| ぬいぐるみコー
ナーにやって来たタナトス少年は、手のひらに乗るようなミニサイズから抱えられるようなサイズまでバラエティ豊富に揃ったフモフモさんを見て顔を綻ばせ
た。値段も先ほどの抱き枕に比べればかなり安い。 虎にしようか猫にしようか、それともカエルにしようか…タナトス少年がぬいぐるみを手に取っては戻し、手に取っては戻しして悩んでいると、少し離れたと ころからふたりの様子を見ていた女性のグループが意を決したように近づいて来た。 「…あのぅ」 「城戸ブランドの、タナトスさん…ですか?」 「?!」 「ええ、そうですよ」 タナトスは穏やかな営業用スマイルを浮かべて頷いたが、ぬいぐるみを選ぶのに夢中になっていたタナトス少年は突然声をかけられたことに驚いて、サッとタ ナトスの後ろに隠れてからそぉっと顔を覗かせた。 穏やかに苦笑しながら、タナトスは背中にしがみついているタナトス少年の頭を撫でた。 「申し訳ありません、この子は人見知りで恥ずかしがり屋なので」 「いえいえ!可愛いですね」 「その子はひょっとして、ハロウィンのイベントに出てたタナトスさんですか?」 「ハロウィン?」 「申し訳ありませんがそれは秘密です。ええと…日本語では何と言うんでしたっけ。禁則事項?」 「企業秘密、ですか?」 「ああ、そうです、それです。企業秘密です」 「そうなんですか」 声をかけて来た女性達は納得したように頷くとおずおずと言葉を続けた。 「えっと、あの、いつも…雑誌とか、ツイッターとか、見てます!この間のクリスマスイベントも見に行きました、素敵でした!」 「そうですか、ありがとう」 「それで…出来ればサインを頂きたいんですけど…。構いませんか?」 「そう、ですね…売り場の中ではまずいでしょうから、通路まで出なくてはいけませんが…」 その間、チビが居心地悪いのではないだろうか。 そんな事を考えながら背中にへばりついているタナトス少年を見ると、彼に服の裾を引っ張られた。 「サインくらいしてやればいいだろう。それくらいの間なら俺は待てるぞ」 「そうか?…本当に名前を書くだけしか出来ませんが、それでも良ければ」 「本当ですか?あ、ありがとうございます!」 …一旦売り場を離れて通路に出て、女性達がハンズの袋から取り出した色紙にタナトスがサインをして、にこやかに握手をして別れるまで、子供のタナトスは 大人しくタナトスの後ろで待っていた。 何度も礼を言いながら立ち去る女性達の姿を見送って、小さな死神は目をぱちぱちさせた。 タナトスに手を引かれて売り場に戻りながら、彼は好奇心一杯の顔で話しかけて来た。 「サインや握手を頼まれるなんて、タナトスはまるで芸能人のようだな」 「…天馬星座達にもそんな事を言われたな。『タナトスサマってばまるで芸能人だな。スケジュールも増える一方だしそろそろマネージャーがいるんじゃねー の』とか何とか」 「タナトスのマネージャーか。誰か候補がいるのか?」 「候補も何も…マネージャーを持つ予定そのものが無いぞ。…ところでチビ助」 「何だ?」 「俺の信仰集めに付き合わせてしまったからな、埋め合わせをしておこう」 「サインを書いている間、待っていた事か?それくらいのことで埋め合わせなど…」 「欲しい物をひとつ買ってやろうと思ったのだが…要らなかったか?」 「え!」 銀色の男の子は目を見開いて、慌てて首を横に振った。 「いやいやいや、いる!いるぞっ!!」 「ならば待ち合わせ時間までに欲しい物を決めるが良い。いいな、ひとつだけだぞ」 「では、さっき見ていた大きなフモフモさんのどれかにしよう!…あ」 小走りに抱き枕コーナーに向かいかけた小さなタナトスは、やわらか戦車特設コーナーの棚の上に超特大のやわ戦ぬいぐるみが展示してあることに気付いて立 ち止まった。モニターの周りに置いてあるぬいぐるみはサッカーボールほどの大きさだが、棚の上のそれはバランスボールくらいの大きさがある。 これは売り物だろうか、と呟きながらタナトスが棚の上から超特大やわ戦ぬいぐるみを降ろすと、受け取ったタナトス少年はやわらか戦車を抱えきれずに後ろ に数歩よろけた。 「武器を持たず装甲も軟弱な戦車が何の役に立つのかと思ったが、ふざけた外見で油断させて押し潰して窒息させると言う手段がある訳か」 「呑気に分析してないで助けてくれ…むぎゅぎゅぎゅ!!!」 「で、これは売り物か?」 タナトスが超特大ぬいぐるみを難なく受け取ると、タナトス少年はぬいぐるみの周りをぐるりと一周して値段のついたタグを見つけた。 タグには『\10500』と数字が印刷されている。超特大フモフモさんふたつ分の値段だ。 値札を見たタナトス少年は、抱き枕コーナーのフモフモさんを見て、タナトスが抱えたやわらか戦車を見て、再び幼い顔に苦悩の色を浮かべて唸った。 「んむむむむ…」 「何を悩んでいるのだ?俺がこれを買ってやるから、お前は自分の小遣いであの抱き枕なりぬいぐるみなりを買えばいいではないか」 「う…ん…。確かにこの大きなやわ戦も欲しいが、あちらの抱き枕も欲しいのだ。しかし抱き枕を買うなら、俺とヒュプノスふたり分でふたつ欲しいのだ!」 「…もう一度言うがチビ助、俺が買ってやるのはひとつだぞ」 「んむむむむむむ…では、フモフモさんをひとつ買ってもらってもうひとつは自分で買うか…」 「ならば抱き枕コーナーに行くか。これはいったん戻すぞ」 タナトスはぬいぐるみを棚の上に戻しながら視線だけを背後に向けた。 帽子とマスクで顔を隠した男が相変わらず付かず離れずふたりの死角になる場所をついてきている。 …誰だ、あいつは。 わざわざ本人を捕まえて尋ねる事ではないが、思い出せそうで思いだせないもどかしさがタナトスを微かに苛立たせていた。 小さなタナトスの手を引いて抱き枕コーナーに向かうと、不審な男が超特大やわ戦ぬいぐるみを見るような仕草で場所を移動するのが見えた。 …抱き枕コーナーに戻ったタナトス少年は、ずらり並んだぬいぐるみを抱いたり戻したりしながらますます眉間の皺を深くしていた。 フモフモさんを買うなら一番バリエーション豊富なカエルがいい…とまでは気持ちが固まったが、どうせ買うならふたつ欲しい、でも超特大やわ戦ぬいぐるみ も諦めきれない…と悩みに悩んでいた。『軍資金』を確認して決めようと肩から提げていた鞄を開けて財布を取り出した時、鞄に入れてあった戦隊モノのフィ ギュアが服の袖に引っかかって転がり落ちそうになった。 「あっ」 「っと…」 タナトスは咄嗟にフィギュアを受け止めてタナトス少年に差し出した。 「気を付けろよチビ助。レアなフィギュアなのだろう?」 「ああ、済まない。こんなつまらないことで壊してしまっては、苦労してこれをゲットしてくれたマニゴルドに申し訳ないものな!」 「マニゴルド?………」 小さなタナトスが大事そうにフィギュアを鞄に仕舞うのを見ながらタナトスはオウム返しに呟いた。 マニゴルド。 二百数十年前の聖戦で教皇と共にタナトスを聖櫃に封じた蟹座の黄金聖闘士、忌々しい塵芥。 小さな双子神の世界の彼はハーデスの計らいで蘇り、何かとタナトス少年に絡んでいると言っていたが…。 …………。 そこまで考えてタナトスはハッとした。 (そうだ、マニゴルドだ!先ほどから俺達の後をコソコソとつけてくるアテナの聖闘士は、あの蟹座の黄金聖闘士だ!覚えのある小宇宙だと思っていたが、通り で…) もどかしさの原因が分かってすっきりしたと同時に、別の疑問がタナトスの頭に浮かんだ。 …何故、奴がここにいる? 彼がこの世界のマニゴルドという可能性は無いに等しい。タナトスを封印した聖闘士が蘇るような事があったら、そのような非常事態が自分の耳に入っていな いはずはない。 と、いうことは。 (俺達を尾けているあの男は、このチビと同じ世界のマニゴルドと考えるのが自然だが…何故あいつまでこの世界にいる?そして何故、俺達に見つからないよう に行動している?) (奴をこの世界に連れて来たのは八雲紫と考えて間違いないだろうが…あの男がこのチビと同じように訳も分からずこの世界に放り込まれたのなら、知った顔を 見つければ何かしら事情を知ろうと声をかけてくるはず。それをしないと言う事は…そもそも顔を隠していると言う事は…何らかの形で八雲紫に脅されている、 と考えるべきか…。迂闊にこちらから接触すべきではないな) 一瞬で的確な状況判断をしたタナトスは、財布とにらめっこしているタナトス少年にちらりと眼をやった。彼は今後の小遣いやりくり計画を練るのに一生懸命 で、マニゴルドの小宇宙には全く気付いていないらしい。 いい加減待ちくたびれて来たタナトスは小さなタナトスの頭を軽くつついた。 「何が欲しいか決まったのか」 「タナトス。俺はこの、カエルの『けろーにょ』がふたつ欲しい」 「買ってやるのはひとつ、と言ったであろう?二つ要求するのなら、相応の理由を出して俺を説得してみるのだな」 「ひとつは俺の分、もうひとつはヒュプノスの分だ」 「…今ひとつ弱いな。俺がお前の弟の分まで買ってやる理由は無いぞ」 「えっ…と…。フモフモさん二つとやわ戦特大ぬいぐるみの値段は同じだ」 「買ってやる物をひとつから二つにする事に、値段がいくらかなど関係ない。よってその理由も却下だ」 「ええっ!」 タナトス少年は『ガーン!』と効果音が聞こえそうな顔で驚き、うう…と半べそ顔で俯いた途端。 「うわぁぁぁぁあぁぁん!!」 「!?!?」 突然大声を上げた。 驚いて目を丸くしたタナトスの前で、タナトス少年は大袈裟に泣き真似をしながら叫んだ。 「パパの嘘つき!『良い子にしてたらぬいぐるみ買ってやる』ってパパが言ったから、ボクはちゃんと良い子にしてたのにぃぃぃ!!」 「……………。フー…」 周囲の客と店員の視線がふたりに集まる中、タナトスは腕を組んで息を吐き出すと実に冷静な眼をタナトス少年に向けた。 ハズした?と心配そうな顔をする彼の姿に死神はフンと鼻を鳴らした。 「咄嗟の一発芸としては一定の評価はするが、発想が貧相な上にオリジナリティの欠片も無い。そんな芸では一発屋芸人にもなれぬぞ。お前がガキだと言う事 と、羞恥心を切り捨てて大声を出した部分をかなり甘く評価して、漸く五十点と言うところか」 「えっ…。で、では何点が合格ラインだったのだ?!」 「六十点だ。あと十点足りないな」 「ええっ!!あと十点か??」 タナトス少年の大声に驚いて聞き耳を立てていた客や店員達が、漫才のようなタナトス達の会話にクスクス笑いながら様子を見ている。 とりあえず『城戸財閥ブランドのモデルのタナトスが子持ち』などと変な噂が流れるのは未然に防げたことに内心で安堵しながら、タナトスは腕組みして『あ と十点』のネタを考えているらしいタナトス少年を見降ろした。 …しばらくの沈黙と思考の後、タナトス少年は可愛らしい仕草でタナトスのシャツの裾を掴んでタナトスを見上げた。 「じゃあ、お兄ちゃん!」 「…お兄ちゃん?」 「タナトスお兄ちゃん、ぬいぐるみ買って!」 「……………」 タナトスは目を見開き、薄く頬を染めて、唇をへの字に曲げた。 お兄ちゃん。 ヒュプノスからエリスまで一族の兄弟姉妹はひと癖ふた癖ある奴ばかりで、長兄であるタナトスをそんな一般的で可愛気のある呼称で呼ぶ弟や妹はひとりもい なかった。 嬉しいやらくすぐったいやら恥ずかしいやらでタナトスがぎこちなく黙り込むと、これは手応えアリと見たタナトス少年が追い打ちをかけた。 「ねぇ、いいでしょ?お兄ちゃん!けろーにょ買って!お兄ちゃん!」 「お兄ちゃん、か…」 うぐぐ、とタナトスは唸って、潔く白旗を上げた。 「分かった、十点やろう。好きなのを二つ選べ」 「わぁい!ありがとう、お兄ちゃん!」 タナトス少年は目をキラキラさせて、色とりどりのカエルのフモフモさん『けろーにょ』を選び始めた。 自分とヒュプノスのカラーに合わせて銀色と金色が無いかと探したが、黄色はあるが白や銀は無い。ならばと黄色と黒のふたつを買ってもらう事にした。 自分の体と同じくらいの大きさがあるぬいぐるみを二つ抱えて、輝くような笑顔とよろよろした足取りでレジに向かう銀色の男の子の姿を、周囲の客も店員も 微笑ましく眺めていた。 ぬいぐるみを買ったふたりは、ヒュプノスと待ち合わせの約束をしていた7階の喫茶店に向かった。 帽子とマスクで顔を隠したマニゴルドもふたりの後をついてきているのを視線だけを動かして確認し、タナトスは子供のタナトスの手を引いてエスカレーター を降りた。 売り場の一番奥にある喫茶店の前で、ヒュプノス達は既に待っていた。大人の双子神は片割れの持っている大きなハンズの袋に気付いて同時に微妙な顔をし、 子供の双子神はほっとしたように笑顔を見せて手を振った。 タナトスの手を引いて小走りにヒュプノス達に駆け寄ったタナトス少年は、ヒュプノスが下げているハンズの袋を覗きこんだ。 「ヒュプノスも何か買ってもらったのか。何を買ってもらったのだ?」 「後から来ておいて『ごめん、待ったか?』も無しでいきなりそれか、タナトス?」 「待ち合わせ時間には遅れてないぞ。それよりこれを見てくれヒュプノス。タナトスに買ってもらったぬいぐるみで、『フモフモさん』というのだ。俺とお前の 色に合わせて黄色と黒を選んだぞ!」 「こんな大きなぬいぐるみを二つも買ってもらったのか?」 「本当はひとつと言われたのだが、『パパの嘘つき〜!』と叫ぶ一発芸をやって合格点を貰ったから二つ買ってもらえたのだ!」 「あ、その手は私も使ったぞ。効果てきめんだった!」 「ところで何を買ってもらったのだ?」 小さな双子神が楽しげに自分達の『戦利品』を見せ合うのを大人の双子神は微妙な表情で眺めていたが、ふとヒュプノスがタナトス達の背後に目をやってさり げなくタナトスに近づいた。 「…タナトスよ。お前達がここに来た時から後を付けているあの男、アテナの聖闘士のようだが…」 「ああ、分かっている」 タナトスは意図的に弟神と視線を合わせて片手を差し出した。 その行動の意味を察したヒュプノスが差し出した手のひらにタナトスは指を滑らせた。 『お前達と別れてしばらくしてから、あの男はずっと俺達の後を付けて来ている。気配を殺すようにしてコソコソとな』 『アテナが寄越した護衛の聖闘士か?ならば不必要に姿を隠す必要はないと思うが。しかしあの男の小宇宙、何となく覚えがある気がするのだが』 『確信は無いが、チビ達の世界に存在する蟹座の黄金聖闘士のマニゴルドではないかと俺は思っている』 ヒュプノスが驚いて目を見開き、納得したように目を細めた。 小さな双子神は店のショーケースに展示された食品サンプルを眺めつつ何を注文するか悩んでいて、大人の双子神が何をしているか全く気にしていない。 そんなふたりをちらりと見て、ヒュプノスはタナトスの手のひらに指を走らせた。 『奴をこの世界に連れて来たのは八雲紫と見て良いだろうな』 『同感だ。明らかに顔を隠してコソコソしているところから見て、奴に何か脅されているのは間違いないだろう』 『どうする?このまま気付かぬ振りで捨ておくか?』 『それが無難だろうが、八雲紫があの男に何を言ったのか、チビ共の世界がどうなっているかは気になるな』 タナトスは視線を背後に投げた。 マニゴルドらしき男は、双子神からは見えにくい場所で商品を眺めている…振りをしているが、彼の注意が双子神達に向いているのははっきりと分かった。 タナトスはヒュプノスに視線を戻して弟の手のひらに指を走らせた。 『奴に話を聞いてくる。その間チビ共は任せた』 ヒュプノスが無言で頷くと、タナトスはわざとらしく大袈裟な仕草で携帯を取り出した。 心得た弟が調子を合わせる。 「どうしたタナトス。電話があったのか?」 「ああ、アテナからだ」 その言葉に、ショーケースを見つめていた小さな双子神も顔を上げた。 タナトス少年が大きな目をぱちぱちさせて尋ねた。 「仕事の電話か?」 「かもしれぬ。…丁度いい、こんな大きな荷物を持ってあちこち行くのは大変だからな、何の用事か尋ねるついでに荷物を預かってくれるように頼んでこよう。 そんなに時間はかからぬと思う故、お前達は喫茶店の中で待っていてくれ」 「分かった。お前の分もついでに注文しておこう。何が良い?」 「任せる」 言うだけ言ってタナトスは携帯を耳に当てて踵を返した。 小さな双子神は『電話の間くらい待っているのに』と言いたげな顔をしていたが、ヒュプノスは大きな荷物を受け取ってふたりを促した。 「店の入り口でこんな荷物を持って立っていては迷惑になるぞ。お前達がここで待っていてはタナトスも気兼ねするし、言われた通りに中で待っているのが良か ろう」 「む…そうか」 「分かった」 異世界の双子神を先に店に入らせたヒュプノスがそっと振り返ると、売り場の外に向かうタナトスの後ろをマニゴルドがついて行く姿が見えた。 …注文した飲み物が運ばれてきて、タナトスを待たずに手を付けて良いのかどうか、溶け始めたシェイクやフロートを見つめて小さな双子神が真剣に悩んでい るところにタナトスが戻ってきた。 死神が空いた席に座ると、小さな双子神は早速フロートやシェイクを飲み始めた。 「アテナに電話をするだけで結構かかったのだな」 「ああ…電話そのものはすぐ終わったのだが、戻る途中で俺のファンに声をかけられて掴まっていたのだ」 「人気者は大変だなっ!」 異世界の双子神はタナトスの言葉を何も疑っていない様子でシェイクやフロートを飲んでいる。 ヒュプノスはテーブルの下でそっとタナトスをつつき、兄の手のひらに文字を書いた。 『どうだった?』 『俺達の予想は概ね当たっていた。チビ共の無事を見せてやるが見つかるな、と八雲紫に脅されていたらしい』 『この子達の世界は?』 『奴いわく、辛うじて大混乱一歩手前で踏みとどまっている状態だそうだ。冥界、聖域、海界の三界が総力を挙げてチビ共を捜索中だが、ハーデス様の動揺と心 労は著しいと言っていた。チビ共は無事で明日には戻ると言う情報を奴が持ち帰れば多少落ちつかれると思うのだが』 『双方の世界がこれ以上混乱すると都合が悪いのは八雲紫も同じだろう。奴が明日現れると言う約束を反故にする可能性は無いと見て良いだろうな』 タナトスは首肯する代わりに銀色の睫毛を瞬いて弟の意見を肯定し、向かいに座った小さな神々に目を向けた。 「…で、お前達。これからどうする?」 「どう、とは?」 「一緒に動物園と美術館に行くか?それともそれぞれ行きたいところに行くか?」 「「うーん」」 タナトス少年とヒュプノス少年は手を止めて顔を見合わせた。 「美術館も動物園も同じ駅の近くにあるのだったな?」 「ああ。どちらも駅から歩いて十分程度だろう」 「…それなら合流しようと思えばすぐ出来るし、別行動でも良いかも知れぬな」 「では、一旦どこか別の駅で降りて昼食を済ませてから動物園と美術館に向かうとするか」 「む、これから食事か。なら追加するのはホットサンドひとつだけにしておこう」 「「…………」」 双子神の呆れた顔など気にする風もなく、店員を呼んでホットサンドを追加したタナトス少年は楽しそうに弟に話しかけた。 「そうだヒュプノス。このフモフモさんを見つけた売り場で面白いアニメをやっていたぞ。『やわらか戦車』というのだ」 「やわらかセンシャ?車を洗うセンシャか?」 「違う違う。戦に行く方のセンシャだ。戦車なのに柔らかくて、すぐに撤退して、しかも武器はちくわなのだぞ!」 「…ぷっ。何だそれは」 「面白いだろう?グッズも色々あったし、ストラップなど皆の土産に良いのではないかと思ってな。それに、こーんな大きなぬいぐるみもあって、凄く欲しいの だが少々高い故、お前と小遣いを出し合って買おうかと思っているのだ」 「ふぅん?」 ヒュプノス少年も柔らか戦車に興味を持ったので、一行はハンズを出る前にもう一度やわ戦売り場に向かう事にした。 弟の手を引いて小走りに特設コーナーに向かったタナトス少年は、棚の上を見上げて怪訝そうに首を傾げた。フモフモさんを買って喫茶店に向かう時にちらり と見た時には棚の上にあった超特大やわ戦ぬいぐるみが無い。 ヒュプノス達がアニメを見ている間、特設コーナーをぐるりと回って念入りに探したがやはり無い。 時々吹き出しながらアニメを見ていたヒュプノス少年が傍らの兄神を振り返った。 「それでタナトス。お前の言う大きなぬいぐるみとはどれなのだ?」 「それが…さっきから探しているのだが、見つからぬのだ。喫茶店に行く前までは確かに棚の上にあったのだが」 「場所を移したのか、それとも喫茶店に行っている間に売れてしまったのか…」 そんなに欲しいのなら買ってやってもよかろうと思っていたのだが…と思いつつ、タナトスは近くを通りかかった店員を呼びとめた。 「…すいません」 「はい、いらっしゃいませ」 「さっき、ここの棚の上に大きなぬいぐるみがあったと思うのですが…」 「ああ…大変申し訳ありません、それはつい先ほど売れてしまったんです」 「「ええっ!」」 「では、在庫は?」 「申し訳ありません、展示品限りでして…」 「そうですか…仕方ないですね」 店員がもう一度申し訳なさそうに一礼して立ち去ると、タナトス少年は絵に描いたような『ガーン』という顔で棚を見上げ、拗ねたように先ほど買ったけろー にょをイジイジした。 タナトスは何かを考えている風だったが、微かに笑みを浮かべてぬいぐるみの長い手をタナトス少年の頭にポンと乗せた。 「そうガッカリするな、チビ助。縁があればあの馬鹿でかいぬいぐるみも手に入るさ」 「うん…」 「そうだな。あと何年かすれば、私達の世界にもこの『やわらか戦車』が現れるだろう。その大きなぬいぐるみが売れてしまっていたのは残念だが、私達の部屋 の大きさを考えればこのサッカーボールくらいの大きさが丁度良いかも知れぬぞ」 「そう、だな。ではこれを買って帰るか」 「やわらか戦車だけでは寂しいな。ジェーンも買おうか?」 「ジェーンを買うならベイベも欲しいぞ!」 「む。柔らか戦車には兄弟がいるのだな。ならば兄弟を揃えたいところだが…」 「こっちのちくわを乗せたぬいぐるみも捨てがたいな」 小さな双子神が真剣にぬいぐるみを選ぶ姿を眺めながら、ヒュプノスはそっとタナトスに囁いた。 「タナトスよ。お前は、その大きなぬいぐるみを買っていったのが誰か気付いているのか?」 「…何故そう思う?」 「ぬいぐるみが売れていたことで小さなお前があそこまでがっかりしているのに、お前が何もしないからだ。近隣のハンズにあのぬいぐるみがないか、店員に問 い合わせを頼む程度の事は出来るだろう」 「…………」 タナトスは銀色の眼を細めて微かに口元に笑みを浮かべた。 ヒュプノスが察した通り、『超特大やわ戦ぬいぐるみを買って行った客』が誰なのか、タナトスは薄々見当がついていたのだ。 …店長室に置いてあった八雲紫宛ての手紙が無くなっている、と龍神秋乃から連絡が入ったのは、それからしばらく後のことだった。 |
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| タナタナコンビ
がハンズぶらぶらの後半です。タナトスファンが声をかけて来て、蝶様タナ様を見て「ハロウィンの時の子供のタナトスさん?」と尋ねるネタ
は打ち合わせ段階からありました。当初はここで当サイトタナと蝶様タナ様の人間に対する認識の違いと言うか、そんなものを話してもらおうかと思ったのです
が、色々悩んで後回しになりました。マネージャーがいるんじゃないの?は、コラボSSの後の時間軸に来る話の前振りと言う事で。あと、タナトスが「禁則事
項」と言っていますがこれは『ハルヒ』の朝比奈さんのパクリですね(笑)。タナトスが『ハルヒ』を読んでいるのも別のSSに向けた前振りです。信仰集め云
々の話は、当サイトタナが蝶様タナ様に何か買ってあげる為の口実かと。 そして、前々回22話の最後でわざわざ蝶様タナ様に「フィギュアも鞄に入れた」と発言してもらったのは、今回の『鞄からフィギュアが落ちそうになり、蝶 様タナ様にマニゴルドと言われて、タナタナコンビをつけているのはマニゴルドだ!と当サイトタナが気付く』エピの為です。当サイトタナが『後をつけてくる 不審者の小宇宙=マニさん』と気付いたのは、前日(第8話) でマニさんの話題が出て、彼の事を思い出していたからです。前日のあの話が無ければ、『覚えのある小宇宙だが誰だったか?』と悩んだまま終わったと思いま す。実際、当初の予定では当サイトタナはマニさんに気付かないままの予定でした。それが色々路線変更があって、直接対話となりました。 ぬいぐるみを買って欲しくて『パパの嘘付き!』と叫ぶ蝶様タナ様のネタは早くからあり、それに対して当サイトタナがどんな反応するか考えたのですが、と りあえずうろたえたりはしないだろうなーと。『つまらん』と切り捨てるか、『今の俺は城戸財閥のモデルなのだぞ。そのイメージがお前のせいで壊れたらどう 責任を取るつもりだ?損害賠償額がいくらになるか…』と脅すか、色々考えたのですがこんな落ちに。ちなみに蝶様ヒュプも『パパの嘘付き!』と叫んで欲しい 物を買ってもらっています(笑)。当サイトタナは『お兄ちゃん』と呼ばれてきゅんきゅん来て負けてしまいましたが、当サイトヒュプは『パパか…』とほわー んとなって負けたんだと思います(笑)。夢の四神は『ヒュプノス様』って呼んでたし、絶対『パパ』なんて呼ばないと思うので。 そして、19話で当サイト双子神が『手のひらに文字を書いて意思疎通』をやっていたのはこの話の為です。コソコソ話しては蝶様双子神にも話の内容が聞こ えちゃうかもしれませんしね。蝶様マニさんと当サイトタナの対話は25話で。 次の24話は、22〜23話のエピをマニさん視点で見た話です。 |