THE DARKNESS
EPISODE 5:西暦2012年6月23日 サイキッカー部隊研究棟


 凄まじい絶叫に飛び起きた。
 息が切れ、鼓動が激しく、背中に嫌な汗をかいていた。
 部屋にかけられたカーテンを通して差し込む光は明るい。
 白い天井、白いベッド、白い壁、備え付けの棚の上には雑誌やDVDが散らばっている。

(…夢、か……)

 刹那は額の汗を拭いてほっと息を吐いた。
 人工サイキッカーへの改造手術を受けてから、もう何度も見た、あの夢。
 母が死んだ日の夢。
 しかも自分の分だけではない、他の連中の分まで。

「…クソッ」

 夢の残滓を吐き捨てるように呟いてバスルームに向かった。
 人工サイキッカーの改造手術を受けて一週間が経つ。
 特にどこがおかしいと言うこともないが、データの採取がどうとかこうとかで、彼はまだ病室に拘束されていた。
 退屈しのぎになればと雑誌やゲームやDVDやノアに関する諸々の資料が届けられたが三日と経たずに飽きてしまった。大体じっとしているのは性に合わな い。せめてサイキックの力試しでもできれば良かったが、『使い方も知らずに強大な力を使うのは危険極まりない』とか言われて禁止されている。実際、どう やったらサイキッカーの能力を使えるかわからないので試しようもない。
 訳のわからない悪夢もあってストレスはそろそろ限界に来ていた。
 イライラを洗い流すように頭からシャワーを浴びてバスルームを出ると、部屋のドアが開く音がした。

「刹那、いる?」

 クリスの声だ。
 洗面台に置かれた時計を見て、『データ採取』の時間だったことに気付いた。

「すぐ行く」

 短く答えて、見苦しくない程度に身なりを整えて部屋に戻った。
 諸々の機材を準備していたクリスは、髪から雫を垂らしながら出て来た刹那を見て軽く首を傾げた。

「あら、朝風呂?優雅でいいわね」
「他にすることがないだけだ」
「ノアの資料は読まなくていいの?退院までに全部覚えておけって言われてたじゃない」
「あんなものとっくに頭に入ってる」
「本当に?」
「興味のあるものはすぐ覚えるんだ。興味のないものは何度聞いても忘れるがな」
「いるわね、そう言う人。あなた、学校の成績はすごく良い教科と全然ダメな教科とはっきり別れてたでしょ」
「昔の事は忘れたな」

 どうでもいい話をしながらクリスは手際よく刹那の血圧を計り血液をとり検査を進めて行く。
 毎日の事なので慣れたものだ。

「体の方は特に問題ないわね」
「あってたまるか」
「御機嫌は斜め…と」
「何も異常がないのに1週間も病室に缶詰めにされてればナナメにもなるだろう」
「じゃあそろそろ斜めになった御機嫌を直してもらおうかしら」
「?」

 怪訝そうな顔をする刹那にクリスはにっこりと笑ってみせた。

「ようやく上からのお許しが出たわ。今日からサイキッカーとしての訓練を始めていいそうよ」
「本当か!」
「こんな嘘を言っても仕方ないでしょ?皆に連絡入れてくるから、それまでに支度をしておいて」

 …支度と言われても、精々身の周りの品をまとめる程度だ。
 まとめた荷物は研究所スタッフに自室まで運んでもらうことにして、刹那はクリスに先導されてサイキッカー部隊の訓練室へと向かった。

 

 

 訓練室では、軍に所属するサイキッカー達が、一対一だったり複数対複数だったり様々な形で戦闘訓練を行っている。
 無論彼等は真剣なのだが、ガデスやエミリオ、それに資料にあったノアの幹部達の戦闘記録を見慣れた刹那にはどれもこれも低レベルに見えてしまった。
 そんなことは思っても口に出したりしないが。
 クリスは訓練室の一番奥、厳重な扉で仕切られた部屋に刹那を案内した。
 そこにはすでに、ウォン、ブラド、エミリオ、そしてガデスまでが来ていた。
 二人が来ると、ブラドが嬉しそうに微笑んで片手を上げた。

「おはよう、二人とも。あと刹那、退院おめでとう!」
「待ちかねましたよ、あなたの力がお披露目されるこの日を」
「これで手術が失敗してましたとかなったらお笑いだね」
「何でもいいからよ、さっさとお前の能力を見せてくれよ!」
「見せる…?」

 いっぺんに声をかけられ、ついでに期待のこもった目で見つめられ、刹那が戸惑っていると。
 ブラドが隣に来て、すっと右手を差し伸べた。

「?」
「良く見てて。っていうか、『気』の流れみたいのを感じてね」

 ブラドの差し伸べた手に力が流れる。すると、彼の手の平の上に重力の球が現れた。
 同じようにやってみて、と言われて、刹那も真似をして手を伸ばした。さっきブラドがやったように、力を手の平に集めるイメージを作る。
 …と。
 差し伸べた手の平から、黒い炎が立ち上がった。

「これは…炎?」
「いや、炎ではないようですが…」

 ブラドとウォンの会話も耳に入らない。
 自分はサイキッカーとして生まれ変わったのだ、その喜びが黒い炎となって溢れ、流れ出し、部屋を包んだ。
 歓喜に体が震えたが、間もなく部屋を覆った黒い炎は消えて、同時にどっと疲れが襲って来た。
 明るさが戻った部屋で、ウォンは顎に手を当てて姑く考えて口を開いた。

「どうやら、あなたの能力は『闇』のようですね」
「闇…」
「闇?」
「闇かよ」

 闇。
 マスターオブダークネス。
 なかなかいい響きだ。
 刹那は目覚めた自分の能力に満足だったが、他の4人はなんとも複雑な顔をしていた。
 喜べとは言わないが、その反応は何なんだ。
 彼が少しムッとすると、皆は微妙な目配せをして、ブラドを見た。

「あのね、刹那。君も知ってるとは思うけど、人工サイキッカー改造手術の方法を確立するために、たくさんのサイキッカーが研究に使われて死んで行ったんだ」
「…だから何だ」
「だから、その…君の能力は…」
「犠牲になったサイキッカーの怨念が溢れてるみたいで皮肉だなぁって思ったんだよ」

 口籠ったブラドの代わりにエミリオがはっきり言った。
 思わず眉間に皺を寄せた刹那を見てガデスが肩を竦めた。

「おいエミリオ、もうちっと言い方を考えてやれや。念願叶ってサイキッカーになって発動した能力が闇だったんだぜ?『ダークヒーローみたいで俺様カッコイイ!』とか思ってたらどーすんだ。刹公が可哀想じゃねぇか」
「ああ、ごめーん。傷付いたかなぁ?」
「フ…じきにそんなフザケたことは言えなくなるぞ。覚悟しておくんだな」
「あら、頼もしいわね」
「まだマトモに力も使えねえ癖に大した鼻息だな」
「理想のためには少々行き過ぎな位の強い想いがあったほうがいいのですよ」
「ふん。後で吠え面かくなよ!」
「二人とも、その辺で」

 ブラドがガデスとエミリオを軽く制した。
 彼にしては珍しく冷ややかに見える笑みを浮かべて。

「後で吠え面かくのは君達かも知れないよ?刹那に力の使い方を教えるのは、この僕だからね」
「え…」
「…………」

 微妙に青ざめたように見える二人から目を逸らしてブラドは刹那に視線を戻した。

「じゃあ次は、『必殺技』の開発に移ろうか」
「必殺技?」
「分かりやすく言うと、ね。闇雲にサイキックパワーを使っても疲れるばかりで効果は薄い。だから、力の発動パターンをいくつかに絞って、状況に応じて効果的に使えるようにするんだよ」
「なるほど…そう言えば、資料にあった模擬戦闘の映像でも、同じ『技』が何度も出ていたな」
「サイキック能力をどんな形で発動するかは人それぞれ違うんだ。実際、僕とガデスも似てるようで全くの別物だし…他の人の技は参考程度に考えた方がいいと思う。基本的なことは僕がみっちり教え込むけどね」
「ああ、頼んだ」

 刹那は力強く頷いた。

 

 

 …ブラドの戦闘指導は基本的なことから始まった。空中で自分の体を支える方法、空中戦での動き方、敵の防御の上から攻撃をする方法、敵のサイキックパワーを防御するバリアの展開、攻撃を食らった時の緊急回避のバリアの張り方、更にそれを崩す方法。
 基礎を叩き込まれた後は『ここからは君の領域』と放り出された。刹那は資料にあったノアの連中の模擬戦闘や実際の戦闘時の映像を見ながら、彼等を相手に有利に闘うにはどんな方法でサイキックパワーを発動すればいいか悩み、試行錯誤し、自分だけの技を考えた。
 そして『刹那オリジナル技』のお披露目の日が来た。
 まずブラド、エミリオ、ガデス、更にウォンを相手に模擬戦闘を行って感想を聞いてみると、ガデス以外は概ね良い反応が返って来た。エミリオは予想外に苦戦したのでムクれていたと言った方が正しいが。

「刹那、すごいすごい!二つも三つも同時に、しかも射程が実質無限な飛び道具だなんて、誰も持ってないよ!」
「大抵の能力者の主力兵器は単発ですからねぇ…一対一でも一対複数でも威力を発揮しそうですね」
「僕のアークエンゼルをかき消すなんて何なんだよ…」

 ひとり渋い顔をしているのは、接近戦での殴り合いが得意なガデスだった。

「お前らベタ誉めだけどよ。いくら飛び道具がすごくても、技の発動前後のスキがデカ過ぎじゃ考えもんだぜ?ただっぴろいところで射撃戦ばっかりなら問題な いが実際はそうじゃないだろ。部屋の中とか、狭いところで命の取り合いになった時、そのコンマ何秒の時間が命取りになるぞ。もっとこう、パッ!サッ!と出 る技はねぇのか?」
「…………」

 ガデスは珍しく真剣な顔で、その発言内容は刹那の痛いところを突いていた。
 そんなこと自分でも分かっている。生粋のサイキッカーでないからなのか、能力を具現化する時にどうしても『力』を意識してしまう。分かっていてもどうにもならなかったのだ。
 言い返せない彼にガデスは更に続けた。

「しかもお前、接近戦での殴り合いが苦手だろう?サイキックパワーなんざ敵に見切られればバリア一つで簡単に防げるんだ、さっき闘って分かっただろう?超 能力技を当てるには、殴って動けなくするか見切られない早さで発動するか二つに一つだ。そのどっちも出来ないとなると、同格以上の相手と闘うのは正直キツ いぜ」
「…………」
「そんなことないよ」

 ガデスの言葉をブラドはあっさりと否定した。
 普段ならここで冗談半分皮肉半分に茶化すガデスが、普通に顔をしかめた。

「おいブラド、お前の刹那贔屓は知ってるがよ。贔屓の引き倒しって言葉もあるんだぜ」
「ガデスの言うことは間違ってないよ。僕も、刹那の接近戦での脆さは致命的だっていうのには同感」
「は?」
「僕が否定したのは、『二つに一つのどっちも出来ないと同格以上の相手と闘うのはキツい』って部分」
「………?」
「誰だって得意分野と苦手分野があって当たり前。大事なのは、『苦手だから駄目』って諦めることじゃなく、『苦手部分をどうフォローするか』考えること」

 話が見えない刹那に、ブラドは真剣な眼を向けた。

「刹那の最大の武器は『軍の秘密兵器』ってこと」
「ごめんブラドさん、僕もブラドさんの言いたいことよくわかんないんだけど」
「つまりね、ノアの皆に手の内を知られていないのは刹那だけってこと。僕達とノアの幹部は、お互いの手の内も戦い方の癖も知り尽くしている。もともと仲間 だったんだから当たり前だけどね。でも刹那は違う。刹那はノアの皆の能力を…知識としてだけど、知っている。でも彼等は刹那の能力どころか存在すら知らな い。これは大きなアドバンテージだよ」
「なるほどな。初めて闘う相手ならどこが弱点かなんて分からないからな。何度も闘えばいずれバレるだろうが…」
「それなら、何度も闘う前にノアを倒してしまえばいい話です。そのための『秘密兵器』なのですから」

 ウォンがあっさりと言い切った。
 そりゃ理想はそうだろうけど、とガデスが苦笑した。

「そううまく行くかねぇ」
「方法は二つある。僕達の誰かが刹那と一緒に行動して、刹那とノア幹部の直接対決をできるだけ避けること。もう一つは、刹那の能力を見た敵の息の根を確実に止めて情報を持ち帰らせないこと」
「…ブラドお前、大人しい顔でさらーっと恐いこと言うよな」
「要するに、秘密兵器はちゃんと秘密にしとけってことだね」
「そういうこと」

 ブラドは仲間をぐるっと見回した。

「何よりも大事なのは、仲間同士で協力して、死角を無くすことだけどね」
「その通りだな」
「はいはい、ちゃんと仲良くするよ」
「俺は最初から仲良くやろうと思ってたぜ」
「では、今ここで約束しましょう」

 ウォンが右手を差し出した。
 躊躇わずブラドがその手を握り、刹那が二人の手に手を重ね、エミリオは素っ気無く手を出し、最後にガデスが両手でがっちりと包み込んだ。

「真の理想郷到来のため、我々は信頼と絆の元に結束せんことを」

 ウォンが左手を胸に当て、皆がそれに倣った。
 光と闇が重力と混ざり、来るべき未来への時へ向かって動き始めた瞬間だった。


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