双子神・神話時代 …黎明…
EPISODE 6


 ティタノマキアに勝利した神々は本拠地オリンポス山の一室に集まって車座になって座り、真剣この上ない顔で真ん中に座った女神メティスとオリンポス三兄弟を見つめていた。
 メティスの手には全く同じ大きさの玉が三つのっていて、それぞれに銀、青、黒の光を鈍く放っている。

「では皆様。この玉に仕掛けなど無き事、ご確認ください」

 知恵の女神はそう言って、集まった神々に玉を渡した。
 受け取った神々はその玉をこすったり光に翳したり小突いたりしながら仕掛けの有無を確認した。そして三つの玉がメティスと三兄弟以外の神々の手を経て 戻ってくると、彼女は黒い布袋に玉を入れてしっかりと口を紐で縛り、布をかけた壺の中に布袋を入れてオリンポス三兄弟の前に差し出した。

「どうぞお取り下さい」

 最初に長兄ハーデスが手を入れ、迷いもせず布袋をひとつ取って手の中に握りこんだ。次にポセイドンが散々迷ってひとつ取り、同様に布袋をきつく握り締めた。最後にゼウスが残った一つを取り、両手でそれを包み込んだ。
 メティスが三兄弟を見回して厳かな声で告げた。

「これまでに不正行為はございませんでしたね?では袋をお開け下さい。銀の球を引いた方は天界の、青の球を引いた方は海界の、黒の球を引いた方は冥界の王となります」

 ハーデスはあくまで淡々と、ポセイドンは大急ぎで、ゼウスはゆっくりと、袋の口を開けて玉を出した。
 長兄の手の上には黒い玉、次兄の手には青い玉、末弟の手には銀色の玉が転がり出た。
 ハーデスは複雑な眼でそれを眺め、ポセイドンはあからさまに悔しがり、ゼウスは薄く唇に笑みを乗せた。
 何もかも予定通りだ…。




 …ティタン神族をタルタロスに放り込んで勝利の祝宴を開いた神々は、ゼウスが三代目の大神となることを前提に、新たな王の治世をどのように始めるかの相談を始めた。
 が、話を始めるなりポセイドンが異を唱えた。

「俺やハーデス兄上だってクロノスを討つ事に大いに貢献したはずだろ?なんでゼウスが王になる事が話し合う前から決定してんだよ、不公平じゃないか」

 ゼウスが王になる事に何の疑問も持っていなかった神々がポセイドンの発言に眼を丸くすると、新王として推薦されたゼウスが即座に兄の発言を支持した。

「私もポセイドンの意見に同感だ。クロノスはひとりでウラノスを討ったから彼が新王になるのは妥当だったと思う。しかし我々は三人でクロノスを討った。私だけが王になるのは如何なものかと思う」
「お?分かってんじゃないかゼウス」

 ポセイドンの言葉にゼウスは人当たりの良い笑みを浮かべた。
 次兄が世界の覇権に対して野望を持っている事は戦の最中から気付いていたから、彼の発言は予想通り、むしろ自分の計画をスムーズに進めるためには歓迎すべきものだった。
 ゼウスはあくまでも真摯な態度で話を続けた。

「血を分けた親子兄弟で覇権を争うなど愚かしい事はもう終わりにしなければ。ですから私は、我々三兄弟が王になりひとりがひとつの世界を治める事を提案したい」
「へ?」
「それぞれが王に?」
「…それはつまり、天界、海界、冥界をお前達がそれぞれ治めるという意味なの?」
「そうです、お祖母様」
「ちょっと待てよゼウス。天界はともかく、海界は海の一族、冥界は夜の一族の縄張りだろ?今更大地の一族が王になんてなれるかよ。いやまぁ、海の一族はガ イアの子孫だし、オケアノスやテティスも実質オリンポス側だったから受け入れてくれなくもないだろうけど、冥界は…その、夜の皆は大地の一族にいい印象 持ってないし、難しくないか?」

 ポセイドンはモゴモゴと口ごもってヘカトンケイルとキュクロプスをチラッと見た。
 次兄があまりにも理想通りの反論をしてくれるので、ゼウスは込み上げる笑いを押さえるのが大変だった。
 笑いを必死に堪えるあまりに真面目な顔になってゼウスは答えた。

「確かに難しいだろう。しかし伯父上達が私達に力を貸してくれる時にこうおっしゃったではないか、『夜と大地の懸け橋になりたい』と。私達がそれに協力す ることに…いや、協力という言葉はおこがましいな、参加させてもらうことに、何の問題があろうか。夜の一族と交流し親交することに何か問題があるだろう か?」
「………」
「ウラノスとクロノスの行為に彼らが腹を立てるのは尤もだ。だが我々は彼らとは違う。こちらから心を開き歩み寄れば、あちらだって話も聞かずに追い返したりしないだろう。だって彼らは、伯父上自慢の大事な家族なのだから。…ですよね、伯父上?」
「その通りだ、ゼウスよ。良く分かっているではないか!」
「確かにお前達が話し合いに来た時は無愛想で嫌な連中に見えたかもしれないが、実際は全く持ってそんな事は無いぞ。彼らの自慢話を始めたら時間がいくらあっても足りないくらいだ」
「自慢話だけではない、面白い話や笑える失敗談もたくさんあるのだぞ」
「オッケーオッケー、夜の一族に認めてもらうのは難しいかもしれないけど前向きに頑張ればきっと向こうだって分かってくれるさ、ガンバローって事だな」

 ゼウスの話をざっくり明瞭に要約しつつ、放っておくとエンドレスで身内自慢を始める巨人達の話をうまく阻止したポセイドンは、更にゼウスを喜ばせるような質問をした。

「それは分かったけど、誰がどこに行くのをどうやって決めるんだ?立候補か?推薦か?話し合いか?多数決か?」
「いや、ここは恨みっこなしの公平な決め方…籤引きで決めたいと思う」
「籤ィ!?」
「そう、籤だ。イカサマや仕掛けがされていないか私達三兄弟以外の皆に確認してもらって籤を引き、各々が治める世界を決めるのだ。どうだろう?」
「私は異論はない」
「………。分かった、籤だな」

 ハーデスは悩む様子もなく、ポセイドンは散々悩んで、最終的に自分が天界の王になれる可能性が一番高いのは籤だと踏んだのだろう、胡散臭い目をしながら頷いた。
 兄ふたりの了解を得たゼウスは、実はもう準備をしておいたのだと言って、メティスに三つの玉を持って来させた…。




 ゼウスは手のうちにある銀色の球を弄びながら微かに含み笑った。
 彼が銀の玉を…天界の支配権を得るのは籤を引く前から決まっていた事だったから。
 ゼウスがメティスに用意させたのはただの石ではない。一定以上の強い小宇宙を注ぎ込むと、その注ぎ込まれた小宇宙に反応して本来の色とは全く違う色に染 まる特殊な石だった。籤引きが始まるまで三兄弟の誰も石に手を触れなかった事、不正を防止するため籤を引いたらしっかり握っている事…一見公平な籤引きの 為に提案したこれらの行為は全て、ゼウスが『平和的に』天界の王になるための布石だったのだ。
 天界を引けなかったのは悔しいが冥界を引くよりはマシ、籤引きの結果に文句は言えないし暫くは海で我慢するか…ポセイドンの複雑な表情の意味はそんなところだろう。
 ゼウスは思う。
 豪放磊落なポセイドンにせせこましい天界や閉塞的な冥界はそぐわない。雄大な海こそ彼に最も相応しい。きっと遠からぬ未来に兄は海の王になって良かったと思ってくれるだろう。
 そして権力に対する野望が希薄なハーデスにも天界は馴染むまい。もともと争い事など好まない穏やかな彼ならば、仲裁の女神の一族ともうまくやっていけるだろう…ヘカトンケイルやキュクロプス達と一緒に、大地と夜を繋いでくれれば言う事は無い。




 こうして三代目の天界の支配者、大神となったゼウスは、メティスやスティクスをはじめとする神々に手厚い褒賞を与え、名誉ある地位や役目を与えた。
 大地の一族の『人事』を一通り終えると、彼はティタノマキア勝利の決め手となった巨人達の元に向かった。
 …異形の巨人達が参戦した時に自軍の勝利を確信したゼウスは、自分が主神となることを前提に神々をどこにどう割り振るか考えていた。王になったは良いが結局惨めに王座を追われた父や祖父と同じ轍を踏まないために何を為すべきか。
 彼らの失脚の理由は我が子を蔑ろにした事だ。同時に我が子を奪われた妻の不興と反感を買ったまま放置していた事、夜の一族に嫌われ復讐の女神ネメシスに因果応報の種を蒔かれた事も大きな原因だったろう。
 ゼウスは思う。

(真に警戒すべきは、野望を持つポセイドンではなく一見無害な夜の一族…)

 ゼウスに忠誠を誓う気などさらさらなく、力で押さえつける口実も無く、富や権力と言う分かりやすい餌で釣る事も出来ず、強い絆で結束する神々。
 直接的な戦う力と言う意味ではオリンポス三兄弟に及ばないが、彼らの司る力は使い方によっては真正面から武力でぶつかり合うより厄介だし、ヘカトンケイル・キュクロプスの巨人達が心酔と言っていいほど彼らを慕っている事実は無視できなかった。
 そして祖母の大地母神ガイア。
 今のところは息子達の言葉に感動して隠居するなどと言っているが、彼女の巨人達に対する母の愛は執念のレベルに近い。ほとぼりが冷めた頃に『やっぱりあ の子達を世界の王に…』と言い出して反乱を企てる可能性も否定できない。祖母一人が騒いだところでどうとでもなるが、万が一、夜の一族が…実質的なリー ダーである死の神タナトスが…ガイアに協力する事を是と判断したら、巨人達は迷わず『大好きな兄』に従うだろう。
 ゼウスは思う。

(あのヘカトンケイルの桁外れの戦力にタルタロスの牢獄からティタン神族を出してきて加え、キュクロプスの高性能な武具で武装し、厄介な力を持つ夜の一族とガイア、そして彼女を慕う者が後ろ盾となったら…)

 用心深いゼウスは『万が一』の可能性も決して軽視しなかった。
 反乱を起こさせないために従属させることも潰す事も出来ないのなら、懐柔すればよい、というのが彼の結論だった。
 夜の一族の長兄タナトスが死を司る神と言うのもゼウスにとっては僥倖と言えた。死神ならば嫌でも冥王ハーデスと関わらねばならないし、親戚同士これからは仲よくしましょうと下手に出れば、向こうもあからさまに拒絶は出来まい。
 そして、大地と積極的に関わりたがらない夜の一族の動向を自然に探るためには巨人達の『協力』が不可欠だった。




 …タナトスに借りていた魔獣達と新冥王ハーデスを連れてタルタロスに戻る準備を進めていた巨人達は、怪訝そうな顔でゼウスを出迎えた。どうやら彼らはゼウスから褒美を貰うつもりが本気で全くなかったらしい。
 新たな王は苦笑を浮かべながら切り出した。

「伯父上達はクロノスに復讐しに来ただけでティタノマキアに参加した訳ではない…タテマエ上はそういう事になってますが、本当に『はいそうですか、ありが とう、さようなら』って訳にはいかないですよ。他の神の手前もありますし、形式的ではありますが報酬を受け取って頂けませんか」
「おお、そうか。それは気がきかなくてすまなかったな。…で、何をくれるのかな?」
「ぶっちゃけ報酬と言う名のお願いなのですが、ヘカトンケイルの伯父上達にはタルタロスに堕としたティタン神族を監視して頂きたいのです。彼らはクーデ ターを起こした我々を恨んでいるでしょう。傷を癒すまで相当な時間がかかるでしょうが、傷が癒えたその時は奪われた王座を奪い返しに来るかもしれません。 連中に不穏な動きが見えた時には私に知らせて下さるとありがたいのですが」

 ゼウスの言葉に無数の手と腕を持つ巨人達は手を顎に当て感心したようにしきりに頷いた。

「なるほど…我々がタルタロスに戻る口実としては上出来だな。よし、了解したぞ。確かに連中が暴れ出したら大変だ、夜の皆にも被害が及ぶかもしれん。我々が厳しく監視し、必要ならば実力で押さえてやろう」
「ありがとうございます。それと、キュクロプスの伯父上にも図々しいお願いがあるのですが」
「ん?」
「あなた方の鍛冶の腕に私は大変感動しました。あなた方さえよろしければ、地上に残って新たな品々を造って頂けないかと…」
「う、うーん…」

 一つ目巨人達は心底困った顔で考え込んだ。
 無理もない、ヘカトンケイル達と一緒にタルタロスの家族の元に帰る気満々だったのだから。
 ゼウスがじっと返答を待っていると、ヘカトンケイルが明るい笑顔で彼らの肩を叩いた。

「何を迷っている?戦は終わり我々はけじめをつけたのだ、ここは新たな大神の頼みを聞いて地上に留まれば良いではないか」
「そうそう。我々は大地と夜の懸け橋になるのだから、半分が大地に残るのは実に合理的だ。我々とハーデスが夜と親しくなり、お前達が大地と親しくなれば、夜と大地の交流はよりスムーズに進むだろう」
「我々が地上で、お前達は冥界で、か」
「その通りだ。戦は終わり、理不尽な王は消えたのだ。いつでも好きな時に行き来できるのだし、少しばかり離れたところに住んだ程度では我等の絆は揺るがぬ」
「…ふむ、確かに。では私達は、自慢できる立派な工房をこしらえてから皆を招待するとしよう」
「その時にはハーデスよ、夜の一族と一緒に我々の招待を受けられる程度には彼らと仲良くなっておくのだぞ」
「ど…努力します」
「大丈夫大丈夫、夜の一族は皆、気さくで良い連中だ。お前が心を開いて接すればすぐに快く受け入れてくれるさ」

 ヘカトンケイルはバシバシと甥の肩を叩き、ゼウスやキュクロプス達と固く握手を交わして。
 無数の手を何度も何度も振りながらタルタロスへと帰って行った。




 そして。




 先の先を見据える眼力と万が一をも軽視しない慎重さ、天才的な交渉術と適材適所の人員配置によって、ゼウスの治世は半永久的に続く事となる――


NEXT


星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達


  有名な、ティタノマキア終結後の籤引きの話です。ギリシア神話ではゼウスが籤にイカサマを仕掛けたかどうかはっきりしない(諸説ある?)のですが、当サイ トではゼウスがイカサマしたと言う設定で話を作りました。んで、知恵の女神メティスがゼウスとグルと言う前提で、いかに自然にさりげなく兄二人を海と冥界 に行かせるかを色々考えてこうなりました。最初は紙の籤を引くとリトマス試験紙のごとく小宇宙で色が変わる、とかにしようかと思ったのですが、オリンポス 三兄弟の強力な小宇宙で色が変わる特殊な石(しかも一度色が変わると変わった色のまま定着する)を使った、と言う展開にしました。
 あとはゼウスが夜の一族(特にタナトス)をどう認識しているかも紹介しておきたかったのでここで消化しました。