| アルコールを含んだ脱脂綿が肌を撫で、ひやりと冷たい空気を感じる。一呼吸おいて、注射針の刺さる感覚。 定期検査の為に最低週に1回は味わうこの感覚に、刹那は未だ慣れられずにいた。少しばかりの血液を抜き取って注射針が抜け、渡された脱脂綿で軽く傷口を押さえた。 抜き取った血液をクリスが処理する微妙な間に気になっていたことを尋ねた。 「栞はどうしている?姿が見えないが」 「あら、気になる?」 紅い液体を手際よく試験管に入れ替えて薬を混ぜラベルを張りながらクリスは悪戯っぽい眼で刹那を見た。 「ちょっと付き合ったらすぐ次に行く飽きっぽい人かと思ってたんだけど…あなた、実は一人の女性をずっと大事にするタイプだったの?」 「…………」 ガデスやエミリオがこんな冗談を言えば即座に一発ブチ込んでやるのだが、相手は女でしかも親友の恋人だ。 鼻の頭に皺を寄せて不快感を表明するだけに留めて、一応真面目に答えてやる。 「あのな…栞はまだ13歳だぞ」 「あら、13歳の女の子なら立派な大人よ。…男の人は幾つになっても子供だけど」 何が言いたい。 そう思ったが口には出さずにおく。頭のいい女と口げんかなど時間の無駄の最たるものだ。 仏頂面で刹那が睨むとクリスは真顔になって眼を伏せた。 「…栞は医療班の手伝いに行ってるわ。ここのところ毎日」 「そんなに患者が多いのか?サイキッカー部隊でも人間部隊でも重傷を負って帰還する奴は珍しいはずだが」 「軍の研究所のサイキッカーが過酷な実験で生死の境を彷徨うのは珍しいことじゃないもの」 「…………」 「栞は心の優しい子よ。困ってる人がいたら進んで手を差し伸べてあげてる。自分のことは二の次にしてでも」 きつい刹那の眼を逸らすようにクリスは検査機具を片付け始めた。 「栞は言うの。『私は影高野の神妃と言う立場に胡座をかいて、今この世界で何が起きているかを見る努力を怠っておりました。ですから今からでも自分の眼と 耳で世界のことを知りたいのです』って。あの子はサイキッカー部隊のサイキッカーも人間も研究所のサイキッカーも分け隔てなく癒して、そして皆の話を聞い てる。とても真剣に、一生懸命にね。あんな姿を見たら、『手伝いなんて行かなくていい』なんて言えないわ」 「…………」 刹那はクリスから視線を逸らして、傷口を押さえていた脱脂綿をゴミ箱に捨てた。 心の底でいつも気にしていたが、今まで敢えて聞かずにいたこと。答えがあっても知らないままでいたいと思っていたことをポツリと口にした。 「栞は…あとどのくらい持ちそうなんだ?」 「…………。今の調子で力を使い続けたら来年まで持つかどうか…。仮に今、力を使うことをやめて療養したとしても、持って1年…かしらね」 「たったの1年か…」 予想していたよりずっと短い栞の寿命。 自分の手に眼を落とした。 俺はこの手で栞を連れ去り、運命をねじ曲げ、命まで奪おうとしている。明確な理由も強い信念もなく、ただの思いつきで少女の一生を狂わせた。 言い様のない苦い想いが刹那の胸の中を冷たく満たして行く。 強大な力を得ても、ちっぽけな娘の命一つ守れない。ゆっくりと命を削られて行く栞を見ていることしか出来ない無力な自分が腹立たしかった。 「…刹那。そんな顔しないで。栞が心配するわ」 クリスが静かに、優しく声をかけた。 「さっきも言ったでしょう?あの子は大人よ。自分の意志でここにいて、自分の意志で行動してる。あなたが気に病むことじゃないわ」 「俺は別に気に病んでなど…」 「ただちょっと頑張り過ぎる面があるから心配なんだけど、一度言い出したら聞かないのよ。ああ見えて意志が強いって言うか…頑固なのよね」 妹を心配する姉の顔でため息をついて、クリスは研究施設に通じるドアを見遣った。 ガラス張りの扉の向こうから巫女装束の少女がやって来る。 ドアが開くタイミングに合わせるように、クリスは芝居がかった動作で手を腰に当てて刹那を振り向いた。 「あなたからも言ってくれない?無理しすぎて肝心な時に使い物にならないんじゃ困る、って」 「まるで『子育てに参加しない父親に子供を説教させようとする母親』のような台詞だな」 「あなたは子供ができても子育ては奥さんに任せ切りなんでしょうね、きっと」 「話が飛躍するにも程がある!」 「えっ?えっ?何のお話ですか?」 栞が眼を丸くして刹那とクリスを交互に見た。 クリスはわざとらしく肩を竦めてみせた。 「刹那は子育てに参加しないだろうから奥さんになる人は大変ね、って話してたの」 「そのようなこと、その時になってみないと分からないのでは。それに、刹那殿は意外に子煩悩になるかもしれません」 「そんな変なフォローはいらん!そもそもそんな話はしていない!」 「そうだったかしら?まぁいいわ、お茶を用意して来るわね」 クリスの言う『お茶の用意』とは自動販売機で飲み物を買って来る、という意味だ。 人並外れて優秀な頭脳を持つ彼女だが、実はお茶の一つも入れられないほど料理が苦手なのだ。だから二人の食事を用意するのはもっぱらブラドの役目らしい。 そんな奴に子育て云々言われたくない、とクリスの背中を睨んでから刹那は栞に眼を向けた。 …以前より明らかに痩せている。 「栞」 「はい?」 「お前、ダイエットでもしてるのか」 「だいえっと…ああ、減量ですか。そのようなことはしておりません」 「食事はちゃんと摂ってるんだな」 カップの飲み物を持って戻って来たクリスに尋ねると、肯定の仕種が返って来た。 「ここの食事が日本人の口に合うか心配だったけど、問題ないみたい。3度3度、ちゃんと食べてるわ」 「じゃあ働き過ぎか。どのくらい医療班の手伝いに行ってるんだ?」 「頼まれればいつでも参ります」 「下手をしたら寝る間もないほど行ってるわね」 「でも、強制されてではありません。私がそうしたいから行っているのです」 刹那が顔をしかめたのを見て栞が言った。その眼には強い意志が宿っている。 クリスを見ると何とも困った表情をされた。 この強固な意志を、真正面から説得して曲げさせるのは無理だろう。クリスがやろうとしてダメだったのだから、刹那にできるはずがない。 ならば別の角度から攻めるか。 幼い顔に決意を滲ませる栞に軽い口調で話し掛けた。 「1日何時間くらい働いている?」 「食事と睡眠と、お風呂の時間以外は大抵」 「…それは軍規に違反しているな」 「グンキ?」 「軍隊の規則。つまり、掟よ」 「わ…私は掟を破っていたのですか」 明らかに栞が狼狽えた。 強固な意志がぐらりと揺らいだのを見逃さず、すかさずクリスが続けた。 「そうね、そうなるわ。今までうっかり忘れていたけど、あなたは『軍の捕虜』という扱いだから、軍の掟に則った行動をしなくちゃいけないのよ」 「で、でも、私は皆様のお手伝いをしただけです」 「捕虜が働いていい時間は掟で決まっている。お前は今までずっとそれを破っていた訳だな」 「ええっ!で…でも、誰もそんなことおっしゃいませんでした」 「黙っていれば何も知らないお前が幾らでも働いて便利だったからだろう」 「でも、でも、掟を破ったことが知れたらあの方達もお咎めを受けるのでは?」 「うーん…あなたは捕虜だから、捕虜が掟を破った時はその監督責任者が怒られるわね」 おろおろし始めた栞に、クリスはしれっとした顔で畳み掛けた。 彼女の目配せに刹那も調子を合わせた。 「つまり俺か。栞を連れて来た時にギャーギャー言ったせいで『神妃の件はお前が責任持て』とか言われてるしな」 「そうなるわね」 「ええ!?つまり私がずっと医療班のお手伝いに行っていると、『掟を破った』咎で刹那殿に迷惑がかかるのですか!?」 「そういうことになるわ」 「はわわ…」 「ねぇ栞。掟を破って無理をして、刹那に迷惑かけた挙げ句に肝心な時に倒れちゃって、刹那とかブラドとかが怪我した時に何も出来ないなんて本末転倒じゃない?」 「そ…そうですね」 気の毒なほど狼狽えている栞の頭に刹那はぽんと手を置いた。 「なら、今後は無理をしないで疲れた時は休むと約束できるな?」 「できます。ですから…」 「?」 「私が掟を破ったことはどうか御内密に…」 誰にだ? 思わず吹き出しそうになったが、栞が本気でひしゃげているので鷹揚に頷いてみせた。 「安心しろ、誰にも言わん。男に二言はないから信用していいぞ」 「よろしくお願いします」 ぺこり。 大真面目に頭を下げた彼女の姿に思わず笑みが漏れた。見ればクリスも必死に笑いを堪えている。 …栞の命が持って後1年というさっきのクリスの言葉は意図的に忘れてカップのコーヒーを飲みながら取り留めもない話をしていると、部屋の内線電話が鳴り出した。 何かしら、と立ち上がったクリスが電話を受けて複雑な顔で刹那を見た。 「刹那、御指名よ」 「俺はホストか」 「ノアのサイキッカーが『司令官に会わせろ』ってこの基地に来てるんですって」 「逃げ込み組か?」 逃げ込み組。 新生ノアから抜け出して軍に保護を求めるサイキッカーの通称だ。投降して来た者に対しては寛大な処置を、と言うのが一応の規則ではある。普段なら最初に対応した者からウォンかブラドに話が行って滞りなく手続きが済むのだが…。 刹那の質問にクリスは首を傾げた。 「さぁ…。かなりの喧嘩腰で今にも暴れ出しそうだから、サイキッカー部隊の幹部を誰か寄越して欲しいって言ってるわ。誰かって言われても、今この基地にいるのはあなただけでしょ?」 「タイミングが良いのか悪いのか分からんな」 刹那は整った眉を軽く寄せた。 ウォンとブラドはそれぞれの本業、エミリオは任務、ガデスは遊びというそれぞれの理由で基地を開けている。 カップに残ったコーヒーを飲み干して刹那は立ち上がった。 「…わざわざ俺を呼ぶとは大袈裟なことだ」 「そのままの格好で行くつもり?念のため着替えた方がいいんじゃない?」 クリスが呼び止めた。 任務中ではないので、刹那は普段着だった。ついでにいつも通りブラドデザインのネックレスや指輪やバングルを幾つも付けている。 私服と言ってもサイキッカー部隊の特注品なので、一般の服よりサイキックパワーの炎や電気を防ぐ効果はあるが戦闘用の軍服には確実に劣る。 つまりは戦闘用の服に着替えた方がいいのでは、と言うクリスに刹那は呆れた顔になった。 「それこそ大袈裟だ。どうせ逃げ込んで来たばかりで気が立ってるだけの雑魚だろう」 「万が一ってこともあり得るわよ?何かあっても生きてここまで帰ってくれば私と栞が治してあげるけど、用心するに越したことはないわ」 「刹那殿、お気を付けて」 「忠告、感謝する」 クリスと栞の言葉を軽く受け流して刹那は連絡のあった場所に足を向けた。 ノアからやって来たサイキッカー。 その姿を認めるなり、刹那は顔を歪めた。 着替えた方がいいんじゃない?万が一ってこともあり得るわよ。 クリスの言葉を聞き流したことを僅かに後悔した。 彼を待っていたのは赤い女だった。 熱を孕んでふわふわ揺れる赤毛、悩ましげな曲線を描く身体を包む真っ赤な戦闘服、そして全身から溢れ出す炎の気配。 銃を構えて自分を囲んでいる人間の兵士達など石垣程度にしか感じていない、という顔だ。 先日刹那が一蹴して追い返した新生ノア幹部カルロ・ベルフロンドの妹、レジーナ・ベルフロンドだ。 兄と同じ青灰色の眼が刹那を見つけて激情に揺らめくのが分かった。 (兄貴をあれだけ挑発したから妹が黙っていまいとは思ったが、まさか単身サイキッカー部隊の本部に乗り込んで来るとは…。それともこいつは陽動か?) 刹那は目線で人間の兵士達を遠ざけレジーナと向き合った。 この女の目的が物騒な事だと決まった訳ではない。まずは話を聞くのが礼儀だろう。 礼を失しない程度の言葉を吐いた。 「まさか新生ノアの幹部が御自らお出ましとはな。用件を伺おうか?」 「同じことを何度も言わせるんじゃないよ。ウォンを出しな!」 「サイキッカー部隊のトップに用事があると言うならそっちもトップを出すべきだろう」 「裏切り者を始末するだけだ、私一人で十分よ!」 「…………」 レジーナの言葉の意味を計りかねて刹那は沈黙した。 私一人。 その言葉を信じるなら、今この場所にウォンがいないのにレジーナは一人で乗り込んで来たと言うことになる。 本気でウォンの首を取りに来たのなら、最低限彼の居場所は把握しておくのではないか?頭に血が昇った勢いでウォンのスケジュールも調べずに乗り込んで来たのか、それともこれも何かの作戦なのか? 刹那が黙っているのでレジーナはイライラとブーツの踵で床を蹴った。 「いつまで待たせるのよ!ウォンを出すの?出さないの!?」 「出せと言われても今は出せんな」 そもそもウォンは基地内にいないので出しようがないのだが…その刹那の返答を、レジーナは違う意味に解釈したらしい。 「なるほど。ウォンに会いたければまず番犬を始末しろってことね」 「誰が番犬だ!」 「お前、人工サイキッカーなんだろ?まさにウォンに飼われた番犬じゃないの」 「…そのおしゃべりな口を黙らせる必要がありそうだな」 腹の底から込み上げる怒りに唇を歪めて笑った。 女が結界を造り出し、刹那は軽く床を蹴って浮き上がった。 刹那が闇の蝙蝠を放つのとレジーナが火炎弾を放つのは同時だった。黒と赤の炎が混じって消える。続けて闇の短剣を放つ、同時にレジーナはショットガンのように火球を撃ち出した。 短剣の1本は炎の一つと相打ちし、消し切れなかった炎が刹那を捕らえた。 スパークレイン相手では若干分が悪い。距離を詰めようとするレジーナをダークサイドソウルで牽制し、一旦距離を取ろうとした時。 「唸れ!」 レジーナが伸ばした鞭が炎を巻いて爆発した。 バリアは間に合ったが、防御を解いた時には目の前までレジーナが迫っていた。繰り出された手刀を躱そうと後ろに下がった時、背中に結界が当たった。 予想外の狭さに戸惑った刹那の隙をレジーナが見逃すはずがない。立続けに肘打ちを繰り出し身に纏った炎を叩き込んだ。 高熱の空気に呼吸が阻害される。 体勢を建て直し様に攻撃力を持ったバリアを展開しレジーナを追い払い、蝙蝠に女を追わせた。 蝙蝠に気を取られ動いた先を目掛けてダガーズシャドウを放った。躱し切れないレジーナを短剣が襲い、結界に叩き付けた。続けざまに撃ち込んだ闇の槍はギリギリでバリアに防がれた。 (…チ) じわり、間合いを詰めたレジーナ炎の気を纏った。 何か仕掛けて来ると直感したが手は届かない、更に刹那は即座に相手の行動を潰せる超能力技を持っていない。唇を噛んでバリアを張った。 火炎弾が数発、透明な壁にぶつかって弾けた。 もどかしさに焦りが生まれる。 右手に短剣を掴もうとしたところを殴り飛ばされた。咄嗟に回避用バリアを展開すると同時にレジーナが鞭を伸ばした。 炎が爆発すると同時に敵が突っ込んで来た。 衝撃と共にバリアが砕け散る。 …レジーナは追撃の手を緩めない。反射的に身を守ったところを、髪を掴まれた。 「捕まえた!」 足で挟まれた直後に炎を叩き付けられた。 肺が焼け、喉が軋む。 即座に体勢を立て直し、普段ならバリアを砕くために使う力をレジーナに叩き付けた。続けてダガーズシャドウを放って追い払う。 …慎重派の兄のカルロと違い、積極的に攻めて来るレジーナはあしらいにくい。加えてこの狭さ。 (いくら飛び道具がすごくても、技の発動前後のスキがデカ過ぎじゃ考えもんだぜ?部屋の中とか、狭いところで命の取り合いになった時、そのコンマ何秒の時間が命取りになるぞ。もっとこう、パッ!サッ!と出る技はねぇのか?) 生み出した技を初披露した日、ガデスに言われた言葉が脳裏を過った。 (しかもお前、接近戦での殴り合いが苦手だろう?超能力技を当てるには、殴って動けなくするか見切られない早さで発動するか二つに一つだ。そのどっちも出来ないとなると、同格以上の相手と闘うのは正直キツいぜ) 黙れ、黙れ、黙れ! 掴んだ闇を短剣にして放つ。苦し紛れのそれは簡単に躱され、レジーナが突っ込んで来た。 すんでの所で防御が間に合った。 女の拳を受け止めた時、間近にその顔が見えた。 レジーナは赤い唇を余裕の形に微笑ませていた。 「どうしたの、軍の秘密兵器さん?さっきから防戦一方じゃない。物足りないわよ?」 「…………っ!」 「フフフ…秘密兵器様はいい女に追い掛け回されるのはお嫌いかしら。ウォンを出して下さるなら身を引いてもいいけど?」 小馬鹿にしたようなレジーナの言葉にカッとなった。 この女…! 何か考えるより先に手が出た。 不愉快な女の顔を手加減無しで殴りつけていた。 完全に不意を突かれてまともに食らったレジーナは凄まじい怒りのこもった眼で刹那を見上げた。唇の端を切ったのだろう、血が流れている。 …さっきまでの余裕が完全に消え失せ怒りに満ちたその顔が、刹那の頭に昇った血を降ろしていった。 (フン…焦ることはない、何を言っても所詮は女だ。殴り合いで男の俺が負けるはずがない) …刹那の考えは完全な誤解だった。 サイキッカー同士の戦いは、レベルが高くなればなるほど男女の差はなくなっていく。基本的な腕力ではなく格闘力にまわせるサイキックパワー、何よりも生 まれつきのセンスが物を言うのだ。それは生粋のサイキッカーにとっては基本知識以前の常識で、だからこそ、誰一人として刹那にそれを教えていなかった。そ もそも当たり前すぎて、教えると言う考えが浮かばなかった。 人工サイキッカー故の無知は、しかし、この場面では刹那に有利に働いた。 絶対に負けるはずがないと言う思い込みが冷静さと精神的な余裕を生んだのだ。彼とは反対にレジーナが冷静さを失ったのも刹那を優勢にした。 顔を殴られたレジーナは怒りに震えながら怒鳴った。 「ちょっとあんた!女はもっと優しく扱うものよ!」 「ククク…」 まだ『女』を主張するか。 女=弱いと思い込んだ刹那には、レジーナの言葉は『自分は弱い』と宣言しているようにしか聞こえなかった。 だから、余裕たっぷりに微笑んだ。 「だから今まで手加減して、優しく闘ってやっただろう?」 「何だと!」 「それとも何か」 ゆるり、唇の端を持ち上げて甘く囁いた。 「もっと優しくして欲しいのか…?」 「ふざけるんじゃないよ!」 レジーナがブレイズショットを撃った時にはダークウェッジを放っていた。 槍の間を抜けて飛んで来た炎を食らったが構わない。相手が受けたダメージの方が大きい。 出鼻を挫かれた女が怯んだ一瞬の隙を見逃さず両手に闇を集めた。 …全てを呑み込む暗黒の太陽。 膨れ上がるエネルギーにレジーナは眼を見開き、そして赤い唇を嘗めてニヤリと笑った。 何を考えているか刹那は気付いていた。 だから。 「堕ちろぉーっ!!」 「終わりだっ!!」 レジーナのハイパーナパームと同時にブラックサンを解放した。 凝縮された闇と起爆剤の炎がぶつかり、混じり、大爆発を起こしたが、爆風は刹那の顔を撫で髪を揺らしただけだった。 黒い太陽の向こうでレジーナが悔しそうにしているのが見えて刹那はニヤリと笑った。 相打ちで終わったとでも思ったか? 黒い太陽は爆発の炎すら呑み込み、レジーナに襲い掛かった。驚愕に顔を凍り付かせて闇の中でもがく女に極上の笑みを見せて、刹那はゆっくりと両手に力を集めた。闇が爆発しレジーナを結界に叩き付けた。すぐさまダークウエッジを撃ち込む。 刹那と同等の力を持つサイキッカーでさえ、これを2回食らえば天国が見える究極の技。 思わぬ反撃を受けたレジーナは明らかに逃げ腰になっていた、刹那が間合いをつめると一目散に逃げ出した。 追い掛けると見せ掛けて刹那はミラーズコフィンを発動した。 鏡の棺桶が女を閉じ込める。 …刹那は彼女を閉じ込めた棺桶に杭を打ち込まずに鏡を消した。 訳が分からないという顔をしているレジーナの前に舞い降りると、女はきつい目で刹那を睨み付けて来た。 「…どういうつもり?」 「侵入者の処分を決定する権利は俺にはない」 「何が言いたいの」 「お前を生かすか殺すかは上が決める。具体的にはウォン司令官かブラドだ」 「つまりあんたは三下ってことね」 「ならば、俺に負けたお前達兄妹は三下以下だな。確かに妥当だ」 「な…」 「それから」 刹那は無造作にレジーナの腹に拳を叩き込んだ。 呻いてうずくまるレジーナに冷ややかな眼を落とした。 「お前に殺された仲間達の恨みの一部だ。軽いものだろう?」 「う…」 「さぁ、立て。上が戻るまでお前の身柄は研究棟で預かる」 刹那はうずくまったレジーナの髪を掴んで立たせた。 …レジーナが抵抗するのは予想していた。 繰り出された拳を掴んで背中にひねり上げ、情け容赦なく腕をへし折った。 「うあぁっ!」 「手間をかけさせるな。両手両足を折られて引きずられて行きたいか?」 「………」 「大人しく捕虜になるなら軍規に則って治療をしてやる。こんなところで死んでは愛しの兄貴に顔向け出来ないだろう」 抵抗しても無駄だと悟ったのか、唇を噛み締め怒りのオーラをまき散らしながらもレジーナは刹那の後をついてきた。 レジーナが暴れる様子がないのを見て刹那は懐に入れてあった携帯を取り出した。 何かあったら上司に報告、社会の基本だ。 呼び出し音が数回聞こえた後、留守番電話に繋がった。 『ただいま電話に出ることができません。発信音の後に御用件を…』 「刹那です。新生ノアのレジーナの身柄を拘束しました。研究棟で預かりますので可能な限り早く指示をお願いします」 短くメッセージを入れて次の上司に電話をかける。…こっちは留守番電話になる寸前で相手が出た。 『もしもし、ブラドです』 「刹那だ。すまんな、仕事中だったか?」 『会議中だったけど一旦休憩にしたよ。電話をして来るってことは緊急事態でもあった?』 「新生ノアのレジーナが司令官の首を取りに基地に乗り込んで来た」 『……え!?』 「話し合いを拒否されたから叩きのめして大人しくさせたがな。とりあえず研究棟に連れて行くが、それからどうする?司令官には電話が繋がらなくてな、お前の判断を聞きたいんだが」 『僕が戻るまでレジーナの安全を確保して。部外者には一切手出し口出しさせないで。クリスにもそう伝えておく。僕もすぐ戻るよ』 「新生ノアの幹部を拘束したと知れればすぐに上が出て来てグダグダ言うぞ?」 『嘘でもハッタリでも脅しでも何でも使っていいから追い返して時間を稼いで。責任は僕が取る』 無茶を言いやがる。 そうは思ったがブラドの必死さが伝わって来て刹那は電話越しに頷いた。 「分かった。じゃあ、何かあったらまた報告するから…」 『あ、待って。レジーナにかわって。話がしたいんだ』 「………。了解」 通話相手の声が聞こえるように設定を変えてから刹那は携帯をレジーナに差し出した。 案の定、敵意と不信感に満ち満ちた眼が返って来た。 「何よ?」 「ブラドが話したいそうだ」 「…ブラドさんが?」 とたんにレジーナの表情が変わり、差し出された携帯を受け取った。 「もしもし、ブラドさん!?」 『レジーナ!レジーナ…全くもう、君って奴は…相変わらず無茶ばっかりするんだから。刹那に話を聞いてびっくりしたよ』 「ごめんなさい…兄さんが軍のサイキッカーに小馬鹿にされて帰って来て、そんな兄さんを見てたら、もういても立ってもいられなくて…」 『ひょっとして、カルロ君にも黙ってノアを飛び出して来たの?』 「正直に話したらきっと止められるもの」 『全くもう…そんなことしたらカルロ君が心配するじゃないか』 「ごめんなさい…」 レジーナはすっかりしゅんとなっている。 ブラドは優しく話を続けた。 『カルロ君には僕から連絡を入れておくよ。今すぐは無理だけど、なるべく早く君をノアに帰せるように頑張るから、って』 「私、ノアに帰れるの?」 『そうできるように、頑張る。だから君も一緒に頑張って。協力してくれるよね?』 「うん、もちろん」 『君のことは刹那に頼んだから。僕の大の親友だから安心していいよ。だから刹那の言うことをよく聞いて、僕が行くまで待ってて。できるだけ急いで帰るから。いいね、レジーナ』 「…分かった。待ってる」 思い掛けない優しい言葉だったのだろう、レジーナがグスッと涙ぐんだ。 あれだけ怒り狂っていた女をあっさり丸め込んだブラドの人徳と言うか人柄に刹那は内心で感嘆していた。 ただ押さえ付けるだけの暴力だけが『力』ではない、ということか。 レジーナはさっきとは比べ物にならないほど落ち着いた眼で携帯を返した。 「あんたの言うことちゃんと聞いて待ってなさい、だってさ」 「ならば反抗的な態度は取らずに大人しくしているのだな。素直にしていればこっちもやりやすい」 「分かった」 あっさりと頷かれて多少拍子抜けしながらも、刹那はレジーナを研究棟に連れて行った。 |
| サイキ部屋 |
総合目次 |
| 10年前と同じ、『軍に乗り込んで来たレジーナvsたまたま基地に一人残っていたので迎撃に出て来る刹那』の話です。冒頭の研究所でのクリス・栞コンビと
のやり取りと、最後のブラドとレジーナのやり取りは追加部分です。例によって細々した部分を書き直ししてます。前回のvsカルロと対照的に、レジーナには
苦戦する刹那の姿を書いてみました。10年前は大して苦戦しないで倒していたんですが、あんまりガチで強いと刹那じゃない気もするので(笑)。ブラックサ
ンvsハイパーナパームは実戦でもあり得る場面を書いてます。ブラックサンに合わせてハイパーナパームを出された場合、爆発に巻き込まれたらレジーナの勝
ち、巻き込まれなかったら刹那の勝ちです。ちなみに前回のカルロ戦で書いた『アクアジャベリン(渦状態)をダークサイドソウルで相殺できたらウェッジを入
れる』のも対戦で可能です。ちょっとした小ネタ。 えー、10年前は、刹那は「幹部を出せと言われても俺以外誰もいないぞ、無駄足だったなフハハハ」とバラしていたんですが、それはちょっとマズいだろう と変更したのですが…。あれこれ考えずにそう言う大事なことをポロッと言うのが刹那じゃない?と書き終わった後で思いました。(^^;) それから、レジーナを研究棟に拘束した時に、彼女の鎖骨の下に『研究所生活をしていた時に刻印された識別番号』を見つけて、『お前も番号で管理された経 験があるのか』(刹那も下級兵時代は番号で管理されていた)と話をするシーンがあったのですが、その辺はばっさりカットしました。そのかわり別のエピソー ドをいっぱい追加しましたが。(@@;) |