THE DARKNESS
EPISODE 14:西暦2012年9月2日 サイキッカー部隊幹部専用会議室


「さて、本日のSOS軍団の会議の議題ですが」

 会議室に集まったメンバーを見回して、開口一番ウォンが言った。
 吹き出したのはブラド、情けない顔になったのはガデス、嫌な予感に顔をしかめたのが刹那、無表情なのはエミリオだけ。

「まーだハルヒネタを引っ張りますかい旦那」
「その言い方だと、パトリシアとハンター絡みの任務なの?」
「その通りです」
「せつなぁ、がんばぁー」

 抑揚のない声でエミリオがブラドの言葉を真似た。

「いきなり俺か!」
「何と言っても女子供キラー『最終兵器刹那』だもんね」
「変な肩書きを定着させるな!」
「手前ぇら、せめて任務の内容を聞いてから担当決めようぜ。俺もそろそろノア以外の奴を相手にしてぇしよ」
「申し訳ないのですが担当は刹那です」
「ほーらね」
「何だよオイ」
「…一応、理由を聞いていいですか」
「もう一度、ハンターと接触して頂きたいのです。前回、あなたに会ったハンターの反応がどうも気になりましてね」
「『また会いたい』って言ったってアレか」

 ガデスの言葉にあの時のハンターの顔を思い出した。
 刹那を見て不自然に驚き、雨に頬を濡らして、まるで悲しみの涙を流しているように見えた少年。
 あの時はウエンディーとエミリオに気をとられていたが、言われてみれば確かに気になる。
 ずい、とガデスが身を乗り出した。

「それはつまりハンター担当が刹那って事だろ?パトリシア捕獲の担当はどうするんだよ」
「それなんですがね」

 ウォンはすいっと眼鏡を押し上げて封筒から書類を取り出した。

「パトリシアとハンターは行動を共にしており、パトリシアに手を出せばハンターが出て来るという前例を考え、こちらから捕獲にいくのは無駄に騒ぎを起こすばかりで有効でないと結論が出まして」
「回りくどいな。つまり?」
「捕まえに行くのではく、こちらに来て頂こうかと」
「来いって言って素直に来るわけないじゃん」
「ですから、餌を撒いて釣るのですよ」

 トントン。
 ウォンは机に置いた書類を指先で叩いた。これが『餌』ということか。
 皆はその書類を覗き込んで複雑な顔になった。
 …それは軍によって作成された死亡診断書だった。記されている名前は『ルーシア・マイヤース』。

「………。マイヤース?」
「ひょっとしてパトリシアが探している『行方不明』のお袋さんですかい」
「そうです。このルーシア・マイヤースの交代要員として娘のパトリシアが欲しいのですよ」
「そう言えばパトリシアには強力な治癒の力があるんだっけ」

 エミリオの言葉に刹那は引っかかりを感じた。
 強力な治癒の力と交代要員、その言葉を最近どこかで聞いたような…。
 それを見透かしたようにウォンが言った。

「ルーシア・マイヤースの死亡で医療班は人手不足に困っているのです。…神妃の手を借りたいほどにね」
「!」
「そう言えば少将が言ってた、『治癒能力を持つサイキッカーが死んで医療班の人手が足りないと報告を受けているので、暫定的にその穴を神妃に埋めてもらう。補充要員が来た後どうするかは君達の働き次第』とか」
「その補充要員がパトリシアって訳か」
「じゃ何?パトリシアを捕まえてくれば神妃は自由の身ってこと?」
「話はそんなに簡単ではないでしょうが、手柄を立てれば交渉は有利に運ぶでしょうね」
「…………」

 刹那は黙り込んだ。
 栞は積極的に医療班の手伝いをし、研究のためとしか思えないデータ取りにも素直に応じている。…それはつまり、栞の命がじわじわと削られていることを意味していた。
 自分は自ら望んで『刹那』の宿命を背負ったが彼女は違う。半ば思いつきで連れて来たばかりに少女の一生を捻じ曲げてしまったことに、彼は少なからず負い目を感じていた。
 自らの手で籠に閉じ込めた小鳥が衰弱して死ぬ前に逃がすことができれば、もう負い目を感じることはない。そのために別の小鳥が死ぬまでその檻に閉じ込められることになっても、それは自分の預かり知らぬことだ。
 世の中は綺麗事ではない、非情な『等価交換』で成り立っている。さほど長くない人生で身に沁みて分かっていることだった。
 刹那はルーシア・マイヤースの死亡診断書を手に取った。

「要するにこれを餌にパトリシアをおびき出して、ハンターの事を探ってくればいいのですね」
「その通りです。パトリシアは以前働いていたレストランをクビになったようで、現在どこにいるのか捜索中なので…居場所が分かり次第ということでお願いします」
「携帯の一個くらい持ってるだろ。電話するなり電波を追い掛けるなりしたらすぐ捕まるんじゃ?」
「それが持っていないのですよ。正確には、あの一件の直後に解約しています」
「案外お利口さんだったわけか」
「単純に料金が払えなくなっただけかもよ」
「…旅の途中でバイトをクビになったのなら、金に困っているかもしれないな。小娘一人ならともかくもう一人いる訳だし」

 しかもサイキッカーを狩るしか能の無さそうな奴が。
 ポツリと呟いた刹那の言葉にウォンが薄く笑った。

 

 

 目的の少女はすぐに見つかった。
 目立つ容姿と言う訳ではないが、明るい声は良く通り耳障りも悪くない。

「只今キャンペーン中でーす。割引チケットです、貰って下さーい」

 通行人にチケットを配っているところにさり気なく近付いた。
 彼女が配っているチケットを受け取る。どう見ても健全とは言いがたい写真が印刷されたそれに刹那はわずかに眉を潜めた。

「こんな仕事をするほど金に困っているのか」
「え?………」

 顔を上げた少女…パトリシア・マイヤースの顔がたちまち警戒心に染まった。
 刹那の服装は黒のニットに白のジャケット、ブルージーンズと言うラフなものだったが、左腕には軍の紋章が刺繍された腕章が付いていた。

「…軍のサイキッカーが私に何の用?また捕まえに来たの?」

 エミリオほど長時間の接触があった訳ではないが、刹那の顔も覚えていたらしい。彼女は半ば逃げ出す体勢に入っている。
 刹那は無言で名刺を差し出した。
 受け取ったパティは怪訝そうに記された文字を呟いた。

「『サイキッカー部隊SOS軍団・勧誘兼広報部長』?」
「どこからでも突っ込んでいいぞ」

 正直俺も突っ込みたいからな。
 パティは名刺と刹那を交互に見て数回まばたきした。

「あの、SOS軍団って何の略なんですか?」
「世界に大いなる変革をもたらすサイキッカーの軍団、だそうだ」
「サイキッカーならSじゃなくPなんじゃ?」
「考えた奴に言え」
「はぁ…。それで、その勧誘兼広報部長さんがどんなご用で?」

 とりあえずいきなり逃げ出すことは無さそうだ。
 刹那は警戒心を抱かせないように慎重に口を開いた。

「少しばかり話を聞かせてもらいたい。無論、相応の礼はしよう」
「お話することなんて何もありません」
「報酬は二人で1000ドル。それにルーシア・マイヤースの情報も付ける。悪い話ではないと思うがな」
「お母さんの!?」

 案の定、反応があった。
 刹那は懐から封筒を取り出してパティに見せた。まるで透視でもするようにジッとそれを見つめて彼女は刹那を見上げた。

「本当にお母さんの手掛かりなのね」
「情報の一つではあるだろう。手掛かりかどうかは俺には判断できないが」
「…分かりました」

 翠の眼に強い決意を宿してパティは頷いた。

 

 パティに呼び出されて現れたハンターは、以前会った時と同じように戸惑いの視線を刹那に向けて来た。
 事の経緯を説明されても上の空で半分くらい聞き逃しているようにも見えた。

「…って言う訳で、話を聞きたいそうなの」
「そうか」
「この近くに美味しいって有名のイタリアンレストランがあるから、そこに行って食事しながら話そうかと思うんだけど」
「分かった」

 パティの説明にあっさりとハンターは頷いて、戦闘になる可能性も考えていた刹那は少々拍子抜けだった。
 じゃあ行くか、と声をかけた時、ハンターが刹那を呼び止めた。

「あんただけか?」
「何がだ」
「あっちの方にいるサイキッカーが俺達を監視しているから、てっきりあんたの仲間かと」
「…………」

 ハンターの言葉にぎょっとした。
 確かに、二人が抵抗する可能性を考えてガデスが任務に同行していた。しかし彼の主な役目は監視と会話の盗聴・録音することだったので、サイキッカーの気配もほぼ完全に消して人込みに隠れていたのに。
 ハンターの異名は伊達ではないと言うことか。
 刹那は気を引き締め直した。

「お前達が話を聞かずに暴れだした時の保険だ。気にするな」
「…ならいい」

 保険扱いされたガデスが文句のテレパシーを送って来たが全部シャットアウトして、刹那は二人を連れてパティお勧めのイタリアンレストランに向かった。
 店はかなり混雑していたが、刹那の顔と腕章を見た店主はすぐに彼らを奥まった個室に案内した。半端に売れた顔と軍の紋章の力は何かと便利である。
 …少年少女がたらふく食べてすっかり満腹になり、デザート後の飲み物を出されてから刹那は話を切り出した。聞き出すこと、やるべきことは既に指示が出ている。

「ハンター、お前の名前は?」
「マイト」
「フルネームを知りたいのだが」
「…………」

 マイトは困ったような顔で黙り込んでしまった。刹那がムッとしたのを見てパティが慌てて言った。

「マイトは記憶がないんです」
「記憶がない?」
「名前と、『サイキッカーを狩る』という使命以外、何も覚えていないんです。覚えてないと言うより、知らないんです、色々なことを」
「どういうことだ?」
「お店で物を買うことも、電車に乗ることも、この世界のことも知らなくて…一般常識を持っていなかったんです。最近は大分ましになったけど、当たり前の事を知らなくて驚くことがよくあるの。そのかわり普通の人が知らないようなことを知っててビックリすることもあるけど」
「例えば?」
「銃とか武器のこととか、ノアや軍のサイキッカーの事とか…どこまで本当か私には分からないけど」

 刹那は予め指示されていたことを尋ねた。

「ならば俺の能力も知っているのか?」
「闇だ」

 確信を持って帰って来た答えに内心驚いた。
 曲がりなりにも軍事機密兵器である刹那の能力が闇であることを知っている者はサイキッカー部隊の中でも僅かしかいない。部外者に漏れるなど考えにくいのだが…。
 動揺を押し隠して次の質問に移った。

「お前達が行動を共にしている理由は?」
「…………」

 二人は困ったような顔を見合わせるばかりで答えない。
 刹那はイライラとテーブルを叩いた。
 パティが慌てて口を開いた。

「初めて会った時、マイト、怪我をしていたんです」
「………」

 そんなことは聞いていない。
 喉まで出掛かったがぐっと我慢した。女の話は長いと相場が決まっている、結論が出るまで多少の辛抱は必要だ。

「旅の途中で、雷が落ちるのが見えたんです。その日はいい天気で、雨も降っていなくて…それなのに草原の真ん中に、何もないところに雷が。それで、何だか気になって雷が落ちたところに行ったら、マイトが倒れていたんです。全身傷だらけで、そして、あの…泣いて、いました」
「その場に他に誰かいたか?」
「いいえ。マイトだけでした。ひどい怪我で…意識も朦朧としていて、何か呟いていたような…ええと…」

 きつい刹那の視線を逸らすようにパティは俯いて考え、ハッとして顔を上げた。

「確か、『母さん』それから『せつな』って」
「………。それから?」
「とにかくひどい怪我だったから、必死に傷を治しました。暫くしたら意識が戻って、私、聞きました。あなたは誰?何があったの?って。マイトは名前を名乗っただけでまた意識を失って…どうしても放っておけなくて、私、その時泊まっていたホテルに連れて帰りました」
「一人旅をしている女が初めて会った男を連れて帰ったのか?」
「変…ですよね、やっぱり」

 パティは苦笑した。

「何故と言われても分からないんです。とにかく放っておけなかった。それで…ホテルで意識が戻ったマイトに色々聞いたんですけど、やっぱり名前しか覚えてなかったんです、その時は」
「『その時は』?」
「バイトの時間だったからバイトに行って、戻って来たらマイトが部屋にいなくて…窓から外を見たら、マイトが、人を…殺して、いたんです。返り血を浴びて真っ赤になって、棒立ちになって」
「…………」
「もう私びっくりして、マイトを責めました。どうしてこんなことをしたのって。そしたらマイトは言いました、『俺はサイキッカーハンターだ。サイキッカーを狩るのが使命だ』って」
「自分でハンターと名乗ったのか」
「はい。それが自分の生きる理由だと」

 パティは俯いたまま、膝の上で手をぎゅっと握りしめた。

「私…音の能力があるから、分かったんです。マイトの言葉が本当だって。サイキッカーを狩ることがマイトの存在意義で、全てなんだって。マイトにサイキッ カーを狩るなと言うのは、呼吸をするなって言うのと同じくらい無理なことなんだって、分かったから…止められませんでした。だから…あ、『だから』じゃ繋 がらないかも知れないけど、一緒に旅をしようって思ったんです。初めて会った時マイトが『母さん』って言ったように聞こえたから、一緒にお母さんを探そう と思ったのもあります…とにかく放っておけなくて。そして、しばらく一緒に旅をして気付いたんですけど、私がある程度近くにいる時は、マイトはサイキッ カーに気付いても自分から襲い掛かることはまず無いんです」
「サイキッカーを狩ることが使命、か」

 刹那が視線を向けると、マイトは明らかに動揺していた。

「では何故、お前はその女を狩らない?」
「…………」
「命を救われた恩義を感じている訳でもないだろうに」
「…分からない」

 マイトは言葉を押し出した。
 またその言葉か。
 刹那の苛立ちを感じたのだろう、マイトは悲痛なほど悲しげな眼を上げた。

「分からない、本当に分からない…覚えていないんだ。信じてくれ!」
「ではお前にサイキッカーを狩る使命を与えたのは誰だ?」
「…この使命が誰かに与えられたものかも知れないなんて、考えたこともなかった」
「…………」

 話にならない。
 全く話にならないが、聞かなければならないことは一通り聞いた。任務の半分は問題なく終わったと言える。
 刹那は立ち上がり、十分な金と一緒に伝票をパティに渡した。

「………?」
「お前は支払いを済ませたら仕事に戻っていい。ハンターにはもう少し用がある」
「そんな…話を聞くだけって言ったのに!」
「ハンターにも話を聞くだけだ。話を聞いた後、約束の報酬を渡す」
「でも」
「パティ。刹那は『話をするだけ』と言ってる。刹那の言うことが信じられないのか?」
「マイト…あなた、何を言ってるの?」

 パティの顔が別の不安に曇った。
 刹那もまた、マイトの言葉に違和感を感じていた。
 怪訝そうなのは当のマイトだけ。

「何をって?」
「『刹那の言うことが信じられないのか』って…この人は私を捕まえようとした、仲間のためとは言え私に銃を向けた軍のサイキッカーなのよ?どうして信じられるの?」
「…………」
「ねぇマイト、あなたの言う『刹那』って誰なの?」

 マイトが眼を見開き、小刻みに震える両手で頭を抱えた。
 刹那…誰…?
 わななく唇が呟いている。

「俺が知っている、刹那…?」
「もういい、記憶喪失の寝言に付き合っている暇はない。ついてこい」

 焦れったさが我慢の限界を越えて、刹那は返事を待たずに個室を出た。
 …後ろを振り向きもせず、町外れにある廃ビルに入って行く。足音は離れずについて来た。
 ガランと広く薄暗い部屋で刹那はハンターと対峙した。
 マイトは真意を計りかねるように突っ立っている。

「…何をしている?」
「何を?」
「お前はハンターだろう。何故俺を狩らない?まさかまだあの女の力が及んでいる訳ではあるまい」
「……。話があると、言われたから…」
「サイキッカーを狩るのが使命なのにのんびり話をするつもりだったのか」
「…………」

 狼狽えている。
 この状況でもハンターが戦う意志を見せないようなら…。
 刹那は結界を張り巡らせた。
 輝く壁の出現にマイトが悲壮な顔を上げた。

「刹那…ダメだ!」
「………」
「何をするんだ…やめろ、やめてくれ…」

 泣き出しそうな顔で後ずさり、結界に背中がぶつかって止まる。
 刹那は右手に闇を宿した。
 具現化した短剣を放つ。
 闇の刃はバリアに弾かれて消えた。
 もう一度。
 二度目の短剣もバリアに当たって砕けた。
 続けて放った闇の蝙蝠も、マイトは一歩も動かずバリアで防いだ。動かないマイトに苛ついて刹那はシェイディークラウドを発生させた。
 じっとしていればサイキックパワーを徐々に吸い取られ攻撃手段を失うはずだが…。
 マイトは刹那を見ながら、ゆるゆると漂う雲から歩いて離れた。
 右手に短剣を握る。
 マイトは一瞬足を止め、攻撃して来ないと見るとまた歩き始めた。
 闇を放つ。
 本数の増えたダガーズシャドウを、マイトは一瞬だけバリアを張って凌いだ。

「刹那、やめてくれ!話し合いをするんじゃなかったのか!?」
「…言葉だけが話し合いの手段ではない!」

 やることなすこと的確に対応されて、刹那の中に焦りが生まれていた。防御のみとは言え、刹那の攻撃にここまで対応できるのはサイキッカー部隊の幹部、つまりは仲間しかいなかったのに…。
 両手に闇を集める。
 膨れ上がるエネルギーを見ていたマイトが初めて反撃に出た。いや、反撃とも言えない些細な攻撃…雷の弾を放った。
 刹那は小さく舌打ちし、ブラックサンを放った。いや、そうせざるを得なかった。
 撃たせて守る。マイトは即座にバリアを張り身を守った。
 …手の内を全て読まれている。
 言い様のない不快感、そして苛立ちが刹那の中にも広がりつつあった。
 放った蝙蝠はまたバリアで凌がれたが、お構い無しにマイトの左右に鏡を出現させた。焦らされていたとは言え、迂闊すぎる行動だった。
 ダークサイドソウルをバリアで凌いだマイトが真正面から突進して来た。鏡は獲物を映せず消えた。
 やられる!
 そう思った次の瞬間。

「刹那…!」

 マイトは刹那の胸倉を掴んだ。
 間近で見ればまだ幼さを残す少年の顔が悲しみに歪んでいた。

「頼むから…頼むから、やめてくれ。俺達が殺し合う理由なんてないじゃないか」
「…お前はハンターで、俺は軍のサイキッカー、殺し合う理由には十分だろう」
「もう、やめてくれ…お願いだ、刹那、俺はお前を殺せない」

 心に突き刺さる、必死の懇願。
 どうあってもマイトは刹那と闘う気はないらしい。
 ならば、手の内を知り尽くされている相手とこれ以上戦闘を続ける意味はない。
 刹那は結界を解いた。
 ほっとしたように刹那の胸倉から手を離したマイトに、約束の封筒を差し出した。

「これは?」
「約束の報酬だ。パトリシアに渡すんだな」
「分かった」

 素直にポケットに封筒をしまったマイトに背を向けて歩き出しかけて、刹那は振り向いた。指示されていた最後の質問。

「ところでマイト。新生ノアが壊滅したのはいつだった?」
「西暦2012年11月14日じゃなかったか?…………」

 何気なく問われて何気なく答えたマイトがハッとした。
 西暦2012年11月14日。
 まだ訪れぬ未来。

「…お前には、また会うことになりそうだな」

 呆然としているマイトに一瞥を投げて刹那は廃ビルを後にした。

 

 

 街の裏通りまで戻るとガデスが運転する車が既に待っていた。
 助手席に刹那が乗り込んで扉を閉めると同時に発進した。

「漏らさず録れたか?」
「おうよ、バッチリだぜ」
「ならいい」

 刹那はジャケットのポケットに入っていた盗聴器を外した。車の後部座席には録音機材が無造作に置いてある。
 安全運転のようで実はかなり飛ばしながらガデスは楽しそうに話し掛けて来た。

「しっかし面白いこと話してたな、あのハンター」
「記憶喪失は事実のようだが…訳が分からん」
「刹那よ、あのガキと一体どう言う関係なんだ?」
「俺が聞きたい」
「実は双児の兄弟がいてそいつの名前も『刹那』とかいうオチはねぇか?」
「百歩譲って双児がいたとしても、名前も能力も俺と全く同じ可能性…あり得んだろう。むしろ人工サイキッカー手術の時に俺のクローンでも造ったと言われた方が納得できる」
「クローンってそんな短時間で成長するもんかぁ?見た目だけでも大人になるまで20年はかかるんじゃねーのか?」
「それよりも新生ノアの崩壊する日を知っていたことが謎だ」
「適当言ったんじゃねーの?でなきゃ旧ノアの崩壊した日と間違えたか。んーな未来のこと知ってるなんてウチの司令官でも出来ない芸当だろうよ」
「…………」

 ガデスがCDを大音量で流し始めたので刹那は言いかけた言葉を引っ込めた。
 …あの日。
 パトリシア捕獲とハンター接触の任務を初めて言い渡した日。
 ハルヒの話題で盛り上がっていた時に、さしずめウォンは古泉ポジションだなと話していたが…。
 刹那の破天荒な思考回路は突拍子もない仮説を唱えていた。
 彼の本当のポジションは長門だったとしたら?未来を知るなどいかに時を操るサイキッカーでも出来ないだろうとガデスは言うが、本当にそうだろうか。時間を移動することは出来ないが、過去や未来の自分と記憶や知識を共有する力を持っているとしたら?
 あの時、ウォンがさらりと口にした言葉。冗談だと思って皆が聞き流していたあの台詞…。

『次の仕事は、超能力者と未来人を捕まえることです』

 未来人。
 実は冗談ではなく大真面目に言っていたとは考えられないだろうか…?

 

 西暦2012年11月14日まで、あと2ヶ月と10日。


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サイキ部屋
総合目次


 二度目のマイトとの接触。このエピソードは前半は10年前と同じですが、後半は今回のオリジナルです。刹那とマイトの因縁に愛着が湧いたので、接触時間を増 やしてみました。10年前は食事のシーンに滅茶苦茶力を入れた覚えがあるのですが今回はサラッと。大事なのは食事じゃないしね(笑)。あと、「刹那が二人 に話を聞いた後食器を持ち帰る(多分DNA鑑定か何かをウォンがしようとしてたみたいな事を考えていたんだと思います)」部分をカットして刹那とマイトの 戦い(?)に変更。
ちなみに、刹那とガデスの会話は「当たらずとも遠からず、いいとこついてるけど正解じゃない」感じを狙ってます。