双子神・神話時代 …冥妃…
EPISODE 10

 神でなければ凍死するのではないかと思うほど寒い部屋の中で、ヘラは文字通り頭から湯気を出してゼウスを責め立てていた。

「ですから!何度も申しあげているでしょう、あなたは美しい女と見ると見境なく手を出すからこういう面倒が起きるのです!」
「ま…待て待てヘラ。儂も何度も言っているであろう、ヘカーテ殿に不埒な真似などしておらぬぞ」
「嘘をおっしゃい!ヘカーテ様が悲鳴を上げてあなたの部屋から飛び出すなり、その場に居合わせた夜のご兄弟に助けを求めるのを大勢のニンフが見ていますのよ!」
「それは何かの間違いだ!誤解だ!…おお、丁度そこにご本人が来たではないか、きちんと話を聞いてくれ!」

 タナトスとヒュプノスの腕を両手で掴んで興味津々と言う顔で夫婦喧嘩を見物していたヘカーテは、ヘラが振り向いたので慌ててふたりの陰にさっと隠れて見せた。
 その彼女の姿にヘラはますます眉を吊り上げ夫に噛みついた。

「何が誤解ですか!お気の毒に、あんなに怖がっておいでではないの!」
「いや、それはお前が鬼の形相で睨んだから…」
「何ですってぇぇぇぇぇ!!??」

 ゼウスの言葉にヘラはますます逆上してヒステリックに喚き続け、ゼウスと話をしたいが声をかけるタイミングが見つからずに双子神が突っ立っていると。
 漸く意識を取り戻したらしいアレスがイケロスとパンタソスに支えられて部屋に入ってきた。

「おいオフクロ、お客様の前で夫婦喧嘩のお披露目なんてみっともないことやめろよ。結婚の女神の肩書きが泣くぜ?」
「!………」

 ヘラは息子の声にもう一度振り向き、じろりと夫を睨み、渋々と言った様子でゼウスの胸倉から手を離して長椅子に乱暴に腰を降ろした。
 漸く妻のヒステリーから解放されたゼウスはほうっと安堵の息をついて自分の椅子に座ると、皆に椅子を勧めた。

「えー、あー…ゴホッ。見苦しいところをお見せして申し訳ない。それで、その、ヘカーテ殿の件だが…」
「その話は揉めるだけなんだからやめとけよ。親父が誤解だ間違いだって主張したって無駄なんだからさっさと次に行こうぜ。本日の話題はデメテル叔母上の事だろ?何か自慢できるようなめぼしい進展はあったのかよ?」

 大神の言葉をアレスがバッサリと切り捨てて強引に話題を変えると、話題が変わった事はゼウスも有難かったらしく、息子の無礼を咎める事も無くううむと唸った。

「あ…いや…あの手この手で説得を試みたのだが、デメテルも頑固でなぁ…」
「そのセリフは聞き飽きたぜ」
「うぐ。…え、ええと、夜のご兄弟」
「はい」
「兄上やベルセフォネーはどんな様子だ?娘が地上に戻りたいと泣いたりとか、そんな娘に兄上が手を焼いたりとか、しておらぬか?」
「大神のお耳に入れるような事は、特に何も」
姫君は我々を気遣って下さり地上に帰りたいとは仰せになりません。故にハーデス様がお困りになる事もありません」

 双子神の返答は望むものとはほど遠かったらしく、ゼウスはますます困った顔になった。

「あー、では、その、母上は?」
「……?我々の母ニュクスの事でしょうか?」
「そうだ。大地の一族のゴタゴタにそなたらを巻き込む形になってしまっている故、ニュクス殿に迷惑をかけてはおらぬかと…」
「我々は冥王ハーデス様の臣下。主君のトラブルは我等のトラブルも同然。巻き込まれたなどと言う認識は有りませぬ。お心遣い、感謝いたします」
「此度の一件は母とは全く関係の無い事。大神がお心を砕く必要はございませぬ故、どうかお気になされぬよう」

 ゼウスの発言の意図を察した死と眠りの神は表情を動かすことなく淡々と冷ややかに言葉を吐きだした。
 取りつく島もないふたりの態度にひたすら唸るばかりのゼウスの姿に、アテナが口を開いた。

「お父様。そのおっしゃり方だと、お父様は今回の事件をニュクス様に仲裁してもらえないかって考えているのでは?と思えてしまうわよ」
「実際そう思ってんだろ。ベルを嫁にやる発言を取り消したくないから、ベルがゴネて伯父貴がベルを帰してくれないかなーとか、タナトスとヒュプノスが伯父貴を説得してくれないかなーとか、ニュクス様が出て来て話を丸く収めてくれないかなーとか、そんな甘っちょろい事をよ」
「………」
「そんな期待するだけ無駄だってことくらい、親父だって分かってんだろ?人間が死に絶えようが地上が何度滅びようが、親父が折れなきゃこの一件は収まら ねーよ。あんまりつまんねー意地張ってると、ここぞとばかりにポセイドン伯父貴がクーデター起こすんじゃねーの?状況が状況だ、『敵の敵は味方』とばかり にポセイドン側につく神も多いかも知れないしなぁ。ま、誰とは言わねーけどよ」

 歯に衣着せぬアレスがわざとらしく冥界の神々を見ながら口にした『クーデター』と言う単語にゼウスの顔色が変わった。
 ハーデスを始め冥界の神々は権力に対する野望は無い。それはつまり、大神がゼウスでもポセイドンでも彼らにとっては何も変わらないと言う事だ。海界と冥界が本気で手を組んでクーデターを起こしたら、いかな天帝ゼウスと言えど勝てる保証はどこにもない。
 額に汗を浮かべて黙り込んだゼウスに、ヘラはさっきよりは落ち着いた様子で声をかけた。

「此度の一件はあなたが折れるべきだとわたくしも思いますわ。元を糺せば、私と言う妃がいながらデメテル姉上に手を出したあなたの愚行がそもそもの原因で はありませんか!ご自身の蒔いた種が芽吹いただけ、正に因果応報。これ以上ニュクス様のご子息の手を煩わせるような真似をしては恥の上塗りですわ!」

 そこまで言うか。
 ゼウスの前妻テミスから正妃の座を奪い取ったアンタが言うか。
 …と、内心で突っ込みつつ、神々は神妙な顔でゼウスの言葉を待っていた。
 うぐぐぐぐ、と苦悶の呻きを漏らして、ゼウスはこれ以上ないほど深刻な顔で短い言葉を押しだした。

「しばらく、考える時間をくれぬか…」
「………。畏まりました」
「考える時間は今までたっぷりあっただろうに、まだ考えるのかよ」
「アレス!そんなこと言わないの!」
「はいはい、相変わらずアテナはお利口さんだな」
「…父もひとりで考えたいでしょうし、何よりここは寒いし、暖かい場所でお茶にしましょうよ」

 アルテミスの言葉で短い会談はお開きとなり、冥界とオリンポスの神々はぞろぞろとゼウスの部屋を辞して中庭へと向かった。




 …温かい飲み物を飲みながら雑談を交わした茶会がお開きになり、いつものように女神達がベルセフォネーに宛てた手紙を預かった冥界の神々がエリシオンに戻ったその日の夜。
 ハーデス神殿で仕事を終えた双子神を、ベルセフォネーの部屋から出て来た妹神エリスが呼びとめた。

「あ、兄貴達!丁度よかった、今呼びに行こうと思ってたんだ」
「何か用か?」
「一緒に夕飯食べない?ついでに見て欲しいものもあるしさ」
「見て欲しいもの?」
「ヘカーテ様の分厚ーい『お手紙』ってやつ!」

 ニヤリと笑ったエリスとは裏腹に、双子神は微妙な顔を見合わせた。
 オリンポスを訪ねた双子神が女神達の手紙を預かってくるのはもはやいつものことだったが、今回ヘカーテが『手紙』と称して彼らに託したものは、綴じていない日記帳か書物ではないのかと思うほど分厚い紙の束だった。
 思わず『これは読み物ですか?』と尋ねたタナトスに、美貌の女神はしばらく考えてからにっこりと笑って『うん、それは読み物だ。だからあなた達も読んでくれて構わんぞ。むしろ読んで感想を聞かせて欲しいくらいだ!』と答えていたが…。
 エリスの提案を断る理由も特になかったので、誘われるまま双子神が部屋に入ると、卓の上にヘカーテの手紙らしい紙を広げてベルセフォネーとネメシスが楽しげに話をしていた。
 …微笑ましい光景に双子神が目を細めると、ふたりに気付いたベルセフォネーが椅子を勧めつつ好奇心いっぱいの笑顔で口を開いた。

「ねぇねぇタナトスさん、ヒュプノスさん。ヘカーテさんってどんな方?」
「これはまたいきなりですね」
「我々にお尋ねにならずとも、当のご本人とお手紙をやり取りしておいでなのでしょう?」
「私はヘカーテさんって素敵なひとだって感じたし、アテナやアルテミスもそう言ってるんだけど、アレスやアポロンは『ちーっとも可愛くない!』って言ってるらしくて。だからあなた達の印象を聞きたいの」
「………」

 まあ確かに、アレスやアポロンの基準ではヘカーテは『可愛くない』だろう。ではお前達は可愛いと思うかと言われたら返答に詰まるが、双子神のヘカーテに 対する印象は概ね好意的だった。ゼウスがヘカーテに氷漬けにされた挙句、ヘラに締めあげられる展開は痛快だったと認めざるを得ない。
 少々魅力的過ぎる女神ゆえ気軽に交流するのは憚られるが、ヘカーテが男神だったらぜひ友達付き合いをしたいと思っただろう。
 …そんな事を考えながら、ふたりは言葉を選びつつベルセフォネーの質問に答えた。

「ヘカーテ様はどこを見れば良いのか分からぬほどお美しい女性です。ありきたりな言葉で表すなら『妖艶な美女』でしょうか。『可愛い乙女』という言葉が似合うタイプではないので、アレスやアポロンの言う事も間違いだとは言い切れないかと」
「そのお美しい外見とは裏腹に豪快でダイナミックな一面をお持ちで、そのギャップも魅力と言えましょう。頭の回転が速く機転が利いて、歯に衣着せず言いに くい事もズバッとストレートに発言なさいます。アレスやアポロンでは泣かされるか振り回されて終わりでしょうが、俺はそのストレートさも痛快だと感じまし たよ」
「アテナ様アルテミス様がすぐに仲良くなられたと言うのも納得できる魅力的な方ですよ。ヘカーテ様が男性だったら、我々も親しく交流したいと思いますから」
「そっか、ふたりともヘカーテさんには好印象を持っているのね。ねぇねぇ、それじゃ、もしもの話なんだけど」

 ベルセフォネーはますます目を輝かせて卓に身を乗り出した。

「ヘカーテさんに神殿の裏庭に呼び出されて、『好きです、付き合って下さい!』って言われたら何て答える?」
「はぁ?」

 全く予想していなかった質問にふたりは同時に間抜けな声を出し、顔を見合わせ、ニヤニヤ笑っているエリスと微妙な顔をしているネメシスを見て、一体何と答えるかとわくわくしているベルセフォネーを見た。
 …先に答えたのはタナトスだった。

「とりあえず返答は保留して、物陰にアレスかアポロンか、あるいはアテナ様かアルテミス様が隠れていないか探します」
「私は何があったのか事情をお尋ねして、協力できる事があれば出来る範囲で協力します」
「ええー?ふたりとも、ヘカーテさんに告白されても本気にしないの?悪戯か何かの罰ゲームだって考えるの?」
「当たり前でしょう。ヘカーテ様は大神ゼウスに重用され、オリンポス十二神に匹敵する偉大な神格を持つお方ですよ?」
「我々とは身分が違いすぎます。私達があの方の恋愛対象の合格ラインを越えられるなど、そんな自惚れは持っておりません」
「それがさぁ、あながち自惚れでも無いっぽいんだよねー。…と言う訳で、読んでみる?」

 意味深なニヤニヤ笑いを浮かべてエリスが差し出したのは、『ヘカーテ様の分厚ーいお手紙』だった。ヘカーテ自身も『読んで感想を聞かせてくれ』と言っていたから読んで構わないのだろうが、女神達の三者三様の反応は気になった。
 タナトスは胡散臭げな視線をエリスに向けた。

「随分と分厚いが、一体何が書かれているのだ?」
「ヘカーテさんの元彼紹介と恋愛体験談と恋愛観、あとは今後の方針かな。勿論キモは今後の方針だよっ!」
「………」

 タナトスとヒュプノスは無言で複雑な眼を見かわし、分厚い紙束にざっと目を通しながら(パラパラと見た感じ、エッセイとしては面白そうだった)今後の方針とやらが書いてある場所を探した。
 ふと『冥界』という単語を見つけて紙をめくるタナトスの手が止まった。横からヒュプノスも覗きこむ。

『…海の神はもう飽きたな。そう思って天界に目を向けて見たが、大神のお膝元にもかかわらずオリンポスの男連中はバカにガキにお調子者に色ボケに 不細工に呑んだくれと碌な奴がいない。残るは冥界だが、人格者で知られるハーデス殿は曲がりなりにも冥王様、アプローチするには少々ハードルが高い。なら ば冥王臣下の神はどんな奴なのか、ぜひ知りた いと思っている時に今回の結婚騒ぎだ。渡りに船とはまさにこの事。ちょっとお近づきになってみたら、双子神は予想以上にハイレベルなイイ男で俄然私は興味 を惹かれた。 色々あって初対面の時よりは打ち解けて来たが、向こうは私と一定の距離を置くように意識して行動している印象で、彼らと親密になってこいつらの素顔を知り たい という私の欲求は大きくなる一方だ。これと言った根拠は特にないが(強いて言えば女の勘だ)、こいつらと恋人付き合いしたら、今までに付き合ったどの男と 過ごすよりも楽しい日々を送れそうな気がする。なので、そろそろ本腰を入れてオトしにかかろうと思う。さーて、どんな手段で行こうかな?ヤンチャっぽい兄 貴と優等生タイプの弟君、どっちからアプローチしようか?考えるだけでワクワクしてくるなぁ、ウフフフフフフ☆』

 冥王臣下の双子神は眉間に皺を寄せてなんともいえない顔を見合わせ、目を輝かせるベルセフォネーとニヤニヤしているエリスと複雑な顔のネメシスを順番に見てもう一度顔を見合わせ、盛大に溜息をついた。

「まぁ、なるほどヘカーテ様らしいな、と言う感じだな」
「タナトスよ、ヘカーテ様はどこまで本気でその文章を書かれたのだろうな?」
「分からぬ。分からぬが、あの方は冗談にも全力投球する性質のようだからな…何らかの形で我々に絡んでくるおつもりであろう。…本腰を入れてな」
「そうなったら我々はどのように対処すれば良いのだ?冗談に大真面目に対応するのも大人気ないが、かと言って適当にあしらうのも…」
「考えるな、ヒュプノスよ」
「だが」
「ヘカーテ様が何か仕掛けて来たらどう対応しようか、などと真剣に考えたらあの方の思う壺だ。考えたら負けだと思え!」
「ちょ、おま…」
「タナ兄の発言って無茶苦茶なのに妙な説得力があるよねー」
「で、で!ヘカーテさんが本気だってことは分かったでしょう?分かったところでもう一度考えて!ヘカーテさんに告白されたら何て答える?」

 双子神の微妙な面持ちはお構いなしにベルセフォネーがさっきと同じ事を尋ねて来た。
 正直考えたくも答えたくもないのだが、適当にごまかすのも無理そうだ…と思ったタナトスは、ふと一計を案じた。

「ちょっとお待ちください、ベルセフォネー様。今気がつきましたが、さっきから貴女の質問に我々が答えてばかり。これは些か不公平ではありませぬか?」
「え…そ、そうかしら?」
「そうです。物事は交互に、順番に行わねばなりません。ですから今度は我々が質問してベルセフォネー様がお答えする番です」
「え?ん?あれ?」
「ではお尋ねします」

 何だか今ひとつ腑に落ちていない様子のベルセフォネーに、タナトスは反論の隙を与えず畳みかけた。

「ハーデス様に神殿の裏庭に呼び出されて、『好きです、結婚して下さい!』と言われたら貴女は何と答えますか?念のため申し上げますがハーデス様は本気で告白しています。悪戯でも罰ゲームでもない、という前提でお考えください」
「え…ええっ!?」
「さあ、お答えください。何とお返事されるのです?」
「え、え…ええと、ええとぉ…」

 ベルセフォネーは白い頬を真っ赤に染めてもじもじと考え込んだ。
 予想外のタナトスの反撃に驚いたせいで、ウヤムヤと誤魔化したり適当にはぐらかしたりと言う選択肢は浮かばなかったらしい。
 つまり。
 雑談の勢いに便乗したタナトスの質問に対する答えが、ベルセフォネーの本心と言う事になる。
 何食わぬ顔をしつつも固唾を飲んで返答を待つ双子神に気付くはずもなく、散々悩んでからベルセフォネーはぽそっと答えた。

「と、友達と相談して、あの、前向きに検討させて頂きたく…」
「………」
「っはぁ〜?何よその、どっかの政治家の答弁みたいな返事は?」
「無難すぎて反応に困るわ…」
「え、ええー?一生懸命真面目に考えたのにぃ〜」

 すかさず茶々を入れたエリスとネメシスに、ベルセフォネーは不満そうに唇を尖らせた。
 その言葉に笑顔を浮かべた双子神には気付かないまま、ベルセフォネーは女神達を軽く睨む真似をした。

「じゃああなた達だったら何て答えるの?ハーデス伯父様に告白されたら?」
「おととい来やがれ」
「イヤです」
「えー…………」

 エリスとネメシスが即答した言葉にベルセフォネーは目をまん丸くしてしばし絶句し、何で?何で!?と詰め寄った。

「断るの?速攻で?バッサリと?」
「あったりまえじゃない。だって私、ハーデス様はタイプじゃないもーん」
「私もタイプじゃないわね。それにあの人ニブいから、お断りするにしてもきっぱりはっきり言わないと分からないでしょ?」
「え、でも、だからって、えぇー…」
「ぷっ。…くっ、あは、あはははははは!!」

 しれっと真顔で失礼極まりない事を言う妹神と、ふたりの態度に唖然とするベルセフォネーを前に、双子神は堪え切れず腹を抱えて笑い出した。
 それは勿論、彼女達のやり取りが愉快だったからでもあるが、それよりも何よりも、ベルセフォネーが『ハーデスのプロポーズを前向きに考える』と答えたことが嬉しくてたまらなかったのだ。

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星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達


 書きたい事を全部詰め込むと半端なく長くなってしまうので、『無駄を省いて短く、短く』を意識して書いた13話です。
 サクサク話を進めるために、ゼウスに遠慮なくズバズバ突っ込む役目はアレスにやってもらいました。バカバカ言われてるけど、劣等感から必要以上に馬鹿息 子を演じてるだけであって実は頭は悪くないんだよ、という演出も兼ねています。で、12話でヘカーテが『ゼウスの歯切れが悪かった』と言っていますが、彼 が考えていた事はアレスが突っ込んだ内容とほぼイコールです。自分の面子を潰さずに他の誰かがうまく問題を解決してくれないかなー、と都合のいい事を考え てた、と。
 んで、ヘラですが。彼女は夜の女神ニュクスに他の神々よりも強い敬意と憧れの気持ちを持ち、彼女の子供である双子神やネメシスにも一目置いています。 ニュクスはギリシアの神々の中で初めて結婚をした神なので、結婚の神ヘラにとってニュクスは特別な存在だから…という裏設定があります。
 ゼウスとの会談後の茶会のシーンも入れようかと思ったのですが、また長くなりそうだったのでばっさりカット。没にした会話部分の一部は解説の最後に入れておきます。
 後半部分は、エリスやネメシスとタメ口で会話したり、双子神にも余り敬語を使わなくなったり、冥界の神々とすっかり打ち解けたベルセフォネーの姿を入れ てみました。作中でうまく説明できなかったのですが、恋愛と無縁だった少女が(ヘカーテに少なからず影響を受けて)恋愛に興味を持つようになっている…と いうことを表現したかったのですが、伝わったでしょうか。
 ちなみに、ヘカーテが手紙でばっさり切り捨てたオリンポスの男神ですが。『バカにガキにお調子者に色ボケに 不細工に呑んだくれ』は、アレス、アポロン、ヘルメス、ゼウス、ヘパイストス、デュオニュソスです。ちなみにヘカーテの元彼のひとりに、海の神トリトン(ポセイドンと正妻アンフィトリテの息子)がいるそうです。
 エリスとネメシスが即座に茶化したのは、自分の正直な気持ちを吐露した事をベルセフォネーに気付かせないためです。
 そしてハーデスに対する気持ちも変化と言うか、漠然としていたものが少しずつはっきりしてきた感じを出したいと思って頑張りました。『最初は反発して大 嫌いだったはずなのに、いつの間にか大好きになっていた』という流れはリヴァのブルーとユイリィを意識してました。この辺のベルセフォネーの心境の過程に ついては14話以降で補足と言うか補強と言うか説明と言うか、していきたい所存。

 以下、没にした茶会シーンの会話です。

 アテナとアルテミスの手紙を受け取ったタナトスは、ヘカーテの差し出した分厚い紙の束に差し出しかけた手を止めた。

「………」
「何だ、そのもの言いたげな顔は」
「これは…手紙、ですか?読み物では?」

 ヘカーテが得意げな顔でずいと差し出した紙の束を受け取ったタナトスが真顔で尋ねた。
 一般的な認識で『手紙』と言えば、数枚の便箋に文章を書き綴ったものを指すのではないか。文章を綴った便箋が数十枚あったら、それはもはや手紙ではなく綴じていない日記帳か書物ではないのか。
 死の神の素朴な疑問に美貌の女神は小首を傾げた。

「読み物か。言い得て妙だな。…うん、それは読み物だ。だからあなた達も読んでくれて構わんぞ。むしろ読んで感想を聞かせて欲しいくらいだ。ちなみにアテナとアルテミスには好評だった!」
「はぁ…」
「俺とアポロンには不評だったけどな。あ、あとヘルメスはすっげー微妙な苦笑い浮かべてた」
「………。では、ベルセフォネー様が了解されましたら拝読させて頂きます」

 …屈託の無い笑みを浮かべる女神達と微妙な顔の軍神に別れを告げて、冥界の神々はオリンポスを辞した。