双子神2012・世界
前編


 聖域と冥界の和解が成立してしばらく、エリシオンも聖戦前の穏やかな日々が戻ってきたある日。
 ヒュプノスは自身のノートパソコンを持ってタナトス神殿を訪ねた。
 …妻に宛てた恋文をタナトスに盗まれひと悶着あった後、兄神達がすっかり夢中になっているネットゲームをヒュプノスも遊び始めたのだ。最初こそあまり気乗りしなかったものの、遊んでみればこれがなかなか良くできていて面白い。
 そして今日はタナトス達のキャラクターが所属するギルド(同好の士が集まるサークルのようなもの)で、強大なボス敵を倒すイベントが開催される。残 念ながらヒュプノスのキャラは参加可能なレベルに達していなかったので、ゲーム内のチャットをしながらタナトスのプレイ画面を見て『見物』することにした のだ。
 …今回のイベントに参加するメンバーが集まった部屋に入ったヒュプノスは眉間に皺を寄せて絶句した。
 ぴるぴるぴるぴる。
 強大ボス討伐イベントに参加するのは初めてと言うヘカーテの頭にくっついた猫耳が動いた。
 それはまぁいい。彼女が猫耳を随分と気に入ったのは知っているし、仕事中ではないのだし、彼女がどのようなアクセサリーをつけようとヒュプノスがあれこれ口を出すことではない。
 問題は、なぜ彼女が、兄神の膝に抱き抱えられているか、だ。しかも真剣な顔で。
 部屋に集まった他のメンバーは特に疑問を感じていないらしく、ゲームのチャットをしたり飲み物を用意したりしている。
 ヘカーテを膝に抱きかかえたまま真面目な顔でパソコンの画面を見ていたタナトスがヒュプノスに気付いて顔を上げた。

タナトス 「ヒュプノス?そろそろイベントが始まるぞ、皆も待っているのだしさっさとログインしろ。何をしているのだ」
ヒュプノス 「それは私のセリフだ、タナトス。何をしているのだ(とりあえずタナトスのパソコンの画面を見物できる椅子に座ってパソコン準備)」
タナトス 「見れば分かるであろう。ヘカーテ様の持ち物と装備を確認しているのだ。ヘカーテ様のキャラは呪療士ゆえ、俺達のパーティーの生命線になるからな」
ヘカーテ 「HP回復アイテム、ある。MP回復アイテム、ある。攻撃魔法アイテム、持った。回復魔法と蘇生魔法はショートカットに登録して…ぶつぶつ…(猫耳ぴるぴる)」
ヒュプノス 「いや、私が聞きたいのは、何故お前がヘカーテ様を膝に抱いているかなのだが…」
タナトス 「馬鹿かお前は。猫は膝に抱くのが基本であろう(ヘカーテの頭に顎を乗せて、ぴるぴるする猫耳にウットリ)」
ヒュプノス 「………。そうか…」

 最早、どこからどう突っ込むべきか考えるのも嫌になってヒュプノスは無言でゲームにログインした。
 ゲームのチャットウィンドウにメッセージが流れる。

『ギルドメンバー ヒュプノスが ログインしました。』

 ヒュプノスは以前よりは早くなった手つきでキーを叩いた。

『ヒュプノス:こんにちわ、遅くなってすまない
クーン:うぉーっす!
ハセヲ:ノ
志乃:こんにちわ、ヒュプノスさん
タビー:やっほー♪
匂坂:ちぃーっす
アトリ:こんにちわ!
エリス:遅いぞ兄貴ぃ!
パンタソス:ノ
ヘカーテ:リアルで目の前にいるが…ノw(byタナトス
クーン:くっそー、タナトスはまた美人巨乳彼女とキャッキャウフフか!うらやま憎らしいなこん畜生!!』

 ギルドマスターであり今回のイベントの発起人であるクーンの発言に、タナトスはクスリと笑った。

タナトス 「クーンは相変わらずだな、いい傾向だ」
エリス 「さっき言ってたけど、バイト先の上司のカッコイイお姉さんにアプローチしてそっこー振られたんだってさ」
パンタソス 「面倒見が良くていい人には違いないけど、いい人どまりで終わっちゃうタイプだよねぇ…」
ヒュプノス 「それにしても、目の前に本人がいるのにゲームのチャットで挨拶するというのも妙なものだな」

 クーンの発言は意図してスルーしてヒュプノスは呟いた。
 その場のノリと見栄でヘカーテを恋人だと聖闘士達に紹介してしまったタナトスは、『詳しく説明するのも面倒』と言って、ゲームのギルドメンバーにもヘカーテは彼女だと紹介している。
 案の定、それはメンバー達の格好の話のネタになってしまったが、予想外に『いいなぁいいなぁ羨ましいなぁ』という反応が返ってきて(エリスやパンタソスが過剰なほどヘカーテを褒めたせいもあるだろうが)タナトスはいたってご機嫌らしい。
 ちなみにギルドのメンバー達は、冥界の神々を『日本語が堪能でギリシア神話が大好きな金持ちの外国人』と思っているらしい。まあ当たらずとも遠からずと言える。
 ヘカーテの持ち物チェックを終えたらしい兄神は、ヘカーテを膝から降ろして自身のパソコンの前に腰を下ろした。

『タナトス:中身入ったぞ
クーン:OK、じゃあ今回のボス討伐についてざっと確認。常連も多いけど、ヘカーテは初参加だからな!
志乃:基本の確認は、大事だしね
クーン:そゆこと!今回倒すボスの名前は『死ヲ喰ラウモノ』だ
ハセヲ:なんか、タナトスに喧嘩売ってるような奴だな
タナトス:全くだ
クーン:大まかな流れの確認な。まずPTを組んで…』

 イベント主催者のクーンが大まかな流れを説明した。

『クーン:ざっとこんな感じだ!細かい部分はあとからPTLが説明してくれ。それからいつも言ってるけど、攻撃職は死んでナンボだ!回復職は攻撃職を死な さない事より死んだ奴をスムーズに蘇生することを心がける、そして何より自分が死なない事!回復職が死んだら一気にガタガタだからな。万が一回復役が死ん だら最優先で蘇生すること。OK?>ヘカーテ
ヘカーテ:タナトスが死んでアトリが死にかけていたら、タナトスを見捨ててアトリを助けろということだなw
エリス:ちょw
ハセヲ:わかってるじゃねーか
タナトス:おいハセヲw
クーン:ま、そういうことだけどw
クーン:アトリも志乃も安全な状態で攻撃役がバタバタ死んでたらタナトスを最優先で蘇生してくれな。今のギルド内で一番攻撃力が高いのはタナトスだから
タナトス:俺が一番でいられるのもあとわずかだがなw
タナトス:しばらくボス討伐イベントにも参加できぬし、今日は存分に楽しむぞ
タビー:タナトスさん、本当にその武器ヒュプノスさんにあげちゃうの?
匂坂:太っ腹にもほどがあるぜ
タナトス:この武器が装備できるレベルになったらお前にやる、という約束で始めさせたからな。兄として約束を破ることはできん
志乃:変なところで律儀だなー>タナトスさん』

 ギルドメンバーの発言に、部屋に集まった神々がタナトスを見遣った。
 ゲームキャラの『タナトス』が持っている武器『魅惑スル薔薇ノ雫』は特殊かつ強大なボスモンスターを倒した時に低確率でボスがドロップする、超が付くレ ア武器だ。その価値はまさにプライスレス、ぽんと他人にやれるような代物ではない。ないのだが、タナトスは『約束したから』と言う理由で(ゲーム内で稼い だ金の大半をつぎ込んで手に入れた)超レア武器をヒュプノスのキャラにあげるつもりでいる。
 そうなるとタナトスは自分のキャラで使う武器がなくなってしまうわけで、ギルドメンバーはそこを心配していた。

『タビー:余計なお世話かもしれないけどさあ、その武器あげちゃった後、新しい武器を買うお金あるの?>タナトスさん
タナトス:ないぞw
タナトス:だからしばらくはセカンドキャラの育成でもしようかと思っている
アトリ:そーなんだ〜
志乃:あのね、私、提案があるんだけど
クーン:どーぞ言ってみて>志乃さん
志乃:この『死ヲ喰ラウモノ』はレア武器の大鎌の『万死ヲ刻ム影』をドロップすることがあるんだよね。その『万死ヲ刻ム影』が出たら、タナトスさんにプレゼントするって、どうかな?
エリス:いいんじゃない?タナトスに大鎌ってイメージぴったりだし
クーン:そういやタナトスのジョブだと片手剣より大鎌の方が相性いいもんな。
クーン:俺は志乃さんの案に賛成だ!皆は?あ、反対なら遠慮なく言ってくれよ。レア武器が出たら報酬ウハウハだもんな
ハセヲ:俺は金に困ってないから構わない
アトリ:私も異議なしです
匂坂:俺もさんせーい
タナトス:おいおい…
タビー:いいじゃんいいじゃん。タダで貰うのがどうしても嫌なら出せるだけお金出せばそれでいいよ
タビー:レア武器の報酬貰ってタナトスさんとPT組めなくなるより、レア武器プレゼントして一緒に遊ぶほうがいいもん』

 タビーの発言に皆が同意する発言が流れて、タナトスは照れくささを隠すような仏頂面になった。
 面倒見がよく、頼りにされれば人一倍張り切り、明るく開放的な性格のタナトスは、ギルドに加入して日が浅いながらサブマスターの肩書を貰うほどギルドメ ンバーから好かれているのだ。神話の時代は人間から忌み嫌われた兄が人間から慕われ好かれている…ヒュプノスがこのゲームを遊び続けている理由の一つがそ こにあった。
 タナトスはしばらく逡巡した後キーを叩いた。

『タナトス:皆がそう言ってくれるなら有難くお言葉に甘えるとするか
エリス:そーそー。
ハセヲ:そもそも都合よく大鎌が出るとは限らないしなw
ヘカーテ:身もふたもないなw
クーン:じゃ、レア大鎌が出たらタナトスにプレゼントってことでいいな?
タビー:いいともー
匂坂:出たらあげていいだろ。出たらなw
ハセヲ:出たらなw
アトリ:出たらですねw
志乃:出たらry
エリス:出たry
パンタソス:出ry
ヘカーテ:ry
クーン:ちょww俺、これ以上略せねぇwww
タナトス:お前らw
クーン:さて、お宝の山分け方法も決まったところでそろそろ行くか!
クーン:俺、このイベント終わったら仕事行くんだ…』

 お約束の死亡フラグ発言をして、イベント主催者のクーンが先頭に立って移動を始めた。
 ゲーム内の街を走り抜け、転送装置から目的のマップに飛び、フィールドの雑魚を倒しながらダンジョンの入り口に向かう。
 ダンジョン内の雑魚はフィールドより手ごわいが、今回のイベントに参加したメンバーが苦労するようなレベルではなく、一行は簡単にダンジョン最深部に到着した。


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