THE DARKNESS
EPISODE ??:西暦2032年??月?日  サイキッカー部隊基地


 それからしばらく、二人は『タイムマシン』の情報を慎重に探り続けた。
 そして分かったのは、時を超える機械は本当に研究されていて、しかも試運転を待つだけという最終段階に近付いているらしい。
 場所はサイキッカー部隊の基地の最深部にあるウォンの研究所。
 そこまで突き止めた二人は、決行の日をパティに面会した日の翌日と決めた。

 

 

 決行前日。
 マイトと刹那はパティの部屋を訪れていた。
 二人の決意を聞いた彼女は流石に表情を固くした。そんな母を安心させようとマイトは半ば無理矢理笑顔を浮かべた。

「大丈夫だよ、母さん。情報はかなり慎重に集めたし、総司令官は仕事で昨日から基地を開けているし。タイムマシンだってほぼ完成してるらしいしさ。な、刹那?」
「ああ、20年前の世界がどんなところか楽しみなくらいだ。ひょっとしたら初代の刹那に会えるかもしれないしな」
「…そうね。20年前の私と、初代の刹那によろしくね。それからブラドさんにも。ウォンを放っておいたらこんな歪んだ未来が来てしまうって伝えて欲しいの」
「分かったよ、母さん」
「任せておけ」

 二人は力強く頷いて約束した。
 パティとウォンを殺して歴史を変える事を。歪んだ未来の存在を伝える事を。

 

 

 そして翌日。
 二人は打ち合わせ通り、別々に時間をずらして研究棟を訪れた。途中で合流してウォンの施設研究所があるエリアへ向かう。
 人工サイキッカーの彼らが研究棟の最深部に来る理由が無い訳ではないので、堂々としていれば逆に怪しまれないのだ。
 呆気無いほど簡単に最深部まで来れたのでマイトは多少拍子抜けだった。

「何か、恐いくらい順調だな」
「実は全部総司令官に筒抜けで、俺達実は罠に嵌められてたとか言う落ちは無いだろうな」
「まさか………」

 考え過ぎだろう、そう言いかけたマイトの顔が半端な微笑みを浮かべて強張った。
 刹那も驚愕に眼を見開き、次の瞬間顔を歪めた。
 通路の真ん中で二人を待っていた人物は、喉の奥で微かに笑った。

「そのまさかですよ、お二方」
「総司令官…」
「パトリシアの部屋に監視カメラも盗聴器も無いとでも思っていたのですか?だとしたらおめでたいにも程がありますねぇ」
「………っ」
「過去に行ってパトリシアと私を殺して歴史を変える?そんな夢物語が本当に叶うとでも思っているのですか?」

 この男は何もかも知っていた。知った上で彼らの足掻く姿を眺めていたのだ。
 ウォンはつまらなそうに手の内で何かを弄びながら続けた。

「大体、あの時空を超える機械はまだ試作段階なのですよ。過去に行ける保障もないし、行けたとしてもこの時代に戻って来る事は不可能、過去の世界で待っているのは遠からぬ死です。それでも行きたいのですか?」
「…俺は母さんと約束した、過去に行って歴史を変えると」
「下らない。馬鹿馬鹿しすぎて話になりません」

 忌々しげにウォンが吐き捨てたその時、二人は彼が手の中で弄んでいたものに気付いた。
 青い髪だ。
 どこまでも高く自由な、青空色の…髪。
 それが意味する事に先に気付いたのは刹那だった。

「まさか、パティを!」
「いくら優秀な遺伝子を持つとは言え、私への反逆を企て兵隊を唆した者。処分するのは当然でしょう」
「な………」
「なんて事を…。ウォン、許せない!」

 呆然と言葉を失うマイトの隣で、刹那は深紅の眼に激しい怒りを孕ませてウォンを睨み付けた。
 ウォンはそんな刹那の眼をじっと見て、不愉快そうにため息を付いた。

「やれやれ…あなたもですか、刹那。初代の刹那もそんな眼をして私に挑んで来ましたよ。『俺はあんたの操り人形じゃない』などと、生意気にも道具の分際で一人前の口を利いて」
「じゃあ、初代の刹那が死んだ原因は、『人間を改造してサイキッカーになったから強い負担が体にかかって寿命が来たから』じゃなく…」
「あんたが殺した、それが初代刹那の死の真相という訳だ」
「………。創造主に逆らう作品を処分しない理由がどこにあるのです」

 ウォンが一歩前に出る。反射的にマイトは一歩後ろに下がった、その瞬間。
 マイトと刹那の間、一歩分の隙間に輝く壁が現れた。
 サイキッカー同士が戦う時に張り巡らせる結界、中にいる者を逃がさない、外にいる者を侵入させない絶対の境界。
 刹那が結界を張った…その意味に気付いたマイトの全身からさぁっと血の気が引いた。
 無駄と知りつつ結界を全力で叩いた。

「刹那!ダメだ、刹那!」
「…何のつもりです、刹那?まさか私を倒す気ですか?」
「それこそまさかだ。俺は自分の力量も計れない愚か者じゃないぜ。だが…」

 どこまで本気で戸惑っているのか分からない顔でウォンが尋ねると、刹那は微かに唇の端を持ち上げて笑った。

「あんたを倒すのは無理でも、マイトが時を超える機械がある場所に辿り着くまでの時間くらいは稼げるんじゃないか?」
「全く…そんな無謀なところまで忌々しいほど初代の刹那にそっくりですよ、あなたは」
「刹那!やめろ、やめてくれ!」
「マイト」

 ほんの一歩の距離、決して手が届かない一歩離れた場所で、刹那はマイトを振り向いて胸が痛くなるような微笑みを見せた。

「行け」
「刹那…!」
「行って、パティとウォンを殺して歴史を変えてくれ」
「でも」
「頼む、マイト。俺とパティとブラドさんの命…無駄にしないでくれ」

 これ以上ないほど悲痛で真剣な、刹那の言葉。
 何も言えず立ち尽くすマイトに背を向けて刹那は叫んだ。

「さぁ行け!マイト!!」
「……っ!」

 俯き、涙ぐみ、唇を噛み、ずるりと結界を叩いた拳を滑り落とし。
 マイトは数歩後ずさり、そして結界の脇を駆け抜けた。
 振り向かない。振り向けない。ただ前だけを見て全力で走った。

(一緒に行けなくて…ごめんな)

 刹那の最後のテレパシーが聞こえた時、涙がどっと溢れて頬を伝った。
 涙で視界がぼやける。敵も味方も分からない。
 マイトは稲妻の剣を振りかざし、立ちはだかるもの全てを斬った。手当りしだいに剣を振り回し、自分自身も傷付くのも構わず、涙でぐしょぐしょに濡れた頬を真っ赤に染めて、ただ走った。
 泣きながらマイトは思った。
 こんなに辛いのなら、悲しいのなら、全てを閉じ込めてしまおう。
 パティとウォンを殺す、その目的を果たすまで何もかも忘れてしまおう。目的を果たしたその時、全てを2012年のブラドさんに伝えて消えればいい…。
 母さん、刹那。俺は、俺は…………。

 

 

 全てを伝えたマイトが眼を閉じる、その顔すらもう消えかけている。
 刹那とブラドが握り締めた手もどんどん薄れていく。

「マイト!」
「刹那、ごめん…俺、約束、果たせなかった…」
「気にするな。お前は十分良くやった。後は俺達に任せろ」

 呼び掛けた声にマイトが微かに微笑んだように見えて…そして、未来から来た少年は光の粒になって弾けて消えた。
 彼の手を握っていた刹那とブラドの手は、勢いで互いの手を握りしめた。
 ぱさり…床に黄色いリボンと紅いバンダナが落ちた。
 二人は呆然とそれを見ていた。
 未来から来たマイトが遺していったもの。
 歪んだ未来の記憶。

「あれが、これから訪れる、未来…?」

 ブラドが呟いた。
 二人は手を繋ぎ合ったまま放心状態で見つめあった。
 サイキッカーがサイキッカーである事を隠さずに平和に暮らせる世界とは、ウォンによって恐怖政治が敷かれた世界なのか。
 そんな馬鹿な。
 刹那は思う。
 そんな世界を造ろうとするウォンを、何故ブラドは止められなかった?俺は一体何をしていた?そして何をして司令官に殺された?
 …体が熱い。
 刹那は片手で自分の体を掴んだ。
 心臓の鼓動が激しくなって、呼吸が苦しい。

「刹那?どうしたの?」

 ブラドが心配そうに覗き込んでいるのが分かる。
 口を開きかけた時に体の中で凄まじいエネルギーが爆発して、刹那は腹の底から絶叫した………。


     NEXT    


サイキ部屋
総合目次


 これで一応マイトと刹那の因縁は消化しました。今までの刹那に対するマイトの態度、言動の説明として納得していただければいいのですが…。
 2032年の刹那とウォンの因縁については外伝「真実の行方」で改めて。マイトの未来でブラドや刹那は何をしていたのか?も外伝で明かします。