THE DARKNESS
EPISODE 3:西暦2012年6月12日 国立超能力研究所第3支部

 彼は壁からそっと顔を出して廊下の様子を伺い、敵サイキッカーの姿が見えないことを確認して廊下の角を曲がった。仲間がその後に続く。
 歩きながら耳にかけた小型通信機のスイッチを入れ直してみたが、相変わらず機能していない。
 いつでも銃の引き金を引けるよう身構えながら彼等は足を進めた。

 

 …いつもと同じ仕事だった。
 超能力研究所をノアのサイキッカーが襲撃するので、ガデスとエミリオの指揮のもとそれを迎撃する。いつも通りの仕事…の、はずだった。
 今回は相当手強い奴が敵に混じっていたらしく、ガデスとエミリオは即座にそいつらの迎撃に向かった。普段ならそこで各部隊のリーダーが指揮をとるのだ が、ノアの襲撃を受けた際にリーダーは早々に戦死した上に通信機の大元も壊れてしまったらしく、彼の所属する部隊の指揮系統は滅茶苦茶になっていた。
 その結果、仲間達は散り散りバラバラになり、気がつけば彼と仲間3人と言う状態になっていた。

 

 慎重に角を曲がった先はT字路になっていた。右へ行けば階段だが、壁が崩れてとても通れそうにない。仕方なく左に向かった。
 彼の後ろをくっついていた後輩が不安げに口を開いた。

「ねぇ先輩、俺らひょっとして分断された挙げ句に誘導されてませんか?」
「…………」
「おい、不吉なこと言うなよ」
「だってそうでしょ?行く先行く先で片方の道だけ塞がってたり、片方だけ廊下に穴が開いてたり、グループの半分がシャッター潜ったらいきなり閉じちゃったり…最初は皆一緒だったのに、今は俺達4人になっちゃったし、他の仲間とも連絡取れないままだし」
「やめろって!」

 それまで黙っていた彼は、浅く嘆息してうるさい後輩達を振り返った。

「正直、俺も同感だ」
「せ…先輩ぃぃ!そこは否定して下さいよ!」
「同感なんだが…俺達みたいな雑魚を分断して誘き寄せて、ノアの連中は何がしたいんだ?」
「言われてみればそっすね」
「どうせ誘き寄せるならサイキッカー部隊の幹部っスよね」

 後輩達が怪訝そうな顔を見合わせた時。
 背後に足音が聞こえ、彼は反射的に銃を構えて引き金に指をかけた。

「…………!?」

 足音の主に彼は不信感を抱き、後輩達はほっとした顔になった。

「ようやく来やがったか。待ちくたびれたぜ、『刹那』」
「何だよ、まだ3人残ってるじゃないか」
「そのくらいは大目に見てもらおうぜ。これ以上引っ張るのも面倒だしな」

 葉巻を銜えた片目の大男と羽の生えた小僧。
 ノアの強敵と戦っているはずの二人が何故こんなところに?そして『セツナ』『まだ3人残ってる』とは何だ?
 不信感から彼は銃の安全装置を外したままにしていたが、後輩達は何の疑問も抱いてないようだった。

「ああ良かった、助かったぁ」
「俺達の指揮官がノアの連中にやられたみたいで、仲間とはぐれるし通信機も壊れるし、もう散々だったんですよ!」
「でもお二人と合流できたからもう安心っすね」
「うーん、そう言われると凄く言いにくいんだがなぁ」

 ガデスは困った顔をして頭をかきながら世間話でもするように続けた。

「その『散々』を仕組んだのは俺らなんだわ」
「………え?」
「悪いんだけどよ、軍事機密保持のためにお前ら死んでくれや」

 ガデスの言葉を理解するより早く、エミリオの放った光の矢が彼の隣にいた後輩の喉を貫いた。
 生暖かい鮮血が噴き出して彼の髪と頬に飛び散った。
 軍事機密保持のためにお前ら死んでくれや。
 ガデスの言葉を反芻する。
『死んでくれ』?
 ようやくその言葉を理解した時は二人目の仲間が倒れていた。

「う…うわぁぁぁぁ!!!!」

 3人目が絶叫して逃げ出したが、ガデスが片手を突き出して握り拳の親指を下に向けた瞬間ぐしゃりと押し潰された。
 濃密な血の匂いが立ちこめ鼻を突いた。
 その光景を見ながら彼はぼんやりと思った。

(いつどこでどうやって軍事機密に関わったのか分からないが、俺も口を封じられるということか…。それにしても最後に残されるとは、人工サイキッカー計画の面接試験の態度でよっぽどこの二人に睨まれたらしいな)

 不思議と恐怖は感じなかった。
 仲間の血の匂いや軍事機密のために下級兵を抹殺する上のやり方に、昔は吐き気を覚えていたものだったが…いつからだったろうか、何も感じなくなったのは。
 奇妙に落ち着いている彼の姿にエミリオが意外そうに首を傾げた。

「冷静だね。もっとパニックになるかと思ったけど」
「生憎と俺はそんな繊細な神経は持ち合わせてないんでな。この程度でパニックになるような奴は早々に戦死するか退役するかどっちかだ」
「がっかりだなぁ。鼻水と小便たらして腰を抜かすのを期待してたんだが」

 ガデスがニヤニヤしながら言った言葉に彼の頬がピクリと動いた。
 彼のことを相当睨んでいたこいつのことだ、本当にそこまで追い込めてから殺すかも知れない。
 発作的に持っていた銃をこめかみに当てた。

「冗談じゃない。貴様らにそんな醜態を晒して死ぬなど真っ平御免だ!」

 引き金に指をかけた瞬間、ガデスとエミリオの顔色が変わった。

「な…」
「何をしやがるんだお前は!!」

 ガデスが彼の銃を持った手を掴んだ。
 ギリギリと、銃口が天井を向く。
 彼は真っ向からガデスを睨み付けた。

「同じ死ぬなら死に方くらい選ばせろ!」
「この馬鹿野郎!人の話はちゃんと聞きやがれ!いつ誰がお前を殺すと言ったんだ!?」
「今、貴様自身が言っただろう!『軍事機密保持のために死んでくれ』と!」
「その台詞はお前に向けて言ったんじゃねーんだよ、とにかくその物騒なもんを離せ!」

 右手も折れよと凄まじい力で掴まれて彼の手から銃が零れ落ちた。すかさずエミリオが拾い上げて光の力でそれを蒸発させる。
 それを見てガデスはようやく彼の手を離してほーっとため息をついた。

「本当に何してくれやがるんだお前はよ…。心臓が止まるかと思ったぜ」
「久しぶりに本気で焦ったよ」
「…話が見えん」

 彼は痺れた右手を無意識に庇いながら二人を睨んだ。
 その言葉にガデスとエミリオは顔を見合わせ、微妙な面持ちになった。

「んーじゃあまぁ、そういう訳だから行くとするか」
「そうだね」
「ちょっと待て、何が『そういう訳』なんだ?」
「そんなに急くなよ。行けば分かるんだ、お楽しみはとっとくもんだぜ、なぁ刹那」

 にやりと笑ってガデスは馴れ馴れしく彼の肩を抱き、そのまま引きずるように歩き出した。

「おい、その『セツナ』とは何だ」
「ああそうだ、ちょっとばかし一生のお願いってやつがあるんだがよ」
「質問に答えろ!あと離せ!」
「さっきのことなんだがな、俺らが来た時お前は仲間とはぐれて一人だったってことで口裏合わせてくれや」
「何?」
「言ったろ?ブラドが怒るとマジで恐ぇんだよ」
「だから話が見えんと…」
「…あのさ」

 数歩先を歩いていたエミリオが振り返り、素っ気無く言った。

「僕らも口止めされてるから、何を聞かれても答えられないよ。ヒントはあげてるだろ?自分の頭で考えなよ」
「…………」

 質問するだけ無駄らしい。
 仕方なく彼はあまり得意でない論理的思考で答えを探すことにした。
 ヒントは…『軍事機密』『セツナ』『ブラド』『サイキッカー部隊の幹部が自ら口封じに来た』…この辺だろうか。
 ガデスが彼に『セツナ』と言葉をかけていたが、理由に関してはさっぱり見当がつかないし、言葉の意味もわからない。
 残りの3つからうっすらと連想できるのは人工サイキッカー計画だが、あれは面接試験が終わった後全く音沙汰無しで、結局頓挫したんだろうと言うのがもっぱらの噂だ。
 結局答えはわからないまま、ついでにガデスに肩を抱かれたまま、彼は研究所の最上階に連れて来られた。
 ドアが開く。

「連れて来たよ」
「おまっとーさーん」

 部屋に入ってようやく、彼はガデスの馬鹿力から解放された。
 中で待っていたのは司令官のウォン、大尉のブラド。そして壁際にかけられたモニターには一見して将官クラスと分かる軍人が映っていた。

「ようやく来ましたか。少将も大佐も首を長くしてお待ちでしたよ」
「悪ぃな、こいつを他の連中から引き離すのに結構手こずっちまってよ」
「………?」
『君が刹那かね。なるほど、なかなか良い面構えをしているな』

 モニターに映った大佐に声をかけられかれは慌てて敬礼した。どうやらテレビ電話のようになっているらしい。
 そしてまた『セツナ』だ。どうやら自分のことを指しているようだが…。
 状況が飲み込めない彼に今度は少将が言葉をかけた。

『君には期待しているよ。生粋のサイキッカーに一泡ふかせるような活躍をしてくれたまえ』
「は……」
『それでは後のことは任せたぞ、ウォン』
「心得ております、将軍」

 まだ話が見えていない彼はおいてけぼりに、少将と大佐はモニターから姿を消した。
 ぽかーんとしていると不意にブラドに顔を覗き込まれ、彼は思わず後ずさった。こいつは人の顔を間近から覗き込むのが趣味なのか。
 深紅の眼を細めてブラドは微笑んだ。

「びっくりした?」
「………そりゃしますよ。仲間とはぐれた挙げ句にそこの二人に捕まって、大佐や少将に『期待してる』とか何とか…」

 彼はぶつくさ言いながらブラドとウォンを見遣った。

「そろそろ教えてくれてもいいでしょう。こんな面倒なことをして俺を呼んだ理由は何なんです?」
「まだ、分かりませんか」
「ガデスやエミリオはヒントをくれなかった?」
「軍事機密にサイキッカー部隊とくれば思い浮かぶのは人工サイキッカー計画くらいしか…でもあれは中止になったと聞きましたし、見当もつきません」
「人工サイキッカー計画が中止した、ですか」
「誰が言ったの、そんなこと?」
「それは、………」

 言いかけて気付いた。
 余りにも音沙汰がないので中止したのだろう…仲間内ではほぼ確定事項のように話していたが、上層部からの正式な計画中止発表はなかった。
 と、いうことは。
 計画は一般兵の知らないところで進行していた?
 軍事機密。口封じ。ひとり生かされた自分。『活躍を期待している』という上官の言葉。
 …まさか。
 眼を見開いた彼にウォンは浅く頷いた。

「人工サイキッカー計画は最高レベルの軍事機密なのでね、被験者さえ決まれば『計画が存在した事実』そのものを抹消したかったのですよ。流石にそれは無理 なので、『計画中止』の噂を流して皆さんがさっさと忘れてくれるように仕向けたのです。仲間の一人が任務中に行方不明になっても人工サイキッカー計画との 関連を疑わないようにね」
「……………」
「人間のあなたは、本日の任務中にノアのサイキッカーに殺されたものとして書類上の処理をします。異存はありませんね、刹那?」
「セツナ…」
「ああ、あなたの新しい名前ですよ」

 心臓がごとごと動いて喉がからからに渇き指先がひどく冷たい。
 頭の中はひどく混乱し同時に真っ白だった。
 ただはっきり分かることがある。俺は選ばれたのだ。
 ウォンは柔らかく笑んで彼に尋ねた。

「御理解頂けましたか?」

 言葉は喉に張り付いて出て来ない。彼は僅かに顎を引いて頷いた。

「よろしい。…我々は新たな同志を歓迎します」
「仲良くやっていこうね、刹那」
「ま、精々がんばりなよ」
「あんまり問題起こすんじゃねーぞ」

 ウォンとブラドは笑顔で、エミリオとガデスは仏頂面で、右手を胸に当てて、そして言った。

「ようこそ、刹那」


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サイキ部屋
総合目次


 おおう…人工サイキッカー計画の試験の合格発表だけで1エピソード使ってしまった(汗)。ネットだからできる贅沢ですね。
 人工サイキッカー計画は軍事機密だし、刹那は秘密兵器だし、計画は極秘に進められたんだろうということでこんな感じに。ガデスの『一生のお願い』は最後の方で伏線に使えたらいいなぁ。
 最後のシーン、『刹那の前に4人が半円に並んで、右手をぐーにして胸の前に当ててちょっとだけ頭を下げる(会釈する)イメージで書きました。「ようこ そ」のあとに何かそれっぽいかっこいい台詞を付けたかったんですが思い浮かばなかったです…。ノアだったら「箱舟へようこそ」でいいんですけど。