死刑執行人の生誕
前編


「マニゴルド。お前、何か欲しいものはあるか?」

 雑談のついでのようにタナトスからそう尋ねられたのは、双子神の誕生日パーティーが開催された数日後のことだった。
 前置きなしで唐突に話を振って来るタナトスにはすっかり慣れたマニゴルドは、目の前の仕事を片づけながらそれなりに真面目に考えた。
 …そういやタナトス様が『お前の人生に女運と言う文字は無い』とか不吉な事言ってたな。タナトスの妹達、運命の女神モイライが兄に無礼を働いたマニゴルドの人生にはその程度のペナルティが必要だろうと言ったとかで。
 ならば欲しいものはひとつ。

「人並みの女運」
「…すまん、前提条件を言い忘れていた。『金で合法的に購入可能なもので』欲しいものはあるか?」
「あー?金で購入可能な物ォ?しかも合法?」
「その代わりと言っては何だが金額の上限は設けぬぞ」
「んじゃ車」
「車か。意外にマトモな要望だな。城とか嫁とか言うかと思ったが」
「城なんか持ったって維持が大変だろーが。コテイシサンゼイとかも掛かるし、広すぎて掃除も大変だし。あと、嫁を金で買うのは違法だろ」
「金持ちアピールをすれば嫁になりたい女がわらわら寄ってくると聞いたぞ。それなら合法だろう?」
「金目当ての女と結婚して幸せになれんのかよ、運命の女神に『アンタの人生女運ゼロね☆』と断言されたこの俺が。それからタナトス様、そのセリフ公共の場で言うなよ。バッシングじゃすまねーぞ」
「分かっているさ、そのくらい。…で、お前が欲しい車とは具体的にどれだ?」
「急に言われても答えられねーよ」
「ならば早く決めろ。そして決まったらすぐに俺に知らせるのだぞ。メーカーだけでなく車種と色もな。間違いを防ぐためにメールでの連絡が良かろう」
「へいへい。仕事が終わったら探しておきますよ」

 マニゴルドが面倒くさそうに頷くと、タナトスはどこか楽しそうに目を細めて笑った。
 …時期も時期だからボーナスで現物支給してくれるのかね?
 金銭感覚がズレてるを通り越して金銭感覚そのものが無い神様のことだから、ボーナスと称して車をぽんとプレゼントするくらい本当にやりかねないが…。





 タナトスの質問の意図もどこまで期待していいのかも分からなかったが、欲しい物の具体的な情報を寄越せと言われたので、自宅に戻ったマニゴルドはパソコ ンを立ち上げてネットに繋ぐと、ポルシェの公式サイトにアクセスした。以前、『車が欲しい!』と言いだしたタナトスのお供をした時に有名どころの車に一通り試乗したのだが、『もしも自分で乗るならこれだな』と思ったのがポルシェだったのだ。
 とは言え、一口にポルシェと言っても色々ある。マニゴルドは公式サイトで車種を確認し、そのページをお気に入りに登録してからホームページのURLを添えてタナトスにメールを送った。

『金で合法的に買えるもので何が欲しい?って質問に対する答えが出たので知らせとくわ。
ポルシェ911カレラ4、カラーはマカダミアメタリック。お値段は車両本体で1200万円だとよ。税金やら保険やらで幾らかかるかなんて考えたくもねーや。
ちなみにURLは…』
 
 メールを送った翌日、『メールはちゃんと届いたぞ』という短い言葉だけが返ってきた。
 …ほんっと、神様の考える事は良く分かんねーや。ただのお喋りなのに俺は何を真面目に考えてたんだか。
 心のどこかでタナトスからのプレゼントを期待していた自分に気付いて苦笑しつつ、マニゴルドはパソコンのお気に入りに入れてあったポルシェの公式サイトを削除した。
 この話はこれで終わった…マニゴルドはそう思っていた。




 それからしばらく日が流れ、マニゴルドが籍を置く城戸財閥の関連会社からボーナスが支給される頃には、彼はタナトスと交わした会話などすっかり忘れていた。
 暦は7月に入りいよいよ夏の暑さが本格的になって来たある日。
 ボーナスの使い道をあれこれ考えながらマニゴルドが仕事をしていると、携帯に電話がかかってきた。着信画面には『タナトス様』の文字。
 …仕事の話か?
 成り行きでタナトスのマネージャー的な仕事を押し付けられたマニゴルドは首をひねりながら通話ボタンを押した。

「ちーす、こちらマニゴルド」
『俺だ』
「へーい。何かありましたかぁ」
『明日の午後12時、エルミタージュ洋菓子店に来い。いいな?明日の午後の12時、即ち正午だぞ。間違っても深夜の0時ではないぞ』
「ンなことわざわざ念押しされなくても間違えねーよ、シチジとイチジじゃねーんだし!分かった分かった分かりました、昼間の12時だな。っつーことは秋乃さんと一緒に昼飯でも食う予定なのか?」
『まぁそのようなものだ。食事はエルミタージュ洋菓子店で取るつもりで来るのだぞ』
「りょーかーい」

 仕事の打ち合わせと冥妃様のご機嫌伺いを兼ねてタナトスがエルミタージュ洋菓子店で食事をするのは珍しい事ではない。
 マニゴルドは何も疑うことなく電話を切った。




 …そして翌日。
 マニゴルドは指示された通りの時間にエルミタージュ洋菓子店を訪ねた。
 店のドアに『CLOSED』の札が下がってるのも見慣れた光景で、これほど『金持ちが道楽でやってる店』という言葉が似合う店もないよな…などと考えながらドアを開けると、売り場の真ん中に置かれた伝言板に『一番奥の部屋にいます』とメッセージが書かれていた。
 メッセージに従って喫茶スペースを抜けて一番奥にある個室に向かい、扉をノックした。

「ちーっす、マニゴルドですぅ〜」
「どうぞ、入って下さい」
 
 秋乃の返事に何も考えずマニゴルドがドアを開けた途端。
 パーン、パァン、スパーーン、パパーン、パカーン!!
 派手な音と共にクラッカーが鳴り、恐らくドアを開けたら割れる仕掛けになっていたのだろう、くす玉が割れて紙吹雪が舞い、『ハッピーバースデー』と書かれた垂れ幕がふわりと揺れた。

「………………」

 マニゴルドは驚きで目をまん丸にして店を見回した。
 タナトス、ヒュプノス、夢の四神、ヘカーテ、エリス、龍神秋乃、城戸沙織、星矢、瞬、一輝、更にサガとシオンと童虎がクラッカーを手に楽しげに微笑んでいた。
 パーン!!
 時間差でもう一度エリスがクラッカーを鳴らして、その音で漸く我に返ったマニゴルドは集まったメンバーを見回して間抜けな質問を口にした。

「えっ…と、これって、誕生日パーティー?」
「見れば分かるだろっ!」
「…誰の?」

 双子神の誕生日は先月だったし、サガは双子神のちょっと前だったし、一輝は来月だし、アテナと瞬と童虎の誕生日は秋だし、星矢は冬だし…神様の 誰かの誕生日か?つーか誕生日パーティーやるなんて聞いてなかったからプレゼントなんて用意してねーぞ。なんでそんな重要情報教えてくれねーんだよタナト ス様は!
 そんな事をマニゴルドが考えていると、タナトスが心底呆れた顔で言った。

「お前以外の誰がいる」
「え?」
「マニゴルドの誕生日パーティーのサプライズ演出、見事なまでに大成功だな!」
「誕生日?俺の?」
「まぁ予想できなくとも無理はない。戦災孤児だったお前は自分の誕生日を知らぬのだからな」
「いつまでも突っ立っていないで主役席に座りなさい、マニゴルド」
「は…」

 沙織に促されるままマニゴルドが勧められた席に座ると、シオンと童虎が実に楽しげに微笑みながら彼の前にグラスを置いてワインを注いだ。
 まだ状況が飲み込めないマニゴルドがポカーンとしていると、星矢がやおら彼の頬を引っ張った。
 ぎゅーっ。

「いってェ!何しやがるんだ星矢!」
「何って…マニゴルドが夢見てるような顔でボケーッとしてるから、眼をさましてやろうと思ってさ」
「ボケーッとしてるんじゃねーよ、訳が分かんねぇだけだよ!」
「何で訳がわかんないんだ?今日はマニゴルドの誕生日だから、皆が集まってお祝いパーティー開催してるんじゃないか。見れば分かるだろ?」
「………。え、俺の誕生日って今日なのか?」
「ああ、そうだ」
「待て、ちょっと待て。俺自身が自分の誕生日を知らないのに、何でお前達が知ってるんだ?」

 状況を飲み込めない一番の原因に思い当たったマニゴルドが根本的な疑問を口にすると、タナトスが椅子にふんぞり返ってドヤ顔で言い放った。

「フッ…我々冥界の神を舐めるなよ。貴様の誕生日など、冥界の書を調べれば簡単に分かるわ」
「……………」
「冥界の神様達にかかっちゃ俺ら聖闘士のプライバシーなんて無いも同然だよなー。一体どんな個人情報が漏れてんだか」
「心配するな、天馬星座。お前達のつまらぬ人生を一々調べるほど我々は暇ではない」
「『つまらぬ』は余計だっつーの。タナトスサマは一々ヒトコト多いんだよ」
「まぁまぁ星矢。せっかくのめでたい席だ、些細なことで喧嘩することもあるまい」
「ワインは皆に行き渡ったようだから乾杯をしましょうか。ではシオン、音頭を」
「は」

 沙織に指名されたシオンが立ちあがり、皆に笑顔を見せてワインのグラスを掲げた。

「では…親愛なる我等の友人マニゴルドの誕生日を祝して…乾杯!」

 乾杯!
 誕生日おめでとう!!
 皆がグラスを掲げ、グラスを合わせ、本日の主役とグラスを合わせようと差し出して来た。
 祝福の言葉に礼を言って、求められる乾杯に律儀に応じながら、マニゴルドは漸く『皆が自分の為に誕生日パーティーを開催してくれた』という実感が湧いてきていた。
 テーブルの上には童虎が腕を振るった中華料理と沙織が取り寄せた豪華な寿司桶と神々が作った特製ピザと食べ比べの為に用意された宅配ピザという統一感の欠片もないメニューが所狭しと並 び、マニゴルドは『嬉しくて胸がいっぱいでそんなに食べられねーよ』と笑いながら皆に勧められるままに酒や料理を口に入れた。
 料理があらかた無くなると、エルミタージュ洋菓子店の店長パティシエ龍神秋乃が特製のバースデーケーキを運んできた。勿論ケーキの上にはチョコのプレートが乗っているし蝋燭も立ってい る。瞬と一緒に大きなケーキをテーブルに乗せると、星矢がシャツの襟を芝居がかった仕草で直しながら椅子の上に立ち、指揮棒よろしく人差し指を立てた。

「では…積尸気冥界波ーーーーーッ!!」
「星矢、それ違う。色々違う」
「ちょ、俺の技パクるなよ!」
「天馬星座…それは俺に対する厭味か?」
「はいはい、そう言うお約束のボケは良いから」

 皆からの怒涛の突っ込みに二カッと笑い、星矢は今度は真面目に指を振って指揮を取り始めた。

「ハッピーバースデートゥユー…ハッピーバースデー、マニゴルド〜♪ハッピーバースデー、トゥ、ユ〜〜〜♪」

 皆が声を合わせて歌い、歌い終わると一斉に拍手をした。
 マニゴルドが照れ臭げに笑いながら蝋燭の火を吹き消すと、ひときわ大きな拍手が起きた。
 …ケーキを切り分けた後はお約束のプレゼントタイムだ。
 沙織は輝くような笑顔で綺麗にリボンをかけたかなり厚みのある封筒を差し出した。

「これは聖域の皆からのプレゼントですわ」
「あ…ありがとうございます」

 厚い封筒に入った誕生日プレゼント…本ではないようだが、全く想像がつかない。
 聖域のメンバーは中身を知っているようだが冥界の神々は知らないらしく、興味津々の眼を向けて来た。
 別に勿体ぶる理由もないやな、とマニゴルドは早速封筒を開けた。
 …日本の有名温泉や観光地の高級ホテルのペア宿泊券が十数枚とそれ関連のパンフレット、マニゴルドが所属する城戸財閥系列会社の有給願いの書類が入っていた。
 沙織はにこにこしながら言った。

「いつでも好きな時に有給を取って旅行にいってらっしゃいな。…彼女を連れて、ね」
「そーそー。彼女を連れて、な」
「彼女と二人で、ね」
「うっせ!彼女彼女言うな!お前達、俺の人生女運ゼロ情報知ってて言ってるだろ!畜生、ありがとよっ!!」
「そう言えばマニゴルドさん、この間デートするとか言ってた女性とはどうなったんですか?」
「…秋乃さん、今の俺の発言ちゃんと聞いてました?」

 マジこの人は天然すぎて手に負えねぇ、とジト目になるマニゴルドに、今度はタナトスが尊大な態度でプレゼントを差し出した。
 手のひらに載るほどの小さな箱だ。

「これは我々冥界からの贈り物だ。有難く受け取るが良いぞ」
「へへー。有り難き幸せ」

 マニゴルドは大袈裟に押し頂く仕草で箱を受け取った。
 箱の大きさからして、タナトスが所属する城戸財閥ブランドのアクセサリーだろうか。そんな洒落たもんをつける趣味は俺にはねーんだけど…タイピンとかなら何とか使えるかね?
 そんな事を考えながら、聖域メンバーの好奇の視線を浴びつつマニゴルドは箱を開けて、眼を丸くした。



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