THE DARKNESS
EPISODE 20:西暦2012年11月10日 サイキッカー部隊幹部専用会議室


 幹部専用の会議室に初めて足を踏み入れたレジーナは、高い天井や豪華なシャンデリアや高い窓やいかにも高級そうな家具をいちいち眺めてはため息をついたり感心したりしていた。
 その子供のような姿を笑いながら見ているのはウォンとブラドとクリス、苦い顔をしているのはガデスと刹那とエミリオだ。

「…さてレジーナ、そろそろ幹部会議を始めたいので席に着いて頂けますか」
「りょーかい。私の席はどこ?」
「お好きなところにどうぞ」

 紅茶の準備を始めたブラド以外の全員がそれぞれの椅子に腰を降ろすと、レジーナはクリスの隣に座りかけ、少し考えてその横、刹那の隣の椅子を選んで腰掛けた。

「うわーっ、高そうな椅子だと思ったけど、さっすが座り心地もいいわね」
「そりゃそうよ、ブラドのデザインだもの。あなたをここに入れるって決めてから作らせた特注品よ?」
「本当なの、ブラドさん?」
「うん、そうだよ」

 紅茶を用意して来たブラドが皆にカップを配って、レジーナとクリスの間に座った。
 うわぁいい香り、とレジーナがうっとりと紅茶のカップを覗き込むと、鎖のピアスが揺れた。先日、栞に便乗して刹那に買ってもらった物だ。
 さて、とウォンが口を開いた。皆の視線が自然に彼に集まる。

「レジーナ。あなたとは進む道を違えて一度は敵味方に別れましたが、今こうしてお話ができる事を嬉しく思いますよ」
「そうね、私も嬉しいわ。お話の前に一発殴らせてくれればもっと嬉しいけど」

 レジーナがウォンをじっと見ながら拳を握った。…軍に乗り込んできてからかなり経つが、ウォンが彼女の前に姿を見せたのはこれが初めてだった。

「それは御容赦願いましょう。…ブラドや刹那から報告を受けていますが、あなたは我々の理想に一定以上の理解を示して下さっているそうですね」
「回りくどい話は苦手なの。簡単に言うと何?」
「僕達もサイキッカーの自由と平和の為に闘ってる事、分かってくれたよねってこと」
「ああ、それならその通りよ」

 ブラドの言葉にレジーナはすんなり頷いた。
 軍に乗り込んで3週間程。ノアにいた時は見えなかったもの、聞けなかった話、知り得なかったことを知った彼女は、自分の視野が狭かった事に気付くと同時 に『相互理解の上で人間とサイキッカーが共存する世界』の方が、『人類皆殺し計画』より現実的だと思えるまでに考え方が柔軟になっていた。
 ある意味、サイキッカー部隊による『洗脳』が成功したとも言えるだろう。だから彼らはこの日、レジーナに全てを話す決定をしたのだ。
 レジーナは頬杖をついて集まった皆を見回した。

「やっぱり初日に食らった三連続のお説教がこたえたねー」
「刹那の演説とお姫さんのお言葉とブラドのとどめか。あれは確かにすごかったが、カルロ一筋まっしぐらなお前が奴以外の言葉に耳を貸すとは思わなかったぜ」
「心の隙間に付け込まれた気がしなくもないけど、今はそれで良かったと思ってるよ。あんた達と敵対したまま我が道を行くよりも、手を組んだ方が結果的に兄さんやノアの為になりそうだなって思えるし」
「憎しみ合い殺し合うより、話し合って分かりあって協力しあう方が絶対にいいもんね」
「まーね。殴られたから殴り返してやる!って言ってたら、確かに何も解決しないわ」
「では本題に入りましょう。結論から先に申し上げます。『新生ノア』という組織には、大変申し訳ありませんが消えて頂きます」
「新生ノアの幹部を前にはっきり言うね」

 単刀直入にも程があるウォンの言葉に、レジーナはあっさりと頷いた。

「仕方ないわね。あんた達だって分かりやすい手柄を立てないと世間体的に問題あるだろうし」
「まさかお前の口からそんな台詞が出るとはな」
「大事なのはパッケージじゃなくて中身のお菓子よ」
「ノアのサイキッカーはお菓子なんだ…」
「少なくともあなたは、ノアにいるサイキッカーの安全確保とサイキッカーの為の活動が維持が約束されるなら『ノア』という肩書きにはこだわらないと…そう解釈してよろしいですね」
「本当に回りくどいわね。よろしいですことよ」
「では、新生ノアと言う組織を壊したその後ですが…」

 ウォンは国軍の中で勢力と権力を巨大化させつつ、国家によって行われた非人道的行為を一般公開しつつ、世間を味方に付けじわじわと平和共存の道を探りた いという計画を話した。人類皆殺しと言う強行手段に出るのは、互いを理解し歩み寄る努力をしてから…全人類を向こうに回しても勝てるだけの戦力を集めてか らでも遅くないのではないかと。
 一言も口を挟まず最後まで聞いていたレジーナはウォンの話が終わると真剣な顔で頷いた。

「なるほどね、そういうこと」
「御理解頂けたようで幸いです。あなたには、キース様と兄上に我々の計画を伝えた上で、軍との話し合いに応じて下さるよう説得する役目をお願いしたいと思っています」
「話し合い?」
「はい。新生ノアの総帥と軍サイキッカー部隊司令官が国軍トップの皆様の前で話し合って、最終的にキース様には私の説得に応じる形で折れて頂きます。その 後ノアの皆さんは軍に来て頂くが、世間には軍事力で鎮圧してノアのサイキッカーは皆殺しにしたからもう安心ですよと発表する。これは台本の一例ですので、 他にいいアイデアがあればそちらを採用しますが」
「全世界を壮大な茶番劇で騙そうって腹ですかい旦那」
「ガデス…せっかく私が真面目に計画を語っているのに身も蓋もない言葉でまとめないで下さいよ」

 大袈裟に眉を寄せたウォンにブラドとクリスが吹き出して、それにつられてエミリオと刹那、レジーナも笑った。
 刹那はウォンを見て、ブラドを見て、そっと横目でレジーナを見た。

(お前だって薄々気付いてるんだろう?お姫さんだけじゃねぇ、レジーナだって長くねぇって事をよ)

 数日前にガデスに言われた言葉。
 あの時は確かにその通りだと思った。新生ノアの崩壊がどんな形であれ、幹部達は無事では済まないだろうと。しかしウォンの自信に満ちた態度や、皆が生きて解決できる道を本気で信じているらしいブラドを見ていると、ガデスの忠告は杞憂ではないかと思えて来る。
 父がいつも願っていたような平和な結末が訪れるのではないかと、……。
 思い出しかけた父の顔、父の言葉を刹那は咄嗟に記憶の奥底に押し戻した。情に流された甘い理想は現実に流され押し潰された。その結末は決して忘れてはならない、父のような道を歩まないために。
 刹那の心をよぎった一瞬の葛藤など知るはずもなく、ブラドが大事な事を思い出したと言いたげにエミリオを見た。

「そうだエミリオ。君に連絡があるんだ」
「なーに?」
「ウエンディーが提出してたエミリオへの面会希望に許可が降りたって」
「えっ…」

 エミリオの表情がパッと変わった。
 パトリシア捕獲任務の時に思いがけず再会して、色々と複雑な状況や心境から突っぱねてしまった大好きなひと。刹那が『正規の手続きを踏んで会いに来い』と言ったのは知っていたけど、本当に来てくれるんだ。
 たちまち落ち着かない様子になったエミリオを優しい目で見ながらブラドは続けた。

「急だけど、面会日は明後日だよ」

 そわそわし始めたエミリオをちらりと見て、刹那はウエンディーの名前が出た時から気になっていた事を尋ねた。

「面会はいいとして、ただエミリオに会うだけで終わるか?クリスの事もある訳だし、『二人に何をした!』って騒いだりしたら厄介じゃないか?」
「二人が軍にいる理由に納得してくれれば大きな問題はないと思うよ。むしろ、バーン君がノアにいると分かったら後先考えずにノアに乗り込みそうだからそっちの方が心配と言えば心配かな」
「バーン・グリフィス…だったか」

 バーン・グリフィスの名前に皆が『ああ、あいつか』という顔をしたが、刹那はバーンと直接の面識はない。ついでにバーンはノアに身を置いた期間も極端に 少なかったらしく、資料には写真すら載っていなかった。総帥キースの親友でありながらノアの理想を真っ向から否定し、何としても彼を止めようとした熱血漢 で、エミリオやウエンディーとも多少の関わりがあり、ついでにウエンディーは彼を好きらしい…と、知識として知っているだけだ。
 ちなみに、『2年前のノア本部の崩壊時にバーンはキースを庇って大怪我を負い、ノアの地下で冷凍睡眠状態にある』事実をレジーナから聞き出したのは刹那である。
 ブラドはウォンに眼を向けて続けた。

「ウエンディーがここに来てエミリオやクリスとの面会が滞りなく終わったら、あまり日を開けずにノアとの交渉に入らないとね」
「そうですね。せっかくここまで積み上げた計画を彼女に台無しにされる訳にはいきませんから」
「台無し?」
「恋する乙女っつーのはベラボウに強いからな。バーンに会いたい一心でウエンディーがノアに乗り込んだ挙げ句にキースやカルロを殺っちまったら、新生ノアを潰して手柄を立ててどうこうっていう俺らの計画ガタガタじゃねーか」
「ああ、なるほどな」
「あの子も思い込んだら一直線でせっかちなところがあるから…。下手したら面会に来たその日にノアに行くとか言いかねないわね」
「少しくらいゆっくりしろってーの、せっかく姉さんにも会えるんだしよ」
「残念ながら恋する乙女にとっては姉より彼が重要なのよねー」
「そうなると、軍の上層部への報告も早めにしておかないといけませんねぇ」

 新生ノアとの交渉をどうするかに皆の話題が変わっても、エミリオは上の空だった。
 ウエンディーが来る。
 エミリオの頭は一つの考えで一杯だった。
 僕は…僕は、どっちの『僕』で会えばいいんだろう?

 

 

 

 そして翌々日。
 エミリオとの面会に訪れたウエンディーを何処に通すかさんざん議論した結果ようやく決定したのはクリスの所長室だった。そうなると当然、部外者の彼女を 正門から所長室まで案内する者が必要になる。エミリオやクリスが迎えに行けばその場で大混乱だろうし、ウォンやガデスが行けばいきなり殴り掛かって来るか も知れない。ブラドが行っても話がこじれそうだしレジーナは捕虜の身分である。
 結果、ウエンディーに『正規の手続きをして面会に来い』と言った刹那が行くのが妥当だろうと言う結論になった。2年前のゴタゴタに関わっていないのはとても便利…と言われて複雑な気持ちになりながらも彼は正門までウエンディーを迎えに行った。

「おっそーい!いつまで待たせるのよ!1時間も可愛い女の子を待たせるなんて最低!!」

 約束の時間5分前に到着した刹那にぶつけられた最初の台詞がこれであった。
 早速痛み始めた頭を軽く押さえ、刹那は壁の時計を指してから面会に関する誓約書をウエンディーに差し出した。
 さすがに少しは悪いと思ったのか、彼女は差し出された書類を素直に受け取った。

「…何ですか、これ?難しい事が一杯書いてありますけど」
「『軍の基地の中では暴れません、騒ぎません、軍事機密を見たり聞いたりしても誰にも言いません』と約束できるか?と書いてある。約束できるならそこにサインをすればいい」
「色々面倒なんですね。…はいはい約束しますよ、っと」

 本当に約束するんだろうな…と不安を感じながら刹那は書類を受け取り、ウエンディーを促して研究棟に足を向けた。

 

 

「うわー、軍の中ってこんなふうになってるんだ!私、初めて見ました!」
「何かエミリオ、不良っぽくなってましたよね。ひょっとしてグレちゃったんですか?」
「ブラドさんまで軍にいるらしいですね、もうびっくりですよー!」
「あ、この帽子覚えてます?あなたに穴を開けられちゃって、どうしようかなー思ったけどお気に入りだったから直してもらったんです。一度穴が開いたなんて分からないでしょ」
「今日は軍服じゃないんですか?結構カッコよかったと思うんだけどなー」

 …うるさい。
 ピーチクパーチク話し掛けて来るウエンディーにいい加減うんざりしてきた刹那が、基地内では静かにしろと口を開きかけた時。

「あっそうだ、あれからマイトには会えました?」
「…マイト?」

 突然ウエンディーの口からハンターの名前が出たので、刹那は言いかけた言葉を引っ込めた。

「何故マイトを知っている?」
「あなたがエミリオを連れて帰っちゃった後、ちょっと話をして情報交換したんですよ。ずいぶんあなたを気にしていたみたいだから」
「俺に関して何か言っていたか?」
「『さっきの刹那って奴の事を何か知ってるか』って。私やパティはあなたのこと全然知らなかったから、何でマイトが名前を知ってるのか逆に不思議でしたけど」
「そうか…」

 カルロと一戦やらかしたあの時以来、特にハンター絡みの任務はないし向こうからの接触もない。ここしばらくはレジーナに関わっていたせいで半分忘れかけ ていたが、今マイトはどうしているのだろう。ノアに倒されたと言う話も聞かないし相変わらずサイキッカーを無差別に襲っているのだろうか?
 質問に何も答えないまま何かを考え込んでしまった刹那にウエンディーが不満そうな顔になった。

「あのー」
「…着いたぞ。ここが面会会場だ。もう一度言うが、騒ぐな。暴れるな」
「分かってますよっ」

 唇を尖らせるウエンディーを一瞥して刹那は扉を開けた。
 部屋に一歩踏み入ったウエンディーは翼を持つ少年の姿にホッと笑みを浮かべ、次の瞬間、金色の三つ編みを体の前に流した女性を見つけて信じられないものを見るような顔になった。

「え…おねぇ、ちゃん…?」
「久しぶりね、ウエンディー。会いたかったわ…この2年間、ううん、もっと長い間、ずっと」
「お姉ちゃーーーん!!」

 ウエンディーは泣きながらクリスに抱き着いた。


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