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…アテナはぽうっと染まった頬を両手で挟んで独り言のように呟いた。 「『騙し打ちのような手段で成立させた結婚で、一体誰が幸せになれましょうか』だって。私、ちょっと感動しちゃったかも」 「非の打ちどころの無いド正論だな。父上にも聞かせてやりたいくらいの名言だ」 「ふむ…最後の最後で本音を漏らしたな」 ふふ…と艶っぽく含み笑うヘカーテを、処女神達は不思議そうな眼で見た。 「え?それってどういう意味ですか?」 「あの方達が嘘を言っているとは思えなかったけど」 「そうだな、連中は何も嘘を言ってない。ただ客観的事実を一切の私情を挟まず淡々と述べただけだ」 「確かに言葉を選んで慎重に話してるなーとは思ったけど。でもオリンポスでうっかりした事は言えないし、特に気にする事では無いんじゃ?」 「そうか?連中とデメテル様が裏で手を組んでいて、あの双子神も承知の上でデメテル様がストを起こしたのだとしても気にならないか?私は大いに好奇心を刺激されるがな」 「ええっ?」 「ハーデス伯父様の臣下とデメテル様が、手を組んでる??」 「確固たる証拠はないが、デメテル様のストにあいつらが一枚噛んでるのは間違いなかろう。…詳しく聞きたいか?」 ヘカーテの含み笑いにアテナとアルテミスは好奇心に目を輝かせてうんうんと頷き、美貌の女神はたっぷりと勿体をつけて口を開いた。 「さっきは言わなかったがな、デメテル様のスト宣言に私が異を唱えた時にあの方はこうおっしゃっていたんだ。『私が行動を起こす事は夜のご兄弟も了解しています。娘の事はあの方々に頼んであります。ハーデスはともかく彼らは信頼できる、娘の事は心配していません』とな」 「『私が行動を起こす事は夜のご兄弟も了解しています』?」 「うわ、意味深」 「だろう?その発言は私もちょっと引っかかったんだが、デメテル様も失言だと気付いたようでそれ以上は話して下さらなかった。だがな、裏で夜の神々とデメテル様が手を組んでいると言う前提で考えると色々と面白いんだな、これが」 ヘカーテは人差し指を立ててふたりの注目をたっぷりと集め、わざとらしく声を潜めた。 「さっき奴らが『デメテル様の手紙を預かっている』と言っていたが、良く考えるとこれも妙だろう?娘を奪われたデメテル様にしてみれば冥王の忠臣である双子神は敵の はずじゃないか。顔も見たくないのが普通じゃないか?なのにデメテル様は彼らに手紙を預けるだけでなく娘の事まで頼んでいるんだぞ」 「ほんと、言われてみれば確かに変だわ」 「手紙を預けると言う事はデメテル様は彼らに会っているってことだよね。父上が会いに行っても門前払いしてるのに」 「でな、ゼウスから聞き出した冥界側の当初の計画だが。大神を通してデメテル様母子に正式に縁談を持ちかけた後、周囲の神々からさりげなく働きかけてベル セフォネーがハーデスに興味と好意を持つようお膳立てする…という予定だったらしい。恋愛音痴のハーデス殿がまともな計画を立てられるとは思えぬし、この案を出したのはあの双子神で間違いないだろう」 「あの方達が頑張って立てた計画を父上がつまんない冗談でブチ壊しちゃったわけか」 「そら怒ってデメテル様の味方をしたくもなるわ」 「更に、だ」 ヘカーテはますます声を潜め、アテナとアルテミスはますます身を乗り出した。 「アテの一件もある」 「ああ…あれは私も酷いと思ったわ」 「ちょっと余計な進言をしたからって天界から投げ落とすなんてあんまりよ。アテの進言で判断を迷ったのは父上自身なのに、八つ当たりよね」 「夜の兄弟はゼウスに対して忸怩たる想いがあるだろう。奴に無理矢理自身を奪われたデメテル様も同様だ。つまり、だ。『ゼウスにひと泡吹かせたい』と言う一点において、彼らとデメテル様は利害が一致する」 「お父様は大神のメンツがあるからベルセフォネーを帰せとは言いたくない。ハーデス伯父様はベルセフォネーを手放したくない。デメテル様はベルセフォネー が帰らない事を理由にストを続けてお父様を困らせる事が出来る。お父様が困れば夜のご兄弟とエリスとアテは今までの溜飲を下げる事が出来る。ベルセフォネー以外の皆の利害は一致しているわね」 「そう聞くとベルセフォネーひとりが損をしてるように思えるけど…」 アルテミスは茶菓子をぱくりと頬張って腕を組んだ。 「あの双子神が冥界の食べ物をベルセフォネーの口に入れてないと言う事は、遅かれ早かれ父上が折れて『娘を返せ』って伯父様に要請する確信があると言う事だよね。当然その話はベルセフォ ネーにもしてるはずで、地上への帰還と身の安全が確約されてるなら、ベルセフォネーにとって冥界滞在は耐えられない苦痛ではないはず」 「むしろ観光旅行気分で冥府の生活を満喫してるかもしれないわ。ああ見えてベルセフォネーはお転婆で図太いとこがあるから」 「ナントカなはず、ナントカかもしれないなんて言ってないで、ベルセフォネーと手紙のやりとりでもして状況を尋ねれば良いじゃないか。あの双子神だって女の手紙を盗み見るような下品な行為はするまい」 「そっか、そうね。何か心配が無くなったら俄然興味がわいてきたかも」 「…ま、現時点でひとつ確信を持って言えるのは…」 ヘカーテは双子神が僅かばかり口を付けただけのカップに手をかざして紅茶を凍らせると妖艶な笑みを浮かべた。 「あの夜の兄弟の口を開かせれば面白い話が聞けそうだ、ということだな。此度の結婚話も面白いが、私はそれ以上にあの兄弟神に興味を惹かれたぞ。…ここはひとつ、あいつらをオトしにかかるかな」 「自信、あるの?とっても手強そうだけど」 「望むところだ。ま、まずは私を彼らの『味方』として認めてもらう事から始めるとするか」 「進展があったら私達にも教えてね」 「いいとも。ベルセフォネーから聞き出した情報と交換でな」 「オッケー。これにて取引成立、ね!」 女神達は拳を突き合わせてにっこりと笑った。 …その頃。 冥界に帰還途中のタナトスとヒュプノスはふたり同時にクシャミをして、微妙な顔を見合わせた。 余りに見事なタイミングにふたりの後ろを付いていた夢の四神も驚いて目を丸くした。 「どうなさったのです、おふたりとも?地上は寒かったですし、お風邪でも召されましたか」 「いや、風邪ではないと思う。地上が寒くなったのは今日や昨日の話ではないし…」 「じゃあオリンポスの女の子達が噂してたのかも。『冥王様の臣下のおふたりカッコ良かったねー』とか」 「有りうるなーそれ。中庭の入口で誰が茶を出しに行くかって揉めてたもんなー」 パンタソスの言葉をイケロスがけらけら笑って肯定し、モルペウスは呆れ交じりの溜息をついた。 「この大変な時にオリンポスの皆は呑気なものですね」 「地上が荒廃しようが滅亡しようが連中には大して影響は無いのだろうよ。地上も獣も人間も造りなおせばいいだけだからな。俺達冥界の神が死者を迎え入れるのに忙しいだけだ」 「その忙しいタナトス様ヒュプノス様の印象に残ろうと思ったら、お茶出すだけじゃなくてヘカーテ様くらいのインパクトがないとねぇ」 「ああ…ちらりとお姿を見ただけだったが確かに印象的なお方だったな」 「ゼウス様に重用されてるだけあって小宇宙も凄いし、色香と合わさって何かもうクラクラしたぜ、俺」 夢の四神達がヘカーテを話題に出すと、タナトスはますます微妙な顔になってヒュプノスを見遣った。 「ところでヒュプノスよ。俺はさっきクシャミをした時に背筋に悪寒が走ったような気がしたのだが…」 「お前もか?実は私もだ」 「背筋に悪寒が走った瞬間、何故かヘカーテ様を思い出したのだが」 「………」 死の神がこれ以上ないほど複雑極まりない色を端正に整った顔に浮かべて言った言葉に、眠りと夢の神々は異物を丸のみしたような微妙な顔になった。 ヘカーテが『乗り掛かった船』とばかりに此度の結婚話に関わってくるだろう、とはヒュプノスやオネイロイも予想していた。しかし彼女はデメテルの味方と言う立場を明確にしているし、味方に引き込めれば心強い協力者になるだろうと思っていた。 が、予言の神に勝るとも劣らぬ直感を持つ死の神は、ヘカーテの存在と背筋の悪寒がイコールだと言っている。 「つまりタナトスよ、此度の一件でヘカーテ様に関わると話が悪い方向に進む予感がするということか?」 「いや、そうではない。嫌な予感ではなく悪寒だ。此度の騒ぎを丸く収めるにはヘカーテ様を味方に引き込むのが得策であろうとは思う。大神ゼウスの思惑を探れそうなのは今のところあの方だけだしな。…とは思うのだが…」 どう言えば良いのか…とタナトスは散々悩み、ボソリと呟いた。 「我々が何もしなくても、あちらからぶつかって来そうな気がしてな…」 「………」 何だか急に暗澹とした気分になった夜の神々は、ひたすら無言のまま冥府へ降りて行った。 …タナトスの『あちらから我々にぶつかって来そうな気がする』という予感がほぼ言葉通りの意味で的中するのは、そう遠くない日の事になる。 |
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| 一話で纏めるつもりだったエピソードが予想外に長くなってしまったので急遽分割した話の後半です。女神達の会話と言う形を取った現状の整理兼解説みたいな感じでしょうか。 ヘカーテが双子神に好意を持ったきっかけもここで明かしたり。好意を持った結末は…まぁ、他のSSで書いている通りです(笑)。 で、女神達のおしゃべりだけでは話的に短すぎたので、最後の冥界の神々の会話を追加しました。タナトスの「ヘカーテが向こうからぶつかって来そうな気がする」予言の実現は次々回のエピソードで。 んで、冥界の神々はセリフだけでキャラを判別させるのが非常に難しい…。私の中ではこんな感じで差別化してます。 タナトス:一人称・俺。時代がかったやや雑な口調 ヒュプノス:一人称・私。時代がかった丁寧口調 オネイロスとモルペウス:一人称・私。現代語風丁寧口調。はっきりいってふたりは判別がつかないので、セリフの前後に名前を入れる事で区別。 イケロス:一人称・俺。不良っぽい口調。 パンタソス:一人称・僕。一番砕けた口調。 ハーデス:一人称・余。丁寧で優しい口調。 そして、ギリシア神話豆知識。タナトスが「地上が滅びても造りなおせばいいだけ」と言っていますが、ギリシア神話によると、人間は何度か絶滅しては神々によって新たに創造されているのだそうです。 クロノスの治世は『黄金の種族』と呼ばれる非常に優秀な人間ばかりでしたが、ゼウスの治世になるのと同時に『銀の種族』という人種に変わったそうです。 この銀の種族は神を敬う心が乏しかったため、腹を立てたゼウスに地中に埋められ絶滅しました。次に産まれたのは『青銅の種族』。トネリコの木から誕生し (アレな人に対して言う「木の股から生まれたんじゃないの?」という言葉はここが起源なんでしょうか?)非常に好戦的で、ゼウスの命令でポセイドンが起こ した大洪水によって全滅。これはノアの箱舟のおとぎ話に通じるものを感じますね。次に産まれたのは、洪水を生き延びたデウカリオン・ピュラ夫妻が石から生 み出した『英雄の種族』。とは言え、一部の有名な英雄以外は普通に冥府で死者になったようです。彼らは大きな戦争で絶滅し、今の世界で生きている人間は 『鉄の種族』と呼ばれ、いずれ神々によって滅ぼされる予定なんだとか。 神話のエピソードではありますが、神によって滅ぼされた種族がいる=大きな戦争で滅びた国や民族がある、ということなのかもしれないですね。 以下、本文中に入れたかったけどおさまりが悪くて没にした部分です。この会話の伏線を9話ではっておいたり、この話が伏線になる話をこの後に続けるつもりだったのですが…残念。 「…でも、そうなると結局ハーデス伯父様はベルセフォネーと結婚できないじゃない?タナトス殿の言う『ベルセフォネー様の気持ちを無視して結婚させても誰も幸せになれない』みたいな話は確かにそうだなとは思うんだけど」 「ふたりとも何を言ってるんだ?『ベルセフォネーを帰す』と『ハーデス殿の結婚成立』は全く別の問題だぞ。タナトス殿はこうも言っていたではないか。『一度姫君をお返しして話を仕切り直した方が良い、とハーデス様に進言はした』と」 言葉の意味を取りかねている女神達を見て、ヘカーテは丁寧に説明した。 「分からぬか?ベルセフォネーを帰せば話は振り出しに戻るだけ、ということだ。デメテルとベルセフォネーと冥界の三者間には『ゼウスを挟んだせいで話がこ じれちゃったね、あいつは駄目だねー』という妙な連帯感が生まれているからな、災い転じて福となすで案外すんなりと縁談が進むかもしれんぞ」 「!……」 「ついでに、冥界にひとりでいるベルセフォネーが頼れるのは老獪な夜の神々。言い方は悪いが、ベルセフォネーの心の隙に付け込めば彼女の心をハーデス殿に向けるのは難しくないだろう」 |