THE DARKNESS
EPISODE 22:西暦2012年11月13日 新生ノア本部周辺


 最寄りの空軍基地まで専用機で移動し、そこからは軍用車とキャンピングカーで移動すること数十分。北の国境に近い片田舎。
 見える範囲に人家らしきものはないその場所に小規模な原子力発電所が建っていた。
 その建物こそ、再建された『サイキッカーの希望の箱舟』新生ノア本部だった。地上に見える発電所はハリボテや伊達ではなく本当に発電所として機能してい るらしい。カルロがコンピューターをハッキングし、機械と会話ができる能力を持つサイキッカーが中心となって、外部から怪しまれないように運営しているの だそうだ。新生ノア本部と言える施設は巧妙に地下に隠されていると言う。
 集まった軍勢に気付いていないはずはないだろうが、ノアは全く動きを見せなかった。
 最終決戦の場に赴いたのは、サイキッカー部隊の幹部5人を含めたサイキッカー達、レジーナ、ウエンディー、クリスと栞を始めとする医療班、そして大佐や少将など軍の上層部を含む人間の兵士達だ。
 軍の上層部には、『軍の思想に洗脳したレジーナを本部に戻し、偽の情報で混乱させた後に幹部達で本部内に攻め込み鎮圧する』と報告してあると聞いた。

 

 

 …ウォンが申請したノアへの侵攻は、申請したその日に許可が降りた。異例を通り越した異常なまでの早さに、ウォンはずっと以前からこの日にノアに攻め込む予定でいたのではないか…と刹那は思った。
 マイトが予言した新生ノア崩壊の日、西暦2012年11月14日は明日だ。
 偶然とはとても思えなかった。だから、刹那は信じた。
 マイトは未来人で、たとえ記憶を無くしていても彼はこれから起こる事実を『過去の出来事』として無意識に覚えているのだと。彼の語る言葉はこれから訪れる未来なのだと…。

 

 

「せ、つ、なさーん!カメラ目線下さいなーっ」

 マイトが言った『新生ノアの崩壊』とはどのような形になるのだろう…。
 複雑な想いで新生ノアを見つめていた刹那は、能天気な声に我に返った。場違いに明るい声の主に眼をやれば、ピンクのお下げ髪の少女がハンディカメラを構えていた。

「…何をしているんだ」
「見れば分かるでしょっ、緊張の決戦前夜を記録してるんですよ!何だか軍人さん達もカメラ回してるし、私も色々撮影しとこうと思って」
「ああ…。一通り撮影しておいて、うまくノアを崩壊させたら都合良く編集してマスコミに流すつもりなんだろうな」
「へぇ〜そうなんだ。じゃあ私がばっちりと真実を記録しておかなくちゃね!」

 ウエンディーはカメラを構えたまま、思い思いに時間を潰している仲間達に突撃取材を開始した。
 クリスと一緒に義手の調整をしているブラドを冷やかし、それを手伝っている栞に左手薬指の指輪を見せろと迫り、いつもと変わらぬ顔で葉巻をふかすガデス に煙を吹き掛けられてゲホゲホと咽せ、少将と話をしているウォンにカメラを向けて何を話しているのかと迫り、複雑な顔でウエンディーと新生ノアを交互に見 ているエミリオにバーンと再会したらどうするか尋ね、レジーナにはキースとカルロを説得する自信の有無を聞いていた。
 ウエンディーの質問にレジーナが首を傾げると、成りゆきで刹那が買ってやったピアスが揺れた。

「説得する自信ねぇ…」
「勿論あるんでしょ?説得できなかったら軍が攻め込んで来るんだし」
「説得しなくても説明すれば、戦っても勝ち目がないから手を組んだ方がいいって分かってくれると思うんだけどな。あの二人は私よりずっと頭がいいから」
「じゃあ、もしも、もしもよ?二人が『軍と手を組むなんて絶対嫌だ!最後まで戦うぞ!』って言ったらレジーナさんはどうするの?刹那さんやブラドさんと戦うの?」
「それは困るなー」

 何処まで本気か分からない表情でレジーナは質問に答えている。
 もうすぐ彼女はウォンとブラドの目的をキースとカルロに伝えるためにノアに戻る。それは軍サイキッカー部隊の新生ノアに対する協力要請であり、死刑宣告でもあった。
 度重なる裏切りや脱走で内部情報は軍に筒抜けになっている上、純粋な軍事力でも劣勢に立たされている新生ノアが今まで存続してこれたのは、それがウォンとブラドの立てた計画の筋書きだったからだ。
 そして今、彼らの計画は始まり部分の終わりを迎えている。
 新生ノアの終焉は決して変わらない結末。ならば終わり方くらいは選ばせてやろうと言う訳だ。軍門に下って生きるか、最後まで戦って死ぬか。

(二択か…)

 刹那は言葉に出来ない漠然とした不安が冷たく胸を満たすのを感じていた。
 軍が新生ノアに突き付けた二択。
 その問いにノアはどう答えるのだろう?軍門に下って生きる道か、最後まで戦って死ぬ道か。
 それとも…。

「刹那殿?」

 一人浮かない顔でいたせいか、栞が心配そうに近付いて来た。その足取りは覚束無く危なっかしい。彼女の命の尽きる日はそう遠くないのだろうと否応無しに気付かされる光景だった。

「難しいお顔をなさって…何か気になる事でもおありですか?」
「栞、お前はどう見る?」
「どう…とおっしゃいますと」
「新生ノアは降伏すると思うか?」
「………。レジーナ殿はそのようにお兄様とキース総帥を説得されるおつもりなのですよね」

 栞は微妙な言い回しをした。
 この場に集まったメンバーの中では最も幼いとは言え、影高野と言う組織の最高指導者だった人物だ。その着眼点は信頼に値する。
 刹那は重ねて尋ねた。

「レジーナの説得に新生ノアのトップ2は応じると思うか?」
「…いいえ」

 やはりか。
 刹那は苦く濃い蒼の眼を眇めた。
 栞は俯いたまま続けた。

「レジーナ殿から伺ったお話の印象ですと、兄上様もキース総帥も聡明な方だと言う印象を受けました。そのような方が、この国の軍隊を敵に回して勝利できる など本気で信じているとは思えませぬ。ですが、お二人は無理を承知で戦わなくてはならない理由がお有りなのでしょう。そのような方々が今さら説得に応じる など考えられません。かと言って、真正面からぶつかって全滅する道を選ぶとも…」
「第三の選択肢か…」
「刹那殿」
「?」
「もしもノアの皆さんがあそこに立て籠り、『我々の要求を飲まないと本部ごと自爆してやる!』と宣言したら…どうなるのですか?」
「…さあな」

 刹那は短く答えて、不安の色に顔を染めた栞に僅かに笑顔を見せた。

「俺やお前が考えるような事、軍のお偉い方々はとっくに考えているはずだ。その時は的確な指示が出るだろう」

 追い詰められたノアが自暴自棄で自爆、という可能性は刹那も考えた。
 原子力発電所の原子炉が明確な意図と悪意を持って内部から爆発したら…それは第二のチェルノブイリ事件に匹敵する惨事となるのは想像に難くない。
 無論、軍の上層部もそのくらいの事は想定している。爆弾処理班だけでなく、原子炉の構造や扱いに詳しい技術者を同行させているし、新生ノアの原子力発電所のコンピューターもハッキングして少しでも異常があれば手を打てる体勢を整えていた。
 だから、よほどの事がなければ対処できるはずだ。よほどの事がなければ…。

「刹那、栞ちゃん!」

 ブラドが二人を呼んだ。
 見ると、レジーナが集まった皆と何か話しながら握手をしていた。…彼女がノアに戻る時間が来たのだ。
 サイキッカー部隊が新生ノアに与えた猶予は24時間。明日14日の午後4時までに結論を出し、降伏するなら赤い旗、徹底抗戦なら青い旗を屋上に掲げる事になっている(軍上層部には、『レジーナによる内部工作が完了したら屋上に旗が掲げられる』と報告してある)。
 …レジーナは何の衒いもなく二人に笑顔を見せて手を差し出した。

「栞、また一緒に買い物とか行こうね」
「はい、ぜひ」
「刹那、次に会った時はゲームでも喧嘩でも負けないわよ」
「フ…何度でも返り打ちにしてやる」

 刹那は差し出された手を握り返した。その手は情熱的に熱かった。
 レジーナが皆に挨拶を終えて、さて…とノアに足を向けた時。

「待った待った、ちょぉーっと待ったーーっ!!」

 ウエンディーが、一体何処から調達して来たのか…三脚とカメラを持って来た。
 何をやっているのか怪訝そうな皆の前で三脚を組み立ててカメラをセットすると自慢げに胸を張った。

「その前に記念撮影しましょ!」
「記念撮影?」
「何でまたそんなもん」
「いいんじゃないの写真くらい」
「ほらっ、皆並んで並んで!」

 ウエンディーにせき立てられて微少や苦笑を浮かべながらも皆が素直に並ぶと、ウエンディーはカメラを三脚にセットしてエミリオの隣に立った。

「はーい、皆笑ってー!」

 ウエンディーの合図で皆が笑うと、シャッターが落ちた。
 撮影した画を確認して、ウエンディーはにっこりと満足げに笑った。

「明日は、また皆で写真取りましょうね。バーンやキースや、カルロさんも一緒に!」
「そうなるといいね」
「きっとなるわよ。…じゃ、そろそろ私は行くね。兄さんが待ってる」
「またね、レジーナ」
「お気を付けて、レジーナ殿」
「レジーナさん、また明日っ!」
「うん、また明日ね!」

 明るく笑って手を振ると、レジーナは軽い足取りでノアに向かって行った。
 その背中を、刹那とガデスは複雑な顔で見送っていた。

「また明日、か」
「明日も会うのはほぼ間違いねぇだろうよ。どんな形でかは分かんねぇがな」
「…………」

 刹那は握りしめていた拳をほどき、もう一度きつく握りしめた。
 どうしても嫌な予感が心から離れない。
 笑顔でレジーナを見送った皆とは裏腹に、彼の心を覆う暗雲は晴れるどころかますます濃くなっていた。

 

 

 その夜。
 ブラドとガデスと刹那、そしてエミリオがキャンピングカーで何となく集まってだべっていた時、扉がノックされた。
 そろそろ日付けが変わる時間だ。
 どうぞ、ブラドが代表して声をかけるとウエンディーが遠慮がちに顔を出した。

「刹那さん、います?」
「何か用か?」
「用って言うか、伝言を頼まれて…」

 彼女らしくもなく、ウエンディーは小声でそう言って周囲の様子を伺った。

「中に入って、ドアを閉めて。そうすれば外には聞こえないよ」
「じゃ、お言葉に甘えて」

 ウエンディーは後ろ手に扉を閉めて中に入って来た。
 エミリオが怪訝そうに首を傾げた。

「ウエンディーに刹那当ての伝言を頼むって、一体誰が?」
「うー……。誰にも言わないでね」
「だから誰なんだよ」
「………マイト」

 ボソッと言われた名前に皆が眼を丸くした。

「マイト?マイトってあの、サイキッカーハンターの?」
「どうしてあいつがここに」
「つか刹那に何の用?」
「マイトからさっきテレパシーが飛んで来たんだけど…何かね、パティの為にノアの中にこっそり入りたいらしいの。『何とかならないか』って言われたんだけど、私にはそんな権限無いし。そう言ったら、じゃあ刹那に取次いでくれって」
「厳戒中のノアにハンターを入れる権限なんて刹那にもねぇだろーが」
「私もそう思ったんだけど。伝言頼まれたから伝えるだけはしなくちゃ、って思って」
「………。マイトは何処にいる?」

 胸を冷たく満たす不吉な予感。
 未来を知っているはずのマイトと話せば何か分かる事があるかも知れない…そんな思いが刹那の口を開かせた。
 ガデスが意外そうな顔になった。

「お前、この大事な時にサイキッカーハンターに会いに行こうってのか?」
「理由は分からんが奴は俺を殺せないからな、会って話を聞くだけなら問題ないだろう」
「…そうだね。ここで刹那が行かなかったせいでハンターが無理矢理ノアに侵入でもしたらそっちの方が面倒なことになるし」
「違いねぇ」
「じゃあ、僕からウォンに君がハンターに会いに言った報告をしておくよ。もしも何かあったらすぐ連絡してね」
「分かった」

 刹那は頷き、マイトが待っていると言う場所に向かった。

 

 

 指定された場所は人間の兵士が待機している一角だった。
 まさか兵士達を殺してはいないだろうな…と訝しく思っていた刹那は、呑気に眠っている人間の兵士達を見てハンターの連れの能力を思い出した。
 …なるほど、強力な子守唄で眠らせたと言う訳か。

「いるのか、マイト」

 声をかけると、テントの影から見覚えのある二人組が姿を見せた。
 サイキッカーハンター・マイトと、パトリシア・マイヤース。
 パトリシアは相変わらず警戒心のこもった眼で刹那を見ていたが、マイトは以前ほど狼狽えた様子は見せなかった。最後に会った時よりも強い意志がその眼には宿っている。
 マイトは普通の声で支障無く会話ができる距離まで近付くと口を開いた。

「キースに会いたい。何とかならないか?」
「単刀直入だな」
「パティの母さんの情報を、キースなら知っている可能性がある。最後に何とかして会って話を聞きたいんだ」
「最後?」

 刹那は首を傾げ、ああ…と思い当たった。

「明日…いや、日付け的には今日か…新生ノアが崩壊するとお前は言っていたな」
「そうだ。夜が明ければあの建物に近付くのは今以上に難しくなる。キースに会うチャンスは今しかないんだ」
「何故キースなんだ?ルーシア・マイヤースの死亡診断書は軍が作成した物だったはずだが」
「あれが本物だという証拠も無いのに、私を捕まえようとした軍を自分から訪ねるなんてできません」
「…なるほど」

 パトリシアの言葉に納得して頷き、さてどうするかと考えた。
 得体の知れない二人組を今この状況のノア内部に入れる権限など中尉の彼は持っていない。しかし、ウォンならあるいは…。
 刹那はしばらく考えて口を開いた。

「その前にお前に聞きたい事がある」
「何だ?」
「サイキッカー部隊は新生ノアに選択肢を二つ与えた。軍に投降し共に歩むか、徹底抗戦の後に全滅するか。奴らはどちらの道を選んだ?」
「どちらって…」

 マイトは年相応の少年らしい顔で戸惑いを見せた。

「最後の最後まで抵抗して、軍とノアの双方に甚大な被害を与えて崩壊した、と聞いたが…」
「崩壊したと聞いた、か」
「?」
「相変わらずお前は、これから起こるはずの事を過去の出来事のように話すんだな」
「!…………」
「まだ記憶が戻ってはいないようだが」

 マイトの反応で、二つ目の質問は口にする前に答えが得られたが。
 少年は、でも…と呟いた。

「頭の中で声がするんだ」
「声?」
「何を言ってるのかは聞こえない、顔も良く見えない。ただ、パティの声と刹那の声だと言う事は分かる」
「…………」
「パティが何か言っていて、刹那も何か叫んでいて、そして誰かが冷たく笑ってる…。それが何か分かれば、俺が今ここにいる理由も分かるはずなんだ…」
「…そうか」

 マイトの知っている『刹那』とは自分なのか、自分と同じ名前と姿形と能力を持つ別の存在なのか。
 多少は心に引っ掛かっていたのだが、答えは得られそうに無い。
 とにかく質問には答えてもらったのだからこちらも答えねばなるまい。刹那はポケットから携帯を取り出した。

「…で、さっきのお前の質問だが。ノアへの侵入を許可する権限は俺には無い」
「そうか…やっぱりあんたでも駄目か」
「だが、司令官なら可能かもしれん。どうする?聞いてみるか?」
「本当か?じゃあ、頼む」
「いいんだな?許可が出る可能性も無くはないが、貴様らを捕獲しろと命令が出る可能性もあるぞ」

 その言葉にマイトは少しだけ笑った。

「そうしたら、パティの歌であんたを眠らせて援軍が来る前に逃げるさ」
「…なるほどな」

 刹那も少しだけ笑って携帯のボタンを押した。
 …ウォンに事情を話すと、驚くほどあっさりと許可が出た。ただ、『話を聞くだけで絶対にキース達を殺してくれるなと伝えるように』と釘は刺されたが。
 通話を終えてマイトに顔を向けると、漏れ聞こえた会話で結論は察したらしい。

「どうやって行けばいい?」
「ノアの入り口まで俺が同行する」
「刹那が?」
「お前も知っての通り、俺は闇使いだ。俺の能力なら肉眼だけでなく赤外線センサーも無効化できるからな…夜が明ける前にこっそり行って来いと言う事だ」
「…感謝する」

 二人をノアの…原子力発電所の敷地内まで送り届けると、刹那は適当に腰を降ろして空を見上げた。
 星は見えなかった。


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サイキ部屋
総合目次


 10年前はレジーナがノアに帰還した後、すぐに場面が切り替わって翌日になった気がするのですが、今回はマイトの登場で緊張感を出してみました。軍vsノ アの決戦前にマイトとパティがキースに会いに行く話は、マイト主役小説「Tears&Flow」で書いたのですが、こっちに組み込んでみました。 マイトがウエンディーに頼んで刹那のツテでノアに侵入すると言う下りは10年前と同じです。
 当時はノアの崩壊を取材しようとマスコミが大挙して押し寄せているって設定でしたが、今回は軍関係者だけです。
 あと、マイトの「頭の中で声がする、誰かが何か言っている」って辺りは、「Tears&Flow」を踏襲しました。最初は「誰かが何か言っている」しか分からなくて、話が進むと「誰が」「何を」言っているかをだんだんと思い出して行く…という展開でした。
 最後の「星は見えなかった。」の一文で、先の見えない未来を暗示してみました。