THE DARKNESS
EPISODE 32:西暦2012年11月27日 サイキッカー部隊基地内刹那の私室


 …刹那はパソコンの画面を睨み付け苛々とパソコンデスクを小突いた。
 お飾りだろうが名ばかりだろうが今の彼の肩書きは少佐であり、少佐としてこなさなくてはいけない最低限の仕事がある。
 例えば、サイキッカー部隊の編成だ。
 新生ノアが崩壊した事で、ノアに属していた大勢のサイキッカー達が軍に入る事になった。その連中をどこの部隊にどう割り振るか、あるいはさっさと研究所に放り込むのかを決めるのが最近の刹那の仕事なのだが、慣れない面倒な作業は遅々として進んでいなかった。
 まとめて研究所にぶち込めば楽なのだがいくら何でもそれはマズい。かといって元ノア連中だけの部隊を作るのは問題だし、ガデスのように早々に軍に寝返っ た奴と最後までノアに従っていた奴を同じ部隊に入れてもまたモメる原因になる。事実、『早期寝返り組』と『最終投降組』の間で小競り合いが起きたと言う話 は毎日のように刹那の耳に入って来る。派手にやらかすと『少佐殿』がマジギレして大変な事になると言う噂…まぁ概ね事実だが…が流れているおかげで大きな 問題が起きていないのが不幸中の幸いではあった。
 新入り達のデータを特に意味もなくプリントアウトして、いっそくじ引きで割り振ってやろうかなどと考えているとデスクの内線電話が鳴り出した。どうやらクリスの所長室かららしい。
 取りあえず作業を中断する言い訳が見つかったので刹那は勿体ぶらずに電話を取った。

「刹那だ」
『クリスよ。…仕事中だったかしら?』
「別に構わん、サボる口実が欲しかったところだ。何の用だ?」
『栞があなたに頼みがあるらしくて。…変わるわね』

 言葉にどこか戸惑うような余韻を残してクリスが電話を変わる気配があった。
 …しばしの間があって栞の真剣な声が聞こえた。

『刹那殿、お仕事中に申し訳ありません』
「何かあったか?」
『あの…実は、私に会いに来た者が、手続き無しではこの基地に入れないらしく困っているそうなのです』
「お前に…?」

 一体誰が、と言いかけてハッとした。
 栞に会いに来る者と言えば、影高野の生き残りしか考えられない。その目的は栞の奪還か、あるいは仲間の敵討ちか。
 刹那が複雑に沈黙すると栞は慌てたように続けた。

『刹那殿に御迷惑をかけるような行動は決して取らせませぬ故、どうか便宜をはかって頂けないでしょうか』
「………。その、お前に会いに来た者の名前は?」
『玄信。灌頂玄信です』
「分かった」

 刹那は電話を戻して立ち上がった。
 影高野の僧兵ならば、その気になれば軍の基地など簡単に侵入出来るはず。律儀に真正面からやって来たと言う事は、向こうも事を荒立てる気は無いのだろう。
 仮に戦う事になっても圧倒的な戦力差がある、いきなり襲い掛かって来るような事はあるまい。
 刹那はパソコンの電源を落として自室を出た。

 

 

 ゲートに向かうと、入り口で警備の兵士達と奇妙な風体の老人が押し問答しているのが聞こえて来た。

「…だから、基地の中に入るには規定の手続きをしてもらわないと駄目なんですよ」
「そこを何とか、お願いできませぬか。事は一刻を争うかも知れませんのじゃ」
「何とかしてあげたいのはこっちもやまやまなんですけどね、規則は規則だから…」
「では責任者の方に話を通して頂く事は出来ませぬかな」
「そう言われてもねぇ…」

 小柄な老人が丁寧に頼み込むので無下にも出来ない兵士達が困惑顔を見合わせている。
 刹那はつかつかと彼らに近付いた。

「構わん、通せ。俺の客だ」
「はっ?」
「え…しょ、少佐殿!」

 兵士達が慌てて背筋を伸ばして敬礼した。
 そんな彼らにじろりと一瞥をくれて刹那は老人に眼をやった。
 背中には巨大な巻き物を背負い、手には大きな数珠、そして確かに見覚えのある独特の風体。間違い無く影高野の僧兵だ。
 相手が礼を失していないので刹那は無礼にならないよう言葉を選んで口を開いた。

「お名前を伺いたいのだが」
「灌頂玄信と申します」
「話は聞いている、案内しよう」
「よろしくお願いします」

 サイキッカー部隊の少佐自ら出迎えに来たせいか、ゲートの兵士達は何も言わず老人を通した。

 

 

 独特の履物のせいなのか老人の足音はほとんどしない。
 背中から不意打ちされる可能性も無くはないので、刹那が最低限の警戒だけはしながら歩いていると老人の声がした。

「…少佐殿とやら、ひとつものをお尋ねしまする」
「何だ?」
「何ゆえ、影高野を滅ぼされたのです?」
「………。俺が影高野を滅ぼしたと言う証拠は」

 とりあえず問い返すと、老人が足を止める気配があった。
 振り返ると玄信老人は着物の袂に手を突っ込んでごそごそやっている。武器でも出すつもりか?と勘ぐっていると、何やら赤黒い染みのついた紙を取り出した。
 差し出された紙を受け取った刹那はわずかに眉を動かした。
 いわゆる『人相書き』あるいは『ダイイングメッセージ』というやつか。おおまかではあるが特徴を捕らえた刹那の似顔絵と、彼には読めないが日本語で何か書かれている。

「『金色の髪と蒼い眼を持ち邪悪な闇を操る鬼』…と書かれておりまする」
「なるほど…」
「影高野がたった一人に滅ぼされたなどにわかには信じられませんでしたが、この国の秘密兵器だったとは…なるほど、修行僧達では歯が立たぬはずですな」
「………」

 飄々と語る老人を刹那はじろりと睨んだ。
 どうやらこの似顔絵を書き残した者は刹那がこの国の軍人だとは知らなかったらしい。軍が『秘密兵器』の顔を公開した事で玄信は影高野の仇に辿り着いたと言うわけか。
 皮肉なものだ。
 微かに口元を歪めた刹那に、老人は重ねて尋ねた。

「お答え下され、何ゆえあのようなことを?」
「さぁな…俺は雑草を踏んでしまう事にいちいち理由はつけないんでな。お前は違うのか?」

 石頭の影高野のじじいに正直に答えたところで無駄だろうし、教えてやる義理も無い。
 人相書きを突っ返しがてら適当に答えると、玄信は長い眉をひょいと持ち上げた。
 そのふざけた仕種に刹那がムッとすると。

「失礼ながら少佐殿。この玄信、そなたのような若造の嘘も見抜けぬ程耄碌してはおりませぬぞ」
「…………」
「影高野を滅ぼした者が本当に邪悪な鬼ならば、何としても倒さねばならぬと思ってここに来ました。されど、そなたからは闇の波動は感じれど邪悪さは感じま せぬ。私を迎えに来られたのも栞様の頼みを受けての事でしょう。兄弟弟子の残した『邪悪な鬼』という言葉はそなたにはそぐわぬ、故に戸惑い、お尋ねしてお るのです」
「………。そんなに知りたいなら栞に聞け」

 闇の波動は感じても邪悪さは感じない…。
 玄信の言葉に動揺する心を隠すように、刹那は短く言って研究棟へ足を向けた。

 

 

 …刹那に半ば支えられるようにして所長室に入って来た栞を見て、玄信は落ち着き無く腰を降ろしていたソファから立ち上がり駆け寄った。

「おいたわしや、栞様…」
「無事で何よりでした、玄信。よく会いに来てくれました」
「お聞かせ下され栞様。一体何があったのです。何ゆえ、我が影高野は…」
「その前に玄信。私も尋ねたい事があります」
「何でしょうな?」
「この国の軍より影高野に話し合いの要請があった事、そなたは聞いておりましたか」
「…旅立つ前、そのような話を耳にしました。相手が相手故、高位の僧達には丁重に扱うよう指示を出しましたが…」
「そのような話、影高野が壊滅するその日まで私の耳には入っておりませんでした」
「何と…!」
「影高野の壊滅はそこが発端なのです」

 栞は、自分が知りうる軍サイキッカー部隊の存在意義や、以前レジーナに話した事と同じような事を…影高野の壊滅は己を過信し思い上がっていた事に対する罰なのではないかと…玄信に話していた。
 玄信は厳しい表情で神妃の言葉を聞いている。
 飲み物を用意して来た刹那は無言のまま二人を見ていた。

 

 …話を聞き終わった玄信は強い悔恨を滲ませた顔で細くため息をついた。
 なるほど、確かに影高野には非があった。話し合いの申し出があった事を栞の耳に入れなかった事、話し合う事すら突っぱねた事、相手の力量を見誤った事も落ち度だったろう。
 しかし、仲間を皆殺しにした上に神妃を攫って衰弱死寸前まで追い込むのはやり過ぎではないか。
 そんな思いを見透かしたように栞が続けた。

「玄信。刹那殿や軍を恨んではなりませぬ。復讐する事もなりませぬ。他に生き残った僧がいるなら私の最後の願いとして伝えて下さい」
「栞様…」
「私はもう長くない。影高野の犯した過去の罪はここでできる限り私が償って、償い切れなかった罪は全て背負ってあの世に持っていきます。皆は己の行いを振り返り、同じ過ちを繰り返さぬよう努めて下さい」
「…………」

 玄信は栞を見つめ、影高野を滅ぼした『鬼』を見遣った。
 世間の流行りに疎い老人であっても、栞を攫ったその男の外見が人並み以上である事は分かる。
 黒い髪と黒い眼の壮年の修行僧ばかりが暮らす、世間から切り離された山寺。そこに現れたのは金髪碧眼、長身で完璧に整った容姿の若い男…幼い栞の眼にはどれほど魅力的に映っただろうか。
 しかもその男は栞が知らなかった世界を見せ、知らなかった事実を教え、研究材料として使い捨てられようとした彼女を精一杯守ろうとしてくれたと言う。
 栞の心が揺れて惹かれてしまったのをどうして責める事が出来ようか…。
 …ふと、玄信は栞の左手の薬指に嵌まっている銀の環に気が付いた。玄信が影高野を発つ時はつけていなかったから、栞がこの軍基地に来てから誰かから貰ったもの…ということになる。
 彼女に装飾品を贈る可能性があるのは…。
 刹那の名を持つ男を見た玄信は、彼の左手薬指の指輪が栞のそれと揃いになっている事に気付いた。
 その意味に気付いて眼を見開く玄信の視線に気付いたのか、金色の髪の男は左手の指輪を見て、ああ…と呟いた。

「これか?ただの仲間の悪ふざけだ、深い意味はない。気にするな」
「……左様で」

 揃いの指輪に深い意味はない。
 断言されたその言葉に栞が少し残念そうな顔になるのを、玄信は見逃さなかった。
 刹那は確かに影高野を滅ぼした。しかし邪悪な者ではない、それも確かだ。
 栞が心を許し想いを寄せていて、彼女を守り支えるだけの地位や権力、そして何よりもその意思がある。
 仲間の敵討ちと栞の想い、そして未来。
 どちらが重いか考えるまでもない。
 玄信に躊躇いはなかった。

 

 

 栞とペアになった指輪に気付いて複雑な顔をしていた老人が、ふと穏やかな笑みを浮かべた。
 己の進む道を決意した、決して迷わぬと決めた者の眼。
 何をする気だ?
 暴れ出す事はないだろうが…と思いつつ刹那はさり気なく玄信を見つめた。

「ところで栞様。指輪をつけるようなお洒落を始められたのですな」
「え?あ、ああ…これですか。先日、刹那殿に買って頂いたのです」
「そうですか。何やら以前より大人びられたと言うか、お綺麗になったようにお見受けしますぞ」
「玄信…どうしたのです、急に」

 唐突に変わった話題と褒め言葉に、栞は戸惑いながらも嬉しそうに微笑んで頬を染めた。
 玄信は孫娘を見るような顔で続けた。

「私は死ぬ前に栞様の花嫁姿を見るのが夢でございました」
「……?」
「その前にお迎えが来るだろうと思っていたのですが、その夢は半分ほど叶ったようでございますな。この玄信、もう思い残す事はありませぬ」
「玄信…?」

 老人の言葉に不吉な響きを感じた栞が笑みを消して不安そうな顔になった。
 玄信はあくまでも穏やかな顔のまま。

「このまま、あなた様を死なせる訳には行きませぬ。この病める世の人々を導けるのは、神妃である栞様しかおらぬのです」
「玄信?そなた、何を…」
「少佐殿。刹那殿、とおっしゃいましたか。二つばかり、お願いごとがございまする」
「…何だ?」
「まずひとつ。この場に死体をひとつ、転がす事をお許し下され。ああ、その死骸は如何様にも処分して下さって結構」
「爺さん…何をする気だ?」

 刹那の低い声には答えず、玄信は静かな眼で深々と頭を下げた。

「そしてもうひとつ。栞様の事をよろしくお頼み申す。そなたが『刹那』の宿命に打ち勝って下さいますよう、あの世より祈らせて頂きましょう」
「な……」
「いけない、玄信!」

 何かを察したらしい栞が立ち上がり、その勢いでよろけた瞬間…小柄な体が何の支えもなくふわりと浮き上がった。
 玄信は床に胡座を書いて座り、何ごとか呪文のようなものを唱えている。
 その気迫と栞の表情で、彼がやろうとしているのは禁じられた術の類いなのだろうと刹那にも察しが付いた。

「やめて、やめなさい玄信!…刹那殿!」
「…!」
「お願いです、玄信を止めて下さい!刹那殿、刹那殿ーーっ!!」
「…………」

 栞の必死の懇願に、刹那は唇を引き結んで眼を伏せ、拒否の意思表示をした。
 ここで玄信を止めたら、彼の全てを否定する事になる。人生も、信念も、誇りも、想いも、何もかもを。それは玄信に対するこの上ない侮辱だ。
 腕を組み、足を組んで、刹那は玄信を見つめた。
 その姿を記憶と眼に焼きつけるように。

 

 

「玄信、玄信、玄信!げんしーーーーん!!」

 栞が泣きじゃくりながら玄信に縋り付いている。
 自分の全てを神妃に託して、全てを託した神妃を仲間の仇であるはずの者に託して、老人は旅立った。その死に顔には安らかな満足感が浮かんでいた。
 …刹那は片膝を付き、片手を胸に当て、自然に頭を垂れていた。
 己の使命と信念に殉じた誇り高い僧兵と、彼が全てを捧げた神妃と影高野に敬意を表して。
 それは玄信の最期の頼みを確かに引き受けたと言う約束の証でもあった。


     NEXT    


サイキ部屋
総合目次


 10年前の小説と同じエピソードです。玄信の登場をノア崩壊後まで引っ張った時点で彼の役割はバレバレだったと思いますが…お約束と言う事で。影高野は、 ゲーム公式の設定や考え方とかには正直好感を持っていないのですが、刹那と因縁がある巨大組織と言う事で…何よりも栞ちゃんとの繋がりがあるので、この小 説内ではノアよりも贔屓気味に書いています。