THE DARKNESS
EPISODE 13:西暦2012年8月22日 国立超能力研究所


 刹那は走った。
 廊下を抜け、階段を上がり、部屋から部屋に通り抜け。
 追って来るものを振り切らないようペースを調整しながら走り、袋小路に誘導した。

「ターゲットを確認。降伏の意志は無いとみなし攻撃を開始する」

 御丁寧に解説をしてからサイボーグはミサイルを発射した。
 誘導性能のあるそれを振り切りつつ刹那はサイボーグの背後に回り込むようにして袋小路を抜け出した。階段を上がり踊り場で待つ。
 重たい足音と共に追って来たサイボーグが彼に向かってロケットパンチを撃った。
 難無くバリアでしのいで階段を駆け降りる。
 サングラスの赤い光が動く。
 撃った腕が戻るまで動けないのはロボットのお約束だ。
 片腕を上げたままのポーズで固まっているロボットの下で一瞬足を止め、刹那は何もせず走り抜けた。
 …刹那と新生ノアの対サイキッカー用サイボーグαの『鬼ごっこ』が続いている。

 

 

 ことの次第は数日前。
 例によっての幹部会議でウォンが任務を言い渡したのだが、今回は普段と少しばかり違っていた。
 超能力研究所の『防衛』ではなく『襲撃』だという。
 つまりは新生ノアの仕業に見せ掛けて職員を始末し、拘束されているサイキッカーを引き上げて欲しいらしい。

「この研究所の職員達が、貴重な研究データを某国に売っていたことが判明しましてね。『命はお金では買えない』ということを教えて差し上げろと御命令が下った訳ですよ」
「命の大切さを命と引き換えに教えてやるなんて、上の方は意地が悪くていらっしゃるなぁ」
「要するに見せしめにしろって言うことでしょ」
「但し、ノアが襲撃するという情報も入っていたのでそれなりに手応えはあるとと思いますがね」

 任務に立候補したのは刹那、ガデス、エミリオの3人。てっきりセカンドも名乗りを上げると思ったのだが、ブラドは「ヒトを殺すのは嫌だから」と辞退した。
 そしてチームワークとは程遠い3人組が、表向きは『研究所防衛』任務という名目で研究所にやってきたのだ。

 

 

 軍属は3人、ノアは4人。いくら『秘密兵器』刹那でも人数の関係でノア幹部と出くわしたら戦いを避ける訳には行かない。しかし敵にはできるだけ情報を与えてはならない。
 面倒な条件付きの彼が出くわしたのがサイボーグαだったのはある意味幸運だった。
 …そろそろ鬼ごっこは終わりだと判断した刹那は、吹き抜けのホールにαを誘導した。
 堅固な超能力研究所は、情報漏洩を防ぐためにサイキックパワーだけでなく大概の電波を遮断する造りになっている。
 案の定、αは使い物にならない通信機の電源を落とした。
 元はと言えば軍が作ったサイボーグ。多少改造されたとは言え、どのような機能を持っているか、どこにデータを保存する部品があるかは刹那は把握していた。さっきの鬼ごっこでボディをざっとチェックしたが、基本構造は同じのようだ。
 αの目の部分が赤く光った。

「軍サイキッカー…消去する」
「フ…鉄屑の分際で俺を消去するとはよく言ったものだ」

 冷たく笑い、結界を張り巡らせた。
 先に仕掛けたのは刹那だった。
 闇の塊をαに向かって放つ。蝙蝠の形をして飛んだそれがサイボーグを追い掛ける。愚鈍に動いて振り切ろうとする先にダガーズシャドウを放った。
 その巨体にナイフが刺さり、装甲が砕けた。

「ノープロブレム」

 合成音声を吐き出しサイボーグは手榴弾を投げ付けて来た。
 直撃は避けたが爆風に煽られ、バリアで防いだまま結界の隅まで飛ばされた。
 αが間合いを詰めて来るのが見えて舌打ちした。
 サイボーグの右腕の電圧が上がる。
 刹那はじわりと後ずさった。放電の間合いが劇的に伸びていなければスタンコレダーの射程外になる。
 放たれた電気は彼の鼻先を掠めただけだった。

(やはり昔のデータと大差は無いか)

 含み笑い、両手に闇を集めた。
 強力な電気を放出するα目掛けてブラックサンを放つ。
 放電を丸ごと呑み込んで闇がサイボーグを襲い、爆発した。ワーニング!吹っ飛ばされたαが展開した回避バリアに右腕を叩き付けて破壊する。
 流石に機械と殴り合う気は無い。刹那は深追いはせず間合いを離した。
 大勢を立て直したαが膝を曲げた。
 ガシャ!
 その音が聞こえると同時に刹那はダークウェッジを放っていた。
 αの膝から撃たれたミサイルは槍の1本と相打ちして砕け、もう1本の槍はサイボーグの胴体を貫いて消えた。
 バチバチと火花を散らしながらサイボーグは半ば落ちるように床に着地した。

「ボディに重大な損傷…緊急時モードに移行、ただちに帰還する…」
「哀れなものだな…ノアの道具にまで成り下がったか」

 プログラムを吐き出すαの前に降り立ち、ぎしぎしと動くそれを見下ろして呟いた。
 今でこそ『α』と呼ばれているが、もともとは彼と同じ国軍の軍人で、ノアに妻子を殺された恨みからサイキッカーへの復讐のために己の体を改造したと聞いていた。その結果がノアの道具とは。
 動きの鈍ったサイボーグのハッチを開き、そこに内蔵されていた機械の一部を抜き取った。戦闘データを保管する部品で間違い無い。
 刹那はその部品を踏みつぶして壊した。これで、αと戦った時のデータは全て消失し、秘密兵器の情報はノアには渡らない。

「気を付けて帰るんだな」

 思い遣り溢れる言葉をかけて部屋を出た。

 

 

 αは無力化させたがどこでノアのサイキッカーが見ているか分からないので、念のため刹那は両手に銃を持って研究所の中を進んでいた。
 人間相手なら普通の銃で問題ないし、ランクの低いサイキッカーなら対超能力者用の銃で十分対応できる。
 ガデスやエミリオはそれぞれノアの幹部と出くわして…と言うより自分から探しに行ったのだろうが…交戦中らしい。結果、手の開いている刹那が職員抹殺と研究サンプルのサイキッカーを引き上げる仕事を引き受ける形になった。
 実は自分は結構勤勉なのかも知れない。
 そんなことを考えながら部屋のインターフォンを押した。

「軍属サイキッカー部隊、中尉の刹那だ」

 面倒なロックをこじ開けなくても、名乗るだけで簡単に扉が開く。
 肩書きとは便利なものだ。
 部屋の中には研究用サイキッカーと研究所職員が数名ずつ。サイキッカーは刹那の姿に戸惑い、職員達は安堵の表情を浮かべた。

「中尉殿!助かりました、ノアの連中が暴れているようで他の部屋に避難していた者が何人もやられているのです」
「情報も錯綜していて、中尉殿に殺されると連絡していた者もいる事態で」
「悪いな、それは事実だ」

 刹那は銃を研究員に向けた。

「え?」
「ここの情報が幾らで売れたのかは知らんが…命より高かったのか?」
「何の話か…」
「お前達は蚊屋の外だったのか?だったら御愁傷様と言うやつだ」

 刹那は銃の引き金を引いた。
 銃を抜いて応戦しようとした職員もいたが、安全装置が外せずにもたついている間に頭に風穴を開けられて呆気無く倒れた。
 床に広がる赤い血溜りに軍靴を濡らしながら刹那はサンプル達に目を向けた。

「お前達の身柄は軍が預かる。指示に従って外に…」

 不意に背後に強力なサイキックパワーを感じ、刹那は振り向いた。
 人間だった時の癖で銃口を向けた先に立っていたのは。

「お前は…」

 意外な姿に眼を見開いた。
 アイスブルーの眼、氷の色の髪、青い服、その肩に刺繍されたノアのエンブレム、身に纏った凍り付く空気。
 総帥、キースだった。
 彼は抑揚のない声で言った。

「銃声がしたから来てみれば…まさか軍のサイキッカーが研究所の職員を始末していたとは」
「…軍にも色々と事情があるのでな」

 微妙な間合いで二人は対峙した。
 キースは床に転がった人間の死体を見、怯えているサンプルの子供達を見、刹那を見た。
 軍属のS級サイキッカーだと言うことは分かる、しかし逆に言えばそれしか分からない、キースにとっては全くの未知の敵。しかも狭い部屋の中で本来ノアが救出するべき研究用サイキッカーがいる。この場所で闘りあえば巻き込んでしまう可能性が高い。
 戦うべきか否か決めかねているのだろう、と刹那は思った。
 キースの様子を伺いながらテレパシーを飛ばした。

(ガデス、エミリオ)
(何だよ、人がせっかくいい女と遊んでる時に。邪魔すんじゃねぇよ)
(僕は今すごく気持ちいいんだ。放っといてくれよ)
(キースと接触した)
(ンだと!?)
(…………!)
(戦闘になるかどうかは不明。以上だ)

 伝えることだけ伝えてテレパシーを遮断した。
 慎重に目の前の相手の様子を伺うが、明確な敵意や殺意は感じない。
 …と、キースが口を開いた。

「刹那…。能力の波動を感じないところを見ると、さしずめ軍の人工サイキッカーというところか」
「!」
「何故自分の名前を知っているんだ、と言いたげな顔だな」

 言葉は静かで、表情は動かない。

「これでも世の中の情報は集めている。君のことも多少は知っている…ブラドの友人だと聞いた」
「………」
「間違い無いだろうか?」
「…だったらどうだと?」

 敵、しかも青二才に『君』と呼ばれて正直不愉快だったが、そこに怒るのも器が小さい気がした。不快感を表すために、事実上の肯定ではあったが、質問に質問で答えると。
 冷たく凍り付いたキースの眼にわずかに感情が見えた。

「彼は軍でどうしている?」
「どう…とは」
「彼を知るノアの同志の中には、『ブラドはウォンに騙され、利用されているのだ』と叫ぶ者がいる。しかし私はそうは思わない。彼は自分の意志でノアを…私を捨て、ウォンと手組む道を選んだと思っている。友人の君から見て、どう感じるだろうか?忌憚のない見解を聞きたい」

 こいつはブラドを今でも心配しているのか。
 その事実が刹那の考えを軟化させた。
 嘘を言う必要も感じなかったので正直に答えた。

「司令官とブラドは対等な立場で信頼関係を築いている。昔のブラドがどうだったかは知らんが、今の奴はセカンドともうまくやっているし…ノアを捨てたのも自分の意志で間違い無いだろう」
「そうか…では彼は今、軍で幸せにやっているということか」
「幸せと言う言葉が適当かどうかは分からんが、楽しそうにしているな。友達も…恋人も、いることだし、辛そうな顔はほとんど見た事がない」

 刹那の返答にキースはわずかに驚きを浮かべ、複雑な色をたたえた眼を伏せた。

「ブラドは、殺人鬼であるもう一人の自分に苦しみ私に救いを求めて来た。しかし私は、その場凌ぎの対策しか出来ず、そればかりか彼の力をノアの理想に利用 した。彼に『キース様は人類を滅ぼしてサイキッカーの理想郷を作るとおっしゃいました。それはつまり、僕を研究所から守ってくれた恩人である祖父や叔父を 殺すと言うことですか?』と尋ねられて私は答えられなかったと言うのに…」
「………」
「愛想を尽かされて当然だな」
「ブラドはまだお前のことを『キース様』と呼んでいる」

 ノアの総帥を相手に何故こんなことを言うのか、自分でも分からなかったが刹那は言葉を続けた。

「あいつは言った、『全てのサイキッカーに自由と平和を、というノアの理想には共感している』と」
「では、ブラドがウォンと手を組んでやろうとしていることは…」
「キース様!」

 生真面目な男の声に二人の会話は遮られた。
 キースの後ろに現れたベルフロンド兄妹の姿に、刹那は一気に緊張した。
 迂闊だった。
 彼が仲間に連絡したように、キースも仲間に敵との接触を連絡したのだろう。そして忠心深い二人は総帥の身を案じて駆け付けたと言う訳だ。
 自分は狭い部屋の中、部屋から廊下に続く扉の前にはキースとベルフロンド兄妹。最悪の状況だった。
 総帥の後ろに控えた二人が刹那を見て訝しげな顔になった。

「…この男は軍のサイキッカーですか?」
「人工サイキッカー、刹那…だろう」
「へぇ。人間を改造してまで手駒を増やそうなんていかにもウォンのやりそうなことね」
「軍のお下がりを利用している貴様らが言っても滑稽なだけだな」
「この状況でよくそんな口が利けますね」

 カルロの言葉にぐっと詰まった。
 3対1。有利不利の話は通り越し、命を落とさずに逃げられるかどうかのレベルだ。
 部屋にいるサイキッカーを人質にしようかとも思ったが悪足掻きにしかならないと思ってやめた。
 刹那は目の前の敵を見据えた。
 どうせ生きて帰れぬのなら、せめて誇り高く。
 持っていた銃を捨て、右手に力を集めかけたその時。
 ドォォン!!
 耳をつんざく轟音と共に背後の部屋の壁が崩れ落ち、その隙間から光の矢が飛んで来た。
 刹那の軍服の襟を切り裂き、キースの頬を掠めて光の矢が消える。
 ベルフロンド兄妹の顔が憎悪に歪んだ。

「おやぁ?これはこれはキース様。まだ生きてらしたんですかぁ」

 場違いに呑気な声で葉巻をふかしながらガデスが姿を見せた。続いて仏頂面のエミリオも。
 仲間の到着に不覚にもほっとして、ほっとした自分に刹那は少し腹を立てた。
 が、ベルフロンド兄妹の立腹は『少し』では無かったらしい。レジーナはキリキリと眉を釣り上げた。

「ガデス!裏切り者がどうなるか、分かってるんだろうね!」
「ん?どうなるってんだ?」
「エミリオ!どうして軍などに…ブラドさんも君もウォンに騙されているのです!」
「うっさいなぁ、またそれかよ」

 ガデスとエミリオは刹那の両側に歩み出てノアの幹部と対峙した。
 状況が五分以上に持ち直したので刹那も余裕の笑みを浮かべて腕を組んだ。

「フ…いくら総帥に理解があっても幹部がこんな石頭ではな。ブラドがノアに愛想を尽かす訳だ」
「あなたにブラドさんの何が分かるのです!」
「色々と分かるが?奴の希望、願望、目的、ウォン司令官とツルんでいる理由、ノアを捨てて軍に来た理由…。お前にはそのどれか一つでも分かるのか?」
「あなたは分かっている『つもり』になっているだけだ。あの人はウォンに丸め込まれて利用されているに決まっている!」
「決まっている決まっているって…思い込みじゃなく客観的理由をあげてみろや」

 ガデスが思いきり呆れた顔で言った。
 何か言い返そうとしたカルロを、キースが片手で制した。

「ブラド自身が、彼を『親友』だと言っている。彼が自らの意志でウォンと組みノアを裏切ったのは事実なのだろう。事実は事実として受け止めなければ」
「キース様!何をおっしゃるのです!」
「ほぉー。この2年でキース様は考え方が柔軟になったようで」
「おしゃべりはもういいだろ。闘るの?闘らないの?」
「おー、そうだそうだ。俺らも仕事でここに来てるからよ、やるべきことはやらないといけないんだよなぁ。人間は刹那が始末してくれたようだし残りはサイキッカー共なんだが」

 ガデスの言葉で、ベルフロンド兄妹は初めて人間達が銃で殺されていることに気付いたらしい。
 蔑むような眼で刹那を見た。

「人間の味方だと宣言しながら人間を殺すとは…所詮愚か者の集団ですね」
「サイキッカーの味方だと叫びながら、ノアに賛同しないサイキッカーを殺して回る貴様らが何を言う。片腹痛いとはこのことだ」
「ノアの崇高な理想が理解できない者は生きる資格は無い!」
「人類皆殺し計画が崇高などと思う時点で貴様らの脳味噌はどうかしている!」
「はーいはいはい、どうどうどう」

 ガデスがヘラリと笑いながら刹那とカルロを制した。

「ここで熱く議論したって時間の無駄だぜ。問題はこいつら研究サンプルをどっちが引き取るかだろ?」
「いかにも」
「俺らはこいつらを引き上げるのが仕事だ、お前らにくれてやる気は無い。ま、それはそっちも同じだろうな」
「無論です。人間共に虐げられているサイキッカーを救うのが我らの使命」
「使命…ねぇ。誰に頼まれたのか知らないが、それは問題じゃねぇ。問題はこいつらの引き取り手をどっちにするかどんな方法で決めるか、だ。ま、話し合いでは無理だろうな」
「話し合いの余地などありません。サイキッカーはノアに来るべきです、それが最善の道だ。軍などに行ったら道具として使い捨てられるだけ」
「それはノアでも同じだろうが。…どうしたもんかねぇ。こんな下らない理由で総力戦は御免被りたいんだが」

 ふざけた態度ではあるが剣呑な光がガデスの眼には宿っている。
 …ノアの連中相手ならガデスに交渉を任せるかと思っていた刹那が口を開いた。

「口では偉そうなことを言っているが、所詮貴様らも研究所のサイキッカーを使い捨ての道具としか見ていないんだな」
「な…何を根拠に!我々は常に彼らの意志を尊重して…」
「意志を尊重しているなら!」

 刹那は思わず大声を出して、子供達が怯える姿に気付いて声のトーンを落とした。

「軍とノア、どちらに行きたいか…なぜこいつらに尋ねない?」
「ノアこそ唯一絶対の正解。尋ねる必要などありません」
「…刹那と言ったな。確かに君の言う通りだ」
「キース様!?何をおっしゃるのです!」
「ノアに連れて来ても軍に寝返るのなら、最初から軍に渡した方がいい。彼らの意志を尊重しよう」
「ほほぉ。流石キース様、話が分かる。んじゃここからはPRタイムだな」

 『そっちからどうぞ』と言いたげにガデスは一歩下がった。
 無言のキースを見て、カルロが床にうずくまった子供達に演説した。

「悪いことは言いません、ノアにおいでなさい。こちらにいるキース様が必ずあなた方をサイキッカーの理想郷に導いて下さいます。軍など所詮は人間の手先。利用された挙げ句に捨てられるのが関の山です」

 一息に言い切って、カルロはキースの側に下がった。
 ガデスがぷはーっと葉巻の煙を吐いた。

「ん〜カリスマ性ではキース様が一枚上かねぇ」
「演説は抽象的すぎて意味不明だったがな」
「具体的に『ノアはここがすごい!』って言えないんだろ」
「じゃあ俺が軍の具体的なすごさを解説してやるか」

 ガデスは茶目っ気たっぷりの仕種で子供達を見た。
 愛嬌と言うか、取っ付きやすい雰囲気はガデスの長所だ。

「ノアの飯は非常食みたいなショボイもんばっかりだが、軍はメシがうまい!社員食堂の飯もなかなかだし、基地の中にはハンバーガーショップから高級レスト ランまで選り取りみどりだ。しかも週休2日制で給料も悪くねぇ。寮もワンルームだがちゃんと個室だし、出世すれば2DKに3LDKにと広くなる。幹部連中 なんてマンションのワンフロア貸しきりだぞ。それに引き換えノアは幹部連中以外はタコ部屋に押し込まれて雑魚寝だぜ?」
「軍の下っ端の兵士よりひどい環境だな」
「僕、ノアじゃなくてよかった」
「そうそう、軍はTVも見放題だし図書館には漫画もある!ノアじゃロクにTVも見れないし漫画なんて読めないぜ?しかも資金繰りが苦しいから節約節約うる せぇんだ。服だってお仕着せで選べねぇしよ。軍の制服はあの有名デザイナーブラド・キルステンが手掛けてるからなかなかかっこいいぞ。勿論、仕事の時以外 は好きな服を着れるぜ」

 身ぶり手ぶりを交えて陽気に話すガデスに子供達はすっかり見入っている。
 ノアの抽象的で曖昧な理想より、食事や娯楽と言う分かりやすい話が興味を引いたのだろう。ガデスはさらに調子よく続けた。

「ノアでは施設の外に出るのにいちいち許可がいるが、軍は外出も自由だ。世間様では何かと冷遇されがちなサイキッカーだが、軍の紋章さえ付けてれば『人類 のために戦ってくれてる正義のヒーロー』扱いだぜ。それから、この刹那みたいにツラさえ良ければ高級ブランドのモデルになって有名人にもなれるんだぞ」
「ツラさえの『さえ』は余計だ」
「何だ刹那、自分の顔がカッコイイって思ってる訳?」
「揚げ足をとるな」
「あーっ」

 刹那をじーっと見ていた子供の一人が素頓狂な声を上げた。
 驚く皆にはお構い無しに刹那を指差して嬉しそうに言った。

「このお兄さん見たことあるなぁ思ってたんだけど、やっと思い出した!キルステンブランドのモデルさんだ!」
「…なんで研究所のサイキッカーまでそんなこと知ってるんだ」
「研究所でもTVや雑誌くらいは見れるだろうよ」
「あのさー、刹那ってどこが『秘密』兵器な訳?もう全然秘密じゃないじゃん」
「色々秘密だろうよ。年令、星座、誕生日、血液型、好みの女のタイプ、実はバカ、喧嘩早い、ラーメンは味噌味が好き、歌が結構うまい…あ、これは秘密じゃないか。CMで歌ってたしな…つか見なくなったなあのCM」
「ブラドに抗議してやっとやめさせたんだ、その話は蒸し返すな!」
「あんまり喋ると馬鹿がバレるよ」
「そうそう、子供の夢は壊すもんじゃないぜ」
「やかましい!」

 半ば漫才になって来た軍属3人のやり取りに子供達は眼を輝かせ、キースはあくまで無表情、ベルフロンド兄妹は不愉快極まりない顔をしている。
 ガデスは子供達の反応を見て大袈裟に手を打った。

「そうだ!今、軍に入れば刹那の直筆サインと非売品ポスターをやるぜ」
「何そのキャンペーン」
「あのな、そんな餌に釣られる訳が…」
「じゃあ僕、軍に行く!」
「私もー!」

 子供達が一斉に手を上げて、ノアの面子だけでなく刹那やエミリオも眼を丸くした。
 それ見たことか、とガデスが胸を張った。

「釣られたじゃねーか」
「マジか…」
「さっすが女子供キラーだね」
「そんな有り難くない肩書きはいらん!」
「ま、そう言う訳だ。こいつらは俺らが引き取るってことで文句はないな?」

 ガデスがノアの3人にニカッと笑ってみせた。
 が、カルロが前に出て泡を飛ばしながら指を突き付けた。

「目先の餌で釣るようなやり方、僕は認めません!軍に行けば遅かれ早かれ使い捨てられる…」
「ノアに行けば戦闘要員として軍と戦わされて死ぬんだろうが!貴様らが余計なことをしなければ犠牲は最小限で済むのに、『助けた』その手でガキを戦場に送り出して死なせることしか出来ない奴が御大層な口を叩くな!!」
「カルロよぉ。引き際っつーのは大事だぜ?」

 激高した刹那を片手で制してガデスはニィ…と笑った。
 これ以上食い下がって来るようなら実力行使に出るぜ、という合図でもあった。

「ノアから軍に寝返るサイキッカーは後を絶たないが軍からノアに寝返るサイキッカーは聞いたことがねぇ。それが何を意味するのか、出来のいいそのオツムを冷やしてよぉーく考えてみるんだな」
「…確かに。理想を声高に叫ぶだけでは脱落する者もいるだろう。苦言は有り難く拝聴しよう」
「キース様!」
「カルロ。ガデスの言うことも、その刹那が言うことも我々の痛いところを突いている。敵の言う事と最初から拒絶せず冷静に吟味しても悪くはあるまい」

 カルロはまだ何か言いたそうだったが、キースの無言の制止に不承不承引き下がった。
 キースはあくまでも淡々と言葉を吐き出した。

「望まぬ者を強引に同志にするのはノアの本意ではない。今日のところは手を引こう」
「さっすがキース総帥。話が分かる」
「刹那…と言ったな」

 新生ノアの総帥は、氷の色をした眼を刹那に向けた。

「『今の君が苦しんでいないことを嬉しく思う』とブラドに伝えてほしい」
「…約束しよう」
「カルロ、レジーナ。今日のところは引き上げよう」
「………はい」

 キースは躊躇いなく踵を返し、ベルフロンド兄妹は凄まじい敵意のこもった眼を向けて、部屋を出て行った。

 

 

 

 任務を終えて帰還した皆を出迎えたのはブラドだった。
 報告のため会議室に揃った3人に柔らかな笑顔で紅茶を振る舞う姿を見て、『朝比奈みくる』のポジションは確かに似合っているかも知れないと刹那は思った。

「皆お疲れ様。任務も問題なく終わったみたいだし、刹那の情報流出も最小限で済んだし良かったよ」
「あのさー、刹那の肩書きはそろそろ『秘密兵器』から『有名兵器』にした方がいいんじゃない?」
「何かあったの?」
「そうだそうだブラド、色紙と刹那のポスター10枚ずつくらいくれや。お前なら何とかなるだろ?」
「なるけど…何で?」

 かくかくしかじか、と事情を説明するとブラドはぱぁっと顔を輝かせた。

「へぇ〜そんなことがあったんだ。ねぇねぇ刹那、肩書きは『広報部長』にしない?」
「悪ノリしすぎだ」
「重要ポジションだと思うんだけどなぁ」
「つーか副司令官さんよ、キースサマは2年前の爆発で頭でも打ったのか?妙にもの分かりが良くなってたが」

 図々しく紅茶のお変わりを要求しながらガデスが尋ねた。
 ブラドはカップを受け取ってお変わりを注ぎながら思案顔になった。

「…ノア本部を爆破した時、キース様はバーン君と戦っていた…。その時に、自分の信念が揺らぐようなことを彼から言われたのかもしれない。バーン君もノアのやり方には真っ向から異を唱えていたから」
「キースと言えば」

 刹那は大事な用件を預かっていた事を思い出した。

「お前宛に伝言を預かって来たぞ」
「え…何て?」
「『今の君が苦しんでいないことを嬉しく思う』、だそうだ」
「…………」

 ブラドは紅茶のポットを持ったまま眼を見開いた。
 ポットを持った手が細かく震え、何度もまばたきし、眉を寄せ、唇をきゅぅっと噛んだ。
 …刹那はブラドの鼻を摘んだ。

「ちょっ…何!?」
「いや、くしゃみを我慢してるのかと思ってな」
「………」

 ブラドがぷくーっと頬を膨らませたが、頬を挟んで潰してやった。ついでにぎゅーっと引っ張ってやる。
 泣きそうな顔が消えたのを見てやっと手を離した。

「話戻ってキースだが、案外話し合いで何とかなるかも知れんぞ。少し話をしてみたが、ガデスの言う通り物わかりは良さそうだったしな」
「そーなんだ」
「問題はキースよりカルロとレジーナじゃないの」
「相変わらずガッチガチの石頭だったな」
「うーん…カルロ君は昔から意地っ張りというか意固地になるところがあったからなぁ」
「これだから『お利口さん』は困るんだ。極端から極端に走って、『適当』というものを知らないからな」

 何か突っ込みたげなガデスとエミリオの視線は全力で無視して刹那は続けた。

「案外、ノアの中で『人類は敵だ!』とギャーギャー騒いでるのはベルフロンド兄妹だけというオチじゃないのか?」
「あり得るな。俺が寝返る時も一緒に来るかどうか迷ってる奴がかなり多かったし」
「あの二人さえ攻略すれば案外脆いかもね、新生ノアは」
「カルロを丸め込めばレジーナもくっついてくるだろうが…丸めようとしたらボッキリ折れるな、あいつは。柔軟性のカケラもありゃしねぇ」
「ここは逆転の発想でレジーナから丸め込んでみるとか」
「あのブラコン女をどうやって?」
「そこはほれ、女子供キラー『最終兵器刹那』の出番だろ」
「『最終兵器彼女』みたいに言うな!あと変な肩書きを増やすな!」
「じゃあ刹那、レジーナの攻略お願いね」
「断る!!」

 きっぱり。
 あまりにも一刀両断に切られてブラドはかなりがっかりしていた。無論、彼も本気で刹那によるレジーナ攻略を期待していた訳ではなかったのだが。


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サイキ部屋
総合目次


 10年前にはなかったエピソード、『キースと刹那の邂逅』を入れてみました。多分、二人が逢うのはこれが最初で最後だと思うのですが。予定は未定。
 あとはキースとブラドのしがらみも決着つけたいなと思ったのも、エピソードを追加した理由のひとつです。中盤の軍属サイキッカーのトリプル漫才はちょっ とふざけ過ぎたかなぁと反省。カルロ相手に口論する刹那もキャラじゃないかなぁとちょっと反省。できるだけ、『すぐ感情的になってブチ切れる』を心掛けて みました。そしてカルロの石頭っぷりとキースの心の迷いも表現しようと頑張ってみました。