双子神2012・ 融合
EPISODE 13


 …夕食を終えた皆がハーデス神殿のリビングで他愛もないおしゃべりをしていると、タナトス(大)の膝の上にちょこんと乗ったタナトス(子)が足をパタパタさせながらふと言った。

「しかし羨ましいな」
「何がだ?」
「お前達は星矢に殺されもせず、神の力も小宇宙も無くならなかったことが、だ」
「その代わり二十年以上眠り続けていたがな」
「神である俺達にとっては十年も二十年も大差ないだろう。十年ちょっと長く眠っていただけで子供にならずに済むのなら、俺もそっちの方が良かった!」

 気持ちを言葉に出したら、以前と変わらぬ姿と小宇宙のタナトス(大)がますます羨ましくなったのか、タナトス(子)はタナトス(大)の膝の上で身体を入れ替えて彼と向かい合うと、ローブの胸元を掴んで頬をぷくっと膨らませて唇を尖らせた。

「ずるいぞ!お前の小宇宙、少し俺に分けろ!」
「無茶言うな」

 タナトス(子)の要望に溜息を返したタナトス(大)が優しく彼の頭をなでると、そんなふたりを微笑ましく見ていたハーデスがふと首を傾げた。

「…無茶だろうか?」
「?」
「どちらの世界のタナトスとヒュプノスも兄弟の間で小宇宙をやり取りできるのだろう?ならば同じタナトス同士、小宇宙を分けることもできるのではないか?」
「はは、何をお戯れをおっしゃるのですハーデス様。そのようなことが出来るわけが…」
「そうか、それは思いつかなかった!」
「え?………」

 タナトス(大)の膝の上に彼と向かい合う形で乗っていたタナトス(子)は、ハーデスの言葉に顔を輝かせ、何も躊躇うことなくタナトス(大)に口付けた。
 …キスされた超本人のタナトス(大)と、言い出しっぺのハーデスと、皆の話をニコニコして聞いていたヘカーテが目を見開き絶句していると、ふたりのヒュプノスが血相を変えて椅子から立ち上がった。
 べり!!
 唇を重ねていたタナトス達を引き剥がし、ふたりは同時に叫んだ。

「「何をやっているのだ、お前は!!」」
「何って…ハーデス様のお言葉を試してみただけだぞ、何をそんなに怒っているのだ」
「タナトス、………」
「…………」

 文句を言いかけたヒュプノス(子)は、兄にじーっと見詰められ、喉まで出かかった文句を飲みこんだ。

「な、何だタナトス?どうかしたのか?」
「…どうもしてない」

 弟をまじまじと見たタナトス(子)はがっくりとうなだれた。
 何故タナトス(子)は落ち込んでいるのかと皆が怪訝に思っていると、彼は半べそ顔で続けた。

「小宇宙も分けられてないし、子供のまま全然変わっていない」
「あ…ああ、そう言う事か。仕方ないだろう、この世界の我々は私達とは別の存在なのだから」
「ひょっとしたらと期待していただけにがっかりだ…」
「だからと言って断りもなくいきなり口付ける事はないだろう!そもそも…」

 ヒュプノス達が先にブチ切れてしまったせいで文句を言うタイミングを逃したタナトス(大)が半ば空気になる中、ヒュプノス(大)が珍しく声を荒げた。

「何故タナトスから小宇宙を貰おうとするのだ?貰うなら私からが適当であろう!」
「「怒るポイントが違うぞ、ヒュプノス!!」」

 タナトス(大)とヒュプノス(子)が見事にシンクロして突っ込み、ハーデスとヘカーテが盛大に吹き出す中、タナトス(子)は感心したように目を丸くした。

「そうか、言われてみればその通りだ!タナトスからではなくヒュプノスから小宇宙を貰えば良かったのだな!」
「「お前も納得するな!!」」
「物は試しだ、やってみようではないか」

 タナトス(大)とヒュプノス(子)のダブル突っ込みなど意に介さず、タナトス(子)はちょこちょことヒュプノス(大)に近づいて、目を閉じると唇を突き出した。キスをおねだりする時の典型的なポーズである。
 その行動に流石のヒュプノス(大)もうろたえて頬を赤くした。

「ちょ…ちょっと待て、タナトス。皆の見ている前で口付けろと言うのか?」
「「気にするポイントがずれているぞ!!」」

 シンクロ突っ込み再び。
 その光景にヘカーテは椅子に突っ伏して痙攣を始め、ハーデスは腹を押さえて目に浮かんだ涙を拭いた。

「ぷっ…フフフフフ、世界は違えどやはり双子の兄弟だな、見事なハモリツッコミだ。…ヒュプノスよ、そのタナトスの言う通りものは試しだ。ダメもとで小宇宙を分けてみたらどうだ?」
「ちょ、ハーデス様…」
「んー」
「……………」

 主君に背中を押され、タナトス(子)にキスを催促され、ヒュプノス(大)は半ば投げやりな顔になっている兄神と、複雑な顔をしている異世界の自分と、痙攣しているヘカーテを見て、一度深呼吸し、要するに人工呼吸であろう…と意を決してそっとタナトス(子)に口付けた。
 身体の中を巡る小宇宙を意識し、それを口移しで流し込むイメージを作りながら唇を重ねる。
 ……………。
 数秒キスをして、ヒュプノス(大)は身体を離した。

「で、どうなのだ?」
「…………」

 タナトス(子)がヒュプノスを見上げ、助さん格さんのような格好になっていた服の袖を見て、自分の片割れを見て首を傾げた。
 タナトス(子)とヒュプノス(子)を交互に見ていたタナトス(大)が、ふと椅子から立ち上がってヒュプノス(子)を引っ張って来ると、タナトス(子)の横に立たせた。
 …皆が同時に目を見開いた。
 僅かだが、タナトス(子)の背がヒュプノス(子)より高くなっている。

「…チビ助、少し大きくなってないか?」
「だな」
「え…まさか、本当に?」
「…戻れる!元に戻れるぞ!ヒュプノス、もっと小宇宙を分けてくれ!」

 タナトス(子)はたすきのように服を縛っていた腰帯をほどき、袖や裾を元に戻し、ガバガバの袖を振りまわしてヒュプノス(大)に要求した。
 予想外の展開に驚きながらも、ヒュプノス(大)は言われるままに小宇宙を分けるべく大きく息を吸い込んだ。





 …異世界のタナトスは袖を折らなくてもきちんと手が出ている両手を見て、引きずっていないローブの裾を見て、同じ高さにあるタナトスの銀色の眼を見て、自身の片割れを見降ろして、嬉しくてたまらないと言いたげに微笑んだ。

「まさか、本当に戻れるとはな」

 口から出た声も少年のそれではなく、この世界のタナトスと同じ大人のものだ。
 冗談のつもりで勧めたのに、ヒュプノス(大)から小宇宙を分けてもらう事でまさか本当にタナトス(子)が大人に戻るとは…。
 冥界の神々は予想外すぎる展開に言葉を失っていたが、漸くヘカーテが口を開いた。

「あー、その、タナトス。ひとつ気になることがあるのだが」
「何でしょう?」
「お前の髪、元から黒かったのか?」
「黒?」

 異世界のタナトスは自分の髪を一房摘まんで眺めると、怪訝そうな顔になった。
 
「本当だ、黒いですね。元の世界にいた時は、小宇宙を無くす前も銀髪だったのですが…」
「ついでに言うと、今のお前は目も黒いぞ」
「…目も、ですか?異世界のヒュプノスから小宇宙を貰った副作用のような物でしょうか」

 漆黒の髪と黒曜石の瞳を持つタナトスは軽く首を傾げたが、すぐににこりと笑みを浮かべた。

「別に構いません。元の姿に戻れたことに比べれば、髪や目の色など些細な問題ですから。むしろこの世界のタナトスと見分けがつけやすくて良いのではありませぬか?」
「ん、まぁ、そう言えばそうだな」
「…と、言う事は、だ。ヒュプノスから小宇宙を貰ったタナトスが大人に戻れたと言う事は、タナトスから小宇宙を貰えばそちらのヒュプノスも大人に戻れると言う事であろうか?」
「……!」

 ハーデスの言葉に皆の注目がヒュプノス(子)に向いた。
 皆の視線を一身に受けたヒュプノス(子)は、頬を赤くして首を横に振りつつ両手を振りまわした。

「い、いや、私は別に、このままでも…」
「何を言っているのだヒュプノス。このチャンスを逃しては、いつ大人に戻れるか分からぬのだぞ。恥ずかしがらずにタナトスから小宇宙を分けてもらえ!」

 後ずさるヒュプノス(子)の襟首を黒髪のタナトスがひょいと掴んだ。
 双子の弟を軽々と抱き上げた死神は、可愛くて仕方ないと言うように満面の笑みを浮かべて頬ずりした。

「フフッ、小さいなぁヒュプノスよ」
「う…うるさい!お前もついさっきまで同じ姿だったではないか!」
「そうだな、だからお前も早く元に戻れ」
「え?」
「ほーれ、パース♪」

 黒髪のタナトスは楽しそうに言って、ヒュプノス(子)を銀髪のタナトスめがけて放り投げた。
 ヒュプノス(子)を受け止めたタナトスは、わざとらしく大きな溜息をつき、異世界の弟と向かい合うと、がしっと小さな肩を掴み、風船を膨らます要領で小宇宙を吹き込んだ。
 プーーーーーーーーー…………。





 …夕食後のデザート代わりにドーナツを食べようと言う事になり、飲み物の準備は異世界の双子神が引き受けることにした。
 子供の時は食器を運ぶのも一苦労の高さだったテーブルが、今は腰ほどの高さしかない。
 実に上機嫌でカップやミルクポットをテーブルに並べていた黒髪のタナトスは、自分の片割れがまだ不機嫌そうな顔をしていることに気付いて怪訝そうな顔になった。

「いつまでむくれているのだ、ヒュプノスよ?元の姿に戻れたのだし、皆の前でタナトスに口付けされたことなどどうでもよいだろうが」
「どうでもよくなどない。お前以外の誰かと口付けを交わすなど!」
「あれは人工呼吸だ、口付けではない。何度も言わせるな。それから元の姿に戻れたのだから少しは嬉しそうにしたらどうだ。あるいは俺に感謝するとか」
「………」

 銀髪のタナトスの言葉に異世界のヒュプノスは複雑な顔で眉根を寄せ、何も言わずにティーポットをテーブルに置いた。
 この世界のヒュプノスが持って来たドーナツの箱を開けて中身を物色していたヘカーテが、ふと顔をあげてふたりのヒュプノスを交互に見た。

「お前達は見分けがつきにくいな。タナトスのように髪の色でも変わるかと思ったらそんな事はなかったし」
「一応、額の徴の色があちらが赤で私が青と違いがありますが…」
「そんな些細な違いではパッと見で区別がつかんぞ。…区別がつかないと困る理由もこれと言ってないが…」
「では私が髪でも縛りましょうか」
「…ああ、区別をつけるなら良いものがあるぞ」

 黒髪のタナトスが鞄をごそごそ探って素通しの眼鏡を取り出すと弟神に差し出した。
 赤い六芒星の眠りの神は差し出された眼鏡をかけて、これでどうですか?と言うように首を傾げた。

「お、なかなか良いんじゃないか?」
「鬼畜眼鏡の出来あがりだな」

 黒髪のタナトスが冗談半分に言うと、まだご機嫌斜めだったらしい眠りの神は唇の端を微かに上げて冷ややかに笑んだ。

「お望みなら、その言葉通りにしてやるが?」
「あ、いや…」

 タナトスは慌てて視線を逸らしたが、ヒュプノスは聞き流してやる気はなかったらしく、やおら兄神の肩を掴んで強引に自分の方を向かせると躊躇うことなく唇を重ねた。

「………?!?!?!」
「今回はこれで赦してやろう」
「そ、そうか…」

 冥界の神々に何とも言えない微妙な視線を向けられた黒髪のタナトスはどこか恥ずかしそうにしていたが、赤い徴のヒュプノスは意に介した風もなく青い徴のヒュプノスに歩み寄った。

「そう言えばお前はさっき、『私の』タナトスに口付けていたな」
「小宇宙を分けた事か?」
「タナトスへの口付け、返してもらうぞ」
「??…それは、どういう…。………」

 問いかけた唇を封じられた。
 異世界の自分自身にキスされると言う前代未聞の経験に絶句する青い徴のヒュプノスにニヤリと笑って見せて、赤い徴のヒュプノスは銀髪のタナトスを振り 返った。長椅子に腰を降ろしていた銀の神に覆いかぶさるようにしてその眼を覗きこむと、予想外の展開に半開きになっていた唇に口付けた。

「さっきお前に奪われた分は返してもらったぞ。これで貸し借り無しだ」
「ん?………んん???」

 ここは怒るポイントのような気がするのだが…貸し借り?
 一瞬真面目にヒュプノスの言葉の意味を考え込んでしまったタナトスは、またしても怒るタイミングを逃して釈然としない顔で黙り込む羽目になった。
 そんな皆を眺めていたハーデスは、ふと首を傾げて素朴な疑問を口にした。

「あれは、鬼畜というよりキス魔のような気がするが…。いや、キス魔も鬼畜の範疇か?」
「…おい、そこの鬼畜眼鏡」
「…………。私ですか?」
 
 ヘカーテの言葉に眼鏡をかけたヒュプノスがわざとワンテンポ遅れて言葉を返した。
 美貌の女神は両手を腰にあててうんうんと頷いた。

「他に眼鏡キャラはいないだろう。…それで、だ」
「はい」
「何故タナトスやヒュプノスには口付けて私にはしないのだ?」
「はっ?」

 気にするのはそこですか、と眼鏡のヒュプノスは目を丸くした。
 彼はこの世界の双子神とハーデスがノーリアクションなのを見て、これが彼女のキャラなのだなと正しく理解し、口元に淡く苦笑を浮かべた。

「…だって、あなたはこの世界のタナトスの『彼女』なのでしょう?私があなたに口付けてはタナトスに怒られます」
「彼女『役』だから問題ない。私だけ口付けされてないなんて仲間外れは嫌だぞ。私も仲間に入れろ!」
「え?ええっ…と…。ああ、ほら、私はハーデス様にも口付けていません。ですからヘカーテ様が仲間外れと言うことにはなりませんよ」

 兄弟には躊躇いなく口付けても、ヘカーテ相手では妙な照れを感じたらしいヒュプノスがさりげなく話を逸らして言い逃れようとしたが。
 そのやりとりを聞いていたハーデスがにこりと笑って言った。

「では異世界のヒュプノスよ、余にも口付けてくれぬか」
「ええっ?!」
「臣下に口付けて余には無しと言うのは不公平であろう?」
「…………」

 赤い徴のヒュプノスは『主君』ハーデスの要望までは断り切れなかったのか、観念したように冥王の前に傅き、身体を伸ばしてその頬に唇を触れさせた。嬉し そうにニコニコするハーデスに微かに微笑んで、期待に目を輝かせるヘカーテに歩み寄り、ちらりと銀髪のタナトスを見て、手の甲に口付けるべきか少し迷っ て、彼女が手を腰にあてたポーズからビクとも動かないのを見て、遠慮がちに頬に口付けた。

「…これでご容赦を」
「うむ、赦す。苦しゅうない」

 ヘカーテは満足そうに微笑んで頷くと、楽しそうにティーポットに紅茶の葉を入れ始めた。

「あなたに一杯、私に一杯、そしてポットに一杯…ふふぅ〜ん♪」
「…ご機嫌ですね、ヘカーテ様」
「ふふふ、ヒュプノスに口付けられるなんて貴重な体験が出来たからな。…タナトス、お湯を取ってくれ」

 どことなく複雑な顔をしている銀髪のタナトスに機嫌良く微笑んだヘカーテが片手を差し出すと、こちらもご機嫌の黒髪のタナトスが湯の入ったポットを差し出した。
 子供の頃は両手でやっと持ちあげていた物を片手で軽々と持てることが嬉しいのだろうか。
 そんな事を考えながらタナトスは異世界の自分に声をかけた。

「随分と上機嫌だな。元に戻れたのがそんなに嬉しいのか?」
「ああ、勿論。これでようやく、俺はハーデス様のご恩に報いることが出来るのだからな」
「?」

 怪訝そうな銀髪のタナトスの目線に、黒髪のタナトスは黒曜石の眼をそっと伏せてポツリと言った。

「俺は7年前の聖戦の時も、その前の聖戦の時も人間を侮り負けた。本来ならハーデス様が勝っていた筈の戦いを俺が台無しにしたのだ。でもハーデス様はそんな俺を見捨てないでいてくれる…だからこそ俺はあの方の力になりたい。その為に小宇宙を取り戻したかった」
「!………」
「やっと。やっと、俺は、あの方の力になれる…」

 子供の小さな手では掴めなかったものも、この手ならきっと掴める。きっと。
 そう言って己の手を見つめていたタナトスは、皆が真顔で沈黙して自分を見つめていることに気付いて『あれ、俺変なこと言った?』と言いたげな顔できょとんとした。
 彼の片割れのヒュプノスは『同感だ』と言うように目を伏せ、ハーデスは感激したように目を潤ませ、銀髪のタナトスは複雑な顔で黙り込み、ヒュプノスとヘカーテは感心したように溜息をついた。

「ガキだガキだと思っていたら立派な大人だったのだな、そっちの世界のタナトスは」
「私の兄は『敵の罠にうっかりはまっただけ』とか『此度の聖戦では敵が非常識だっただけ』などと言い訳して自分の落ち度を認めなかったのに…同じタナトスとは思えぬほどの違いですね」
「…煩いぞヒュプノス」

 銀髪のタナトスはボソッと文句を言って、些か乱暴な手つきで紅茶をカップに注ぎ始めた。
 ガキだガキだと思っていたのに、こいつは姿形が大人になったら中身まで大人になったのか。つまらん。
 …つまらん。
 そんな不満を感じながらカップを配ると、ハーデスが優しく微笑みながら口を開いた。

「余は、タナトスやヒュプノスが余を想って傍にいてくれるだけで充分嬉しい。きっと、そなたの世界の余も『その気持ちだけで充分嬉しい』と言うと思うぞ。元の世界に帰った時はきちんと話をするといい。言葉にせねば伝わらないこともある故な」

 冥王の言葉に異世界の双子神は顔を見合わせて、そっと柔らかな笑みを交わして頷いた。

「「そうですね…」」
「さ、しっとり系の話はそこまでだ!ここからはドーナツ談義で盛り上がろうではないか!」

 しんみりしかけた空気を吹き飛ばすように、ヘカーテが箱に入っていたドーナツを大皿に移し始めた。

「先に言っておくが、私はフレンチクルーラーには煩いぞ!」
「では、心してお伺いしましょう」

 皆がドーナツに手を伸ばして、早速チョコクリーム入りのドーナツを齧ろうとした黒髪のタナトスに銀髪のタナトスが小皿を差し出した。
 きょとんとする漆黒の死神に銀の死神はどこか不機嫌そうな顔でぶっきらぼうに言った。

「どうせ齧った時にクリームを落とすのだろう?」
「…もう俺は子供ではないのだ、馬鹿にするな。クリームの注入口から齧ればいいのだろう」

 黒髪のタナトスはムッとした顔でクリームの注入口を確認し、ぱくっと齧った…途端。
 ぶちゅ、ぼとっ。
 聞き覚えのある間の抜けた音がして、銀髪のタナトスが差し出した小皿の上にチョコクリームが落ちた。
 …皆がぷっと吹き出して、タナトスは途端に口元を綻ばせた。

「ほれ見たことか。やっぱりガキのままではないか」
「なっ…何故だーーーー??」
「フ…見た目が大きくなっても所詮は子供だったと言う事だな」

 銀髪のタナトスは妙に嬉しそうに小皿を置き、黒髪のタナトスは釈然としない顔で一口齧ったドーナツを色々な角度から眺め、二つに割って中身を見て、ずいとタナトスに差し出した。

「ちょっとこれを見ろ」
「何だ?」
「クリームが注入口の反対側に極端に偏っているだろう。だから齧った拍子にクリームが押し出されて皮を破ってしまったのだ!」
「だから何だ。お前がドーナツを齧った途端にクリームを落とすガキだと言う事実に変わりはなかろう」
「それは結果論だっ!クリームが偏っていると分かっていれば…」
「注入口の反対側から齧ったと?」
「そうだ!」
「そうしたら注入口からクリームを落としていたさ。結果は変わらん」
「何だと?やってみなければ分からぬだろうが!」
「ならばやってみろ。墓穴を掘るだけだと思うがな」

 銀髪のタナトスがフフンと鼻で笑うと、黒髪のタナトスは小皿に落ちたクリームを皮でふき取って食べながら、大皿に乗った山盛りのドーナツを真剣に見定め始めた。
 そんなふたりのタナトスのやり取りを他の神々は微笑ましく眺めていた。

「たかがドーナツのクリームで良くそこまで盛り上がれるな」
「些細なことで楽しく盛り上がれるのだ、大いに結構ではないか」
「短慮同士で通じ合うものがあるのだろうな」
「「誰が短慮だ!!」」
「ああすまぬ、子供同士と言い変えよう」
「ちょっと待てヒュプノス!こいつはガキだが俺は違うぞ!」
「残念だったな、俺はもう子供ではないぞ。さっきヘカーテ様が俺の事を『立派な大人』とおっしゃったからな!」

 黒髪のタナトスが得意気に言ったが、新作のフレンチクルーラーを齧りながらヘカーテがケロリと言った。

「あ、その発言は撤回する。お前もやっぱりガキだ」
「ええっ?!」
「ちょっと待って下さいヘカーテ様。お前『も』とは何です、『も』とは?それでは俺も子供だと言っているように聞こえますが!」
「え?ひょっとしてタナトス、お前は自分を大人だと認識していたのか?」
「ちょ…素で驚いたふりをしないでください!」
「ヘカーテ様!この世界のタナトスはともかく俺が子供だと言う発言は撤回して頂きたい!御覧の通り、今の俺はちゃんと大人の姿をしているではありませぬか!」
「ん、じゃあ正確に言い直そう。お前たちふたりとも、『見た目は大人、中身は子供!』だ」
「「一体どこの眼鏡の小学生探偵ですか!!」」
「タナトスよ、もうその辺にしておけ。元の姿に戻れた事は十分な収穫だ、冗談好きのヘカーテ様を相手にお前の中身の成熟度を問答するなど不毛であろう」

 意外にもと言うべきか、眼鏡のヒュプノスがタナトス達とヘカーテの漫才をやんわりと止めた。
 表情の変化は子供の時よりも淡く薄いが、大人の姿に戻れた実感が漸く湧いてきて今更ながら喜びを感じているのか、唇は確かに笑みの形を作っている。
 弟神の嬉しそうな顔を見てその感情が伝播したのか、黒髪のタナトスも口元を綻ばせた。

蝶様に描き下ろして頂いた素敵挿絵 はピクシブで閲覧できます!




NEXT

星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達



  ついに、ついに、ついにこの時がっ!!蝶様双子神が大人に戻る時が来ました!!!いやもう感無量すぎて言葉が出ません。『蝶様双子神が大人に戻った時点 でまだ13話しか使ってないや。早い早い』などと思ってしまうほど思考回路がマヒしています(笑)。早くないよ!13話も使ってまだ蝶様双子神滞在1日目 の話だよ!!
 などとセルフ突っ込みを入れつつ、前々から書きたい書きたいと思っていた黒髪タナトスを書けて大満足です。
 蝶様タナ様がダメもとで当サイトタナから小宇宙を貰おうとしてキスするなりヒュプヒュプに引き剥がされるエピから始まる、蝶様双子神が元に戻る流れはコ ラボSSの話が出る前からありました。蝶様のサイトでこの話をネタにしたイラストを拝見出来るので是非ご覧ください!!タナトスから小宇宙を貰って目が渦 巻きになってる蝶様ヒュプが可愛いんだ…!!
 あとは、キス魔になる蝶様ヒュプ、蝶様ヒュプを『鬼畜眼鏡』と呼ぶ当サイトヘカーテ様、キスを所望されるハーデス、ヒュプの眼鏡はタナトスの趣味、大人 になってもドーナツのクリームを落とす蝶様タナ、クリームを落とした時に『何故だー?!』と刹那(サイキ)の負けセリフを叫ぶ蝶様タナ、そんな蝶様タナ様 を見て『あ、姿が変わっても子供のままだ』と嬉しくなる当サイトタナ、そしてホロリとくる蝶様タナ様の言葉…と、詰め込みたいものを一杯詰め込んだ話で す。
 そして14話、15話に繋がる小ネタもちょいちょい仕込んだり。14話は神々の漫才で終わりそうな気がしますが、15話はちょっとだけタナトスとヘカー テの曖昧な仲に変化が起きるかも?な話にするつもりです。
 ちなみにヘカーテが紅茶を入れる時に言っている『私に一杯、あなたに一杯、そしてポットに一杯』とは、『人数分+一杯分の茶葉を入れると紅茶をおいしく 淹れられる』知恵を表現した言葉なんだそうです。



そして神様達の位置関係ですが、↓のような感じかと…     

      蝶様タナ・蝶様ヒュプ・当サイトタナ
    
一人用椅子→■ 長方形のテーブル ■←一人用椅子
      
      ハーデス・ヘカーテ・当サイトヒュプ

長方形のテーブルの辺の長い方の両側に、神様が三人ずつ長椅子に座ってて、テーブルの辺の短い方(神様の斜め前)に誰も座ってないひとりがけの椅子が一つ ずつあるのではないかと思います。あるいは一人用椅子のどちらかの位置にティーセットの乗ったワゴンがあるでしょうか?