THE DARKNESS
EPISODE 23:西暦2012年11月14日 新生ノア本部敷地内


「刹那」

 マイトの声で、自分が眼を閉じていた事に気付いた。
 真剣な顔のハンターと引きつった顔のパトリシアが見えた。…母の死の真相をキースから聞き出したと言う事か。

「話は終わったか?」
「ああ」

 立ち上がり、来た時と同じように闇を纏って戻る途中、マイトがそっと口を開いた。

「ひとつ思い出した事があるから、あんたにも言っておこうと思うんだが」
「何だ?」
「さっき言った話。頭の中で声がする…」
「何を言っているのか分かったか?」
「………、いや……」

 マイトは不自然に口籠り、でも、と続けた。

「パティと刹那ともうひとりいた、その最後の一人の顔が見えた。サイキッカー部隊司令官、リチャード・ウォンだ」
「パトリシアと俺と司令官…?」

 刹那とウォン、ウォンとパトリシア、パトリシアとハンターは繋がりがある。
 しかしその4人を明確に繋ぐ糸はない。いや、刹那は知らない、と言った方が正確かもしれない。ウォンはマイトの事も知っているような口振りだったし…。
 …流石にここまで来れば軍にもノアにも見つからないだろうと言うところまで来ると、刹那はマイトとパティを振り返った。

「ここまで送ればいいだろう」
「ありがとう刹那、世話になった。それじゃ…」
「…マイト」

 何となく刹那は、踵を返しかけたハンターを呼び止めた。
 怪訝そうに振り向いた少年に、こんな事を聞いて何になると思いながら気になっていた事を尋ねた。

「ノアが崩壊する時、軍にもノアにも甚大な被害が出るそうだな」
「そんなふうに、聞いた」
「では」

 刹那は新生ノア本部を見遣った。

「軍とノアのサイキッカーの何人が、あそこから生きて帰れる?」
「…………。あくまでも、俺の知っている限りでは、だが……」

 マイトが躊躇いがちに口にした数字は、そんな質問をした事を刹那が後悔するのに十分な数だった。

 

 

 キャンピングカーに刹那が戻ると、皆が怒った顔で文句を言いかけ、彼の深刻な顔に気付いて不思議そうな顔になった。
 エミリオが首を傾げた。

「何してたんだよ遅いよハンターに殺されでもしたのかって心配したじゃないか…って言おうと思ってたんだけど」
「んなこと言えねぇような深刻なツラしてやがるな」
「マイトと何かあったの?」
「ちょっと、な…」
「ちょっとって何ですか?そんな言い方されたら余計気になるじゃないですか!」

 はぐらかそうと思ったが、ウエンディーの言葉が皆の気持ちだったらしい。
 仕方なく刹那は事実の一部を話す事にした。

「ガデスには以前話した事があるが、マイトはこれから起こる未来を知っている節がある」
「あー。司令官の旦那が言ってた『未来人』は冗談じゃなくマジなんじゃないか…とか言ってたな、お前」
「俺が9月にマイトに会った時、奴は『西暦2012年11月14日に新生ノアは崩壊する』と言った。…まるで、過去に起こった事を話すような口振りでな」
「つまり刹那は、ハンターが未来人だと信じてる訳だ」

 馬鹿じゃないの、と言いたげなエミリオの言葉に刹那は頷いた。

「で?お前さんはその未来人に何を聞いたんだ?」
「ノアは降伏するか、それとも徹底抗戦か、どっちを選んだのか」
「マイトは、何て…?」
「ノアは最後の最後まで抵抗し、軍にもノアにも大きな被害を出して崩壊した、だそうだ」
「記憶喪失の寝言を真に受けたの?」
「俺は奴が嘘を言っているとは思えない。嘘を吹き込まれてそれを事実だと思っている可能性はあってもな」
「…………」

 笑い飛ばそうとしたエミリオは刹那の真剣な眼を見て笑みを消した。
 重苦しい沈黙が数秒続いた後、口を開いたのはブラドだった。

「仮に、マイトが未来人で彼の言っていた事が事実だったとしても、これから何が起こるかは誰にも分からないよ」
「どうして?」
「マイトが未来からやって来たのなら、その時点で歴史は変わり始めてるはずだから。大事なのはマイトの話の内容じゃなくて、僕達サイキッカーのより良い未来の為に全力で頑張れるかどうか。でしょ?」
「確かにそうだ」
「ブラドさんってば良いこと言う!」
「でもせっかく未来から来たマイトが警告してくれたんだから、明日は…あ、もう今日か…気を引き締めて行こうね」
「へーい」
「うん」
「了解」
「はぁい」

 皆が素直に頷くのを見て、ブラドはにっこり笑った。

「さ。もう遅いしエミリオとウエンディーは明日に備えて休んで」
「ブラドさん達は?」
「ノアの連中が仕掛けて来る可能性もあるからな、不寝番だ」
「朝になってお前達が起きて来たら交代で寝るからよ、寝坊すんなよ」
「オッケー。目覚ましかけておくね!」

 エミリオとウエンディーが出て行くのを笑顔で見送ったブラドは、扉が閉まると真剣な顔で刹那を見た。

「刹那」
「ん?」
「マイトは他に何て言ってたの?」
「………。どうしてそう思う?」
「言ってたんだね。双方に甚大な被害が出る、それ以上に不吉な何かを」
「…………」
「レジーナはうまい事丸め込まれたがよ、石頭カルロが軍と…いや、『人間と』と言った方がいいか、手を組むなんて提案に首を縦に振るはずがねぇからな。連中が徹底抗戦に出るのも、総力戦になればこっちも無傷で済まねぇのは予想済みだ。俺も、ブラドも、司令官も、お前もな」

 予想が付いている事を言われたところでさほど深刻になるはずがない、と言う事か。
 多少の躊躇いはあったが、この二人なら言ってもいいだろうと刹那は口を開いた。

「軍とノアのサイキッカー、何人が生きて帰れたかを聞いた」
「…何人、なの…?」
「あくまでもマイトが知っている限りで、だが…」

 刹那は無言で片手を上げて告げられた人数を示した。
 ブラドの顔色がさっと変わった。

「たったの、3人…!?」
「聞いてしまってから聞かなければ良かったと思ったがな」
「3人ねぇ…」

 深刻この上ない顔をする二人と対照的に、ガデスは首を傾げた。

「それってそんなに少ない数か?」
「!?」
「だって…僕達5人にクリスにウエンディー、ノアの3人とバーン君で、11人いて、生きて帰れるのがそのうち3人なんだよ?」
「刹那は『軍とノアのサイキッカーが何人帰るか』って聞いたんだろう?バーンとウエンディーは最初から除外だろ。非戦闘員のクリスは頭数に入ってるとは思えねーし」
「それでも8人のうち3人だ」
「あのボーズが把握してるのが3人ってだけだろ?それとも何か、ハンター様は残り5人が死んだと断言したのか?」

 ガデスの言葉に刹那は口籠った。

「いや、そうは言っていなかったが…」
「つーことは、ノアの幹部連中は戦うと見せ掛けて逃げちまう可能性もあるって考えた方がよかねーか?あの原子炉を爆発するぞー!って脅して、軍がその対応で右往左往してる間にトンズラとかよ」
「そうか…その方が現実的に有り得そうだね」
「それにさっき副司令官様が言ってただろ?あのボーズが未来から来たのなら、その時点で歴史は変わり始めてるってよ。つまり奴の予言なんざ全く当てにならねぇって事だ」
「そうか…。そう、だな……」

 ガデスの言う通りだ。マイトの『予言』よりガデスの言葉の方が現実的だし筋が通っている。
 だが…。
 その通りだとどんなに頭で思っても、刹那の心はざわめいたままで、静まるどころか波立つばかりだった。
 不快感に苛立つ刹那の脳味噌に、不意に疑問が浮かんだ。

「………。今、ふと気になったんだが」
「…………」

 刹那の言葉にブラドとガデスは微妙な顔を見合わせた。
 はーっとため息をついたのはガデスだった。

「こーゆー時にお前が気にする事っつーのはものすげぇ痛いところを鋭く突いてたりするんだよなぁ。正直言って聞きたくねーんだが…何が気になるんだ?」
「カルロは何故、あんなにも人間を憎んでいるんだ?研究所で生き地獄を見たと言うならレジーナもキースも同じだろう。なのにどうして奴だけ度を越しているんだ?」
「ほーらきやがった」
「………」

 ガデスとブラドは、記憶したくもなかった嫌な事実を否応なく思い出す羽目になったと言いたげな顔になった。
 二人はしばらく相手が何か言うのを待っている風だったが、口を開いたのはブラドだった。

「カルロ君は、研究所でレジーナと一緒にひどい実験をされたんだよ。他の誰もされた事がない程ひどい事を…。その事実を知っているのは僕とウォンとガデスとキース様、そしてカルロ君の5人だけだ」
「レジーナも当事者なのに知らないのか?」
「カルロ君がレジーナにばれる前に実験の痕跡を全て消したから」

 そう言ってブラドは口を噤んで眼を逸らした。
 これ以上は何を聞かれても絶対に答えない、という意思表示だろう。
 刹那はじろりとガデスを睨んだが、何か言う前に先回りされた。

「今は言えねぇよ。この大事な時に、初仕事で研究所の見学した時みたいなヘコみ方されたら俺も迷惑だからな」
「つまりベルフロンド兄妹は、あの研究所で俺が見た何かと同じ実験をされたと言う訳か」

 刹那の言葉にブラドはビクリとなり、ガデスは情けない顔で肩を竦めた。

「おめーって奴は、バカのくせにどうしてそういう勘だけ鋭いんだよ…」
「…………」
「ああ、そうだよ。お前も知ってる実験をされて、それに気付いたカルロがレジーナにバレる前に試験管だったかシャーレだったかを全部ぶっ壊して、ついでに実験に関わった研究員の口も全て封じて終わらせた」

 きつい眼で睨まれたガデスはそれだけ言って、口にチャックをする真似をした。
 彼もここまでしか言えない、ということだろう。
 刹那は考えを巡らせた。

(俺があの時見たのは、一番ショックを受けたのは…)

 刹那が見た研究所の非人道的な『実験』。
 カルロとレジーナは二人一緒に同じ実験に使われた。
 カルロが実験の痕跡を消す時に壊したのは試験管かシャーレ。
 そこから導き出される答えは、ひとつ。
 刹那は一度眼を閉じて細く長く息を吐き出した。

「なるほどな」
「…刹那」

 ガデスは真剣な眼でひたと刹那を見つめた。
 カルロが人間を異常なほど憎む理由、レジーナの身に何があったのか悟った彼を。

「最後にもう一回聞くぜ。命令が下ったら、お前はレジーナを殺せるか?」

 壁に背を預けた刹那ははっきりとガデスを見返した。

「命令ならば黙って従うのみだ。殺せと言われれば殺すし、生け捕りにしろと言われればそうする」
「本当にできるんだな?」
「命令に逆らって得るものと失うもの、どちらが大きいかくらいは俺にも分かる。女一人の命と自分や仲間達の未来を天秤にかけるほど俺は馬鹿じゃない」
「それを聞いて安心したぜ。お姫さんの時みたいに命令の穴を潜って何とかする、とか言われたらどうしてくれようと思ったよ」
「殺さずに済むならそれに越した事はないと言うのが本音だがな」

 刹那が薄く苦笑すると、ガデスはニヤリと笑った。

「感情や本音はどんなに甘くても構わねぇよ。土壇場で感情に振り回されず冷静で論理的な判断ができれば問題ねーや。そこの副司令官様みたいにな」
「…僕は、全然冷静でも論理的でもないよ」

 ブラドは悲しげに微笑んだ。

「僕にとって大切なのはどちらか…そんな感情が判断基準なんだ。だから、現実的な判断はいつもウォンやセカンドに任せてるよ」
「へぇへぇ、そういう事にしておきますよ。んじゃ、安心したところでちょいと一服してくるわ」

 ガデスはおどけた風に笑って出て行った。
 扉が閉まると、中には刹那とブラドだけが残された。
 …独り言のように刹那は言葉を口にした。

「…俺は、父親のようにはなりたくなかった」
「………?」
「政治家だった親父は、その地位を追われた途端に全ての力を失った。権力も、財力も、社会的影響力も」
「…うん」
「だから俺は確実な力が欲しかった。何ものにも左右されない、脅かされない、絶対的な力が」

 右手に意識を集中すると、濃密な闇が溢れた。彼が手に入れた、掴み取った、確実で絶対的な力が。
 深い蒼をたたえた眼に闇を映して刹那は言葉を続けた。

「この力を得た時、俺は全てを手に入れた気分になった。この力さえあれば、何でも出来ると…。しかし現実はどうだ。一兵士だった時と何が変わった?どんな に強大な戦闘力があっても、大佐も将軍も簡単に殺せる力があっても、俺は奴らの命令に逆らえない。所詮は軍の飼い犬のままだ」
「………」
「…気紛れで連れて来た小娘の命ひとつ、友人と呼んでもいい女の命ひとつ守れないで、力を得たと言えるのか?」
「刹那…」

 ブラドは刹那の手をぎゅっと握りしめた。
 あたたかな右手と冷たい左手。

「全てに対して万能な、完璧で絶対的な力なんてないよ」
「………」
「だから、幾つも力を持てばいい」
「…俺はお前達とは違う」

 深紅の眼から視線を逸らした。
 二人が持っているような強大な財力や人脈や社会的影響力を持つ事は、自分には出来ない。認めるのは癪だが、そこまで器用でもないし器量もない事くらいは分かっている。
 ブラドはそんな刹那の気持ちを見透かしたように微笑んだ。

「僕やウォンは広く浅く色んな力を手に入れたけど、刹那は僕やウォンが手に入れられない力を持てるんだよ?」
「俺が?」
「軍の中の地位」
「ああ…」

 刹那は曖昧に頷いた。
 本来、外国人が合衆国軍に入隊するにはこの国の市民権を得る…すなわち、国籍を変える義務がある。ウォンやブラドは特例中の特例として中国やドイツ国籍 のまま少佐や大尉の地位にいるが、その特例が将官クラスにまで適応される可能性はまず無いと言っていいだろう。逆に言えば、一応この国に籍を置く刹那なら 『可能性はある』と言う事になるのだが…。

「僕やウォンはこの国の軍の中で昇進するって言っても限界がある。だから刹那には僕達の分まで上に行ってもらいたいんだ。そうだね、国家規模でやってるサイキッカーの研究に口出しする訳だから、最低でも将軍くらい」
「最低でも将軍ってお前…」

 流石の刹那もぎょっとした。

「『将軍』って呼ばれる階級に行くのがどれだけ大変な事か分かって言ってるのか?」
「いきなり何それ?将軍になれない言い訳?」
「おまっ………」

 ブラドは彼の手を握ったまま、悪戯っぽい眼で彼を見上げて微笑んだ。
 刹那は口元をねじ曲げ、一度深呼吸し、忌々しく舌打ちした。

「……分かった。将軍だな」
「うん。頼んだよ、刹那。約束だからね」

 差し出された小指に小指を絡めると大袈裟なほど上下に振られた。
 …とんでもない約束をさせられた。
 深々とため息を付く刹那に、ブラドは真面目な顔で言った。

「そのためにも、今日のノアとの戦いは絶対に負けられないよ」
「解放される未来の為に戦う俺達が、囚われた過去の為に戦うノアの連中に負ける道理が無いだろう」

 迷いも躊躇いも無く言い切った刹那に、ブラドは顔を綻ばせた。
 今度こそ、ノアは完全に滅ぼさねばならない。
 過去を捨て、悲劇の連鎖を断ち、来るべき新たな未来を切り拓くために。

 

 

 例え、生きて帰る事ができるのが3人だけだったとしても……。


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サイキ部屋
総合目次


 いよいよノアとの決戦も間近なので不穏な空気と楽観的な空気と緊張感をまぜようと頑張ってみました。ラスト一文がえらい不吉ですが…。
 ええと、まず冒頭のマイトですが、「声の主」だけでなく「何を言っているか」も、キースと会って思い出してます。何故内容を言えないのかは…説明するまでも無いと思いますが、一応次にマイトが出る時に明かすと言う事で。
 マイトが予言した『生きて帰れるのは3人』が当たるか外れるかはまだ秘密です。
 カルロ&レジーナが研究所で何をされたのか?については昔好きだった方の影響を多大に受けているので敢えてぼかしたままにしてあります。本編に直接のかかわりも無い事ですし…。
 最後の方、刹那とブラドの「力」に関する話は、本当はノア崩壊後にしようかと思っていたんですが成りゆきでここに来ました。