THE DARKNESS
EPISODE 8:西暦2012年7月9日 サイキッカー部隊研究棟


 基地に帰還して一通りの報告を終えると、刹那は研究棟に向かった。
 広い意味では彼も『研究素材』なので、何かあった時は必ずデータを取る義務があった。無論、その扱いは凡百のサイキッカーとは比べ物にならないほど丁重ではあったが。

「お手柄だったって聞いたけど、浮かない顔してるのね」

 刹那を見たクリスの第一声はそれだった。
 やっぱりそう思うか…と、結局刹那が心配でくっついて来たガデスとエミリオは思った。ブラドはいつの間にかファーストに戻っていたが、刹那に関しては『今は何も言わない方がいいと思う』と余計な口はきかなかった。
 刹那はバツが悪そうに髪をかきあげた。

「色々と…な」
「少し体重も落ちたわね。食事はちゃんと取ってた?」
「あんまり食べてなかったよ、食欲無いとか言ってさ」

 エミリオが口を挟んだ。
 結局あの日は、二人が届けたスープを半分くらいと、パンを一口くらいしか食べていなかった。翌日も食欲がないと言って、カロリーメイトしか口にしていない…と報告した。
 刹那が少し嫌な顔になった。

「何だ。お前は俺の監視役か」
「ち…違うよ!刹那の様子が変だから、気になってたんだよ!」
「仲間だもん。心配してくれてるんだよね、エミリオ?」
「ま…まぁ、ね」
「K-11研究所の所長から私宛にメールが来てたわ。あなたのこと随分誉めてた、素晴らしい方だ、今後の活躍を本当に期待しているって」
「…………」
「研究所の現実を見た直後にそんなこと言われても素直に喜べない…むしろ重荷…かしら?」

 ピクリと刹那の指が動いた。
 図星を指されたのか不貞腐れたように見えて、その様子にエミリオとガデスは少しほっとした。やっぱこういう反応してこそ刹那だよな、と思った。
 クリスは優しく笑った。

「良かったわ」
「何がだ」
「あなたが正常な精神の持ち主で。ブラドが見込んだ人だから間違いはないと思ってたけど」
「………」
「ここで『期待に応えるためにノアのサイキッカーをやっつけまくってどんどん研究所に送り込むぜ!』とか言われたらどうしようかと思ったわ」
「…クリス」
「何?」
「ノアから軍に逃げて来たサイキッカーはどうなるんだ?」

 クリスの顔から笑みが消えた。
 刹那はひたと彼女の眼を見つめた。逸らすことなど許さないと言うように。
 クリスはブラドをちらりとみて、視線を戻した。

「答えろ」
「…………。能力に応じて振り分けられるわ」
「強ければサイキッカー部隊に、弱ければ研究所に、か」
「……そうよ」
「…………」

 刹那の眼差しがきつくなった。
 クリスは真直ぐに刹那を見つめ返した。

「私は所長として彼等を研究している。…言い訳はしないわ。自分のやっていることが間違っているとは思わないから」
「ふざけるな」

 低く、短く刹那は言って。
 眼を伏せて、ふっと息を吐いた。

「…と、言えれば簡単なんだがな」
「お?らしからぬ台詞だな」
「お前達の研究があったから俺は生まれた。ノアのバカ共のように『お前達を許さない』と喚くのは簡単だが、お前達の研究がサイキッカーから人間を守る武器や防具の開発に役立っていることも知っているからな。不愉快だがやめろとは言えない」
「そうだね。今の僕達にはその言葉は言えない」

 ブラドの言葉に刹那は引っ掛かりを感じて、彼が(ファーストがセカンドと入れ代わってから)きちんと自分と話したのはこれが初めてだとやっと気付いた。

「でもいつか。いつか必ず、『そんなことは止めろ』って言って、やめさせたいと思ってる」
「…そう言えば以前、ノアを滅ぼしたら内部から軍を利用するとか言ってたな」
「利用するって言うか、乗っ取ろうと思ってるんだけどね。軍を乗っ取ったら、研究所に圧力をかけてサイキッカーの研究をやめさせる」
「ブラド…お前、本当にサラッと爆弾発言する奴だよな」

 そこが小気味いいのだが。
 刹那は唇に淡く笑みを乗せてブラドを見上げた。

「『新生ノアを潰すため』に集めた戦力で国軍を乗っ取る気か?軍にしてみれば、飼い犬に手を噛まれるレベルじゃないな」
「軍を乗っ取るのは、『新生ノアを潰す』って大きな手柄を立てて出世してからだけどね」
「……………」

 ケロリとした顔でもう一度爆弾発言されて、さすがに絶句した。
 2年前は軍の中に居場所を作るためにノアを半壊させ、次は軍内部での地位を確固たるものにするためにノアを再興させ、その次は更なる権力を得るために新生ノアを利用しようと言うのか。
 そういえば以前、司令官もそれっぽいことを言っていたが。
 新生ノアの連中はウォンとブラドの手の中で転がされているとは露程も知らず、計画された崩壊に向かって足掻いているのか。
 そう思うと哀れみすら感じるな。
 刹那がそんなことを考えていると、ブラドは静かに続けた。

「潰すって言っても2年前みたいな力づくじゃなくて、もっと平和的に解決できたらいいなと思ってるけど」
「平和的にって…話し合いでもする気か?」
「そうだね。話し合いで和解できたら、それが一番いい」
「ったくもう、ブラドさんは甘いんだよ。あんな連中と話し合えるわけないじゃん」

 エミリオが呆れた顔で言った。隣でガデスもうんうんと頷く。

「僕達の顔を見た途端『この裏切り者が!』、二言目には『君もブラドさんもウォンに騙されているに違いない!』。たまには違うこと言ったらどうなのさ」
「だよなー。ノアの連中の石頭っぷりは半端じゃないぜ。あいつらは被害妄想で凝り固まってやがるからな」
「無理もないわ。彼らは人間に虐げられたサイキッカーの視点でしか世界を見れないんだもの」

 皆の話を聞いていた刹那の単純明快な思考回路はある意味盲点とも言える答えを出した。

「じゃあまず、連中の間違った固定観念をぶち壊せばいいだろうが」

 その言葉を聞いた途端、4人とも言葉を切って刹那を見た。
 急に注目を浴びた彼は思わず狼狽えた。

「な…何だ?俺は今、変なことを言ったか?」
「ノアにいたことがないから、逆に変な先入観がないのね」
「俺、今、初めて、刹那の台詞に感心した」
「ノアの連中の固定観念を壊そうなんて考えたことなかったよ。どうせ何を言っても無駄だって思ってたし」
「…そうなると、どうやって彼らの固定観念を壊すかが問題だけど…刹那、どうすればいいと思う?」
「え?そ、そうだな…」

 急に重大な案件を振られて刹那は慌てた。
 皆が彼の答えに期待している雰囲気を感じて、糖分不足で普段より動きの鈍い頭で考えた。
 ノアの活動は間違っている、人間の安全を脅かすから連中を殺してでも止めるのは当然。今まで何の疑問も感じなかった考えを根底から揺るがせたのは、彼自身の目で見た研究所の現実だった。
 …それなら。

「現実を見せてやればいいんじゃないか?」
「現実を見せる?」
「ブラドもエミリオも騙されてない事とか、ノアのサイキッカーがしたことを一般市民はどう思ってるかとか、そういうことを見て、自分で納得させる…、うまく言えんが」
「大丈夫、刹那の言わんとすることは分かったよ。いいアイデアだと思う」
「いいアイデアだとは思うけど、どうやってノアの連中に僕達のこととか一般市民の目線とか見せるのさ?」
「捕まえて来て一緒に生活してみるとか?軍にいれば自然に人間目線で世界を見るし」
「雑魚はともかく幹部連中がおとなしくここで生活するとは思えねぇけどなぁ」
「じゃ、そんな訳で」

 話の腰をまっぷたつに折るようなブラドの言葉に、色々と思案していた彼らは拍子抜けした顔になった。
 あのなぁ…と、突っ込み代表ガデスが頭をかきながらブラドを見た。

「何が『そんな訳』なんだ」
「皆でお昼御飯食べに行こうか。」
「…はい?」
「そろそろお腹すいてきてるでしょ?お腹がすいてたら頭も動かないしいいアイデアも出ないよ」

 ブラドがにっこり笑った。
 一瞬ぽかんとした皆は、つられるように笑った。そろそろ昼御飯時、言われてみれば空腹も感じる。

「そうだな。たまにはショッピングモールの中華レストランにでも行くか」
「さんせーい」
「おーし、食うぜー!」
「せっかくだからウォンも誘おうか」
「じゃあ私、お店に予約入れておくわ」

 昼食の誘いにあの司令官が顔を出すだろうか、と刹那は思ったが、あっさりと了解の返事が来て多少驚いた。
 ウォン、ブラド、エミリオ、ガデス、刹那、そしてクリス。6人揃って食事など初めてだった。
 ショッピングモールは基地のエリア内にあるが歩いて行くには遠いし、サイキックパワーを使って飛んで行くと何かと管理職の連中がうるさいので車で移動することにした。
 ちなみに、この6人の中で車を普通に運転できるのは刹那とガデスしかいない。
 エミリオは免許を持っていないし、クリスはペーパードライバーで、ウォンとブラドはお抱え運転手がいるので自分でハンドルを握ることなど滅多にない。

「俺とガデス、どっちが運転する?」

 管理室からワゴンの鍵をもらって来た刹那が尋ねると、ガデスがさっと右手を上げ、他の皆が刹那を指した。
 まぁそうだろう。ガデスに運転させたらそれはそれで別の問題が起きそうだからな。
 刹那は鍵を指先で回しながら、手の平を上にして腕を差し出しているガデスの横を通り過ぎて車のロックを開けた。

「…行くぞ」
「俺ってば、なんでそんなに信用ねーの?公道ではスピード制限守るし信号無視したこともないんだぜ?横断歩道の前ではちゃんと一時停止するしよ」
「団体行動時は皆に合わせろ!」

 皆が車に乗っても地面にしゃがみ込んでいじけているガデスを後部座席に押し込んで、ぶちぶち文句を言っているのは無視して車を発進させた。

 

 

 

 軍の幹部が総出でお目見えと言う情報がどこから漏れたのかはわからないが、食事時だと言うのにレストランは貸し切り状態だった。
 上座にゆったりと腰を下ろしたウォンが皆にメニューを配った。

「お好きなものを頼んで下さい。支払いは私がしますから」
「お、さすが司令官殿。太っ腹ですねぇ」
「コースで頼むか?」
「アラカルトでいいんじゃない?皆で分けて食べようよ」
「チャーシューメン、ないの?」
「ここはラーメン屋じゃなくて中華レストランよ、エミリオ」
「ねぇちゃん!生6つ、とりあえず頼むわ」

 ガデスが片手を上げてスタッフを呼ぶと、刹那が顔をしかめた。

「大声出すな、そこに呼び鈴があるだろうが!あと好みを聞け!それからエミリオに酒を飲ますな!」
「お前は男の癖に細かいことうるせぇんだよ」
「細かいと言うか、こういう店でのマナーだと思うけど」
「けーっ!これだからお育ちのいい連中は嫌なんだよ」

 彼らのやり取りを微笑んで眺めながら、ウォンは軽く片手を挙げて、注文を取るべきかどうか戸惑っているスタッフを呼んだ。

「生ビール6つと、紹興酒をボトルで。私は白のワインをグラスで頂きましょうか」
「ビール6つでいいの?」
「余った分はガデスが責任持って飲むでしょう」
「う…悪い、ビール4つで頼むわ」
「取りあえず定番頼んでおくか?エビチリとか酢豚とか」
「前菜は何がいい?」
「僕、唐揚げ食べたい」
「せっかく司令官のおごりなんだ、有り難く高級品食おうぜ。フカヒレの姿煮と北京ダックと…」

 一通り注文が終わると、早速前菜と酒が運ばれて来た。
 ウォンは白ワイン、エミリオはジンジャーエール、他の4人は生ビールで持って乾杯ということになった。

「で、何に乾杯?」
「刹那の初陣が成功に終わったことでしょう」
「ま、それでもいいか」
「何だその言い種は」
「じゃあかんぱーい!」

 ブラドの音頭でグラスを合わせた。
 …前菜が終わり、スープが出て、メインを食べはじめた頃、北京ダックとフカヒレがしずしずと出された。
 エミリオは北京ダックを摘んでがっかりした顔になった。

「何これ。皮だけじゃん」
「北京ダックつぅのは皮を食うもんなんだよ」
「えー?中身は?」
「他の料理に入ってるんじゃないかな」
「こんな皮だけ食べてもさぁ」
「カワカワ言うな。それと本当に皮だけ食うな」

 刹那はきれいに並べられたクレープ(ぽいもの)を取って、添えられた味噌を塗って漬け物と野菜と鴨の皮を乗せ、きれいに包んでエミリオに差し出した。

「北京ダックはこうやって食うんだ。このくらい常識として覚えておけ」
「刹那に常識語られたくないよ」
「黙れガキ」
「それとさ、フカヒレってどこが美味しいの?」
「さぁ?」
「世界三大『珍味』であって『美味』じゃありませんからね」
「フカヒレは歯応えを楽しむもので、味はそのフカヒレを煮込んだスープで決まるかな」
「ま、ガキには分からんと言うことだ」
「なんだよ、偉そうに」

 そんな他愛もない会話をしながら割と和気あいあいと食事が進み、デザートが出て来た頃にウォンがさらっと言った。

「時に、次の任務のことなのですが」
「おう、次は何ですか」
「…ここでそんな話をしていいんですか」
「誰かに聞かれたところで問題ありませんよ。…影高野の壊滅任務、受けたい方?」

 学校の先生が『図書委員になりたい人?』と聞くような軽い口調でウォンが言ったので、一瞬理解が遅れた。
 カゲコウヤ?どこかで聞いたが、何だったろう?
 思い出す前にガデスに手を捕まれて持ち上げられた。

「『はーい、僕やりまーす』」
「では刹那、お願いします」
「は?」
「影高野の僧兵達の実力はランクBのサイキッカー程度…まぁ中には手強い者もいるでしょうが、あなたの敵ではないでしょう。腕試し程度に行って来て下さい」
「あの……」
「だいじょーぶ、だいじょぉーぶ」 

 食事会の後半、あまり口を開かなかったブラドがばしばしと刹那の肩を叩いた。
 ガデスに付き合って紹興酒のボトルを開けているのは見たが、どこかで一線を越えたらしい。目がブッ飛んでいる。
 無駄かも知れないが一応聞いてみる。

「何が大丈夫なんだ」
「かげこうやにはぁ、おんなこども、いないからー。おじさんとかおじーさんばっかりだから、だいじょぉーぶ。おんなこども、ころすしごとじゃないからー」
「そ、そうか。気遣いありがとな」
「せつなぁ、がんばぁー」

 ばしばし。
 ブラドの荒っぽい励ましに、影高野が何だったか帰ったら調べよう、と刹那は思った。


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サイキ部屋
総合目次


 前回のエピソードで刹那がえらくヘコんでしまったので、立ち直ってくれるか心配だったのですが、なんとかここで立ち直ってくれてよかったです。
 んで、軍の…というかウォン&ブラドの目的も掘り下げて解説してみました。「力でなく話し合いで解決したい」の当たりは、キースとバーンもちょっと意識 してます。彼らはどの辺まで話し合ったのか不明ですが、結局暴力で決着をつけるしかなかった。けど、決着はつかずにキースの心に迷いだけが残ってしまった わけですよね。その辺の要素も搦めて話をかけたらいいなぁ思ってます。
 あ、あと皆でご飯食べてるシーンは書いてて楽しかったです!特に北京ダックの当たり。「カワカワ言うな!」の刹那の台詞は、自分で書いて自分でツボに入っちゃいました(笑)。