THE DARKNESS
EPISODE 32.5:西暦2012年12月12日  町の宿の一室


『新生ノアは崩壊し、組織の要であったサイキッカー達は姿を消しました。されどまだ100%の安全が確保された訳ではありません。我がサイキッカー部隊は今まで以上に市民の皆様の安全を守るため…』

 町の安宿で部屋の明かりもつけないまま、マイトは食い入るようにニュース番組を見ていた。
 繰り返し流されるサイキッカー部隊の記者会見、司令官を名乗る黒髪の東洋人。
 マイトの記憶に焼き付いている顔だ。
 パティの声、刹那の声が聞こえる時、必ずその男の顔が浮かぶ。記憶の中でそいつはいつも笑っていた。とても穏やかに、ひどく冷たく。
 その男の名はリチャード・ウォン。
 …マイトは思う。

(俺は…あいつを殺さなくてはならない)

 ぎゅっと両手を握る。
 眼を閉じると脳裏に浮かぶ、パティと刹那の顔。
 頭の中で声がする。

『私を殺して』
『パティを殺せ』

 それは使命。それは理由。それは目的。それは全て。
 抱えた片膝にマイトは顔を埋めた。
 キースに会ったあの夜から、マイトの頭に浮かんで消えない想いがある。

(俺は…パティを殺さなくてはならない)

 何度もそう思いながら、踏み切れないまま何日も過ぎていた。
 しかし、いつまでも『その日』を先延ばしにする事は出来ない。マイトに残された時間は少なかった。何故なら…。

「ただいま、マイト!」

 パティが戻って来た。
 マイトはゆるゆると顔を上げて微かに頷いた。
 母の死の原因が軍にあるという確証を得たパティは、基地内部に入るための許可申請をしていた。その一方で宿代や交通費を捻出するため朝から晩までほとんど休みなく働いていた…まるで、悲しみを忙しさで紛らわせるように。
 パティは不自然なほど明るい笑顔で封筒をマイトに見せた。

「軍の基地に入るための許可が降りたの。もっと時間がかかるかと思ったんだけど意外に早くて助かったわ。ま、元はと言えば向こうが『軍に来い』って言ってたんだから遅いくらいかしら?」
「……いつ、行くつもりだ?」
「すぐにでもよ!さぁマイト、荷物をまとめて!」

 マイトは無言で頷いて立ち上がった。
 パティを軍の基地に行かせる訳にはいかない。彼女が軍に拘束されたら全てが終わってしまう。
 ついに来た…来てしまった。
 サイキッカーハンターの使命を果たす日が。
 

 

 赤い月が浮かんでいる。
 青空色の髪の少女の後を付いていくマイトの足取りは重く、軍基地に向かう電車が出る駅が見えた時、とうとうその足が止まった。
 パティが怪訝そうに振り返った。

「マイト?」

 優しい声。
 マイトを救い、癒し、ささくれた心を穏やかにしてくれた懐かしい声。
 その声が言っている。
 私を殺して。
 悲壮な、そして真剣な眼で、大人びた顔の彼女が言っている。
 マイトは拳を握り、血を吐くような思いで告げた。

「パティ…俺は、君を斬らねばならない」
「……え?」

 頭の中で声がする、刹那が叫んでいる。
 パティを殺せ。
 眼を上げると呆然としている少女が見えた。
 殺したくなどない、しかし殺さなくてはならない。それが、彼らがマイトに託した願いなのだから。
 脳裏に浮かんだ彼女よりも幼い顔立ちのパティが眼を見開き、震える声で尋ねた。

「マイト…今、何て言ったの?」
「俺は、君を殺さなくてはならない」

 それこそが俺の使命。それこそが俺の宿命。それこそが俺が今ここにいる理由。
 パティの表情が驚愕から決意に変わる。
 その能力故に、マイトの言葉が本気だと理解したのだろう。

「そう…でも、私もここで死ぬ訳には行かないわ」
「許してくれ、パティ!」

 マイトは何かを断ち切るようにきつく眼を閉じた。
 そして再び眼を開けた時、そこにはもう感情と呼べる色は残っていなかった。

 

 

「響いて…」

 パティの指が虹色の竪琴を奏でる。
 マイトは音の奔流をくぐり抜けて稲妻の剣を握った。
 サイキッカーハンターとしての宿命は、躊躇う事すら許してくれなかった。
 僅かの迷いも狂いもなく、雷光は少女の体を切り裂いた。虹色の竪琴とその弦ごと。
 飛び散る鮮血がマイトの頬を濡らす。

「お母さーーーーん!!」

 パティの絶叫。
 その声が耳に届いた瞬間、マイトはハッと我に返った。
 母さん。
 ビルの谷間に落ちていくパティ。

「……パティ!」

 マイトは青空色の髪を追った。追って追って追い縋り、その体に手を伸ばし、抱き寄せ、建物の隙間に舞い降りた。
 白いブラウスも青いキュロットも黄色のリボンも全てが赤く染まっている。
 まいと…。
 パティの唇が微かに動き、光を失った眼が閉じ、彼女を抱きかかえたマイトの腕にかかる重みが増した。

「〜〜〜〜パティぃぃぃーーーーーーーっ!!!」

 絶叫する。涙が溢れた。
 頭の中で声がする。
 私を殺して。
 パティを殺せ。

「何故だ…こんな不快な気持ちは、初めてだ……」

 痛みと悲しみに張り裂けそうな心を抱いてマイトは涙を零した。
 …パティを殺しても頭の中の声は止まらない。
 パティが言っている、ウォンを殺して。
 刹那が叫んでいる、ウォンを殺せ。
 リチャード・ウォンを殺せ、そして。
 そして……。


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 当初は入れる予定がなかったのですが、マイト視点の話です。マイト主役小説「Tears&Flow」を書く元気もネタも気力も流石にないので、マイトのメインストーリーだけでも書きたいと思ってこっちに入れました。