| 部下が書類の入った封筒を恭しく差し出し、一礼して部屋を出た。 ウォンは早速その中身に目を通した。 先日、新たな同志としてノアに身を寄せた青年、ブラド・キルステンに関する調査書。キースを始めノアの連中は彼のサイキックパワーに目を奪われていたが、ウォンはむしろ彼の背景に注目していた。 ブラド自身は最近売れ始めた宝石デザイナー。参考資料についていた彼の作品は確かに凡百のそれとは違う魅力があった。そして彼の祖父はドイツでもかなり 大手の武器製造会社の社長、叔父は警察の最高幹部と言う大層な肩書きを持っていた。18年前に死亡したブラドの父は政治家だったと言う。 そこまではキースや一部のノアの主要メンバーも知っている。 しかしウォンは更にその先を調べさせていた。 書類をめくったウォンの眉が僅かに動いた。 1992年の春、ドイツのある街で起きた事件。ブラドが通う学校のスクールバスが対向車を避けようとしてガードレールを突き破り崖下に転落『しそうに なった』。…バスに乗っていた者の証言では、『ガードレールを突き破ったバスは空を飛んで道に戻った』のだという。信心深い子供達は『神様が助けてくれ た』と証言したらしい。 ウォンは、その『事件』からまもなくブラドの両親が強盗によって惨殺され、ブラド本人が誘拐されたという事実に注目した。 幸いブラドは誘拐された数日後に祖父の家に帰っているのだが、そこに警察が介入した形跡はなく、ブラド本人は『学校から帰ったら両親が血塗れで倒れていて、ショックで気を失って、気がついたら祖父の家にいた』と証言している。 非常に興味深い事実だった。 (これは…話をしてみる必要がありますね) ウォンは立ち上がり、自室を出てノアの地下庭園に向かった。 花に水をやっていたブラドは、ウォンの姿を認めて少し戸惑い気味に会釈をした。 ブラドの周囲には誰もいない。キースの抑制が利かずに『裏』が出て暴れだしたら大抵のサイキッカーは命がないし、そもそも彼自身が他のメンバーと多少年令が離れている上に内向的な性格と言うのもあるだろう。 話を聞かれる心配がないのは好都合だった。 「きれいに咲きましたね」 「ええ、お陰様で」 「少しお話したいことが…お時間、よろしいですか?」 「え…でも」 ブラドは戸惑いがちに眼を伏せた。 もう一人の自分が不意に出て来て暴れ出すのを心配しているのだろう。 ウォンは緩く笑んだ。 「大丈夫。仮にもう一人のあなたが出て来ても、時を止めてその間に逃げ出しますから。それでも駄目ですか?」 「…………」 「あなたのお祖父様や叔父様にも関係のある話なんですがね…」 「!」 ブラドは一瞬ギクリとし、顔を上げ、不安を隠さないままようやく頷いた。 ブラドを私室に招き入れたウォンは先ほどの資料をブラドに手渡した。 「失礼ながらあなたの事を調べさせて頂きました。御無礼、お許し下さい」 「あ…いえ、そんな。当たり前のことです」 「申し訳ないのですがその資料に書かれていることに間違いがないか確認して頂けますか」 「……はい…」 ブラドは不思議そうに資料に目を通し、辛い記憶が蘇ったのだろう、小さな声で呟いた。 「間違い、ないです」 「そうですか。では、辛いことを思い出せて申し訳ないのですが…。あなたが乗っていたバスがガードレールを突き破り崖下に落ちそうになった時、空を飛んで 道に戻り事無きを得た。それから暫くしてあなたの御両親は強盗に殺され、あなたは何者かに数日間誘拐された…この部分、どう思いますか?」 「………?」 長い間が開いた。 ブラドはきょとんとして資料を読み直し、またしばらく考えて、心底不思議そうにウォンを見上げた。 「どう、とは?」 「…………」 今度はウォンが絶句する番だった。 今まで彼が関わって来た人間は、一を聞いて十を知る、些細な言葉でもその裏の裏まで探るような頭の回転の早い連中ばかりだった。正直この反応は予想外で、ウォンは仕方なく丁寧なヒントを出すことにした。 「バスが空を飛んだ理由を、あなたは大人になった今でも『神様が助けてくれたから』だと思っているんですか?」 「あっ…そうか、そう言われれば変ですね」 「………。今まで疑問に思ったことは無かったんですか」 「両親が殺されたことの方がショックが大きくて、そっちばかり記憶に残ってて…バスの事は気にしたことなかったんです」 「では今は、バスが空を飛んだ理由は何だと思います?」 「うーん…そもそもその時、本当にバスは空を飛んだんでしょうか?ガードレールを突き破ったけど途中で止まったのを、小さな子供達が空を飛んだと勘違いしたとかじゃ?」 「……………………」 頭痛がして来た。 確かにバスが空を飛んだという証言は公にはなっていないから、まともな思考回路なら子供の勘違いと考えて当然だ。しかし彼は事件の起きたバスに乗っていて、自分が重力を支配するサイキッカーだと知っているのになぜそう言う答えになるのか。 これ以上ペースを乱されたらたまらない。 仕方なくウォンは自分から『正解』を出すことにした。 「バスが空を飛んだのはどうやら事実の様です。子供達だけで無く運転手や付き添いの大人もそう証言していますのでね」 「はぁ…」 「私は、この時バスを飛ばしたのは異能力が覚醒したあなたなのではないかと思っています」 「…僕が?」 「はい。確かあなた、自分がサイキッカーだと気付いたのは御両親が亡くなった後と言っていましたよね」 「え…ええ」 ブラドが何か言いかけて口を噤んだ。膝にのせた両手が小刻みに震えている。 具体的に何がどうとはわからないが、自分の知らない事実がまだあったと気付いたのだろう。 さっきのような質疑応答形式で話をしていたらいつまでたっても本題に入れないと判断したウォンは先に答えを提示することにした。 「あくまでも私の推測なのですが。このバスの事件を知った国家の上層部はすぐにサイキッカーの存在に気付き、調査の結果あなたが『犯人』だと突き止めたのではないかと思うのです。そしてあなたの御両親に会い、あなたを超能力研究所に差し出すよう要請した」 「…………」 「一般家庭の子供なら即座に誘拐していたのでしょうが、あなたのお父様は政治家でしかもお祖父様は国家に多額の献金をしている『お得意様』だった。サイ キッカーだと知ったとたんにわが子を殺そうとする親もいますからね、あなたがサイキッカーだと明かせばすんなり手放すと思ったのでしょう。しかしあなたの 御両親は御子息を差し出すことを拒否した。しかし国家はあなたのサイキック能力を諦めきれず、強行手段に出たのではないか」 「でも…でも、僕は誘拐されたことを覚えていません」 ブラドが辛うじて口を開いたが、ウォンは即座に言い返した。 「あなたはもう一人のあなたが犯した殺人を覚えていますか」 「…………!」 「あなたは証言しています、『学校から帰って来たら両親が血塗れで倒れていて、ショックで気を失った』と。この時、気を失ったあなたを政府の人間はサイ キック研究所に連れて行った。そこで想像を超える恐怖を味わったあなたの心は別の人格を生み出し、生み出されたもう一人は自分自身を守るため研究所の職員 を殺して逃げ出したのではないか。私はこう考えています」 「あ…」 「あなたのしたことはお祖父様と叔父様が揉み消したのでしょう。国側も、あなたの御両親を殺してまであなたを連れ去ったことを公にされては面倒だし、お祖 父様からの献金も無視できない。何よりもう一人のあなたが報復に来るのも恐い。何らかの交渉があったのかそれとも暗黙の了解があったのかそれは分かりませ んが、お祖父様は息子夫婦を殺した強盗やあなたを誘拐した犯人が誰なのか追求せず、献金も続け、国家はあなたを追うのを止めることで落ち着いたのでしょ う。本当のところはお祖父様にお聞きしないと分かりませんが」 もともと白いブラドの顔は蒼白になっていた。 後ひと押し。 ウォンは声を潜めた。 「ドイツ国家はあなたが国内にいるから黙っていた可能性が高い。あなたがこの国に、しかもサイキッカーで組織されたテロリスト集団に属していることを知ったらどう動くか分かりませんよ」 「そんな…僕、僕は、お祖父さんや叔父さんに迷惑をかけたくなくてノアに来たのに…!」 「そこで、です。ブラド君、私と手を組みませんか?」 「………?」 「我が社はアジアとアメリカではそれなりの業績を上げています。しかしヨーロッパではまだ大きく出遅れていて…ヨーロッパ進出のために協力してくれる方を探していたのですよ。特に武器を手広く扱える方をね」 「………」 「私は自分の国やこの国の政府関係者にも繋がりがあってそれなりに顔も利きます。…どうです?あなたのお祖父様達にとっても、私と手を組むのは悪い話ではないと思いますよ」 ブラドが目を見開いた。 いい反応だった。 「ウォンさん…僕のお祖父さんや叔父さんを助けてくれるんですか?」 「助けられるかどうかはあなたとあなたのお祖父様次第です。私と手を組んだことが逆にマイナスになるかも知れませんしね」 「で…でも、今のまま何もしないよりはいいですよね。僕、祖父に連絡を取りますから、一度ちゃんと話をしてもらえませんか」 「それはありがたい。ぜひお願いしますよ」 …ブラドの祖父、ジーク・キルステンとの交渉は予想外に順調で、二人は共存共栄を約束するに至った。 ウォンの会社はヨーロッパ進出で成功をおさめ、ジーク・キルステンも諸外国の実力者と繋がりができたためドイツ政府に対して優位に立つことが出来、自分や孫の心配をする必要がなくなった。 そのことがブラドを安心させたのか、彼は精神的な落ち着きを取り戻しつつあった。 ブラドはウォンとジークのパイプ役でもあったために、ウォンは自然とブラドと接することが多くなり。 胡散臭い東洋人と囁かれていたウォンと親しいブラドは、研究所に拘束されていた経験がほとんどないこともあって、以前にも増してノアの中で浮くようになって。 いつの間にかキースよりウォンと過ごす時間の方が長くなっていた。 その日も、ブラドは特に用もないのにウォンの私室を訪れていた。 窓際に置かれた花瓶の花を取り替えながら彼は嬉しそうにおしゃべりする。 「最近ね、もう一人の僕と話ができるようになったんだ。って言うか…今まで僕が『彼』を頭から拒否して話をしようともしなかったせいかなって気もするんだけど」 「それは結構なことです。話し合いは相互理解への第一歩ですよ」 「もう…ウォンはすぐそうやって話をややこしくする」 「これは失礼」 取り留めもないブラドとのおしゃべりが楽しいと感じる自分がいる。 ウォンに言わせれば、ブラドは『危なっかしい』人物だった。言葉の裏を読むと言うことをしないし、言われたことはそのまま素直に受け止める。もう少し人を疑った方がいいのではないかと心配する程だ。 遠回しで腹をさぐり合うような話をすると逆に面倒なので、ブラドが相手の時はストレートに本音で話すことにしている。 それは全く彼らしくない行動で。 ブラドなら、損得感情抜きでも付き合いを続けてもいいとすら思うようになっていた。 花を剪定しながらブラドは続ける。 「なんて言うか、ウォンは頑張り過ぎだよ」 「それは社長ですから」 「ううん、そうじゃなくて…なんて言ったらいいのかなぁ」 きれいに花をいけなおして、ブラドは花瓶をウォンのデスクに持って来た。 「ノアの皆が『ウォンさんって胡散臭くてお腹の中では何を企んでるかわかんない人だよね』って思ってるからって、その期待に答えるために無理して『腹黒な悪い人』を演じなくてもいいと思うよ」 「………………」 「もっと肩の力を抜いて、自然体でいいんじゃない?」 何の衒いもなく、ブラドは言った。 ウォンは息を飲んだ。 愛妾の子として生まれ、周囲の顔色を伺い、自分を押し殺し、皆が期待する『リチャード・ウォン』を演じ続けて生きて来たことをあっさりと見抜かれた気がした。 そしてこの時。 ウォンは、ブラドを生まれて初めての『友人』として、自分を偽らずに接することができる唯一の『相棒』として、堅く閉ざされた心に迎え入れることを決めたのだ。 「…ブラド」 「何?真剣な顔して」 「今のノアの理想をどう思います?」 「それは…無茶だと、思うよ。人間を滅ぼしてサイキッカーだけで平和に暮らそうなんて、無理に決まってるよ」 「私も同感です」 「でも…僕達が何か言っても、皆聞いてくれないし…」 「ではあなたはこのまま、ノアの暴走を傍観しているつもりですか?」 「そんな事!」 ブラドは泣きそうな顔でウォンを見た。 「できない…したくない…。でも、僕の力じゃ…」 「ブラド。私に力を貸してくれませんか。ノアの暴走を止めるために」 「……。できるの、そんなこと?」 「あなたが協力してくれれば」 ウォンはブラドの手を両手で包み込んでじっとその深紅の眼を見つめた。 「人類滅亡ではなく人類と共存しサイキッカーが平和に生きて行く世界を造る、そのために」 「………」 「あなたは、あなた達は、キースを捨てて私と共に来てくれますか」 「………!!」 ブラドが眼を見開き、息を飲んだ。 ブラドの左手を握りしめたウォンの両手を、小刻みに震えるブラドの右手が、そっと包み込んだ。 |
| サイキ部屋 |
総合目次 |
| 前々から、多分10年前から書きたくて機会がなかったウォンとブラドのエピソード。できれば、「THE DARKNESS」完結後に別にきちんと書きたいなと思ってるんですが…ウォンとブラドの信頼関係の理由はこんな感じです。ウォンにとってブラドは『たっ た一人の特別』であり、『ブラドにとってのたった一人の特別』になりたいと思っている。で、現時点ではそれが叶ってる。その『たった一人の特別な存在』に 変化をもたらすのが刹那なんですが…そこまで書けるかどうかわからないので、隠しネタ程度にお考え下さい。 |