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神社の最寄りのコンビニは混雑している上に商品も売り切れているだろうと言う事で、買い出し四人組は神社から多少離れた住宅街のコンビニに向かった。日
本人離れした容姿の一行に店員や客が多少好奇心交じりの眼を向けたが、『ガイジンサン』の来店など珍しくもないらしくすぐに自分の用事に戻っていった。 …デザート担当のはずのマニゴルドは雑誌コーナーで足を止めて立ち読みを始め、日本のコンビニにはあまり縁の無いらしい玄武は興味深そうに店内を見て回っている。 ミーノスと連れだって飲み物のコーナーに来たシラーは、手袋を外してコートのポケットに入れ、温かい飲み物の棚で熱々に温められている缶コーヒーを手に取ってほっと息を吐いた。 「はぁ…あったかいねぇ。やっと生き返った気分だよ」 「聖闘士がこの程度の寒さで音を上げていてどうするんです。コキュートスの寒さは日本の冬の比ではありませんよ」 「コキュートス…って?」 「おや、御存知ないのですか?冥界の神に背いた者が堕とされる冥界の氷結地獄ですよ。アテナの聖闘士が死亡したら行く場所、と言った方がこの場合より正確でしょうか」 「え?ちょっと待って、僕は冥界の神様に背いた覚えはないけど。って言うかタナトス様に恭順を誓ってるけど。それでも死んで冥界に言ったらそのコキュートスに行かなきゃいけないの??」 「ふむ…現時点で『アテナの聖闘士が死んだらコキュートス行き』という冥界の方針に変更はありませんが、確かに最後の聖戦終結後にアテナの聖闘士になった 者は冥界の神に背いてはいませんね。その辺の事はどうするのか、コキュートスが復旧するまでにハーデス様に確認しておきましょう」 「よろしく頼むよ。いやもう本当に」 「フフッ…あなたはタナトス様に気にいられているのだからそんなに心配することは無いでしょう。それより今はお使いですよ。皆の御希望、覚えていますか?」 ミーノスが飲み物の棚を端から端まで見ながら尋ねると、シラーは持っていた缶コーヒーを戻して唇に指を当てて考える仕草になった。 「女性陣はカフェオレと紅茶の希望が多かったね。男性陣は…君の同僚以外はこれと言って希望を言ってなかったけど、ミルクと砂糖入りのコーヒーでいいのかなぁ」 「定番、微糖、超微糖にブラック…メーカーも味も色々ありますね。悩むのも面倒ですから全種類二本ずつ買っていきましょうか。好みに合う物がないと言われるより余る方がマシでしょう」 「そうだね。じゃあ先にカゴを取ってこようか」 「荷物持ちくらい一番下っ端の俺にやらせろよ、先輩」 どこか不機嫌そうな玄武の声とともに、シラーの前にコンビニのカゴがずいっと差し出された。 自分に向けられる天秤座の視線が全く好意的ではないのを見たミーノスは、面白そうに紫紺の眼をスッと細めて唇の端を持ち上げた。 「では飲み物はあなた達にお任せします。冥界の神様は案外B級グルメがお好きですから、私はチープなお菓子でも物色してきますよ」 「じゃあ会計の時に声をかけるよ。…さてと、紅茶とコーヒーはこれで良いけど、問題はコーンスープか」 「売り切れか?」 「いや、あるにはあるんだけどね…」 シラーは缶入りコーンスープを取って表示を眺め、少し考えてからコートのポケットから携帯を取り出して電話をかけ始めた。 「…あ、ハービンジャー?僕だけど。君に頼まれたコーンスープなんだけどね、粒入りタイプは売ってなくてクリームタイプしかないんだけどどうする?…お汁 粉?お汁粉はないなぁ…ぜんざいならあるけど。どこが違うんだ?って…そういう事は僕じゃなくて日本人に聞いてよ、そこに一杯いるだろ?で、ぜんざいで良 い?…OK、じゃあぜんざいを買っていくよ」 「シラー、お前…以前から思っていたが、ハービンジャーを甘やかしすぎじゃないか?」 シラーが携帯をポケットに戻すと、玄武が苦い顔で言った。 ハービンジャーのシラーに対する遠慮の無さは最早非常識のレベルだ。無断で巨蟹宮にズカズカ入って来るし、シラーの本やDVDを勝手に借りていくし、食 事時に押しかけて来ては図々しく食事を御馳走になっているし、挙句コーヒーや茶菓子まで要求している。シラーはあからさまに嫌な顔をしてガーガー文句を言 いつつも、何だかんだでハービンジャーの我儘を聞いてやっている。損得勘定と合理性とギブアンドテイク…というか売った恩は三割増しで取り立てるのが身上のシラーが、何故かハービンジャーに対し てだけは損得勘定抜きで付き合っているように見えるのだ。 それが玄武には面白くない。シラーと一番親しくしているのが無神経で無遠慮なハービンジャーというのがすこぶる面白くないのだった。 そうかな?と怪訝そうに小首を傾げるシラーに微かな苛立ちを感じつつ、玄武は言葉を続けた。 「甘やかしてると言うか…いくらなんでも寛容すぎるだろう。お前、ハービンジャーに何か弱みでも握られてるのか?」 「そうだねぇ…彼も僕の過去を知ってるし、君には話してないことも知ってるし、それを『弱みを握られてる』と定義すればそうなるかも知れないね」 「だからあいつの我儘を聞いてやってるのか?」 「え?」 玄武の問いにシラーはスティールブルーの眼を見開いて、直後、ぷっと吹き出した。屈託のない笑みを浮かべてひらひらと手を振った。 「ないない、それはないよ。僕の弱味を握ってることを理由に我儘言ってるんだったら、僕だってそれなりの対応をするからね」 「じゃあ何故」 「僕に対してあそこまで好き勝手言って好き放題やるのはハービンジャーくらいだし、僕も彼には遠慮なく言いたいこと言って好き勝手やってるから、お互い 様ってやつだよ。それに、彼には余計な神経を使わなくて良いから気楽だし。第三者から見れば奇異に映るだろうけど、これが僕達なりの友情って奴かな。… あ、僕がこんなこと言ってたなんてハービンジャーには言わないでね?絶対につけあがって面倒なことになるからさ」 「ああ…」 シラーの言葉に複雑な顔で返事をする玄武を横目で見ながらマニゴルドがデザートの棚の前に来ると、廉価版の菓子を幾つか持ったミーノスが隣にやってきた。マニゴルドの視界の隅で、冥界の優男は意味深な含み笑いを浮かべて視線をシラーと玄武に向けた。 「何やら人間関係が複雑なようですね、あなたの後輩達は」 「そっかぁ?ムク犬が牛とばっかじゃれあってるから、ワンコ好きのガキが『何で俺には懐かないんだ、もっと懐けよ』って不貞腐れてるだけじゃねーの?」 「フフ…公正であるべきアテナの天秤が大きく傾いているわけですか。それは些か問題ではありませんか?」 「聖域のお偉方が問題だって判断したら、童虎が出て来て傾いた天秤を叩き直すだろ。冥界のアンタが気にするこっちゃねーよ。…それから」 マニゴルドはそこで初めて視線をミーノスに向けて低い声で続けた。 「馬鹿でも変態でもシラーは蟹座の後輩だかんな。アンタがお友達として仲良くするのは構わねーが、妙なこと考えやがったら俺も先輩として黙ってないぜ」 「『妙なこと』?はて、何の事でしょうか。私は男性を相手に愛を囁く趣味は持ち合わせておりませんが」 「お約束のボケかましてんじゃねーよ。聖闘士の個人情報なんぞ覗き放題の部署にいるアンタのことだ、何もかも知ってんだろ?シラーの経歴も過去も素性も、あいつを『殺す』方法もよ」 「…シラーだったらこう言うのでしょうね。『失敬だね、君は。僕は友人のプライバシーを覗き見るような下賤な行為などしないよ』」 「そーかい。ならそういう事にしといてやるぜ」 飲み物を選び終わったシラーと玄武が近づいてくるのを見てマニゴルドは話を切り上げた。 そーいや何を頼まれたんだっけ…とデザートの棚を眺めながらマニゴルドが悩んでいると、隣に来たシラーが怪訝そうな顔で口を開いた。 「何を悩んでるの、先輩?ひょっとして、何を頼まれたか忘れちゃったとか?」 「うっせーな、プリンとソフトクリームは覚えてるよ!あとは…まぁ適当に買ってけばいいだろ。デザートなんて大体似たようなもんだしな」 「…………。女運ゼロのマニゴルド先輩。君さぁ、彼女の誕生日とか安請け合いした約束とかを忘れて、泣かれたり怒られたりしたことない?」 「んなぁっ!?何故それを!?」 「やっぱりね。あとさ、女の子に振られる時に『あなた、私のことそんなに好きじゃないんでしょ』って言われたことあるだろ?」 「ななななな何で分かるんだ!?」 「分かるよ。今の君の言動と行動を見るだけで容易に察しが付くよ。『どうでもいいところに気を使って肝心なところに気が利かない』とか『努力の方向性がズレてる』とかも言われたことあるんじゃないの」 「………………」 コイツ、実は超能力者で俺の記憶を読んでるんじゃねーのか? ズバズバと良い当てられたマニゴルドがかなり本気でそんな事を考えてシラーを見つめていると、美貌の後輩は心底呆れた溜息をついた。 「先輩さぁ、女性の甘い物や記念日や約束への執着心を軽く見過ぎ。自分からデザートの買い出しを申し出たのに、頼まれた物を忘れて戻ったりしたら大変だよ?」 「ど、どうなるんだ?」 「まず間違いなく『使えないダメ男』のレッテルを張られる。で、『こんなダメ男に友達を紹介なんて出来ない』と判断され、今後一切彼女達からは女性を紹介して もらえなくなる。合コンにも呼んでもらえなくなるかもね。先輩的にはあの女性陣の人脈を丸ごと失うのは相当な痛手じゃないの?」 「………………」 マニゴルドは数秒逡巡した。 このクソ生意気な後輩に頭を下げて頼み事をするなど先輩の沽券に関わる。が、シラーが女性の心を掴むのが上手いのは事実だし、神様に与えられた女運ゼロ人生をひっくり返したい状況で女神の加護を失うと言うのは確かに痛い。 マニゴルドは渋々シラーにお伺いを立てることにした。 「こりゃまた耳に痛い忠告だな。けど、そこまで言うって事はお前は俺を助けてくれる意思があるってことか?」 「先輩には借りがあるからね。お望みならばお手伝いするよ」 「俺とお前の間に貸し借りなんてあったか?…まぁ今はどうでもいいや、手伝ってくれるなら頼むわ。誰が何を頼んだか覚えてるか?」 「覚えてるけど、教えない。テストの答えだけを教えてもその場凌ぎにしかならないからね、答えの出し方を教えてあげるよ」 「はいはい、そりゃどーも」 …デザートの棚の前で話しこんでいる蟹座コンビを所在なげに玄武が眺めていると、そっと後ろから肩を突つかれた。背後に目を向けると、チープな菓子の袋を幾つか持ったミーノスがそっと玄武を手招きした。 三巨頭様が何の用だ?と思いながら彼の後について行くと、ミーノスはレジが見える棚の前で立ち止まった。 「何だ?」 「あなたにひとつアドバイスを…と思いましてね。勿論、余計なお節介だということは百も承知ですよ」 「だから何なんだ」 「皆の為にお使いを申し出た寒がりの先輩に温かい物…この季節はおでんが最適でしょうか…を差し入れすると、『なんて可愛い後輩なんだ!』と好感度急上昇 ですよ。仕事に忙殺されている時に部下から茶菓子を差し入れられると、普段は全く可愛くない部下への好感度が急上昇して可愛く思えてくる私が言うんだから 間違いありません」 「…………、…………」 何か言い返そうと思ったが言葉が浮かばない玄武が一端開いた口を複雑な顔で閉じると、ミーノスは得意気に続けた。 「少なくともあのガサツな…ああいえ、豪放磊落な牛さんでは出来ない心遣いと言えるでしょう。シラーのような繊細な人は豪快な人に自分にはない魅力を感じ て惹かれるものですが、だからと言って豪快で馬鹿正直な牛さん相手に同じ路線で立ち向かうのは無謀です。さりげなく気が利くツンデレ系可愛い後輩路線で攻めることをお勧めし ますよ。その際はあの素敵なお姉さんを味方につけておけば心強い味方になってくれるでしょう」 「…………。…シラーに温かい物を差し入れるというのは良いアイデアだ、温かい物を食えば腹から温まるからな。それに俺も、日本の冬の風物詩『オデン』には興味があったし一度食ってみたいと思っていたんだ」 「ではあなたが持っている飲み物は私が預かりますよ。おでんを買いにレジに行ったらそれも一緒に会計してしまうでしょう?シラーが引き受けた飲み物の代金まであなたが払っては先輩の立場がありませんからね」 「…お気遣い、痛み入る」 「いえいえ」 慇懃無礼に礼を言って玄武はカゴをミーノスに渡してレジに向かった。 一方その頃、デザートの棚の前では蟹座コンビが真剣な顔で話をしていた。他の客の邪魔にならないようにシラーは棚から一歩離 れたところに立っている上に二人はギリシア語で会話しているので、日本人から見た二人は何かの試験を受けている人とその監督官のような光景になっている。 マニゴルドは後ろに立っているシラーを見遣った。 「で、頼まれた物を忘れた時はどうすればいいんだ?」 「忘れた時は聞くしかないね。けど、馬鹿正直に『忘れました』と言うのはマズイから、誘導尋問でうまく答えを引き出す訳。とりあえず先輩はプリンとソフトクリームは覚えてるんだよね。じゃあまず、そこの棚を上から下まで見て、プリンと名のつく物を探して」 「へいへい。ええと…焼きプリン、とろけるプリン、プッチンプリン、プリンアラモード、抹茶プリンにチョコプリンにキャラメルプリン…ティラミスプリンな んてもんまでありやがる。どれにすればいいんだよ。そーいやティラミス欲しいって言ってる奴いたな。…って、ティラミスも定番と苺とプリンの三種類ある じゃねーか。何でコンビニの癖にこんなにデザートが充実してんだ?」 「それを口実にしてもう一度リクエストを聞くんだよ。『種類がたくさんあってどれが良いのか分からないから、皆の希望を具体的に教えて』って。 『具体的に』を強調してね。そうしたら向こうから答えを教えてくれるし、皆の話を聞いてるうちに思い出すこともあるだろう?最悪、どうしても思い出せな かったら、『アレコレ言 われてるうちに最後の一つを思い出せなくなっちゃった、ごめん、教えて!』って言っても大抵は赦してもらえる」 「…スゲーな、お前。よくそこまでスラスラと対策が出てくるな」 お世辞抜きでマニゴルドが感心すると、シラーはスッと視線を逸らして自嘲気味に呟いた。 「戦災孤児だった頃は生きる為に必死に女性のご機嫌を取ってたからね、その頃の経験とデータに基づく傾向と対策さ。全然威張れたことじゃないよ。むしろ女性の機嫌を取る癖が抜けない自分が嫌になることもあるくらいだ」 「何だよそれ。女性の機嫌を取ろうとして失敗しては振られまくってる俺に対する厭味か?お前は人の上に立つポジションにいるんだからよ、相手を怒らせずに 自分の失敗をフォローできるスキルを持っておくに越したこたねーだろ。『女心を知り尽くした僕様スゲー!!』くらいドヤ顔で言う豪胆さがなくてどーすん だ。『こんな小心者の上司について行って大丈夫か?』って部下が不安になるぞ」 「…………。女心を知り尽くした僕様スゲー」 「よーし、デザート買ったら表出ろ。一発ぶん殴ってやるからよ」 「ええー?何でそうなっちゃうのかなぁ」 どこか楽しげに困った顔をするシラーにニヤリと笑って見せて、マニゴルドは携帯を取り出してエリスに電話をかけた。 …漸くデザートが決まり、さて飲み物と一緒に会計をするかと周囲を見るとミーノスと玄武がいない。怪訝に思いながらレジまで行くと、レジの奥にあるイー トインスペースに陣取ったミーノスが片手を上げた。隣には玄武がいて、テーブルの上には封を開けた廉価版菓子と口の開いた缶コーヒー、そしておでんの容器が並んでいる。 「お二方、戻る前に温かいもので軽く腹ごしらえといきませんか?あ、このオデンは天秤座さんの差し入れですよ」 「え?玄武の?」 「何だよお前達、つまみ食いか?」 「皆のパシリを買って出てやったんだ、このくらいの役得があってもいいだろう。…ほら、さっさと買う物買って座れ。冷める物や溶ける物は後回しにしとけよ」 デザートだけを買った蟹座コンビが椅子に座ると、玄武が箸を差し出してミーノスが飲み物と菓子を差し出した。 有難くおでんを口に入れたシラーはほっと口を綻ばせた。 「あー…あったかいねぇ。ありがとね、玄武。すごく美味しいよ」 「そうか、良かった」 「妙に気が利くじゃねーか、玄武。お前がこんな気遣い出来る奴だったとは意外だぜ」 「まぁ、な…」 マニゴルドの言葉に玄武は複雑な顔でちらりとミーノスを見て、大根を口に押し込んだ。 おでんと廉価版菓子をつまみ食いした一行は、ソフトクリームと頼まれた中華まんを買って急ぎ足に神社に戻った。 合流の目印であるアテナとタナトスの小宇宙を探ると、どうやら皆は固まって一緒にいるらしい。四人が神々の小宇宙を辿っていくと、屋台が密集した場所に ある休憩スペースに皆が集まっていた。『只者ではないオーラ』をバリバリ放つ御一行様に遠慮したのか、彼らの周囲一定範囲には他の参拝客の姿はなくベンチ もところどころ空いていた。 買い出し組がまずアテナ達女性陣に飲み物とデザートを渡し、ヒュプノスとハーデスに飲み物と中華まんを渡しながらタナトスと冥界三巨頭の残り二人の姿を探していると背後から声をかけられた。 「お前達、丁度良いところに戻って来たではないか」 「タナトス様?」 「おや、アイアコスとラダマンティスも一緒ですか」 「おいおい、神様と冥界三巨頭様が炊き出しか?」 両手に蕎麦の器を持ったタナトスと、その後ろでやはり蕎麦の器を乗せた盆を持った三巨頭ふたりを見てマニゴルドは首を傾げた。 タナトスの両手が塞がっているので飲み物を渡すに渡せないシラーが袋を提げたまま突っ立っていると、タナトスは満面の笑みを浮かべてシラーとマニゴルドと玄武に蕎麦の器をずいっと差し出した。 「蕎麦屋の屋台を見つけたのでな、皆の分を買って来たのだ。買い出しに行って来たお前達には褒美としてエビテン入りの蕎麦をやろう!こちらのカキアゲ入りは他の聖闘士にやるがよいぞ」 「あ…ありがとうございます、御馳走さまです!あ、タナトス様も飲み物をどうぞ」 「へー、美味そうな蕎麦じゃねーか。そうだ、飲み物はちょいとぬるくなってるけどよ、一輝かガルーダの火であっためてもらえば問題ねーだろ」 「俺のボス微糖は…お、ちゃんと買ってきてくれたのか、サンキュー!じゃあこれ、礼のアメリカンドッグな!」 「アイアコス…マスタードとケチャップはかける前に好みを聞くべきでしょう」 「中華まんも多めに買って来た、良ければ食べてくれ」 「ああ、すまんな。有難く頂こう」 タナトスや冥界三巨頭と『物々交換』をして、ミーノスと別れて星矢達に飲み物と蕎麦と中華まんを渡したところで紙袋を持ったハービンジャーとパラドクスがやってきた。 「お、やっと戻ってきたか!鯛焼き買って来たから一緒に食おうぜ!」 「ここの椅子が空いてるから座りましょ。…それにしてもあなた達、皆にデザートや飲み物を渡してきたはずなのに逆に荷物が増えてない?」 「何か物々交換みたいな感じになってねぇ」 「まるでわらしべ長者だったな」 「そーだパラドクス、お前のリクエストのソフトクリーム渡しておくぜ。一応氷の小宇宙でコーティングしてもらってるけど、溶けないうちに食えよ」 「ありがとう、マニゴルド先輩。それにしても大荷物ね、シラー。どれか預かるわ」 「俺もその飲み物の袋貰うぜ。それが一番重いだろ」 レディーファーストとばかりに真っ先にベンチに座ったパラドクスがシラーの持っている中華まんを受け取ると、飲み物の袋を受け取ったハービンジャーはパラドクスの隣に どっかりと腰を降ろして早速缶入りぜんざいを飲み始めた。シラーは両手に蕎麦を持ったままハービンジャーの隣に座り、玄武はシラーの隣に腰を降ろし、マニゴルド は両手に持っていた蕎麦の片方をパラドクスに渡して玄武の隣に座った。 「その年越し蕎麦はタナトス様からの差し入れだぜ」 「あらっ。じゃあ有難く頂かなくちゃ」 「ハービンジャー、ぜんざい飲む前に蕎麦を受け取ってくれない?」 「おー、悪い悪い。両手が塞がってちゃ何もできねーよな…ってあれ?何で海老天蕎麦とかき揚げ蕎麦があるんだ?」 「買い出し組は褒美で海老天入りをやる、とタナトス神のお達しだ」 「僕はかき揚げの方が好きだからどっちでも好きな方を選んでいいよ。そのくらいのことでタナトス様がご機嫌損ねたりはなさらないだろうし」 「俺は海老の方が好きだが、タナトス様がお前にって用意してくれたんだろ?海老の方を貰うのは悪い気がするが、うーん…」 「どっちでもいいからさっさと食えよ、のびるぞ」 ずぞぞぞぞ…と蕎麦を啜りながらマニゴルドが御尤もなアドバイスをすると、真剣な顔で蕎麦を見比べたハービンジャーは海老天蕎麦を受け取って、海老天をシラーに差し出した。 目の前に海老天を差し出されたシラーは怪訝そうに小首を傾げた。 「何?」 「一口食え。それで色々と解決だ!あ、衣がいっぱいついてるからな、ちゃんと海老のとこまで齧れよ!」 「あはは、確かにそれで色々と解決だね。じゃあ僕のかき揚げを半分あげるよ」 かき揚げを切り分けて半分をハービンジャーに分けると、シラーは差し出しされた海老天を一口齧った。ハービンジャーは満足げに笑って残りの海老天を食べ始め、シラーは蕎麦を一口啜って嬉しそうに目を細めた。 「うわぁ、美味しいねぇ」 「愛しのタナトス様に賜ったと思うと美味しさもひとしお、かしら?」 「こんだけ寒けりゃカップ蕎麦でも美味いだろうよ」 「コンビニおでんもそうだが、日本のB級グルメは馬鹿に出来ないな」 「それにシラーは『それちょっと頂戴、こっちを半分あげるから』みたいな友達ごっこが好きだかんな。美味さ倍率更にドンだろ」 「ちょ、ハービンジャー。僕の発言を変に改変するのはやめてくれない?」 「いいじゃねーか、言わんとする事は伝わってるだろ?…ほれ、次は鯛焼きだ。頭の方をやるぜ!」 さっさと蕎麦を食べ終わったハービンジャーは、シラーがまだ蕎麦を食べているのはお構いなしで彼の口に半割の鯛焼きを押し込んだ。尻尾側の半分を一口で 平らげたハービンジャーは缶入りぜんざいを飲みながらアメリカンドッグを齧り、中華まんの袋を開けて肉まんを取り出した。見ているだけで胸焼けがしてきそう な食べ方である。 一方のシラーは漸く鯛焼きと蕎麦を食べ終わり、甘いのかしょっぱいのか判別がつかなくなった口の中をリセットするために烏龍茶を口に含んだ。その姿をち らりと見た玄武はハービンジャーが持っていた中華まんの袋を無言で受け取り、ピザまんを取り出すと半分に割って片方をシラーに差し出した。スティールブ ルーの眼をきょとんと瞬く彼に、照れくささを隠すようなぶっきらぼうな口調で言った。 「『それちょっと頂戴、こっちを半分あげるから』みたいな友達ごっこが好きなんだろう?」 「友達ごっこって言うか、世の中の普通の友達同士が普通にやってる事を普通にできるのがとても嬉しい、と言った方が正確かな。今までの僕の生活は普通じゃ なかったからね、こういう当たり前の『普通』がとても好ましいんだ。…と言う訳で、有難く頂くよ。これは『ピザまん』かい?」 「ああ。タナトス神がヒュプノス神を連れてコンビニに行った時、分け合って食べたのがコレなんだろう?」 「へぇ、博識だね」 「お前が朝から晩までタナトス様がタナトス様がと蘊蓄を垂れ流すから覚えてしまってな」 「玄武、ひょっとしてお前…」 二個目の中華まんを齧りながら、ハービンジャーはシラー越しに玄武をジト目で睨んだ。 「シラーの相方ポジを俺から奪おうって気じゃねぇだろうな?」 「…………。何の事だか」 「相方ポジ?」 「その点は心配いらねーよ、ハービンジャー」 玄武の持っている袋からあんまんを取り出して齧りつきながらマニゴルドが言った。 「お前とシラーは『高級食材コンビ』って芸名で女神様達にバッチリしっかり認識されてるからな。シラーの相方が玄武に変わることは有り得ねぇよ」 「そっか、なら安心だ!」 「何が安心なのさ?あと『芸名』って何、『芸名』って」 「ま、コンビがトリオになる可能性はあるけどな」 「可能性どころかほぼ確定よ、マニゴルド先輩。女神様達は『牛と蟹の高級食材を秤にかける天秤が仲間入りしてコンビがトリオになったわね』って話してたも の。ああ、それから、『天秤は天秤でも全然公平じゃなさそうだけど。高級和牛と沢蟹を乗せても蟹に傾きそうだし』とも言ってたわ」 ソフトクリームを食べながらパラドクスが満面の笑みで言った台詞を聞いたマニゴルドは、色々と複雑な感情のこもった目を後輩に向けた。 「良かったな、シラー。牛からは相方ポジは譲らねぇ宣言されるし、天秤は常にお前に傾くし、モテモテじゃねーか」 「棒読みでそんなこと言われても全然嬉しくないよ。それから、ハービンジャーに相方扱いされるのとか玄武が僕に気を使ってくれるのを『モテてる』と定義するのやめてくれる?何かさ、先輩の女運ゼロ運命が感染しそうで嫌なんだよね」 「ハァ?運命が感染するわけねーだろ、ウィルスじゃねーんだしよ」 「本当に?間違いない?断言できる?運命の女神様がそう言ってたの?先輩の運命が他の聖闘士の運命に影響を与えることは絶対に有り得ない、って?」 「いや、そこまでは…」 「……………」 微妙な顔を見合わせたシラーと玄武とハービンジャーが同時に立ち上ってスーッとパラドクスの後ろに隠れたので、マニゴルドは思わず眉を吊り上げて喚いた。 「ちょ、何だ何だお前ら!こんな時に限って妙なチームワークの良さ発揮しやがって!やっぱお前ら漫才トリオだ!『高級食材量り売りトリオ』って芸名でも名乗りやがれ!」 「高級食材量り売りトリオか…咄嗟に思いついたにしては上手い芸名だな。その機転を女絡みで発揮できればとっくに彼女の一人ぐらい捕まえてるんだろうに勿体ないな」 「マニゴルド先輩ってばネーミングセンスは卓越してるんだけど、他のセンスが絶望的なんだよねぇ」 「ほんと、イイ女ゲットには何の役にも立たねぇスキルばっか充実してんのな」 「あらあら、あなた達ったら。事実の指摘は時として人を傷つけるのよ?いくら本当の事とはいえストレートに言っちゃいけないわ、もう少し愛情込めてオブラートに包んで伝えないと…」 「うっせぇ!お前も十分ストレートだパラドクス!つーか野郎ども全員こっち来い、俺の女運ゼロ運命をうつしてやる!!」 「ええー?」 マジギレモードで詰め寄るマニゴルドのどす黒いオーラに驚いた野郎三人が本気で逃げる体勢に入った時。 …ゴーン……… 新しい年の訪れを告げる除夜の鐘が鳴り始めた。 …景気良く札の賽銭を投げたタナトスは、作法に則り大和の神に手を合わせた。 異国の神である自分が日本を頻繁に訪れては人々の信仰を集めるのを八百万の神々は文句も言わず許容してくれている。それに対する感謝の意を伝え、今年もあなた方の膝元に邪魔させて頂くのでよろしく頼むと挨拶をするためだ。 挨拶を終えて隣を見ると、冥界の神々やアテナも同様に真摯な顔で手を合わせていた。 その姿に淡く笑んで反対側の隣を見ると、マニゴルドとシラーの蟹座コンビがとてつもなく真剣に何かを祈願していて、他の聖闘士達がその真剣さに気押されつつ大和の神に祈る姿が見えた。 大和神への挨拶を終えたヒュプノスが面白そうな顔で彼らを見ながらタナトスに声をかけた。 「蟹座コンビは随分と真剣に祈っているな。マニゴルドは『女運ゼロ人生を変えて下さい』であろうが、シラーは何を祈っているのだろうな?」 「『新しい年も死なずに済みますように』ではないか?」 タナトスが冗談めかして言った言葉にヒュプノスはクスリと笑った。 「あの男は、ルコが『向こう三百年は冥界に来ないよう徹底的に』治療したのではないのか?」 「そう言えば俺はそう命じたがな、実行可能な命令であったかどうかは分からぬぞ」 「無責任なことを言うな、タナトス。お前の言葉を信じて、向こう三百年は絶対に死ぬことはないと高を括っていたシラーがうっかり死んで冥界に来たらどう責任を取るつもりだ?」 「その時は責任持って聖域に追い返すさ」 「何だ、その無責任な責任の取り方は」 「フフッ」 穏やかに微笑みながらの弟神の咎めを悪戯っぽい笑みで受け流したタナトスは、感慨深げな眼で皆を見遣った。冥界の神々とアテナと聖闘士達。この一年を共に過ごして来た彼ら。 「…ヒュプノスよ。正直言って、俺は驚いているのだ」 「ん?」 「去年…ああ、厳密には一昨年か…は、我々にとって大きな転機となった。眠りから醒め、聖戦が終わり、長らく探し続けていた冥妃様を見つけ、アテナや天馬星座らと 和解し、世界の死神達と出会い、コエンマやぼたんや魔界の妖怪達と交流が生まれ、そして幻想郷の八坂や洩矢との再会…色々な奴と出会い、世界が広がっ た。あの一年で出会うべき奴らとは出会い、我々の世界は広がり切ったと思っていた」 「…ああ」 「だがそうではなかった。新たな年が訪れた後には新たな出会いがあり、新たな世界が広がった」 「そうだな。一番大きかったのは異世界の我々との邂逅であろうが、まさかそれがきっかけでマニゴルドがこの時代に甦り、今の時代の黄金聖闘士達とこんなにも深く交流することになるとは…」 「本当に、一年前は夢にも思わなかったな」 「一年などほんの一瞬と思っていたが、我々が目覚めてからの一年という時は何と長く、そして充実している事か」 「故に、俺はこれから訪れる新たな一年も楽しみでならぬ。新たな誰か、新たな世界、新たな絆と出会えるやもしれぬからな」 銀と金の双子神が想いをこめて紡ぐ言葉は白く濁り夜の空に吸い込まれていく。 …時は廻る。 神々と人間の想いを繋ぎ、絆を結び、流れ、重なり、そして廻り続ける。 これからも、ずっと。 |