双子神・神話時代 …冥妃…
EPISODE 14

 勧められた酒を清々しいほどの飲みっぷりで空にしたアポロンは、とにかく聞いてよ…と半べそで事の次第を話し始めた。

「言われたとおりに黄金の馬車でキュレネを誘って、リビアの北岸に建てた黄金の館に連れて行って口説いたんだよ。珍しくアフロディーテが手を貸してくれて良い雰 囲気を作ってくれてさ、キュレネは僕を受け入れてくれたんだ。で、彼女を僕の花嫁にしようと思って黄金の館やらオアシスやらその辺一帯の 領地もプレゼントしたんだよ?息子のアリスタイオスもガイア曾祖母様とホーラの元に送って、ネクタルとアンブロシアを食べさせて神に格上げしてやったし、 農業も牧畜も医術も予言術も徹底的に教え込んだんだよ?…まぁ、あいつはアスクレピオスと違って医術の方はさっぱりだったけど、養蜂と牧畜を司る重要なポ ジションに就いてるって言うのに、一体何が不満なのさ?僕があげた館を捨ててペネイオスのいる実家に帰っちゃうなんて、ひどくない、かなぁ…」
「…………」

 双子神の表情がどんどん呆れのそれになっていくのを見て、アポロンの語尾はどんどん自信無げに小さくなっていった。
 はーっ、と深々と溜息をつき、タナトスは額を押さえながら口を開いた。

「キュレネを口説き落とした時に『たっぷり餌をやった』のは分かった。だがな、母親から子供を取り上げた代わりにお前は何をしたんだ?確かキュレネはお前 の姉の供をするほど活動的な女だったが、共に山野を駆けたり狩りに行ったりしたか?そもそも機嫌伺いに行ったか?生まれた息子にちゃんと会わせたか?ぶっ ちゃけ、釣った魚に餌をやり続けて面倒を見て構ってやったか?まさかとは思うが、最初に山のような餌をやったから…と顔も見せずにほったらかしていたので はあるまいな」
「え…と……」
「どんなに美しい花でも水をやり続けねば枯れるだろう。ましてや気紛れな女の心など、努力無しで繋ぎ留めてなどおけるものか。一度手元を離れた女の心を取り戻すのはとんでもなく大変だぞ?少なくとも俺の知っている範囲で取り戻すことに成功した奴はいないな」
「…それどころか失敗の実例が増えちゃったね」

 ヒュプノスの力で卓に突っ伏して眠っているトリトンに同情交じりの視線を向けて、アポロンは空の青を閉じ込めたような目をくるりと回した。

「じゃあさ、参考までに聞きたいんだけど。タナトスは好きな女の子が出来た時どうしてるの?」
「どうもしない。繋いで餌をやって面倒を見るなど俺の性に合わぬからな、気が向いた時に気が向いたようにするだけだ」
「へーえ、おっとなー。参考にしよっと」
「何の参考だ」
「あ、ところでさ、その理屈で行くと…」

 タナトスの言葉が耳に入らなかったのか、質問には答えずにアポロンは興味深げな笑みを浮かべて卓に身を乗り出した。

「気が向いたらヘカーテとも付き合っちゃう訳?」
「…何故そうなる。というか、どうしてそんなにヘカーテ様が気になる?」
「だーってさぁ。僕やアレスや父上がちょっかい出してもハナもひっかけなかったあの女が、タナトス…と、ヒュプノスに惚れたから冥界に行くって言ってるん だよ?それにさ、今までに大地と夜がちゃんと恋人同士とか、結婚とか、したことないじゃん?父上とエリスは大コケだったし、ハーデス伯父さんやヘカトンケ イルは実質夜の一族みたいなもんだけど血縁は大地で微妙な立ち位置だしさぁ。ヘカーテが冥界に行くって聞いて、あのお色気お姐さんが初の成功例になるかなーってオリンポスの皆はキョーミ深々なんだ よ。父上だけは、重要な戦力が夜側に流れる事を変に心配してたけどね」
「………」
「そうそう、それでさぁ…」

 キュレネに振られた話に関しては気が済んだらしいアポロンは別の話題を楽しげに語り出した。
 その話に適当に相槌を打ちながら、タナトスとヒュプノスはヘカーテとの話が中途半端に途切れていた事を思い出し、アポロンから解放されたら確認しに行かねばと考えていた。





 夜半を過ぎても祝福ムードはおさまる気配は無く、久々に顔を合わせた神々は他愛もないお喋りに花を咲かせ、宴は朝になっても続きそうな雰囲気だった。
 …アポロンから解放された双子神は、会場にヘカーテの姿がない事に気付いていた。神々の酒やおしゃべりの誘いを『酔いを覚ましに外の空気を吸ってくる』とやんわりと辞退し、ふたりは婚礼の会場を出た。
 夜空に浮かぶ満月はいつにも増して美しく、頬を撫でる夜の風も心地よい。
 目的の女神は、静寂に満ちた中庭に面したテラスでひとり佇んでいた。感情豊かで笑顔や流し目や悪巧みや膨れっ面や…くるくると表情を変える彼女にしては珍しく、無色透明と表現するのがしっくりくるような顔で噴水の水面に映る月を眺めていた。
 双子神がその姿に見とれていると、気配を感じたのかヘカーテはゆるりと顔を上げ、とても嬉しそうに唇を綻ばせた。

「どうされたのだ、夜のご兄弟。皆の酒やお喋り攻めに辟易されたか?それとも…」

 月と氷の女神は可愛らしい仕草で目を細めて首を傾げた。

「私に会いにきてくれたのかな?」
「まぁ…そうなります」
「これはこれは。嬉しい事を言ってくれるな、タナトス殿」
「酒もお喋りも十分堪能しましたし、それ以上にあなたにお礼を言いたいと思いまして」
「礼?」
「我々の『作戦』が限りなく完璧に近い形で成功をおさめられたのは、ヘカーテ様のご協力あってのこと。心より感謝しております」

 処女神のアテナやアルテミスと緊密な繋がりを持ち続け、ゼウスの思惑を聞きだし、ベルセフォネーに恋愛に対する興味を持たせ、大神ゼウスが己の発言を翻 すきっかけを造り、冥界の柘榴を口にした事実をさりげなくベルセフォネーに『自白』させ、そして最後は掟を口実にハーデスとベルセフォネーの結婚を成立さ せる…ヘカーテの協力がなかったらここまでうまく事は運ばなかっただろう。
 双子神に心からの感謝の言葉を言われて、ヘカーテは恥ずかしそうに頬を染めてくすぐったそうに微笑んだ。

「改めてそんな事を言われると何だか照れ臭いな。無論、それ以上に嬉しいが」
「我々が計算づくで動いていると、いつ気付かれたのです?」
「最 初に引っかかったのは、デメテル様の『私が行動を起こす事は夜のご兄弟も了解しています。娘の事はあの方々に頼ん であるから心配していません』という発言だった。大神ゼウスの決定に真っ向から逆らって娘を取り戻しにかかるデメテル様が、愛娘を攫った冥王の臣下を信頼 して娘の事を頼むなど不自然すぎる。この話、何か裏があるんじゃないか?ひょっとしたらデメテル様と夜の兄弟は裏で手を組んでいるんじゃないか?と思った んだ。一見彼らは敵同士だが、夜の兄弟が冥王とベルセフォネーの結婚に乗り気でないのなら、双方の利害全てが一致するぞ…とな。そんな私の推測は、『騙し 打ちのような手段で成立させた結婚で、一体誰が幸せになれましょうか』というタナトス殿の発言で確信に変わった」
「…参りましたね、たったそれだけの言葉で全てお見通しとは」
「あなた方の最終目的がベルセフォネー自身がハーデス殿との結婚を望んで輿入れする事だ、と分かったのはそれなりに交流を重ねてからだけどな」

 ふふ、と目を細めて微笑むヘカーテにタナトスは穏やかに質問を重ねた。

「貴女は何故、我々に手を貸して下さったのです?単なる好奇心からとは思えませんが…」
「いや、好奇心だぞ。あなた達に対する、な」
「……?」
「私はあなた方に興味を惹かれて、あなた方の事をもっと知りたいと思った。そのために一番有効な手段が、此度の結婚話であなた方に協力することだろうと踏 んだんだ。いつの間にか手段と目的を取り違えていた気もするけど、結果オーライだったかな?結果的にこうして心を開いて本音を話してくれたわけだから」

 ヘカーテは言葉を切り、長い睫毛を瞬いてタナトスとヒュプノスを交互に見て、どこか遠慮がちに手を差し出した。

「ベルセフォネーと一緒に私も冥界に行くから、その…これからも、よろしく」
「こちらこそ」
「よろしくお願いします」

 ふたりが躊躇わず差し出された手を笑顔で握り返すと、ヘカーテはほっとしたように唇を綻ばせて少女のような可愛らしい笑顔を見せた。

「真顔で『お断りします』とか言われたらどうしようとドキドキしていたんだが…『あなた方の仲間として認められる』という作戦はとりあえず成功したということかな」
「そうですね、成功と言えましょう」
「貴女の仲間入りを心より歓迎いたします」
「うふふ。仲良くやっていこうな」

 ヘカーテはついと背伸びをしてタナトスとヒュプノスの頬にそっと口付けると、じゃあまた明日…と甘く囁いてテラスを出て行った。
 銀と金の神は半分夢見るような目で口付けされた頬に触れ、顔を見合わせ、何となく夜空を見上げた。清廉と澄んだ闇空に妖しいばかりに光を放つ満月が浮かんでいる。

「…きっと、月のせいだな」
「ああ、月のせいだ」

 分かったような分からないような会話で意思を疎通した双子の神は、どちらともなく沈黙したままテラスを後にした。






 ハーデスとベルセフォネーの婚礼の宴が終わった翌日。
 各界から招待された神々はそれぞれの世界に帰る前に此度の主役を見送ろうと集まっていた。
 冥妃となったベルセフォネーは客人と挨拶を交わすハーデスの隣にぴったりと寄り添い、アテナやアルテミスと何やら楽しげに話をしていた。そんな主君の姿を双子神は目を細めて見つめ、冥妃の侍女として冥府に降りるヘカーテはふたりの傍らで微笑ましくふたりを見ていた。
 客人達との別れの挨拶を一通り終えたらしいハーデスが、では…と皆を見回した。

「名残は尽きぬが、そろそろ発とうと思う。皆、本当にありがとう。機会があれば冥府にも遊びに来てくれ、心より歓迎する」

 お幸せに、またな、お前もたまにはこっちに顔出せよ…神々が暖かい声をかけ、最後の別れを惜しんでいると。
 アテナとアルテミス、そしてアレスとアポロンが双子神の近くにやってきた。

「ヘカーテ、冥界に行っても私達に会いに来てね。タナトスさんもヒュプノスさんも、一緒に」
「ああ、勿論。おふたりとも、私がアテナやアルテミスに会いに行く時は一緒に来てくれるよな?」
「ええ、お供しますよ」
「私達も冥界に遊びに行きますね。ベルセフォネーがいたく気に入ったっていうケルベロスに乗って地獄めぐりって言うのも興味がありますし」
「いつでも大歓迎です。是非遊びにいらしてください」

 女神達の言葉に双子神がにこやかに応じていると、アレスがしみじみとタナトスの肩を叩いた。

「タナトス、達者でな。あんまり長い付き合いじゃなかったし、俺が思ってるほどお前は俺をダチだと思ってくれてなかった気がすっけど、でも、俺はお前の事好きだったぜ。ぜってー忘れないからな」
「…何だ、その今生の別れのような挨拶は」
「だってよ、お前達兄弟はこのおっかねー姐さんにロックオンされてんだぜ。んーな重要な事もう忘れたのか?」
「いや、忘れてはいないが…」

 アレスの言葉の意味を取りかねたタナトスが怪訝そうな顔をすると、同じように怪訝そうな顔をしていたヒュプノスにアポロンが同情交じりの眼を向けた。

「ヘカーテに目ェ付けられちゃって御愁傷様だね、ヒュプノス。お前はヘルメスみたいな抜け目ない優等生っぽいから何となく敬遠してたけど、こんな事ならもっと仲良くなっておけばよかったって今更ながら思うよ」
「……は?」
「最後に忠告しといてやるよ。あのお色気お姐さん、ムカついた時はマジで魂抜けるくらい重くて良いパンチくれるから、じゅーーーーーーぶん、言動や行動に気を付けなよ」
「おい、お前ら…ヘカーテ様に一体ナニをして『マジで魂抜けるくらい重くて良いパンチ』を貰ったんだ?」
「………」

 タナトスが尋ねても、アレスもアポロンも複雑な仏頂面で口を閉ざすばかり。
 アテナやアルテミスの『自業自得でしょ』と言いたげな顔を見れば、酒の勢いで品の無い冗談か口説き文句でも言ったのだろうと察しがつくが、予想外の手痛い反撃を食らった事を差し引いてもふたりの『忠告』は大袈裟すぎる気がする。
 タナトスは呆れ半分の溜息をついた。

「ヘカーテ様はベルセフォネー様の侍女であろう?ならば冥界に滞在されるのは一年のうち三カ月か四カ月だけ、そんな神経質にならずとも…」
「はぁ?ヘカーテが冥界に滞在するのは一年のうち三カ月か四カ月だけ?何言ってんの?」
「おいおいタナトス、真顔で大ボケかますなよ」
「ん?」
「ちょっと優等生。兄貴が寝ぼけてるみたいだよ。目ェ覚ましてやりなよ」
「え?」

 アレスとアポロンの言葉に、タナトスだけでなくヒュプノスまできょとんとするのを見て、アテナが訝しげな顔でヘカーテを見た。

「ねぇヘカーテ。ベルセフォネーが冥府に滞在するのは三カ月か四カ月だけど、あなたは完全に冥界に移住して海界にも地上にも天界にも戻らないって事、おふたりにちゃんと伝えた?」
「んー…改めて聞かれると少しばかり自信がないな。いろんな奴に話をしまくっていたから、伝えたつもりで伝えてなかったかも…」
「タナトスさんだけでなくヒュプノスさんも本気でびっくりしてるところを見ると、肝心かなめのお二人には話が行ってなかったように見えるけど」

 腕を組んで真剣に考えていたヘカーテが、あ!と言って手を叩いた。

「そうだそうだ、思い出した!ハーデス殿の婚礼の時にちゃんと話をしようと思ってたのに、途中でトリトンとアポロンが割り込んできて話が中断されたんだ! その後におふたりと話した時に『ベルセフォネーと一緒に私も冥界に行くから、これからもよろしく』って言ったら『こちらこそよろしくお願いします』って 返って来たから、すっかり話したつもりになっていたんだ」
「………」
「つーことは、姐さんが冥界行きっぱなしって話、タナトスとヒュプノスは今が初耳ってことか」
「そりゃー驚くよね。ま、今更驚いてもどうにもならないけど」
「まぁ…三カ月でも一年でも大した違いじゃないから、別にいいかしら?」
「そうね。ヘカーテさんがおふたりを好きだから冥界に行くって事実は変わらないんだし、何も問題ないわ」

 唖然としたままの双子神は置いてけぼりにアテナとアルテミスは『ノープロブレム』で話を終わらせてしまった。
 当事者でありながら蚊帳の外に置かれていた死と眠りの神に同情交じりの目を向けて、アレスとアポロンは戦場に向かう友人を見送るような顔でビシッと敬礼した。
 何か突っ込みたいが適切な言葉が見つからずただ絶句するばかりのタナトスとヒュプノスの間に、輝くような笑顔を浮かべたヘカーテが割り込んでふたりの腕に自分の手を絡めた。

「そういう訳だから今日からよろしくな、夜のご兄弟!あ、そうそう。私の神殿が完成するまではおふたりの神殿のどちらかに居候させてもらうから、そのつもりでなっ!」
「……………」

 タナトスとヒュプノスは呆然としたまま顔を見合わせて、同時に同じ事を思った。
 考えたら、負けだ。


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星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達


  豆知識的な話なんですが、「琴座」で出て来た養蜂神アリスタイオス(エウリュディケをナンパして結果的に死なせてしまった男)はアポロンとキュレネの息子で す。ちなみにアリスタイオスの妻はアレスの娘(孫?)だったとか。ふたりの間には息子が産まれたものの、その息子はアルテミスに殺されてしまったそうで、 結果的にこの事件がアリスタイオス夫妻の仲に亀裂を入れた模様。アポロンはアポロンでアルテミスの想い人のオリオンをアルテミス自身の手で殺すように仕向 けてますし、アポロンのもう一人の息子・アスクレピオスの生まれたエピソードもアレですし、なんつーかこの姉弟は…(==;)。
 それと、ヘカトンケイルのひとりはポセイドンの娘と結婚しているそうです。ヘカトンケイルもハーデスもガイア(大地)直系の血筋ですが、事実上夜の一族だ、とオリンポスの神々も認識しているほど彼らは双子神を慕っている、という事です。
 んで、ヘカーテと双子神のやり取りも脳内設定を文章にするのに苦しみました。ヘカーテに『ミッションコンプリートおめでとう』と最初に言われた時は人目 があったので双子神はとぼけましたが、人目がない時には本音で話すほどヘカーテを信用して心を開いてると。「ヘカーテが冥界に来る」という話にはビックリ したものの、すんなりと受け入れるくらいには彼女に好意を持っていると。ハーデスの結婚騒ぎに絡んで暗黙の了解みたいな感じで『共犯』意識が芽生えて、結 果的に新しい仲間として認めたと、そんな感じです。双子神(主にタナトス)が仲間として受け入れた数少ない大地の血筋の女性がヘカーテですね。他はベルセ フォネーとパシテア(ヒュプノスの妻)くらいかな。

 「ヘカーテが冥界に永住する事を初めて聞いてびっくりする双子神(双子神だけヘカーテ冥界永住を聞いてなかった)」はかなり序盤から予定に有りました。 そしてエピローグ一歩手前のこの話を、「考えたら負けだ」という言葉で締めるのも決めていたので、どっかでこのセリフを仕込んでおきたいと思って出来たの が13話のタナトスとヒュプノスのやりとりです。
 アイデアを練っている時は、ニュクスやケールが「息子(弟)をよろしくね」と冗談半分に言ったりするネタも考えてたんですが、うまく繋がらなかったので アポロンとアレスのやりとりだけを入れました。ついでに、キュレネの話をしていた時、アポロンがタナトスにばっかり話しかけてた理由も説明したり。
 そして、書きたい事が次から次から増えて行って、星矢SSでぶっちぎりに長くなっていたこの話も次回でエピローグとなります!