THE DARKNESS
EPISODE 35:西暦2013年1月20日  国際空港ロビー


 ウォンの葬儀が終わり、クリスマスが過ぎ、新しい年が来て、サイキッカー部隊もようやく落ち着きを取り戻してしばらくしたある日。
 刹那、ブラド、クリス、栞は国際空港のロビーにいた。
 左目の下にまだくっきりと傷を残した刹那は心配そうに栞を見た。

「本当に一人で大丈夫か?ある程度仲間が見つかるまで俺達の基地にいても全然構わないんだぞ」
「玄信の四十九日も済みましたし、これ以上皆様の御好意に甘える訳にはいきませぬ。それに、どこかでけじめをつけないといつまでもズルズルと日本に帰る日を伸ばしてしまいそうですし」
「僕達はいつまでも栞ちゃんにいて欲しいくらいなんだけどな」
「そういう訳にも行かないわよ、栞には影高野の復興って言う大仕事が待ってるんだもの。…でも、大変だったら遠慮しないでメールでも電話でもしてね」
「別に何も無くても、雑談だけで送っても全然構わないからな」
「はい、ありがとうございます」

 栞はにっこりと微笑んだ。
 背中には玄信の巻き物を背負い、手にしたポーチには先日刹那に買ってもらった日本製の携帯電話が入っている。無論、刹那とブラドとクリスの電話番号とメールアドレスは登録済みだ。
 電光掲示板に栞が乗る予定の飛行機が表示された。
 栞はぎゅっと手を握ると、幼さを残す顔を精一杯真剣な色に染めて刹那を見上げた。

「あの…刹那殿」
「何だ?真剣な顔して」
「影高野を立派に復興したら…また、刹那殿に会いに来てもよろしいですか?」
「何を水臭い事を」

 刹那は大仰に眉を潜めて栞の額を突ついた。

「影高野が復興したらなんて言わずに、会いたければいつでも来ればいいだろう。別にアポなしでも構わんぞ」
「よ…よろしいのですか!?」
「よろしいに決まってるだろうが」
「むしろ影高野が復興して来たら、頭の固いお坊さん達がうるさいかもねぇ…。『栞様、あのような者に会いに行くなどもっての他でございます!』」
「うわ、言いそう」
「そんな面倒臭い事を言われたら俺にメールか電話をしろ。すぐに影高野までお前を迎えに行って連れ出してやるから」
「え…えっ………」

 ぱぁっと栞が頬を染めた。
 両手の指を絡めてもじもじしてから彼女はそっと刹那を見てぺこりと頭を下げた。

「刹那殿…ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします」
「ん?ああ、こちらこそよろしく頼むな」
「はははは…はいぃぃっ!」
「刹那、あのさ……」
「何だ?」
「あ、今はいいや。時間も無いしね」
「?」

 真っ赤になる栞と、なんとも言えない微妙な顔を見合わせるブラドとクリスを交互に見て刹那は首を傾げた。
 栞に『よろしくお願いします』と言われたから『こちらこそよろしく』と返した事に何か問題があったのだろうか。日本ではその挨拶に特別な意味があるとか。
 気にはなったが、ブラドの言う通り栞の乗る飛行機が出発する時間がそろそろ近付いて来ていた。
 …寂しくなるな。
 口には出さなかったが、はっきりと刹那はそう感じた。
 栞の頭を優しく撫でた。

「無事に日本に着いたら電話しろよ。それから、俺達も時間があれば様子を見に行くから、お前も遠慮なく遊びに来いよ」
「は…はい……」
「ねぇ刹那、これでしばらく栞ちゃんには会えないんだし、さよならのキスくらいしたら?」
「そうね、『ふつつか者ですがよろしく』って言われて『こちらこそ』って返事したんだもの。そのくらいはお約束よね」
「そういうものなのか?日本の習慣はよく分からんな」

 ふつつかもの、とは何なのかよく分からなかったが、お約束ならそうすべきだろう。
 変なところで律儀な刹那はブラドとクリスの言葉に何の疑問も感じなかった。
 栞に一歩近付いて身を屈める。
 真っ赤に染まった頬に軽く唇を触れさせた。

「またな、栞」
「……はい……………」

 夢見る瞳で栞が頷いた。
 なごりを惜しむように刹那はその頭をくしゃくしゃと撫でた。

「では、刹那殿、ブラド殿、クリス殿、お世話になりました。この御恩は決して忘れませぬ。またお会いしましょう」
「堅苦しいな。もっと肩の力を抜いていいんだぞ」
「こちらこそ色々ありがとう。また来てね」
「いつでも待ってるわよ。いつか影高野にも招待してちょうだい」
「はい、必ず…」

 深々と頭を下げた栞はふわふわとした危なっかしい足取りで搭乗口に向かった。
 刹那が心配そうな顔でその背中を見送る。

「栞の奴、あんなでかい巻き物背負って大丈夫か?やっぱり預けるか別便で送った方がよかった気がするが…」
「栞ちゃんがふらふらしてる理由は巻き物のせいじゃないと思うけど…」
「?」
「私、給料の一ヶ月分賭けてもいいわ。刹那は分かってない」
「僕も分かってないと思う」
「それじゃ賭けにならないわね」
「…何の話だ」

 刹那が鼻の頭に皺を寄せると、ブラドとクリスは顔を見合わせ、『そっちが言いなよ』と言いたげに互いを指差し、仕方ないなぁと言いたげにブラドが口を開いた。

「刹那、栞ちゃんの言った『ふつつか者ですがよろしく』ってどういう意味か分かって『こちらこそ』って答えた?」
「………。何か特別な意味があるのか?」
「やっぱり分かってなかったわね」
「案の定だ」
「おい…」
「大丈夫、今は分からなくてもいずれ必ず分かる時が来るから…その時までのお楽しみ」

 ブラドが茶目っ気たっぷりに人さし指を唇に当てて片目を瞑ってみせた。
 これ以上追求しても無駄だろうし、そうまでしてさっきの挨拶の意味が知りたい訳ではなかったから、まぁいいかと刹那は引き下がった。

 …この時交わした言葉の意味を刹那が知るのは、7年後の事だった。

 

 そして時は流れ。

 

 

 時代は西暦2032年…………


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