| …どれくらいの時間、そうしていただろう。 静かに、穏やかな顔で息を引き取ったレジーナを抱き締めていた刹那がようやく顔を上げた。しきりに顔を擦っているのは見ない振りをしてガデスは彼が口を開くのを待っていた。 「…ガデス」 「何だ?」 「この場所に墓地はあるのか?」 「ここからそう遠くねぇ場所に地下庭園があって、そこが墓場代わりになってたはずだ」 「ならばそこに行くぞ」 「…あいよ」 刹那の一方的な言葉にガデスは逆らわなかった。ブラドも無言で壁から背中を離した。 ガデスは椅子から立ち上がると内線電話を取って『放送』のボタンを押した。 「…カルロ、レジーナが死んだ」 レジーナを抱いて部屋を出ようとした刹那の足が一瞬ビクリと止まった。 意図的にその姿から視線を逸らしたままガデスは続けた。 「俺達は今から地下墓地に行く。そこに来るか来ねぇかはお前の勝手だ、好きにしやがれ」 受話器を無造作に戻して、さぁ行こうぜと二人に声をかけるとガデスは医務室を出た。 ノアの地下庭園兼墓地は思ったほど殺風景ではなかった。 そこそこの手入れをされた花が植えられた花壇、最低限の手入れをされた墓標。 …以前、俺が殺したノアのサイキッカーもここに眠っているのだろうか……。 そんな想いが胸を掠める。 刹那は色が抜け落ちた眼を伏せて、墓標が並んだ辺りにそっとレジーナの体を横たえた。 胸の上で手を組ませ、『形見にしてくれ』と頼まれたピアスを、彼女の肌を傷つけないように丁寧に外した。 手近な花壇から花をちぎって来たブラドが、花環を作って組んだ手の上に無造作に置いた。 刹那は片膝を付き、ブラドは立ったまま、手を合わせてレジーナの為に祈った。 その魂が安らかであるようにと。 少し離れたところからその姿を眺めていたガデスがふと何かに気付いた様子で庭園を出た。 …ガデスがいなくなった事に気付いたが、二人は無視したまま静かに祈り続けて。 そして、刹那より先に眼を開けて顔を上げたブラドは、戻って来たガデスに気付いて憎悪に顔を歪めた。 「おい、刹那」 「…………」 ブラドの言葉にゆっくりと顔を上げた刹那は、彼の視線を追って表情を一変させた。 余計なことが言えないようでかい手で口を塞がれて、片目の大男に引きずられて来た男。 …レジーナの兄、カルロ・ベルフロンドだ。 つかつかと歩み寄る。 ガデスがカルロの口から手を離して羽交い締めにした。何か言いかけた優等生の顔を、刹那はものも言わず殴りつけた。力一杯、ありったけの思いを込めて。 薄い紫に染まった刹那の眼と、レジーナと同じ色をした青灰色のカルロの眼が真正面から睨み合った。 カルロの襟首を引っ掴み、刹那は無言でレジーナを横たえた墓標の前に彼を引きずって行った。 何か言おうとしていたカルロは、息絶えた妹の姿に眼を見開き、真っ青になってガクガクと崩れ落ちた。 隠し切れないほど震える手をレジーナの頬に伸ばし、温もりを無くした妹の肌に触れた途端、カルロの眼にどっと涙が溢れた。 「れ…レジーナ…レジーナ、そんな………」 「カルロ…レジーナはな、死ぬのが恐いと言っていた」 「……………」 「軍に投降すれば助けてやる、治療が受けられると聞いた時こいつは何と答えたと思う?『兄さん一人をノアに置いては行けない』と言ったんだ」 「……………」 「死にたくない、生きていたいと言いながら、それでもレジーナは貴様を信じて待っていた。なのに…それなのに、貴様は今まで一体どこで何をしていたんだ!妹の死に目にも会いに来ないで!!」 激高する刹那の言葉。 カルロはただ打ちのめされて涙を流すしか出来ない。 その姿に冷ややかな眼を向けたままガデスが口を開いた。 「お利口さんなお前のことだ、レジーナをダシにした罠だろうとか余計な事考えて無駄な対策練ってたんだろうよ。だろ?」 「僕は…」 「お前が無駄に時間を使ってる間にそこの刹那とブラドが何をしていたか教えてやるよ。レジーナを助ける口実を脳味噌振り絞って考えて、医務室に連れて行っ て、怪我を手当てして、遺言を聞いて、妹の死に目にも会いに来ねぇ『愛しの兄さん』の自慢話を最後まで聞いてやって、その上わざわざこの地下庭園まで来て 弔ってやってたんだよ。何か言う事があるよなぁ?ああん、カルロよ?」 「何てことだ…」 ガデスの声など意識の外を通り過ぎているのだろう、反応すらしないカルロの姿にガデスは忌々しく舌打ちした。 ただレジーナに縋って泣き続けている新生ノアのリーダーに、刹那は冷たく言葉を落とした。 「この結果に満足か、カルロ?」 「レジーナ、レジーナ…。お前がいなくなってしまったら、僕は…」 「答えろカルロ、これが貴様の望んだ結末か!!」 喚いた途端に熱い涙が零れた。 こんな奴の為に。 こんなクズを信じて待っていたばかりに、レジーナは。 怒りに任せてカルロの服を掴んで無理矢理立たせると、胸倉を掴んで揺さぶった。 「答えろカルロ、お前にとって妹よりも大切なものとは何だ?ノアか?理想か?キースか?たった一人の肉親よりも大切なものとは何だ!?納得出来る答えを聞かせろ!!」 「キース…?」 ぐしゃぐしゃに濡れた顔でカルロは呟いて…そして、ふと、笑った。 「何がおかしい!?」 「キースとは、誰です?」 「……何?」 カルロは笑っていた。 その上もなく悲しそうに、この上もなく寂しそうに、この上もなく辛そうに。 自分自身を、笑っていた。 「熱い情熱と強い信念を持って僕達を導いたキース・エヴァンスはもうここにはいない。いや、あの輝かしいノアの指導者は2年前の爆発に巻き込まれて死んだのです」 「…………」 刹那の眼から紫の色がゆっくりと消えて薄いブルーになり始めた。 カルロの胸倉を掴んだ手の力が弱くなる。 ガデスとブラドは腕を組んでじっと二人の『対決』を見ていた。 「僕は2年もの間、その事実に気付かなかった。…いや、気付きたくなかっただけかも知れない。箱舟はもう、引き上げる事すら出来ない深みに沈んでしまったなんて」 「…………」 「僕が見つけたかつての指導者は…指導者だと思ったあの人は、キースの抜け殻に過ぎなかった。僕はそれを認めたくなくて、理想と現実の隔たりを埋めたくてただ必死で、レジーナまで巻き込んで……」 「…………」 「あなた…刹那と言いましたか。良ければ教えて下さい、僕は何故生きているんです?」 「…………」 「かけがえのない妹を叶わない夢の為に失って、僕は何故まだ生きているんですか?」 「………。俺が知るか」 小さく刹那は呟いて、カルロから眼を逸らしてポツリと続けた。 「生きているのなら、貴様にはまだ何か出来る事があるのだろう」 「……僕に、出来る事……」 「それは何ですか、などとふざけた事を抜かしたら殺すからな。その御立派な自前の脳味噌で考えろ」 「そう、ですね…レジーナの為にここまでしてもらって、更に何かを教えて下さいなんて…駄目ですよね」 カルロは先ほどよりは落ち着いた様子で屈み込み、レジーナの頬をそっと撫でた。 「…安らかな顔をしていますね、せめてもの救いです」 「………」 「そうだ、あなたには言わなくてはならない事がありました」 「…何だ」 「ありがとうございます」 「……………」 思わぬ言葉に驚いた。 カルロは視線を上げないまま、独り言のように続けた。 「妹の為に一生懸命になってくれて、最後を看取ってくれて、泣いてくれて、弔ってくれて。…言葉もありません、ありがとう」 「…………」 刹那は慌てて涙を拭いた。 最後に何か言ってやろうと思ったが相応しい言葉が見つからず、無言で踵を返した。 カルロに背を向け、手の中にレジーナのピアスを握りしめ、地下庭園を出た。ガデスとブラドが無言で後に続く。 ゴ………ォォン。 重い音と共に扉が閉まった。 その扉に寄り掛かり、刹那は胸突く痛みを堪えながら思った。 歴史に『もしも』はないと言うけれど。 もしも自分達がもっと早くノアの内部に侵攻していたら。もしもレジーナの希望を無視して陣地に引き返していたら。 レジーナは死なずに済んだだろうか? 自分はこんな辛い思いはせずに済んだだろうか? 過ぎた過去、もう取り戻せない時間。 それでも考えずにはいられない。歴史に『もしも』があるのなら、違う道を歩んだのにと。 俯いて、唇を噛み、頭を振って、刹那は背筋を伸ばした。 今は感傷に浸っている時ではない。ノアはまだ崩壊していない、同じ悲劇をもう繰り返さないためにも、まだやるべき事があるはずだ。 顔を上げて仲間を見遣った。 「……行くか」 「あのよぉ刹那中尉殿、今更こんな事言うのもナンなんだけどよ…。新生ノアのカルロは投降しなかった訳だが、放置でいいのか?」 ガデスが頭を掻きながら地下庭園の扉を指してボソッと尋ねた。ブラドも無言のまま頷く。 …確かにそうだ。 刹那は一瞬虚を突かれたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。 「何の話だ?」 「は?」 「俺はここにレジーナを埋葬しに来たが、誰も見なかったぞ」 「……………」 「違いねェや。確かに俺も誰も見てねェよ」 ブラドはケラケラ笑い出し、口をあんぐり開けていたガデスも苦笑しながら頭を掻いた。 「そー言えば俺も誰も見てねーわ。変な事言っちまった、悪ぃ悪ぃ」 「別に構わん」 「ンで?これからどこに行ってどうするんだ、中尉殿?」 「そうだな…まずはエミリオと連絡を取るか。あっちがどうなっているかで俺達の動き方も変わって来る」 「んじゃー取りあえず移動すっか。ここは辛気くさくていけねぇや」 ガデスが先頭で歩き出し、ブラドが続く。刹那は最後にもう一度だけ地下庭園の扉を振り返り、二人の後を追った。 一応テレビ電話のある部屋で連絡を待った方がいいだろうとガデスが言ったので、特に異義のない刹那とブラドは手近なモニタールームに足を踏み入れた。 部屋の中に巨大なモニターが、ひとつ。 ガデスが言うには、『キース様の演説』を流す時などにこれを使うらしい。 内線電話を取り上げたガデスは『放送』のボタンを押した。 「ぴんぽんぱんぽーん。お呼び出しを申し上げまーす。軍属サイキッカーのエミリオ・ミハイロフ様、エミリオ・ミハイロフ様。この放送が聞こえたら内線16 番まで連絡してくれやがって下さーい。5分以内に連絡がない場合は君を探しに行きまーす。繰り返しお呼び出しを申し上げまーす。軍属サイキッカーのエミリ オ・ミハイロフ様……」 待つ事数分。 プルル…。 内線電話が鳴り出してガデスがそれを取ると同時に、目の前の巨大モニターにエミリオの姿が映った。どうやら向こうもテレビ電話の機能があるモニタールームから電話をかけているらしい。 それならこんなちっこい受話器で話す事はないやな、とガデスがマイクのスイッチを入れた。 「おーエミリオ、そっちはどんな感じだ?」 『どいつもこいつも馴れ合いやがって、全然面白くないよ』 ひどく暗い眼でエミリオが不機嫌に言い捨てた。 |
| サイキ部屋 |
総合目次 |
| このエピソードで書きたかったのは、刹那のカルロに対する台詞。「この結果に満足か、カルロ?これがお前の望んだ結末か!」この台詞はどうしても入れた
かったんです。カルロに対する突っ込みの全てがこの一言に詰まってるのかも知れません。この台詞を刹那に言わせるために、レジーナの死に目にカルロが来な
い、間に合わないって設定にしたんで。それと、ようやく夢から覚めたカルロの「キース?誰です、それは」って台詞も思い入れがあったのでこのリメイク版で
も使用しました。 後は細かい解説など。 刹那の目の色が感情で変わると言う設定ですが、カルロに対した時に薄い紫になったのは、怒りが薄いからじゃないです。悲しみが強過ぎて、激しい怒りで あっても紫が薄まっている、ということです。で、カルロに対する怒りが収まると紫が消えて(悲しい感情だけが残って)目の色が薄くなる、と。 ガデスの「言うべき事があるだろう」とは、「敵であっても礼を尽くした刹那とブラドにありがとうくらい言いやがれ」って意味です。そのガデスの言葉を分かったのかどうかは不明ですが、カルロは感謝の言葉を口にしてますね。 んで、ノア崩壊エピソードもいよいよ大詰めです。次回、次次回はキース視点の話とエミリオ視点の話になります。決戦前夜、刹那がマイトと会っていた時… 刹那達3人がレジーナに会い、助けようとして、看取った時…キースは、エミリオは何をしていたのか?どこにいて、何を考えていたのか?そんな補完的な意味 合いの話です。 |