THE DARKNESS
EPISODE 27.55:西暦2012年11月14日 新生ノア本部


 固く握った手は未練がましさを感じさせながら離れた。
 白い軍服の同僚はまだ心配そうな顔をしていたが、エミリオはさっさと背中を向けて手をひらひら振った。

「じゃあ皆、また後でね」
「おー」
「またなァ」

 残った二人の緊張感のない声が返って来るのをけだるく背中で受け止めて歩き出した。
 …新生ノア本部、総帥キースの部屋に続く通路。
 軍の侵攻が始まっているからさぞ厳重にガードされているだろうと思いきや、微かに気配はするものの人影らしき者は全く見えない。
 正直、拍子抜けを通り越してがっかりだった。
 ウエンディーも概ね同じような感想を持ったらしい。

「だーれもいないわね。『キース様には一歩たりとも近付けさせない!』って護衛がわらわら出て来るだろうから片っ端からぶっ飛ばしてやろうと思ってたのに」
「それを分かってるから出て来ないのかもね」
「全くもう、バーンをぶっ飛ばす前に準備運動しようと思ってたのに計算外だわっ」
「あははっ。力が有り余ってバーンを殺さないようにしないとね」

 …本当にそうなればいいのに。
 心の奥底でちらりと本音が舌を出した。
 バーン・グリフィス。
 彼は『いい奴』だ。キースやカルロを指す時に使う『いい人』とは全く意味合いが違う。ブラドや刹那やある意味ガデスも(今のエミリオにとっては)『いい奴』だが彼らとは根本的に方向性が違う。
 バーンは文句無し掛け値無し正真正銘の『いい奴』なのだ。
 …それが。
 腹立たしい。煩わしい。憎らしい。羨ましい。妬ましい。許しがたい。跡形もなく消してしまいたいほどに。
 どうしてウエンディーはあんな奴のことが好きなんだ。
 2年前の僕とバーンだったら確かにバーンがいいだろうけど。でもこの2年で僕も変わったのに。
 数歩先を歩くウエンディーの背中を見つめた。

(バーンじゃなくて僕を見てよ、ウエンディー)

 僕の前じゃなく僕の後ろを歩いて。
 もう君に守ってもらう弱い僕じゃない。
 あいつじゃなく僕を見て。
 バーンなんかじゃなく僕を見てよ!

『ぴんぽんぱんぽーん。軍サイキッカー部隊よりお願いです。新生ノアのカルロ・ベルフロンド様、カルロ・ベルフロンド様…』

 ダルそうなガデスの声に、エミリオはハッと我に返った。
 ウエンディーも足を止めて怪訝そうな顔で放送を聞いている。

『暴走したαの鎮圧で妹君がくたばりかけているところを保護しました。つきましては…えーと、どこだここは。Gブロックか。えー、Gブロックの医務室でお 待ちしておりますので、お手数ですがそこまでおいで下さい。治癒能力者同伴だともっとよろしいです。繰り返します。新生ノアのカルロ・ベルフロンド様…』

 二人は顔を見合わせた。
 αが暴走して、それを鎮圧したレジーナが死にかけていて、その彼女をガデスが保護した?
 ガデスの声に続いてレジーナの声が聞こえて来て、ウエンディーは疑問と不安が半々に混じった表情で首を傾げた。

「カルロさんをおびき出す嘘かなって思ったけど、本当みたいね…」
「うん…」
「…………」
「気になるなら引き返してあっちと合流する?」

 出来る事ならバーンを見つけられないままでうやむやと終わらせてしまいたい。
 バーンを探すのは、僕もバーンに引けを取らない男になった事をウエンディーに分かってもらってからでもいいじゃないか…。
 そんな思いから出たエミリオの提案に、ウエンディーは首を横に振った。

「駄目よ、そんなの」
「………」
「バーンを探すのはエミリオの任務でしょ?仕事はちゃんとしなくちゃ」
「……うん」
「それに、あっちのチームはブラドさんに刹那さんにガデスのベテラン三人組じゃない。何も心配いらないわよ」
「そう…だね」
「さ、行こう!エミリオ」

 どこか無理をしているような軽い足取りのウエンディーの後を追うエミリオの足は、さっきよりもはっきりと重くなっていた。

 

 

『ぴんぽんぱんぽーん!カルロ様、カルロ様、妹君がGブロックの医務室でお兄様をお待ちでーす!早くしねぇと手後れどころか死に目に会えなくなるぞ!とっとと来やがれこの馬鹿野郎!』
『カルロ君、聞こえているよね。ガデスが言ってる事は本当だよ、レジーナは本当に危ない状態なんだ。彼女を助けるまでは僕達は一時休戦する。君達に一切の 危害は加えない事をサイキッカー部隊大尉として約束する。だから、お願いだから僕達を信じてGブロックの医務室まで来て。待ってるから』

 最初の放送から暫くして響いたガデスの怒声も、静かで余裕のないブラドの声にも、ウエンディーは顔を曇らせただけで何も言わず黙々と歩を進めた。
 気になるなら引き返そうか、などと言える雰囲気ではなかった。それに…何となくだが、刹那達と別れた場所よりキースの居室に近い場所に来ている気がする。
 …僕はもう引き返せないんだ。
 何故かそんな気がした。

 

 

 長く緩い下り廊下の突き当たり。
 明らかに別の空間へと続く観音開きの扉があった。

「この先にキースが…」
「バーンがいるのね」
「………」

 静かで何気ないウエンディーの声にこめられた熱い想いに、エミリオは苦く口を噤んだ。
 ああそうだよ、ウエンディーはバーンのことが好きなんだ。バーンに会うためにここに来てるんだ。最初から分かってるさ、そんなこと。
 胸にわだかまる不快感をはっきりと自覚しながらエミリオが扉に手をかけた時。
 ピー…ガガッ……。
 館内放送のマイクの音がした。

『…カルロ、レジーナが死んだ』

 エミリオの指がピクリと震え、ウエンディーが顔を跳ね上げた。
 ガデスの言葉は、それを嘘だと言うには静か過ぎた。

『俺達は今から地下墓地に行く。そこに来るか来ねぇかはお前の勝手だ、好きにしやがれ』

 プツッ…。
 静寂が戻った。
 エミリオはゆっくりと扉を開けた。

「…行こう、ウエンディー」
「エミリオ…」
「死んじまったレジーナより、今は生きてるはずのキースとバーンが優先。だろ?」
「……。エミリオ、………」

 何か言いかけたウエンディーは、途中で言葉を切ってエミリオの後をついて来た。
 冷たい壁に反響する二人の靴音を聞きながらしばらく進んだ時、反響する音が乱れ始めた。
 …別の靴音。
 長い廊下の向こう側から別の誰かが来る。

「…………!」

 無言のまま足を早めると、別の靴音の主が見えた。
 半ば走り出す。
 懐かしい気配、懐かしい姿、懐かしい笑顔。

「バーン、キース!」
「お!?ウエンディーと…ひょっとしてエミリオか!?」
「…バーン!」

 嬉し涙を浮かべたウエンディーがバーンに抱き着いた。
 一瞬で氷点下に凍るエミリオの目の前で、バーンは怪訝そうにウエンディーを見遣った。

「へ?…何だよ、何を泣いてるんだ、お前?」
「バカ!こんなに人を心配させておいて呑気な事言ってるんじゃないわよ!」
「あーそう言えば、あれから2年経ってるってキースが言ってたっけ。そりゃー心配かけて悪かったなぁ」

 バーンはエミリオの記憶の中にあるのと全く変わらない屈託のない笑みを見せた。
 その傍らで、キースも穏やかに微笑んでいる。
 バーンはしげしげとエミリオとウエンディーを見つめた。

「何か、2年経ってるとはキースから聞いたんだが…ウエンディーはあんま変わってないなぁ」
「どこ見て言ってるのよっ、このスケベ!バカ!」
「エミリオは随分背が伸びたなー。しかも何つうの?気合いが入った顔になったと言うか…」
「………。僕だっていつまでも子供じゃないんだ、バーン」
「らしいなー。キースから聞いたけど国軍の少尉なんだって?立派な社会人だよなぁ。俺、何だかんだで5年近くマトモに学校行ってないからさ、マジでヤバイぜ」

 ケロリとした顔でそんな事を話すバーンがどうしようもなく憎ったらしく、同時にたまらなく心惹かれた。
 複雑な気持ち故に無表情のままエミリオは尋ねた。

「で?何でキースも一緒なの?ひょっとして仲直りでもした訳?」
「お!よくぞ聞いてくれたなエミリオ!」
「え?じゃあひょっとして…」
「おうよ。キースの野郎、まーだ『人類を滅ぼしてサイキッカーの理想郷を』とか寝言抜かしててよー。俺が一発ぶん殴って眼を覚ましてやったってわけよ!」
「一発だったか?」
「そーゆー細かい事はいいんだよっ!」

 バーンがキースをヘッドロックして小突く真似をした。
 …二人とも、嬉しそうに笑っている。
 キースがこんな顔で笑うのなんて初めて見たかもしれない。

「何かキース、憑き物が落ちたみたいな感じだね」
「そうか…そう見えるか」
「こいつは今まで悪い夢を見てただけなんだよ。ようやっと眼が覚めたからな、ノアの総帥なんて今日で引退だ!って訳で、これから俺と二人で引退の挨拶周りをするところだ」
「今から?この状況で?」
「あ、そう言えば軍がここを攻めて来てるはずだとかキースが言ってたな。その割に静かだけど、別の場所ではドンパチやってるのか?」
「私とエミリオがここに来る途中は誰も見なかったわ」
「そうか…戦っても勝てないと思って身を潜めているのかも知れないな」

 そんな彼らを見ている間に、エミリオの中で静かに何かが終わりを告げていた。
 荒れ狂っていた心が奇妙に凪いでいく。
 ああ、もういいや。
 そんな、諦めにも似た感情が芽生えて来る。
 ウエンディーがバーンしか見えてない事なんて、僕よりバーンが大事だなんて、最初から分かってた事だ。
 僕を見てくれない女なんてもういらないや。
 ウエンディーがいなくても、僕にはブラドさんがいる。刹那がいる。ガデスがいる。
 裏切らない、置き去りにしない、どこにも行かない仲間がいる。
 僕を見てくれる仲間がいる。
 世界はそれで十分じゃないか。
 自分に言い聞かせながら、エミリオは好きで好きでたまらなかった少女と、憧れて妬んで憎み切れなかった男に背を向けた。

「僕、仲間にこのこと知らせに行くよ。ウエンディーは早く陣地に戻った方がいいよ、キースはともかく追い詰められたカルロは何するか分からないからね」
「…エミリオ」
「何」
「私も同行させてくれ」
「はっ?」

 キースの言葉にエミリオは眉間に皺を寄せて振り返った。
 元ノアの総帥は数歩、進み出た。

「キース、僕の言った事ちゃんと聞いてた?仲間と合流するって言ったんだけど」
「分かっている。君の上官達に今までの非礼を詫びた上で、ノアの同志達の保護と受け入れを頼みたいんだ」
「…あっそ。好きにしたら」
「感謝する」
「おい、キース」
「今のうちに言っておくよ、バーン」

 キースは親友を振り返って穏やかに微笑んだ。

「ありがとう」
「キース…」
「悪い夢を見ていたとは言え、自分で巻いた種は自分で刈り取らなければ。…けじめをつけて来るよ」
「…分かったよ。俺が一緒だったら余計に揉めそうな気もするしな、大人しく避難するよ」

 バーンが片手を上げた。
 多少無理しているのは分かったが、それでもニカッと笑って。

「また後でな!キース、エミリオ」
「ああ、また」
「じゃあ私は、先に戻ってウォンとお姉ちゃんに話をしておくわ。何とかキースがお咎めを受けないですむように頼んでみる」
「うん、分かった」

 バーンとウエンディーに軽く片手を上げて挨拶をすると、二人は急ぎ足に廊下を歩き出した。
 観音開きの扉を開けて一般フロアに戻り、まずは刹那達に連絡を取ろうと内線電話を探し始めた時、目の前に人影が現れた。
 エミリオはハッとして身構え…現れた者が殺しても問題ない人物と気付き、知らず唇の端を持ち上げた。
 やり場のない不快感を持て余してムシャクシャしてたんだ、ちょうどいいからこいつを殺して鬱憤を晴らそう…。
 さぁキース、バーンと和解して軍に降参する事にしたって言って、この馬鹿を怒らせなよ。そうしたらすぐに僕がこいつを殺してあげるから。
 どす黒い期待を抱くエミリオの隣でキースがその男の名を呟いた。

「カルロ……」
「キース様。妹が…レジーナが、死にました」

 静かな声でカルロが言った。
 キースの眼が驚愕に見開かれる。

「αが暴走して、鎮圧しようとしたそうです」
「………」
「妹の最後を見取ったのは僕ではなく軍属のサイキッカー達でした、でも、レジーナは穏やかな顔をしていました」

 その落ち着いた態度がエミリオは気に食わなかった。
 こいつは軍が大嫌いだったはずなのに。妹を凄く大事にしていたはずなのに。
 何でそんなに冷静なんだ?もっと動揺しろよ。悲しめよ。怒り狂えよ。僕かキースに怒りをぶつけろよ、全力で答えてやるから!
 そんなエミリオの内心の声が聞こえないのか、カルロは悲壮な顔で淡々と続けた。

「敵だったはずの彼らは、レジーナを助けようと必死になり、僕に呼び掛け、妹の手当てをして、看取り、弔い、祈り、そして、その死を悼んで涙を流してくれました」
「……………」
「僕はどこで間違ってしまったのですか?僕は何故生きているのですか?」
「カルロ…」
「キース様…。僕はあの刹那と言う男に言われました、『お前が生きていると言う事はまだやるべき事があるのだろう』と。でも分からない。教えて下さいキース様、僕は何をすべきなのですか!?」
「私はもはや君の指導者ではない。教える事はできない。…だが」
「………?」
「共に考える事はできる」

 虚を突かれたような顔のカルロに、キースは優しく微笑んで歩み寄った。

「道を誤ったと思うのなら糺していけばいい。気付くのは遅かったかも知れない、しかしまだ手遅れではないはず」
「キース、様…」
「一緒に考えよう、カルロ。私達が出来る事は何なのか」

 エミリオは二人の姿を苦々しい思いで見つめていた。
 何なんだよ、どいつもこいつも馴れ合ってくれちゃってさ。
 面白くない、面白くない、面白くない。
 ウエンディーはバーンを、バーンはキースを、キースはバーンを、カルロはキースを見ている。
 僕を見てくれる奴はここにはいない。
 どろりと濁った澱のように心に蓄積していく不快感。
 苛立ちが捌け口を求めて渦を巻いている。
 いっそここで、キースもカルロも殺してしまおうか。こいつらは敵なんだし、向こうが襲って来たってことにして…。
 そんな考えがちらりと頭をよぎった時、放送がかかった。

『ぴんぽんぱんぽーん。お呼び出しを申し上げまーす。軍属サイキッカーのエミリオ・ミハイロフ様、エミリオ・ミハイロフ様。この放送が聞こえたら内線16 番まで連絡してくれやがって下さーい。5分以内に連絡がない場合は君を探しに行きまーす。繰り返しお呼び出しを申し上げまーす。軍属サイキッカーのエミリ オ・ミハイロフ様……』

 仲間の声にエミリオは暗い眼を上げた。
 …あいつらなら、仲間のあいつらなら。
 ウエンディーをバーンに奪われた僕の心の痛みも分かってくれる。慰めてくれる。身を引いた事を誉めてくれる。
 僕を見てくれる、理解してくれる、この持って行き場のないざらついた感情の対処法を知ってるはず。
 キースとカルロは置き去りに無言のままエミリオは踏み出した。

「あ…エミリオ」
「そこから動くなよ。動いたら攻撃するからな」
「……?」

 キースが怪訝そうな顔をしている気配を感じて、エミリオは背中を向けたまま苛々と言葉を吐いた。

「分かんないの?僕は軍属、お前達はノアだ。何だかんだ言ってたけど、僕はまだキースを完全に信用した訳じゃない。Sランクの敵二人と一緒にいつまでも一緒にいるほど僕は不用心じゃないよ」
「確かにそうだな。すまない、昔の仲間だと思って甘えていた」
「ま、お前達のことは伝えておくよ」
「分かった。では私達は地下庭園で待っていよう。何かしらの指示が出たら教えて欲しい」
「教えられる内容ならね。精々抹殺命令が出ないように祈ってなよ」

 言い捨ててエミリオは大股に歩き出した。手近な部屋の扉を幾つか開けて、大きなモニターのある部屋の内線電話を取った。
 指定された番号、16番を押す。
 数回のコール音の後、モニターに仲間達の姿が映った。
 最初に口を開いたのはガデスだった。

『おーエミリオ、そっちはどんな感じだ?』
「どいつもこいつも馴れ合いやがって、全然面白くないよ」

 不機嫌な気持ちがそのまま顔と声に出た。
 大人達が不思議そうな顔になった。

『馴れ合い?誰と誰がだァ?』
「どいつもこいつもだよ」
『だから具体的に誰と誰なんだよ』
『それはつまり、キースとバーンが和解した…ということか?』
「キースとバーンもだし、キースとカルロもだし、キースはすっかり腑抜けてるし、カルロもやる気なくしてるし、バーンとウエンディーは……。とにかく面白くない、全然面白くないよ!」
『落ち着けエミリオ、もちっと具体的に言ってくれねーと分かんねぇよ』
「つまりウエンディーはバーンを好きで僕のことなんてどうでもいいってことさ」

 エミリオは吐き捨てた。
 言った途端に無性に悲しくなって唇を噛みしめた。
 失恋で傷付いた心。
 この痛みを仲間達は分かってくれる。理解してくれる。慰めてくれる。励ましてくれる。
 優しい言葉を期待して待ったが。

『エミリオ、今は任務中だ。お前が報告すべきは個人的な問題じゃない。そのくらい分かっているだろう?』
「え…?」
『お前の個人的な話は任務終了後にゆっくり聞いてやる。とにかく今は、『何が起きたのか』を報告しろ。事実だけを手短かにな』
「……………」

 ショックで言葉が出て来なかった。
 エミリオの恋心を誰よりも知っていたのは『兄貴分』の刹那のはずなのに。そんな冷たい事言わなくてもいいじゃないか。少しくらい話を聞いて、慰めてくれてもいいじゃないか。
 ううん、別に刹那でなくてもいい。ガデスでもブラドさんでもいい、僕を心配して、話を聞いてよ。
 無言のままモニターを睨んだが。

『おーいエミリオ、言ったじゃねーか。この建物の中じゃテレパシーは使えないんだよ。何もイメージ映像を送れって頼んでる訳じゃねーんだ、簡単でいいから言葉で教えてくれよ。お前達はバーンとキースには会えたのか?』
「会えたからウエンディーが一緒にいないんだよ、そのくらい見て分かるだろ?」
『見て分かるのはお前が一人でいるってことだけだよ。失恋して苛ついてるのかも知れねーけどよ、仕事は仕事なんだから私情を挟まずにちゃんとやってくれや』

 大男の呆れた顔が神経をはっきりと逆撫でた。
 何だよガデスまで。仕事は仕事?お前が言うか、そんな事。
 エミリオの心の中で暗い感情が急速に膨れ上がっていることを、普段の彼らならモニター越しにも気付いただろう。しかし今は、三人が三人とも他の事に半ば心を支配されていてエミリオの異変に気付く余裕がなかった。
 仕方ないな、と言いたげな顔で刹那が口を開いた。

『ならば俺の質問にひとつずつ答えろ。バーンとキースは殺し合ったのか?和解したのか?』
「殺し合いして両方生きてる間に和解したみたい」
『ウエンディーはどうした』
「バーンと一緒に別ルートでノアを脱出して陣地に戻るってさ」
『キースはどうした』
「けじめをつけたらノアの総帥やめるって。あと、今までの非礼を詫びた上で、ノアの同志達の保護と受け入れを頼みたい、とか言ってた」
『つまりノアは降伏すると言う事か?』
「さぁね。直接キースに聞きなよ」
『………』

 つっけんどんに言い捨てると刹那が眉間に皺を寄せた。
 それまで黙っていたブラドがずいと身を乗り出した。

『おいクソガキ、ふざけんのもいい加減にしろよォ?嫌な想いをしたのはお前だけじゃねェんだ。刹那もファーストもガデスも俺も、仕事だからあえて感情は抑えてンだよ。そんな事も分かんねェのか?』
「じゃあファーストのブラドさんを出してよ!」
『意味不明な事言ってンじゃねぇ!優しく慰めて欲しけりゃさっさと報告終わらせやがれ馬鹿野郎!』
「何だよ、何だよ、何だよ…!刹那もブラドさんもガデスも、僕よりもノアの連中が大事だって、そう言うの!?」
『誰がいつそんな事言ったんだァ?俺達が聞きたいのは、お前の失恋話じゃなくキースとカルロがどうなったかなンだよ。仕事中に私情を挟むなって言ってるだけだろうが』
「何だよそれ!?じゃあ、お前達がレジーナを助けようとしたり看取ってやったり埋葬してやったのは仕事だって言うのかよ!?違うだろ?私情だろ!?」

 レジーナの名を出した途端、刹那の顔が曇った。一瞬、悼むように眼を伏せた彼にエミリオは絶望を覚えた。
 …何だよ刹那。僕の失恋は『問題じゃない』とか言う癖にレジーナのことは悲しんでやるのかよ。
 友人の死と仲間の失恋、刹那に取ってどちらが衝撃が大きいか、その程度の事に考えが至らないほど少年の心は余裕を失っていた。
 そして大人達も、そんなエミリオに気付くだけの心の余裕がなかった。
 ガデスの表情が厳しくなる。

『おいエミリオ、お前マジでいい加減にしろよ』
「…………」
『あの小娘にフラれてお前がどんなに傷付いてるか俺達には分からねぇ。だがな、レジーナを助けようとして助けられなかった刹那やブラドがどんなに傷付いてるか、ついでに最後までグダってやがったカルロに俺がどんだけムカついてるか、それがお前に分かるのか?』
「…………」
『俺達はそう言う感情を抑えて仕事してるんだよ。今の状況で優先すべきなのは仕事なんだって何度も言ってるだろうが、まーだわかんねぇのか?』

 …何故。どうして。
 エミリオの心が急速に冷えていく。
 ブラドさん、刹那、ガデス、僕達は仲間だろう?どうしてこんなにも傷付いている僕よりもノアの連中を気にしてるのさ。
 膨れ上がる感情。
 もっと僕を見てよ。
 もっと僕を気にしてよ。
 もっと僕に優しくしてよ。
 もっと僕を愛してよ!

『とにかく一度合流しないと話にならんな』
『しゃーねぇ、迎えに行ってやるか』
『ガキの面倒を見るのも大人の役目だからなァ』

 半ば呆れつつも思いやりのこもった彼らの言葉は、エミリオの意識の外を通り過ぎて行った。
 誰も僕を見てくれない。
 誰も僕を気にしてくれない。
 誰も僕に優しくしてくれない。
 誰も僕を愛してくれない。
 そんな世界なんて。

「……ねぇ」

 顔を上げる。
 仲間達が怪訝そうな顔になった。さっきまであれほど半べそで喚いていた彼が奇妙に冷静になっていたからだろう。
 白い翼の堕天使は何かが壊れた眼で唇の端を残忍に持ち上げた。

「自分のことを見てくれる、気にしてくれる、優しくしてくれる、愛してくれる人が一人もいない世界なんてさぁ…」

 そんな世界に何の価値がある?欠片ほどもないじゃないか、そんな世界なんて。
 だったら。

「なくなってもいいと思わない?」

 何もかも消えてしまえ。


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サイキ部屋
総合目次


 10年前に出した小説を踏襲してたりしてなかったり…なエミリオの暴走です。10年前は、ノア侵攻途中で激しい頭痛が襲って来て刹那&ガデスと別れて休ん でいる時に、精神世界で闇エミと遭遇して、『皆、お前の事なんてどうでもいいんだよ!』と言われて暴走…という展開でした。その時の理由は闇エミに言わせ たのですが、『認めたくない現実を消す事で否定しようとする』でした。あ、10年前は『エミリオは二重人格』という設定で話を進めていました。
 10年前、大好きだったエミリオスキーな方に本を差し上げたところ『やっぱりエミリオは暴走オチなんですね…』と残念そうに言われちゃったのがまだ引っ 掛かってます。エミリオの暴走無しで話を展開させようかと思ったんですが、そうしたらここから先の話を全て作り替える事になるので…この小説で重要なのは やはり終盤ですので、悩んで結局、エミリオは暴走するという展開で行く事にしました。