| 犬や猫には「表情」と呼べるものはない。ないはずだが、近くにいていつも見ていれば、無表情の中にも喜怒哀楽が見えてくる。 つまりはそういうことなのだろうか。 普段通りの曖昧な笑みを浮かべているようで、どこか困惑したような表情の司令官殿を見て刹那は思った。 サイキッカー部隊施設の最上階にある会議室で、いつも通りのミーティング。 ウォンが椅子に腰を降ろすのを待って刹那は口を開いた。 「司令官、何かあったのですか?上官から無茶を言われてどう返事をすればいいのか迷ってる、みたいな顔してますが」 「おや、分かりますか」 ウォンが驚いたように刹那を見た。 最初は胡散臭くて腹黒い奴だと思っていたが、最近はそのイメージも多少変わりつつあった。本音と正反対の建て前を言っているようで、実はぐるっと一回転して本音を喋ってるのではないかと刹那は睨んでいる。 高級そうな…いや実際高級なのだろうが…カップにいれられた紅茶を一口飲んでウォンは困った顔になった。 「まさに刹那の言った通りでしてね。少将から無茶を言われたのですよ」 「何て?」 「次の任務…K−11研究所の防衛に、戦闘員として刹那を初出撃させろと」 「は?」 ブラド、ガデス、エミリオが『何を馬鹿なことを』と言いたげな顔で同時に聞き返した。 ピンと来ないのは『K-11研究所の防衛任務』がどんなものか良く分かっていない刹那だけのようだ。ただ、ウォンや皆の反応を見ると、(不愉快きわまりないことだが)初陣で赴くには危険な場所だと言うことは察しが付いた。 「k-11研究所って言うのは、この国屈指の巨大超能力研究所だよ。拘束されているサイキッカーもランクの高い者が多いし、襲撃に対する対策も相当なレベルで実践してる。その研究所が新生ノアの次のターゲットらしいんだ」 「…つまり、あちらさんも本気で戦力を投入して来る可能性が高いってことか」 「ベルフロンド兄妹と戦闘用サイボーグはむろんの事、あるいはキース本人も出てくるかも知れませんね」 ウォンの言葉にエミリオが不愉快そうに顔をしかめた。 「刹那は秘密兵器だろ?なんでそんなに敵にお披露目したいのさ」 「お偉方の刹公に対する期待がハンパねぇのさ。連中、俺ら生粋のサイキッカーを良く思ってねぇからな、自分達の『人間出身』のオモチャが活躍するのを見てぇんだよ」 「俺を刹公と呼ぶな」 「それでオモチャが壊れたらどうしようもないじゃん。そんなことも分かんないの?バカじゃないの」 今の自分ではノアの幹部にはかなわないとも取れるエミリオの言葉に刹那は多少ムッとしたが、サイキッカーになって初めての実戦相手が百戦錬磨のノアの幹 部と言うのは無謀だろうというのは同感だったから大人しく黙っていた。口調は乱暴でも自分のことをエミリオが心配していると分かっていたからでもあるが。 ですから…とウォンは眉根を寄せた。 「困っているのですよ。私は刹那の実力ならノアの幹部とも互角以上に渡り合えると思っています。ですが、刹那は秘密兵器でありノア対策の切り札でもあるか ら迂闊に敵の前に出したくはない。同時にノアの幹部達にもそれぞれの使い道がありますからこんなところで倒してしまう訳にもいきません。しかし、刹那出撃 は曲がりなりにも上官命令ですから拒否する訳にもいかないのですよ」 「面倒臭ぇなぁ」 「妥協点をどこにするかってことだね」 「そういうことです。…刹那、あなたはどうです?あなたが任務を引き受けると言うなら我々はそれを尊重しますが」 「…上官命令なら黙って従うだけです」 「だーかーらー」 淡々と答える刹那にエミリオが焦れったそうに頭を振った。 「何も分かってないお偉いさんの言うなりになる必要なんてないんだよ、ここは。秘密兵器だったらおとなしく後ろに引っ込んでろよ!」 「あのな、ちょっと思ったんだが」 緊張感のない顔で葉巻をふかしていたガデスが何でもないことのように言った。 「お偉い様方はよ、『刹那を戦闘用員として出撃させろ』とは言ったが、『ノアの幹部とサシでやりあって敵の首を取って来い』とは言ってねーよな?だったら何とでもごまかせるんじゃねぇか?」 「…なるほど」 「闘ってさえくれば、相手が雑魚でもいいってことか」 「…………」 「実戦訓練をかねた小手調べにはちょうどいいんじゃない?」 相手が雑魚、という発言に刹那が機嫌を損ねたのを見越したようにブラドが言った。 「雑魚と言ってもAランクのサイキッカーが何人か集まれば僕達S級に匹敵する力を持つし、ひとり残らず倒さなくちゃいけない訳だからそんなに簡単でもないと思うよ」 「ん…」 「ノアの幹部達は確かに強い。ですが、サイボーグやキースを含めてもたったの4人しかいないのです。実はノアの戦力の大半は、それなりの頭数がいるAランクサイキッカーなのですよ」 「はぁ」 「つまり、幹部を一人失うより、Aランク組を10人20人失う方がノアに取っては痛手になるのです。『ノアの幹部は古参組が撃退したが、実質的な主戦力は刹那が殲滅させた』という筋書きで行きましょうか。格下を複数相手にするのはあなたが得意でしょう、刹那?」 「その通りです」 ウォンの言葉にさっきまでの不機嫌は綺麗に消えて、刹那は絶対の自信に満ちた笑みを浮かべて答えた。 ガデスがニヤニヤしながら刹那を見た。 「さっすが司令官殿、バカを丸め込むのがお上手で」 「適材適所と言って下さい」 「ものは言い様、だね」 「あのさ、ウォン。その筋書きで少将に交渉する時、刹那の任務に『研究所の視察』も入れてくれない?」 「…ふむ」 「なんで?こいつに研究所なんか見せてどうするのさ」 「知って欲しいんだ」 ブラドが、とても真摯な瞳で言った。 エミリオは複雑な表情で、ガデスは薄く笑って、刹那を見遣った。 「…入院中に渡された資料で知ってはいるが」 「知識として、だよね。そうじゃなくて、刹那が自分の眼で、耳で、肌で、知って欲しいんだ。『超能力研究所』ってものはどんなものなのか。ノアは何をしているのか」 「………」 「お願いだよ、刹那。君はどうやって生まれたのか知って欲しいんだ」 「わ…分かった分かった。別に嫌だと言う訳じゃない、本当に必要か?って思っただけだ」 本当は面倒だと思ったのだが、自分のルーツを知るのも悪くはないだろう、と軽く考えて刹那は頷いた。 ブラドの行き過ぎな程真剣な眼差しの意味を彼が知るのは、数日後のことだった。 目的地に向かう専用機の窓際に片膝をのせる形で腰掛けて、刹那はぼんやりと外を眺めていた。 彼の身を包むのは真っ白な裾の長い軍服。己の能力である闇に決して飲まれないようにと願いを込めて、ブラドが彼のためだけにデザインしてくれた一点物だ。 膝に乗せた手が小刻みに震えている。武者震いか、それとも…。 「なんだなんだァ?目的地に付く前からビビッてやがるのかァ?」 「………っ!!」 突然、しかも唇が触れあう程の間近から『セカンド』のブラドに顔を覗き込まれ、刹那は思わず仰け反った。 「こ…これは武者震いだ!あと一々至近距離から俺の顔を覗き込むな!離れろ!」 「ヘーェ?」 ブラドは離れるどころかますます刹那の顔を覗き込んで来た。 鮮血の色の瞳、色が抜け落ちた白磁の肌、形のいい唇。首元まできっちりと覆う刹那とは対照的に、胸元をはだけたノースリーブの丈の長い上着の腰をベルト で留め、黒い手袋に黒いパンツに黒いショートブーツと言うまるで烏のような出で立ちだ。ついでに右腕にだけ包帯のような布を巻いていた。(邪王炎殺黒龍波 でも出すつもりか、と一瞬刹那は思った) 気心知れた仲間しかいないこの場では鋼の左腕を隠す気もないらしく堂々と晒している。 妖艶、という言葉すら浮かんで来るような甘い顔が危険な笑みを浮かべた。 「勘違いするなよ、刹那」 「…何がだ。あと近い!」 「お前の任務は生きて帰ることだ。俺の攻撃に巻き込まれて死んでみろ。息の根を止めてやるからな」 「矛盾してないか?」 ブラドの虹彩が猫のように細くなり、鋼の指が刹那の喉をゆっくりとなぞった。人の温もりのない、冷たい指。 「大事なものはよォ、時々無性に壊したくなるんだよ…大事にして、大事にして、そして壊す…」 「…………」 「たまらねェんだ、あの感触…あの快感…あったかい血液…」 背筋に寒いものが這い上がって来た。 本能的な恐怖を感じながら、ブラドの深紅の瞳から眼が逸らせない。 ブラドは眼を細めて囁いた。 「今日、ノアの雑魚共を相手に失態を演じるようなら…覚悟しとけよォ?」 「…俺を見くびるな」 声が震えるのは押さえ切れなかった。 クククッと喉の奥で笑い、ブラドはゆっくりと体を離した。真っ黒い軍服の裾を翻し片手をひらひらと振って部屋を出て行ったのを見て、ようやく刹那はほっと息を付いた。 『目的地に着く前からビビッてやがるのかァ?』 …誰が! いつの間にか手の平にじっとりと汗をかいていた。気持ちとは裏腹に、小刻みな震えはまだ止まらなかった。 国立K-11研究所、その屋上に。 軍サイキッカー部隊の幹部4人は立っていた。 規模が大きいと聞いてはいたが、敷地の中央に位置する建物の屋上から敷地の端は見えず、ただ窓の明かりがどこまでも見えるだけだ。 刹那とブラドの軍服の裾が風を孕んで大きくはためいた。 ブラドだけが狂気的な笑みを浮かべ、他の3人は…ガデスやエミリオまでも…真剣な顔をしていた。その二人の様子に、刹那もブラドの狂気と危うさ、『お前は生きて帰るのが任務』という言葉の意味を感じ取っていた。 「…おいでなすったようだぜ」 ブラドが言った。 その言葉に刹那は空を見上げたが、見えるのは満月と星ばかりだった。サイキックパワーを感じ取れと言う意味かと思って神経を集中させたが何も感じない。 …わからないのは俺だけか? かすかな不安が胸を掠めた時、ガデスが尋ねた。 「規模は?」 「てめぇで調べろ。…と言いたいところだが今日は見習いがいるからなァ、特別に教えてやるぜ。メイン4人に雑魚がそれぞれ10から20。Aランクは全部集めても片手程度の数しかいねェな。メインが俺らを引き付けて、その間に雑魚が雑魚をかっさらおうって算段だろう」 「サンキュ。助かるわ」 「…………」 「この距離で敵の戦力をここまで分析できるのはブラドさんだけだよ」 刹那の微妙な沈黙の意味を察したのか、エミリオが短く言った。 自分が劣っていた訳ではないらしいと一瞬安堵しかけた時、ブラドが空を見上げたまま口を開いた。 「刹那」 「…何だ」 「メインの四人のうち二人がこっちに来る。そいつらの能力は何だ?30秒以内に当ててみろ」 「何故」 「その程度も出来ねェようじゃお前に『秘密兵器』を名乗る資格は無いってことだよ」 さすがにムッとした。 刹那は神経を研ぎすまし、星と月しか見えない夜空を見上げた。 …雨が降る直前のような空気の匂いがかすかにする。しかし寒さは感じない。そしてブラドが察知していると言うことは向かって来る二人にサイボーグは含まれていないのだろう。そうなると。 「水と炎。ベルフロンド兄妹だ」 「…よーし、合格だ。あとは死ななきゃ上出来だぜ…初陣にしては、な」 半ば博打で答えたので、ブラドの返答に心底ほっとした。 ガデスが首をゴキゴキして準備体操を始めた。 「残り二人は?」 「西の棟にサイボーグ、南にキースだ」 「エミリオ、どっち行くよ?」 「キースは殺しちゃいけないんだろ。殺せないんじゃ面白く無いからね、僕はサイボーグの方に行くよ」 「りょーかい。じゃあまた後で会おうな」 「何?」 刹那が何か言う間も無く、ガデスとエミリオはさっさとそれぞれの担当場所に向かって飛び立った。 どういうことだ?この場所に二人来るとブラドは言っているのに…2対2で闘うと言うことか、それとも…。 「!」 ブラドが両手を広げた瞬間、刹那はバリアを張った。何か考える暇など無く、生存本能がそうさせた。 重力が狂い、磁場が歪む。ブラドの手の中から生まれたブラックホールが周囲の色々なものを呑み込み巨大化して行った。 星と月しか見えなかった空から猛スピードで人影が…ノアのサイキッカーが落ちて来た。重力に逆らおうとしてもがきながら、押し潰されて無惨な姿でブラッ クホールに吸い込まれて行く。中にはブラックホールの引力からなんとか逃げ出す者もいたが、ブラドがそんな連中を見逃すはずも無く、ある者は切り刻まれ、 ある者は重力の弾を食らって息絶えていった。 襲い来る瓦礫や鉄骨やエネルギー弾から身を守りながら、刹那は唇を噛んだ。 (死ななきゃ上出来…か) サイキッカーになって日が浅い刹那でも、ブラックホールを維持しながら飛び回って敵を攻撃するのが神業レベルだと言うことは察しがついた。 屋上の非常灯に照らされたブラドは血に塗れ、壮絶な笑みを浮かべていた。 「ヒャーハッハッハッハァァ!!たまんねェ、たまんねェなぁこの感触…この温もり…この匂い…この断末魔の叫び!!」 イカレてやがる。それなのに眼が逸らせない。心が惹かれる。 …ブラックホールがゆっくりと消えて行く。瓦礫や死体が積み重なった地面からブラドはふわりと浮き上がった。その視線の先には、先ほどのブラドの攻撃に耐え抜いた…いや、ブラックホールからもブラドの攻撃からも逃げ切った者が、二人。 「ひっこんでな、秘密兵器」 「刹那だ」 大人しく言うことを聞くのは癪だったので、一言だけ返して屋上の一番端、非常灯の下に立った。能力のおかげで、真っ白な軍服を纏っていても刹那の姿は闇に溶け込み、敵が眼で彼を見つけることは出来ない。 ブラドが敵二人を結界に閉じ込めるのが見えた。 男の方が何か訴えているのは分かったが、話の内容までは聞こえない。男を無視してブラドが仕掛けた。 突如出現した巨大な岩が兄妹を分断する。水と炎の塊がブラドを襲うが、あっさりとかわされて水蒸気になって消えた。男の背後に一瞬で周り込んだブラドが 彼を殴り飛ばし、怯ませたところにブラックホールを発動させた。片方の動きを封じておいて残る一人に重力の蛇を叩き付け、アステロイドベルトを召還し…鮮 やかで流れるようで、刹那は真剣に見入っていた。 だから、敵の気配に気付くのが遅れた。 ハッと気付いた時には、お互いの顔が見える程近くまで敵が迫っていた。…失態だった。 敵は4人。彼等が発しているサイキックパワーは刹那より明らかに劣るが、雑魚というには強い。恐らくランクAの能力者なのだろうと察しがついた。 先頭にいた者が口を開いた。 「お前は、軍のサイキッカーか?」 「…だとしたら?」 油断無く身構えながら刹那は言葉を返した。 最初に口を開いた者の隣にいた少女が刹那をジッと見た。 「こんな奴、ノアのデータにはのってなかったわ。新入りかしら?」 「かもな。油断するなよ、こいつは相当強いぞ」 「ふん。4対1で何ができる」 「こんなところに一人でいたのが運の尽きってやつだな」 敵は強気な台詞を言ってはいるが、未知の強敵と遭遇した不安や恐怖は隠し切れていなかった。 …そして刹那も、生きて帰してはならない敵を前に戸惑っていた。 目の前にいる4人は皆、ひどく若い。リーダーらしき青年すら二十歳になっているかどうか。一番年下らしい少女は中学生にしか見えなかった。 (こんなガキ共がノアの主戦力だと?) こんな子供が『ノアの理想』の為に闘い、そして死んでいるのか。 微かな胸の痛みを無視して刹那は結界を張り巡らせた。年令など関係ない、自分達の理想を妨げる敵なら排除するのみ。 敵がさっと散開して彼を囲んだ。 刹那は風に軍服の襟と裾をなびかせながら尋ねた。 「貴様らが闘う理由は何だ?」 「僕達にはその力があるからだ!」 「キース様は必ずサイキッカーの理想郷を築いて下さる!そのお手伝いをするのは当たり前のことだ!」 「同胞を助けるために闘うことに理由なんてないわ!」 「死ぬと分かっていてもか」 「研究所で実験動物として使われて、データとして死んで行くよりも、仲間のためにノアの同志として死んで行く方がずっとマシだ!」 「………!」 少年の言葉は予想以上の鋭さで刹那の胸に突き刺さった。 データのために見殺しにされた仲間達。データとして死んで行ったサイキッカー達。一枚のデータディスクより軽い命という共通点。 刹那は頭を過ったその想いを切り捨てた。 顔を見られた以上は生きて帰す訳にはいかない。たとえ相手が子供でも。 彼はゆっくりと右手を掲げた。力を集める。 「そうか…ならば望み通り、ノアの同志として死んで行くがいい」 4人が一斉に襲い掛かって来た。 刹那はバリアを張って彼等を弾き飛ばし、果敢にも再度突っ込んで来た二人に右手に宿った闇の刃を放った。まともに正面から食らった敵は結界まで弾き飛ば された。まさかあの早さで3本ナイフが飛んでくるとは思わなかったのだろう、後ろの二人はワンテンポ遅れて動いた。片方は距離を離そうと逃げ、もう片方は エネルギー弾を撃ち込んで来た。刹那はそれをかわし、両手にエネルギーを集めた。ダークウェッジを放つ。恐ろしい程の早さで槍の1本は逃げた敵を貫き、も う1本は敵のエネルギー弾をかき消して相手を掠めて飛んだ。 敵が怯み、間合いを離して散開した。予想通り、理想通りの行動だった。 刹那は右手にエネルギーを集めた。闇の短剣が具現化し、敵が攻撃に供えてバリアを張るのが見えた。その姿に刹那は眼を細め、唇を引き結んだ。 バリアの中で敵の顔が恐怖に染まって行くのが見える。 刹那の右手の中で短剣はその数を増やしていた。…ダガーズシャドウと名付けたこの技は、発射する数とタイミングを自分で決めることができる。軍にもノアにも、こんな芸当ができる奴はいなかった。 敵の張り巡らせたバリアが消えた瞬間、刹那はエネルギーを解放した。 闇のナイフに体を貫かれ、己の体を支える力すら失って建物の隙間に落ちて砕けた少年少女の姿を、刹那はじっと見つめていた。 ノアのやり方を忘れないために。自分が何をしたのかを忘れないために。 (次は、平和な時代に生まれて来るんだな) 悼むように眼を伏せて、刹那はブラドとベルフロンド兄妹の戦いに視線を戻した。 荒れ狂う重力場に水と炎が混じる。女の放った火炎弾と男の全身から飛び散る水をゆうゆうと躱したブラドが女に突進した。拳が女を捕らえ、殴り飛ばし、更 に追い討ちをかけようとしたブラドを背後から水の棘が襲った。不意を突かれて吹っ飛ばされたところに女が身に纏った炎を叩き込み、ブラドの体が結界にぶつ かってグラリと傾くのが見えた。 やはり2対1では不利だったのか。 思わず手を出しかけ、結界の内と外は交わらないことを思い出し、ついでに自分が秘密兵器だったことに気付いて、集めかけたエネルギーを握り潰した。 あからさまに手を出す訳にはいかない。 …ならば。 刹那は全ての力を集中した。 (闇に…染まれ!!) 溢れ出た闇が非常灯の光さえ呑み込み周囲を包んだ。 闇の中を炎と水が飛ぶのが見えた。ベルフロンド兄妹はこの闇を停電だとでも思ったのだろう。 刹那は薄く唇に笑みを浮かべた。彼の造り出す『人工の』闇はサイキッカーの精神集中を妨げる効果がある。この闇の中でサイキックパワーを使えばすぐに力が枯渇し、身を守る術すら失うのだ。 水も炎も見えなくなった後、重力の歪みを感じ、その直後に結界が消えた。 闇が晴れると、気を失って屋上の床に転がるノア幹部の姿が見えた。 …ブラドの隣に降り立つ。 「余計な世話だったか?」 「いーや。あのまま闘りあってたら勢いあまって二人とも殺っちまうところだったぜ。ナイスフォロー、ありがとうなァ」 「…ならいい」 本気で言ってるのかどうか分からなかったが、下手に薮を突つくと文字どおり蛇が出るのでここは黙っておくことにした。 足下に転がっているベルフロンド兄妹を見下ろした。あんなガキ達を戦場に連れて来たのはこいつらなのか、それとも総帥キースなのか。 …セカンドのブラドが相手では聞いても無駄かも知れないが、聞くだけ聞いてみようと思った。 「ノアの戦闘要員ってのはガキばかりなのか?」 「ガキばかりと言う訳じゃねェが、まぁガキが多いだろうなァ」 「何故だ?」 「何故ってお前、研究所に捕まってるのはガキばかりだからだろうが」 「………?」 「分からねェのか」 ブラドは顔をしかめ、頭をかいて細く長く嘆息した。 「説明するのも面倒臭ェ。ここの所長に教えて貰いな」 「分かった。…で、こいつらはどうする?」 「もうちっとオネンネしててもらおうぜ」 ニィィと笑い、ブラドはカルロの体を蹴飛ばして転がすと屋上から落とした。 ノアの幹部ともなれば、この程度では命に関わらないと言うことか。 ブラドが振り向いてレジーナを指し、自分がさっき落としたカルロの方を顎でしゃくった。お前も同じようにしろ、ということだろう。 さすがに女を足蹴にするのは気が引けて、刹那はレジーナの襟首を掴んで屋上の端まで引きずって行き、放り投げた。 さて、これからどうするか…と思った時、テレパシーが飛んで来た。 (おう刹公、生きてるか?) (その呼び方は止めろと何度言えば覚えるんだ) (死ななかったんだ。なら任務成功だね、よかったじゃん) (……そっちはどうなった?) (サイボーグは、帰還命令がどうのこうのとか言って帰っちゃったよ) (キースサマはトンズラされたよ。そっちはどうなった?) ブラドを見ると、退屈そうにあくびをしていた。 (兄妹はブラドが無力化した。今頃地面でノビてるだろう) (了解了解。そいつらはキース達が回収して帰るだろうし俺らの仕事は終了だな) (…目的を達して無いのに大人しく帰るか?) (最近のキース様は非常に慎重でいらっしゃるからな。粘っても勝ち目は無いと判断されたらすぐに撤退なさるのさ) 皮肉たっぷりなガデスの言葉に刹那ははっきりと不快感を覚えた。 無駄な犠牲を出しただけで目的を達せず引き上げるのなら最初から来なければいいものを。そんな腑抜けに、何故一時とは言えウォン司令官やブラドは従ったのだ?それとも昔は違ったとでも言うのだろうか。 (手前ェら、取りあえず再集合だ。俺らの任務はここで終わりだが、刹那にはまだ残ってるからな) ブラドの言葉に、刹那は自分の任務に研究所の視察もあったことを思い出した。 下級兵達の命よりも重い、サイキッカーのガキ達の命とイコールの、己の力の源となったデータ。それがどんなものでどのように集められているのか知る術は無かった、今までは。 知っておかねばならないと、強く思った。 |
| サイキ部屋 |
総合目次 |
| セカンドブラドが書けて楽しかったエピソードです。あとはのちのちの伏線になりそうな一文もサラッと入れてみました。どこか分かった方は凄いです。 あと、新生ノアの扱いがかなり適当ですね(^^;)私は完全軍派だから…ノアサイドはこれからもさらりと触れる程度だと思います。で、ここで書きたかっ たのは、『任務とは言え子供を殺すことに多少の良心の呵責を感じる刹那』です。ゲーム本編での彼は迷うこと無くパティとか殺してますが、そこまで公式に忠 実に行くと話がすすまないので(笑)。私の中では、『軍サイキッカーは皆、根っこ部分ではいいヒト』という設定になってます。ある意味一番ワルいヒトはブ ラド(ファースト)かも?(笑) |