| コーヒーメーカーのコポコポという音が止まった。抽出の終わったコーヒーが実に良い香りを漂わせている。 シンプルなマグカップに淹れたてのコーヒーを注いで、刹那はカップのひとつをエミリオの前に置いた。 「ミルクと砂糖入れないと飲めないっていつも言ってるだろ」 「何様のつもりだ、自分でやれ」 「ケチ」 エミリオは読みかけのワンピースの単行本を置いて、テーブルの上に無造作に置かれたコーヒーフレッシュと砂糖に手を伸ばした。 ティースプーンと砂糖とミルクの『コーヒー三点セット』が入った籠には御丁寧にレースのリボンが巻いてある。刹那の名誉の為に言うならば、これは彼の趣味では決してなく、クリスと栞が作った物を言われるまま使っているだけだ。 諸々の事情があり、ソニアに取り込まれた精神を取り戻したクリスは軍の研究所に身を置いている。ちなみに色々あってブラドも軍にいて、クリスとは恋人同 士である。同様に諸々の事情があり、影高野の神妃、栞も軍にいる。ちなみにすっかり軍に溶け込んで半ば軍のマスコットになりつつある。ついでに何をどう勘 違いしたのか分からないが、影高野を壊滅させた刹那に恋心まで持っているらしい。例によってガデスは『やっぱり世の中ツラか!ツラが全てなのか!』と愚 痴っていた。 閑話休題。 エミリオはコーヒーに砂糖とミルクを入れてよーくかき混ぜて、ふうふういいながら刹那お手製のコーヒーを飲んだ。 安っぽいコーヒーメーカーで適当に入れた(としか思えない。どばどば豆をセットして、給水タンクに水を入れてスイッチを入れてるだけだし)代物だけど、この味に慣れるとインスタントなんてマズくて飲めないね。 内心で蘊蓄を垂れながらエミリオはワンピースの単行本を手に取って、ふと尋ねた。 「あのさ、刹那ってナミ派?ロビン派?」 「…二択か?」 テーブルを挟んで向かい側でジャンプを読んでいた刹那が困惑した顔を向けた。 唐突すぎるフザケた質問にも真面目に反応してくれる大人なんて、サイキッカー部隊にはまずいない。 エミリオが刹那の部屋に入り浸る原因もここらへんにあったりする。 刹那はあくまでも真剣な顔で言った。 「ビビという選択肢は無しか?」 「あ、そっちなんだ」 「そう言うお前はどうなんだ。ナミかロビンがいいのか?」 「やだ。…サンジはちょっと好みがおかしいよね」 「そうやってあっちもこっちも手を出すからどれも捕まえられないんだろう」 「なーる」 …二人がこんな会話をしている理由、それは一月ほど前に遡る。 ヤボ用があってサイキッカー部隊の施設内にある研究施設を訪ねたエミリオは、ジャンプ片手に同じ場所に来ていた刹那にばったり出くわした。 軍の秘密兵器で同時に研究材料でもある刹那が研究棟を訪れるのは太陽が東から昇るほど当たり前のことだが、何でジャンプ?いや、刹那がジャンプを毎週読んでるのは知ってるが、何もここまで持って来なくても。 …という意味合いのことを尋ねると。 「栞に差し入れだ。さすがに異国にひとりだと母国の文化が恋しくなるだろうからな」 「影高野の神妃が漫画なんて読むのかよ」 「ブリーチの日番谷冬獅郎とワンピースのロロノア・ゾロが好きなんだそうだ」 「…誰、それ」 「この程度も知らんのか」 刹那が思いっきり呆れた顔になった。 一般常識も知らないのかと言いたげな口調にエミリオはムッとなった。 「子供向けの漫画の内容なんて知らないよ」 「クリスも司令官も知っていることを知らないくせに偉そうに言うな」 刹那の言葉にちょっと動揺した。 クリスやウォンも知っていると言うことは当然ガデスもブラドも知っていると言うことで、仲間が集まった時ジャンプの話題が出たら僕一人仲間はずれになるってこと? そう思った途端に不安になった。 「…あのさ」 「何だ?」 「ワンピースって、面白い?」 「まぁ好みもあるだろうが、俺は面白いと思うぞ」 「どんな話なの?」 「主人公の海賊ルフィが、強敵と戦ったり仲間と友情を深めたりしながら伝説の海賊が残した宝を探す話だ」 「…よく分かんない」 「まぁ単行本も60冊以上出てるしな、今からジャンプを読んでも面白さは半減だろうな」 「じゃあ今から読んでも皆と話を合わせるのは無理?」 エミリオが上目遣いに見ると、ふむ、と刹那は思案顔になった。 そして意外な台詞を口にした。 「ワンピースの単行本なら全巻俺の部屋にあるから、興味があるなら読みに来るか?」 …願ってもいない申し出にエミリオは刹那の部屋を訪問し、本棚にぎっしり詰め込まれた漫画の単行本に半ば呆れ半ば感心した。 人工サイキッカーになって給料が桁違いに増えたものの(ブラドのブランドのモデルの報酬もあるし)、これと言って金の使い道もないので好きな漫画を大人買いしたのだと言う。 ちなみに本棚に入っている漫画は「ドラゴンボール」「ワンピース」「ナルト」「ブリーチ」「幽遊白書」「聖騎士星矢」「魔人探偵脳噛ネウロ」「ジャ ガー」「男塾」「封神演義」「北斗の拳」「ハンター×ハンター」「鋼の錬金術師」「さよなら絶望先生」「ブラックラグーン」「ゴルゴ13」「バキ」などな ど。この辺で刹那の好みを察して頂きたい。 かくして見事に少年漫画の面白さに目覚めたエミリオは足繁く刹那の部屋に通っては歴代の漫画を読破し、冒頭の会話をするまでに変貌を遂げたのである。 …ゴンゴン! インターフォンがあるのにドアを叩く音がした。 犯人の目星はついているので刹那もエミリオも顔すら上げない。 「開いてるぞ、勝手に入れ」 「うーす。刹那よぉ、ちょっと今週のジャンプ読ませてくれや」 「ここはコンビニか」 「タダで読もうと思ったらここに来るのが早くて確実なんだよ。うまいコーヒーも飲めるしな」 ずかずかと部屋に入って来たガデスは勝手にカップを取り出してコーヒーメーカーに残っていたコーヒーをどばどば注ぎ、刹那がまだジャンプを読んでいるのを見て本棚からブリーチの単行本を取って来た。 もはやいつものこと、あれこれ文句を言っても無駄なので刹那も無視している。 一気にコーヒーを飲み干したガデスがカップを刹那に差し出した。 「お変わり」 「漫画喫茶じゃないんだ、自分でやれ」 「ンだよケチくせぇな」 エミリオと同じ台詞を吐いて、ガデスはコーヒーメーカーの出がらしを捨ててフィルターをセットし直し、豆を入れてタンクに給水し、コーヒーを淹れ始めた。 …サイキッカー部隊のトップともなると、『私室』と言ってもファミリー向けマンション並みの部屋数がある。漫画がぎっしり詰まった本棚が並ぶこの部屋 は、今や『サイキッカー部隊ファミリーのリビング』状態なので、部屋の中の物を勝手に触られても刹那は全く意に介さない。他の部屋は刹那のプライベート空 間なので、ガデスもエミリオも無断で入るような真似はしないと良く知っているからでもある。 出来上がったコーヒーをカップに入れるガデスにエミリオが空になったカップを差し出すと、カップのふちギリギリまで注がれた。 どうのこうの言って、ガデスもちゃんと3人分作っているのだ。 「ちょ…こんなにいっぱい入れたらミルクも砂糖も入れられないじゃないか」 「あーん?文句があるなら自分でやれや」 「もう少し気を利かせろって言ってるんだよ」 熱い上になみなみと注がれたので、漫画を読みながら飲むのは無理だ。 エミリオはカップを両手で持って慎重に口を付けた。 「さっき刹那と話してたんだけどさ。ガデスはワンピースだとナミ派?ロビン派?」 「何でその二択なんだ?」 「刹那と同じこと言うなよ。どっちでもないなら誰なのさ」 「そうだなぁ…たしぎも捨てがたいが、やっぱハンコックかねぇ」 「誰だっけ」 「七部海の女帝だろう」 「ああ、蛇姫か」 「ガデスお前、高慢な女に見下されるのが好きなのか」 「アホか。ああいう女にメロメロに惚れられるのがいいんじゃねーか」 「ま、夢を見るのは自由だな」 「ひでーなオイ。つかお前は誰派なんだよ」 「ビビ」 「あーあの王女様か。なるほどねぇ」 しきりに頷く姿に刹那は眉根を寄せた。 ガデスがこういう反応をする時は刹那いじりの前フリなのだが、未だに学習できてないらしい。 やめておけばいいのにガデスに尋ねた。 「なにが『なるほど』なんだ」 「だから影高野のお姫さまを連れて来たのか、と思ってな。お姫さま萌えならしやーねーわ」 ぴきっ。 刹那の顔が引きつる音が聞こえた気がした。 読みかけのジャンプを閉じてソファに置いて立ち上がった。 あーあ、またリアルファイト開始だよ。 エミリオがコーヒーカップと漫画を持って部屋の隅に移動しようとした時。 ぴん、ぽーん。 間の抜けた音でインターフォンが鳴った。こんな間抜けな音でインターフォンを鳴らせる人物と言えば一人しかいない。 立ち上がった刹那が気の抜けた顔でドアに向かった。 訪問者は皆の予想通りの人物だった。 「あ、皆やっぱりここにいたんだ」 「…何の用だ?」 「シュークリーム買って来たんだ。たくさんあるから、クリスの研究所に行って皆で食べようかなーと思って」 にっこり笑って、ブラドが紙袋を掲げて見せた。 かくして。 軍属の野郎共は漫画や雑誌を手にぞろぞろとクリスの研究所を訪ねて、そこで改めてお茶会再開となった。 相変わらず話のネタになったのはワンピースである。 「ねぇ、ブラドさんはナミ派?ロビン派?」 「その二人だったら僕はロビンかなー」 「やっとマトモに答えてくれる人がいたよ。刹那やガデスは選択肢にないキャラ言うんだもん」 「そもそも何で二択なんだ」 「メインの女キャラは二人しかいないじゃん」 シュークリームを齧りながら取り留めもない話をしていると、栞がふと言った。 「悪魔の実の能力ってちょっとサイキッカーぽいですね」 「そうか?」 「言われてみればちょっと近いものがあるかも」 「じゃ何か、エミリオは『ピカピカの実の能力者』ってか」 「そうなるとソニアは『ビリビリの実』?」 「刹那は『ヤミヤミの実』だね」 「『メラメラの実』とか『ミズミズの実』とかもありそうね、そうなると」 皆の話を聞いていた刹那の頭にふと疑問が浮かんだ。 その疑問を口に出してしまったことが後々彼の首を変な意味で絞めることになるのだが、この時点でそんなことは知るはずもなく。 だから後から悔いると書いて後悔と読むのだが、とにかく思いつきを口走ってしまったのだ。 「逆に考えると『ゴムゴムの実』を食べたらどんなサイキックパワーが発動するんだ?」 その言葉に全員が考え込んだ。 いい大人が(約2名子供もいるが)腕を組んだり空を仰いだり下を向いたりして真面目に考えた。 「やっぱり手足が伸びるのかな」 「伸ばしてどうするのさ」 「パンチとキックのリーチがめっちゃ長くなる」 「超能力技出せばいいんじゃ…」 「掴んで引き戻せるなら便利じゃないか?」 「マグネットアンカーかよ」 「それから電気が効かなくなるな」 「ハンターに対して実質無敵か」 「ゴムだから殴られても全然平気だね」 「強いなオイ」 「でもカナヅチになるんだよね?」 「天敵はカルロか」 「バブルマイン程度なら問題ないんじゃ」 「それじゃ『身体がゴムっぽい』だけで『サイキックパワーがゴム』じゃないな」 「ええと…お笑い芸人がよくやる『口にゴムくわえてバチーン』を無効化できる」 「無効化したらお笑い芸人失格なんじゃ?」 「じゃあアレだ、ゴムが絶対に破れないから明るい家族計画に狂いがなくなr…」 どげしぃっ!! ガデスが言い終わる前に、刹那の顔面キックが炸裂した。 靴底で思いっきり蹴られたガデスが派手に仰け反り、顔を真っ赤にして刹那が絶叫した。 「アホか貴様ぁぁーーーー!!」 「ってーな!いきなり何しやがるんだ!」 「それはこっちの台詞だ!大体この場で言って良いことと悪いことの区別もつかんのかお前はーーーー!!!」 「何だよ大事なことじゃねーか!WHOだって言ってるだろうが、『STOP THE AIDS』ってよ!」 「なら今すぐWHOに行け!何も言わずにさっさと行け、そして二度と戻って来るなぁぁぁ!!!」 そんな二人のやり取りを、ブラドは笑いながら、クリスは何でもないことのように、エミリオは冷めた眼で眺めていた。この程度の漫才は日常茶飯事なので一々反応する気も起きないのだ。 栞だけは刹那が突然ブチ切れた理由が分からなかったが、空気の読める彼女は『理由は聞かない方がいいんだろうな』と察して黙っていた。 「でもさ、手足が伸びてこそ『マスター・オブ・ゴム』だよね」 2個目のシュークリームに手を伸ばしながらブラドが言った。 刹那と、彼に足蹴にされているガデスなど犬か猫がじゃれあっている程度にしか感じていないらしい。ある意味大物とも言えるし薄情とも言える。 そしてその薄情な大物の恋人・クリスもいいトシした大人二人のドタバタなどどこ吹く風と言う顔で頷いた。 「そうね。一体どう言う理屈でルフィの手は伸びてるのかしら。まずはそこを解明しないと」 「漫画だろ?解明なんて無理なんじゃないの」 「諦めたらそこで試合終了ですよ」 「何その安西先生」 「エミリオ、スラムダンクまで知ってるんだ」 「やっぱり腕を伸ばす時に関節は外してるんでしょうね」 「骨まで伸ばしてるとは思えないしねー」 「関節を外して筋肉を伸ばしている…つまり筋肉が強力なゴムになってるってことかしら」 「おいおい博士、えらくクソ真面目に考えてんな」 刹那の足蹴からようやく解放されたガデスが何ごともなかったように話に加わった。 ブラドが軽く首を傾げた。 「万国ビックリ人間ショーにそんな人が出て来そうだね」 「手足が伸びるだけならサイキッカーである必要もないからな。むしろ影高野にいそうな気もするが」 「影高野はお前が壊滅させちまったじゃねーかよ」 「つーか神妃がここにいるんだから聞けばいいじゃん。手足が伸びる奴がいたかどうか」 急に話を振られた栞はシュークリームを齧ったポーズのまま固まった。 その姿は写真に撮って残したいくらい可愛らしかったのだが本編とは関係ないので割愛する。 もぐもぐごっくん。 シュークリームを呑み込んだ栞は思案顔になった。 「手足は伸びませんが多少それに近いことなら可能かも知れません」 「なぬ!」 「マジか」 「それは見たいな」 「多少の準備が必要ですが」 「構わないよ、待つ待つ」 「ならば」 栞は頷いて、半紙と硯、墨、筆を用意させた。 ごりごりと墨を擦り、筆を取り、中々の達筆で呪言のようなものを半紙に書いた。どうやら影高野の僧兵が使う符の類らしい。 出来上がった符に栞が力を込めて投げると、符はふわりと広がって青白い炎を上げながら空中に静止した。 「連炎符だな」 「うん、これは見たことある。空中機雷だよね」 「これに更に念を込めますと…」 栞は呪印を結んだ。 「なんでやねん!(追加入力:→→弱)」 ズッ! 炎の中から鬼の足が飛び出して来た。 護法脚を見るのは初めての皆が驚いていると、栞は別の印を結んだ。 「アホちゃうか!(追加入力:→→弱)」 今度は鬼の掌が出て来て、皆は拍手喝采した。 栞は嬉し恥ずかし頬を染めたが。 「でもこれではゴムゴムの実ではなくハナハナの実ですね」 栞のセルフ突っ込みに皆は『あー…』と呟いた。 「結構いいセン行ってたと思ったが…」 「ブラドの万国ビックリ人間ショーって着眼点は良かったと思うんだがなぁ」 「ある意味サイキッカーもビックリ人間だけどね」 「でも、ゴムの能力を持った生粋のサイキッカーなんて聞いたことないわ」 「じゃあ人工サイキッカーなら可能ってこと?」 「……………」 ブラドの言葉に皆が沈黙し、刹那を見た。 注目を浴びた刹那は眼を丸くした。 「ちょ…なんでそこで俺を見るんだ」 「いや、人工サイキッカーだし」 「俺の能力は闇だろうが」 「オプションでゴムの能力つかないかな」 「車みたいに言うな!」 「でも見てみたいなぁ、刹那の腕がルフィみたいに伸びるとこ」 「あのな」 「ブラドがそう言うならちょっと研究してみようかしら。幸い刹那のデータは十分揃ってるし」 「クリスも変なところでノリがいいよねー」 エミリオが半ば呆れたように言った。 無論刹那も、クリスのその言葉は冗談だと思っていた。 いたのだが。 |
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