| …時間は13日の夕方に遡る。 レジーナは懐かしいノアに戻って来た。 敷地内にある管理室に入り、ノア本部に通じるセキュリティを正規の方法で解除して扉を開ける。地下へと続く階段を降りると、薄暗い部屋に赤い光が見えた。 ガシャリ…と重い金属音がして、サイボーグがレジーナに銃口を向けるのが見えた。 レジーナは苦笑して形ばかり両手を上げた。 「私だよ、α。お勤め御苦労様」 「…………」 αのセンサーがレジーナの顔を認識すると銃口を降ろした。 ぽんぽん、とその機械の体を叩いてレジーナはノアの最深部へ足を向けた。 …兄がいる場所は予想できた。 落ち着き無く待っていた兄を見つけて、レジーナは懐かしい水の匂いに走り出した。 カルロは無事に帰還した妹の姿にほっと安堵の表情を浮かべた。 「レジーナ!」 「兄さん!…ごめん、心配かけて」 「いや、お前が無事で何よりだ」 カルロはレジーナの頬に優しく触れた。 その手の温もりに思わず涙ぐみ、零れかけた涙を慌てて手の甲で拭って、レジーナは真剣な顔で兄を見上げた。 「大事な話があるの。ノアの行く末に関わる話、だからキース様にも聞いて欲しいんだ」 軍がレジーナを使って何らかの交渉をして来る事は予想していたのだろう、カルロは無言で頷いてキースの居室に続く扉を開けた。 …レジーナが話をする間、キースもカルロも一言も口を利かなかった。 ただ、キースは終始無表情のまま、カルロはどんどんその表情を険しくして行った。 ウォンやブラドの本当の目的を知らせれば、兄もキースも分かってくれる。勝ち目の無い戦いなどせずに彼らと協力する道を探ってくれる…そんなレジーナの期待は、険しくなるカルロの表情に比例するように小さく、少なくなって行った。 「…って訳で、話し合いに応じるなら赤い旗、あくまでも戦うなら青い旗を明日の午後4時に屋上に掲げる事になってるんだ」 レジーナが言葉を切った時、カルロの表情はこれ以上ないほど厳しくなっていた。 なのに…キースは無表情のままだった。 あまりにも薄すぎる総帥の態度。 レジーナは不安を覚え、カルロは苛立ちを隠さずにデスクを拳で叩いた。 「話し合いになど応じられない。これは僕達をおびき出す罠に違いない!そうでしょう、キース様!?」 「…………」 「キース様!」 「今更私が何を言ったところで、君の考えは変わるまい」 淡々としたキースの言葉にカルロの表情が強張った。 「まさか…まさかキース様、裏切り者達の言葉を信用すると言うのですか?あのウォンが、サイキッカーの平和な未来を願っていると。軍に取り入ったのもサイキッカーに自由と平和を取り戻すためだと、そんな戯言を信じるのですか!」 「レジーナが言付かった伝言だけでは信ずるに足りない。しかし嘘だと断ずる根拠もまた足りない」 「ウォンは2年前、大勢の同胞達を軍に売り渡してノアを裏切った。根拠とするには十分ではありませんか!」 「それは、ノアの暴走を止めて国軍の中に居場所を作るために…」 「レジーナ……」 信じていた者が敵として目の前に出てきた時のような、そんな顔でカルロはレジーナを見た。今まで一度も自分に向けられた事のない兄の眼…レジーナはビクリと体を震わせた。 カルロはレジーナの肩を掴んで揺さぶった。 「どうしてしまったんだレジーナ?お前まで…お前まで、軍の思想に洗脳されてしまったのか?エミリオやブラドさんだけでなく、お前まで!」 「何を言ってるの、兄さん」 兄の言葉にレジーナの胸の中に冷たい霜が降りた。 「以前、キース様も言っていたじゃない。ブラドさんは自分の意志でノアを捨ててウォンと共に軍に行ったんだって」 「ブラドさんは度が過ぎるほどお人好しな人だった。ウォンの嘘を真に受けて、騙されていると気付かないままノアを裏切ってしまったに決まっている!」 「兄さん、私、軍にいる時にブラドさんとよく話をしたよ。あの人は騙されているようにはとても見えなかった。エミリオだって…」 「彼らには騙されている自覚がないからそう見えてしまったんだよ」 「…兄さん……」 レジーナは兄を見つめた。 軍に乗り込む前の自分なら信じただろう。しかし、1ヶ月近くもブラドやエミリオと生活を共にして来たレジーナは、兄の言葉に素直に納得することが出来なくなっていた。 『決まっている決まっているって…思い込みじゃなく客観的理由をあげてみろや』 『貴様の兄貴は夢や理想などと言う甘ったるいものを語っているだけだが、俺は自分の眼と耳で確認した事実を言っているんだからな』 脳裏に蘇る、ガデスと刹那の言葉。 最愛の兄の言葉より、敵だったはずの二人の言葉が現実味を持ってレジーナの心にのしかかった。 (あの二人の言う通りだ。兄さんは想像でものを言っているだけだ。ブラドさんやエミリオのことも、ウォンの目的も、何も自分の眼や耳で確認していない…) ノアとは違う場所を見て来たから気付いてしまった事実に、レジーナはゾッとした。 妹の沈黙を自分の言葉に納得したと解釈したらしいカルロはほっとしたように微笑んだ。 「レジーナ、お前は長い間軍で生活して疲れているんだ。ここはお前の家も同然の場所だ、明日の戦いに備えてしっかり休むといい」 「え?……」 兄の言葉にレジーナは眼を見開いた。 明日の戦い? 「兄さん、あの軍を相手に戦うつもりなの!?」 「勿論だ。ノアを信じて集まった同志達の為にも逃げ出す訳には行かない。ここで決着をつけてやる」 「無茶だよ兄さん、今のノアじゃ軍には勝てないよ!」 レジーナは必死に言い募った。 軍にいたからこそ、ノアにいたからこそ、双方の戦力はよく分かっていた。サイキッカーの戦力も重火器での軍事力も圧倒的に向こうが上だ。 「軍には私達が把握しているだけで5人のS級サイキッカーがいるし、今はウエンディーもいるんだよ?私達の情報は逃げ道も含めて全部向こうに筒抜けだし、 おまけに爆弾処理班に原子炉を扱うプロまでわんさか来てる。ついでに物凄い癒しの力を持った影高野の神妃まで一緒にいて、あっちは磐石の態勢でここに来て るんだよ!!」 「僕達には地の利、そして何よりも高い志と理想がある。キース様の指揮の元、僕らがひとつになって戦えば人間に与する愚か者などに負けるはずがない!」 「兄さん……」 何を言っているの。 知らず握りしめた拳の中で指先がひどく冷たい。 地の利はともかく、高い志と理想は…見つめる先が違うだけで、軍属サイキッカーの彼らも同じなのに。 大体、そんな精神論で不利をひっくり返せるのなら新生ノアはとっくに軍サイキッカー部隊を潰していたはずだ。 誰よりも賢く、誰よりも冷静だったはずの兄の言葉とは思えなかった。 凍り付くレジーナには気付かぬ様子でカルロはもどかしげにキースを見た。 「キース様。今こそ、今こそあなたが立ち上がる時です。今、あなたが立ち上がって同胞を率いて軍を壊滅させれば、僕らの未来も訪れるはず」 「…………」 「答えて下さい、キース様!サイキッカーの未来を築くには強靱な意志を持った指導者が不可欠なはず。ですが、今のあなたからはそれが微塵も感じられない…」 「カルロ」 詰め寄るカルロに眼を向けて、キースは淡々と言葉を紡いだ。 「私も2年前は君のように考えていた。人間は愚かな存在、我々サイキッカーは選ばれた民。愚かな存在を滅して選ばれた民で統べてこそ世界は正常な姿になる のだと…心から信じて疑わなかった。そんな私の考え…思い込みは、あの日あの時、同じ『選ばれた民』であるはずのサイキッカーが私を本気で殺そうとし、箱 舟を沈め、愚かな存在に与した瞬間に粉々に砕け散ったのだ」 「………」 「バーンは言った、『キース、お前は間違っている』と。誰よりも私を理解してくれた親友の彼が、まっすぐに私の眼を見て、迷わずに言い切ったのだ。『お前 は間違っている。だから俺がお前を止めてやる』と言って、命をかけて私を止めようとした。そしてあの爆発の後、私は知った。私に救いを求めて来たブラド が、ウォンと手を組みノアを捨てた事を。その二つの事実が私を迷わせた。私の信念は、理想は、本当にサイキッカーの未来を拓くものだったのか?3年間の研 究所の生活で、私の心は歪んでしまったのではないか。冷静に現実を見ることが出来なくなっていたのではないか…?」 苦く想いを吐き出す総帥の姿に、カルロは口を引き結んでただ拳を震わせるしか出来なかった。 「迷ってしまった私は一歩も動けなくなった。そしてこの2年間、私は敢えて傍観者であろうとした。主観で眼を曇らせず、ありのままの現実を見て、見つめ直 したかったのだ。世界を、ノアを、軍を、人間を、サイキッカーを、バーンを、そして私自身を。そして否応なく認めざるを得なかった、時の流れは我々に味方 をしていない」 「何をおっしゃるのです、キース様!?…いや、あなたは誰だ?かつてのキース・エヴァンスは一体何処に行ってしまったのですか!」 「人間を憎む君の気持ちは分かる。しかし今、私を担ぎ出そうとしたところで何も変わりはしない」 「変わらない?何がです!?あなたが立ち上がってくれれば…」 「2年前と同じように国家と言う強大な力に叩き潰される、その結果は何も変わらない」 絶句するカルロにキースは静かに続けた。 「2年前のウォンの裏切りはノア崩壊のきっかけではあっただろう。しかし実際に『ノア本部』を潰したのは爆弾と軍隊だった。国と言う巨大組織が本気で戦力 を結集しこの本部に爆弾やミサイルを撃ち込めば、あるいはウィルスなどの生物兵器を撃ち込めば、呆気無くノアは崩壊する。それが現実だ」 「…………」 「その現実を踏まえて尚、人類の屍の上に理想郷を築くべく私は戦うべきなのか?その答えはまだ得られていないのだ…」 「…………。残念です。では、これからは僕がノアの指導者となり、同胞達を導いて行きます。よろしいですね、キース様」 「ノアが再興してから、事実上の指導者は君だった。今更私の意志や指示など、君は必要としていないだろう」 決別宣言を聞いてもキースの表情は動かなかった。 カルロは唇を噛み締めたままじっと『ノアの総帥』の姿を見つめ、そして無言で背を向けた。 全てを拒絶するかのようなその背中に、キースは声をかけた。 「カルロ」 「今更何を言うのです、抜け殻となったあなたが!」 「私からの、最後の頼みだ。…同志達の希望は尊重して欲しい」 カルロの肩がピクリと震えた。 低い声で尋ねる。 「この期に及んで軍に寝返りたいと言う者がこのノアにいるとでも?」 「希望を尊重してくれ。…それだけだ」 「…………」 カルロは振り返らないまま足音高くキースの居室を出て行った。 …レジーナは呆然とその姿を見送っていた。 「…カルロを、追わないのだな」 「え…」 キースの言葉にギクリとした。 兄を追わない自分に。 何もかも見透かすようなキースのアイスブルーの眼に。 「私、は…」 「レジーナ」 「…はい?」 「君が軍で洗脳されたのかどうか、それは私は分からない。しかし彼らとて、君の思考回路に干渉は出来ても心や魂まで踏み込む事は出来なかったはずだ」 「心や、魂…」 「君の頭ではなく、心や魂は何と言っているか。君が信ずるべくは誰なのか。長くはないが時間はある、後悔のないよう考えて欲しい」 「…………」 「私は私の信じる道を行く。君は君の信じる道を行くがいい」 キースが口を閉じた。 突き放されたレジーナは床に眼を彷徨わせ、形ばかりの会釈をしてキースの部屋を出た。 体が小刻みに震え、胸の鼓動が激しい。指先はひどく冷たい。 (私の信じる、道…) 薄暗い廊下に彼女の足音だけが反響している。 軍での生活はレジーナの思考回路にも心にも少なからずの影響を与えた。 サイキッカーの未来を考えるなら軍の掲げる理想の方が遥かに現実的だろう。今のノアが軍と戦ったところで勝てる見込みはほとんどない。 でも。 それでも。 (兄さんは、私の全て…) 軍で突き付けられた厳しい現実はレジーナの思考回路を変えた。しかし、兄と過ごした22年の時を…レジーナのカルロへの想いまでも変える事は出来なかった。 兄が戦うと言うのなら最後までついて行こう。進む先に未来はなくとも。明日はなくとも。 それはもう理屈ではなかった。 心を決めたレジーナははっきりと顔を上げ、前を見据えて足を進めた。 兄の部屋へと。 部屋のインターフォンを押すと、一呼吸おいて反応があった。 『…はい?』 「私よ、兄さん。明日のことを話しておきたいの」 扉を開けた兄は、穏やかな顔でレジーナを迎えた。 …ソファに腰を降ろした彼女にコーヒーのカップを渡して、インスタントだけど…とカルロは微かに笑った。 「さっきは感情的になってしまった…驚かせてしまったろう、レジーナ」 「ううん、気にしてないよ」 「今はもう落ち着いた。僕も本気でキース様と決別する気はないから安心してくれ。明日の戦いに勝ちさえすれば、キース様もきっと分かって下さる」 「もういいよ、兄さん」 レジーナは笑った。 もう私は、理屈や理論や現実的な可能性で兄さんを説得しようなんて思わないから。 いつまでも、ずっと、兄さんと一緒にいるから。 カルロは目もとを和ませて、すぐに顔を緊張させた。 「それで、明日だが」 「うん」 「僕達が青い旗を掲げたら向こうはどう出るか…聞いているか?」 「抜け道の出口は人間の兵士達が塞いで、地上の発電所部分は人間達が制圧して、地下部分は軍属のSランクサイキッカーが担当するみたい」 「具体的に誰が来るか分かるか?」 「そこまでは…。ただ、ウエンディーもバーンを探しに来るみたいだから、ウエンディーに単独行動を取らせるとは考えにくいかな」 「ふむ…それならエミリオがウエンディーに同行すると考えていいだろうな。その二人は明確にノアの敵と言う訳じゃない、放っておいてもいいだろう」 レジーナは無言で頷いた。 ウエンディーはともかくエミリオは『ノアの敵ではない』とは言いがたい。軍とノアが戦えば軍に味方するのは間違いないとレジーナは思ったが、もはや何も言うまいと心に決めていた。 「残りはウォンとガデスとブラドさんと、あの人工サイキッカー…刹那、だったか。この全員が揃って侵攻して来るとは考えにくい、一人か二人は外で待機するだろう」 「司令官のウォンが残るかな」 「恐らくな。ブラドさんも残るかもしれないが、侵攻に加わるかも知れない。…今のキース様は戦力として期待は出来ない、だから僕とお前とαで二人か三人の S級サイキッカーを迎え撃つことになるが…ガデスとブラドさんの重力使いは厄介だ、αのシステムが機能しなくなる可能性が高い。そうなると連中が固まって 行動しているところを叩くのは得策とは言えないな。…レジーナ」 「何、兄さん?」 「奴らがノア内部に侵入して来たら、お前がまず接触して誘き寄せてくれ。お前が相手ならあいつらも油断して罠に掛かるだろうからな…そうやって分断したところを僕達で各個撃破する。刹那とガデスを始末してブラドさんの眼を覚まさせたら後はウォンひとり、どうにでもできる」 「………うん」 レジーナは膝の上で拳を握りしめた。 ガデス、刹那。 ほんの一月前までは殺しても飽き足らないほど憎かった存在。今では友人と呼んでもいいと思えるほど好感を持っている存在。 でも、戦わなくてはいけない。 もはや、彼らは敵だ。いや、最初からノアの敵だった。ノアの敵は兄の敵、兄の敵はレジーナの敵なのだから。 (僕達の目的を理解して僕達の全てを知ってそれでも尚、考えが変わらずにノアに従って生きると言うならそれでいい。その時は僕達の完全な敵として全力で倒すだけだから) ブラドの言葉が耳に蘇る。 あの言葉は彼らの本心だろう。ノアが戦う意志を示せば彼らも情け容赦なく本気でノアを潰しに来るに違いない。 ノアの内部構造も、そしてカルロが立てる作戦も軍はお見通しだろう。 レジーナは眼を閉じた。 …もう戻れない。戻れないなら進むだけだ。後ろなんて振り向かない。 きっぱりと顔を上げて兄を見つめた。 「私達はずっと一緒だよね?兄さん」 「ああ、勿論だよ」 カルロはレジーナの肩にそっと手を置いた。 レジーナの手より一回り大きい、優しい両手。いつも彼女の手を引いて、迷わないよう先導してくれたあたたかな手。どんな時も彼女を守ろうとしてくれた手。 大好きな、兄の手…。 レジーナは兄の手に自分の手を重ねた。昔、カルロに買ってもらった玩具の指輪が嵌まったその手を。 カルロはレジーナの全てだった。 サイキッカーの未来とカルロを天秤にかければカルロの方に傾くほど、レジーナは彼が好きだった。兄を失って兄のいない世界で生きて行くなど考えられなかった。 カルロを守るためなら他の何も惜しくない。ノアも、未来も、明日も、友人も、自分の命すらも。 …明けて翌日。 既に屋上には青い旗が掲げられ、決戦の時を目前に控えたノアは無気味なほど静まり返っている。 軍との最終決戦を知らされたノアの同志達には動揺と不信感が広がっていた。 本気を出した軍を相手に戦って勝ち目はあるのか。2年前のような内部からの裏切りは起きないだろうか。大体、この大事な時に何故キースは姿を見せないのか。 αを伴って移動する途中、レジーナは同志達の無言の圧力を感じずにいられなかった。 『軍は主戦力をこの戦いに全て投入している。つまりはこの戦いさえ制すれば軍は崩壊する。裏切り者に制裁を、そして我々に勝利の栄光を!志ある者は僕と共に戦おう。意志の無い者はノアを去るがいい、しかし我らの勝利の後におめおめと戻る屈辱を覚悟しておく事だ!』 全館放送で流れるカルロの熱弁は、士気の高まらないノアのサイキッカー達の頭上を通り抜けて行った。 そんな寒々しい空気の中にいるのが嫌で、レジーナは同志達が誰もいない場所で待機することにした。 …ひどく静かだった。 その静けさが耐えられなくなってレジーナはαに話し掛けた。 「あのさ、α」 「…………」 「人とサイキッカーは絶対に分かり合えないのかな。それとも努力次第で分かりあって歩み寄れるのかな」 「…………」 「ブラドさんは歩み寄れるって信じてるみたい。元は人間の刹那とか、影高野の神妃の栞とかと友達になってたしね。ブラドさんだけじゃない、エミリオとかガ デスも、それに私もあの二人とは友達みたいに仲良くなってたんだ。本当は私、兄さんもあいつらに会えば案外すんなり仲良くなれるんじゃない?って思ってた んだ。戦うって決めた後にこんな事言うのもナンだけど…あはは、やっぱり迷いが残ってるのかな。あいつらは悪い奴じゃないって今でも思うし」 「…………」 「ねぇα、あんたはどうなんだろ?」 傍らのサイボーグを振り返ると、栞に便乗して刹那に買ってもらったピアスが揺れた。 必要な事以外は言葉を発しないようプログラムされているαに、レジーナは独り言のように続けた。 「確かあんたは妻子をサイキッカーに殺されて、サイキッカーを憎んでいたよね。2年間ノアにいて、人間に虐げられたサイキッカーの姿を見て来て、その考え は変わった?サイキッカーが歩み寄る努力をするなら、あんたもそう出来る?えーと、なんて言ったけ、あんたの家族の名前」 「……ティーナ、シェリル………」 「その二人は気の毒だったね。ほんと今更だけど、申し訳ない事したと思ってるよ」 「サイキッカー…。キース…。ツマト、ムスメノ…カタキ………」 「………?」 レジーナはその言葉に違和感を覚えた。 ゲイツだった時の記憶はカルロが完全に消去したはずだ。妻子の名前、妻子の仇がキースだと言う事…失ったはずの事実を何故覚えている? いや、覚えているのではない…思い出した? レジーナの生存本能が、戦士としての直感が、危険を警告してざわめいた。 油断なく身構えて間合いを取りながらレジーナは声をかけた。 「α?どうしたの?」 「オレハ…あるふぁデハ、ナイ…オレハ、ゲイツ…。サイキッカー、ハ…消去スル…」 「畜生、こんな時にプログラムが暴走するなんて!」 セーフティロックを解除し、αが戦闘モードに移行する。センサーがレジーナの姿を捕らえて赤く光った。 レジーナは舌打ちした。 逃げ出す訳には行かない。自分が逃げれば、αはノア本部内にいる同志を無差別に襲うだろう。そうなったら軍と戦うどころの話ではない。 ならば、ひと思いに破壊してやる。 高まるレジーナの闘争心に呼応するように、ゲイツの平淡な合成音声は心のままに叫んだ。激しい憎悪と悲しみを孕んで。 「キース、キース!ツマト、ムスメノ、カタキ!ティーナ、ト、シェリルノ、カタキィィッ!!!」 カルロの頭脳と技術を持ってしても消しさる事の出来なかった記憶。 心と魂に刻み込まれた意志。 愛する者への深い深い…決して消え去る事のない想い。 (家族や友人を殺した仇を憎むのはサイキッカーも人間も同じだと言う事だ) あの日あの時、刹那に叩き付けられた言葉がレジーナの心を鋭く抉った。 ゲイツの妻子を殺し、彼の心に決して消えないサイキッカーへの憎悪を植え付けたのはノアだ。 自分達の目的の為に誰かの命を奪うのが罪だなどと考えた事はなかった。殺される方の気持ちなど考えた事もなかった。それが全部自分達に跳ね返って来るなどと思いもしなかった。 犯した罪、跳ね返って来る罰。 犯し続けた罪に対する罰は、鋼鉄の腕を模してレジーナに襲い掛かった。 危うくバリアを張って弾き返す。 (こいつを倒したらノアの戦力はガタ落ちだ…兄さん、兄さんならプログラムの暴走を止められる?それともこれは大勢の人間を殺して来た私への罰なの?罰な ら大人しく受け入れて罪を償うべきなの?こいつを殺したらまた、誰かの恨みを買ってしまうの?どうしよう…こいつを倒してもいいの?私はどうしたらいい の?誰でもいい、お願い教えてよ…兄さん、ブラドさん、栞、刹那…!) 臨戦態勢に入ったノア本部はテレパシー通信を阻害する特殊な電波を流し続けている。もはや兄と連絡を取る手段はなかった。ましてやこの場にいないブラドや栞や刹那など。 芽生えてしまった心の迷い、焦りと躊躇いがレジーナの判断を鈍らせた。ゲイツのミサイルを走って躱し、火炎弾で牽制した向こう側から強烈な電撃が彼女を襲った…。 |
| サイキ部屋 |
総合目次 |
| 軍属メンバーがマイトと会っている頃、ノアでは…的な話です。 あくまでも頑固なカルロ、無理を承知で兄について行こうとするレジーナ、よくも悪くも彼らと距離を取って理想と現実のギャップに悩み続けるキースの姿を 表現しようと頑張ってみました。この話で一番動かしやすかったのはゲイツでした。「レジーナの言葉がきっかけで記憶が戻り、ノアのサイキッカーに襲い掛か る」という展開は10年前と同じです。あとは、軍で「人間側」の世界を見て来た事が迷いに繋がるレジーナも。一度「カルロについて行く!」と決心したのに ここで迷うか?と自分でも突っ込みたくなったんですが、味方のαの暴走に動揺して、吹っ切ったはずの迷いが戻ってしまった…と解釈していただけると嬉しい です。もう少しレジーナ→刹那の想いも強調していいかなぁ思ったんですが、迷いに迷ってこの程度にしてみました。 |