双子神・神話時代 …黎明…
EPISODE 4


 快適で居心地の悪い空の旅は数分で終わり、魔獣と魔竜は巨大な神殿の庭にふわりと降り立った。神々を降ろしたワイバーンは庭の一角に設えられた檻に大人しく入り、形ばかりの鍵をかけた銀の神は無言でオリンポス三兄弟を促し神殿の中に入った。


 
 ぎこちなく黙り込んだまま長い廊下を歩いていると、反対側から今彼らを先導しているはずの銀の神が現れた。
 オリンポス三兄弟が一瞬ぎょっとした時、銀の神は足を止めた。…近づいてくる『銀の神』をよくよく見ると、身を彩る色が金色だ。さらに良く見れば額の徴も六芒星だ。
 ああそうか、双子の兄弟なのか。そういえばニュクスの子供達に双子の神がいると聞いた事があるが、誰と誰だっけ?
 三兄弟がそんな事を考えていると、金色の神は彼らの前で足を止め怪訝そうな顔になった。貌の造りは全く同じなのに幾分柔らかい印象を受ける。
 金色の神の無言の問いに銀の神が口を開いた。

「彼らはクロノスの子息だそうだ。母上に会いにここまで来たらしい。ガイア伯母上の書状も持参している」
「なるほど。…ならばヘカトンケイルとキュクロプスも呼んで来なくてはなるまいな」

 金の神の言葉に銀の神は無言で頷き、それ以上は何も言わずに歩きだした。金の神もオリンポス三兄弟などもう視界に入っていない風にさっさと行ってしまった。
 ダメもとで来ては見たが本当にダメかもしれない…そんな微妙な気持ちで、三兄弟はひたすら無言で銀色の神の後ろをついて行った。
 …銀の神は大きな円卓が置かれた部屋に彼らを案内し、ここで待つようにと告げて部屋を出た。
 漸く緊張が解けた彼らはほっと息をつき、こそこそと囁きあった。

「夜の神々って、すっげー無愛想だな」
「仕方ない、彼らは我々大地の一族に好印象を持っていないのだから」
「だからって…ウラノスやクロノスと我々は全くの別物なのにな」
「それは今から分かってもらわねば」

 …待つ事数分。
 観音開きの豪華な扉が開き、彼らを案内してきた銀の神と途中で出会った金の神を先頭に、一族らしき神がぞろぞろと入ってきた。
 そしてその中でも特別偉大で慈愛に満ちた小宇宙を纏った女神が、オリンポス三兄弟の正面に腰を降ろした。彼女が夜の女神ニュクスに違いないと確信した彼らはきちんと背筋を伸ばして彼女の言葉を待った。

「遠いところをようこそおいで下さいました、ガイアの御孫子達」
「お目にかかれて光栄です、ニュクス様。私はゼウスと申します。こちらは兄のハーデスとポセイドン。あの、早速ですが、祖母から書状を預かって参りました」

 先ほど銀の神には渡せなかった書状を改めて取り出したが、手を伸ばしても卓の反対側にいるニュクスには届かない。届けるために立ち上がりかけた時、無造作に眼の前に手が差し出された。
 手の主は銀色の神を顎のあたりで切りそろえた紫色の眼の女神。少し迷ってゼウスが書状を渡すと、彼女は無造作にニュクスめがけて封筒を放り投げた…が、届かずに途中でパタリと落ちた。

「おい、エリス…」
「いいじゃん、兄貴が拾ってよ」
「………」

 エリスと呼ばれた女神をひと睨みした銀の神が書状を拾うとニュクスに差し出した。
 夜と仲裁の女神は丁寧な手つきで封を開け、中身に眼を通し、最後まで読み終わると書状を卓に置いた。
 早速口を開いたのは先ほど書状を放り投げたエリスだった。

「ガイア伯母様は、何て?」
「十年の長きにわたり続くティタノマキアを終結させるため、オリンポス陣営に力を貸してほしい…要約するとそういう事です」
「やっぱりね」

 オリンポス三兄弟はそっと夜の神々の様子を伺ったが、とても色よい返事を聞けそうな雰囲気ではない。
 ニュクスは卓の上で手を組んで真摯な眼差しをゼウス達に向けた。

「ゼウスと、おっしゃいましたね」
「はい」
「既にご存知の事と思いますが私は仲裁の女神。世界の覇権をかけて戦う陣営のいずれかに協力すると言う事はできません。仲裁者は常に中立であらねばならぬのです」
「…はい…」

 ある意味予想通りの答えだったが、落胆は隠しきれなかった。
 が、ニュクスの言葉には続きがあった。

「ですが私の子供達は…ヘカトンケイルやキュクロプスも含めて…仲裁者ではありません。私は我が一族の者が争う事は良しとしません。ですが『争わない事』を強要もしません」
「え…?」
「私の方針に抗ってまで戦う理由があるのなら、私はそれを咎めません」

 最後の言葉は子供達に向けられていた。
 ニュクスは柔らかな笑みを浮かべて椅子から立ち上がった。

「…ヘーメラーが帰ってきたようね、私は地上に夜を与えに行かなくては。…後はあなた達で十分に話し合って決めるのがいいわ」

 夜の女神は柔らかく言って部屋を出て行った。




 交渉次第で協力を取り付けられるかもしれない。
 僅かに光明が見えて来て、ゼウスは真剣な眼差しで身を乗り出して夜の一族を見つめた。

「改めて皆様にお願いしたい。どうか我々に協力して頂けませんか」

 …返事はない。
 夜の一族の沈黙は何と答えるか迷っていると言うより、誰かが口を開くのを待っている雰囲気だった。

「…クロノスの子息達よ」

 沈黙を破ったのは彼らを案内してきた銀色の神だった。
 言葉の続きを待つオリンポス三兄弟を焦らすように彼は椅子の背もたれに寄りかかりゆったりと腕を組んだ。

「夜の一族は遥かな昔に大地の一族と交流する事をやめた。途絶えた交流を復活させる意思は現時点の我々には無い」
「………」
「我々があなた方に出せるものは何もないが、何かを要求するつもりもない。我々は支配者の地位や権力に興味はない。家族で平和に暮らす、それ以上の事は望まぬ」

 やんわりと淡い言葉遣いだが、要するに『お前達のお家騒動に夜の一族を巻き込むな』と言っている訳だ。オリンポス勢勝利の暁には相応の地位を用意する、という交渉にも先回りされた形だ。
 やはり駄目か…。
 ゼウスは唇を噛んだ。
 これで話は終わり、という空気が流れかけた時、銀の神は言葉を続けた。

「夜の兄弟が個人的な事情によって起こした行動が結果的にオリンポス勢への協力になった場合も、今の話は心に留めておいてほしい」
「!?」

 オリンポス三兄弟だけでなく、夜の一族も驚いて顔を跳ね上げた。
 皆を代表する形で六芒星の神が口を開いた。

「今の言葉、我らが兄弟姉妹の誰かがティタノマキアに個人的事情で参戦する可能性がある、と言っているように聞こえたが」
「そのように解釈して構わぬ」
「…納得できる説明をしてもらおうか」

 金色の神のきつい眼差しを軽く受け流して、銀色の神は数瞬の沈黙をはさんで口を開いた。

「母上から固く口止めされていた故、ここだけの話として聞いてほしいのだが…。大地の一族と夜の一族は遥かな昔に交流を経ったと言ったが、ガイア伯母上はしばしばタルタロスを訪れていた」
「え?」
「何!?」
「そのような重要な事、何故私にまで黙っていたのだ!?」
「今言ったであろう、母上から固く口止めされていたと」
「………。叔母上の訪問の目的は」
「言わずとも分かるであろう?」

 皆の視線が異形の巨人に集まった。
 地母神ガイアが夫ウラノスとの間に最初に産まれた息子達…。
 ただ言葉を失い目を見開く彼らに銀の神は静かに言った。

「クロノスがクーデターを起こしてしばらく経った頃だ。地上の死者を冥界に送ってタルタロスに戻った俺は、魔物の群れに追われているガイア伯母上を見つけた」
「………」
「魔物を追い払って話を聞くと、『ウラノスの時代からニュクスと密かに手紙をやり取りして息子達の様子を聞いていたけれど、一目で良いから姿を見たいと 思って、どうしても我慢できなくて、いてもたってもいられなくて、気がついたらタルタロスの奈落にいた』と。ちょうど母上が地上から戻る時が近かったか ら、俺は伯母上と一緒にタルタロスの入口で母上を待ち、戻ってきた母上に事情を話した。…叔母上が『息子達』の様子をこっそり見に来るようになったのはそれがきっかけだった」

 巨人達のきつく握り締めた手が震えていた。
 銀の神は夜の女神に似た柔らかな色をその瞳に浮かべて言葉を続けた。

「我々はお前達を夜の一族だと、我々の弟だと思っている。その事実は揺るがぬ。しかし同時に、ガイア伯母上がお前達の母であること、叔母上がお前達を想い続け心を痛めてきたのもまた事実だ。その事実をどう受け止めるかはお前達次第だが、………」
「…だが?」
「これはあくまでも俺の個人的な意見だが…。お前達は何らかの形で母との関係とクロノスとの因縁に決着を…けじめをつけるべきではないかと、思う。守り切 れなくともお前達を愛してくれた母への恩返しと、我が身可愛さにお前達を切り捨てたあの男に復讐する機会は、これを逃せば二度とない。此度の戦がオリンポ ス側の勝利で終わるのは時間の問題だ、躊躇っていては機を逃す。…決断しろ、今すぐだ」
「今すぐなどと無茶を言うな。客人に茶を用意する間くらい考える時間をやっても良いだろう」

 半ば呆れたような溜息をついて金色の神が立ち上がり、卓に着いた夜の一族を見回した。

「我々は一旦席を外そう。今後の行方に興味がある者だけ戻ってくれば良かろう」
「…ヘカトンケイル、キュクロプス。長くは待たぬぞ」

 唇の端に薄く不満の色を浮かべながら、銀色の神は些か乱暴な仕草で椅子から立ち上がって真っ先に部屋を辞した。
 金色の神が優しい笑みを巨人達に向けて銀の神に続くと、他の神々も入ってきた時と同じようにぞろぞろと出て行き、部屋の中にはオリンポス三兄弟とヘカトンケイル、キュクロプス達が残った。


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星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達


 今 回はちょい短めの話になりました。夜の一族を代表した、タナトスの巨人達への思いやりや心遣いが表現できれば…と思って書きました。夜の皆はウラノスクロ ノスは本気で嫌ってますが、ガイアにはまぁやむを得ない事情があるからね…と多少は理解があります。前回、タナトスだけが(ヒュプノスも連れずに)ケルベ ロスとワイバーン連れてタルタロスを「散歩」してた理由はここで明かしてますが、ガイアがアポ無し訪問してるかもしれないので念のための見回りです。ちな みに4話目でガイアが言っていた「十年前に協力を打診しに行った時に断られた」時の話の相手はタナトスです。ガイア、ニュクス、タナトスの秘密の話 し合いの場で、ニュクスはタナトスに判断を任せ、タナトスがガイアの頼みを拒否したと言う設定があります。