THE DARKNESS
EPISODE 30:西暦2012年11月16日 サイキッカー部隊基地内記者会見会場


 カメラのフラッシュが眩しくて、刹那は眼を伏せた。
 隣では左腕を首から吊ったブラドがずっと俯いている。顔を覆った銀色の髪の隙間に見える深紅の眼は深い悲しみに沈んでいた。
 …俺の眼は今、どんな色をしているのだろう。
 得意げな顔で報道陣に会釈をした少将を視界の片隅で捕らえながら刹那は思った。

 

 新生ノアが崩壊して2日。
 軍は『暫定的な調査が終了した』として記者会見を開いていた。生きて帰った三人は上官命令で少将と一緒に記者会見のテーブルに並んで座っていた。ウォン はいつもと同じ中華風の衣装だったが、刹那とブラドは礼装用の裾の長い真っ白な軍服にネクタイを絞めていた。サイキッカー部隊の幹部が揃って…しかも秘密 兵器の刹那までマスコミの前に姿を出すのは異例かつ初めてのことだった。
 最初に口を開いたのは満面の笑みを浮かべた少将だった。

「えー…この度はお集り頂き感謝します。皆様の御理解、御協力により、世界人類の敵である新生ノアを壊滅させた事をここに御報告致します」

 ひときわカメラのフラッシュ音が大きくなる。
 まずはこちらを…と、少将が傍らの写真を指した。不自然なほど完璧な正方形に抉られた地面。真四角の隕石が激突した跡だと言われれば納得したかも知れない、そんな奇妙な光景。
 2日前。
 荒れ狂う光がようやく消えた時、結界の中には何も残っていなかった。何一つ残っていなくて、ただ、結界の形と同じ真四角に地面が深く深く抉られていたのだ。…いや、結界の中に存在したものがあると言えばあった。
 薄い氷のベール。
 軍は対外的に発表する気はないようだが、結界やバリアでは防ぎ切れない諸々の有毒物質などを防いだのがその氷のベールだったらしい。
 そして…マイトの予言は、少なくともこの時点では当たっていた。
 ガデス、エミリオ、キース、カルロ、バーン、ウエンディー…彼らの誰一人として帰って来ていない。あの爆発の混乱に乗じて逃げたのかも知れないが、目撃証言のひとつも聞かれないままだった。

「…ノアの幹部達が最後の悪足掻きで原子力発電所ごと本部を爆破しようとしましたが、事前の調査により彼らが原子力発電所を拠点にしていた事は分かってい たので、その時点で既に放射能の対策は終わっており、事後調査でも放射能漏れは確認されておりません。本部を爆破したエネルギーは我々の想定を超えるもの でしたが、こちらの刹那中尉…彼はノアから国民を守るため自ら人工サイキッカー計画に志願した優秀かつ勇気のある軍人です…が、的確な判断を迅速に下して くれたおかげで被害は最小限で済みました。若く優秀な部下を失った事は私も残念でなりませんが…」

 少将の言葉は俯いた刹那の上を空しく滑っていく。
 軍上層部からは『記者会見中に絶対に不機嫌な顔をするな』と厳命されていたが、今はカメラのフラッシュ音を煩わしいと感じる余裕すらなかった。
 記者の一人が手を上げた。予め軍が用意した、台本通りの質問をする記者だ。

「中尉が包囲網を敷くべきだと判断した時、新生ノア本部の中にはまだサイキッカー部隊の仲間が残っていたそうですが?」
「…市民を守るために命を懸けるのが軍人です。言い換えれば我々の仕事は市民を守って死ぬ事にありますから…彼らも本望だったでしょう」

 刹那は俯いたまま、指示されていた通りの言葉を口にした。
 お仕着せの、在り来たりな、優等生の模範解答。
 反発したかった訳ではなかった。むしろ言い訳がしたかったのかも知れない。

「…それに」

 台本にはない台詞を呟いた刹那に、何を言い出す気だと少将が不安そうな顔になった。
 その姿を視界の隅に捕らえ、一瞬躊躇って刹那は言葉を続けた。

「仲間の強さを過信していたかも知れません。彼らならきっと大丈夫だ、生きて帰って来ると信じていました…」
「…それは、ノア本部爆破の威力が中尉達の想像を超えていたと?」
「完全に予想外でした」

 短く答えて俯き、唇を噛んで膝をきつく握りしめた。
 エミリオがウエンディーに片思いをしている事は知っていた。
 でもまさか、その想いが届かなかった時にあれほどのエネルギーを爆発させるとは…思いもしなかった。
 隣に座っていたブラドが声を殺して涙を零した。
 予定外の台詞を刹那が口走った時は不安げにしていた少将は、その発言内容と刹那とブラドの態度、そして報道陣の反応にむしろ満足そうだった。
 新生ノアとの戦いに絡んでは、サイキッカーの非人道的な研究を含めて突つかれたくない不都合な事実は沢山ある。軍事とは別の話題で注目を集めそうなサイキッカー部隊の幹部達を同席させたのも、少しでも都合の悪い部分から世間の眼を逸らすために違いない。
 世界的大企業ウォンズ・コーポレーションの社長、超有名アクセサリーブランドのデザイナー、そのブランドのイメージキャラクターで悲劇の政治家の忘れ形見。話題性は申し分ないし、この『悲劇の記者会見』で世間の眼は本質とは違うところに向くだろう。
 厄介なガデスとエミリオも新生ノアと共倒れしてくれたし、色々と都合がいい…少将の考えている事は概ねそんなところだろう。

「新生ノアは崩壊し、一部の幹部の死亡も確認しました。しかし万が一の可能性は捨て切れませんし、ノアの残党がゲリラ活動をする可能性も考えられます。我がサイキッカー部隊は引き続き市民の皆さんの安全を守るため…」

 軍上層部と入念に打ち合わせた台本通りの台詞を、まるでアドリブのような顔をしてウォンが話している…。

 

 

 不愉快で苦痛なだけの記者会見がようやく終わり、刹那は会場を出た廊下の壁に寄り掛かり軽く額を押さえた。
 ノアが崩壊して2日、碌な睡眠が取れていないからだろうか…頭の芯がぼんやりしている。
 ブラドとウォンはそれぞれ軍の関係者に掴まっているらしい。
 一人だけ先に戻る気はなかったので軽く眼を閉じて二人を待っていると。

「刹那!」

 ほとんど条件反射で壁から背を離し敬礼した。
 そんなに畏まるな、と少将は満面の笑みで片手を振った。

「驚いたぞ、君がアドリブで発言するとは思っていなかったからな」
「勝手な真似をして申し訳ありません」
「いやいや気にするな、私は君を叱責しに来たのではない。むしろ逆だ。初めて見た時からなかなか良い面構えをしていると思ったが、予想以上に君が優秀なの で正直驚いているのだよ。人工サイキッカーになるまでその才覚に誰も気付かなかったとは…我が軍の士官達は眼が曇っているのかと疑ってしまうくらいだ」
「は…」

 少将の過剰なまでの褒め言葉に正直刹那は戸惑った。
 栞を人質に取るような発言をされたあの日以来、刹那の心には少なからず少将に対する不信感が芽生えていた。穏やかな微笑みも有り難いはずの言葉も勘ぐって見てしまうのだが…。
 少将は笑顔を崩さず続けた。

「影高野壊滅任務、それに伴う神妃の件、ノアの幹部襲撃時の鎮圧、そして今回の的確な判断…君の功績はしっかりと上に報告しておいた。昇格は間違いない、辞令を楽しみに待っていたまえ」
「お言葉、痛み入ります」
「本当の事を言うとな、エミリオとガデスを切ると言う判断を真っ先に下したのが君だとウォンから報告を受けた時は驚いた」
「?」
「以前言っていただろう、『人の体は捨てたが人の心は捨てていない』と。神妃を見捨てられない君が仲間を切り捨てる判断を即座に出来たのか…とね」
「仲間二人の為に万単位の人間を犠牲には出来ません。それに、………」
「彼らの強さを信じていた、か」

 刹那は無言で頷いた。
 悲しげに眼を伏せた部下の姿に、流石に少将は笑みを消した。

「…エミリオとガデスの行方不明は残念だが、死んだと決まった訳ではない。明日にでもひょっこり顔を出すかもしれんぞ?そう気を落とすな」
「はい……」
「ま、生きていても顔を出せない理由があるのかもしれないがな」
「…………」

 カマ掛けか…。
 あの大爆発がエミリオの力によるものではないか…と軍上層部が疑っている事は刹那も察していたから、その程度の言葉で動揺を表に出すようなヘマはしなかった。
 むしろ『言葉の意味が分からない』という顔で少将を見つめ返す余裕すらあった。
 その反応を少将は素直に受け取ったらしい。多少申し訳無さそうな顔になった。

「ノアの爆発の時に見えた光がエミリオの能力に見えたのでな、君達が壁を作って周囲を守る事もウォンの台本通りの展開ではないのかと疑う者もいたのだよ」
「お言葉ですが少将…『仲間を見捨てて周囲の人間達を守りました』とアピールして、ウォン少佐に何かメリットがあるのでしょうか?ノアの幹部達を全員生け 捕りにするか、首を取って来る方が遥かに手柄のアピールに繋がると思うのですが。その…自分が言うのもおかしなものですが、あの爆発のせいでノアの幹部達 の生死が確認できなくなってしまいましたし、その部分で責任を追求されたら一番困るのはウォン少佐ではないかと」
「ほほう…直情型だと聞いていたがそれなりに頭も回るようだな、刹那」
「………。お誉めに預かりまして」
「ウォンやキルステンに関しては、サイキッカーと言う以前に国籍の問題を快く思わない者が少なくないのだよ。チャイナやヨーロッパが合衆国軍の中で地位や 力を持つのは正直面白くないのだ…正直私もそうだがね。更に彼らの後ろにはそれぞれの国の思惑が見え隠れするしな…。ま、色々と勘ぐる者もいると言う事 だ、気にするな」

 気にするな、か。
 恐らくそれは『命令』なのだろうと刹那は解釈した。気にしたところで何かがプラスになるとは思えないし気にするだけ損だろう。素直に聞き流す事にした。

「ああ、そうそう。それからもうひとつ。例の、影高野の神妃だが」
「…はい?」
「ああ、そんな心配するな。ノアが壊滅したので医療班は神妃の手を借りる必要がなくなったのでね、彼女は晴れて自由の身だ。故に神妃の処遇は管理責任者である君に一任しよう。軍事機密漏洩の心配がないなら、日本に帰すなり手元に置いておくなり好きにしたまえ」
「お心づかい、感謝致します」

 丁寧に礼を言った刹那に少将は満足げに微笑んで、ぽんぽんと彼の肩を叩いた。

「私も上層部も君の功績は高く評価しているし今後の活躍も期待している。今後とも我が国と市民の安全の為に尽力してくれたまえ…刹那少佐」
「は…、はっ?」

 刹那『少佐』?
 癖で返事をしかけた彼は少将の言葉に驚いて眼を丸くしたが、少将は意味ありげな微笑みを見せただけで背を向けた。

「刹那?」

 ぼんやりと少佐を見送っていた彼は急に声をかけられてビクリと振り向いた。
 左腕を首から吊ったブラドが心配そうな顔で立っていた。

「少将から何か言われたの?」
「ま、色々とな。功績を誉めているようで色々と牽制されたり釘を刺されたり…」

 刹那は眼を眇めて僅かに声を潜めた。
 周囲に軍関係者はいないが用心に越した事はない。

「…あの爆発は司令官が計画したエミリオの仕業じゃないかと上は疑っている。そんな事をして司令官に何の得があるのか、と否定はしたがな」
「そっか、やっぱり疑われてるんだ」
「後は…エミリオもガデスも死んだと決まった訳じゃないから気を落とすな、と……」
「そう…」

 沈黙が落ちた。
 短くない逡巡を挟んでブラドはそっと口を開いた。

「ねぇ、刹那」
「ん?」
「皆…いなくなっちゃったんだね」
「………」
「エミリオも、ガデスも、キース様も、カルロ君も、レジーナも、ウエンディーも、バーンも、それに…」
「馬鹿言うな!」

 思わず声が大きくなった。
 ビクリと顔を上げた親友に、押さえた声で続ける。

「いなくなった訳じゃない…一時的に会えなくなっただけだ」

 ああ、そうだ。
 自分が死を確認したレジーナはともかく、他の連中があの程度で死ぬはずがない。
 必死に自分に言い聞かせるように刹那は続けた。

「言っただろう?あんなもの失恋したガキの癇癪だ。軍やノアの幹部サイキッカーがその程度でくたばるはずがない」
「でも、誰も帰って来てない…」
「この状況でどのツラ下げて帰って来るんだ?大体、今エミリオやキースが出て来たら話がややこしくなるだけだろうが。バーンやウエンディーもそうだ、正直 に出て来たらノアで何があったかしつこく聞かれて面倒な事になると分かってるからほとぼりが冷めるまで身を隠すつもりなんだろう」

 無理のある推測だとは分かっていた。
 分かっていても言わずにいられなかった。無理矢理にでもそう思い込みたかった。
 …ブラドが唇を震わせて刹那を見上げた。

「あのね…」
「何だ」
「セカンドが…答えてくれないんだ。一昨日から、ずっと」
「え?……」
「2年前に和解してから今まで、こんな事一度もなかったんだ。2日間も反応がないなんて」

 一瞬言葉を失う彼の前で親友は唇を噛んだ。
 20年以上も共に生きて来たもう一人の自分を想って。
 2日前、セカンドパーソナルのブラドは崩れ行く地下室をガデスと共に支えて、そして。
 そして…。

「…疲れて休んでいるだけだ、本人がそう言ってただろうが」

 脳裏を掠めた不吉な考えを振り払って刹那は言った。
 ブラドの肩をしっかりと掴んで言い募った。

「建物ひとつ支えていたんだ、2日休んだ程度では疲れが取れてないだけじゃないのか?大体な、もしあいつがお前の中から消えるのなら挨拶のひとつくらいしていくだろう。セカンドはさよならも言わずに黙って逝くような薄情者じゃないだろう、たかが2日でギャーギャー言うな」
「刹那…」
「泣くな、ブラド。行方不明になった連中は必ず戻って来る。だから…泣くな」
「………」

 親友は唇を震わせて深紅の眼を潤ませ鼻をひくひくさせた。
 込み上げて来る悲しみを堪えようと、刹那はブラドの肩を掴んだ手に力を込めた。

「自分の役目を間違えるな。お前のすべき事は泣く事じゃない。あいつらが帰って来た時に笑顔で『おかえり』と言って出迎える事だ。あいつらは訳があって今は俺達に会いに来れないだけだ。そうだろう?」
「刹那…」
「皆いなくなったなんて言うな。お前には司令官やクリスや栞がいる。肉親もいる。俺もいる。いなくなったなんて、そんな…そんな事言うな!」
「ねぇ、刹那」
「何だ!」
「…痛いよ」
「あ…」

 無意識に力一杯彼の肩を掴んでいた事に気付いて刹那は慌てて手を離した。
 悪い、とボソリと謝るとブラドは半べそ顔のまま微笑んだ。

「ありがと、刹那。君の言う通りだよね。たった2日しか経ってないのに焦り過ぎだよね」
「…その通りだ」
「皆が帰って来た時に胸を張って笑顔で『おかえり』って言えるように、僕、頑張るよ。皆が望んでいたサイキッカーが平和に暮らせる世界の為に一生懸命努力するよ。…だから」
「だから?」
「今は…泣いても、いいよね」
「…ああ」

 …声を殺して嗚咽を漏らす親友を、刹那は無言できつく抱き締めた。
 込み上げる熱い塊を無理矢理飲み下して、決して涙が零れないように。
 癒える事のない心の傷、その痛みが僅かでも和らぐように。

 

 記者達の質問攻めからようやく解放されたウォンは、廊下の片隅の二人の姿に足を止め、複雑な眼で彼らをしばらく見つめて。
 眼を伏せて言葉も掛けずに踵を返した。


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サイキ部屋
総合目次


 ノア崩壊の後日談です。状況確認+整理の意味合いが強いかも…。「ノアの跡地を調査したが死体は見つからなかった(つまり皆生死不明)」という結果は10年前に出した小説と同じです。
 あとは、刹那とブラドの絆を強調しつつ、ウォン×ブラドも匂わせてみました。