THE DARKNESS
EPISODE 29:西暦2012年11月14日 新生ノア本部


 …闇の槍を放つのは何度目だろうか。
 ダークウェッジの切っ先が完全に消えるのを確認した刹那は、思わずほっと安堵の息をついた。
 その姿にガデスとブラドも、地上への通路を確保できた事を察したらしい。

「お疲れさん、まァこれで取りあえずは一安心だな。あァー…久しぶりに本気で力を使ったから疲れたぜェ。悪いが俺はちょっと休ませてもらうぜ」

 ブラドは言うなり眼を閉じた。
 ぐらり…不意に傾いた体を慌てて刹那が支えると、きょとんとした表情のファーストブラドと眼が合った。

「あれ、セカンド…?」
「どうした?」
「あ…うん…普段は『じゃあ交代すっぞ』『うん分かった』みたいな会話してから交代するんだけど、急にセカンドが裏に行っちゃって…ちょっと、ビックリしてた」
「建物ひとつ支えていたんだ、よっぽど疲れていたんだろう」
「そう、だよね」

 まだ納得できていない顔でブラドが曖昧に頷いたが、今はそんな事に構っている時間の余裕はない。
 刹那はガデスを振り返った。

「ここもいつまで持つか分からん、さっさと脱出するぞ」
「待って刹那!エミリオもキース様もまだここにいる、助けないと」
「馬鹿野郎、そんな呑気な事を言ってる場合か!」
「あー悪いんだけどよ、俺は行かねーから。お前らだけで行ってくれや」
「…………何?」

 何でもない事のようにガデスがさらりと言った言葉に、刹那は我が耳を疑った。
 ブラドも何を言われたのか分からないという顔をしている。
 二人分の視線を受けて、大男は不思議そうに首を傾げた。いつものように、とぼけた顔で。

「聞こえなかったか?俺はここに残るから、お前らだけさっさと逃げろ、って言ったんだが」
「それは聞こえたが」
「んじゃーいいじゃねぇか」
「何がだ!」

 あくまでもとぼけた顔のガデスに刹那は噛み付いた。

「貴様、頭がイカレたのか?ここに残るのがどう言う事なのか分かって言ってるのか!?」
「勿論分かってるぜ。かったるいお役所仕事と体よくサヨナラできるって事だろ?」
「…………」
「軍隊なんて堅苦しいところで俺が好き勝手やって来れたのは、新生ノアって分かりやすい敵がいたおかげだ。十分な結果さえ出してりゃお偉方も渋々だが眼ぇ 瞑ってくれるしな。その敵がいなくなっちまったら規則規則に縛られて、息苦しいわ堅苦しいわの窮屈な生活になるんだろ?俺は自由に生きたいんだよ。ブラド の前で言うのもなんだが、ウォンの旦那の道具として使い捨てにされるのは真っ平御免だしよ。ちょうどいい機会だから俺はここでトンズラさせてもらうわ」
「ふざけるのもいい加減にしろよ、貴様」

 刹那はガデスに詰め寄った。
 その眼は激しい怒りで紫に染まっている。

「俺との勝負から逃げるつもりか?」
「ハァ?そんなもん、今決着つけなくてもいいじゃねーか。次に会った時でいいだろうがよ」
「…………」

 次に会った時。
 再会する事を前提にしたガデスの言葉。
 刹那は大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出し…苦く舌打ちした。
 その反応が、自分の我が侭を了承した答えだと正しく解釈したガデスは屈託のない笑みを浮かべて葉巻を銜えた。
 不吉な振動が続く地下室、ヒビが入っては修復を繰り返す水と氷の壁、少しずつ、しかし確実に増え続ける破壊の光。
 地下エリアに残っているであろうエミリオやキースを心配しているに違いないブラドにちらりと眼をやって、刹那はガデスを見遣った。

「ガデス」
「んー?」
「葉巻の予備はあるか?」
「…1本だけだけどな」

 妙に嬉しそうにガデスは葉巻を差し出した。
 感謝の欠片もない表情でそれを銜えた刹那の前でライターを何度もカチカチやって、火が付かない事に情けない顔になり、銜えていた葉巻を差し出した。
 無言のままガデスの吸いかけの葉巻から火を貰って、刹那はその毒の香りを堪能しつつ親友に眼を向けた。

「ブラド」
「何?」
「この1本を吸い終わるまでは待ってやるから、エミリオやキースを助けたいなら好きにしろ。ただし吸い終わったらお前が何を言っても引きずっていくからな」
「…ありがと!」

 ブラドは本当に嬉しそうな心からの笑顔を見せて、テレパシーで呼び掛けようと神経を集中した時。

『同志達よ』

 キースのテレパシーが聞こえて、ブラドだけでなく刹那やガデスもハッとした。

『私はキース・エヴァンス。新生ノア総帥として諸君らに最後の命令を出す。…いや、これは私からの最後の頼み、最後の願いだ。軍に投降し保護を求めよ』
「キース、様…」

 ブラドが唇を震わせた。
 キースの声は静かに、しかし鮮明に響いた。

『軍にはかつての同志がいる。彼らもまた全てのサイキッカーに平和と自由をもたらすために戦っていると言う言葉、信ずるに値すると私は思う。決して諸君らを悪いようにはするまい。繰り返す、今すぐここを脱出し軍に投降し保護を求めよ』
(キース様!)

 ブラドが叫んだ。
 キースのテレパシーが一瞬途切れ、微かな戸惑いを感じさせる声が返って来た。

『ブラド、か?』
(キース様、僕は…………)
『…ようやく君と話ができたな』
(………!)
『ずっと君には謝らなくてはいけないと思っていた。2年前、私は…助けを求めて来た君の助けになれなかったばかりか、君の望まない戦いを強要した。君が悩んでいるのを知りながら見て見ぬ振りをして…本当にすまなかった』
(いえ…いいえ……)

 ブラドはポロポロ涙を零しながら首を振った。
 氷の壁が少しずつ崩れ始めた。小雨のように光が降り注ぎ始めている。

(今の僕があるのはキース様のおかげです。僕こそ、お礼を言わせて下さい。ありがとう、本当に…ありがとうございました)
『君は感謝してくれるのか、この私に…』
(袂を分けたとは言えあなたは僕の恩人です。大切な人です。どうかあなたも逃げて下さい、生き延びて下さい!)
『その言葉は嬉しい。しかし私もノアの総帥としてけじめはつけねばならない』
(でも!)
『以前君が言ったではないか、大人には責任がある』
(キース、様……)
『ブラド、私からの最後の頼みだ。軍に投降した同志達の事、よろしく頼む』
(………。はい……)

 ぎゅっと唇を噛み、拳で涙を拭い、ブラドはそれでもしっかりと頷いた。
 …刹那の葉巻はほとんど灰になっていた。
 最後にゆっくりと香りを味わって、氷の床に葉巻を捨てると未練を吹っ切るように踏み潰した。

「さぁ、行くぞ」
「待って刹那、まだエミリオが…」

 その瞬間。
 バギイィン!!
 床から突き上げた光がブラドの左腕を貫いて天井に抜けた。
 …もう猶予はない。
 使い物にならなくなった左腕の機械鎧を見て呆然としているブラドを見て刹那は躊躇わず彼の手を掴んだ。

「分かっただろう、これがエミリオの返事だ。癇癪起こして八つ当たりしているガキなんざ放っておけ。構ってやるからつけあがるんだ」
「刹那………」

 地上への道に一歩踏み出して、ガデスに背中を向けたまま刹那は独り言のように告げた。

「生きろよ、ガデス。こんなところでくたばったりしたら承知せんぞ」
「へいへい、りょーかい」
「…いつか必ず、また会おう」
「ガデス、やっぱり駄目だよ!君も一緒に…」
「刹公、ブラド、達者でなー」

 ガデスの言葉が終わるのを待たずに、ブラドの手を掴んで刹那は走り出していた。
 別れの挨拶など聞きたくなかった。
 彼が開いた地上への道は、降り注ぐ光で既に崩れ始めていた。足場すら、二人が駆け抜ける側から崩れていく。
 幼い兄弟のように手を繋いで、刹那とブラドはひたすら走った。
 光の中を、闇に向かって。
 決して離れないように握りしめた親友の手の温もりだけが、たったひとつ確かなものだった。
 …地上に駆け上がったその勢いで地面を蹴り、二人は空に舞い上がった。
 不気味に揺れ続ける原子力発電所、あちこちから逃げ出して来るサイキッカーと兵士達、強い風に煽られてはためいている青い旗。
 逃げ出して来る者の中に見知った顔がないか思わず眼で追って、まずは陣地に戻ってウォンに報告をした方がいいのではないかと刹那が気付いた時。
 二人の目の前の空間が歪み、黒髪の男が姿を現した。

「ウォン!」
「司令官!」
「刹那、ブラド…」

 ウォンは今まで刹那が見た事もないような深刻な顔で呟いた。

「あなた達二人だけですか?」
「…え?」
「ウエンディーとバーンは?来てないの?」
「現時点で無事を確認できたのはあなた達二人だけです」
「嘘……」

 ウォンの表情はとても嘘を言っているようには見えなかった。
 キースとカルロはノアのサイキッカーが逃げるまであの場所に留まるつもりだろう。ガデスは戻る気はないし、エミリオはまだ中にいる。レジーナは死に、バーンとウエンディーは戻っていない。
 ウォンと刹那とブラド。

(生きて帰ったのは…三人だと、聞いた)

 マイトの予言。
 背筋に冷たいものが走った。
 同じ事を思ったのだろう、ブラドも蒼白な顔でノアを見下ろした。
 ウォンが短く尋ねた。

「何があったのです?」
「…エミリオとウエンディーはバーンを見つけたらしいのですが、その結果的にエミリオが失恋して…おそらく八つ当たりでしょう。『誰も僕を愛してくれない世界なんていらない』とか何とか、最後に話した時に言っていましたし」
「ガデスとノアのサイキッカーは?」
「ガデスは自主的に残りました。キースとカルロは『最後まで責任をとる』と言って、恐らくまだ中に。レジーナは…αの暴走を止めようとして、死にました」
「……そうですか…」

 やはり時の流れは変わらないのでしょうか…。
 そんなウォンの呟きが強風に掻き消され流れていった気がした。
 ウォンが眼下を見て、二人を見た。

「…感傷に浸っている暇はありません。エミリオの力が暴走しているのは確かなようです、私達も自分達の行動を決めねばなりません」
「エミリオを止める手段があるのですか?」
「残念ながらそれはありません。私達が選ぶべきは、仲間と一般市民、どちらを守るか…です」

 ウォンは眼で揺れ続ける原子力発電所を指した。

「このまま放っておけば新生ノア本部は地上にある原子力発電所ごと爆発します。エミリオの力で周辺数キロ、あるいは数十キロ圏内の街は消え去るでしょう。原子力発電所の危険な部品などはあらかた運び出したようですが、放射能がまき散らされる可能性も残っています」
「!」
「ただし、あの建物の中に残ったサイキッカー達は助かる可能性が高い。建物の外にいる力の弱い者でも、ほんの数人ならば私達が抱きかかえてバリアで守れば 助ける事ができます。結果的にここにいる軍の皆さんや周囲の一般市民を見殺しにする事になりますが、『死人に口無し』と言います。追い詰められたノアが自 爆したと言えば、それを嘘だと証明出来る者は誰もいません。まずこれがひとつ目の選択肢」

 つまり助けられるのはクリスや栞程度と言う事か。
 固唾を飲む部下二人を見遣ってウォンは淡々と続けた。

「そしてふたつ目の選択肢。私達でノア本部を結界とバリアで覆ってしまえば、爆発は結界の中だけで起こり放射能の漏れもまずないでしょう。ただし、凄まじ いエネルギーが狭い空間の中で爆発する訳ですから内部に残った者の命の保障はありません。そのかわり陣地の兵士達や周辺住民の命は守れます。さぁ、どうし ますか?すぐに決めなければ自動的にひとつ目の選択をする事になりますが」
「そんなの…」
「選択の余地などありません。結界を張りましょう」

 ブラドの言葉が終わるのを待たず刹那は断言した。
 気のせいだろうか、迷いなく言い切った彼の表情にウォンが満足そうに笑みを浮かべたように見えたのは。
 驚いた眼を向けるブラドを、刹那は真正面から見つめ返した。

「人工サイキッカーの被験者を選ぶ面接試験の時、お前は俺に聞いたはずだ。1000人の命を救うために100人を犠牲にできるか。1億の命を守るために 100万人を見殺しにできるか。10億の命を守るために、恩人や友人を手にかけることができるか。それはこういう事態を想定しての事じゃないのか?俺はあ の質問にイエスと答えた。だからお前は俺を選んだんじゃないのか?」
「それは…」
「俺の親父は愚かな奴だった。こういう状況で『仲間も市民も両方救う』などど抜かす馬鹿な奴だった。だから全てを失った。ここまで来て俺達が全てを失ったら何もかも元の木阿弥だ、そうなったらサイキッカーの未来は誰が切り開く?」
「刹那……」
「それに」

 刹那は仲間達が残っている新生ノア本部を見下ろして続けた。
 自分自身に言い聞かせるように。

「あんなもの、エミリオが失恋したと言って八つ当たりして暴れているだけだ。地獄の傭兵や新生ノアの総帥やリーダーはガキの癇癪くらいでくたばるヤワな連中か?」
「そう…だよね。皆なら大丈夫だよね」
「勿論だ」

 刹那は頷いた。
 ああそうだ、あいつらなら大丈夫だ。どうのこうの言って、いよいよとなれば隠し通路のひとつも通って逃げるだろう。
 そう思った。
 思い込もうとした。

「…では、よろしいですね」

 ウォンの最終確認に二人はしっかりと…己の意思で頷いた。
 …結界がノア本部を包むように広がり、バリアがその内側を覆うように展開した。
 透明な檻の中で原子力発電所がゆっくりと光の海に沈んでいく。
 ゴゴ…ゴ…。
 地上部分の建物が地下に沈むと、轟音が腹の底から突き上げて来て結界の中を純白の光が満たした。
 もう光しか見えない。
 結界とバリアに破壊の光が何度も何度もぶつかった。
 行き場を無くした荒れ狂う光は閉鎖空間の中で流れ、弾け、ひときわ眩しく輝いて…そして凄まじい地響きと共に大爆発を起こした。
 


 

 
 

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サイキ部屋
総合目次


 後日談的な話はあと1〜2話ありますが、長らく続いたノア崩壊エピソードはここで終わりです。色々書きたいものを詰め込んだ一話です。まず、『ここでトン ズラ』と言って崩壊するノアに残るガデスは10年前と同じネタです。本当は彼の離脱無しの話も考えたのですが、エミリオ同様、ノア崩壊後の話を、それこそ ラストまで変えなくちゃならなくなるので、以前と同じようにガデスにはここで一抜けしてもらいました。
 後、付け足したのはガデスに葉巻を貰って一服する刹那の姿。刹那が煙草を吸うシーンはここだけになると思います。ガデスとの友情と言うか、色々あったけ ど結構お互い認めるものはあったんだよ、的な演出を目指してみました。後はキースとブラドの因縁というかお互いに引っ掛かっていたものを消化するシーンも 追加。
 そして崩壊するノアを脱出するブラドと刹那。『光の中を闇に向かって』この一文を書きたいために季節は晩秋、時間は夕方にしたのです。4時に突入して中 で色々あったから、外はもう日が落ちて暗くなってるよ、と。そして二人が手を繋いで脱出するシーンは、26話のレジーナのシーン、カルロと手を繋いでどこ までも一緒に行こう…と対にする感じを狙ってみました。
 あとは…バーンとウエンディーはどうして陣地に戻ってないのか?はこれと言った設定はありません。エミリオを止めようとしたのか、中に残ったサイキッカー達を助けようとしたのか、それともキースの所に行ったのか…答えは読んで下さる方の御想像にお任せで。
 一応ネタバレかもなので反転で。『ノア4人とバーン、ウエンディーはここで退場です。一応、ガデスとエミリオも退場です。