THE DARKNESS
EPISODE 2.5:西暦2012年1月25日 軍サイキッカー部隊・幹部専用会議室

 サイキッカー部隊の施設の最上階、最も奥まった部屋にウォン専用の会議室があった。
 高いドーム型の天井には豪華なシャンデリアが吊るされ、天井まで届く大きな窓ガラスから太陽の光が入る部屋の真ん中にどっしりと丸テーブルが置かれている。
 その周りには、テーブルと同じように完全オーダーメイドの椅子。
 最初は3脚から始まったそれは4脚になり5脚になり、そしてこの日6脚になった。
 ウォンは席についた幹部達を見回しておもむろに書類の入った封筒を配った。封筒の厚みは大学ノートくらいで、受け取ったガデスは怪訝そうな顔になった。

「司令官殿よ、これは何だ?」
「先に連絡した通りです。人工サイキッカー計画に志願した者全員の書類ですよ」
「それにしちゃ少なすぎないか?百人は応募があったはずだろうが」
「面接を終えた後に辞退を申し出る者が多くて…辞退しなかった者がそれだけなんですよ」
「なるほどね」

 3人は書類を取り出しぱらぱらとめくった。
 ウォンは椅子に腰を降ろし、さて、と口を開いた。

「その中で印象に残っている者がいますか?」
「印象に残るどころか、こんなのいたか?って奴ばっかりだな」
「記憶にも残ってないような奴ばっかりだ。…あ、こいつは覚えてるよ」

 エミリオが摘まみ上げた書類に貼られた写真を見て、ガデスは苦虫を噛み潰したような顔になった。

「……そいつなら俺も覚えてるよ」
「ほほう、その人ですか。確かに印象深い人でしたね」
「俺に真っ向から噛み付いてきやがったしな」
「本音で話していいですよって言われて本当に馬鹿正直に話してたよね、こいつ」
「そうだね。嘘や御機嫌取りや建て前じゃなくて本音で話してたのはこの人だけだった気がするな」
「必要なら恩人でも友人でも手にかけるかって聞かれて、イエスと答えやがったし」
「ふむ。父親のことが影響しているんでしょうかね」

 ウォンの言葉にガデスとエミリオは初めてその男の経歴に目を通した。
 高校卒業と同時に国軍に入隊。
 射撃の成績は部隊の中でもトップクラス。反対に格闘術は平均以下。
 父は人々の為に尽くした高名な元政治家。政敵の策略にハメられる形で失脚、数年前に病気で死亡。
 母は10年前に自殺。夫の失脚後の心労が原因と見られている。ちなみに、自殺した母親の第一発見者は息子である彼だった。

「この父親は存じ上げていますよ。確か、お人好しで理想論ばっかり主張するどこかの総帥みたいな方でしたね。テロリストと裏で手を組んでいたとか言われて政界から姿を消しましたが…まさかその息子が国軍に籍を置いていたとは。皮肉なものです」
「父親への反抗心が逆噴射したんじゃねーの」
「逆噴射した結果が『その他大勢』の兵士だったわけだ。あははは、可哀想に」
「だから人工サイキッカー計画に志願したんじゃないかな。偉大なお父さんを超えるために」

 ブラドがポツリと呟いて、会議室に沈黙が落ちた。
 父。
 サイキッカー部隊幹部の中では、家族…特に両親の話題は出さないことが暗黙の了解になっていた。
 愛していたのに、信じていたのに、裏切られて望まないまま自ら両親を殺してしまったエミリオ。
 サイキッカーだった息子を最後まで守ろうとした両親をドイツ政府によって抹殺されたブラド。
 愛妾の子を正妻の子と同等に扱った唯一の存在だった父を自らの意志で手にかけたウォン。
 ウォンとブラドとエミリオという全く違う性格の3人を結ぶ奇妙な共通点。
 そして彼等は、人工サイキッカー計画に志願したその男にも通じるものを感じていた。

(この人も自分と同じ)

 積極的に思い出したくはない、しかし決して消えない、澱のように心の中に残り続ける両親への想い、無条件に与えられるはずの両親の愛情への渇き。
 両親がいたことすら忘れてしまったガデスは居心地悪く椅子の上で足を組み換えた。家族問題で仲間外れになるのは別にいいのだが、こういう感傷的な空気はとことん肌に合わない。

「んで?印象に残った奴をピックアップしてどうするんですかい司令官殿」
「どうせ仲間になるなら印象の良かった人から選ぼうかと」
「一理あるとは思うけどよ」

 ガデスはギリギリと葉巻を噛み締めて書類をひらひらさせた。

「選ぶも何も、俺ら全員の印象に残ってるのはこいつだけじゃねーか。その理屈で行くと選択の余地無しでこいつが合格ってことになるぜ?」
「そうなりますね」
「なりますねってアンタ…。一応この計画の最高責任者だろうが。ちぃっと無責任過ぎないか?」
「前にも言ったでしょう?人工サイキッカーの手術を施せば我々と同じSランクのサイキックパワーを持って生まれてくるのだから誰でもいいんですよ。余りに も無能だったり、飼い主の手を噛むような犬なら処分して次を探せばいいだけのこと。この人が不満ならその他の候補者からくじ引きで選びますか?」
「ウォン、またそんなこと言って」

 ブラドが咎めるように言ったがその表情は柔らかい。

「本気でそう思ってるなら僕達の意見なんて聞かないでしょ?」
「やれやれ、あなたに嘘はつけませんねぇ」
「皆分かってると思うけど、人工サイキッカー『刹那』はただの対ノア用兵器じゃない。新しい僕達の仲間、ノアを潰した後も一緒に行動する同志になってもらわないと困る。だから、真剣に考えてね」
「ノアを潰した後のことを考えているのに『刹那』って名前にしたのはギャグか?いかにも早死にしそうな名前じゃねーか」
「…茶化さない」

 痛いところを突かれたのかブラドがわずかに眉を曇らせた。彼を下手に刺激すると碌なことにならないのはガデスも承知しているのでそれ以上は言わずに黙った。

「話を戻すけど。僕はこの人を推薦するよ。初めて会った時から何となく気になってたし、うまくやっていけそうな気がする。皆は?」
「私はそう言う意味では人を見る目がないですからねぇ。ブラドが推薦するなら問題ないでしょう」
「僕はブラドさんがいいって言うならそれでいい」
「ガデスは?」
「俺が思うに、こいつは理屈じゃなく感情で動く単細胞馬鹿だぞ?本当にそんな奴をサイキッカー部隊の中枢に入れていいのか?お荷物になったりしないだろうな」
「『彼』が言うには、『お前らはオツムで考え過ぎるタイプだから、考えずに動く奴がいた方がバランス取れるんじゃないか?何より楽しそうだし』って」
「そういう考え方も有りですね」
「お利口さんばっかりじゃつまんないしね」
「……いいのかオイ」

 ガデスは情けない顔になって仲間を見回した。

「いいんじゃないの」
「特に問題ないでしょう」
「むしろ何がダメなの?」
「知らねーからな、俺は!賛成した奴、何かあったら責任取れよ!」

 ガデスは書類を丸めて力一杯テーブルに叩き付け、ドカドカと足音高く会議室を出ていった。
 ブラドはくしゃくしゃになった書類を丁寧に広げた。
 書類に貼られた兵士の写真。闇空を呑み込んだような紫紺の眼と濃い蜂蜜色の髪が印象的だった。
 よろしくね、『刹那』。
 彼はそっと呟いた。


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 10年前の小説では、ウォンとブラドが刹那を選んだ理由をどうこじつけたか忘れてしまったので、幕間と言う形で書き足しました。この話の最後、最初は 『ブラドが写真(の、刹那)に口付ける』って文章で〆たのですが、かなり悩んで削除。ブラド(表)の静かな狂気みたいのを表すのにいいかな、と思ったんで すが、さすがにどうかなと思い直しまして。
 あと、あれこれ考えなくても勝手に動いてくれてとても有り難いガデスですが、何故彼はこんなに『刹那』の加入に難色を示してるのでしょう。自分で書いてて分からなかったりします(笑)。