| ゼウスの通達を受けた夜の一族が、喧々囂々の家族会議を経て「とりあえずハーデス本人がどんな奴なのか見極めて対応を決めよう」と結論を出していたその頃、新冥王ハーデスは伯父のヘカトンケイルやタナトスから借りていた魔獣達と一緒にニュクスの館に向かっていた。 グリフォンの背に乗った彼は握り締めた紙に書かれた文章をぶつぶつと読んでいる。 「ヘカトンケイルの伯父上から話を伺ったのだ、夜の一族になれば、三度のおいしい食事におやつと昼寝がついて、すばらしい兄上や姉上が大勢出来て、一緒に遊んでもらえるし良い事も悪い事も教えてもらえて、しかもまっちぇ…痛っ!」 長台詞の途中で派手に舌を噛み、ハーデスは情けない顔で口を押さえた。 ティタノマキアの決戦に備えて散々グリフォンに乗っていたおかげで魔獣に乗る事にはかなり慣れたが、他の事に気を取られている時の思わぬ揺れに即座に対応するのはまだ無理だ。 うう…と呻く甥の姿を、無数の腕と眼を持つ巨人…ヘカトンケイルの三兄弟は微笑ましく見ている。 「あまり緊張するな、ハーデス。お前がうまく言えなくても我々がフォローしてやるから」 「そうそう。むしろ少々噛むくらいが可愛げがあって良いというものだ。あまりそつが無さ過ぎては弟らしく無い故な」 「そ…そうだろうか…。しかし伯父上、緊張するなと言うのは無理な相談だ」 ゼウスの仕組んだ籤引きで冥界の王となったハーデスは心底困った顔で伯父達の巨体を見上げた。 大地の一族は肉親同士で覇権を巡って散々争って、今まで夜の一族に冥界の管理を丸投げしていたのに、ある日突然冥王を名乗る青二才がやってくるのだ。こ んな馬鹿げた話があるだろうか。ふざけるなと一蹴されて(あの銀色の神は文字通り本当に蹴りを入れそうだ)叩き出されるかもしれない。 夜の一族は優しい連中だから、こちらから心を開いて飛び込めば受け入れてくれるさ、という伯父達の言葉を疑う訳ではないが、どうしても不安は拭えなかっ た。彼らに拒絶されたらどうしよう、一度地上に戻ってゼウスに相談しようか、それとも冥界に残って一人でも頑張る姿を見せれば夜の一族の皆も態度を和らげ てくれるだろうか…。 「着いたぞ、ハーデス」 伯父の声にハーデスはビクリと顔を上げた。 タルタロスの闇の中に荘厳にたたずむニュクスの館。彼らに協力要請に来た時も緊張したが、今日はその比ではない。グリフォンの背からぎこちない動きで降 りたものの緊張で足が震えている。右手と右足を同時に出しそうな動きで一歩踏み出すと、巨人の一人がひょいとハーデスを肩に担いだ。 「まぁそう急くな。先に我々が話をしてお前が話しやすい状況を作ってやるから」 「あああああありがとうござざざいます」 「はははは、では行くか」 ヘカトンケイル達が神殿の扉を叩いて帰還を告げると、重厚な扉がゆっくりと開いて淡い光が漏れ出した。 巨人達の帰還には気付いていたのだろう、夜の一族は入口のホールに全員集まっていた。 「叔母上、兄上、姉上。只今帰還致しました!」 「おかえりなさい」 「おかえりっ!お疲れさーん!」 「待ってたよー」 「お前達の勝利の証は確かに受け取ったぞ。受け取ったと言うか、落下地点にそのままにしてあるが。…ところで」 銀色の神、死の神タナトスは怪訝そうな顔で三人しかいない巨人達を見遣った。 「キュクロプス達はどうした?」 「色々と相談して、合意し納得の上で、彼らは鍛冶職人として大地に留まる事にした」 「………」 「皆、聞いてくれ。キュクロプス達と相談して我々は決めたのだ。大地から生まれた夜の一族として、我々は大地と夜を繋ぐ懸け橋になるのだと」 「ゼウスやポセイドンやハーデスと地上に向かう道すがら話をしてな、私達は自分が恥ずかしくなったのだ。こんな若造の彼らが自分の存在意義をかけて必死に戦っているのに、捨てられたと嘆き泣くばかりで、皆に甘えて何も行動を起こさなかった自分達の何と情けない事か」 「そして我々は気付いたのだ。大地と夜の間に溝を作ってしまったのは我々ではないか。ウラノスなど父ではない、クロノスなど弟ではない、我々は夜の一族な のだと言いながら、彼らに嫌われ疎まれる事を恐れ、関わることから逃げ出した弱さが本来は血縁である夜と大地を隔ててしまったのではないだろうか」 夜の一族は無言で巨人達の話に耳を傾けている。 「父神クロノスに抗う彼らの姿は、逃げずに立ち向かい戦う姿は、本当に眩しかったよ。羨ましくなるくらいにな」 「だから我々は、今まで眼を背け逃げ続けてきた『大地の血筋』と正面から向き合おうと思った。大地から生まれた自分を受け入れ、夜の一族として大地と関わり、我々が隔ててしまった夜と大地を繋ごうと思ったのだ」 「母上は我々が夜の一族になる事を赦してくれた。ゼウスもポセイドンもハーデスも、夜の一族と仲良くやっていくことに大賛成で、ぜひ協力したいと言ってくれている」 「そう言う訳で、キュクロプス達は大地側の窓口として地上に留まったのだ。立派な工房を作ったら招待してくれるそうだぞ」 「…とまぁ、長々とカッコイイ事を言ったが、要するにロクデナシのヒトデナシはいなくなったのだから、これからは親戚同士仲良くしましょうと、そう言う事でゼウス達と我々は意見が一致したのだ」 「素晴らしいわ」 ニュクスが喜びに眼を細め、優しい笑みを浮かべてぱちぱちと拍手をした。 「甘えん坊の子供だとばかり思っていたのに、あなた達ったらいつの間にそんな立派な大人になっていたの?嬉しいやら驚くやらで言葉が出ないわ、ああもう、どうしましょう」 「兄上や姉上やあなたやゼウスやポセイドンやハーデスや母上や…皆のおかげです、叔母上」 「ああそうだ、母上もそんなような事を言ってタナトスを褒めていましたよ」 「俺を?」 「『手のつけられないヤンチャ坊主だと思っていたタナトスも、ニュクスに何も言われなく ても自分の意見が言えるような大人になっていた』って」 「…それって褒めてんの?」 「買い被りすぎじゃない?」 「『ニュクスに何も言われなく ても自分の意見が言えるようになった手のつけられないヤンチャ坊主のタナトス』と言うのが正確だな」 「なるほど」 「納得するなお前達!」 「ところでさぁ、さっきからずーっと気になってたんだけど…あんたらが肩に担いでるその子も『親戚同士仲良くしましょうキャンペーン』の参加者なの?」 エリスの言葉で皆の注目が一気に集まって、ハーデスは一気に緊張した。 ガチガチにこわばるハーデスなどお構いなしに、そうだったそうだった…とヘカトンケイルは彼を地面に下ろしてずいっと前面に押し出した。 「エリス姉上に先に言われてしまったが、改めて紹介しよう。『親戚同士仲良くしましょうキャンペーン』実行委員のひとり、我々の甥っ子ハーデスだ。少々内気で口下手だが、素直でいい子だぞ。ちなみに肩書は冥王だ。ほら、挨拶」 「え…あ…その…た、只今伯父上達からご紹介に預かりました、諸々の成り行きで冥王となった、ハーデスです。改めて、よろしくお願いします。それで、ええと…ああ、そうだ」 ハーデスは懐を探って、夜の一族に協力要請に来た際に借りていた魔獣達の檻の鍵を懐から取り出した。 タナトスが一歩前に出て鍵束を受け取った。 「とても助かりました、ありがとう」 「…どう致しまして」 「………」 「………」 鍵束を受け取ったタナトスは無言無表情のままハーデスを見つめて次の言葉を待っている。 ハーデスは緊張でキリキリ痛む胃を無意識に押さえて、勇気を振り絞ってここに来る間散々練習した言葉を口にした。 「早速だが、あなた方にお願いしたい事があるのですが」 「…伺いましょう」 「私をあなた方の末の弟にしてほしい」 「………は?」 一体何を言い出すかと身構えていた夜の一族は、予想外の更に裏側を斜めに突き抜けたようなハーデスの言葉に驚いて眼を丸くした。 「ヘカトンケイルの伯父上から話を伺ったのです、夜の一族になれば、三度のおいしい食事におやつと昼寝がついて、すばらしい兄上や姉上が大勢出来て、一緒 に遊んでもらえるし良い事も悪い事も教えてもらえて、しかも末弟なら皆に可愛がってもらえる、と。話の成り行きで私は冥王となったが、冥界どころか世の中 の右も左も未だに知らぬ若輩者。頼りになる兄上姉上がいてくれるのならばこんなに心強い事はない。私は父や祖父のようにはなりたくない、だから皆様に正し い道に導いて欲しいと思っているのだ…です」 勢いで一気に用意していたセリフを噛まずに言い切ったハーデスはほっと安堵の息をつき、ヘカトンケイル達はぱちぱちと手を叩いた。 冥王を名乗る大地の一族の言葉に、夜の一族はただあんぐりと口を開け呆然としていたが。 「クッ…クククク…」 タナトスが肩を震わせ笑い出した。 「いや驚いた、まさかそう来るとはな…クククク…流石は冥王、我々の予想もしない先制攻撃だ。一族の末弟にしてくれ、か…ハハハハハ」 「え…あの…」 「潔く認めよう、 冥王ハーデスよ。俺の負けだ。ここまで見事に完敗したらいっそ清々しい」 「え?負け?」 戸惑うハーデスの前に死の神は歩み寄り、恭しく手を胸に当てると淀み無く自然な流れで膝を折りその足元に傅いて頭を垂れた。 その行動にハーデスは目を丸くした。 「死を司る神タナトス、只今よりあなたの臣下としてお仕えしましょう。どうぞ何なりとご命令を。我が主、冥王ハーデス様」 「え?いや、ちょっと待って、私があなたに頼んだのは一族に仲間入りさせて貰うことであって、臣下になって欲しいとか、そう言う事ではないので、だから…」 気の毒なほどうろたえてオロオロするハーデスの前に、傅く兄の隣に、ヒュプノスがすっと進み出て同じように膝を折って頭を垂れた。 「兄があなたを主と仰ぐなら私にとってもあなたは主。死を司る神の片割れ、眠りを司る神ヒュプノス、ただいまよりあなたの臣下となりましょう。どうぞ、ご命令を。あなたが我々に望む事を何なりとお申し付けください」 「あ、その、だから、色々な事を教えてほしい…うん、それだけ、それだけだ、だからそんなに畏まられると困る、本当に困る。お願いだ、せめて立ち上がって頂けないだろうか」 「…ふむ」 ハーデスに本気で頼まれて漸く双子神は立ち上がってしげしげと冥王を見つめた。 「王としての自覚もまだまだ、か…」 「自ら望んで王になった訳ではないのだ、無理もなかろう」 「ならばご命令通り、色々なことを教えて差し上げるのが我等のつとめか。…皆」 タナトスは事の次第を見守っていた兄弟姉妹を振り返った。 「聞いての通りだ。俺…とヒュプノスは今日から冥王の臣下となるが、構わぬな?」 「あなた達はもう子供ではないもの、自分の事は自分で決めれば良いわ」 「感謝する、母上」 「…ハーデス君」 「は、はい!?」 「夜の一族の長兄と次兄が臣下として仕えるんだからね。ショボイ冥王になったら許さないわよ。…だから」 ハーデスの前に進み出た長姉のケールは両手を腰に当てて軽く見下すような目線で続けた。 「私達がビシバシと厳しくあんたを教育していくけど、挫折しないでついてくる覚悟はある?」 「………。あります」 真摯な眼に強い決意を浮かべてハーデスが頷くと、ケールはにっこり笑った。 「よろしい。教育プログラムは私とヒュプノスあたりで数日中に組んでおくから、それまでに皆の顔と名前は覚えておくのよ。…それはそれとして」 「?」 「ヘカトンケイルとキュクロプスの凱旋祝賀会の準備をしてたんだけど、ハーデス君も参加する?」 「はい、喜んで」 「祝賀会か!ということは、ちゃんと冷たい飲み物とおやつを用意してくれているのだろうな!」 「あんた達が用意しろって言ったからね、ちゃーんと六人分用意したわよ」 「しまったな、キュクロプスの分が余ってしまう」 「心配無いっしょ、その分は冥王ハーデス様が責任持って引き受けてくれるだろーし」 「ど…努力します…」 巨人三人分の飲みのとおやつは一体どれだけの量なのか…エリスの冗談を大真面目に受け取って青ざめるハーデスの姿に、夜の一族から笑いが漏れた。 それは嘲笑などでは決してなく、彼を快く受け入れた優しい笑みだった。 |
| 星矢部屋 | 総合目次 | SS・2012時代 | SS・神話時代 | SS・蟹座達 |
| 7話に続いて難産だった8話です。詰まった時に話を引っ張ってくれ るエリスとケールには感謝感謝です。ヘカトンケイルの決意表明を頑張って書いたのに間違えて保存せずに消してしまって、ヘロヘロになりながら書きなおしま したが書きなおす前の方が良い文章だった気がします…。 |