THE DARKNESS
EPISODE 11.5:西暦2012年8月10日 街のファミリーレストラン


 ピンポーン。

「はーい、御注文お伺いしまーす」

 呼び出しのベルの音に青い髪の少女…パティは明るい笑顔で答えた。注文を受けるハンディタイプの機械を持って小走りにテーブルに向かい、オーダーを受ける。
 ポポーン。
 オーダーをキッチンに送ると同時に料理の出来上がりを知らせるチャイムが鳴って、すぐに受け取り口に向かった。
 焼き立て熱々のグラタンをトレイに乗せて『配達先』を確認しているとキッチンから店長が顔を出した。

「パティ、今日はちょっと忙しいから、30分仕事の延長、いいかな」
「はぁーい、大丈夫ですよっ!」

 パティはにっこり笑って頷いた。
 安宿を転々としながら母を探す当てのない旅で見つけた『無料まかない(しかも二人分)つき』の貴重なバイトだ。30分の仕事の延長なんて全然苦じゃない。むしろ給料が増えて有り難いくらいだ。
 今日のまかないは包んでもらって公園にでも行こうかな。
 彼女の帰りを待っている少年を思いながら彼女は慎重にグラタンを客席に運んだ。

 

 

 その頃。
 パティの連れ、サイキッカーハンター・マイトは街の図書館にいた。『マイト』という名前と『サイキッカーを狩る使命』以外の記憶全てを無くしてしまった彼は、毎日のように図書館に通っては世界のことを学んでいる。
 主に読むのは新聞や情報雑誌なのだが、今日はファッション雑誌を読んでいた。
 雑誌のコンセプトには全く興味がなかったが、表紙に写っていた金髪の男に奇妙な懐かしさ…パティに初めて会った時に感じたそれに通じる…を感じて、思わず手に取ってしまったのだ。

(キルステンブランド…キルステン…ブラド・キルステン…。刹那……)

 何かが引っ掛かる。
 その名前を聞いたことがあるような。それが誰か知っているような。いつ?どこで?
 どんなに自分に問いかけてもマイトの頭の中は真っ白で、何も答えてくれなかった。
 もどかしさに髪を掴んだ時、彼の後ろを少女が通り過ぎた。
 …マイトは顔を上げて少女を見た。
 長いピンク色のお下げ、緑の帽子とジャケット、赤い服、そして強力な風の匂い。

(サイキッカーだ)

 雑誌を閉じて立ち上がったその眼にはもう感情と呼べる色は無い。
 マイトは雑誌をラックに戻して緑の少女の後を追った。

 

 

 尾行されていることは気付いていたのだろう。
 少女は人気の少ない路地裏へ、そして廃工場跡地へと入って行った。
 …マイトと対峙しても彼女は臆した様子は見せなかった。今まで狩って来た獲物とはレベルが一つ二つ違う。
 吹き抜ける風に髪を揺らせて少女は問うた。

「あなた、誰?私に何か用?」
「お前はサイキッカーだな」
「…だとしたら?」

 マイトは右腕に稲妻を集めた。舌は勝手に言葉を紡ぐ。

「サイキッカーは…全て狩る!」

 

 

 

 パティはタイムカードを押すと、包んでもらった二人分の弁当を持ってうきうきと店を出た。

(きっとマイトもお腹空かせて待ってるわ。早く帰ってあげないと)

 店を一歩出た途端、彼女の笑顔は凍り付いた。
 太陽光に透き通る白い翼。さらさら流れる翠の髪。マイトのそれよりも冷ややかな眼。緩く歪んだ微笑みを浮かべる唇。
 軍属のサイキッカーが纏う制服。

「やぁっと来たぁ。待ちくたびれちゃったよ」
「………」
「パトリシア・マイヤースだね。一緒に来てもらうよ」

 翼の少年の言葉に反射的に後ずさった。
 震える声を押し出す。

「…嫌です」

 その言葉を聞いた途端、少年の表情が一変した。

「一緒に来いって言ったろ?素直に言うこと聞かないと、どうなっても知らないよ?」
「………」
「殺しちゃ駄目って言われててさぁ、つまんないんだよね。僕の連れがすぐ戻ると思うから、話はそいつから聞きなよ。何か、ハンターに会いたいんだってさ」
「どうしてマイトに…?」
「うるさいなぁ。お前は黙って言う通りにすればいいんだよ!」

 乱暴に手を掴まれた。
 体の震えが止まらない。

(マイト、助けて、マイト…!)

 マイトに向かって必死に呼び掛けた。今の彼女にできることはそれしかなかった。

 

 

「吹き飛べぇ!」

 風の少女が竜巻きを起こす。
 マイトは冷静にそれを躱し、稲妻の剣を握って無防備な側面から斬り掛かった。追い討ちをかけるために間合いを詰める。
 殴り掛かると見せ掛けて背後に回り込んだ。咄嗟に身を守った少女の背中から体当たりし、彼女が緊急回避に展開したバリアを砕こうと右手に力を込めた時。

(マイト、助けて、マイト…!)

 パティが助けを求める声が聞こえて顔を上げた。
 急に動きを止めたマイトに、風の少女が怪訝そうな眼を向けていた。
 パティに何かあった、その事実一つで十分だった。
 結界を解いた。

「命拾いしたな」

 短く言ってパティの声がした方に向かって飛び立った。

 

 

 助けを求める声は彼女が働いているレストランから聞こえた。
 店の入り口近くに人が大勢集まっていて、パティの周囲だけぽっかりと開いていた。いや、正確にはパティの隣にいる紫の服を着た少年の周囲だ。
 マイトは二人の前に舞い降りた。

「マイト!」

 パティはほっとしたように微笑んで、彼女の手を掴んでいた冷たい眼の少年が不快そうな眼を向けて来た。

「誰だお前は」
「それはこっちの台詞だ。パティに何をしている?」
「軍に連れて行くんだよ。ハンターも一緒にね」
「…俺も?」

 マイトの言葉に翼の少年は眼を見開き、冷たく…ひどく楽しそうに笑った。

「なぁんだ、お前がハンターか。迎えに行く手間が省けたよ。じゃ、そういう訳だから一緒に来てもらうよ?」
「ふざけるな」
「あれぇ?そんなこと言っちゃって、いいのかな?」

 少年の笑みはますます冷たく、深くなった。

「パトリシアは殺すなって言われてるけど、ハンターは殺してもいいって話なんだよね。抵抗するなら、殺しちゃうよ?」
「やってみろよ…できるものならな!」

 どこか常軌を逸した哄笑と共に翼の少年が結界を張り巡らせた。
 同時にマイトも稲妻を纏って襲い掛かった。

 

 …手強い相手だ。
 さっきの風の少女より遥かに場数を踏んでいる。命の取り合いをした回数が違う。久々に緊張を強いられる相手だった。
 少年の放つ光の奔流を潜り抜け稲妻の剣を掴む。少年が両手に光を集め、放とうとしたその瞬間。

「エミリオー!!」

 叫び声に少年がビクリとした。その一瞬の隙に剣を一閃する。辛うじて回避行動を取った少年の手首を剣先が掠めて鮮血が舞った。
 間合いが離れ、マイトはちらりと声の主を見た。
 …さっきの風の少女だ。どうやらマイトを追い掛けて来たようだ。
 マイトにはどうでもいいことだったが、目の前の少年は違ったらしい。
 少女の姿に目を見開き、明らかに動揺していた。
 風の少女は更に言葉を続ける。

「良かった…生きてたのね、エミリオ。会いたかった、ずっと探していたのよ」
「…誰だお前は」
「何を言ってるの?私よ、ウエンディーよ?分からないの!?」
「僕はお前なんか知らな……うっ」

 マイトに殴り飛ばされた少年が結界に叩き付けられ、凄まじい憎しみのこもった眼を上げた。

「痛いな…痛いよ…」
「エミリオ!エミリオぉ!」
「うるさいよ!」

 エミリオと呼ばれた少年が光の矢をつがえたが、マイトは簡単に躱して間合いを詰めた。
 …風の少女に動揺したのか、ほとんど苦し紛れに両手に力を集めたところを殴り掛かった。結界まで弾き飛ばして電撃の檻を放つ。躊躇うことなくエミリオを閉じ込めた三角錐を爆発させた。
 ぐらり、傾いて地面に少年が倒れ、彼が張り巡らせた結界も消えた。
 とどめを差すべく、マイトは片手に稲妻を集めてエミリオに近付いた。

「やめて、エミリオを殺さないで!」

 風の少女がマイトに縋り付き懇願したが、物も言わずに殴り飛ばした。
 エミリオに向かって一歩踏み出したその瞬間。
 強力なサイキッカーの気配を感じて振り向いた。
 軍の紋章が刻まれた深紅の腕章を付けた白い軍服の男が舞い降りて叫んだ。

「全員、動くな!」

 声の主を見た途端、マイトの心が震えた。
 その髪、その眼、その顔、その声…。
 どうして。どうして、ここに。

「刹那…?」

 知らず、言葉が漏れた。


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サイキ部屋
総合目次


 ようやく主人公+ヒロイン登場。完全刹那視点で話を書いていると、「その時別の場所で何があったのか?」が全く分からないので、マイト+パティ視点の話を入れました。
 そしてそしてようやくマイトと刹那の邂逅をかけた!別の意味での運命の出会い。マイトと刹那の関わりは、この小説の中で、私が一二を争うくらい好きなエピソードなのでここまで来れて嬉しかったです。