| 双子神がオリンポスから戻り、ヘカーテの手紙を肴に冥界の神々とベルセフォネーが夕食を共に過ごした、その数日後。 ベルセフォネーは死の神タナトスと魔犬ケルベロスを供にエリシオンの花園で時を過ごしていた。 魔犬に背を預けて半ば目を閉じている死の神の傍らで、乙女は白い花を摘んでは丁寧に束ねて花冠を編んでいた。一輪摘むたびに全体のバランスをじっくりと考え、色を付けて冠に編み込む。 赤やピンクやオレンジの明るい色で彩った花の冠を編み上げたベルセフォネーは、タナトスの髪に花冠をそっと被せた。銀の髪に漆黒のローブという色彩に乏しい死の神に、華やかな色合いの花冠は良く似合う。 頭に何か載せられた気配に気付いたのか、目を開けたタナトスは花冠に手を触れて複雑な顔でベルセフォネーを見た。 無言のままにっこりと笑って『せっかく作ったんだからいきなり取っちゃダメ』と無言で圧力をかけると、死の神は微妙な顔で花冠に伸ばしかけた手を降ろした。 ベルセフォネーは満足げに微笑んで、ヒュプノス用の冠を編むための花を摘み始めた。 「ねぇタナトスさん。こんなこと聞くのも今更なんだけど」 「何でしょう?」 「どうしてエリシオンの花には色も名前も無いの?」 「…以前お話ししたかと思いますが、このエリシオンも含めた冥府はハーデス様がエレボスの闇にお造りになったもの。故に、エリシオンの花園を造ったのもハーデス様です」 「………?花に色も名前もつけないのがハーデス伯父様のお考えだったの?」 「センスの無い色や名前を付けて皆から盛大に突っ込まれるくらいなら無色無名のままでよかろう、と仰せで」 「ああ、そう言う理由だったのね」 タナトスの返答にベルセフォネーはクスリと笑い、咲き乱れる白い名も無き花を見回してタナトスを見遣った。 「じゃあ、私が色と名前をつけましょうか?」 「………」 ベルセフォネーの提案にタナトスは口を開きかけ、何かを考えるような表情で口を噤んだ。 少々期待外れの反応に花の女神は落胆を顔に出さないよう気を付けながら尋ねた。 「あ…冥府の皆は白い花が好きだったのかしら?」 「いえ、そうではなく…、………」 「?」 「愛する女性はここから去ってしまうのに、彼女がここに存在した証だけは残っている…その事実がハーデス様にとって良い事なのか否か、判断が出来なかったもので」 「………」 死の神の静かな言葉にベルセフォネーは花を摘む手を思わず止めて、その端正な横顔を見つめた。 西風が吹き抜けて白い花と神々の髪を揺らす。 …ベルセフォネーは視線を花に落として努めて明るく言った。 「その言い方だと、あなたはまるで私と伯父様は結婚しないと思っているように聞こえるわ」 「…だってあなたはハーデス様を愛していないのでしょう?ハーデス様を愛していない女性に、ハーデス様と結婚してくれなどと無理は言えませぬ」 「それは…分かるけど…」 タナトスは銀色の眼をベルセフォネーから逸らして独り言のように呟いた。 「愛してもいない相手と結婚して、それでも愛情が芽生えれば良いですが、愛する事が出来なかったら…きっと、あなたもハーデス様も不幸になりましょう。我々は悲しむハーデス様のお姿はもう見たくないのです」 「…『もう』見たくない?…えっと…じゃあ、伯父様は不幸な結婚をなさったことがあるの?」 恐らく何気なくであろう、タナトスがポツリと呟いた言葉にベルセフォネーの心は自分でも驚くほど波立った。 彼女の父ゼウスもヘラの前にふたりの妻がいた。ゼウスの兄ハーデスにかつて妻がいたといしても決しておかしな話ではない、頭ではそう思いながらも不穏にざわめく心を抑えてタナトスに尋ねると、死の神は首を横に振ってベルセフォネーの言葉を否定した。 「結婚をなさった事は有りませぬ。ただ、愛するひとを亡くした事があるだけです」 「亡くなった?…ということは、伯父様が愛したその方は神ではなかったの?」 「…ニンフでした」 短く言ってタナトスは口を噤んだ。 ベルセフォネーから逸らした死神の視線の先には白ポプラの木があった。 名もなき花が咲き乱れるエリシオンで唯一、名前を持った植物…。 タナトスのローブの袖を無言で引いて説明を求めると、銀の神は余り気が進まない様子ながら重い口を開いた。 「ハーデス様がお心を寄せていた者の名はレウケー。肌の白い美しいニンフでした」 「………」 「臣下の我々でさえ、ハーデス様がレウケーに恋をしている事は気付きませんでした。レウケーの寿命が尽きた時、彼女の亡骸を抱きしめて泣いているハーデス 様のお姿を見て初めて、あの方が彼女を想っていた事を知ったのです。恐らくハーデス様ご自身も、彼女を亡くした時にご自身の恋心に気付いたのでしょう」 「………。伯父様は冥王なのでしょう?その、レウケーさんを好きなら蘇らせるという方法もあったんじゃ…」 「我々も一度は提案しました。しかしハーデス様は、死者を蘇らせてはならぬと言う神々の掟を冥王自らが破るわけにはいかないと仰せになって…しかしこのまま彼女が消えてしまうのは余りに忍びないと、レウケーを白ポプラに変えられたのです」 「………」 エリシオンでただひとつ名前を持つ白ポプラの木は、冥王が愛したニンフの化身だったのか。 ベルセフォネーは複雑に沈黙して白い花を無造作に摘んだ。 …胸がざわめく。 エリシオンに攫われて来た日にハーデスに愛していると言われた時とは全く異質の、ざらついた、不愉快なざわめきが心を乱している。 恋愛に疎いハーデスでも恋の一つくらいするだろう。少しもおかしなことではない、むしろ恋をしない方が不自然だ。…でも。 頭でどんなに思っても、心を覆う不快感は拭えなかった。 (ハーデス伯父様は、私を狂おしいほど愛していると言ったあの方には、私の他に愛したひとがいたんだ…) 複雑に沈黙する花の女神を横目で見て、タナトスはそっと言葉を続けた。 「話が逸れてしまいましたね。レウケーの一件は既に過去の事、今のハーデス様のお心にあるのはベルセフォネー様ただおひとりです」 「どうしてそう言い切れるの?」 「ハーデス様が口を開けば、一言目か二言目にあなたの事をお尋ねになりますから。元気でいるか、悲しんではいないか、地上に帰りたいと言っていないか、不自由や不都合は感じていないか…。我々がありのままをお話しすると、とても興味深そうに話をお聞きになります」 「そんなお転婆だと思ってなかった、がっがりした、とか言ったりしていないかしら」 「意外な一面を持っているのだな、と仰せでしたががっかりなどはされておりません。むしろそのギャップが魅力だとおっしゃっていましたよ」 「ふ、ふーん…」 続きがあるかと思って待ってみたが何もない。そっと視線を向けると、タナトスは不慣れな手つきで花冠を編んでいた。ベルセフォネーが花冠を編んでいるのをいつも横で見ていたから見よう見まねでやっているのだろうが、どうにもぎこちない。 どうしてうまくいかないのかと言いたげな顔で花を摘んでは絡めてほどいてしているその姿は、冷たい死を司る古の神とは思えないほど微笑ましい。 ベルセフォネーはクスリと笑って自分が編んでいた花冠を見せた。 「茎が短いと編みにくいわ。茎をこのくらい長めにとって…こんな感じに纏めたら、髪を結うような感じで茎を編んでいくの」 「なるほど。………、………」 …最初は話しかけるのが躊躇われるほど真剣な顔で花を編んでいたタナトスの表情に余裕が出て来たので、ベルセフォネーはずっと気になっていたものの何となく聞けずにいた疑問をぶつけてみる事にした。 「ねぇタナトスさん。あなたは、私に冥妃になって欲しいと思っているの?」 「ハーデス様を愛しているならば冥妃になって頂きたい。愛していなければならないで頂きたい、と思っています」 「つまりあなたは、私がハーデス伯父様を好きになることを望んでいる、と解釈していいのかしら」 「ええ、その解釈で合っています」 「じゃあ何故あなた達は、ハーデス伯父様の魅力を私にアピールしないの?私が伯父様の事を尋ねても、思い出話ばかりで『ハーデス様はここが凄い!』みたいな話をされた事は全然ない気がするんだけど…」 「何故って、それは…その、アレです」 タナトスは花冠を編む手を止めて何とも微妙な顔で視線を逸らし、しばらくモゴモゴ呟いてボソッと言った。 「ええと、ほら、我々男神が考えるハーデス様の魅力が、女性のあなたにも『それは素敵!』と思ってもらえるとは限らないからです。長所と短所は常に表裏一 体と申します。優しくて素直で皆の意見に耳を傾け尊重するという長所も、別の者から見れば優柔不断で頼りなくて馬鹿で自主性がないという短所に見えるかも しれませぬし」 「………」 「我々がハーデス様の魅力をアピールしたは良いが、後から『話が違う!』となっては困るから、敢えて黙っていたのです。べ…別に、あなたにアピールできるハーデス様の魅力が思いつかなかったとか、そう言う訳では、あ…ありません、よ?」 「大丈夫、分かってます」 ベルセフォネーが笑顔で答えると、タナトスは明らかにホッとした顔で息を吐いた。 …分かってます。 彼女は思う。 冥界の神々がわざわざ冥王の魅力を語らなくとも、彼らがハーデスの事を話す時の表情や口ぶりを見れば、弟分への愛情に溢れた話を聞けば、どんな直接的な褒め言葉を並べるよりもずっと雄弁に、冥王の魅力はベルセフォネーに伝わっていた。 彼らがこんなにも慕ってやまない冥王ハーデスは、きっと素敵なひとなんだろうと。 ハーデスは不器用で、口下手で、粗忽者で、でも、世界の誰よりもベルセフォネーを一途に愛している。彼のその真摯な想いには嘘も偽りも無い…。 ヒュプノスにプレゼントする花冠を編みながらベルセフォネーがそんな事を考えていると、そのヒュプノスが急ぎ足に近づいてくるのが見えた。 彼の顔には余裕が感じられず、妙に緊張した雰囲気を纏っている。 ベルセフォネーですら察した違和感に兄神タナトスが気付かないはずはなく、彼は編みかけの花冠を置いて真剣な目で立ち上がった。 「…何かあったのか?」 「ハーデス神殿にオリンポスからの使者がお見えだ。ベルセフォネー様、我々と一緒に今すぐハーデス神殿にお戻りください」 「オリンポスからの使者だと?それは…誰だ?」 タナトスの問いに、ヒュプノスは軽く唇を噛んで低い声で答えた。 「大神ゼウスの正式な使い、伝令神ヘルメスだ」 「………!」 ひときわ強く西風が吹き抜け、タナトスの銀髪に載っていた鮮やかな色彩の花冠が風に乗ってふわりと楽園の空を舞った。 ベルセフォネーが走らなくて済むギリギリの急ぎ足でハーデス神殿に戻った双子神が謁見の間に足を踏み入れると、既に夢の四神と妹神達がハーデスの周りに集まっていた。 玉座に腰かけたハーデスの顔は蒼白で、爪が白くなるほど強く肘掛を掴んでいる。 …そのハーデスの御前に傅いていた若い男が立ちあがって会釈した。 白金色の髪、羽を模した髪飾り、若葉の緑を孕む目、翼と蛇をあしらった杖、そつの無い笑顔…大神ゼウスの息子神の一柱、伝令神ヘルメスだ。 双子神は会釈を返し、冥王の傍に控えたエリスとネメシスにベルセフォネーを預けて冥王の左右に立った。 臣下の到着に僅かに安堵の表情を浮かべたハーデスは、低く掠れた声を押しだした。 「待たせたな、ヘルメスよ。臣下も揃った故、そなたの訪問の理由を聞こうか」 「大神ゼウスより、冥王ハーデス様に宛てた伝言をお預かりして参りました」 「…伺おう」 「デメテルの嘆きも地上の荒廃も留まるところを知らず、大神としても弟としても前言を翻すはまこと心苦しいが、我が娘ベルセフォネーを母デメテルの元に帰して頂きたい…と」 「………。そう、か…」 ヘルメスが事務的に淡々と告げた言葉に、ハーデスは目を伏せて睫毛を震わせ、きゅっと唇を噛み、心を落ち着けるように何度か息を吸っては吐いて。 泣きだしたいのを堪えているような顔でベルセフォネーを見た。 「ベルセフォネー」 「…はい?」 「………」 ハーデスは何か聞きたげに口を開き、いや…と呟いて微かに笑った。これ以上ないほど、悲しい目で。 「そなたを引き留める事は出来ぬな。そなたがいつかはデメテル姉上の元に帰る事は最初から分かっていた。………、分かっていた、つもりだったのだがな…」 「…ハーデス伯父様…」 「本当にすまなかった、ベルセフォネー。日を改めて姉上の元に謝罪に行くが、そなたからも宜しく言っておいてくれ…」 「え…あ…はい……」 心が痛くなるような笑顔で愛した乙女に言葉をかけた冥王が声を詰まらせて俯き、ベルセフォネーは漸く母の元に帰れると言うのにあまり嬉しそうではない複 雑な顔で指を絡めては解き、ヘルメスはこのまま彼女を地上に連れ帰って良いのか決めかねる表情でそっと冥王臣下の双子神を見た。 …目に涙を一杯溜めて、涙が零れないように必死に堪えている可愛い弟をそっと見遣って、銀色の死神はヘルメスに視線を向けた。 「ヘルメス殿」 「はい」 「姫君をデメテル様の元にお返しするのを、明日まで待って頂く訳にはいかないだろうか?」 「明日…ですか」 「我々も妹達も姫君とは少なからず交流していたのでな。今すぐ『では、さようなら』では寂しすぎる故、送別会くらいは開きたいのだ」 「承知しました。では私は一度オリンポスに戻って父にその旨伝え、また明日お迎えにあがります」 黙りこくったままのハーデスの代わりにタナトスが頷くと、ヘルメスは丁寧に一礼して冥王の御前を辞した。 エリスとネメシスに付き添われて自室に戻りかけたベルセフォネーがふと振り返ると、肩を震わせて涙を零すハーデスにタナトスとヒュプノスが優しい兄の顔をして何かを話しかけているのが見えた。 あてがわれた部屋の足の高い椅子に腰かけて、ベルセフォネーは所在無げに足をぶらぶらさせていた。 やっと地上に…母の元に帰れると言うのに、心を満たす感情は喜びと言えるものではなく、気がつけば何度目か分からない溜息をついていた。 普段と変わらぬ様子で手際よく荷物を纏めているエリスとネメシスに、ベルセフォネーは思わず声をかけた。 「ねえ…エリスさん、ネメシスさん」 「はい?」 「なーに?」 「ふたりとも、私が地上に戻るのに何も言わないし何も聞かないのね」 「そりゃーだって…ねぇ?」 「私達は今回の一件の当事者じゃないし、冥王の臣下でもないもの。大神が決定したあなたの地上帰還に関してあれこれ言える立場じゃないわ」 「あ…そうじゃなくて、何て言ったらいいのかな…」 ネメシスの静かな返答にベルセフォネーは指をもどかしげに絡めながら自分の気持ちを伝える適切な言葉を探しているようだったが。 上手い言葉を見つけられず焦れったそうにする彼女を見兼ねてネメシスが助け船を出した。 「『冥王臣下の双子神の妹』って公的な立場からではなく、『私と仲良くしてた女神』って個人的な立場から何か言いたい事は無いの?ってことかしら?」 「あ…うん、多分、そういうこと、かな」 ベルセフォネーは足をゆらゆら揺らしながら独り言のように言葉を続けた。 「私ね、自分で自分の気持ちが分からないの。伯父様に冥府に攫われて来た時はお母様の元に帰りたくて帰りたくてたまらなかったはずなのに、やっと帰れる事になったのに、自分でもびっくりするくらい、嬉しくないの」 「………」 「どうして嬉しくないのか、分からなくて。あなた達と話をしたら、嬉しくない理由、分かるかなって思って」 「………」 エリスとネメシスは視線を合わせて、しょうがないなぁ…と言いたげに微かに笑った。 「他の誰かだったら『自分で考えなさいよ』って突き離すんだけどねー。今回はうちの大事な兄貴が絡んでるから、特別サービスでヒントをあげるわ。ただし、私は甘くないからヒントと言っても質問形式だけど、それでもいい?」 「ええ、いいわ。お願い」 自分でも分からない自分自身の心の靄を晴らす糸口でも見つかれば…。 ベルセフォネーが頷くと、エリスは二カッと笑って人差し指を立てた。 「じゃあ質問。ハーデス様に『愛してる』って言われて、嬉しかった?」 「え………」 エリスの質問にベルセフォネーは虚を突かれた。 今まで考えもしなかった事を尋ねられ、戸惑い言葉を失うベルセフォネーにネメシスが静かに声をかけた。 「焦る必要は無いから、ゆっくり考えればいいわ。ヘルメス殿があなたを迎えに来るまでまだ一日あるし、明日までに答えを出す必要もない。お母様の元に帰って落ち着いてから考えても十分間に合うわよ。…多分、ね」 「間に合う…?」 ネメシスの言葉の意味を取りかねて緩く首を傾げたベルセフォネーに、エリスはズバッとストレートな言葉をぶつけた。 「あなたが答えを出す前にハーデス様が別の誰かを好きになってたら、答え出しても意味無いじゃん」 「!……」 ベルセフォネーは目を見開き、途端に乱れ始めた心をなだめるようにギュッと胸を押さえた。 エリスの言葉を口の中で反芻する。 ハーデス様に『愛してる』って言われて、嬉しかった? …嬉しかった? 心臓がドキドキとせわしなく動いて頬が熱くなるのを他人事のように感じながら、ベルセフォネーは真剣に答えを考え始めた。 …扉が控え目にノックされ、エリスの問いに対する答えを真剣に考えていたベルセフォネーははっと顔を上げた。 開いてるよー、とエリスが答えると、扉が開いて双子神が顔をのぞかせた。 「ベルセフォネー様。送別会の準備が出来ましたのでどうぞお越しください」 「あ…はい」 「エリス、ネメシス。荷物を纏めるのは送別会の後でも良かろう?」 「あと少しだから片付けちゃうわ。その後は料理を出す手伝いに行くから、兄さん達はベルセフォネー様のエスコートお願い」 「そうか」 妹神の言葉に双子神は頷いて、では行きましょうかとベルセフォネーを促した。 いつものように双子神にエスコートされて広間に向かう途中、ベルセフォネーは絡み合った心の糸をほぐす入口を探す様に口を開いた。 「…あの」 「はい?」 「ヘルメスが帰った後、伯父様に何か話していたでしょう?何を話していたのか…聞いても良いですか?」 「………。ありふれたセリフですよ」 「女の子なんて他にいくらでもいますよ、とか?」 「それは振られた男にかけるセリフの筆頭ですが…あなたはハーデス様を振る気満々なのですか?」 「えっ?あ、いえ、そんなことないです!ただ、ありふれたセリフって言うとそれかなーって」 ベルセフォネーが慌てて両手を振ると、双子神はホッと安心したように微笑んだ。 「姫君が地上に帰る事とハーデス様の失恋はイコールではありません、試合が延長戦に突入しただけですよ。まずはお友達から始めては如何ですか、と申し上げておりました」 「地上に戻った姫君を訪ねる機会をつくって求愛を続ければよろしいではないですか。数日前、姫君は『ハーデス様にプロポーズされたら前向きに検討する』と仰せでしたよ、と話していたのです」 「…そう」 ベルセフォネーは一度手を握って開き、話そうかどうしようか迷って口を開いた。 「さっき、エリスさん達と相談…相談とはちょっと違うかな、話を、してたんです」 「?」 「私、伯父様に攫われて来た時はお母様のいる地上に帰りたくて仕方なかったはずなのに、いざ帰れるとなったら何だかあんまり、嬉しいって感じなくて。どうしてかしらって話したんです。そしたらエリスさんが、質問形式のヒントをくれて」 「…それは、どのような?」 「ハーデス様に『愛してる』って言われて、嬉しかった?って」 「………」 「答えは今すぐ出さなくてもいい、ハーデス様が私以外の誰かを好きになる前に見つければいい、って言われました」 「………。そう、ですか」 沈黙が落ちた。 恐らくタナトスもヒュプノスも心に思う事は有るのだろう。しかし冥王臣下の分を弁えすぎるほど弁えている彼らは、乞わなければ何も言わない。 自ら望まなければ、与えてくれない。 …望めば、与えてくれる。 ベルセフォネーは顔を上げてふたりを見た。 「私、出来るだけ早く答えを出したいと思うんです。だから、あなた達からもヒントをくれませんか?」 「………」 銀と金の神は目線で相談するように顔を見合わせ、柔らかに微笑んだ。 口を開いたのは銀の神だった。 「では、お尋ねします」 「何かしら?」 「あなたは、ハーデス様を好きですか?」 「………」 「恋愛感情と限定はしません。一緒にお茶をしたり、お喋りをしたり、遊んだりしたい、そんな風に友達として好きかどうか、で良いのです。…さぁベルセフォネー様。あなたはハーデス様が好きですか?」 「………」 「この質問に答えが出れば、おのずとエリスの質問に対する答えも出ると思いますよ」 タナトスの優しい言葉にベルセフォネーは微かに笑みを浮かべて頷いた。 そっか。いきなり愛してるとか結婚がとか言われて驚いたけど、友達として好きかどうか…今はそれだけ分かればいいんだわ。 そう思った途端、ぐしゃぐしゃに縺れて絡まっていた心の糸がほどけて行く気がした。 |
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| 第1話でちらりと触れた「儚く消えたハーデスの恋」も漸くお披露目となりました。ハーデスとレウケーの仲がどんなものだったのか、時間軸はいつだったのか不明なのですが、まぁその辺は当サイトの独自解釈と言う事で。 んで、やっとヘルメス登場となりました。ここから終盤突入です。原典をご存知の方は彼の役どころは御存知だと思いますが、待て次回!(笑) 後は細かい部分など。 ベルセフォネーは花に色や名前を与える力(権限?)があるようです。同じような力はクロリス(第1話で紹介した元ニンフ)も持っているようですが、細かい整合性はキニシナーイ(笑)。 で、タナトスが花冠を編んでるのがちょい唐突だったかなーと思うのですが。レウケーの話を余り突っ込んで欲しくなかったのと、話の間が持たなくなったた めです。こっそりと「双子神2012・再会」のラストでタナトスが花冠を編んでいたシーンと繋げてみたり。タナトスが手際よく花冠を編めたのは、ベルセ フォネーに教わっていたからです。 そして、レウケーにちょっと焼きもち妬くベルセフォネーの描写も入れてみました。ちなみにこのベルセフォネー様、結婚後にハーデスが浮気した時は、浮気相手のニンフを蹴り飛ばした揚句にミントに変えてしまったそうです。 |