双子神・神話時代 …黎明…
EPISODE 7

 冥界、タルタロス。
 巨人達の帰還を待ちわびる夜の一族達の元に、新たな大神となったゼウスから通達が届いた。

『ハーデスが新たな冥界の王となったので取り急ぎお知らせ致します』

 …一族の神々は祝賀会の準備を中断して緊急家族会議を開いた……。




 最初に口を開いたのは一族の長姉、死の運命の女神ケールだった。彼女はゼウスの署名付きの紙をひらひらさせ苦虫を噛み潰したような顔で集まった皆を見回した。

「新しい大神になったゼウス君ってば、いきなりこーんなお茶目な連絡を寄越してくれやがったんだけど、どうしたものかしらね?」
「単なるお知らせだろう?無視すれば良いだろう」
「良いのか?ハーデスが冥王を名乗るのなら冥界にやってくるということだろうが」
「大地の一族が冥界に来るなんて…争いの種を持ち込むことにならないと良いけど…」
「勝手に来て勝手に王様名乗ればいーじゃん。あたしらに関わらなければ別に構わないわよ」
「冥王を名乗る神が冥界に来ると言う事は、我らが長兄である死の神タナトスは無関係ではいられんのだぞ。分かっているのかエリス?」
「それは…分かってるけどさ…。ったく何なのよ、私達に事前の相談も無しなんて!」
「…あのゼウスと言う男、予想以上に頭が切れるようだな」

 ヒュプノスがため息交じりに苦く吐きだした。

「冥界の管理運営に一切関わらなかったとはいえ、ウラノスやクロノスは冥界の王も兼ねていた。名前だけの王が実質的な王になったとは言え、形の上では王が交代しただけだ。ティタノマキアに関して中立を宣言した我々が王の交代に意見を言う事は出来ない」
「じゃーどうすんのよ。タナ兄に大地の一族に仕えろって言うの?先に言っとくけど私はぜーったい嫌だからね」
「嫌なのは俺だって同じだよ!だけどさ…」
「タナトス兄様までが冥王を無視したら、新たな王族の顔に泥を塗る事になるよね。そしたらあっちだって黙ってないよ、きっと」
「その前にこっちが黙っていられるか!」

 …家族会議は紛糾し、ああでもないこうでもないと意見が飛び交ったが皆が納得できる結論は出そうになかった。
 無理もない、とヒュプノスは思った。
 新たな冥王は受け入れ難い。一族の長兄が大地の一族に仕えるなど耐 え難い。しかし拒絶すれば大地との間に軋轢が生まれる。最悪の場合、大地の一族と夜の一族の戦にもなりかねない。それは避けねば、いや、誇りの為に兄を守 るために戦うべきだ…最早怒号に近い声が飛び交う中、ヒュプノスはそっと横目で隣に座っている兄を見た。
 普段なら真っ先に声を荒げて文句を言いそうなタナトスが、半ば目を閉じ一言も口を利かず、ただ黙って皆の意見を聞いているのだ。

「タナトスよ。お前は何も意見を言っていないようだが…思うところが何もないと言う訳ではあるまい?」

 ヒュプノスの発言で不意に場が静かになった。
 当事者である死の神が今まで何も発言しなかった事に今更ながらに気付いた兄弟姉妹が長兄に注目すると、タナトスはフンと鼻を鳴らした。

「全く…お前達は何を大騒ぎしているのだ。ハーデスが冥王を名乗って冥界に来るのなら、死を司る俺だけが奴に仕えれば済む話であろう」
「お前こそ何を聞いていたのだ?一族の長兄であるお前が大地の一族に仕えねばならぬから大騒ぎしているのではないか」
「要するに、俺が一族の長兄でなければ問題は無いのであろう?」
「それは…そうかも知れぬが、太古の昔に肉体を消滅させたモモス兄上に戻ってもらうなど不可能だし、産まれた順番は変えられぬぞ?」
「ヒュプノスよ、どうしてお前は物事を難しく考えるのだ。適当な理由を付けて俺一人を夜の一族から追放すれば済む話であろう」
「え………」

 当たり前のようにタナトスが言い放った言葉を一瞬理解できず、頭脳明晰なはずのヒュプノスは数秒の間ぽかんと口を開けて、そして。

「なっ…何を言っているのだ!寝言は寝てから言わぬかこの馬鹿兄貴!!」

 冷静で物静かと言われた眠りの神は卓を両手で叩いて椅子を蹴立てて立ち上がり、本気で兄を罵倒した。
 …弟の切れっぷりに眼を見開き絶句していたタナトスは、一瞬あっけにとられてから拳で卓を叩いて怒鳴り返した。

「馬鹿とは何だ、馬鹿とは!大体俺はちゃんと目覚めているぞ!」
「馬鹿でなければ大馬鹿だ!お前と言う奴は…根本的な問題を何も理解していないではないか!!」
「理解しているわ!俺一人切り捨てれば一族の誇りも守られるし大地と関わらずに済むのだぞ!一番安上がりで合理的な解決法だろうが!」
「なぁーーーにが安上がりだっちゅーの!兄貴切り捨ててめでたしめでたしなんて出来る訳ないでしょーが!ちっとも合理的じゃないわよ!大体兄貴、合理的って言葉の意味分かってんの!?」
「何だと!?」
「ちょっと落ち着いて!冷静になりなさい!一度口を閉じて、椅子に座りなさい!!」

 ヒュプノスとエリスだけでなく他の兄弟姉妹まで感情的に怒鳴り始めたので、滅多な事では大声を出さない母ニュクスが声を張り上げた。
 偉大な仲裁の女神の制止で夜の子供達は渋々口を噤み、立ち上がっていた者は椅子に腰を降ろしたが、何かきっかけがあればまたすぐに大喧嘩が始まりそうな雰囲気が漂っている。
 ニュクスはふうっと溜息をついて子供達を見回し、先ほどよりは落ち着いた声で努めて静かに口を開いた。

「もう一度言います。落ち着きなさい。落ち着いてこの書状をもう一度しっかり読みなさい。一体どこに、『死の神タナトスは冥王ハーデスの臣下となり仕えるように』と書いてありますか?」
「!………」
「書いてないでしょう?最初に誰か言っていましたが、これは単なる『取り急ぎのお知らせ』です。ハーデスが冥王となる、それ以上の事は何も書かれていません。書かれていない事をあれこれ勘ぐって兄弟で喧嘩してどうするのです」

 母の言葉はご尤も過ぎて、憶測で先走りヒートアップしすぎた事に気付いた夜の兄弟姉妹は気まずい顔を見合わせ口を噤んだ。
 皆の頭に上っていた血が降りて一応は落ち着いたのを見て、ニュクスは話を続けた。

「皆、新たな王となったゼウスもハーデスもクロノスと同じロクデナシのヒトデナシに違いないと言う前提で話をしていますが、では何故、そのロクデナシのヒ トデナシにヘカトンケイルとキュクロプスが協力する事を黙認したのです?彼らがゼウス達に協力すればオリンポス側が勝利し新たな体制が敷かれる事は予想で きたでしょう。冥界に正式な王が来るのが嫌ならば、冥界に大地の一族を寄越さないことを巨人達が彼らに協力する条件として提示すべきだった。違います か?」
「…だってさぁ」

 母の静かで厳しい言葉に皆が俯き黙り込んでいると、エリスが不満気に唇を尖らせた。

「タナ兄が『今の夜の一族に大地の一族と交流する意思は無い』って言ったから、向こうも自分達があたしらに嫌われてるってこと分かったと思ってたんだもん。つかさ、嫌われてるの分かってて何でハーデスは冥王になって冥界に来るのよ?」
「ひょっとしたら嫌われていることに気付いていないのかも知れないぞ」
「ちょ、どんだけ空気読めないのよ」
「ウラノスやクロノスには嫌われる理由があったが、自分には無いと思ってるとか」
「大地の一族ってだけで十分嫌われる要素なんだけど」
「だよなー」
「………。母上、皆」

 エリスの言葉を聞いて何か考え込んでいたタナトスが顔を上げた。
 普段は小難しく考える事などしない長兄が何かを考え込んだ時は、直後に爆弾発言が来るのがお約束だった。
 一体何を言い出すのかと緊張する一族を見回し、銀の神は真剣この上ない表情で告げた。

「俺はハーデスに仕えてみようと思う。仕えると言う言葉がまずいなら関わってみると言い換えても良い」

 …今度は誰も罵声も怒号も浴びせなかった。
 爆弾が投下される覚悟は出来ていたし、最初こそ爆弾発言でも最後まできちんと聞けばその内容に感心する事も多々あったからだ。
 とはいえタナトスは理路整然と自分の考えを伝えるのは不得手なので、そこをうまく聞きだすのは片割れヒュプノスの役目である。

「タナトスよ、今までの話の流れのどこをどうしたらそういう結論になるのだ?」
「皆の話を聞いているうちに気付いたのだが、確かに俺がハーデスを嫌う理由は無い。奴はヘカトンケイルやキュクロプスを恐れも疎みもしなかったからな」
「それは当り前だろう。彼らの力を借りに来たのだからあからさまに怯えたり疎んだりするはずがない。しかし彼は大地の一族だ、嫌う理由としては十分だと思うが」
「そうか?」
「………。違うとでも?」
「では聞くがなヒュプノス。一体何を持って大地の一族か否かを定義するのだ?ガイア伯母上の血筋と言うならヘカトンケイルやキュクロプスも大地の一族だ。巨人達を疎み蔑んだ事と言うならゼウスやハーデスは当てはまらぬぞ」
「………」

 虚を突かれたヒュプノスが言葉に詰まると、タナトスは他の兄弟達を見回した。
 誰も自分の発言に意見を言いそうにないのを見ると彼は言葉を続けた。

「エリスの言葉を聞いて俺は思ったのだ。大地の血筋と言うだけで嫌う事と、容姿が美しくないと言うだけで嫌う事とどこが違う?ウラノスやクロノスの血を引 いているだけでハーデスを嫌って拒否しようとする我々と、異形の姿をしていると言うだけでヘカトンケイルやキュクロプスを嫌って拒否したウラノスやクロノ スと、一体どこが違うのだ?中身に目を向けず外面だけで全てを判断するという点では我々もクロノス達も同類ではないのか?」

 長兄の言葉は夜の一族の盲点、矛盾を鋭く突いていた。
 確かにその通りだ、しかしその発言内容を受け入れるにはまだ抵抗がある…そんな表情で口を噤む兄弟姉妹をじっと見つめてタナトスは続けた。

「奴を冥王として認めるか否かを決めるのは、ハーデスがどんな奴か知ってからでも遅くないのではないか?向こうが覚悟を決めて腹を括って我々と関わろうとするのならば俺は真正面から受けて立つ。夜の一族の長兄が敵前逃走したなどと言われてはたまったものではないからな」
「まぁ…嫌われてるのを気付きながら冥界に来るなら、ハーデスは相当の覚悟を持った豪胆な奴だろうしね…それだけの大物なら一族の長兄が仕えても屈辱にはならない…かも、しれない、かなぁ…」

 エリスが渋々頷くと、長姉ケールが何かをふっ切ったように顔を上げた。
 
「タナトス。あんたの直感は時々ぶっ飛んでて私達の理解をはみ出してるけど、その直感を信じて行動して悪い結果になった事は今まで一度もないもんね。あん たが噂のハーデス君とオツキアイしたいなら私は反対しないでしばらくは見守ってあげる。だけど、あんたが変な方向に行きかけたり、そもそものハーデス君が 本気で空気の読めないお馬鹿さんだったりしたら、超がつくスパルタ教育でその根性叩き直してあげるからね」
「…仮にも冥王を名乗る者を自分色に染めようとは、流石は我が姉上」
「ちょ…変な誤解を招くような言い方しないでよ!大体私、そこまで年下好みじゃないからね!」

 わざとらしい真顔で冗談を言われて大真面目に赤くなる死の運命と死そのものの姉弟の姿にその場の雰囲気が漸く和んだ。
 ニュクスは柔らかく微笑んで、永い永い間ずっと心に秘めていた本音をそっと口にした。

「これをきっかけに大地と夜の溝が僅かでも埋まるといいわね。兄弟姉妹で仲よくしたいと思うのは私やエレボスも同じだから」
「………!」

 母の言葉に夜の神々はハッと息をのんだ。
 …そうだ。
 大地の一族だ夜の一族だと言ってきたが、大地ガイアと夜ニュクスもまた血を分けた姉妹なのだ。

 今更ながら当たり前の事実を思い出した夜闇の子供達は、長兄タナトスの直感が今度も的確であるようにと願った。


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星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達


 今シリーズ一・二を争う難産だった7話目です。正直書かずにすっ飛 ばそうかと思うほど難産でした。「双子神2012・後編」で双子神に『家族会議が紛糾した』ってセリフを言わせちゃったもんで、それが足かせになって唸 りっぱなしでした。それでもメゲずにがんばったのは、タナトスの見せ場(?)があったからです。
「大地の血筋と言うだけで嫌う事と、容姿が美しくないと言うだけで嫌う事とどこが違う?」←このセリフの為に頑張ったとも言えます。タナトスの直感と言うか、物事に対する視点がさりげに鋭いと言うか、そんな感じがうまく出せたでしょうか。