THE DARKNESS
EPISODE 27.50:西暦2012年11月13日 新生ノア本部


 レジーナの背中を見送って、キースはそっと眼を閉じた。
 …2年前を想う。
 人類は愚かな存在で自分達サイキッカーこそ選ばれた民だと信じて、明るい未来を信じてひたすらに進んでいたあの頃。
 自分達の行いを正義と信じて疑わなかったあの頃。
 バーンが、ウォンが、ブラドが気付いた計画の綻びを、何故あの頃の自分は気付かなかったのかと苦々しく思う。
 人間に比べてサイキッカーは絶対少数だ。その少数の中ですら、ノアと言う小さな…そう、小さいとすらあの頃は気付かなかった…組織の中ですら、意見は分かれていた。
 研究所という狭い世界しか知らないサイキッカーと、世界中の…国家中枢の裏側すら知っているサイキッカー、どちらの見解を重要視すべきかは考えるまでもない事なのに…2年前の自分は理想に眼が眩み、何も見えなくなっていたのだと今更ながらに痛感していた。

(バーン…)

 親友と呼んだ彼を想う。
 まっすぐにキースを見て、ダークブルーの眼に熱い心を宿して、彼は全力でぶつかって来た。

(キース、お前は間違っている!)

 真正面から何の躊躇いもなく言われたあの言葉が、2年の時を経ても溶けない氷のように心に突き刺さっている。
 あれから2年。
 できる限り主観を捨て、傍観者として世界を見つめて来た今、ノアの命運を分ける日を明日に迎えて、キースは何度繰り返したか分からない疑問を己に投げかけた。

(私は…間違っているのか?)

 間違ってなどいない、と思える要素はあまりに少なく。
 間違っていた、と思える要素はあまりにも多過ぎた。
 再結成した途端に2度目の裏切りで内部崩壊しかけた新生ノア。ノアを抜けて軍に寝返るものは後を絶たず、自ら望んでノアに属する者は少なく、自ら望んで軍属となる者は多い。
 人間のいないサイキッカーだけの世界。それは究極の理想、虐げられたサイキッカー達の夢だ。
 しかし究極の理想、現実離れが過ぎる夢など手が届かぬ幻だと言う事は長い歴史が証明しているではないか。
 そんなもの愚かな人類の歴史だと切り捨ててしまうには、この2年間の現実はあまりにも重過ぎた。
 でも。
 それでも。
 理屈ではそれで納得できても、最後の最後、己の心は…魂は、2年前に掲げた理想を否定し切れずにいた。
 それは意地かも知れない。理想の為に散って行った仲間達への負い目かも知れない。キースの全てを狂わせた人類への恨みかも知れない。
 ただひとつ分かる事、それは。
 バーンとの決着でしか答えは見出せないと言う事。

(バーン…まだ、目覚めないのか…)

 テーブルに肘を付き、組んだ手に額を乗せてキースは呻いた。

 

 

 聞き慣れない足音が聞こえて、キースは顔を上げた。
 足音は二つ。…ということはバーンではない。
 時間は日付けが変わりかける頃、ノアが意思表示をする時間まではまだ12時間以上ある。軍が攻めて来るには早すぎよう。
 訪問者はキースにも匹敵するサイキックパワーを持っているが、明確な敵意は感じなかった。
 …慎重に部屋に足を踏み入れて来たのは真っ赤な髪の少年と空色の長い髪の少女。
 見覚えはなかったが、情報としては知っていた。
 サイキッカーハンターとパトリシア・マイヤース。キースは僅かに眼を眇め尋ねた。

「噂のハンターと癒しの歌姫か。…今のこのノアに何の用だ?今更ノアの同胞になりに来たなどと言うつもりではあるまい」
「今ならば『我が同胞となれ、さもなくば殺す』と言われずに話ができると思ってな」
「……なるほどな」

 キースは眼を伏せた。
 分かる事ならば答えよう、と言う意思表示だった。
 ハンターの後ろに半ば隠れていた少女がそっと進み出て書類を差し出した。

「…これを」
「………。軍の作成した死亡診断書、か……」
「軍属のサイキッカーから渡された物です。あなたならこの情報が嘘か本当か分かるかもしれないと思って」
「………」

 キースは傍らのパソコンを立ち上げて幾つかの操作をした。
 サイキッカーの秘密結社の名は伊達ではない、国軍のコンピューターをハッキングする程度のことはできる。
 そこに出て来たデータを見てキースは微かに目許を曇らせた。

「軍の研究部門のデータでは、ルーシア・マイヤースは今年7月の初旬に死亡したとされているな」
「研究部門…?」
「非常に言いにくい事だが…君の母上は軍サイキッカーの研究施設に捕らえられ、何らかの形で利用された結果、亡くなったのだろう」
「…………」

 曖昧な言葉だったが大体のことは察したのだろう、パトリシアは唇を震わせた。
 両手を握り、大きな目に涙を浮かべてキースを見た。

「ノアは、サイキッカーを救う組織なんですよね。そしてあなたはそのノアで一番偉い人なんですよね!」
「………」
「じゃあ何故!どうして、私のお母さんを助けてくれなかったの!どうして!」
「落ち着けパティ、キースを責めて何になる?君の母さんを殺したのは軍だ、君が怒りをぶつけるべきはキースじゃない!」

 キースはただ刮目してパトリシアの言葉を受け止めていた。
 八つ当たりだと自覚はしていたのだろう、肩を震わせて泣いている少女を庇うようにしてハンターはキースを見遣った。

「…情報、感謝する」

 短く告げてハンターは背を向けた。
 全てのサイキッカーを救いたいと言う理想。救えなかったサイキッカーがいると言う現実。理想と現実の溝を埋めるために戦うと言う言葉すら綺麗事だったのだろうか…。
 遠くなる足音を聞きながらキースは苦い思いを噛み締めていた。

 

 

 …静かだった。
 時刻は既に午後4時を回っている。カルロの考えが変わっていない限り、ノアは徹底抗戦の意思表示をして軍が攻め込んで来ているはずだったが、無気味なほど静まり返っていた。
 その、静まり返った廊下に。
 ……かつん………。
 靴音。
 キースは顔を上げた。
 耳を、神経を研ぎすます。
 近付いて来る、一人の足音、炎の気配…。
 椅子の肘掛けを掴んだ手が、心が、震えた。
 逸る心を押さえつけるように深く椅子に腰掛け直して足を組んだ。
 見えて来る…懐かしい姿。

「………。キース?」

 懐かしい声。
 二人がまだ互いを親友と呼び合っていた頃の、懐かしいその声で彼は尋ねた。

「キース…俺は今までどうなっていたんだ?」
「お前はずっと眠っていたのだ…二年間もな……」
「眠っていた?二年間もか!?」

 バーンは眼をぱちくりさせて、どうりでぼんやりしてる訳だよ…と頭を押さえた。
 ぐるりと部屋を見回し、キースの服の袖に刺繍されたノアの紋章を見て、親友は顔を緊張させた。
 二年と言う時は実感できなくとも、キースが変わっていない事は理解したのだろう。
 キースは浅く顎を引いて頷き、静かに告げた。

「そう…そして君は目覚めた。この私と決着をつけるために」

 サイキッカーの未来、その答えを出すために。
 キースの心に審判を下すために。
 バーンの表情がやるせない怒りに変わる。

「何…?キース、お前まだ、サイキッカーの理想郷を創るなんて馬鹿な事を言っているのか!」
「バーン!何故理解しない?それが我々サイキッカーが生き残る唯一の手段だと言う事を!」

 唯一の手段?
 本当に?
 …キースの心を掠めた迷いには気付かなかったらしいバーンは、拳を握ってニヤリと笑った。

「キース…お前なら俺が何て答えるか分かっているはずだぜ?」
「………」
「眼を覚ませ、キース!」

 広いキースの部屋に響く熱い言葉。
 その言葉が心を揺さぶる。
 バーン…。
 知らず、キースの唇が笑みを刻んだ。

「…ああ、分かっていたよ………」
「言っておくぜ、キース。お前は必ず、この俺が救ってみせる!」

 バーンの宣言。
 キースは全身に冷気を纏ってそれに答える。

 

 

 襲い来る火炎弾を氷の霧で掻き消す。
 炎の紋章を氷の槍で迎え撃つ。
 戦いは…互角。
 2年前と同じように。
 炎を纏って突進して来るバーンを紙一重で躱す。放った冷気は障壁に阻まれた。
 バーンが叫ぶ。

「キース!お前はこの2年間何をしていた!?」
「……世界を、見ていた」
「それでも考えは変わらなかったって言うのか!?」
「……!」

 言葉に詰まった一瞬に生まれた隙をバーンが見逃すはずがない。
 巨大な炎の手がキースを襲った。…バリアは間に合わずに弾き飛ばされた。

「2年間、私は傍観者であろうとした。見えたのは変わらずサイキッカーを虐げ続ける人間の姿だ!」
「それ以外に見えた事は何もなかったのかよ!」
「…黙れ!」

 心が揺れた。
 サイキッカーを虐げ続ける人間の姿が見えた。
 しかし同時に、人間を殺し続けるノアのサイキッカーの姿も見えた。
 ノアから人間を守ると言う名目で居場所を見つけたサイキッカーの姿も見えた。
 人間と心を通わせ共存するかつての同志の姿も見えた…。
 炎と氷がぶつかりあう。
 …キースの攻撃をくぐり抜けて間合いを詰めたバーンが胸倉を掴み上げた。間近で顔を覗き込みニヤッと笑った。

「どうしたキース、技にも動きにもキレがないぜ?さっきからお前が言ってる事は本気の本音か?」
「………!」
「本気で言ってるのかって聞いてるんだよ!!」

 凄まじい火炎が叩き付けられる。
 バーンの手を振払う。
 間合いを離し、追い掛けて来たところをフリジットスパインで迎え撃った。
 荒れ狂う海に漕ぎ出した箱舟は戻る事は出来ない。理想郷に辿り着けぬのなら沈み行くのみ。
 胸突く痛みに叫ぶ。

「私は誓った、サイキッカーの理想郷を築くと。大勢の同志に約束したのだ、君達を必ず救ってみせると!今更引き返すなど出来ない!」
「ふー」

 バーンが不意に構えを解いた。
 戸惑うキースに邪気のない笑顔を見せて指を突き付けた。

「ようやく本音が出たな、キース」
「……?」
「一度エラソーに宣言しちゃったからもう引っ込みがつかない、要するにそういう事だな?」
「そっ……」
「言い訳なんてすんじゃねーよ、俺とお前の仲じゃねーか」
「…………」

 違う、その一言が出て来ない。
 バーンは無防備に笑っている。
 そんな隙だらけでは逆に攻撃できないじゃないか!
 そんなキースの内心の葛藤などどこ吹く風でバーンは明るく言った。

「だったら話は簡単だ!『やってみたけど駄目でした、ごめんなさい』ってやめちまえ」
「そんな事…!」
「できるさ」

 バーンは言い切った。
 2年前と同じ、迷いのない眼で。はっきりと。キースをまっすぐに見て。

「絶対できるって!俺が一緒に謝ってやるからさ!」
「……………」

 言葉を失った。
 謝って済むレベルの問題ではない。国家を相手に喧嘩を売ったのだ。何人もの同志が自分の掲げた理想の為に命を落としたのだ。
 だいたいお前が一緒に謝って何になる?
 …言いたい事は山のようにあるのに、声は喉に張り付いて一言も出て来ない。
 んー、とバーンは思案顔になった。

「まぁ『駄目でした』はマズいか。『今はまだその時ではないから潜伏して力を溜めよう』とか言っておいた方が波風たたねーかな?」
「………君は馬鹿だ、バーン」

 ようやく、その言葉が出た。
 バーンはムッとなって唇を尖らせた。

「そりゃ、確かに学校の成績はダンチでお前が上だったけどさ…」
「本当に、本当に君は馬鹿だよ、バーン」
「うっせ。お前ほどじゃねーや」
「…謝っても許してもらえなかったら、僕は君を一生恨むからな」
「おー構わねーよ。俺もお前を一生恨んでやるからよ!」

 ニカッと笑ったバーンが拳を突き出す。
 熱い涙が頬を伝うのを感じながら、キースも微笑んで拳を突き出した。
 二人の拳が打ちつけられて、がっしりと互いの手を掴んだ。
 …溶けて行く。
 凍り付いていた心が、二人の確執が、キースにのしかかっていた重い何かが。
 二人は結界を解いて降り立った。

「バーン。君に伝えておきたい事があるんだ、歩きながらでいいから聞いてくれるか」
「おーいいとも。何だ?」
「ウォンとブラドを覚えているだろうか?」
「ああ、あの胡散臭いオッサンと二重人格のイカシた兄ちゃんな」
「これは受け売りなのだが…。実は彼らはノアとは違う方法でサイキッカーの理想郷を創ろうと考えているらしく、現在は軍にいて…」

 本気でぶつかり合ったさっきの戦いの傷が今更ながらに痛みを訴えて来て、キースはゆっくりと地上に向かって歩きながら自分が知っている全てをバーンに伝え始めた…。


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サイキ部屋
総合目次


 入れようかどうしようか迷いに迷い、私の中のキース観(バーンとキースの関係)紹介も兼ねて書いてみようか…と言う感じで入れました、キースのエピソード です。正直この二人の関係は無印の時の方が好きだったりするんですけど。2012キースは自分の行動、ノアの活動に疑問を感じちゃってる訳ですよね。だか ら積極的に表に出ないしカルロに対しても煮え切らない。なのに何でバーンと殺しあいはしちゃうかねぇ…と、2012キースは『良く分からん』のが私の印象 です。その『良く分からん』キースを自分の中で決着付けたいと思ったのもこの話を書いた理由です。某お方の考え方の影響をバリバリ受けてるのがバレバレで すが…。いまいち煮詰め感が足りない印象ですが、私はそこまでキースに思い入れがある訳じゃないので…御容赦下さいorz