| 軍サイキッカー部隊によって新生ノアが崩壊して20年、時は西暦2032年。 世界に先駆けサイキッカー部隊を設立したこの国は、失いかけていた栄光を完全に取り戻していた。世界最高の軍事力と経済力をバックにした大きな指導力と発言力。サイキッカーが堂々と人と共存するその国はまさに自由と豊かさの象徴であるかのようだった。 だが…。 もはやこの国は、たった一人の東洋人と彼が動かすサイキッカー部隊によって完全に支配されていた。 西暦2012年…新生ノアを滅ぼした軍サイキッカー部隊司令官リチャード・ウォンは、『ノア残党のテロ、ゲリラ活動を未然に防ぎ国民の安全を守るため』 と言う名目で、人間・サイキッカーを問わず軍に批判的な者を見つけたら即座に通報するよう呼び掛けた。その通報が犯罪を未然に防ぐものであれば、彼の個人 資産からそれなりの額の謝礼をするというおまけまで付いていた。 叩けば埃の出る体だった軍や政府は、国に対する批判を封じ込める側面もあったウォンの行動をむしろ歓迎し、やりたいようにやらせていた。 そうやって巧みに邪魔者を排除したウォンは『世界の平和維持の為』という名目で人工サイキッカーの研究を続け、強大な力を持つサイキッカーを造り出し世 界最強の軍隊を造り上げて自分の周辺を固めた。逆らう者は政府高官であっても容赦も例外もなく物理的に、あるいは社会的に抹殺した。 …そして国民が気付いた時には、誰もウォンに逆らえない、口出しできない、まるで一昔前の独裁国家のような密告社会が出来上がっていたのだ。 …待ち合わせの場所を訪れたマイトは、相手が既に来ているのを見て小走りに近付いた。 銀色の髪、紅い眼、黒い軍服を纏った、マイトより少し年上の親友…刹那だ。外見にそぐわない漢字圏の名前を与えられたのは、人工サイキッカー完成体第一号の『刹那』に生き写しだったから、らしい。 「悪い、刹那。待たせたかな?」 「時間通りだ、気にするな。じゃ、行くか」 「ああ」 研究棟に足を向けた二人は、廊下の反対側から歩いて来る緑の眼と髪の少年に気付いて足を止めた。相手の少年も二人に気付いたらしく微かに笑みを浮かべて近付いて来た。 刹那と待ち合わせをしていたマイトと全く同じ姿形の少年。 「初めまして、かな?マイト」 「それで合ってると思う…先日戦死したマイトの穴埋めで第25基地から来たマイトだ、よろしく」 「このマイトの親友の刹那だ、短い間かもしれんがよろしくな」 「こちらこそ」 赤い髪のマイトと緑の髪のマイトがにこやかに笑顔で握手をする。ひどく奇異な…しかしサイキッカー部隊の基地内では珍しくも何ともない光景だった。 第一次サイキック対戦終了後から、軍は密かに遺伝子操作による生体兵器の研究開発を続けていた。その完成体がマイトを始めとする人工サイキッカーだ。優 秀なサイキッカーの遺伝子同士をかけ合わせ更に優秀なサイキッカーを生み出す。そして生み出したサイキッカーの細胞から何体ものクローンを造り出すのだ。 試験管で生み出された『コピー』達は、倫理や人道や自然の摂理など全てを無視してあらゆる薬剤を投与され、ほんの数カ月で『一人前』に育成される。無 論、そんな無茶をして生み出された固体だから寿命はひどく短い。精々数年、長くても10年だ。刹那のように10年以上生きている人工サイキッカーは非常に 珍しいケースと言えた。 何人もの『コピー』が生み出されては使い捨てにされる異常な光景も、もはやこのサイキッカー部隊の内部ではありふれた日常になりつつあった。 緑の髪のマイトは控えめに周囲を見回して続けた。 「この基地には俺達の『母さん』がいると聞いたんだが…本当か?」 「ああ、本当だ。俺達は今から母さんに会いに行くところだ」 「マジか!この基地では母さんに会えるのか!?」 「一度手続きをして許可がおりれば、決まった曜日の決まった時間に会えるんだ」 「そう言えば、許可さえ降りれば『親』に会えるのは今ではこの基地だけらしいな」 「へぇ」 「今では…って、昔はどこの基地でも会えたのか?」 「ブラドさんがいた頃は、大抵の基地で『親』や『オリジナル』に会えたらしいけど」 「誰だ、それ?」 緑髪のマイトの言葉にマイトはしまったと思った。 唇を噛み、紅い眼を悲しそうに伏せた刹那をちらりと見て、マイトは声を潜めた。 「何年か前まで、この基地にはブラド・キルステンっていう重力使いのS級サイキッカーがいてな。その人は総司令官の右腕で、昔からの友人で、司令官と対等以上に話ができる凄い人だったさ」 「…『だった』?」 「何年か前に、ノアの残党が大規模な反乱を起こしたことがあって、そのブラドさんが鎮圧に出向いたんだ…総司令官の制止を振り切って。反乱軍はすぐに鎮圧された。でも、ブラドさんは二度と帰って来なかった」 「殺された…のか?」 「あの人は強かった。俺達とはレベルが違う強さだった、あの人がノアの残党ごときに殺されるはずがない。だから色々な噂が飛び交った。総司令官が彼を抹殺 した、総司令官支持者が彼を抹殺した、彼は自分の意思で姿を消した、ノアの総帥キースが生きていて彼はノアに寝返った…。総司令官は必死になって八方手を 尽くし、全力でブラドさんを探した…でも、何の手掛かりも見つけられなかったんだ」 「…マイト、ブラドさんの話はその辺にしておけ。迂闊に口にしていい名前じゃない」 露骨に嫌な顔になった刹那に緑の髪のマイトは怪訝そうな顔になった。周囲をさっと見回し、誰も聞き耳を立てていない事を確認して更に押さえた声で尋ねた。 「…なんでだ?不自然に行方不明になったと言っても、総司令官の片腕だった人なんだろ?」 「不自然に行方不明になったからだよ。あの人の話をしてるのが偉いさん達の耳に入ったら碌な事がないってもっぱらの噂だ」 「へぇ…」 「いいか、マイト。下手な好奇心は命取りになると覚えておけ。…俺は忠告したからな」 言い捨てて刹那は返事も待たずにその場を離れた。 慌てて彼を追おうとした赤毛のマイトの腕を新入りマイトが捕まえた。 「なぁ、刹那はどうしてあんなに怒ってるんだ?」 「あいつはブラドさんにとても可愛がられていたんだよ。だからだろうな、ブラドさんがいなくなった時は半端じゃないショックを受けてた…。そういう訳だから、刹那の前でブラドさんの話題は出さないでくれ」 「…分かったよ」 渋々ながら緑髪マイトが頷いて手を離したので、赤髪マイトは呼び止められないように急いで刹那を追った。 刹那は廊下の角を曲がったところで待っていてくれたが、不機嫌な顔はそのままだった。 「ごめん、刹那」 色々な意味を込めて短く謝ると、刹那はじろりとマイトを見た。 「別にお前が謝る事じゃないだろう」 「いや、ほら…最初に変な事言ったのは俺だからさ」 「………。お前とあいつとこの間死んだ奴、『同じ』マイトから生まれたのに全く違うんだな。育った環境の影響ってやつか」 刹那はさらりと話題を変えた。 さっきの緑髪マイトは好奇心旺盛で人懐っこい感じがしたが、先日死んだ青い髪のマイトは極端に無口で友人らしい友人は全くいなかったし、母への面会許可申請もしていなかった。紅い髪のマイトはその中間と言うところだ。 三人とも同じ『マイト・オリジナル』のクローンだが、外見は瓜二つでも性格はあまり似ていない。それはマイトに限らず、同じように生み出された他の人工サイキッカーにも言える事だった。 当たり障りのない会話をしながら研究棟まで来た二人は、サイキッカー部隊総司令官、リチャード・ウォンにばったり出くわした。 廊下の端に避けて敬礼すると、基地内の人工サイキッカー達など道端の雑草程度にしか思っていないはずのウォンが二人の前で足を止めた。 「おや…母上に面会ですか、マイト」 「はい」 「それは良い事です。『親孝行したい時には親は無し』という諺があります。時間は有限なるもの、無駄にしてはいけませんよ」 「は…?」 「ああ…失礼。マイトの一人が碌に母上に顔も見せずに戦死したと報告を受けたので、つい。…毎回きちんと面会に来ているあなたには余計な世話でしたね」 「いえ、そんな」 意外にも…と言っては失礼かもしれないが、総司令官もこんな『人間味のある』事を言うのかとマイトは驚いた。ウォンはそんなマイトの反応は意に介す風もなく、複雑な感情を孕んだ眼を刹那に向けた。 とても大切なものを見るような、それでいてひどく嫌悪しているものを見るような、そんな複雑な眼。 「時に刹那」 「は」 「前回の出撃で重傷を負ったと報告を受けましたが、もう体の方は良いのですか?」 「はい、お陰様で」 「それなら良いのですが。あなたの変わりはいないのですから、くれぐれも無茶をしないように。よろしいですね」 「お気遣いありがとうございます」 刹那の言葉にウォンはいつもと同じつかみ所のない笑みを浮かべて浅く頷き、その場を立ち去った。 ウォンの言葉に多少引っ掛かるものは感じたが、そろそろ面会の時間が迫っていたので、マイトは何も言わず母の部屋に向かった。 扉をノックし、入り口のセンサーに指をかざす。 データ照合終了のセンサー音と共に扉が開くと、揺り椅子に座っていた母が優しく微笑んだ。 「いらっしゃい、マイト。刹那も来てくれたのね、ありがとう」 「毎度毎度、親子水入らずの時間を邪魔して悪いな」 「邪魔なんて…そんな事全然ないから遠慮なく来てちょうだい。今、お茶をいれるわね」 母は椅子から立ち上がって紅茶の用意を始めた。 …窓に鉄格子が嵌まっていなくとも、ここは牢獄だった。 マイトの『母』…パトリシア・マイヤースは、20年前ウォンによって軍の研究所に捕らえられてからずっと、優秀なサイキッカーを生み出すために遺伝子の 提供を強要され続けていた。自らの意思とは無関係に生み出された存在とは言え、『子供達』を人質に取られた彼女は、脱走も自害も出来ないまま、ただ己を責 め続けて小さな部屋の中で暮らしている。 紅茶と茶菓子を用意した母は、テーブルに座ってポツリと呟いた。 「7番目のマイトが先の出陣で戦死したと聞いたわ」 「………」 「その子は一度も私に会いに来てくれなかった…一度くらい話をしたかったのに」 「あいつは照れ屋だったんだよ」 「さっき、交代要員の新入りマイトに会ったが、あいつはお前に会えるのを楽しみにしている風だったぞ」 「そう…。でもそのマイトも私より先に死んでいくのよね、きっと」 悲しそうに眼を伏せ、両手で包んだティーカップに視線を落としたままで母は独り言のように言った。 「今、ウォンは時を超える機械を研究しているそうね」 「時を超える?」 「タイムマシンってやつか?」 「そうみたい」 「そんなの冗談に決まってるさ。タイムマシンなんて映画か漫画の中の話だよ」 「私も最初はそう思ったわ。でもどうやら大真面目に研究をしていて、本当にもうすぐ完成するらしいの」 「へぇ…」 「そんなもの造って何をしたいんだろうな、総司令官は。あの人はもう世界を征服したも同然だって言うのに」 刹那が皮肉な笑みを浮かべてせせら笑ったが、母はにこりともせずに思いつめた顔で続けた。 「もしもその機械を使って過去に行けたら、歴史は変えられるかしら」 「…母さん?」 「時間を超える機械を研究しているって話を聞いた時からずっと思っていたの。過去に行って私とウォンを殺したら歴史は変わるんじゃないか。人工的に命を生み出して恐怖で人を支配するような歪んだ未来を回避出来るんじゃないか…」 「…………」 「ねぇマイト、刹那。何とかしてあなた達でその機械を使って過去に行けないかしら。そして私とウォンを殺して歴史を変えるの」 マイトと刹那は顔を見合わせた。 彼女は本気で言っている。 今思い付いた事を言っているようには見えない。ずっと前から心に秘めていた事を吐き出している、そんな感じだった。 カップをソーサーに置いて、刹那が真剣な眼で口を開いた。 「…パティ。仮に、過去の世界に行って君を殺したとする。でもそこで歴史が枝別れして新たな未来が出来るだけ。今君が存在しているこの世界は何も変わらないんだぞ。それを分かって言っているのか?」 「分かってる。それでもいいの。だって…『未来』がこんな歪んだ歴史ひとつだけなんてあんまりじゃない。希望に満ちた明るい未来が別に存在する、その事実だけで私はいいの」 「母さん…」 「お願い、私を殺して」 真摯な瞳。 「私を殺して、そして歴史を変えて」 母の願い。 最初で最後の母の願い。 マイトは拳を握りしめ、唇を結び、眼を閉じ…しっかりと顔を上げて母を見た。 「…分かったよ、母さん」 「マイト!?」 「俺はもう十分生きたさ。残りの命くらい、母さんの願いを叶えるために使うよ」 「ありがとう、マイト…」 「ただし過去の世界には俺一人で行くよ」 「何?」 「これは俺達親子の問題だ。こんな危ない事に刹那を巻き込む訳には行かない」 「………」 バシッ。 無言の刹那に頭を叩かれてマイトはきょとんとなった。 見れば、親友はあからさまに不愉快そうな顔で彼を見ている。 「せ…刹那?」 「何をカッコつけてるんだ、この馬鹿が」 「言うに事欠いて馬鹿はないだろ、馬鹿は!」 「パティの話とお前のやります宣言を聞いた時点で、上の連中から見れば俺も共犯なんだ。『マイトが勝手にやった事です、話を横で聞いていただけで俺は関係ありません』で済む訳ないだろうが」 「それは…そうかもしれないけど」 「それにな。俺は今の世界が正直気に入らん。こんなところで燻りながら緩やかに死ぬくらいなら、過去をぶっ壊して気持ちよくあの世に行った方がいい」 「お前らしいよ。…じゃあ素直にお言葉に甘えさせてもらおうかな」 二人は顔を見合わせてニヤリと笑い、拳を打ち合わせがっしりと掴んだ。 新しい未来に希望を繋ぐために過去を殺す、それがパトリシアの…母の願いなら……。 |
| サイキ部屋 |
総合目次 |
| 長らく引っ張って来ましたマイトと刹那の因縁もここでお披露目となりました。無論、ここで出て来た銀髪刹那の謎はまだ残っているのですが、それは外伝で明かします。 本編では説明してないのですが、サイキのゲーム本編に出て来た赤い髪のマイトも「マイト・オリジナル」のコピーです。この世界には何人もマイトがいま す。赤毛マイトがいるのはウォンのお膝元、いわば本拠地で、この基地には二人のマイトが常にいるようです。他の基地にもマイトがいます。この世界では、マ イトに限らず、同じような事を別の『人工サイキッカー(人間改造ではなく遺伝子操作で生み出された)』がいる、とお考え下さい。ただし刹那だけは例外。 |