| …刹那は研究所の応接間に通されて、所長が来るのを待っていた。ブラドとエミリオは、合流後に『研究所なんて見たいもんじゃない』と言って先に引き上げてしまった。 二人掛けのソファを一人で独占して悠然とコーヒーを飲んでいる巨体にちらりと眼をやってボソリと呟く。 「何故貴様がここにいる」 「決まってんだろうが、秘密兵器の護衛だよ」 「馬鹿を言え」 「いやマジだって」 ガデスは大袈裟に真面目な顔をしてみせた。 「今のうちに言っておくぜ。これから研究所の中を案内されるが、絶対に単独行動は取るな。それからヤバそうな機械には絶対に近付くな。あと出されたものを安易に口に入れるな。いいな?絶対に、だぞ!」 「何故だ?」 「ここは超能力研究所だ。働いてる連中はサイキッカーのことなんざ『言葉が通じる研究材料』にしか思ってねぇイカレた奴らだ。それは、人工サイキッカー初の完成体であるお前も例外じゃないんだぜ」 「…………」 「気をつけろよ。連中、お前に興味津々だからな。軍の秘密兵器なんて肩書きは奴らをビビらせる効果なんてカケラもねぇ、むしろ『危ない橋を渡ってでも調べたい』と思わせるだけだ。下手に単独行動したら捕まって脳味噌の中身まで調べられるぞ」 「洒落にならん」 刹那は口を付けかけたコーヒーのカップをソーサーに戻した。 出されたコーヒーは決して安物ではない、なかなか上品な香りを漂わせている。しかしこの香りに隠れてヤバい系の薬品が混ざっているかも知れないと思うととても飲む気にはなれなかった。 ガデスはお構い無しに飲み干していたが、こいつはまぁ…毒が入っていてもスパイス程度にしか感じないだろうと言う気がする。 コンコン。 ノックに続いて扉が開いて『所長』が姿を見せた。 基地の研究所しか知らない刹那は『所長=若い女』というイメージを漠然と持っていたが、現れたのは世間一般で想像されるような博士タイプの初老の男だった。 所長はとびきりの笑顔を二人に向けた。 「この研究所所長のボブ・マイスターと申します。いやはや、まさか軍の秘密兵器様御自ら御視察にいらしてくれるとは…光栄です」 「…刹那だ」 刹那は短く答えて差し出された手を形ばかり握り返した。 所長の言葉には続きがありそうだったが、老人の長話に付き合う気はなかった。 「早速で悪いが、中を案内してもらいたい」 「それはもう喜んで。どうぞこちらに」 所長はまず、メインモニタールームに二人を案内した。 空港の管制室のようだ、と言うのが第一印象だった。壁一面にぎっしりとパソコンのモニターが設置され、大勢のスタッフがそれを監視している。時折プリンターから紙が吐き出されてはあちこちに回されている。 一体何を見ているのかと刹那はモニターの一つに近付いて眼を見開いた。 (何だ、これは…) 映っているのは拘束されているサイキッカーの部屋だった。居室だけでなく、寝室、バスルーム、トイレ、全てが監視されている。 他のモニターも見た。映し出されている部屋のタイプは様々だ。 刑務所の独房のような素っ気無い部屋もあれば、一流ホテルの一室のような豪華な部屋もある。小さな少年のいる部屋もあれば、年頃の少女の部屋もある。そしてその全ての行動を見逃さないように、全ての部屋が映されていた。 まるで牢獄だ。 …ちょうど食事の時間だったらしい。 食事が配られる風景が見え始めた。…良く見ると、その食事の内容もバラバラだ。スープだけから非常食のような素っ気無いもの、レストラン並みの豪華な食事まで内容は大きな差がある。 刹那は食い入るようにモニターを見て回った。 中には食事を出されない者もいる。箱の中に食事を入れて出され、箱を壊そうと必死の形相で叩く痩せこけた少年の姿もある。 何だこれは?一体何をしている? にこにこ笑いながら刹那を見ていた所長にガデスが言った。 「所長さんよ、刹那はこういうのを見るのは初めてだから、色々教えてやってくれねぇか」 「はいはい、喜んで。何なりとお聞き下さい」 「これは、何をしているんだ?」 「生活環境等の違いがサイキック能力の発現に影響するかしないかの調査です。狭い部屋で不自由に生活すると力がのびるのか、それとも物に溢れた広い部屋で生活した方がいいのか。僅かな変化も見逃さないよう、全てを監視しています」 「子供しかいないのは何故だ?」 「可能性は子供の方が大きいですし、大抵のサイキッカーは二十歳になる前に覚醒する傾向があるので」 「食事の内容が違うのも環境の違いを作るためか?」 「そうですね。必要最低限の食事が良いのか十分な食事が良いのか、それとも飢餓状態にした方がいいのか。ああ、その17番が叩いている箱は特殊な造りでしてね。一定レベルのサイキックパワーを込めて叩くと簡単に壊れるのですよ」 17番、と所長が指したモニターにはさっきの痩せこけた少年の姿。何日も食事を与えず、餓死直前まで追い込んだ上で箱に入れた食事を与えて生存本能を刺激して、そこからサイキックパワーを発動させようと言うことか。 細い腕で必死に箱を叩き、泣きながら爪を立て齧り付く少年を見る所長は、『箱が壊れるか壊れないか』しか興味がないと言う顔で見ている。その顔を力一杯殴りつけたい衝動が込み上げて、刹那はモニターから眼を逸らした。 「…別のところを見せてくれ」 「畏まりました。ではこちらに」 所長は笑顔を見せてモニタールームを出た。 次に刹那が案内されて来たのは『実験』を行う部屋だった。水槽に沈められる者、狭い部屋で落ちて来る吊り天井を支えている者、炎に巻かれている者。何も予備知識がないままに見たら魔女狩りの拷問かと思うだろう。 本気で命の危機を感じた時、眠っているサイキックパワーが生存本能によって覚醒する『ことがある』、と所長は説明した。 だから水を操る能力がある者は水に沈め、重力を操る者は押し潰し、炎を操る者は火をつけるのだと。 「潜在能力が発動する可能性はどのくらいなんだ?」 「コンマ以下ですよ。ただし、同じサンプルを何度も使用しますからサンプル数で言えば5%は行きますでしょうか。この数字は国内でも屈指のレベルだと自負しております」 「…つまり、能力が発動するまで、何回も死の直前まで追い込むと」 「はい」 「何度もやっていたらいつかは死ぬんじゃないのか?」 「御指摘の通りで。新生ノアが復活してからサンプルの確保も難しくなっておりますので、できるだけ死なせないよう慎重に実験しているのですが…」 所長は申し訳無さそうな顔になったが、それは年端も行かない少年少女の命を研究材料にしていることではなく、貴重なサンプルを無駄にしたことに対してらしい。 胸糞が悪くなった。 刹那の不機嫌顔を所長は違う意味に解釈したらしい。焦った顔で別の一角を指した。 「ですから、サンプルもできるだけ自給自足しております」 「自給自足?」 まるで野菜を栽培するような言い方に不快感を感じた刹那は、所長の指し示した先を見て息を飲んだ。 エミリオよりも年下かも知れない少女が、赤ん坊を抱いて枯れた声で歌っている。全身にひどいやけどを負った赤ん坊は泣き叫び、少女の顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。 指先が冷たくなった。 「あれは…?」 「68番は治癒能力を持っているのですが余りにも弱すぎまして。何とかその力を強化したいと思いましてね、仲のいいサンプルを死の直前まで追い込んで目の前に置いたりしたのですがどうにもうまく行かず…。勿体無いとは思いましたが68番の子を使っているところです」 「子?」 「はい。サイキッカー同士で交配したところ、サイキック能力を持つ子が数体できましてね。その一つをここに」 「……………」 猛烈な吐き気が込み上げて来た。 人道的とか人権がどうとか、そんな御大層なことを言うつもりはない。 だが。 人とかサイキッカーとかいう以前に、決して超えてはならない、犯してはならない領域があるのではないか。 自慢げに語る所長に対してはっきりと殺意を感じた。 (殺りたいなら好きにしろ。研究所の所長くらいなら『ムカついた』って理由で殺ってもお咎めナシだ。ま、どうせすぐ次が来て同じことするがな) ガデスのテレパシーに刹那はギリッと歯軋りした。 次が来ても構わない。ただ、今、目の前の光景が我慢できなかった。 右手に闇を宿した時。 大きなエネルギーの波動を感じた。 「おおおおおお!」 所長が歓喜にうち震えて叫び、少女と赤子を閉じ込めた檻の強化ガラスにへばりついた。 歌声が響き、赤子のやけどがみるみる間に消えて行く。眠っていた力が目覚めたのだ。 嬉しさの涙に頬を濡らしながら命を取り留めたわが子を抱き締める少女の姿に、刹那は手の中で闇を握りつぶした。 「素晴らしい、素晴らしい…中尉殿が視察に来られたその時に成功するとは!」 「……………」 所長は感極まって泣き出した。 やり場のない怒り、苦いやるせなさが流れ込んでくる。 …俺の力は、こうして作られたのか。 突き付けられた現実が心にのしかかった。 「それで…力が発動したサイキッカーはどうなるんだ」 「あ…ああ、それはですね、軍のサイキッカー部隊に移すこともありますし、サンプルとして使用を続行することもあります」 「サイキッカー部隊…」 「この研究所からも過去に何度かサンプルを献上しましたが、どうでしょうか。中尉殿のお役に立っているでしょうか」 「悪ぃな所長、こいつは今日が初陣だから、サイキッカー達を指揮したことはまだないんだよ」 「そうでしたか」 ガデスの言葉に所長は眼を丸くし、また感極まったように泣き出した。嬉しくて嬉しくてたまらないと言う顔で笑いながら刹那の手をとった。 「中尉殿の初陣にこの研究所を選んで頂けたとは、なんと言う、身に余る光栄…。しかもサイキッカーの能力発動の瞬間も見て頂けて…研究を続けて来た甲斐があったというものです。私はもう、明日死ぬことになっても思い残すことは何もありません…」 「大袈裟な」 さっき自分はこの男を殺そうとしたのに。 いたたまれなくなって刹那は眼を逸らし、ガデスに文句をぶつけた。 (話が違うぞ?この連中にとっては俺も研究材料の一つじゃなかったのか) (言うなよ。俺もこの反応は予想外だったんだからよ。…つか喜べよ、めちゃくちゃ誉められてるじゃねーか) 研究所の中を何も見ないで言われたのなら心地よく耳に響いただろう。しかし、自分の力の生まれた場所を知ってしまった今は所長の喜びも鬱陶しいだけだった。 「中尉殿は御存知ないのです。御自身の存在がどれだけ私達に希望を与えてくれたか」 「…俺が?」 「そうです。研究とは、出口の見えない迷路を手探りで進んで行くようなものなのです。一生かけて研究しても成果を出せる者はほんの一握り、大抵の者は道半 ばで力つきてしまう。一生をかけた研究の結果が行き止まりということもある、いや、行き止まりだと分かるならまだましで、もう引き返せないところまで来て から、少し先を歩いていた者に『この先は行き止まりだ』といわれて一生の研究が無駄になる、そんなことも珍しくないのです。私も生きている間に自身の研究 で大きな結果を出すのは無理だろうと思っていました。それでもせめて、後に続く者の道標になれたらと、そう思って研究一筋に生きて来ました」 一息に言って所長は潤んだ眼で刹那を見上げ言葉を詰まらせた。 「私達の無駄とも思える時間は、変わらない毎日の繰り返しは無駄ではなかった。こうして成果を出せたのだから…軍の秘密兵器という素晴らしい形で…。しかも御自身が私どもなどの前にお姿を見せてくれるとは…」 「買い被り過ぎだ」 「中尉殿は謙虚でいらっしゃる。人間的にも…ああ、この言い方は変ですが…素晴らしいお方だ。他の研究所の者にもこのことを伝えねば。きっと喜んでくれる でしょう。ああそうだ、よろしければ他の職員にもお姿を見せて…できればお声をかけて頂けませんか。きっと励みになると思いますので」 「……………」 「どうかお願いします」 「………分かった」 言葉をかけるなど本当は真っ平御免だったのだが、所長の懇願する姿に断り切れず刹那は仕方なく頷いた。 …集められたスタッフは皆、感動と憧れと尊敬の混じった視線を向けて来た。ただの一兵士だった頃は欲しくてたまらなかったもののはずなのに、今は煩わしく苦痛すら感じた。 何か言わねばと思ったが言葉が出て来ない。 「あ…せっかく集まってもらったのに申し訳ないが、気のきいた台詞が出て来ない。…すまない」 それで終わりたかったのだが、皆の目は続きを期待して輝いていた。 刹那は考え考え言葉を繋いだ。 「なるべく誰も死なずに、いい結果が出ればいいと思っている」 サイキッカーの現実を突き付けられた今では、しっかり研究に打ち込んでくれとは言えなかった。 研究所の職員から握手を求められ、熱い言葉をかけられても、刹那は曖昧な表情で漠然とした言葉を返すしか出来なかった。 「刹那は今日が初陣で、さっきノアの連中ともやりあって、その上視察までしてグッタリなんだよ。そろそろ帰してやってくれや」 ガデスが控えめに彼等を追い払ってくれたおかげで、惜しまれつつもやっと刹那は解放された。 ぼんやりとした表情で軍専用機に戻り、一足先に戻っていたセカンドとエミリオが出迎えたのにも反応せず、何も言わず素通りして用意された個室に戻った。二人が怪訝そうな顔をしていたことにも気付かなかった。 軍服から部屋着に着替えて、そのままベッドに倒れ込んだ。 頭の中はぐちゃぐちゃで、ひどく疲れていた。 食べ物の入った箱を泣きながら叩いていたやせこけた少年、命の火が消える寸前まで追い込まれていた子供達、全身にやけどを負ったわが子を泣きながら癒そうとしていた少女、刹那の手を取って「あなたは希望だ」とむせび泣いた所長の姿が蘇る。 (俺は…何だ…?) 人工サイキッカー刹那。 軍の秘密兵器。 対ノアの切り札。 研究施設の希望の光。 光。 自ら望んだ希望の光は少年少女の無数の屍でできた闇の中にあった。 研究所に拘束されたサイキッカーを救おうとする新生ノア。 人類を抹殺しようとする新生ノアを倒そうとする軍。 どちらが正しい? どちらも正しい? わからない。 ただひどく不快だった。 その様子を、ドアの隙間からそっと見ていたエミリオは心配を隠し切れない顔でガデスを振り返った。 「何があったのさ?」 「ん…まぁ、色々とな」 「色々と何」 「見て、聞いて、知って、入って来た情報を処理し切れずに刹那のちっこい脳味噌はパンクしたってとこかね」 「……………」 エミリオの咎めるようなきつい目にガデスは肩を竦めた。 さすがに茶化す雰囲気ではなかったかと真面目に答えることにした。 「ガキ共が実験材料にされてるって事は知ってたが、実際目の当たりにして相当ショックだったんだろうよ。かなりエグいことやってたしな」 「まさかとは思うけど、研究所のサイキッカーに同情してノアに行くとか言い出さないだろうね」 「それはねぇと思うけどなぁ」 流石にガデスも心配そうな顔になった。 彼もどうのこうの言って気になったから部屋の前まで来たのだが、刹那の凹み振りは予想以上で、来たのはいいがエミリオと顔を見合わせ途方に暮れてしまった。 刹那は単純な性格で、良くも悪くも物事をストレートに受け止める。その性格が今回は最悪の形で裏目に出てしまったのだろう。 こんな時に頼りになるのはファーストブラドなのだが、何故か今回は裏に引っ込んだまま出て来る気配がない。 かといって自分達に何ができるかと言われても何も思い付かない。 仕方なく二人は一旦引き上げて、出直すことにした。 しばらくすればケロッとして部屋から出てくるだろうという期待も少しだけあったのだが。 食事時になっても姿を見せない刹那に、二人はまた不安げな顔を見合わせた。 「あの野郎、まだ部屋でヘコんでやがるのか?」 「まさか。疲れて寝てるんじゃないの」 「だよな」 「そうだよ」 「……………」 「……………」 ブラドはと言えば、リビングのソファに半ば寝転がって鋼の義手の手入れをしている。 セカンドに頼んでもダメだよな。 目と目で会話した二人は、刹那の食事を持って部屋を訪ねた。 ノックをしても返事がない。そーっとドアを開けると、刹那は出窓に腰をかけて腕と膝を組んで外を眺めていた。 二人が無断で入って来たのに、抗議するどころか気付く様子もない。 「…刹那?」 「………ああ、何だ」 ワンテンポ遅れて反応があった。何だか心此処にあらずという顔だ。 ダークブルーだったはずの刹那の眼は、薄いアイスブルーにその色を変えていた。まるでキースの眼のように。 不思議に思いながらエミリオは尋ねた。 「食事。いらないの?」 「もうそんな時間だったのか」 「色々あって疲れてるだろうが。食わないと体が持たないぞ」 「…あのガキ、結局、箱を壊して食事にありつけたんだろうか」 渡されたスープに目を落として刹那がポツリと呟いた。 やべぇ。重症だ。 ガデスがらしくもなく少し焦った口調になった。 「所長が言ってただろうが、できるだけ死なせないようにするってよ。いよいよとなったら普通にメシ食わせてるだろう」 「ばれないように箱を壊してやれば良かったな。今になって気付いても遅いが」 刹那は自嘲して、一口も手を付けていないスープの皿を手近なテーブルに置いた。 「何だよ、人がせっかく親切に届けてあげたのに食べないのかよ」 「食欲がない。…すまん」 そう言って刹那は眼を伏せた。 予想外のおとなしい反応にエミリオは狼狽えた。何か言ってくれないかとガデスを見たが、こっちはこっちで唖然としている。 「そ…そう。なら、仕方ないけど。置いて行くから、後でちゃんと食べろよ!」 二人はそそくさと部屋を出て。 また顔を見合わせ、部屋を振り返り、しばらく悩み、無言でそれぞれの部屋に戻った。 それしかできることがなかった。 |
| サイキ部屋 |
総合目次 |
| 10年前はかなりストレートに「実験材料に去れるサイキッカーの姿に怒る刹那」を書いたのですが、それはキャラじゃないよなぁ…と思って、ちょっと苦悩 する姿を入れてみました。研究所のサイキッカーの扱いをどの辺まで描写するか悩んだんですが、10年前大好きだったサークルさんの影響を受けまくった文に してみました。「そら、こんな場面みたらヘコむし悩むよね」とか、「所長にこんなこと言われたら『お前むかつくんだよ、こんなことやめろ』とも言えないよ ね」って思っていただければこのエピソードは成功かな思ってます。 |