THE DARKNESS
EPISODE 25:西暦2012年11月14日 新生ノア本部


 …廊下の角を曲がった刹那は目の前の光景に息を飲み、ブラドは不愉快そうに唇を曲げ、ガデスは苦く顔をしかめた。
 白い壁に飛び散った鮮血、マシンオイルと混じった床の血溜まり。
 床に転がったサイボーグと、血塗れで壁に寄り掛かった見覚えのある女の姿。

「…レジーナ!」

 駆け寄り、その体を抱き起こした。
 微かなうめき声を上げて彼女が眼を開けた。
 まだ息があった事にほっと安堵すると、刹那の顔を認めたレジーナが眼を見開いた。

「え…刹那?どうしてここに…」
「お前達が降参しなかったから鎮圧に来たんだが、ブラドが『知っている奴の血の匂いがする』と言ってな」
「ああ、それで…」
「一体何があった?αと貴様がやり合ったと言うのは分かるが」
「私が何気なく『あんたの家族の名前って何だっけ?』って聞いたら、それがきっかけで記憶が戻ったみたいでさ…『サイキッカーは消去する』って言い出して…止めようと、して」
「それにしてもお前ほどの女がこんなオモチャにそこまで手こずるかァ?」

 αを叩いたり蹴ったりして機能が完全に停止している事を確認したブラドが不思議そうに尋ねた。
 レジーナは微かに苦笑した。

「あんた達に会う前の私だったらきっと、迷わずブチ壊してたんだろうけど…αをこんなにしたのは私達ノアなんだって思ったらさ、これは栞の言ってた『私達ノアが受ける罰』なのかなとか、いろいろ迷っちゃって。不覚、とっちゃった…ね」
「………」
「誰にも看取られずにひとり寂しくここで死んで行くんだなーなんて覚悟してたとこに来るなんて…カッコいいじゃない、刹那」
「フ…今更気付いたか」

 刹那は思う。
 今、自分はきちんと笑えているだろうか。
 レジーナの腕や足は切り傷と言うより半ば抉られているし、骨もあちこち折れているし、内臓も幾つかやられているだろうし、彼女の体を支えた刹那の腕は生温い液体で濡れている。
 放っておけば助からないのは火を見るより明らかだった。
 ブラドやガデスも同じ事を感じたのだろう、余計な事は言わずに口を噤んでいる。
 レジーナは唇を震わせて刹那を見上げた。

「ねぇ刹那」
「何だ?」
「死ぬのって、恐いね」
「……!」
「私、今まで、何人も何人も、数え切れないくらい、人を殺して来た。私達をずっと苦しめて来たんだからうんと苦しんで死ねばいいって、わざと急所を外して攻撃した事もあった…」
「…………」
「あの人達、こんな恐い思いをして死んでいったんだね、私、今の今まで知らなかったよ…」

 レジーナの体を支えた腕が震えた。
 掛ける言葉が見つからない。
 何が言える?死を目前にした友人に、何を、自分は。
 レジーナの眼から涙が零れた。

「許してなんて、言えないよね。恐いから死にたくないなんて言えないよね…!」
「………っ」

 何を言える?
 何が出来る?
 壊す事は出来ても戻す事は出来ない、殺す事は出来ても守る事は出来ない自分。
 今、ここで、自分に何が。
 刹那は唇を噛み締めた。
 …その時、ウォンから下された命令が脳裏を掠めた。

(抵抗するようなら殺して結構)
(抵抗せずに投降の意思を示した場合は?)
(その時は、臨機応変にお願いします)

 臨機応変に。
 ウォンのあの言葉はこうなる事を予測してのものだったのではないか。
 そう思うと同時に刹那は口を開いていた。

「死にたくないか?」
「え?」
「はァ?」
「ああん?」

 その言葉に、レジーナだけでなくブラドやガデスも驚いた声を出した。
 きょとんとする彼女に刹那はもどかしく言葉を重ねた。

「俺の言っている事が分からんのか?」
「え、あ、わ…分かる、けど…」
「ならば今すぐ答えろ。生きたいか?死にたいか?」

 心の奥が疼く。
 あの暑い夏の日、別の場所で別の女に同じ事を問うた。その結果はどうだった?無駄な足枷を作っただけではないか。
 …また同じ轍を踏もうと言うのか、俺は。
 記憶はそう叫んでも、舌は勝手に言葉を続けた。

「生きたいなら何とかしてやる、死にたいなら苦しまないように息の根を止めてやる。さぁ答えろ、どっちだ」
「それは…それは、死にたくない、生きたい。生きていたいよ…!」
「ならば軍に投降しろ。ノアを捨てて軍門に下ると言え、そうすれば陣地に戻って栞の治療を受けさせてやる」
「おい刹那、お前それマジで言ってんのか?いくら投降するって言ってもノアの幹部だ、そいつを助けるために引き返すなんてお偉い連中が黙ってねぇぞ」
「投降すると言った者の対応は『臨機応変に』と言われただけだ、具体的な指示は出ていない。それにこいつは軍の思想に洗脳して軍部に引き込んだ事になっているはずだ。助ける事に文句は言わさん」
「言わさんってお前…」
「ノアの主戦力のうち二つは無力化し、キースのいる場所にはエミリオとウエンディーが向かっている。実質ノアの残り戦力はカルロ一人だ、多少のタイムロスなどすぐ取り返せる」

 刹那の言葉にブラドは愉快そうに笑い、ガデスは情けない顔になった。

「お説もっとも。一応の理屈は通ってんなァ」
「こういう時は変に頭の回転が早いよな、お前」
「そういうことだ、だから早く…」
「………。ごめん」
「!?」

 レジーナのその言葉を、刹那だけでなくブラドやガデスも理解できなかった。
 何を言われたのか分からない。
 そんな顔をする刹那にレジーナはひどく悲しそうに、とても嬉しそうに、微笑んだ。

「刹那…あんたの気遣い、涙が出るほど嬉しいよ。でもごめん、私は軍には行けない」
「何故だ!?」
「だって兄さんがノアにいるもの」
「……!」
「私達はずっと一緒だったから、兄さんを残して私だけ軍に行くなんてできないよ。あんたのことも結構好きだったけど、でも、兄さんの方が好きだから」
「…………」
「でも、ほんと、ありがと。兄さんの説得も出来なかった、こんな馬鹿な私に優しくしてくれて。すごく、すごく、嬉しいよ」
「レジーナ、……」
「死ぬ時は兄さんに看取られて逝きたいと思ってたんだけど、あんたでも悪くないって…今なら思えるよ」
「…………」

 刹那は唇を噛んで、拳を握り、俯き、考え、そして何かを決意した眼で顔を上げた。
 …また何か言い出すぞ。
 ガデスとブラドが目配せしあったのには気付かず、彼ははっきりと言った。

「どっちも断る」
「…どっちも?」
「貴様が投降しないと言うのも、お前が死ぬのを看取るのも、両方だ」

 言うなり刹那はレジーナを抱きかかえて立ち上がった。
 涙目のまま驚いているレジーナをじろりと睨む。

「せ…刹那?」
「つまり貴様は、カルロが投降すると言えば軍に来る訳だな」
「そ、そうだけど…」
「ならば今すぐカルロを探すぞ」

 重力使い達の返事も待たずに歩き出すその背中にガデスが慌てて声を掛けた。

「ちょ、ちょっと待てや刹那!レジーナが説得してもカルロはうんと言わなかったんだぞ?お前が言ったところで素直に従う訳ねーだろうが!」
「妹の命が掛かっていても、か?」
「あの石頭のことだ、『身内可愛さに理想を見失ってはならない』くらい平気で言うぜ?」
「それなら気が変わるまで俺達で袋叩きにしてやれば良かろう。なんなら意識を失わせてから『投降すると言った』と言う事にして引きずって行けばいい」
「ちょ……」
「ヒャーッハッハッハ、そりゃー傑作だァ!」

 絶句するガデスとは対照的にブラドは腹を抱えて笑い出した。
 その反応に憮然とする刹那につかつかと歩み寄ってニヤリと笑った。

「これだからバカは面白ェ。オッケーオッケー、俺も協力してやるぜェ?」
「カルロの袋叩きをか」
「このブラコンが死なずに済むように、だよ」
「フン、まぁいい。そうと決まればカルロを探さねばならんな。レジーナ、カルロはどこにいる?」
「え?えっと…多分、この通路の奥の方にある中枢部分かな…」

 レジーナの言葉に刹那が無言で頷いて歩き出す。
 右手の長い爪をカチカチ言わせながらブラドが後に続く。
 ああもう全く…とボヤいて、ガデスが二人を追った。

「ちょっと待てや刹公!」
「…………」
「くたばりかけてる奴を抱えて無駄に歩き回ってどうするよ!本気でレジーナを助ける気ならもうちっと頭使えや!」

 レジーナを助ける事に異義がある訳ではないらしい、と気付いた刹那とブラドが立ち止まってガデスを振り返った。
 元新生ノア幹部の傭兵は、あのなぁ…とため息をついた。

「医務室に運んで応急手当てしつつ愛しのお兄様にご足労頂くのが妥当だろうよ」
「テレパシーも使えねェのにどうやって来て頂くんだァ?」
「お前ら、さっきの俺の話を聞いてなかったのかよ。連絡手段はこれしかねぇって言っただろーが」

 呆れた顔で言って、ガデスは廊下に取り付けられた内線電話を手に取って『放送』ボタンを押した。

「ぴんぽんぱんぽーん。軍サイキッカー部隊よりお願いです。新生ノアのカルロ・ベルフロンド様、カルロ・ベルフロンド様。暴走したαの鎮圧で妹君がくたば りかけているところを保護しました。つきましては…えーと、どこだここは。Gブロックか。えー、Gブロックの医務室でお待ちしておりますので、お手数です がそこまでおいで下さい。治癒能力者同伴だともっとよろしいです。繰り返します。新生ノアのカルロ・ベルフロンド様…」

 かったるそうに2回繰り返してガデスはレジーナを見遣った。

「…と言ったところでカルロ、お前は信用しねーだろうからな…本人の声を聞かせてやるよ。ほれ、レジーナ」
「………。兄さん、ガデスの言った事は本当だよ。このまま死ぬにしても最後に兄さんに会いたいんだ。会いに来て、待ってるから」
「ってー訳だ。あーそれからよ、この放送を聞いた新生ノアサイキッカーの皆さん、お手数ですがカルロ君に伝えてやってくれや。Gブロックの医務室で大事な妹さんが死にかけてるってな」

 言うだけ言ってガデスは電話を元に戻した。
 ふゥん、とブラドが鼻を鳴らした。

「なかなか頭が回るなァ、オッサンよ」
「まーな。これでも一応てめぇらよりは長く生きてるし、新生ノアの幹部も経験してるからな。…さて、んじゃー医務室で茶でもしながら兄上様が来るのを待つとしますかね」

 あの石頭馬鹿が来るとは思えねぇけど、納得するまでやればいいじゃねーか。なぁ…刹那?
 内心で呟いて、ガデスは皆を先導して歩き出した。


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サイキ部屋
総合目次


 この辺は10年前に出した小説とほぼ同じような展開です。10年前は刹那がレジーナを見つけた場所で話を進めていたんですが、今回はレジーナを助けようと 足掻く刹那の姿を足しました。あ、あとブラドの影が急に薄くなってますが、これは10年前の小説ではブラドが同行していなかったためで、彼の役所がコレと いってなかったためでs…ゲフンゴフン。今回と次回、次次回のエピソードの為に前々から刹那とレジーナの絡みを強調して来たんですが効果は発揮されてるで しょうか…。ここからの3話は「Liar's_Smile」または「優しい両手」をBGMに読んで頂きたいです。