双子神2012・祭典
後編

 …12月24日。
 早々に嘆きの壁に集合した冥界三巨頭の前に、マニゴルドと神々への土産を携えたシラーが到着した。顔を合わせた三巨頭と蟹座達はお世辞にも友好的とは言えない雰囲気で軽く会釈した。
 二人の姿を見遣ったミーノスが淡く笑みを浮かべたまま小首を傾げた。

「おや?招待されたアテナの聖闘士は三人と伺っていましたが。もう一人はどうしたのです?」
「どうしても外せない用事が急に入っちまって少し遅れるってよ。タナトス様には連絡入れて了解取ってある」
「…そうですか」
 
 マニゴルドの答えに、ミーノスとラダマンティスは浅く頷いてスッと視線を逸らしたが、アイアコスは何とも言えない目で蟹座二人をじろりと見た。

「しっかし…遊びとはいえ、アテナの聖闘士と共闘とはな。ああ、共闘は別に構わないんだが、何でまたお前達までタナトス様の神殿に入れてもらえるんだ?俺達ですら滅多な事ではエリシオンに入れてもらえないって言うのに」
「しらねーよ。俺だって好きこのんでこんなとこまで来たわけじゃねーや。来いって言われたから来ただけだよ」
「あのさぁマニゴルド先輩。しょっぱなから安い挑発に乗って喧嘩腰なんて、アテナの黄金聖闘士として恥ずかしくなるようなことやめてくれないかな。僕達も彼らもタナトス様のご招待に与った、それで良いじゃないか」
「そうそう、そちらのドジッ子蟹座さんの言う通りですよアイアコス。冥界と聖域の和解は成立したのだから仲良く遊ぼうじゃありませんか。ねぇ?ええと…」
「シラーだよ。以前お会いした時に名乗ったはずだけど、忘れちゃったのかな?天貴星グリフォンのミーノスさん」
「ああ、失礼。毎日のように死者の名簿を見ているもので、死者か生者かあやふやだった方の名前までは覚えていられなくて」
「そうかぁ。タナトス様と親交のある現役黄金聖闘士である僕の名前も覚えておけないほど忙しいんだね、冥界三巨頭さんは」
「ええ、忙しいですよ。ギャルソンやマネージャーの仕事を掛け持ち出来ない程度にはね」

 甘く整った顔に冷ややかな笑みを浮かべたシラーとミーノスの皮肉の応酬は双方一歩も引かず、これが漫画だったら黒い背景に白い雷が『カカッ』とか入りそ うな勢いの緊張感が流れ始めた。流石に洒落にならない雰囲気にラダマンティスが眉根を寄せて、最初の当事者だったはずのアイアコスとマニゴルドが仲裁に入 りかけた時。

「やっほー!三馬鹿トリオとカニカニコンビ、おっひさー!遅れてごっめーん☆」

 張り詰めた空気をぶち壊すような明るい声とともに、双子神の妹である争いの女神エリスが駆け寄ってきた。場の緊張が緩んだことにマニゴルドはホッとしながら、わざとらしくしかめっ面でエリスに声をかけた。

「あのなぁ、遅刻しといて『ごっめーん☆』はねーだろ」
「だってしょーがないじゃん、ゼミが長引いたんだからさー」
「そう言えばエリス様は女子大生でしたっけ」
「そーだよー」
「あとエリス、カニカニコンビはやめろ、カニカニコンビは!俺とこいつを一緒にすんじゃねーよ!」
「ああ、そーだね。黙ってれば女の子が寄って来るシラーと、喋っても女の子が寄って来ないマニマニを一緒にしちゃーいけないよねぇ」
「黙ってればって何ですか、黙ってればって」
「ちょ、おま」

 エリスの歯に衣着せぬ毒舌にマニゴルドとシラーがムッとして、その姿に冥界三巨頭が思わずにやりとしたが、彼女の毒舌には続きがあった。
 争いの女神は両手の人差し指をズビシッと三巨頭に向けて言い放った。

「ま、女の子と出会う機会も無い三馬鹿に比べたら遥かにマシじゃーん?」
「……………」
「……………」

 エリスの言葉に三巨頭は表情を凍りつかせ、コメントのしようがない蟹座コンビは無言で視線を交わしてスーッと逸らした。
 双方の傷を広げるだけなので皮肉の応酬は終わりにしよう…と暗黙に同意する雰囲気が流れ、ミーノスは頬を引き攣らせながら口元に笑みを浮かべた。

「とっ…とにかく、タナトス様達もお待ちでしょうしエリシオンに向かいませんか。約束の時間を少々過ぎていますし」
「そーだね!じゃあ行こっか!」
「ちょっと待てエリス。行く前に通行証くれよ、遊びに行こうとして神の道で消滅なんて俺は御免だぜ」
「あ、そっか。マニマニもミーノスもそんな間抜けな死に方もうしたくないよねー。ちょっと待ってよ、兄貴から預かった通行証がここに…」

 ザクザクと双方の心を抉る事を言いながらエリスはバッグをごそごそと探り、小さな箱を5つ取りだして皆に渡した。
 …箱にはそれぞれの名前がメモのように書いてあり、箱を開けるとシンプルな銀色の指輪が入っていた。輪の内側には文字が彫られ、冥界の神の小宇宙を感じる。

「それはあんたら専用の通行証だよ。指輪の内側に彫ってある名前が自分のものか確認してね?間違って他人のをつけて神の道に入ったらアウトだからね。あと言わなくても分かってると思うけど無くしたらただじゃ済まないよ。OK?」

 自分専用の通行証、という言葉に少なからず感激しつつ皆が名前を確認して指輪を填めると、エリスが嘆きの壁の前に立って神の道を開いた。




 …エリシオンを訪ねるのが初めてのシラーは興味深げにきょろきょろと周囲を見回し、一応これが三回目になるマニゴルドは『こんな場所見飽きている』という顔で先頭を行くエリスの後をついて行った。

「たのもーう!!」

 妙に時代がかった言葉と共にエリスがタナトス神殿を訪れると、タナトス付きのニンフ達が一行をタナトス神殿の一室へと案内した。
 皆がゾロゾロとイベント会場である部屋に入ると、冥王ハーデス、双子神、夢の四神、そして月と氷の女神ヘカーテという錚々たる顔触れが既に席についてい た。冥界の神々とそれなりに面識はあるものの、彼らの迫力に思わず表情を引き締めた三巨頭とシラーが膝を折って傅くと(マニゴルドは渋々と言う仕草で膝を折った)、冥 王ハーデスが鷹揚に微笑んで皆に顔を上げるよう促した。

「そう堅苦しくするでない、今日は皆で楽しく遊ぶために集まってもらった故な。さ、席に着くが良い」
「ハ」
「へーい」
「えっと、あの…」

 三巨頭とマニゴルドはさっさと空いた席に着き、シラーは持って来た紙袋をおずおずと卓の空いたスペースに置いた。

「エルミタージュ洋菓子店の秋乃…店長から皆様に、お土産を預かってきました。クリスマスのお菓子だそうです」
「おお、ベルセフォネーからか。ん?それでは、そなたがベルセフォネーの店で働くと言うタテマエで妃の身辺警護をしてくれているアテナの聖闘士か?」
「は…はい。蟹座の黄金聖闘士、シラーと申します」
「そなたの事はタナトスからも聞いておるぞ。有能で洒落が分かり歌って踊れて笑いも取れる新時代の聖闘士だそうだな」
「ぷっ」
「え、あ、その、えーと…勿体ないお言葉、です」

 思いっきり吹きだしたマニゴルドに抗議する余裕も無いほどガチガチに緊張したシラーがぎくしゃくと椅子に腰を下ろした。その姿に含み笑いつつ、タナトスがニンフを呼んで飲み物の用意をするよう命じると皆を見回した。

「さて、他のメンバーは改めて自己紹介の必要もなかろう。イベント開始まで時間は十分ある。パーティー リーダー同士が本番で連携が取れずに混乱することのないよう、軽めのクエストやイベントを一緒にこなしてある程度仲良くなっておくが良いぞ」

 にっこり、と音が出そうな素敵な笑顔でタナトスは微笑んだ。
 要するに、本番で連携が取れないなどと言う失態は許さないから今のうちに一緒に遊んで仲良くなっておけと言う命令である。
 イケロスとパンタソスとエリス、そしてシラーは素直な笑顔で頷いて、ミーノスは薄く笑って顎を引き、ラダマンティスとアイアコスは仏頂面一歩手前の顔で首肯し、マニゴルドはあからさまに嫌そうな顔で『へーい』と答えた。
 …用意されていたパソコンをセットしながらシラーは皆を見回した。

「それで、パーティーリーダーは誰が?」
「私やるよっ。ログインした奴から順番に誘うね」
「んで?この錚々たる顔触れでどこ行くんだ?エリス」
「このメンツだったらかなりの高難易度ダンジョンもいけるけど、行きたいとこある人?」
「『黄泉還る・屍者の・冥界樹』はどうです?クリスマスボスが出現するダンジョンと概ね似通った雑魚が出現するようなので、雑魚戦に慣れておくにはお勧めのエリアかと」
「おっ!情報通だねシラー。じゃあそこに行こうか。皆、準備が出来たら『双天都市ブレグ・エボナ』のエリアゲート前に集合ね!」

 涼宮ハルヒのノリでエリスが宣言し、皆は微笑や苦笑を浮かべながらゲームの準備を始めた。
 キャラクターの装備や、『鞄』に入っているアイテムを確認して足りないものを補充しつつ、頬杖をついたマニゴルドは隣に座っているシラーにボソッと話しかけた。

「それにしてもシラー、イベントボスのダンジョンに出てくる雑魚がどんな奴かなんて良く知ってんな。裏ルートでも使って調べたのかよ?」
「失敬だね、君は。『TheWorld』は3つの『ワード』を組み合わせることでマップや雑魚が形成されることくらい知ってるだろ?イベントボス出現ダン ジョンの『ワード』は公式で公開されているからね、大まかな傾向くらい見当がつくさ。って言うか、その程度の事前調査もしてないわけ?」
「うっせーな。何があるか分かんねーぶっつけ本番だから遊びは面白いんじゃねーか」
「なるほどね、その価値観は否定しないよ。それに、雑魚の傾向は僕の推測だから、外れた時はぶっつけ本番になるしね」
「何だその無責任発言」
「『ぶっつけ本番だから遊びは面白い』って、たった今君自身が言わなかったっけ?マニゴルド先輩」
「……………」

 一発殴ってやろうかこの野郎。
 マニゴルドがテーブルの下でこっそり拳を握った時、彼とシラーの間に悩ましげな曲線を描く身体が割り込んできた。神がかり的ナイスバディの主…タナトス の『彼女』でもある月と氷の女神ヘカーテは、ニンフが押しているワゴンから紅茶と茶菓子を取って二人の前に置きながら魅力的な笑みを見せた。

「二人とも、肝心なことを忘れていないか?これはゲーム、死んだところでクリック一つで即座に生き返るお気楽な遊びなんだ。ああだこうだと予想をするのも、その予想が盛大に外れて壊滅するのもまた楽しいものだろう?ゲームの外で喧嘩してもつまらんぞ」
「そりゃそーだ、ヘカーテ様の言う通りだな」
「え…って言うか、タナトス様の恋人でも有られるヘカーテ様にお茶を出して頂くなんて畏れ多い…」

 そのような事は僕が…と慌てて立ち上がりかけたシラーを、ヘカーテは妖艶な笑みを浮かべて制した。

「趣味の一環だ、気にするな。…しかしその姿勢は感心だ、お前達ふたりに褒美を取らそう」
「………?あ、有難き幸せに存じます」
「え、俺にも褒美くれんの?なになに?」
「ふふふふふふ…」

 妙に強引さを感じる流れに不思議そうな顔をするシラーと、何も疑問を感じていないらしいマニゴルドを交互に見て、ヘカーテは輝くような笑みを浮かべなが らワゴンのラックを探った。ラックの中から彼女自身のおっぱいマウスパッド(以前、エリスに提案されてノリノリで作った代物だ)を取り出したヘカーテは、 ドヤ顔でマニゴルドとシラーにひとつずつマウスパッドを渡した。
 …一体彼らがどんな反応をするか、神々と三巨頭が興味津々でさりげなく注目していると。
 マウスパッドをじーっと見つめながらふたりは微妙この上ない顔で同時に口を開いた。

「俺、どんな反応すれば良いんだ?笑えばいいのか?突っ込めばいいのか?」「僕、どんな反応すべきなんですか?『ヘカーテ様萌え〜〜』とかですか?」
「ほほう、キャラは全く違うが流石は同じ蟹と言う事か。見事なコメントのシンクロ率だな」
「笑えば、良いと思うよ…。…ぷぷっ」
「せっかくの名言をこんなところで使うんじゃねーよ、エリス。色々と笑えねーだろ」
「どこに笑えば良いんですか。突っ込みどころしかない上にどこから突っ込めばいいのか、そもそも突っ込んでいいのかすら分からないんですが」

 マウスパッドを持ったまま深刻な顔でコメントする蟹座コンビの姿に、ヘカーテはふんぞり返って言った。

「別に笑う必要も突っ込む必要もない。使えば良いのだ!」
「どうやってだよ、こんな邪魔くさいでっぱりがくっついたマウスパッド」
「手首の下に敷いたら逆に疲れそうですが」
「分かってないなぁ蟹座共。それは手首の下に置くのではなくて、疲れた時に揉んで癒されるものなんだぞ!!」
「「…あの、タナトス様」」

 ヘカーテが大威張りで言い放った言葉に、今度こそコメントに困った蟹座コンビがタナトスに救いを求める視線を向けると、死神は悟り切った目で静かに言葉を返した。

「考えるな。考えたら負けだ。俺も、ヘカーテ様がそれを作ると決意された時に考える事をやめた」
「「はぁ…」」
「ちなみにそのマウスパッドなんだけどな、冥闘士全員に配ったんだぜ。ま、概ね好評だったかな!」

 マニゴルドとシラーのなんともいえない顔に黙っていられなくなったアイアコスが楽しげに口を開いた。
 な!とラダマンティスとミーノスに話を振ると、ミーノスは微かに笑って、ラダマンティスは深刻な胃痛が起きたような顔で頷いた。

「嘆きの壁に呼び出されて、ヘカーテ様に『冥界復興に尽力してくれているお前達冥闘士に、私とエリスから慰労品のプレゼントだ』と言われ、オネイロス様に 『エリス様とヘカーテ様からの贈り物であって、ハーデス様タナトス様ヒュプノス様我々夢の四神は一切関知しておらぬ』とくどいほど念押しされて、一体何か と思いながら段ボールを開けたらそれが山のように入っていた時のあの衝撃は未だに忘れられん」
「一個でもかなりの衝撃だかんな…これが大量にあったらそら衝撃だろうな」
「オネイロス様の台詞を冥闘士のひとりひとりにきっちりと伝えながらマウスパッドを配ってもまだ余ってましたよねぇ。天馬星座達が冥界の視察に来た時に土産に渡して、聖域の皆にもどうかと勧めたのですが、丁重にお断りされてしまって」
「それはそうだろうね。きっと僕でも断るよ」
「飾って良し揉んでよし風呂やベッドでツボ押しマッサージに使って良しの優れ物なんだけどな。パッと見ネタグッズだったのがまずかったのかな?」
「パッと見と言うか…」
「じっくり見てもネタグッズだよね、これ。…あ、でも、神様を信仰する新しいツールとしてはアリなのかな」

 三巨頭と蟹座コンビがマウスパッドをボロクソに言う姿にヘカーテが急速にご機嫌を斜めにしていくのに気付いて、シラーが慌ててフォローの言葉を口にした。
 その言葉にハッとした三巨頭もわざとらしくフォローを始めた。

「ま、俺は有難く使ってるけどな!」
「私は神棚に祀ってますし」
「俺は金庫に入れている」
「要するに使ってないと言う事だろうが!!」
「えー?この手のもんはほれ、使う用、鑑賞用、保存用、布教用、予備用、見せびらかす用、拡大用…とかって幾つか持っておくのがデフォだろ?あんたら一個しか持ってねーのかよ」

 ニヤニヤしながらマニゴルドが言った言葉に三巨頭がうぐっと詰まった。
 冥界の神々に二個ずつ押し付け、冥闘士に配り、星矢達の土産にしてもまだ、ヘカーテのマウスパッドは幾つか余っていた。しかし二個以上貰いたい物ではなかったので、野郎どもはその『○○用』という名前を知ってはいたが黙っていたのだ。
 マニゴルドの突っ込みに冷や汗を流し始めた双子神と夢の四神と三巨頭の姿など鮮やかにスルーして、エリスはヘカーテに飛びきりの笑顔を見せた。

「じゃあさ、ヘカーテさん。マウスパッドがまだ余ってるなら、保存用なり鑑賞用なりで皆にもう一個ずつあげたら?」
「私も出来るならそうしたいんだがな、残りが12個なんだ。1個はサガにやるだろう?そうすると男連中は13人になるから2個足りないんだよなー」

 ネタ系マウスパッドの二個目三個目なんてこれっぽっちも欲しくないが、断るとヘカーテが機嫌を損ねて面倒だし…と内心で葛藤する男性陣を見ていたシラーが淡く笑んで片手を上げた。

「…………。じゃあ、僕が全部頂いて良いですか?」
「ん?」
「え、マジ?」
「本気かお前!」
「シラー…俺が言うのも何だが、無理はせずとも良いのだぞ?」
「無理なんてしてませんよ、タナトス様。残りが11個あるなら、黄金聖闘士仲間へのお土産にしようと思いまして。これを見せた時と用途を説明した時に彼らがどんな顔をするのかも気になりますしね」
「お前…野郎共はともかくパラドクスとかにそれ渡したら殴られるんじゃねーか?」
「ご心配なく。彼女の右ストレートも受け止められないほど僕は軟弱じゃないからね」

 シラーとマニゴルドの会話を聞いていたアイアコスが、何かを思いついたように二カッと笑うとビシッとマニゴルドを指差した。

「んじゃ青い方の蟹…カニゴルドだっけ。お前も同行して、マウスパッドを受け取った皆の写真撮って来てくれよ。ついでに写真にコメントも入れてくれ!」
「俺を『カニゴルド』って呼ぶのはお前で百万人目だよ!もう聞き飽きたよそのギャグは!」
「コメント付きの写真か。確かに我々が現在の黄金聖闘士の顔と名前をきちんと覚えるためには有効な手段かもしれん」
「そうですね。冥界三巨頭ともあろう者が、アテナの黄金に会った時に『どなたでしたっけ』などと尋ねては…良くても厭味、悪くすれば宣戦布告です。良い機会だから蟹座以外の皆さんの顔と名前くらい覚えておきましょう」
「じゃあ写真はメール添付で良いかな?メアドを教えてもらえればそこ宛てに送るけど」

 アイアコスとマニゴルドの漫才は華麗にスルーしたシラーが携帯を取り出すと、ミーノスも携帯を開いた。

「ええ、結構ですよ。…こちらが携帯のメアド、こちらがパソコンのメアド。それからこれがツイッターのアカウントです」
「あ、ツイッターやってるんだ。じゃあフォローしておくよ」
「ではフォローされ次第フォロバしますね」
「んじゃ俺も一応メアド教えておくか。いつまでも『カニゴルド』って呼ばれたくねーし」
「あれ?お前の名前って、カニゴルドじゃないのか?」
「素かよ!マジで素なのかよ!」
「すまん。こいつは本当にそういう奴なのだ」
「どうしてお前が謝るんだラダマンティス」
「何だかデジャヴだね…」

 ボケ突っ込みと軽口を交えながらメアドを交換する三巨頭と蟹座達を見て、エリスはクスッと笑ってタナトスを見た。

「さっきまでギスギスしてたのにうまいこと仲良くなったじゃん、あいつら。兄貴ってば、ここまで計算してヘカーテさんにあのマウスパッド持ってくるように勧めたの?」
「いいや?俺はただ、未だに冥界に残っているアレを年を越す前に無くしたかっただけだぞ」
「あっそ。じゃ、そういう事にしときましょ」

 どこまで本気で言っているのか分からない兄神の涼やかな笑みに、エリスはそれ以上突っ込まずに口を閉じた。
 仲良き事は美しきかな。
 争いの女神とて仲裁の女神の子だ。兄神やその主君の配下が無駄に諍い争う事は好まないのである。




 …そうこうしている間に用事を終わらせたサガが合流してクリスマス限定ボス討伐イベントが始まった。『甦ル最後ノ邪神・コルベニク』は想像以上の強敵だったが、総司令官タナトスの指示が常に適切だった事、ヒュプノスのフォローが完 璧だった事、サガとシラーとミーノスの状況分析が正確だった事、マニゴルドとアイアコスとラダマンティスがメンバーを上手く動かした事…諸々の要素がうまく噛み 合った事で、彼らは見事コルベニク討伐に成功したのだった。
 討伐イベント終了後はタナトス神殿で打ち上げパーティーを開催し、年末に開催される城戸沙織主宰の年越しパーティーでの再会を約束した彼らは、それぞれの場所に帰って行った。




 …その夜、そろそろ日付も変わる時間。
 現時点で唯一の『コルベニク討伐に成功した主催』であるタナトスは、手元のデータやメモを見ながらせっせとブログの更新作業をしていた。
 クリスマスイベントの初日だけあって、タナトス以外にもコルベニク討伐を企画したプレイヤーは複数いたらしい。だが、タナトス以外の討伐隊はコルベニクを倒せずに敗退していて、『一体どうやってあの強敵を倒したのか教えて欲しい』という要望が寄せられていたためだった。
 幸い、参加したメンバーが討伐風景をムービー撮影していたり、重要な指示を出した部分の会話ログを取っていたりしたのでどこで何をどうしたか思い出せずに困ると言う事はな かったが、何しろ量が量なので順番に並べて確認するだけで一苦労だ。なのだが、生来の世話好きの血が騒いだらしくタナトスはせっせと他のプレイヤーの為に情報を整理していた。
 誰かに頼りにされると必要以上に張り切りすぎる兄神を良く知るヒュプノスは、出来る範囲 で協力しようとデータの整理や確認を手伝っていたが、流石の眠りの神もそろそろ眠気が限界に達していた。
 ヒュプノスはデータをメモした紙をきちんと束ねて隣に座った兄神に目を向けた。

「タナトスよ、私はそろそろ眠りたいのだが」
「ああ、構わんぞ。ここまで付き合ってくれて感謝している、ゆっくり休むが良い」
「そうか。ならばお言葉に甘えて」

 兄の言葉にあっさりと立ち上がったヒュプノスは、寝室から掛け布を持ってくると兄の隣に座り直し、怪訝そうな顔をしているタナトスの膝を枕にする形で横たわった。

「おい、ヒュプノス」
「おやすみ、タナトス」
「ちょっと待て」

 文句を言われる前に寝てしまおう…そう思って目を閉じて掛け布をかぶった途端にはぐられた。
 抗議の意味を込めて目を開けると、タナトスは卓に置いたパソコンの電源を切り、束ねたメモを纏めて袋に詰め込んでいた。
 
「タナトス?お前も寝るのか?」
「いや、もう少しで終わるから片付けてしまおうと思う。だがヒュプノスよ、そんな恰好で椅子の上で眠っては風邪をひくぞ。寝室に移動するからそこで寝るが良い」
「…仰せの通りに、兄上」

 ヒュプノスがおどけて言うと、タナトスは嬉しそうに銀色の眼を細めた。
 …寝台の脇に引っ張ってきた卓の上にパソコンとデータとメモを並べると、タナトスは寝台の端に腰を降ろした。タナトスの寝間着を借りて着替えたヒュプノスは、兄の寝台に潜り込んで当たり前のようにタナトスの膝に頭を載せて金色の目を閉じた。

「では、今度こそおやすみ。タナトス」
「ああ」

 膝に掛かる心地よい重さに表情を和ませて、タナトスは弟神の柔らかな蜂蜜色の髪をそっと撫でた。
 おやすみ、ヒュプノス。

END

星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達


  SSの大部分を書いてから『あ!サガを出し忘れた!』と気付くという、とんでもなく間抜けなことをやっちまった後編です。気付いた時には遅かったと言うか、サガが入ると話を全部作り直す勢いになりそうだったので、『サガは遅刻』という事にしました。
 さて、現時点でSS公開してない設定とかとか…
・エリスとマニさんは飲み友達、合コン仲間です。二人が仲良く喋ってるのはこのためです。
・シラーさんはSS『溜息』後半で、エルミタージュ洋菓子店(ハーデスの妃ベルセフォネーの転生体・龍神秋乃が店長をしている店)でギャルソンのバイトを始めています。
・ミノさんがシラーさんを『ドジッ子』と言っているのは、シラーさんが黄泉比良坂で死にかけてたことへの厭味です。タナトスからシラーさんを受け取り、タ ナトスが聖域にシラーさんを返しに行く時に同行したのもミノさんなので、ミノさんとシラーさんはちょっと因縁があります。
・シラーさんはSS『拝謁』の6話目か7話目で冥界三巨頭に会い、そこで自己紹介します。けど、初対面ではお互いに印象最悪で、それをまだ引きずってます。
・マニさんは、地上に復活した時(SS『融合』33話)と、SS『感嘆』でエリシオンに来ています。なのでこれが3回目の訪問。
 
 SS本編に関して解説する事は特にないかな…と思います。ヘカーテ様のマウスパッド、まだ余ってたのか〜と笑って頂ければ。そして仲が良いのか悪いのか 分からない蟹座コンビは書いてて楽しかったです。話の大半を蟹コンビに持って行かれた感がありますが、最後は双子神でちょい甘めで。診断メーカーで、タナ トスは『デート』なのにヒュプは『寝る』という結果だったので、タナトスの膝枕でヒュプが寝ると言うオチにしました。