THE DARKNESS
EPISODE 2:西暦2012年1月16日 軍サイキッカー部隊基地施設


 彼は掲示板の前に立ち、そこに貼り出されている『人工サイキッカー計画志願者への通達』を穴の開く程見つめていた。
 書類選考に通った者の名前、それぞれの面接試験の日程、場所が書かれている。
 一次をパスした者の名前を見ると、『条件さえ満たせば身分や経歴は問わない』という言葉は本当だったらしい。
 それはいいのだが。
 彼は眉間に皺を寄せて、もう一度面接の場所の部分を読みなおした。

『面接場所:娯楽室』

 …何の冗談だ。



 冗談でも、間違いでもなかったらしい。
 試験を受ける兵士達は本当に娯楽室に呼ばれていた。『試験対策』をしたい志願兵達から質問攻めにあっていた彼等の話を総合すると、サイキッカー部隊の幹 部達とお茶を飲みながら雑談したりゲームをしたりと、とても面接と言う雰囲気ではなかったらしい。何でも司令官殿が言うには、「人工サイキッカーの改造手 術を受ければ誰でも同じ力を持つので、人柄を見て合否を判断したい」のだそうだ。

「人 柄で判断って聞くと尤もらしいけど、サイキッカー部隊の幹部は『お前が人柄を語るかオイ』みたいな連中ばっかりでさ。いかにも腹黒そうな東洋人の司令官 に、敵を殺す時に味方を巻き込んでケラケラ笑ってるイカレたガキの少尉に、面接官なんてかったるいオーラ全開のむさ苦しい傭兵野郎だぞ。辛うじてマトモそ うなのが、副司令官とか言う事務系担当の大尉だけじゃ…いくら出世できてもあんな連中の直属部下になるなんてまっぴら御免だよ」

 面接試験を終えた兵士の多くがそんなことを言って、辞退届を出していると言う話まで聞こえて来た。
 …いよいよ自分の面接を翌日に控えたある日。彼はすでに面接を終えた顔見知りの後輩を捕まえて気になっていたことを尋ねた。

「散々同じこと聞かれてるだろうが、もう1回教えてくれ。面接にきていたサイキッカー部隊の幹部は、司令官と大尉と少尉と傭兵の4人だったな」
「そっスよ」
「その中でお前が見たことがあったのは?」
「司令官と少尉と傭兵の3人です。大尉は一度も見たことない顔でした」
「名前は覚えてるか?」
「いやぁ…緊張してたもんで」
「どんな外見だったかは覚えてるか?」
「真っ赤な眼と銀色の髪で、なんつーかウサギみたいな人でした」
「…そうか」

 怪訝そうな顔の後輩に適当に礼を言って彼はその場を離れた。
 兵士達の話を聞いてひょっとしてと思っていたが、やはり先日のあの男はサイキッカー部隊の幹部…しかも副司令官という重要な地位にいるらしい。
 無論、向こうは彼のことなど覚えていないかも知れないし、道案内をした程度の親切が合否に関わるはずがない。
 ないのだが。

『困っている人がいたら親切にしてあげるのよ。その親切はいつか必ず返って来るものなのだから』

 母の遺した言葉がどうしても彼の頭から離れなかった。

 

 

 

 

 

 いくら面接とは言え、娯楽室のドアをノックすると言うのも妙なものだった。
 どうぞ、という返事に扉を開けた。

「失礼します。よろしくお願いします」
「こちらこそお願いします」

 娯楽室の丸テーブルの一つに椅子が5脚置かれ、4つには先客がいて、その手許には彼が提出した顔写真付きの書類が置いてある。
 彼は勧められた椅子に腰を降ろして、無礼にならない程度に『面接官』の顔を見回した。
 眼鏡をかけた長い黒髪の東洋人、翠の髪と冷たい眼のガキ、額から片目にかけて傷のある大男、そして、銀色の髪と深紅の瞳の見覚えのある人物。
 目が合うと、紅い眼の大尉は柔らかく笑った。

「お久しぶりです。あなたも人工サイキッカー計画の志願者だったんですね」
「はい」
「あの時はお世話になりました、本当にありがとう。…でも、お世話になったからと言って贔屓はしませんよ?」
「承知しています」
「では早速質問を…」
「ちょっと待ってくれよ」

 司令官の言葉を遮って大男が割り込んだ。

「何です、ガデス?」
「その前に教えてくれや、この男は誰だ?」
「誰って…人工サイキッカー計画の志願者ですよ」

 何を言ってるんですか、と言いたげな司令官にガデスと呼ばれた大男はいやいやいやと片手を振った。

「あんたら3人とも、この男の写真を見て『ああ、この人か』みたいな反応してただろ?俺もなんとなーくこいつに見覚えはあるんだけどよ、思い出せないんだよなぁ…」

 片方しかないガデスの眼でじろじろ見られて、彼は眼を逸らした。
 ブラドはともかく、こいつとの一件については思い出してもらいたくない。エミリオの光に呑まれた仲間を救おうとした時に負った指先の傷、まだ治り切らないそれが痛んだ。

「ブラドが初めてこの基地に来た時に、施設の中で迷った挙げ句中庭の戦闘機を動かしてひと騒ぎ起こしたことは御存知でしょう。あの時のブラドに付きあわされていた方ですよ」
「ちょっ…ウォン、その紹介はおかしくない!?」
「おや、どこか間違っていましたか?」
「間違ってはいないけど、ほら、なんて言うか、そっちじゃないって言うか…」

 わざとらしくとぼけてみせるウォンと口籠るブラドの姿に場の空気が少し和んだ。
 ガデスはそれで納得しかけていたようだが、エミリオが横から口を出した。

「迷ってるブラドさんをサイキッカー部隊の研究部署まで案内して来た奴だよ。…階級章の1個も付けてない人間の兵士がサイキッカー区域の最深部までお使いさせられて、さぞかし居心地悪かっただろうね。お気の毒に」

 エミリオのクスクス笑いと核心を付いた侮蔑の言葉が神経を逆撫でて、彼は思わず翠の髪の小僧を睨み付けた。
 その時、ガデスが大袈裟にポンと手を打った。

「そーだそーだ、そのツラだ」
「どうしたの、ガデス?」
「俺もこいつを見たことがあると思っていたんだがなぁ…今の眼ぇ見て思い出したぜ」

 感情を顔に出したことを後悔したが既に遅い。
 ガデスは剣呑な光を片方だけの眼に宿してニィと笑った。

「先の作戦でノアと戦った時、俺とエミリオの指揮下にこいつがいたんだよ。なかなかの銃の腕だったなぁ。『化け物でも頭を吹っ飛ばせば死ぬんだからやられる前にやればいい』…口で言うのは簡単だが実際にできる奴はそうそういないぜ」
「彼が凄腕のスナイパーだったから覚えてたってこと?」
「それもなくはないが。…この野郎はな、エミリオのアークエンゼルに巻き込まれた仲間を助けようとしたんだよ」
「ハァ?バッカじゃないの?」
「俺もそう思ったんだがな。余りにもバカげたことしやがったから、心優しい俺様はこいつの襟首掴んで引きずり戻して助けてやったわけよ。『何やってんだお前は!死にてェのか馬鹿野郎!』ってな」

 ガデスの顔から笑みが消えた。
 わざとらしく葉巻の煙を彼に向けて吐き出す。強い香りが一瞬視界を遮って消えた。

「そしたらその恩知らず野郎は今と同じツラで俺を睨み付けてこう言いやがったんだ。『貴様、何をしやがる!』ってな。上官で、しかも命の恩人の俺に対して利くクチじゃねぇよな」
「…何が言いたいのです、ガデス?」
「そんな基本的な常識もねぇ奴をサイキッカー部隊の中枢に入れるのはいかがなもんかと思いますよ、ってぇことですよ。司令官殿」
「ふむ」

 司令官はいつもの笑みを消して何か考えるそぶりを見せ、ブラドは黙ってうつむき、エミリオは面白そうに笑っていた。
 ウォンが口を開くまでの短い時間、彼は唇を引き結んでガデスとエミリオを睨んでいた。いくら相手がサイキッカー部隊の幹部でも、御機嫌取りのため頭を下げるなど彼の自尊心が許さなかった。

「片方の言い分だけを聞いても正しい判断はできませんね。あなたの言い分を聞きましょう」
「………」
「遠慮なく言って下さって構いませんよ。全て『ここだけの話』として扱いますから」

 タテマエだ、とは思った。
 だが相手はサイキッカーだ。口先だけの嘘を言ったところで簡単に心を読まれ見抜かれてしまうだろう。
 既に悪印象は与えてしまったのだからもうどうにでもなれと言う捨て鉢な気持ちが彼を開き直させた。

「俺はただ、味方ごと敵を殺す作戦に抗議しただけです」
「ほーお。ヒラの分際で言うじゃねぇか兄ちゃんよ」
「そっちこそ責任者なら無駄な犠牲を出さずに作戦を成功させる方法を考えたらどうなんだ?」
「何だと?お前、誰に向かって話してるのか分かってるんだろうな?」
「…ガデス。忌憚のない発言を許可したのは司令官である私ですよ。それに、彼の言っていることが的外れとは思えませんね」

 司令官にピシリと言われてガデスは不満そうに葉巻の端を噛みながら黙った。
 ふと、それまでほとんど口を開かなかったブラドが言葉を挟んだ。

「ちょっと確認いいかな。今あなたは『味方ごと敵を殺す作戦』って言いましたね」
「はい。…それが?」
「それはつまり、先の作戦で、この二人が敵を殺す時に味方を巻き込んだってことなのかな」
「おいブラド、そこは問題じゃねぇだろ?」
「大問題だよ」

 ガデスが話を逸らそうとしたが、ブラドはニベもなく切り捨てた。
 司令官に続いて副司令官にまで冷たくされてトホホ状態なその姿に彼は少しだけ溜飲を下げ、ガデスを一言で黙らせたブラドに興味が湧いて来た。
 視線を向けられて彼は頷いた。

「おっしゃる通りです。退却命令はそのガデスと言う人から出ましたが、味方が全員避難する前に少尉が攻撃を」
「僕はガデスの合図があったから攻撃したんだよ。味方が残ってたかどうかなんて分からないからね」「だってモタモタしてたらノアの連中逃げちまうじゃねーか…」

 彼の言葉尻にかぶせるようにガデスとエミリオが同時に口を開いたが。

「言い訳なんて聞きたくない」

 ブラドの一言に口を噤んだ。

「あなたはどっちの班にいましたか?」
「ガデスと言う人の方です」
「その作戦遂行時、彼は戦場にいましたか?」
「はっきりとは覚えていませんが、最初と最後しか姿は見なかった気がします」
「ノアのリーダー格が来なかったからやる気ないとかいって、高見の見物してたよね。ガデス」
「…………」

 エミリオに職務怠慢を告げ口されブラドの深紅の瞳に睨まれたガデスは何ともバツが悪そうに頭をかいた。
 ウォンがすいっと眼鏡を押し上げた。

「目 的のためなら多少の犠牲には眼を瞑る、確かに私はそう言いましたが…職務怠慢で無駄に犠牲を増やすのは頂けませんねぇ。こういう言い方もナンですが、戦死 した兵士の葬儀代や各種手当ての金額もバカにならないんですよ?いくら潤沢な資金があると言っても少しは考えて頂かないと」
「俺の給料からローンで返すとしたら何年かかりますかねぇ」
「ガデス」

 静かに、低く、ブラドが言った。
 その声にへらへらしていたガデスが明らかにギクリとし、無表情を装っているエミリオの顔が緊張するのが彼にも分かった。

「僕はいつも言ってるよね。命を大切にしない奴は大嫌いだ」
「お…おう。よーく知ってるぜ。先の作戦ではサボって悪かったよ。次からちゃんとやるからよ、そんな恐い顔するなよ」
「肝に命じておいてね、ガデス。君の存在のメリットとデメリットを天秤にかけてデメリットの方が重いと判断したその時は」

 血液の色をしたブラドの眼が氷点下に凍るのが分かった。

「僕は、君を殺すよ」

 背筋がゾッと寒くなった。
 虫も殺さぬような優しい顔、穏やかな人柄、優しい性格…それらからは想像も付かないようなブラドの一面だった。
 平然としているのは司令官のウォンただひとり。
 中途半端な笑顔を張り付かせ硬直しているガデスにブラドはあくまでも抑揚のない声で続けた。

「次に適当な仕事をして無駄な味方の犠牲を出したら、いくらノア時代からの友人でも………分かってるね」
「分かってます、よーく分かってます」
「ブラド、ガデスも反省している様ですしその辺でいいでしょう。あまり脅かすとそこの彼も萎縮してしまいますよ」
「あ…ご、ごめんなさい。びっくりしましたよね」
「いや…なんかもう、あなたに驚かされるのは慣れました」

 笑みが自然に漏れた。
 ブラドが何故副司令官などという重要な地位にいるのか、これで納得できた。命を足し算や引き算で考え、メリットとデメリットを天秤にかけて時には仲間すら切り捨てる、非情なまでの割り切りを彼はためらいなくできるのだ。
 以前彼が見せた粗忽で天然で空気が読めない顔とは正反対の冷酷な一面。その両極端さがいっそ清々しく好ましいとすら思えた。
 その反応にブラドもほっとしたように笑顔を見せ、申し訳無さそうに言った。

「本当は、面接の途中で質問しようと思ってたんです」
「?」
「1000人の命を救うために100人を犠牲にできるか。1億の命を守るために100万人を見殺しにできるか。10億の命を守るために、恩人や友人を手にかけることができるか」

 ブラドは真剣に彼を見つめた。

「あなたは、できますか?」

 …政治家だった父の顔が脳裏をよぎった。
 人々に尽くし、非情な割り切りを嫌い、100人が犠牲になれば1000人が助かると言われれば1100人を救おうとした父。
 その末路は惨めなものだった。地位を、職を、権限を、家族を、力を…全てを失って世界の片隅に追いやられ、二度と日の目を見ることはなかった。
 あんな父のようにはなりたくなかった。
 彼はブラドの眼を真直ぐに見返した。

「…それが、必要ならば」
「必要ならば恩人や友人をその手にかけることも厭わないと?」
「崖から落ちかけた仲間の手を離さずに一緒に谷底に落ちるなど愚の骨頂です。指を切り落とすことを恐れていたら結果的に腕を失うことになる」
「命を顧みず仲間を助けようとした方の発言とは思えませんねぇ…」

 ウォンの言葉は皮肉のようでいてどこか楽しげだった。
 彼は無意識に握りしめていた右手の指をほどいた。やけどのように爛れた指先の皮膚はかなり治ってはいたが、完全に元通りにはならないだろうと言われていた。

「正直自分でも、どうしてあの時あいつを助けようとしたのか分からないんです。普段は逃げ遅れた仲間は躊躇いなく見捨てたし、足手纏いを自分が逃げるための囮に使ったこともあったのに」
「そいつが死亡フラグ立てる発言したから、へし折ってやりたくなったんじゃねえのか?お前、いい性格してそうだしな」
「死亡フラグ?」
「ノアの連中が来る前によ、兵士達の会話が聞こえたんだが。『この戦いから帰ったら彼女にプロポーズするんだ〜』とかって言ってる奴がいたんだよ」

 ガデスの言葉に、光に呑まれた仲間…後輩の顔を思い出した。
 そういえば、死亡フラグがどうとかとそんなことを言っていた気がする。
 ふっと笑みが漏れた。

「…へし折り損ねたな」
「ん?そうなると、死亡フラグが立った仲間を助けようとしたお前には生存フラグが立ってたわけか」
「ガデスもそいつのフラグを折り損ねたわけだ」
「鋭いツッコミじゃねーか、エミリオ。…覚えてろよ、次は必ずお前のフラグを折ってやるからな」
「念のため言っておくけど、折るなら死亡フラグにしてよね」
「生存フラグを折ってしまったらガデスの死亡フラグが立ってしまいますしねぇ」
「うお!なんじゃそりゃぁ!!」

 ガデスが頭を抱え、その姿に皆が笑った。
 作り物ではない心からの笑いだった。




 …その後、取り留めのない雑談をしながらお茶を飲んで(ブラドが「この間のお返し」と缶コーヒーを奢ってくれた)彼の『面接試験』は終わった。
 どうせ不合格になるのは確定だろうが、本音を好き放題に吐き出して彼は十分満足だった。
 自室に戻る帰り道、絶妙のタイミングで当たりを出してくれやがった自動販売機で、プロポーズできないまま死んだ後輩に供えるミルクコーヒーを買った。
 俺らしくもない、と苦笑いしながら。


     NEXT    


サイキ部屋
総合目次


 10年前の小説ではさらっと流した記憶がある、『人工サイキッカー計画の面接試験』なんですが、そんなにすんなりとは行かないだろうと話を練り直したら えらく長くなってしまいました。うまく話が進められなくて姑く他の作業をしてから作成に戻ったらすいすい話が進みました。私の中でのブラドがどんなキャラ か、ようやくイメージを少し形にできた気がします。当時は「サイキックパワーを使えるのは裏ブラドだけ」って設定の同人作品が多かったんですが、当時の私 はそれに猛反発して「同じブラドなんだから表だって強いサイキッカーのはず!」と思っていました。なので、この小説でも本気を出したら表ブラド>裏ブラ ドって力関係、という設定で書いています。
そして竜樹さんに頂いた「僕は、君を殺すよ?」ブラドがたまりません!