THE DARKNESS
EPISODE 10:西暦2012年7月31日 軍サイキッカー部隊施設


 影高野壊滅の任務から戻った刹那を出迎えたエミリオとガデスは、横にくっついて来た美少女に何とも言えない顔になった。
 額に大きな傷のある大男に羽の生えた冷たい眼の少年。
 二人の異様な風体に栞は刹那の後ろに半分ほど隠れていたが、仲間だと紹介されて安心したように前に出て来た。

「お初にお目にかかります。影高野の神妃、栞と申します」
「しんひぃ?」
「影高野の最高指導者なんだと」
「要するにすげー偉い巫女さんみてぇなもんか」

 可愛い妹をお披露目するような自慢げな顔をしている刹那を見てガデスは顔をしかめた。

「…で?お前はなんでまたその神妃様をこんなところに連れて来たんだ?自分の女にするためだとか言う気か?それならそれでいいんだが」
「馬鹿を言え」
「つかさ、影高野の僧は皆殺しにしろ、って命令じゃなかった?」
「僧兵は皆殺しにした。命令は完遂している、何も問題ない。…お前らと話しても時間の無駄だ、司令官かブラドはどこだ?」
「司令官は幹部会議に出席中だ。ブラドは今頃クリスとデート中だろうよ。大体、そんな重要人物連れてくるなら上のスケジュールは押さえておかないとトラブルの元だぞ」
「…そうか。どっちも邪魔は出来んな」

 ガデスの言葉の後半は刹那の耳には届かなかったらしい。
 大男の渋い顔を無視して刹那は栞を見遣った。

「話の分かる上は取込み中らしい。先に俺の個人的な用事を済ませるがいいか?」
「はい、結構です」
「個人的な用事って何」
「データ取りだ。面倒なことは先に片付けた方が良いだろう」
「今、研究所にクリスはいないよ?」
「別に構わん。データを取るだけなら下っ端でもできるしそんなに時間もかからないしな」
「お姫さん連れて行くのか?」
「貴様らに姫君を預けられるか」

 冗談まじりに笑って刹那は栞を促して研究棟に向かった。
 …神妃同伴の秘密兵器の姿にガデスとエミリオは漠然とした不安を感じた。

「刹那の奴、研究棟に影高野の神妃を連れて行ったらどうなるかちゃんと分かってるのかな」
「わかってねーだろ、あの様子じゃ」
「揉めそうな予感がすごーくするんだけど」
「予感じゃなくて確信だな、俺は」
「…どうする?」
「んー」

 ガデスはガリガリと頭をかいた。

「揉めると分かってて放置したことがばれたら俺らにもとばっちりが来るだろうなぁ」
「ったく。だからバカは嫌いなんだ」

 眉間に皺を寄せて吐き捨てるとエミリオは刹那の後を追った。ガデスも渋々と言った顔でそれに続く。

 

 

 ショッピングモールの中は賑やかな音楽が絶えまなく流れていて、携帯の着信音はよほど気をつけていないと気付かない。
 着信音が鳴った時に偶然にも携帯を手に取っていたのは何か予感があったからだろうか。
 着信画面の『エミリオ』の文字にブラドは微かな不安を感じた。

「もしもし?」
『ブラドさん、デート中にごめん』
「何かあった?」
『うん』

 短いエミリオの言葉の向こうから、刹那が何か喚く声が聞こえた。
 どう考えても平和的な雰囲気ではない。
 隣にいたクリスも心配そうな顔になった。

「刹那、帰還したんだ」
『そうなんだけど、帰還するなり研究所のお偉いさんと大喧嘩始めちゃってさ』
「喧嘩?」
『どっちもヒートアップしちゃってさぁ。ガキや傭兵が出しゃばるなとか言われて、僕もガデスも止められないから帰って来てくれないかな』
「…分かった」

 嫌な予感、最悪の形で的中。
 電話を切って、デートの中断を詫びようとクリスを見ると、穏やかな笑みが返って来た。

「刹那が来てから退屈しないわね」
「少しくらい退屈したいんだけどな」
「エミリオがあなたをわざわざ呼ぶなんてよっぽどよ。早く戻りましょ」
「そうだね。ごめんクリス、あとで埋め合わせするから」

 一瞬だけキスして、二人は急ぎ足に店をでた。
 …大急ぎで研究棟のデータ採取部屋に戻ると、いきなり刹那とお偉いさんが言い争う声が聞こえた。

「だから!栞はそんなことのために連れて来たんじゃないと何度言えば分かるんだ!」
「君もいい加減に自分の立場をわきまえたまえ!ここから先は我々の領域だ、君が口出しする筋合いはない!」
「貴様、誰に対して物を言ってるんだ!」
「それはこっちの台詞だ!私は少佐だぞ!言葉の使い方を考えたまえ!」

 刹那と言い争っているのは軍の研究所の責任者だ。人工サイキッカー部門所長のクリス・ライアン中尉より階級は二つか三つ上にあたる。
 少佐を相手に中尉の刹那がここまで食って掛かるとは余程の事があったに違いない。
 ヒートアップしている刹那と少佐、困惑気味のエミリオとガデス、おろおろしている研究所のスタッフ、そして、刹那が大事に抱きかかえている黒髪の少女を順番に見て、ブラドは仲裁に入った。

「二人とも、落ち着いて。何があったんです?」
「ブラド!良いところに来た。この石頭に説明してくれ、栞を研究材料にする理由はないってな!」
「キルステン大尉か。君からもガツンと言ってやってくれたまえ、いくら秘密兵器でもわがままが過ぎる!」
「何だと!?わがままを言ってるのはそっちだろうが!」
「刹那!ここはサイキッカー部隊の管轄外エリアだよ。階級が通用する場所だ」
「………」

 静かに諌められ、刹那はやっと口を閉じた。が、その眼は激しい嫌悪を孕んで少佐を睨んでいる。
 ブラドは刹那の影に隠れている少女に優しく声をかけた。

「君の名前は?」
「栞です」
「ひょっとして、影高野の巫女さんかな?」
「そのようなものです」
「そっか。いきなりびっくりさせてごめんね。今から皆に話を聞くからちょっとだけ待っててね」

 安心したように頷く栞に笑顔を見せて、ブラドは今度はガデスとエミリオを見た。
 カッカしている当事者同士に話を聞くよりこっちに聞いた方が早くて正確そうだ。

「何があったの?」
「その子、影高野の最高指導者の『神妃』ってやつなんだってさ。刹那が連れて帰って来たんだよ」
「神妃…。あ、刹那が言ってた『お姫様』ってその子か!」

 数日前の電話で確か言っていた、『お姫様を連れて帰る』と。
 あの時は言葉の意味を大して考えもせず軽く受け止めていたが、電話のあったタイミングは刹那が影高野を壊滅させた直後だった。
 少し頭を働かせれば気づけたのに。
 自分の落ち度に気付いてブラドは唇を噛んだ。
 ガデスがエミリオの解説を引き取った。

「刹公が喚き散らした内容を要約するとだな、軍と影高野の重要な話し合いの場から肝心カナメの神妃様はハブられてたらしい。で、その神妃様が今までの無礼 を詫びてきちんと話し合いをやり直したいとおっしゃったから、お望みを叶えて差し上げましょうと連れて来たんだと。この異能力研究所に」
「軍と影高野の話し合いは神妃不在でやってたの?」
「らしいな。んで…神妃いわく修行の旅に出ている僧兵もいるから、神妃を人質にしておけば連中のリベンジ防止にも脅して利用するにも使える、と刹那は主張してるわけだ」

 確かに一理ある。
 ブラドは考え込んだ。一理あるのだが、僧兵の取りこぼしの責任はサイキッカー部隊側にあるし、神妃と言う『高級素材』を研究所の少佐がすんなり諦めるとは思えない。
 エミリオが説明を続けた。

「で、任務を終えた刹那がデータを取るためにここに来たらクリスはいなくて少佐がいたわけ」
「少佐は刹那のお姫様が神妃だと聞いて、『そんな貴重な人材なら世のため人のため事細かに研究せねばなりません。だからこっちにお寄越しなさい』とおっしゃった。で、結果がコレさ」

 ヒートアップのし過ぎで顔を真っ赤にした少佐は刹那と栞を穴が開くほど睨み付け、刹那も怒りで文字通り眼の色が変わり、濃い紫色に染まった瞳で少佐を睨み返している。
 人工サイキッカーの改造手術の影響なのか、刹那の目は感情によって色が変わる。普段は濃紺だが、落ち込んだ時は色素が薄れて水色や空色に、逆に感情が昂った時は赤が混じって紫の色が強くなる。今の刹那の目が濃い紫と言うことはつまり、彼は相当怒っていると言うことだ。
 その目を見て、ブラドは刹那が大事に抱えている少女を見た。
 エミリオとガデスがそっとブラドに耳打ちした。

「あの子、刹那に結構懐いてるぽいんだよね。刹那も情が移っちゃったみたいでさ、どーのこーの言ってるけど、要するに自分の可愛いペットを連中の玩具にするのが我慢できないんだよ」
「俺は代償行為じゃないかと思ってるがな。刹公は研究所のサイキッカーには手も口も出せないからな、せめて自分が連れて来た神妃は守って自分を納得させたいんじゃねーの?」
「…そう、か……」

 ブラドは眼を伏せた。
 前回の任務で超能力研究所の実体を知った刹那は、それを許せない感情と否定できない立場の折り合いを自分の中でうまくつけられずにいた。
 理想のための犠牲だと割り切って眼を閉じられるようになるまで、ブラドも長い葛藤の時間があった。
 だから、今の刹那の気持ちは痛いほど分かった。
 クリスが心配そうに見ているのに気付き、ブラドはそっと微笑んでみせた。
 大丈夫、何とかするよ。だって刹那は僕の仲間で、親友なんだから。
 ブラドは顔を上げて少佐に歩み寄った。

「少佐。私の部下が御無礼を言って大変失礼致しました」
「全くだ。ウォンに伝えておきたまえ、部下の教育をきちんとしろとな!」
「承知しました。後ほど、私からも厳に注意しておきます。申し訳ありませんでした」

 ブラドが素直に謝ったので、少佐は多少怒りが静まって来たらしい。
 ふーっと息を吐いて、片手を出した。

「では神妃をこっちによこしたまえ」
「それは承服致しかねます」

 少佐が眼を剥いて、刹那も多少驚いた顔をした。
 断る。
 神妃を差し出せと言う少佐の命令に、大尉のブラドがそう言ったのだ。
 少佐の顔にまた赤みが戻って来た。

「私の聞き間違いかね?君は今、神妃の引き渡しを拒否したようだが」
「はい」
「キルステン大尉。私は少佐だぞ?君まで上官命令に逆らうと言うのかね」
「いいえ。ただ私の一存ではお返事を致しかねるのです」
「何?」
「影高野壊滅と神妃確保の指示を出したのはサイキッカー部隊の少佐。ウォン少佐の命令によって確保した神妃を、管轄を越えて研究部門に引き渡す権限は、私は持っておりません.。失礼ながら少佐も、サイキッカー部隊に干渉する権限はお持ちではないはず」
「う………」

 ブラドの言葉は冷静かつ論理的で反論の余地はなかった。
 少佐が怯んだところにブラドは一気に畳み掛けた。

「幸い、サイキッカー部隊の幹部会議はそろそろ終わる時間です。ウォン少佐に連絡を取りますので、少々お待ち頂けますか。ウォンが神妃を引き渡せと命令すれば私達が拒否する理由もありませんので」
「う…うむ、では、急ぎたまえ」
「では電話をお借りします。…刹那」

 ブラドは刹那を促して部屋の隅に連れて来た。
 片手で電話を取り上げ、片手で刹那の胸倉を掴んで引き寄せて囁く。

「びっくりしたよ本当に!トラブル起こすならまず僕を呼んでからにしてよね」
「悪い。いきなり栞を研究するから寄越せ言われて、カッとなって」
「そういう時は伝家の宝刀『上の判断を待つ』で押し切って!とにかくウォンにも頼んでみるけど、あんまり期待はしないでよ」
「…すまん」

 さすがの刹那もブラドに迷惑をかけたので申し訳無さそうな顔になった。
 …電話に出たウォンにブラドが事情を話すのを刹那は横で聞いていた。自分が少佐に暴言を吐いたのを差し引いても分が悪いという雰囲気は伝わって来た。
 何やら相談していたブラドは受話器を差し出した。

「ウォンが話したいって」
「刹那です」
『話は聞きました』
「…申し訳ありません」
『全く…本当に、あなたの行動は私の予想の外側を行きますね』

 電話の向こうでウォンは少しだけ笑った。

『はっきり言います。神妃を研究材料に全く使うなというのは無理です。私が許可しても大佐や少将が認めないでしょうからね』
「………!」
『神妃を無傷で連れ帰ったあなたの手柄と希望を考慮する形で、研究材料としての利用は最小限に留め他の使い道を考慮する…という筋書きで交渉します。これが我々が要求できるギリギリの線です。いいですね』
「はい」

 刹那は短く答えた。
 …自分でも分かっている。
 栞を研究所に差し出したくないのは自分のわがままだ。
 しかし理屈ではわかっても納得できない感情がある。
 ウォンは静かに続けた。

『幸か不幸か、話し合いの場には少将が同席して下さるそうです。少将達『軍服組』とあなたが揉めた研究所の『白衣組』は仲が悪い。ですから、少将をうまく味方につけることができれば、ある程度こちらの要求を通せるかも知れません』
「少将を味方に…ですか」
『しかし彼らに取っては私達サイキッカーも好ましい存在ではない。その点は十分に考えておいて下さい』
「分かりました」

 刹那は苦い思いで受話器を戻した。

 

 

 栞はクリスに預けて、刹那とブラド、少佐はウォンがいる会議室に向かった。
 一兵士だった時の癖で刹那が律儀に敬礼すると、少将は笑みを浮かべた。

「久しぶりだな、刹那。ウォンから話は聞いたが、君も話題に事欠かん男だな」
「お騒がせして申し訳ありません」
「騒がせたレベルの問題ではありませんぞ!」
「まぁとにかくかけたまえ。茶くらい飲んで落ち着くといい」

 部下に紅茶を用意させて、少将はおもむろに口を開いた。

「神妃の扱いだが。サイキッカー部隊は『影高野の残党に対する抑止力』、研究所側は『研究素体』として主に使用したいと主張している。合っているかね」
「その通りです。刹那がほぼ無傷で帰還したところを見ると、実力者の高僧は影高野にいなかった可能性が高い。ノアだけでなく影高野の僧兵まで敵に回すのは如何なものか…むしろ神妃を人質に取り、彼らを味方につけて利用した方がよろしいのではと」
「影高野を壊滅させたのが軍だと連中に知られなければ良い話。御自慢の秘密兵器がまさか証拠を残して来たはずもないでしょうからな。むしろ影高野の神秘の力を解明する方が何倍も有益です。それに」

 研究所の少佐はウォンの言葉を真っ向否定し、凄まじい憎しみのこもった眼で刹那を睨んで指を突き付けた。

「この男は己の『秘密兵器』の肩書きに思い上がっている様子。我が侭を言っても大尉や少佐が出て来て叶えてくれると考えているから階級が上の者にも噛み付いて無礼な事が言えるのです。そろそろ自分の立場と言うものを理解させねば!」
「…君は少佐に暴言を吐いたと報告を受けたが、事実かね」
「はい」

 刹那は正直に頷いた。
 睨み付けて来る少佐を睨み返す。

「帰還してデータを取りに行くなり、『その娘は何だ、影高野の神妃?それは研究せねばならん、早くよこせ』と言われまして。話も聞かずにそれはないだろうと、つい感情的に」
「はははは、正直でよろしい。軍の秘密兵器たるもの、そのくらいの剛胆さと血の気がなくてはな」
「少将!笑い事ではありませんぞ!上官に対する無礼な発言、厳重に処罰して頂かなくては下の者に対する示しがつきません!力を振り回すことしか知らない現場の馬鹿はこれだから困るのです!」
「理屈を振り回すことしか出来ない頭だけの馬鹿が何を…」
「刹那!」

 ブラドに止められて刹那は仕方なく口を噤んだ。
 研究所の少佐は苦々しい顔をしているが、少将はむしろ小気味良さげに笑うばかりで刹那をたしなめる様子はない。
 上司と言うのは、冷静で有能な部下よりも熱血で馬鹿な部下の方が可愛いものなのだ。
 ウォンはじわりと反撃に出た。

「時に少佐。ずっと気になっていたことがあるのですが」
「何だ!」
「刹那の帰還時のデータは取られましたか?」
「何故私がそんなことを。刹那の管理は、ライアン中尉の仕事だろう」

 罠にかかった。
 ウォンはうっすらと微笑んで獲物を追い詰めはじめた。

「確かに、刹那の管理責任者はライアン中尉です。しかし彼女は今日はお休みを頂いておりまして…ですから少佐が研究棟にいらしたのですよね?刹那が帰還し た時は彼女は私用で外出しており、研究棟にはいなかったのです。立場的に刹那のデータを取れるのはその場には少佐しかいなかったはずですが、今『何故私が そんなことを』とおっしゃいましたね」
「だから何だ」
「これはつまり、影高野壊滅と言う重大任務を終わらせた後の刹那の貴重なデータを取り損ねたと理解してよろしいでしょうか?」
「…………」
「これは上官に対する暴言とは比べ物にならない失態ではないかと存じますが。いかがでしょう、将軍?」
「『力を振り回すことしか知らない現場』の刹那は影高野を壊滅させた上に神妃を無傷で連れ帰った。『理屈を振り回すことしか出来ない頭だけ』の君は神妃に気を取られて貴重なデータを取り忘れた。…はて、そうなると馬鹿はどっちかね?少佐」

 白衣の少佐の顔から血の気が引いて、額に玉の汗が浮き、目に見えてガクガクと震え始めた。
 刹那は思わず会心の笑みを浮かべた。
 テーブルの下でブラドと手をそっと撃ち合わせた。

(まだ安心しないで。君の暴言は不問になったけど、栞ちゃんの安全はまだ確保されてない)

 手が触れた一瞬に流れ込んで来た言葉に刹那は慌てて笑みを引っ込めた。
 処分は追って通達すると告げられて、幽霊のように呆然としたまま研究所の少佐が会議室を出て行った。
 少将はテーブルの上で手を組んで口を開いた。

「さて、理屈馬鹿が消えたところで本音を聞こうか。神妃を研究材料にするのを反対する理由は何だね?先ほど言っていた人質云々は建て前だろう。影高野の高僧など今の君達には取るにたらない存在のはず。そうだな、ウォン?」
「おや、お見通しでしたか」

 ウォンは全く動揺するふうもなく穏やかな笑みを浮かべたまま答えた。

「正直言いますと私も神妃を研究材料にするのはやぶさかではありません。しかし研究所の人間が我々の領域まで踏み込んで来るのは不愉快でしてね。あちらが研究材料にしたいと言い、私の部下がそれは嫌だと言ったから部下の味方をしただけですよ」
「では私が『神妃を研究材料にしろ』と命令したらどうするのかね」
「なんとか御容赦頂けませんか、とお願い致します。可愛い部下の頼みですので」
「今回の件、事の発端は刹那だったな。君が神妃をかばう理由は何だね」
「…深い理由はありません。サイキッカーでもない子供を研究に使うのが不愉快だっただけです」
「それだけか?」
「数日一緒にいたせいか懐かれてしまいまして。懐かれれば可愛く思えて来るのが人の性…あんなところに放り込むのは不憫に思えて」

 刹那がボソリと答えると、少将は意外そうな顔をした。

「人を捨てサイキッカーになった君が『人の性』と言うか」
「お言葉ですが少将、俺は人の体は捨てましたが人の心までは捨てていません」
「これは面白い。人を捨てた秘密兵器が『自分は人の心を持っている』と言うのか」
「一時的に切り捨てることがあっても、完全に捨ててしまってはそれは機械と同じではありませんか?」
「ふむ…なるほど、なるほど」

 少将はしきりに何度も頷いた。
 その目に一瞬とても冷たい光が宿ったように見えて刹那は漠然と嫌な予感がした。

「人工サイキッカーは機械ではない、だから心がある…非常に興味深い」
「………」
「聞いた話では影高野の神妃には強力な癒しの力があるらしい。治癒能力を持つサイキッカーが死んで医療班の人手が足りないと報告を受けているので、暫定的 にその穴を神妃に埋めてもらうと言うことで手を打とう。補充要員が来た後どうするかは君達の働き次第…ということでどうかね?」
「有り難いお話です」
「寛大な対応に感謝致します」
「異存ありません」

 状況を考えれば十分な結果だろう。
 3人の言葉に少将は満足げに頷いて立ち上がった。
 さっき感じた嫌な予感は杞憂だったようだ。ほっとした刹那は先に立って会議室のドアを開け彼を送りだそうとした、その時。
 少将がさり気なく刹那を振り返った。

「時に刹那、つかぬ事を尋ねるが」
「はい」
「ウォンとブラドが国軍を裏切ったら、君はどちらの味方に付くかね?」
「!?………」

 刹那は言葉に詰まり。
 瞬時に返事ができなかったことが答えになった。
 少将は口元は穏やかに微笑んだまま冷たい目を彼に向けた。

「君が国軍に忠誠を誓う限り、神妃の身の安全は十分に考慮しよう」
「………」
「刹那中尉、私の期待を裏切らないでくれたまえよ。人の心が捨てられない君が神妃を見捨てるなどあり得ないと思うがね」

 言葉を失う刹那を一瞥して少将はゆったりとした足取りで会議室を出て行った。
 その後ろ姿を見ながらウォンが苦く吐き出した。

「流石は将軍まで上り詰めた方。一枚上手でしたね」
「栞ちゃんを人質に取るなんて、やっぱり僕達のこと疑ってたんだ…」
「あの…糞野郎!!」

 刹那が会議室のドアを力任せに叩いた。
 銀の腕輪がドアにぶつかり、場違いに涼やかな音が廊下に響いて消えた。


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サイキ部屋
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