THE DARKNESS
EPISODE 24:西暦2012年11月14日 新生ノア本部


 風が強い。
 ノアの屋上に掲げられた旗は強風に煽られ空に縫い留められたようにその色を主張していた。
 見間違うことすら出来ない、青い色。
 それは最後まで戦い抜くと言うノアの意志だ。

「…あるいはひょっとしてと期待したのですが、やはりこうなりましたか…」

 ウォンは相変わらず感情の読みにくい顔で呟いた。
 刹那は無表情のまま眼を眇め、ガデスはわずかに眉をそびやかし、ブラドは悲しそうに俯き、エミリオは小さく舌打ちし、栞は気丈に顔を上げたまま、クリスはただ唇を震わせた。
 ウエンディーだけが悲しそうな顔になって叫んだ。

「どうして!どうしてなの!どうして戦うの!?」
「あの石頭カルロが軍と手を組むなんて提案を受け入れるはずねーだろ」
「でも、レジーナさんだって言ってたじゃない!今のノアじゃ戦っても軍には勝てない事くらい分かってるって!」
「それでも譲れない意地が向こうにはあるのだろう。ならばこちらも全力で相手するのが礼儀と言うものだ」

 淡々と言葉を吐き出した刹那の姿に何か抗議しかけたウエンディーの肩に、クリスがそっと手を置いた。
 何か訴えようとする妹にそっと首を横に振った。

「ノアのことは軍の大人に任せて。あなたはバーンに会う事だけを考えて。ね?ウエンディー」
「お姉ちゃん…」

 ひときわ強い風が吹き抜けて、刹那とブラドの軍服の裾を大きくはためかせ、ライアン姉妹のお下げ髪を靡かせた。
 ウォンは細く長く息を吐き出した。

「残念な結果になりましたが、徹底抗戦の意志を示された以上は仕方ありませんね。では予定通りに、ブラド、刹那、ガデスはノア内部の制圧をお願いします。 ノアのサイキッカーがここを襲って来る可能性もありますから私は外で待機していますよ。エミリオとウエンディーさんはバーン君を探す事に専念して下さい」
「…司令官」
「何です?刹那」
「『制圧』とは、具体的にどのように?」

 風に乱される金色の髪の隙間に見え隠れする濃い蒼の眼に迷いや躊躇いはない。
 その色に薄く微笑んで、ウォンは静かに答えた。

「抵抗するようなら殺して結構」
「抵抗せずに投降の意思を示した場合は?」
「その時は、臨機応変にお願いします」
「…了解」

 刹那は浅く顎を引いた。
 …自分はまだ、レジーナを殺さずに済む可能性を探している。あくまでも軍の、自分達の敵となる道を選んだあの女を。
 抵抗するなら殺す事に迷いはない。だが、その時自分は、絶対に躊躇わないと言い切れるだろうか…?
 不意に肩を叩かれてギクリと顔を上げると、柔らかな深紅の色をした眼が目前にあった。裾の長いコートのような漆黒の軍服が白い男を包んでいる。
 ブラドは心が痛くなるような笑みを浮かべて言った。

「もしもレジーナと戦うような事があったら、その役目はセカンドが引き受けてくれるって」
「………。俺はお前ほど甘くはないぞ」
「刹公よ」

 今度は馬鹿デカい手ががっしりと肩を掴んだ。
 じろりと睨み見上げれば、もう一人の重力使いが戯けた顔をしていた。

「その呼び方はいい加減止めろと何回言わせる?」
「心がけは立派だがよ、気が乗らねぇ仕事は素直に任せちまえよ。それが仲間ってモンだろ?」
「仲間、か…」

 刹那はガデスを見、ブラドを見、その後ろにいるウォンやクリスや栞やエミリオやウエンディーに眼をやった。
 昨夜のマイトの言葉。

『生きて戻ったのは、三人だと…聞いた』

 …三人。
 マイトの『予言』はここまで全て的中している、その事実が刹那の心に暗い影を落としていた。闇を操る彼でさえ、その影を己の心から振り払う事は出来なかった。
 しばしの躊躇いを挟んでウエンディーに歩み寄った。怪訝そうな顔を上げた彼女に無駄だろうと思いつつ口を開いた。

「ウエンディー」
「何ですか?」
「昨夜のマイトの予言もある、お前はここに残った方がいい」
「なっ…ここまで来て何を言うんですか、刹那さん!」
「ノアは追い詰められている、どんな手を使って来るか分からん」

 不満げなウエンディーから眼を逸らし、刹那はノアを見遣り眼を眇めた。

「…どうも嫌な予感がする。バーンとやらは俺達に任せて…」
「嫌です」
「…………」
「い、や、で、す」

 やっぱり無駄か。
 刹那はあからさまにため息をついてクリスを見た。
 クリスは困った顔で首を振った。

「私も本当はウエンディーにはここで待ってて欲しいんだけど、どんなに言っても聞かないのよ。…ごめんなさい」
「………。俺達の目的はあくまでもノアの壊滅だ。可能ならフォローはするしエミリオを護衛につけるが、何かあった時に助ける余裕はないかも知れないぞ?」
「そんなの分かってます。自分の身くらい自分で守ります」
「あなた達の任務の邪魔になるようなら見捨ててくれていいわ。この子の我が侭で皆の目的を潰す訳には行かないもの」

 絶対に曲がらない意思を眼に宿す妹をどこか悟り切った顔で見遣り、クリスはため息まじりに告げた。

 

 

 …人間とサイキッカー部隊の兵士達が隊列を組み動き始めた。逃げ道封鎖の増援に向かう者、地上部分の原子力発電所の制圧に向かう者、地下部分の爆弾を探しその処理を担当する者。
 サイキッカー部隊主戦力の彼らも任務を開始しなければならない。
 ブラドが静かに眼を閉じ…残忍に唇の端を持ち上げて凶悪な鮮血の色をした眼を開けた。
 セカンドが刹那に顎をしゃくり、ガデスがバシッと背中を叩き、ウォンが浅く頷いた。
 第一人格のブラドは大尉だが、セカンドのブラドには階級はない。エミリオは少尉でガデスは傭兵、ウエンディーは部外者だ。
 少佐のウォンは陣地で待機するので、ノア内部侵攻チームで一番階級が高いのは…つまり皆に指示を出すのは中尉の刹那と言う事になる。
 気負わないよう、何でもない事のように、いつもの声で…彼は言った。

「…行くぞ」

 刹那を先頭に、セカンドのブラド、ガデス、エミリオ、ウエンディーが続く。
 最後の決戦の場所へと。
 入り口部分には一応セキュリティロックが施されていたようだが、元幹部のガデスが何やら操作すると簡単に扉が開いた。
 …ノアの内部はしんと静まり返り、警報すら鳴らない。軍が侵攻して来る事は分かり切っているから何もかも今更と言う事なのか。
 ガデスに先行されて奥に進んだ一行は廊下の分岐点で立ち止まった。

「こっちの通路は居住区や心臓部に通じてる。こっち側は地下にあるキースサマのお部屋に直通だ。バーンが氷付けになってるのも多分そっち方面だろーよ」
「…バーンが……」
「ではここからは別行動だな。ノアの連中は俺達の相手で精一杯でお前達まで手を回す余裕はないだろうが、念のため警戒は怠るなよ」
「そんなこと言われなくても分かってるって」
「念のため言っておくがよエミリオ、今この建物の中じゃテレパシーも携帯も使えねぇ。もしもの時に連絡を取りたい時に使うのはコレだ、一応覚えておけや」

 ガデスは廊下の壁に設置された電話器を指した。
 エミリオが小首を傾げると翠の髪がさらりと流れた。

「内線電話?」
「ここの『放送』ってボタンを押すとノアの内部に館内放送がかかるから、受話器に向かって『サイキッカー部隊のガデスさーん、こちらエミリオですー、内線 マルマル番まで連絡下さーい』と呼び掛ける訳だ。あ、自分が使ってる内線電話の割り当て番号はここに書いてあるからな。声だけでなく映像も必要な時はそこ らの部屋にテレビ電話があるからそれを使え。分かったか?」
「オッケー」
「ああそれから、キースの部屋のあるフロアまで行くと館内放送は聞こえないし内線電話もないからな。そこまで行って何かあった時は悪ぃが諦めてくれや」
「はいはい、りょーかい」

 エミリオはお世辞にも上機嫌とは言えない顔で答えた。
 彼にとって『バーンとの対面』は嬉しいだけのものではないとウエンディー以外の皆は気付いていたので、それ以上は何も言わなかった。
 ウエンディーはどこかぎこちない笑顔でエミリオを見た。

「じゃ、私達はそろそろバーンを探しに行きましょ。バーンもキースも一発二発ぶん殴ればきっと眼を覚ますわ、そうしたら二人を連れて刹那さん達の応援に加わるわよ。いいわね?エミリオ」
「…うん」
「おいおいエミリオ、今からウエンディーに主導権握られてて大丈夫かぁ?」
「うるさいなぁ…。別にいいんだよ、僕はウエンディーの用事に付き合ってるだけなんだから」
「ったくもー、本当に生意気になっちゃって。バーンを見つけたらその次はエミリオの根性を叩き直さなくちゃね」
「僕のことはいいよ!…いつまでもこんなとこで無駄話してないで、早く行こうよ。バーンが眼を覚ますのはいいけどまたキースと殺し合い始めてたら困るじゃないか」
「それもそうね。…じゃあお三方、また後で会いましょ!」

 ウエンディーが明るく手を振って、エミリオが無言で背中を向けた。
 歩き出す少年少女の後ろ姿に、刹那は思わず声をかけていた。

「エミリオ、ウエンディー」
「はい?」
「何だよ刹那、らしくもない真剣な顔して」
「…生きて帰れよ」
「へ?」

 言われた言葉の意味が分からない。
 しばらくぽかんと口を半開きにしていたエミリオは、クスリと笑った。ウエンディーが軍に来てから無表情になりがちだった彼がようやく見せた笑みだった。

「言われなくてもそうするよ」
「ならいい。…すまん、余計な世話だったな」
「ま、お気遣いありがとね」

 言ってしまってから少し照れくさくなった刹那が二人から視線を逸らすと、エミリオが数歩戻って来て右手を差し出した。
 刹那はその手をしっかりと握り返して、予想していたほど小さくないそれに多少驚いた。
 …ガキだガキだと思っていたが、その考えも改めなくてはならないかも知れんな。
 名残を惜しむようにゆっくりと離れた手をエミリオはひらひら振った。

「じゃあ皆、また後でね」
「おー」
「またなァ」
「…さて、俺達も行くか」

 胸のざわめきは収まらないが、いつまでも少年少女の背中を見つめている訳には行かない。
 刹那は無理矢理に視線をもぎ離して、二人の進んだ通路とは反対方向に足を向けた。

 

 

 地下へ向かって緩やかに延びる廊下は薄暗く、敵の気配はなくもないが姿は見えない。聞こえる音はと言えば、刹那、ガデス、ブラドの靴音だけ。
 似たような扉が延々と続く光景は研究棟のようだ。
 あまりにも辛気くさい雰囲気に耐え切れず刹那は口を開いた。

「湿っぽいところだな、ノアと言うのは」
「だろー?俺が『オラこんなとこ嫌だぁ』ってなるのも分かるだろ」
「2年前のノアはもーちっと明るかったンだがなァ。キースの今の心境がこんな感じなのかねェ…。………」

 不意にセカンドが足を止めた。
 怪訝そうな顔をする刹那やガデスなど眼中にない様子で、ブラドは口元の笑みを消して明後日の方向を見つめている。
 鼻をひくひくさせ、顔をしかめ、まるで飼い主の匂いを辿る犬のように、彼は心臓部へ続くのとは違う通路に足を踏み出した。

「ブラド?」
「血の匂いがするぜェ…」
「そりゃーノアと軍の全面戦争が始まってんだから血の匂いくらいしてもおかしかねーだろ」
「…いや、妙だ」

 違和感に気付いた刹那は顔を緊張させてブラドの後を追った。
 一瞬遅れて何が妙なのか気付いたガデスもすぐに続く。
 ノアと軍の総力戦は既に始まっているとは言え、ノアの深部まで侵入しているのは彼ら3人と、別ルートを行ったエミリオとウエンディーだけ。刹那達の『進む先』で軍とノアが戦っているはずがないのだ。
 それなのに血の匂いがすると言う事は…ノアの内部で不測の事態が起きたと言う事か。
 刹那の胸の中で冷たい予感が静かに膨れ上がって行く。
 歩を進めれば進めるほど、ブラドの眉間の皺は深くなって行き、普段なら冗談のひとつも言って茶化すガデスも沈黙を通している。
 …しばらく進むと、通路を区切る防火壁のような扉が見えて来た。
 先頭を歩いていたブラドは壁に右手を置いてきゅっと口元を緊張させた。

「この血の匂い…俺達の知ってる奴が流したモンだ」
「…………」
「さァ、どうする?刹那中尉殿」

 ブラドは今まで見た事もないような真剣な眼で刹那を振り返った。
 血の匂いはまだ感じない。
 だが、この状況でわざわざブラドが『俺達が知っている奴』と言う事は、血を流しているのが誰なのかは薄々想像がつく。
 低く掠れた声で尋ねた。

「どうする、とは」
「この扉の向こう側で血ィ流している奴は、くたばってるかくたばりかけてるかどっちかだ。…さァどうする?進むか?引き返すか?一応先に言っとくが、この出血じゃァ助かる見込みは無いぜ」
「…進むに決まっているだろう」
「本当にいいんだなァ?」
「ノアの幹部の生死を確認するのも俺達の任務だろうが」
「後になってやっぱり引き返せば良かったなんて言うんじゃねェぞ?」

 最後の警告だと言うようにブラドは念を押して、刹那が頷くと扉の横についていたセキュリティシステムに右手を当てた。
 ピー…ガガッ。
 システムが破壊されたのだろう、力づくでこじ開けたり壊したりする事もなく扉はスムーズに開いた。
 中は明るい。
 思わぬ眩しさに眼を眇めた刹那は、次の瞬間はっきりと血の匂いを感じた。同時にそこに混じった機械油の臭いも。
 不吉な予感に足を速めると血の匂いも濃くなって来た。


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サイキ部屋
総合目次


 いよいよと言うべきか、ノアとの最終決戦本格開始です。「決戦」という言葉が相応しいのか分からないままですが。この部分はほぼ書き下ろしですね。10年前との違いも幾つか。
 ブラド留守番→セカンドブラドが同行、刹那+ガデス+エミリオが同じチーム→エミリオとブラド入れ代わり、エミリオはウエンディーに同行、部下が同行→ 幹部連中のみで侵攻。こんな感じでしょうか。あとは軍上層部にどんな感じに話をしてあったんだろう?という辺りの辻褄も考えてみました。