| 嘆きの壁を出れば、冥闘士達がハーデスに謁見する場所…ジュデッカに出るはずだっ
た。しかしジュデッカがあった場所の柱は倒れて転がり、床はひび割れ、壁は無残に崩れ落ちてかつての荘厳さは見る影もない。 眉間に皺を寄せながら上層に歩を進めたタナトスは、跡形も なく崩壊したコキュートスの様子に低く呻き声を洩らした。冥界の神々に弓を引いた罪でこの場所に堕とされた聖闘士達 の魂も消え失せている。冥界が崩壊した時にコキュートスも崩壊し、聖闘士達の魂は解放されてしまったのだろう。あの聖戦からどれほどの時が経ったのか判ら ないが、解放された魂を今から引き戻すことは出来まい。 苦々しい舌打ちを一つして、銀の神は氷の牢獄を飛び立っ た。 最後に第一獄を訪ねたのがいつだったか覚えてなどいないが、天井まで届く書庫に大量の書物がぎっしりと詰め込まれていたことだけは記憶している。有史以来 の 人類の歴史を記したというそれらにタナトスは興味の欠片すら持たなかったが、ヒュプノスや第一獄を管理する人間達にとっては魅力的で興味深く、かつ冥界屈 指の財産であるらしい。 その、『冥界屈指の財産』が床にぶちまけられている光景に彼は唖然とした。貴重な書物が散乱した上に馬鹿でかい本棚が倒れていたりして、文字通り足の踏 み場もない。 本棚はともかく本を踏みつけるのは流石に気が引けて僅かに体を浮かせて中へ入ると。 「――タナトス様!」 頭上から降ってきた声に顔を上げた途端、淡い金色の髪と瞳の『少女』がタックルに近い勢いで抱きついてきた。 死の神相手にこんな行動をとれる奴といえば…。 「ご無沙汰しております!お目覚めになったのですね、お待ちしておりました」 「パンタソス」 抱きついて来た者の名を呼んでタナトスは相好を崩した。 ヒュプノスの息子である夢の眷属の一柱、仮象者・パンタソス。 前回の聖戦でアテナの力によって魂に傷を負い、傷を癒すため永い眠りについていたのだ。 無事に目覚めたか。 元気そうな姿に安堵の息を漏らし、死の神は白いミニスカートを纏った甥を眺めた。 「…ところでパンタソス、何故また女の格好など…」 「シーッ!!」 パンタソスは口の前に人差し指を立ててタナトスの言葉を遮り、誰も聞いてなかっただろうねと周りを見回し、人影が見えないことを確認してほっと息をつい た。本来の声色でそっと囁く。 「流行ってるらしいですよ、『男の娘』って」 「………」 「ちょ、冗談ですよ、冗談!そんなジト目で見ないでくださいよ、伯父上!これはサービスですよ、サービス。むっさいオヤジが檄を飛ばして回るよりも、可愛 い女の子が愛嬌を振りまいた方が皆やる気出すでしょ?」 「…で、ヒュプノスはどこだ?」 話の内容はスルーして尋ねると、パンタソスは少女のそれに戻した声色で、こっちです、と先に立った。 タナトスの姿を見るなり本を抱えたまま最敬礼する冥闘士達に軽く視線をやって応えながら上階に続く階段を上っていると、柱のごとく積み上がった本を運ぶ 見覚えのある顔を見つけた。 柔らかに波打つ銀色の髪、透明な紫の瞳、双子神より若い印象の顔…夢の眷属を束ねる者、夢神オネイロスだ。 本の影から半分だけ顔を覗かせた彼は、手ぶらのパンタソス を見て眉根を寄せた。 「パンタソス、お前はまた『僕の仕事は皆の慰労』などと言っ てサボっているのか」 「違うわよ、ヒュプノス様のところにお兄様をご案内してる の」 「お兄様?」 本の柱で視界が半分になっていたオネイロスからはタナトス は見えなかったらしい。難儀そうに本の柱から両目を覗かせると、彼は慌てて本を脇に置いて駆け寄ってきた。 階段の途中で無理な姿勢をとりながら傅き頭を垂れる。 「タナトス様。アテナの聖闘士がエリシオンにまで乗り込んで くるなどという非常事態に何のお役にも立てず、このオネイロス、お詫びの言葉も…」 「気にすることはない。今生の聖闘士は突然変異体と言っても 良い非常識な連中だったからな、お前達が参戦していても訳の分からぬ理屈で我々と同じように倒されていただろう」 「ですが…!」 「オネイロス。お前達は先の聖戦でアテナの力で魂に傷を負わ されていただろう?永久に眠り続けるかもしれぬと心配していたのだ、今こうして無事でいるだけで俺は十分嬉しいぞ」 「タナトス様…」 勿体ないお言葉です、と声を詰まらせるオネイロスの髪を優 しく撫でてタナトスは柔らかく微笑んだ。 神々の中で最も冷酷非情であると人間達に称される死神は、 絶対的な死を司るからこそ、己の一族に対して深い情愛と慈しみの心を持っている。それ故に夜の一族の事実上の長兄として慕われているのだ。 …書架の一角にテーブルと椅子を置いて優雅にティータイム を過ごしていたヒュプノスは、片割れの気配を感じて書物から目を上げた。オネイロスとパンタソスを両脇に従えて傲慢な態度で腕を組み、何か言いたげに顔を しかめている兄の姿に軽い懐かしさすら感じた。 「目覚めたか、タナトスよ」 「…片付けの手伝いをしているのではなかったのか、ヒュプノ ス」 「手伝っていたのだが、ふと手近にあった書物を開いてみたら これが興味深くてな…」 「椅子と卓とティーセットを持ち込んで優雅に読書という訳 か」 「倒れた本棚に座って書物を読み耽っていたら、見兼ねてミー ノスが用意してくれたのだ。せっかくの好意を無にするわけにはいくまい?」 「その眼鏡もミーノスが用意したのか?」 本題とはあまり関係のなさそうな他愛もない会話に何の疑問 も感じる風もなく、ヒュプノスは素通しの眼鏡を外した。 「人間の女達は眼鏡をかけた男を『メガネ男子』と呼んで有難 がるらしいぞ」 「お前は眼鏡などなくとも十分有難がられているだろうが。俺 と違ってな」 「タナトス…」 どんがらばったーん!!! さらりとタナトスが呟いた言葉にヒュプノスが軽く眉根を寄 せて口を開いた途端、派手な音と共に壁のように積み上がった本の山が崩れて埃がもうもうと舞った。 タナトスとヒュプノスはそれぞれに無表情のまま、オネイロ スはうんざり顔で、パンタソスはくしゃみをこらえて、音の原因に目を向けた。 「いったぁーっ…」 銀色の髪を顎のあたりで綺麗に切り揃えた紫の目の娘が、床 に散乱した本に埋もれて涙目になっていた。頭をさすっているところを見ると崩れた本が直撃したのだろうが、誰も同情の眼差しを向けていなかった。 オネイロスがため息交じりに口を開いた。 「エリス様。あなたは手伝いに来たんですか?それとも邪魔し に来たんですか?」 「ちょ、ひどいなーオネイロスぅ。これはドジッ娘アピールだ よっ!」 「一度や二度ならまだしもこうも何度もアピールされると食傷 気味です。はっきり言いますとウザいです」 「うわ、マジひどっ!」 エリスと呼ばれた娘はジト目の夢神に唇を突き出してから傍 らの双子神を見上げてあっけらかんと笑って見せた。 「タナ兄、おひさっ!良く眠れたー?」 「何故お前がここにいる」 「んなっ。超久々に会った可愛い妹に対する第一声がそれな のぉ?」 「自分で言うな、この愚妹」 「何よ二流神」 「………」 「ああああ、痛い痛い痛いーー!横はやめて、横 はーーっ!!」 両手の拳でこめかみをグリグリされてエリスは足をばたつか せた。 少しばかり溜飲を下げるまでお仕置きしてから、タナトスは ようやく妹神を解放した。 「で?お前が冥界にいる理由は何だ?」 「んーと、地上から冥界への使者だから、かな」 エリスは唇に人差し指を当てて軽く小首を傾げた。 …神話の時代。 トロイア戦争を引き起こすきっかけを作った咎で大神ゼウス に罰せられた争いの女神は、黄金の林檎に封印された状態で天界から地上に堕とされた。オリンポ スの神々が地上に関わることを辞めて天界に戻った時…いわゆる神話の時代が終わった時に封印から解放されたが、『冥界やタルタロスより地上の方が変化と刺 激に富んで面白い』とのたまって、人間の振りをして地上で暮らすことを選んだのだ。 そのエリスがさらっと言った言葉にタナトスは表情を強張ら せ、傍らの金色の神を見遣った。ヒュプノスは兄の視線を受けて穏やかに口を開いた。 「私も同じ質問をして同じように返された。追及したが『詳し い話はタナ兄が来てから』とはぐらかされたのだ」 「…地上で長く人間どもと馴れ合う内に冥界の神としての矜持 を忘れ、アテナの使い走りになるまで落ちぶれたか」 「さっすがタナ兄。寝起きとは思えないほど鋭い読みだね」 「エリス…」 「でもね、兄貴。私だって誇り高き夜の一族だ。納得いく理由 もなしにオリンポスのパシリになってやる気はないよ」 エリスは紫の瞳をすっと細めた。冥界に属する原初の神が持 つ冷たい小宇宙は衰えていない。 真剣な表情になった銀と金の兄達を見て、争いの女神は真面 目な顔で立ち上がった。 「人間どもの耳に入れていいレベルじゃない、マジに真剣な話 なんだ。詳しいことは母上に会ってから話すよ」 「…精々期待するとしよう、その真剣な話とやらにな」 ………… 大地ガイアの奥深く、冥府を擁するエレボスの闇を抜けて更に地底へ。カオスの混沌 を抜けた先に夜の一族が統治する世界タルタロスは存在する。 自由落下の速さでも到達まで十日はかかるというその場所 に、夜の神々は大した時間もかからずに到達していた。 奈落の門へ歩を進めると、数百はあろうかという目が闇の中 でギラリと光った。 目の持ち主は、一つの体に50の頭と100の腕を持つヘカ トンケイルの 三兄弟。ギガントマキア終結時に主神ゼウスによってクロノス達ティターン親族の牢獄監視を命じられた巨人達は、クロノスに恩赦が下りタルタロスが牢獄の意 味をなさなくなった後もこの地底に留まっていた。 双子神の従兄弟である異形の巨人達は、冥界の神々の姿を見 るなり腕を扇のように広げて親しげに近づいてきた。 「タナトス、ヒュプノス!帰って来たのか!」 「おお、エリスにオネイロイまで…久しいな、数千年ぶりでは ないか?」 「洒落の判らぬアテナに怪我を負わされたとニュクス叔母上か ら聞いて心配していたのだが、元気そうで良かったぞ」 「ネメシスが『兄上達がやり返すのなら次は私も参加する』と 言っていた。アテナに反撃を開始するのなら我々も力を貸すぞ、夜の兄弟達よ」 巨大な3人が一度に喋ったので大気だけでなく地面までもビ リビリと震えた。 王と呼ばれた神々すら恐れをなし遠ざけたヘカトンケイル達 を、夜の一族は悪戯好きな弟を見るような顔で見上げた。彼らの肩に手を届かせるのは長身のタナトスでも流石に無理なので、腕の一本を親しげに叩いて笑っ た。 「アテナとの戦いはゲーム故、お前達が参加してはルール違反 になってしまう。聖戦で反則負けなどそれこそ洒落にならぬからな、気持ちだけ有難く頂くとしよう」 「そうか。ではお前達が久々に帰ってきたのはただの里帰り か?」 「里帰りというか、母上のお説教を聞きに来たと言うべきか な」 穏やかに微笑みながらヒュプノスが言うと、巨人達は無数の 眼をぱちくりさせ、プッと吹き出した。 わざとらしく睨むタナトスに、いやすまんすまんと両手を広 げて詫びて見せるが明らかに口元が綻んでいる。 「母上に怒られに来たのであれば、我らに出来ることは残念な がら何もないな」 「うむ。別件で手伝えることがあれば声をかけてくれ、兄上 達」 「今はもう閉ざす必要も無い故、閂は空いている。さあ、通ら れよ」 重厚な門が低い軋み音と共に開かれる。門番達に礼を言って 冥界の神々はその門を潜って歩を進めた。数千年ぶりに戻った、懐かしい故郷へと。 奈落タルタロスには淡い光が満ちていた。 昼の女神、ヘーメラーがいるのだろう。夜の女神ニュクスと 交代で館を開ける彼女がここに留まっているということは、双子神達が戻る時期を察していたのだろうか。 …ニュクスの神殿に足を踏み入れると皆一様に口元から笑み を消して押し黙った。 彼らの母とは言えニュクスは偉大な神格を持つ存在で、不始 末への叱責を受けると思えば自然に口数も少なくなってしまう。神々であっても母には頭が上がらぬ者も少なくないのだ。 夜女神の小宇宙を強く感じる扉の前まで来ると、ヒュプノス もエリスも夢の四神も無言でタナトスを見た。弟達を睨んでから、死の神はひとつ深呼吸して扉に向き直った。 「…母上。死を司る者タナトス、眠りを司る者ヒュプノス、夢を 司る者オネイロイ。御前に参上致しました」 返答の代わりに重厚な白亜の扉が音もなく開いた。 格上の神に対する礼を失しないため、死と眠りと夢の神々は 片膝をついて頭を垂れた。 「そんなに堅苦しくすることはありませんよ。私は母として、 子供達に会うのですから」 母の穏やかな声を受けて彼らは立ち上がり、改めて扉の中を 見回した。 円卓を囲むように夜の一族が勢揃いしている。神話の時代に 死の定業と同化し肉体を消滅させた長兄モロス以外の全員が卓を囲んでいる様子は、オリンポス十二神にも匹敵するほど壮大だった。 その中心に、母ニュクス。 淡い金色の髪を上品に結い上げ、紫の瞳に深い慈愛を湛え、 紫紺のローブにほっそりとした体を包んだ女神は、少女のような清廉さと大いなる母の威厳を兼ね備えていた。 「おかえりなさい、タナトス、ヒュプノス、オネイロイ。それ に、エリスも。良く帰ってきてくれました。皆でこうして集まれたこと、嬉しく思います」 「ご心配とご迷惑とご面倒をおかけして申し訳ありませんでし た、母上」 タナトスの言葉に母は柔らかく微笑んで、開いている椅子に 掛けるよう促した。 世話好きのクロトが紅茶と茶菓子を配って回ったので、有難 く口に運びながら双子神は話を切り出すタイミングを探していた。 叱られるのならさっさと叱って欲しいし、母神の介入をアテ ナ側がどう思っているのかも気になるし、エリスがアテナに預かったであろう話の内容も気にかかる。 微妙な沈黙を破ったのは長姉のケールだった。 「今更こんなこと聞くのもなんかなーと思うんだけど。ハーデ ス殿とアテナの『聖戦』って人間を使ったゲームじゃなかったの?何であんた達が封印されたり人間にボコられたりしてる訳?」 「………。確かに最初は人間の駒を闘わせ、ある程度のところ で大将戦をして決着を付けるのが暗黙の了解であったが…」 「長らく戦いが続くうちにその暗黙の了解が曖昧になっていた と言うところか…」 「要するに、大将の脇を固めるポジションのあんたらが調子に 乗って前線にしゃしゃり出たら思わぬ形で足元を掬われたと、そういう事?」 「………」 姉ゆえの遠慮のない発言にタナトスは仏頂面で黙りこみ、 ヒュプノスは複雑な顔で口を噤んだ。 前回の聖戦で前線に出たのはそれが必要な理由があったから で、調子に乗っていたからでは決してない…と思う。 しかし、予想外の敗戦続きに業を煮やして前々回の聖戦で前 線に出たことで尻尾を掴まれたのは事実だし、それが前聖戦での封印に、そして今回の屈辱に繋がったとも言える。 ケールの言葉を否定できずに黙りこむ双子神に弟妹達は苛々 と口を開いた。 「暗黙のルールがどうとか、そんなの関係ないだろう?アテナ の手勢に我等の兄とその主君が深手を負わされた、その事実だけで十分だ」 「そうだ。兄上と戦女神の聖戦とは関係ない、これは我々夜の 一族に対する挑戦に等しい」 「人間を守るために神に弓を引くなど本末転倒も甚だしい。人 間など全滅させたとて数千年もすればまた同じように生まれて来るのだ。むしろ一度滅ぼした方が良いくらいかも知れぬ」 「人間云々は別にしても、自惚れが過ぎる小娘には一度きつい 仕置きが必要でしょう」 「…タナトス。ヒュプノス」 穏やかに威厳に満ちたニュクスの声に、場はしんと静かに なった。 絶妙の間を置いて彼女はゆっくりと尋ねた。 「戦女神と聖戦を始める時、貴方達は私達に言いましたね。 『此度の聖戦はあくまでも我々の都合で起こすもの故、夜の一族とは一切関わりのない事』と。その言葉と意思は今でも変わりありませんか?」 「ありませぬ。前回と今回の聖戦で我らが不覚をとったのも俺 達だけの問題。母上や皆とは何の関係もない事」 「むしろ母上の手を煩わせ皆に心配をかけたことを申し訳なく 思います」 「よろしい。貴方達の考えが変わっていないのならその気持ち を尊重します。私達はハーデス殿とアテナの聖戦に一切関わらぬと約束しましょう」 夜の兄弟達は不満気な溜息を漏らしたが、渋々ながら口を閉 じた。 タナトスとヒュプノスは母の言葉に視線で礼を言い、尋ねる タイミングを探していた話題を切り出した。 「…母上。冥界の崩壊から我々を救って下さったのは母上だと ヘカーテ様より伺いました」 「私とタナトス、ハーデス様だけならともかく、冥闘士まで 救って下さったのでしょう。その点を『聖戦への介入』と言いがかりをつけられるのでは、と危惧しているのです」 「冥闘士や聖闘士の魂が冥界より解放され肉体に戻ったのはあ くまでも結果論です。私が意図して蘇らせたわけではありませんから、アテナにどうこう言われる筋合いはない…でしょう?」 「アテナも自分の聖闘士達が復活したから、その辺を突っつく 気はないみたい」 「コキュートスが崩壊していたからもしやと思っていたが、や はり聖闘士達は蘇ったのか」 「兄貴達がぶっ飛ばされた聖戦に参加してた聖闘士はね」 「何度も『ぶっ飛ばされた』と言うな!此度の聖闘士共は非常 識な規格外だったのだ!」 「…そうでしょうか?此度の聖戦の聖闘士だけが特別だった と…タナトス、貴方は本気で思っているのですか?」 カップをソーサーに戻してニュクスは尋ねた。 その言葉にタナトスはぐっと詰まり、悪戯を追及された子供 のような顔で目を逸らした。 だんまり状態の兄を見て、ヒュプノスが変わりに答えた。 「確かに前回の聖戦でも私達は人間達に不覚を取りました。し かし我々は仮初の肉体だった故、本来の力は全て発揮できる状態になかった。更に敵は入念に策を練り盤石の態勢で挑んできました。ですから」 「ヒュプノス。長らく地上と関わらなかったことで貴方の眼ま で曇ってしまいましたか?」 「え……」 「人間達が神の手を離れ驚異的に進化している可能性を、何故 考えないのです?今回の『非常識な規格外』がこれからは『常識的な規格品』になるかもしれないと思わないのですか?貴方達の敗北は偶然ではなく必然だった かもしれないと何故考えないのですか?」 母の言葉に双子神は言葉を失った。 意識的に、あるいは無意識に、人間を見下し侮っていたから 考えもしなかった。人間が神の領域を侵してくるなど。 ニュクスの言葉は淀みない。 「いまや神と人間を明確に分かつことは出来なくなっている。 神と人の境界は淡く曖昧になり、神が人間に、人間が神に近付きつつあるのだと、私は考えています」 「な…!?」 「地上の一部では、非常に優れた人間が神と称えられ、その一 方で人々の信仰を得られなくなった神が力を失い、異世界に移住し、あるいは消滅しているので す。数年前には、異世界の死神がこの世界に介入して己の力を人間に与え、神の力を得た人間が神を気取り『裁き』と称して大量殺人を行う騒ぎがありまし た。その事件は人間の手で終結したそうですが…」 「神の力を得た人間が神を気取って、だと?それはまるで前回 の聖戦でハーデス様の依代になったあの人間と同じではないか!」 「神が消滅…そんな馬鹿なことが…」 「にわかには信じられぬでしょうね。私でさえ最初は疑ってい ました。しかし、調べれば調べるほど、神に近しい能力を持った人間の存在と彼らの犯した所業が見つかったのです。貴方達の今回の一件と言い、他人事と看過 するのは危険ではありませんか?」 「………」 「タナトス」 死を司る神は躊躇いがちに母の眼を見た。 ニュクスは一呼吸おいて、告げなければならないと思ってい た言葉を口にした。 「天馬星座が言った『お前は死を弄ぶだけの邪悪な神』という 言葉…あなたには、謙虚に、そして重く受け止めてほしいと願います」 「………!」 タナトスが目を見開き息を呑んだ。 |
| 星矢部屋 |
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SS・神話時代 |
SS・蟹座達 |
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ヘカーテに続いて原作未登場の女神、エリスの参加です。何かと動かしやすいキャラなので今後もちょいちょい出てきてもらう予定。タナトスの事は「タナ
兄」、ヒュプノスの事は「ヒュプ兄」と呼びます。兄=にいと読みます。男の娘とか眼鏡男子って単語はエリスが教えました。ちなみにヒュプノスが第一獄に来
たのは、ヘカーテから逃げるためとエリスに会うためです。 ギリシア神話の神様が次から次から出てきます(苦笑)。神々の詳細はキャラ設定かリンクページよりギリシア神話の神様紹介サイトをご覧頂くとして。 仲裁の女神が息子達が聖戦に参加する事を黙認した理由とかは、後編とかで追々明かしていきます。ニュクスの言う「神に近しい力を持った人間が犯した所 業」とは、デスノのキラ事件、幽遊の仙水の事件、ネウロのHALの事件とシックスの事件を想定してます。人々から信仰されなくなった神が消滅する話は東方 風神録からイメージ。 あと、タナトスに対するセリフの「死を弄ぶだけの邪悪な神」ですが、「二流」と言わなかったのは母の想いやりです。 |