徒の目的を聞き出す事が出来れば、平和的に仲直りも出来るかもしれないってことですね」 「あくまでも『可能性はゼロではない』程度の話だけどね。でも、チョコをあげることにデメリットはなさそうだし、ノーリスクハイリターンならダメ元で試してみる価値はあるんじゃないかしら。和平成立とまではいかなくても有益な情報を聞き出せるかもしれないわ」 「ふむふむ。『チョコは世界を救う!バレンタインだよ☆チョコ&ピース作戦』ですな。じゃあ早速作戦会議といきますか!」 …と、目に炎を宿らせたえりかが声高に宣言したものの。 『砂漠の使徒がバレンタインを知っているか否か確認した後、適当な口実でバレンタイン当日に彼らを呼び出してチョコを渡す』以上のことは決めようが無い四人が雑談に花を咲かせていると、妖精達が切羽詰った顔で植物園に飛び込んできた。 「大変でしゅ〜!」 「砂漠の使徒が現れたですっ!」 「おおっ、ナイスタイミング!」 「噂をすれば…ですか」 「皆、行くわよ!」 ゆりを先頭に四人は植物園を飛び出した。 …プリキュアの放った光がデザトリアンを貫く。 ふわりと舞い降りる心の花をキュアブロッサムが受け止めると、離れた所で様子を見ていたサソリーナが苦々しい顔で吐き捨てた。 「ふん!今日のところはこれくらいにしておいてあげ…」 「ちょーっとタンマ!聞きたいことがあるんだけどぉー!!」 「…は?」 頭上で両手を交差させたキュアマリンの大声に、撤退しかけたサソリーナが動きを止めた。あからさまに警戒して身構えつつ尋ねる。 「何よぉん?」 「ねぇねぇサソリーナ。バレンタインデーって知ってる?」 「失礼ねぇ。私達だって人間界の文化くらい把握してるわよぉん?ついでに言うと、ついさっきクモジャキーに呼び出されて『バレンタインデーにはチョコを寄越せ』って言われたばっかりよぉん」 「へぇ…砂漠の使徒もバレンタインは知ってるんだ」 「ダークプリキュアは知らなくて、コブラージャから教えてもらってたけどねぇん」 「って言うかクモジャキーって、バレンタインにチョコをくれ!って言うキャラだったんですね。ちょっと意外」 「むしろその台詞はコブラージャが言うかと思っていたわ」 「それは私も思ったわぁん。だから聞いたのよ、『あんたはチョコ寄越せって言わないのね?』って。そしたらあの超ヘビー級ナルシスト、何て言ったと思う? 『僕はそんな美しくない要求をしなくても食べ切れないほどのチョコを貰えるからね』ですって!可愛げが無いにも程があるわぁん!ったく、あ いつにチョコあげるのはやめようかしらぁん」 「いっそ『悪霊退散!』って言って祈祷済みのチョコでも投げつけてやれば?節分みたいにさ!」 「あらぁん、それはいいアイデアね。頂こうかしら。…………」 ナチュラルにプリキュア達とガールズトーク(?)を繰り広げたサソリーナはふと真顔になって胡散臭げに四人を見回した。 「…で、こんなこと聞いてどうするつもりなのよぉん?まさかとは思うけどあんた達、クモジャキーやコブラージャにチョコを渡そうって気じゃないでしょうね?」 「うん、そのまさか」 「だから、バレンタインデーは私達に会いに来るようにクモジャキーとコブラージャに伝えて欲しいんです。あ、良ければあなたやスナッキー達も来て下さい」 「私達がチョコを渡したがってるってことは秘密でヨロシク!」 「ッハァ〜〜〜〜〜????」 サソリーナは金色の目をまん丸にしてプリキュア達を見つめ、心底呆れた溜息をついた。 「あんた達…物好きって言うか、男を見る目がないわねぇん…。私が言うのもナンだけど、やめといた方がいいと思うわよ?確かにあの二人イケメンだけど、中身はあんた達が思ってる以上にダメダメよぉん?長所と短所をプラスマイナスしたらスナッキー以下よ?」 「いえ、あの、別に、告白するわけではないですから」 「あらぁん、そうなの。分かったわ、なんだか面白そうだから伝えておいてあげるわよぉん。じゃあねぇ〜ん」 ひらひらと片手を振ったサソリーナが姿を消すのを見遣ってプリキュア達は顔を見合わせた。 「物好き、見る目がない、中身はダメダメ、スナッキー以下…凄い言われようでしたね、クモジャキーとコブラージャ」 「仲間からここまでボロクソ言われるあの二人って…」 「サソリーナが本気で言ってるっぽいところがまた…」 「少し気の毒になってきたわね」 「あのさぁ。二人にあげるチョコ、チロルチョコじゃなくて板チョコにしてあげようか」 「そうですね、ちょっと奮発してあげたくなってきました」 「武田信玄に塩を送った上杉謙信もこんな気分だったのかなぁ」 四人は『チョコ&ピース計画』の予算増額を相談しながら帰途についた。 その頃、砂漠の使徒のアジトでクモジャキーとコブラージャが盛大にくしゃみをしていたのは言うまでもない。 |