| さっき別れた時よりも明らかにエミリオの機嫌は悪そうだったが、その理由を察して少年を気遣うだけの寛大さは今の彼らにはなかった。 …続きを待ったがエミリオが何も言わないのでブラドが尋ねた。 「馴れ合い?誰と誰がだァ?」 『どいつもこいつもだよ』 「だから具体的に誰と誰なんだよ」 「それはつまり、キースとバーンが和解した…ということか?」 『キースとバーンもだし、キースとカルロもだし、キースはすっかり腑抜けてるし、カルロもやる気なくしてるし、バーンとウエンディーは……。とにかく面白くない、全然面白くないよ!』 感情的に吐き捨てたエミリオの姿に、ガデスとブラドは顔を見合わせ肩を竦め、刹那は浅くため息をついた。 冷凍睡眠状態から目を覚ましたバーンはキースの説得に成功し、ウエンディーは『愛しのバーン』との再会でエミリオの事は眼中になく、それで彼は拗ねているのだろうと薄々勘付いた。 「落ち着けエミリオ、もちっと具体的に言ってくれねーと分かんねぇよ」 『つまりウエンディーはバーンを好きで僕のことなんてどうでもいいってことさ』 ガデスの言葉に対するピントのずれた返事。 任務中でなければ…いや、毒にも薬にもならない普段の任務の最中ならばガキの泣き言に付き合ってやらないでもなかったが、今は国軍が威信をかけた任務の遂行中だ。 刹那は穏やかに告げた。 「エミリオ、今は任務中だ。お前が報告すべきは個人的な問題じゃない。そのくらい分かっているだろう?」 『え…?』 「お前の個人的な話は任務終了後にゆっくり聞いてやる。とにかく今は、『何が起きたのか』を報告しろ。事実だけを手短かにな」 『……………』 モニターの向こうでエミリオは不満げに黙り込んだ。 そんな事を言って欲しいんじゃない、失恋で傷付いた僕に優しくしてよ、慰めてよ…とその顔に書いてある。しかし彼らは敢えて気付かないフリをした。 あくまでもとぼけてガデスが言った。 「おーいエミリオ、言ったじゃねーか。この建物の中じゃテレパシーは使えないんだよ。何もイメージ映像を送れって頼んでる訳じゃねーんだ、簡単でいいから言葉で教えてくれよ。お前達はバーンとキースには会えたのか?」 『会えたからウエンディーが一緒にいないんだよ、そのくらい見て分かるだろ?』 「見て分かるのはお前が一人でいるってことだけだよ。失恋して苛ついてるのかも知れねーけどよ、仕事は仕事なんだから私情を挟まずにちゃんとやってくれや」 流石のガデスもあからさまに呆れた顔になった。 年令と類い稀な能力のおかげで、今までのエミリオは軍の中でもある程度の我が侭を許されて来た。しかしそれはノアと言う脅威があったが故。ノアが消えれ ば軍サイキッカー部隊の存在異義は大きく変わる、任務に私情を挟んで禄に仕事も出来なくなるような子供など必要無いと言われる可能性も十分にあるのだ。 刹那もブラドもガデスもそれを知っているから『仕事に私情を挟むな』と繰り返し言っているのだが、この調子では報告を聞き終わる前に自分達の堪忍袋の緒が切れると思った刹那は少し妥協する事にした。 「ならば俺の質問にひとつずつ答えろ。バーンとキースは殺し合ったのか?和解したのか?」 『殺し合いして両方生きてる間に和解したみたい』 「ウエンディーはどうした」 『バーンと一緒に別ルートでノアを脱出して陣地に戻るってさ』 「キースはどうした」 『けじめをつけたらノアの総帥やめるって。あと、今までの非礼を詫びた上で、ノアの同志達の保護と受け入れを頼みたい、とか言ってた』 「つまりノアは降伏すると言う事か?」 『さぁね。直接キースに聞きなよ』 「………」 必要最低限ではあったが事実報告を始めたから不満タラタラの仏頂面には目を瞑ってやったのに、まだ甘ったれるつもりか。 また臍を曲げてしまったエミリオに流石にムッとした時、それまで黙っていたブラドがずいと身を乗り出した。 「おいクソガキ、ふざけんのもいい加減にしろよォ?嫌な想いをしたのはお前だけじゃねェんだ。刹那もファーストもガデスも俺も、仕事だからあえて感情は抑えてンだよ。そんな事も分かんねェのか?」 『じゃあファーストのブラドさんを出してよ!』 「意味不明な事言ってンじゃねぇ!優しく慰めて欲しけりゃさっさと報告終わらせやがれ馬鹿野郎!」 ブラドの言葉にエミリオの表情が怒りから半べそに変わった。 …普段なら一時的にファースト人格のブラドが出て来て、エミリオをうまくなだめすかし当たり障りなく終わらせただろう。しかし今のファーストはレジーナの一件で想像以上にショックを受けていて、エミリオを気遣うだけの気持ちの余裕はなかった。 ファーストが出て来なかった事でそのあたりの事情を察したらしいエミリオがますます泣きそうな顔になって言い募った。 『何だよ、何だよ、何だよ…!刹那もブラドさんもガデスも、僕よりもノアの連中が大事だって、そう言うの!?』 「誰がいつそんな事言ったんだァ?俺達が聞きたいのは、お前の失恋話じゃなくキースとカルロがどうなったかなンだよ。仕事中に私情を挟むなって言ってるだけだろうが」 『何だよそれ!?じゃあ、お前達がレジーナを助けようとしたり看取ってやったり埋葬してやったのは仕事だって言うのかよ!?違うだろ?私情だろ!?』 エミリオの言葉が鋭く刹那の心を抉った。 …ああそうだ、その通りだ。 命令の言葉の隙を突くようにして俺は任務に私情を挟み、そして…助けられなかった。 言い返せない、否定できない後ろめたさに思わず眼を伏せた時。 「おいエミリオ、お前マジでいい加減にしろよ」 茶目っ気もおどけた雰囲気も欠片もないガデスの声が聞こえた。 静かに抑えた低い声に隠し切れない怒りと苛立ちが混ざっているのを肌で感じる。 「あの小娘にフラれてお前がどんなに傷付いてるか俺達には分からねぇ。だがな、レジーナを助けようとして助けられなかった刹那やブラドがどんなに傷付いてるか、ついでに最後までグダってやがったカルロに俺がどんだけムカついてるか、それがお前に分かるのか?」 『…………』 「俺達はそう言う感情を抑えて仕事してるんだよ。今の状況で優先すべきなのは仕事なんだって何度も言ってるだろうが、まーだわかんねぇのか?」 ガデスは本気で怒っている。本気で怒っているのを抑えている。 …いかんな、俺達もエミリオも感情的になっている。 頭の芯がぼんやりと痛んで、刹那は一度浅く息を吐いた。 半ば痺れた脳味噌ではっきり分かる事は、このままモニター越しに話をしても埒があかない上に時間の無駄だということだ。 顔を上げて二人の重力使いを見遣った。 「とにかく一度合流しないと話にならんな」 「しゃーねぇ、迎えに行ってやるか」 「ガキの面倒を見るのも大人の役目だからなァ」 自分達も感情的になっていた自覚があったのだろう、二人はすんなり頷いた。 エミリオの居場所を尋ねようとモニターに眼を戻した刹那は、開きかけた口を中途半端に止めた。 しばらく黙りこくっていたエミリオがゆるりと上げた顔、その表情。 さっきまで半べそをかいて半ば泣きかけていた彼が奇妙に…無気味なほど落ち着いた顔をしていた。 『……ねぇ』 短い言葉の裏に狂気が見え隠れする。 白い翼の堕天使は何かが壊れた眼で唇の端を残忍に持ち上げた。 …本能が危険を察して叫んでいるのに、言葉が出ない。 『自分のことを見てくれる、気にしてくれる、優しくしてくれる、愛してくれる人が一人もいない世界なんてさぁ…』 エミリオがクスクス笑った。心のどこか、とても大切な何かが壊れてしまった声で。 『なくなってもいいと思わない?』 次の瞬間。 モニター画面は眩しい純白に染まり、唐突に通信は切れた。 無気味な静けさが落ちる。 三人が不安げな顔を見合わせた。 …不意に不快な感覚が体を襲った。 超高速で降下するエレベーター、下り始めるジェットコースター、自由落下にも似たあの、体が浮くような感覚。 直後、床が大きくうねった。 揺れる、などと生易しいものではなかった。 一瞬遅れて無気味な振動が響いて来た。 床が、壁が、天井が…ギシギシと軋み、うねり、たわみ、絶え切れずに亀裂が走る。 ガデスが顔をしかめた。 「地震かぁ?」 「よりにもよってこのタイミングでか?」 直感がやかましく警鐘を鳴らしている。 逃げろ。 早く逃げろ、ここは危険だ。 早くしないと殺される、アイツに。 ビシィッ!! ひときわ不吉な音がして天井と床に亀裂が入ると同時にその隙間から光が突き刺さった。天井から床に、床から天井に。 ブラドがガリガリと頭をかいて呆れたようにボヤいた。 「『自分のことを見てくれる、気にしてくれる、優しくしてくれる、愛してくれる人が一人もいない世界なんて、なくなってもいいと思わない?』って…問いかけじゃなく宣言かよ。ったく面倒臭ェお子様だぜ」 「フラれた腹いせに俺達まで巻き添えにしようってかぁ?ジョーダンきついぜ」 「ボケたこと話してる場合か!」 二人が本気でない事は分かっていたが、胸に迫る危機感から刹那は本気で怒鳴り付けた。 数年前、エミリオが起こした『事件』。ロシアの田舎町が跡形もなく消え去ったと言うあれが再現されようとしているのだと直感は告げていた。 何とかして止めなければ。 エミリオはどこにいる?今から止めに行って間に合うだろうか、それとも多少はエミリオの近くにいるはずのバーンやキースに呼び掛けるか。この状態で電話や放送は機能しているだろうか? 混乱する頭で必死に考えていると不意に部屋の崩落が止まった。 「………」 「中尉殿よォ、善良な一般市民を守ろうって考えは御立派だが、その前に自分が死んじまったら何にもならねェぞ?」 「そーそー。まずは俺らが生きて戻らねぇとな。だろ?」 「…それはそうだが、………」 二人の重力使いが崩落を一時的に食い止めてくれているのは分かった。ならば自分は? まず俺達が生きて戻る。 既に崩壊を始めた地下施設を真面目に通り抜けて戻るのは非現実的、そうなると無理矢理にでも脱出口を作る必要がある。 …ならば。 刹那は両手に闇を集めた。 限界まで溜めたエネルギーを天井に向けて放つと、鈍い轟音と共に数フロアの床と天井を破って消えた。 眼を凝らす。 まだ地上までの道は開けていない。もう一度! …地響きがひどくなって来た。床や天井からは破壊力を持った光が絶えまなく溢れて来る。 Sランクの重力使い二人の力ですら建物の崩壊は押さえ切れなくなってきた。 (生きて戻ったのは…三人だと、聞いた) マイトの不吉な予言が脳裏を掠めた、その時。 刹那の足下から水が染み出て来た。床の亀裂から染み出た水は隙間を埋めるように壁へ、天井へ、更に上のフロアへと昇っていく。 重力に逆らって下から上へ。 水が床や壁の隙間を埋める側から凍り付いていき、ノアの地下は氷の城のようになっていた。 地響きで氷の壁にヒビが入っても即座に水が染み凍り付き崩壊を防いでいる。 水と氷。誰の力なのかは考えるまでもなかった。 さしあたり目の前の危険が去ったので、ガデスとブラドはほっとしたように力を緩めた。 刹那もさっきまでよりは精神的な余裕を持って脱出口を開く作業に集中できた。 |
| サイキ部屋 |
総合目次 |
| ひとつ前の話、『その時…』のエミリオ視点の話と多少かぶってますが…大人達視点の話です。ええと…この時点で解説したい事とか語りたい事はあんまりないのですが…。キースとカルロがノアの建物崩壊に協力していると言う場面を入れたかったのです。 エミリオの力の暴走でノアの建物が崩壊を始めて、ガデスが崩壊する建物を支えつつ刹那が脱出口を開く…という展開は10年前に出した小説と同じです。 |